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ブルーパーヒーロー  作者: ぽえやろ
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新章 第一話 恋愛も大いに頑張りましょう


新章 第一話 恋愛も大いに頑張りましょう




京馬は、雅人、クロコダイル、桜、そして楓を連れて修練場に足を運んだ。


ここまでのランニングで、雅人だけが大いに息が上がっていた。


さすがに15キロもほぼ全力で走れば、誰だって息が切れて当然だ。


しかし、人間でしかない桜は平気な顔をしている。


クロコダイルに至っては、京馬と話をしながら走っているほどだ。


この差は大きいと、雅人は大いに思い知っていた。


修練場にたどり着き、雅人が防具をつけようとすると、「今回だけはつけなくていい、桜もだ」と京馬が言うと、ふたりはかなり不安そうな顔をしたが、苦情を言うことなく頭を下げた。


クロコダイル、桜、雅人の順に壁を昇り始め、京馬と楓は一番最後に登り始めた。


「雅人! 力を抜け!」と早速京馬の厳しい言葉が飛ぶ。


雅人はしっかりと握り手を握ってから、「はい!」と力強く返事をした。


そして一呼吸入れて、肩に力が入りすぎていると思い、この場でリラックスした。


そして上だけを見て、ゆっくりと登り始めた。


やはり、防具をつけていないと恐怖心が沸くが、体が軽く感じる。


絶壁の中ほどに来た時に、少し脇によって、桜と並走してから追い抜いた。


決して単調に登らないことを心に決め、力は入れないが気合を入れ、いつも以上に慎重になる。


よって何事もなく頂上にたどり着いて、一気に力を抜いてボディーチェックを始めた。


―― やっぱり、緊張していた… ―― と雅人は感じて、肩や腕、脚のストレッチを始めた。


そして何度も深呼吸してから、その場で大の字に寝転んで、「昇り切ったっ!」と陽気に叫んだ。


京馬は笑みを浮かべてうなづいていた。


「恋愛話の件、聞いていいか?」と京馬が聞いて、雅人の隣に座ると、雅人は大いに眉を下げたが、楓が大いに食らいついてきた。


「…もし、ボクが人間でなくなってしまった時、

 彼女は離れて行くと思うんです…」


「ああ、それは大いにあるね。

 雅人の邪魔をしたくない。

 そして、特別な存在には特別なパートナーが必要になる。

 知っての通り、俺に楓がいるようにな」


雅人は半身を起こしてから地面に正座をして、「彼女もここに連れてきてもいいでしょうか?」と聞いた。


「名前を教えてくれないか?」とまずは京馬は穏やかに聞いた。


「アニマール水戸右京校ミドルクラス三年の水戸光子です」


雅人の言葉に、和馬がすぐに水戸光子の情報を宙に浮かべた。


「…秀才の眼鏡っ子…」と京馬は言って苦笑いを浮かべた。


楓は、『モエレベル』が上昇しすぎて今にも卒倒しそうになったが、気になる情報が目に入った。


「あら、足が不自由なのね?」と楓が言うと、「…実は、ここに来れば、鍛えようによってはよくなっていくんじゃないかと…」と雅人はうなだれて言った。


京馬は少しうなづいてから、雅人の続きの言葉を待った。


「その切欠が、この修練場で使っている防具です。

 脚はもう治っているはずなんです。

 できれば、しっかりと体を守って、

 ここで鍛えることになれば、

 光子はまた走れると思うのです」


「…中距離走で後続者によって故意に足を払われて転倒…

 大腿部、足首骨折…」


「…ひどいことするわね…」と楓は大いに怒っていた。


「呼ぶか」と京馬は言って、ミドルクラスの担任に直接念話を送った。


もちろん、京馬の知り合いの息子だったので、躊躇はなかった。


しかし相手は大いに驚いたようだが、水戸光子の件になると、神妙になって話し始めた。


そして、『えっ! 大屋雅人君と付き合っているんですか?!』と担任は驚きの声を上げた。


「その形跡がないわけ?」


『二人が一緒にいるところを見たことがありません…

 マジマジと監視していたわけではありませんが…

 ですが、ポータブルの杖を使っているので、

 登校時や下校時は一緒にいてもよさそうだと思ったので…』


「彼女が嫌がったんじゃないんですか?

 病人扱いするなとか言って」


『…あー、それは言いそうです…』と担任教師は認めた。


「雅人君の話によると、もう治っていると言っているんですが」


『…そうですね…』と担任教師は言って少し考えてから、『そういえば、杖なしで歩いて… どこだったか…』と考え込んだ。


『そうだ、中庭の小運動場…

 彼女は背中を向けていて、杖なしで歩いていました』


「そこで人目を気にせずに、軽いトレーニングでもしていたんでしょうね。

 彼女はある計画を立てたと思います。

 完全に元通りになった姿を雅人君に見せたいと」


『性格上、考えられます。

 何しろ、相当の負けず嫌いですので。

 できれば、飛び級してハイエイジクラスに編入したいようでしたから』


「その件でも怒っているようですね」と京馬は少し笑った。


『面接担当の教師が大いに困っていました。

 ですがさすがに、

 学園の規定以上の成績ではありませんでした。

 ですが、今なら編入も可能だと思います』


「その件ですが、申し訳ありませんが話を勧めていただけませんか?

 そして、右京和馬星に来いと伝えて欲しいのです」


『はい! 早急に対応いたします!』と担任教師は自分のことのように喜んで答えた。


京馬は連絡方法を伝えて、丁寧に礼を言ってから念話を切った。


「雅人君と同じ学年で勉強をしたかったそうだぞ」と京馬が言うと、「…そうですか…」と雅人は嬉しそうに笑みを浮かべて答えた。


楓はもうすでに興奮の頂点に達していて地面に倒れていた。


「最近はどこで会ってたの?」


「はい、光子の部屋で。

 ほとんど勉強ばかりやっていました。

 光子の理解が苦しい問題などがあると、

 教え方が悪い!

 とか言われました…」


雅人の言葉に、京馬は愉快そうに大いに笑った。


「それでも好きなんだ」


雅人は大いに照れて、「彼女の走る姿に惚れました…」と何とか言葉にした。


「一緒に走ることはなかったの?」


「出会ったのは二年前で、

 コーチのようなことをしていたんです。

 ですがボクが前に出ると、

 かなりの剣幕で怒るんです。

 本当に負けず嫌いだと…」


京馬は何度もうなづいて、「ツンツンちゃんだね」と陽気に言うと、「そうですね、デレはないですね…」と雅人は言って、頭の後ろを少しかいた。


「だけどその甲斐あって素晴らしい記録を残せると思った矢先に、

 反則を食らって怪我をした」


「…相手も負けず嫌いで…

 初めてのことじゃなかったので、

 注意させていたのですが、

 事故の瞬間に光子が腕で目をふさぐようなしぐさをしたんです」


「鏡に反射させた光、レーザーポインタ」


「曇っていたので、レーザーポインタだったんだ…」と雅人は悔しそうに言った。


「なるほどね、反則を食らったのに言い訳はしなかったわけだ。

 結局は、雅人の忠告を軽視していたと思って、

 自分自身を責めたんだろうね。

 だけど何とか、もう少しだけでも素直になってもらいたいなぁー…」


「…引き受けたわぁー…」と楓は身もだえをしながら起き上がりながら言った。


「心強いです!」と雅人は叫んで、楓に勢いよく頭を下げた。


ここからの雅人は、まるで憑き物が落ちたように奮起した。


いつもの倍以上の修練をこなし、地面に足をつけた途端に、笑みを浮かべて倒れ込んだ。


「…素晴らしい愛の力だ…」と京馬が感慨深く言うと、楓は感動して炎を吹き上げていた。


「本当に素晴らしいです」とクロコダイルは笑みを浮かべて言って、雅人を担ぎ上げて舗装された道路を猛然たるスピードで走って行った。


桜も倒れ込んだのだが、「休憩して戻ってこい」と京馬は言ってにやりと笑い、楓とふたりして、ジョギング気分で町に向かって走って行った。


「…甘えたいのにぃー…」と桜は大いに嘆いてすくっと立ち上がって、しばらくしてから、猛ダッシュして京馬を追いかけた。



わずか30分後に、京馬のスマートフォンに光子から連絡があった。


光子には水戸右京城に出向いてもらって、天照大神に迎えに行ってもらった。


5分後に光子が社から出てきてすぐに天照大神に礼を言ってから、出迎えた京馬と楓を見て、右手の拳を胸に当て、「王様、女王様、お招き感謝いたします。水戸光子でございます」と堂々と、貴族の挨拶をした。


「光子君は継承権何位なの?」と京馬が気さくに聞くと、「31位でございます」とまた堂々と答えた。


「だからこその覚悟だよな」と京馬は言って大いに戸惑っている雅人を見た。


「…デレなんで出すはずがないわぁー…」と楓は大いに眉を下げて言った。


「本当は、若い子たちのマネをしたいと、ずっと思っております」とまたお堅く言った。


「だけど、そのスタンスを変えたくない。

 雅人君は確実に女王に呼ばれるとわかっていたから。

 今のままの光子君であれば、自分自身も悲しむことはないなどと、

 甘い考えを持っている。

 しかし、もし雅人君に甘えてしまうと、

 別れる時にさらに苦しくなってしまう。

 きっと雅人君よりも光子君の方が、想いは大きいんだろうね」


光子は今度は何も言えなかった。


あふれる涙が、言葉を抑え込んでしまったからだ。


「ジャポンには特例があることを知ったよね?

 俺がジャポンの王となった件だ」


「それだけが、私の心の支えだと…」と光子は涙を流して雅人を見た。


「さらには君も、能力者となればいい。

 だから詰まらんを意地を張らずに、

 ここで大いに鍛え上げろ。

 雅人君はもうその準備を終えている。

 あとは能力者になるだけだ」


「水戸光子、楽にして」と楓が胸を張って言った。


光子は手を下ろして、両手を後ろ手に組んで、足を肩幅に広げて胸を張った。


「…ほんと、やな風習だわ…」と楓は眉を下げて言った。


「楽なのは、椅子に座って足を組む、というのが一般的だからな」


「それを強制的にやってもらうから」と楓は言って、光子と雅人を椅子に誘った。


光子は大いに戸惑ったが、「椅子に座って足を組む」と雅人は言って言葉通りにした。


光子はさらに戸惑って、懇願の目を雅人に向けた。


「…ちょっとだけ、デレが出たわ…」と楓は言って喜んでいる。


「…ああ、本人から率先して出すべきだ…」と京馬は陽気に言った。


「言っとくけど、今の京馬さんと楓さんは、この右京和馬星の王と女王だから、

 言いつけは守るべきだ」


雅人の言葉に、「…う、うん…」と小さな声で答えると、楓はついに身もだえを始めた。


光子が椅子に座ってから、「光子君の飛び級は認められたの?」と京馬が気さくに聞くと、「はい、新学期からハイエイジクラスに進級することに決まりました」と比較的自然に答えた。


「脚、治ってるよね?」と京馬が聞くと、光子は目を見開いて、「…杖、忘れて来ちゃったぁー…」とバツが悪そうに言って雅人を見た。


「…デレ… デレ、でたぁー…」と楓は大いに喜んで、興奮し過ぎて失神した。


「治ってるって思ってたよ…」と雅人は呆れた顔をして言った。


そして、「ボクはさらに鍛え上げて、依頼があっても断れるほどの力を手に入れるから」と堂々と言った。


「…う、うん… きっと、できちゃうって思うぅー…」と光子は言って、ぎこちない笑みを浮かべた。


「ミッちゃんも一緒に鍛えない?

 初めは安全な方法もあるんだ。

 そのあとに、恐怖心を克服する必要はあるけどね。

 まずはよく考えて日々修練を積めば、

 ボクよりも力をつけられると思うから」


「マー君を信じてるもん…」と光子は恥ずかしそうに言った。


「いつもはあだな呼び名の?」と京馬が冷静に聞くと、「いえ、初めの頃のニ三回だけでした」と雅人は少し照れながら言った。


「ところで、ふたりともこの星に留学しない?」


京馬の誘いに、ふたりは姿勢を正して勢い勇んで頭を下げた。


「ハイエイジは1クラスしかなくて、少々寂しかったんだよ。

 ふたりは何も問題なさそうだから、

 いつでもここに住んでくれていいから。

 細かい話は、学長としてくれたらいい」


すると、出番が来たとばかりに、三宮が走ってやってきた。


「ふたりとも優秀でうれしいわぁー…」と三宮が言うと、光子は目を見開いていた。


もちろん、三宮が子供にしか見えないからだ。


「とんでもなく物知りの先生だから。

 学校の勉強以外の授業も受けてるんだ。

 ミッちゃんも知っておいて損はないよ」


「…う、うん… そうするぅー…」と光子が答えると、「…いいなぁー…」と三宮がうらやましがると、「たまに和馬を貸すから…」と京馬が眉を下げて言うと、「さあ、ふたりとも! 宿舎の案内をするわ!」と三宮は大いに張り切り始めた。


「…どうなることかと思ったけど、うまく行ってよかったぁー…」と楓は体を起こしながら言った。


「水戸という苗字を聞いて強敵だと思ったよ…

 彼女の家族しか名乗れない、由緒正しい苗字だからね。

 大屋の前の女王の姓だ。

 その直系の長女だから、あの対応は普通だよ」


「…もっと時間がかかるって思ってたけど、

 まだ若かったから助かったってところだわ…

 やっぱり、若い子と同じように青春を謳歌したいだろうから…

 光子ちゃん自身も言ってたし…」


京馬は笑みを浮かべてうなづいて、「自由を自分の手で勝ち取ることになる」と力強く言った。



もちろん家族への報告もあるので、雅人と光子はそれぞれの家に戻って、家族を驚かせた。


やはり元王と元女王の存在感は今でも健在で、どちらの家族も大いに協力的だった。


家族総出でふたりを見送って、雅人も光子も胸を張って家を出た。


しかし邪魔は入るもので、水戸右京城で菖蒲が待ち構えていた。


もちろん蓮華もいて、大いに眉を下げている。


「手に手を取って逃避行するのよ?」と幼児の姿の天照大神が言うと、菖蒲は大いに戸惑った。


天照大神の威厳は、この国の女王よりも権限があるように感じる。


しかし、菖蒲としてはここは譲れない。


「雅人は第二の京馬さんになれるはずなの!

 今のうちに、私の夫となりなさい!」


菖蒲は命令した。


「…法律上、今はダメよぉー…」と蓮華が言うと、「…うー…」と菖蒲はうなって蓮華を見た。


この命令は女王だけのもので、いくら大屋家の女人でも強制の行使はできない。


「菖蒲ちゃんが女王になれるのは早くても一年後。

 それまでに雅人君が能力者になれる可能性はほとんどないよ?」


天照大神の言葉に、菖蒲は落胆してから大いに喜んだ。


「だけどね、パートナーがいるとね、力が二倍になるだけじゃないの。

 もし先に光子ちゃんが覚醒した時は、雅人君は一気に開花するかもよ?

 光子ちゃんはようやく過去の亡霊が光子ちゃんを守り始めたようだから。

 ここはすっごく考えた方がいいの。

 次のジャポンの女王は、光子ちゃんになっちゃうかもしれないよ?」


「…そ… それは…」と菖蒲はすぐさま蓮華を見た。


「…能力者の方が優先順位が高いに決まってるじゃない…」と蓮華はすぐさま答えた。


「お兄ちゃんが初の王に任命された時、

 女王よりも先に報告があったでしょ?

 能力者の場合、男子も女子も関係ないわ。

 能力者という存在は大いに尊いのよ

 しかもお兄ちゃんがわずか一週間でその威厳を見せつけて、

 法の正しさを証明したようなものよ」


「だったら、私だって!

 …それなのに…」


菖蒲は悔しそうな顔を天照大神に向けた。


「あのね、よくわかってないようだから説明しとくけどね、

 フリージア、アニマール、右京和馬星は

 心身共に正しくなくちゃいけないの。

 雅人君も光子ちゃんもそれをクリアできたから移住を許されたのよ?

 菖蒲ちゃんは体力はおいといて、精神面で不合格なの。

 そういった人はね、騒ぎを起こして、追い出されることはわかってるから」


「…強ければ、それでいいじゃない…」と菖蒲は悔しそうに言った。


「いいわけないじゃない…

 今言ったみっつの星は、ただただ強い者たちが集まってるわけじゃないの。

 まずは誰もが平和じゃなくちゃ住めないの。

 全員が平和に過ごせる星って、アニマールと右京和馬星しかないの。

 この二つの星が、全宇宙のモデルになってるの。

 だから何ひとつ争いがあっちゃいけないの。

 その理由は、真の平和を知ってこそ、

 ほかの星の不幸を見極めることができるから。

 それを習慣づけるために、アニマール星と右京和馬星があるのよ?」


「…それはあるわ…

 戦争が終わったって、争いごとは後を断たないし、

 軽犯罪が増えてるもの…」


蓮華の言葉に、菖蒲は大いに悔しく思った。


「こんな私に産んだお母さんが悪いって言っちゃダメよ?」


天照大神の言葉に、菖蒲は言葉を封じられ、発することができなくなった。


「そんなのはただの八つ当たりだから。

 言っても意味がないことだわ」


菖蒲が雅人と光子に指をさして、「だったら、このふたりが平和だってことを証明してよ!」と叫んだ。


「まずは知ってる事実から」と天照大神は言って、光子の怪我の件に対して詳しい内容を説明した。


「バッカじゃない?

 普通訴えて当たり前だわ!」


菖蒲は軽蔑して大いに悪態をついた。


「その理由。

 雅人君がきちんと気をつけろと言っておいたのに、

 光子ちゃんは少し油断をしてしまっていたから。

 光子ちゃんがケガを負ったのは、

 光子ちゃん自身の責任だったと判断したの。

 別に、泣き寝入りしたわけじゃないわ。

 当然、親は黙ってないから。

 でも、光子ちゃんも雅人君も、

 ご両親を説得したけど、

 怪我を負わせた生徒はそれまでの悪行を告白するしかなくなって、

 今は刑務所にいるわ。

 あんたはただの女王候補。

 そろそろ心を入れ変えないと勘当されちゃうわよ?

 候補なんていくらでもいるんだから」


天照大神の威厳のある言葉に、菖蒲は返す言葉がなくなって、その場で座り込んだ。


「菖蒲はまずは精神鍛錬を積め。

 ジャポン公認の宗教団体は軍隊よりも厳しいと聞くからな」


天照大神は本来の姿に戻って威厳を放つと、菖蒲は顔を上げ涙を流しながら、激しく首を横に振った。


「…それがいいかしら…」と蓮華が穏やかに言うと、菖蒲は本格的に泣きだし始めた。


天照大神は幼児に戻って、「さっ! いこいこ!」と陽気に言って、雅人と光子を社に誘った。


「…ほんと、あそこってこの星で一番怖いところじゃないかしら…」と光子が眉を下げて言った。


「…ボクも、10才の時に入れられたよ…」と雅人は大いに眉を下げて言った。


「だからふたりは、右京和馬星に呼ばれたって理由があるのよ?」と天照大神は陽気に言って、社を出た。



「なかなか早かったね」と京馬は笑みを浮かべて言った。


「ジャヌダウダの話をしたら、大人しくなったの…」と天照大神が言うと、「…大人しくならないわけがないな…」と京馬は大いに眉を下げて言った。


「あそこは大いに問題だ。

 まさに、真っすぐになるか大いに曲がるか、ふたつにひとつだからね…」


「あははは! あそこで講師の仕事、しようかなぁー…」と天照大神は陽気に言った。


「母さんだったら即採用だよ」と京馬は笑みを浮かべて言った。


「…ジャヌダウダ…」と楓はつぶやいてうなだれた。


「あ、楓も行ったんだ」と京馬は陽気に言ってから、真剣な眼で楓を見た。


「…神ジャヌダウダはいたんだ…」と京馬が戸惑いながら言うと、「…サラマンダーのことよ…」と楓は泣き顔をして京馬を見た。


「…炎のヘビトカゲ様…」と雅人は言って、姿勢を正して楓に頭を下げると、光子もすぐさま倣った。


「…すっかり忘れてた…

 まあ、ほとんどの体験者が忘れたいほどに怖いところだからね…

 その修練場も創るか…

 釜ゆで地獄、とか、加熱床地獄、とか…」


京馬の言葉に、楓、雅人、光子はすぐさま耳をふさいだ。


「だけどその救いが、監視者たちが全員涙を流していたところだ。

 まさに選ばれた人たちだろう」


「…喜びの涙の人もいたわよぉー…」と楓が大いにクレームを言った。


まさにジャヌダウダの真実を知って、三人は大いに苦笑いを浮かべた。


「…特殊な取り憑き方したのね…」と天照大神はまじまじと楓を見た。


「魂を持たない神…」と京馬が言うと、「ほとんどいないわぁー…」と天照大神は眉を下げて言った。


「楓の体を自由に使い始めたのが、約一年前と言ったところかなぁー…」


「…たぶん、そうだと思うぅー…」と楓は眉を下げて言った。


「となると、楓の本当の姿はもうひとつあるんじゃないの?

 ヤマ様のお孫様なんだから」


「…もっと強烈だからイヤなのぉー…」と楓は懇願の目を京馬に向けると、「…その日を待つよ…」と京馬は穏やかに言った。


「家守ママの人格を疑っちゃうわぁー…」と楓は言って眉を下げた。


「…神ジャヌダウダが傘下に下ったというわけか…」


「サラマンダーの方がまだかわいげがあるからいいのぉー…」と楓は大いに嘆いた。


「じゃ早速だが、神のような存在とともに修行をしようか」


京馬の言葉に、雅人と光子は大いに怯えていた。



「タロウッ! 仕事だ!」と京馬が叫ぶと、スレンダーになってしまった白い猫がキャットウォークから飛び降りて来て、『ミャーン』と機嫌よく鳴いて、京馬の足にまとわりついた。


「…あー、綺麗な猫ちゃん…」と光子はタロウに笑みを向けた。


タロウは誇らしげに背中をまっすぐにして堂々と歩いた。


「…悪魔の眷属…」と雅人がつぶやくと、光子は怪訝そうな顔をした。


「…まさに神様だから…」と雅人は小声で言った。


するとタロウは人型になって、雅人と光子と手をつないで上機嫌になった。


ふたりは笑みを浮かべて喜んだが、「取り憑かれたと思っておいた方がいい」と京馬は穏やかに言った。


まさにふたりは神に取り憑かれたように、射撃ブースで神の力を知った。


ここは修練場とは逆で、体力よりも大いに精神力をそがれる。


光子はもうすでに穏やかな眠りに誘われていた。


「雅人、今日はもういいぞ」と京馬が機嫌よく言うと、「はいっ!」と答えてすぐに人型のタロウに頭を下げた。


「また遊んでね?」とタロウが言うと、「はい、もちろんです」と雅人は笑みを浮かべて言った。


そしてタロウは猫の姿に戻って、眠っている光子の頭に猫パンチを繰り出し始めたので、誰もが大いに陽気に笑った。



「…すっごく恥ずかしい…」と光子は上目づかいで雅人を見た。


雅人は慣れがまだまるでないので、かなり変わってしまった光子にどぎまぎしている。


美しく走る姿が好きだと言ったが、今は光子の全てを好きになっていた。


「…ああ、まだまだ新鮮だわぁー…」と遊びに来ている優夏が言って、楓とともに身もだえした。


そこに桜良が合流して絵を描き始めた。


「…ああ、絵にすると、さらに格別にいいわぁー…」と優夏は絵を覗き込んで明るく言った。


桜良が絵を描き終えると、スケッチブックを京馬に向けて、「創って?」と上目づかいで言った。


「苦手なものを克服することがこれからの修行…」と京馬が少し厳しく言うと、「…うう、やだなぁー…」といいながらも、パテを創り出して細かく重ね上げた。


そして丁寧になでると、まさに小人の雅人がいた。


誰もが大いに拍手をして桜良をほめると、桜良は今度は光子の人形に取り掛かったが、溶けた蝋人形のようになっていた。


「好き嫌いじゃないな。

 集中力がもうなくなった。

 じゃあ、ふたりの新たな旅立ちのために」


京馬が言って、桜良にパテをもらって素早く創り上げた。


そこには大勢の雅人と光子がいて、ふたりは大いに照れたが、しっかりと京馬に礼を言った。


そしてふたりは肩を並べて人形の観察を始めた。


「…うう、本当にうらやましい…」と優夏はかなり身もだえしながら言った。


「幼馴染というわけじゃないけど、

 それに近いから、うらやましくもなるでしょうね」


「…ひとつ、聞いてないことがあるのぉー…」と楓も大いに身もだえしながら京馬に目を向けた。


「ああ、そうだった」と京馬が言うと、優夏と楓は今にも心臓が破裂するほどに期待していた。


「ふたりの出会いについて聞きたいんだ」と京馬が雅人と光子に聞くと、ふたりは恥ずかしそうにして見つめあった。


優夏と楓は、もう我慢しきれずにテーブルに突っ伏した。


「少々複雑な出会いだったんです…」と雅人は頭をかきながら、その一部始終を語った。


「素晴らしいフォームで走って逃げている万引き犯…」と京馬は言って大いに苦笑いを浮かべた。


「ボクの勘違いで、似た髪型で似た服装だったので…

 勘違いしたままずっと追いかけてました。

 途中で何も持っていないことに気付いて、

 すぐにミッちゃんの前に立つとすっごく怒って…」


「足の速さとタフさが縁結びとなったわけだ」


「ボクとしては足が速いとかはよくわからなかったのです。

 ミッちゃんはただ怒ってばかりでしたけど、

 コーチをしろと命令してきたんです」


「…横暴だな… 追い抜いた事情は知らなかったはずなのに…」


雅人はさらにバツが悪そうな顔をして、「実は、ボクは罠にはめられていたそうなんです」と言うと、光子はうつむいたまま顔を上げなくなった。


「正義感があることまではリサーチ済みだった。

 そして足が速いこともある程度はわかっていた。

 そして雅人を試すようにして付き合うことになった。

 だけど、光子の性格上、言わなかったと思うんだが…

 …ああ、関係者がもうひとりいたな…」


京馬がにやりと笑って言うと、「惑わせたミッちゃんの友人から聞きました…」と雅人が言うと、「…口止めしてなかったぁー…」と光子は大いに照れくさそうに言った。


「ここからは俺の想像なんだが…」と京馬が言うと、光子は顔を上げて驚きの目をしている。


「光子にも知らされていない事実があるはずだ」と京馬は笑みを浮かべて言った。


「俺が導き出した解答から言うと、

 雅人と光子の出会いはお見合いだったと思うんだ。

 仲人は光子の友人。

 光子の友人が光子の母親から依頼を受けたんだろう。

 その件だけは白状してはならなかったんだと思うね」


「…田村のヤツゥー…」と光子は悔しそうに言った。


「…はあ…

 実は父と母が何やらこそこそ相談していたことを思い出しました…

 うまくいったとでも言っていたんでしょうか?」


雅人が眉を下げて京馬に聞くと、「たぶん、アンチ蓮華派だと思うから、それは当たっていると思うね」と眉を下げて答えた。


「ところで母ちゃんは、大屋金木犀でいいんだよね?」と京馬が聞くと、「…は、はい、そうです… あ…」と雅人は京馬が母の名をいい当てたことを一瞬不思議に思ったが、大祖母でもある菊の伴侶だったので知っていて当然だと思い直した。


「大屋家の男子は、どの家からも大いに好感を持たれていてね。

 金木犀と蓮華はいつも競っていたよ。

 金木犀が三つほど年上だから、

 少々頭を使って俺をびき出したりもした。

 だけど俺の帰る家は蓮華の家だったからね。

 金木犀としては外では独占してもいいなどと思っていたようだ。

 となると、雅人には姉がいるよね?」


「はい、ひとりは軍に、ひとりは公務員です」


「…今となっては分家扱いだろうか…」


「王家のいざこざには巻き込まれたくない保守派です」と雅人は眉を下げて言った。


「…そういう人たちも確かにいたな…」と京馬は真剣な眼をしてうなづいてから、光子を見た。


「水戸家の現在の党首は、光江さんでいいの?」と京馬が聞くと、光子は一瞬目を見開いて、「…は、はい… そうですぅー…」と少し戸惑いながら言った。


「俺とは同い年でね。

 何年かは机を並べて勉学に励んだ仲だった。

 軍に行きたかったようだが、法律が邪魔をしてね…」


「…はい、水戸家は軍に籍を置けないと聞いています…」


これは当然のことで、大屋家に対して謀反を企てる可能性があるとして、法律として決められたのだ。


本来ならば国外追放もありえたのだが、当時の穏健派の大屋家の男子がそれを食い止めた。


まさに京馬と同じ魅力ある人物で、水戸家では敬う対象となっている。


「大屋冬馬様のお話は、今も語り継いでいます」と光子は堂々と言ってから、恥ずかしそうにして雅人を見た。


「男子の直系で見れば、まさしく俺の先祖らしいから鼻が高いんだ」と京馬は少し恥ずかしそうに言って、鼻の頭をかいた。


「だが、残念ながらその生涯を知ることができなかったから、

 教えてもらえないか?」


京馬の申し出に、光子は身を乗り出して語り始めた。


少し長い話を聞き終えると、「…堂々としたお方だった…」と京馬は感慨深く言った。


多少の脚色はあるだろうが、現状から察すれば、大筋では間違いないと確信した。


「権力も何もないのに、よく口出しできたものだが、

 姉や妹に好かれていて助かったというところもありそうだな…」


「…はい… 京馬様も同じですぅー…」と光子は照れくさそうに言った。


「一応、王を体験したからね。

 ご先祖様が喜んでいてくれていたらうれしいな」


「きっと! お喜びのはずです!」と光子が勢い込んで席を立って叫ぶと、恥ずかしそうにして椅子に座ってうつむいた。


「…直系の血を絶やしては叱られるな…

 だが一応、男子は生まれてよかったと言ったところか…」


「もう、いらっしゃったのですかっ?!」とまた光子は大いに興奮して席を立って叫んだ。


「ミッちゃんに会いに行くよ」と京馬が光江の当時の愛称で言うと、「…お婆ちゃん、昇天しないかしら…」と光子は大いに心配になっていた。



京馬の家族一同と、そして雅人の6人は、光子になかなか巨大な屋敷に誘われた。


水戸右京城からもほど近くにあり、多くの道路ができたので、水戸家の屋敷はまさに存在感があるものになっていた。


何の連絡もせずに行ったので、水戸家は大いに騒ぎとなったが、応接間に通されてすぐに、「京ちゃん!!」と叫んで初老の夫人が入ってきた。


「やあ、ミッちゃん、久しぶり」と京馬が気さくにあいさつすると、「…京ちゃん、当時と変わってないんだけど… ひとりだけずるいわ…」と光江は大いにクレームを言ったので、土産代わりの火竜の若清水を差し出した。


そして光江は若返って喜んでいたが、「…寿命が延びたわけじゃない…」と言ってうなだれた。


そして光江は真剣な顔をして、「一業楓様」と言って、楓に頭を下げた。


「…うふふ… 大屋家が王権を握って、初めて別の名字が女王になってやったわ…」


楓の言葉に、光江は目を見開いて、「間違いではなかったのですね?!」と光江は大いに叫んで腰を上げた。


「能力者枠が優先したの。

 だから苗字は関係ないのよ。

 だけど私は紛れもなく、大屋蓮華の娘なの。

 この先、いろんなことがよくなっていったらうれしいわ」


「はっ 微力ではありますが、尽力いたします」と光江は言って、満面の笑みを浮かべて頭を下げた。


そして、桃花、カエン、甘十郎の紹介と説明をすると、「…桃花ちゃんも女王候補なのね…」と光江は大いに眉を下げて言った。


「直系という目で見れば、第四位です。

 楓が第三位ということになります」


「…そうね、その順位も重要だから…」と光江は言って何度もうなづいた。


もし、女王が後継を指名せずに崩御した場合は、一旦は継承権が高い者が女王となる。


しかし現在は蓮華が菖蒲を後継としているので、継承権は意味をなさないことになる。


「…第二位の秋桜様には頭が下がるわ…」と光江は笑みを浮かべえて言うと、「挨拶にでも来たの?」と京馬は気さくに聞いた。


「ええ、飛び地の土地をお売りしたことが縁で。

 もちろん、水戸家の存在はご存じだったわ」


ここからは雅人の話に変わったので、光江は大いにしどろもどろになり始めたので、誰もが大いに笑っていた。


「…既成事実だけでもと、毎日のように思っていたのだけど…」と光江が切り返すように言うと、今度は光子が大いに赤面してから怒り始めた。


ここからは大勢の水戸家の家人たちとともに、豪勢な会食が始まった。


そして上座は京馬たち家族は遠慮して、光子と雅人が座って、まるで結婚披露宴のようになっていた。


雅人は水戸家の女人にも人気があり、何人もが泣いていて、多少の嫉妬心を光子に向けていた。


しかしふたりに女児が誕生した場合、その継承権は大いに跳ね上がる。


今産まれたとすれば、継承権は確実に一桁だ。


水戸家についても特例として法律で決められているので、水戸姓を名乗る者が王となれるように、大屋家の男子と夫婦になった場合に限り、大屋冬馬が法律として制定していたからだ。


もちろん、同族結婚の血の濃さを盾に、この法律は何も問題なく決められていた。


しかしその道はまさに狭いもので、水戸家の直系しか水戸姓を名乗れないことも同時に決められている。


よって現在は、光江、光子の母の光代、光子だけしか、水戸姓を名乗れない。


光子には妹がふたりいるが、両人とも山扉という姓に変えられている。


よってここにいるほとんどは山扉姓だ。


「あら、私ったらいけないわ…」と光江は言って席を立って廊下に出た。


そしてすぐさま戻って来て、大勢いる使用人たちが何かを運んでいた。


「…ここにもダイキンがあったか…」と京馬は小声で言った。


しかしそれはすべてを集めてもメダル一枚にもならないほどわずかな量だ。


だがその重量は百キロを超えている。


台が重厚なので、総重量は二百キロほどはあるはずだ。


「…あー…」と誰もが声を上げて、砂金のようなダイキンを見つめて拝み始めた。


めでたい席にだけ出すものなので、高齢者でもそれほど拝んだことのない代物だ。


見たければ水戸右京城に行けば拝めるのだが、目の前にあるものは水戸家の宝物なので、その想いはひとしおだ。


「…これは、冬馬様の遺産だって言い伝えがあるの…」と光江は小声で京馬に言った。


「相当水戸家に入れ込んでいたようだね…

 何か恩でもあったんだろうか…」


「その話は知らないの…

 でもきっと、素晴らしいお話があるって思っておきたいわ…」


光江は感情を込めて言った。



光江は雅人に両親を呼ぶように伝えると、すぐに連絡して数分後には家族4人が到着した。


そして大屋金木犀は京馬を見て、「お兄ちゃん!」と叫んですぐさま丁寧にあいさつをした。


「…お兄ちゃんと、それに光江様が若返ってるんだけど…」と金木犀が大いに苦情を言ったので、京馬は火竜の若清水のペットボトルを渡した。


「…うわぁー、ダイキンを拝められたぁー…」と雅人の姉たちは口々に言って、ダイキンを肴に食事を始めた。


この宴会の席は、ほぼ、光子と雅人の結婚披露宴と化していた。


「…女の子生んでぇー…」と光江が光子に懇願すると、「そういうのってイヤだって何度も言ったわ!」とここはさすがに光子は怒りをあらわにした。


さすがにここは光子の両親が光江をなだめた。


「それに、今はただの食事会よ!」と光子が叫ぶと、誰もが今更ながらにそれに気づいていた。


「周りが煽ってはいけない」と京馬が穏やかに言うと、誰もが一斉に頭を下げた。


さすがに元王の威厳は健在だった。


「…だけど、気持ちはわかるわよぉー…」と元女王が言うと、誰もが大いに困惑を始めた。


「私だって、今度は女の子がいいかなぁーって、どうしても考えちゃう。

 男女ひとりずつ産むことで、落ち着く家系かもしれないわ」


楓の言葉に、誰もが恭しく頭を下げた。


かなり有意義な時間を過ごして、京馬一家は惜しまれながらも水戸家を後にして、右京和馬星に戻った。


「…あー… 言いたいこと言えたぁー…」と光子が食卓で言うと、京馬たちは大いに笑っていた。



光子と雅人、そして菖蒲は、今すぐに変化が現れるわけではないので、それぞれが思う最善を尽くして日々生活する。


右京和馬星でも特に変わったことはないが、創るものはすべて創ってしまったので、桜良とレスターは仕事を探すように時々いなくなり始めた。


しかしなぜか夕飯時にはいるので、京馬はそれほど気にしなかった。


すると獣人たちが全員京馬の周りに集まってきた。


そしてあることを京馬に提案してきたのだ。


生活は今までと変えないが、高台を降りて、ふもとでキャンプを張りたいと言ってきた。


やはり野生人としては、今まで住んでいた大地が恋しいこともあるし、鍛え抜いたことで少々強敵だった怪獣のような恐竜を簡単に追い払うことが可能になった。


よって高台のふもとから一キロほど離れた場所に、獣人専用の村を高台の東側に建設することに決めた。


東側だと川があるので、水には困らないという理由がほとんどだ。


住居は自分たちで創りたいということなので、材料だけは準備して、ある程度の整地と農地を創り上げて、京馬たちは高台に戻った。


「…ちょっと、寂しくなっちゃうわね…」と楓が眉を下げて言うと、「宇宙の旅にも出るし、修練場にも来るから、それほどでもないと思うけどな…」と京馬は答えたが、このままふもとに住み着いてしまうものもいるだろうと思ったが、特に何も言わないことに決めた。


しかし実際は寂しくなるどころか、動物たちの声がひっきりなしに聞こえるようになって言った。


まさに獣人たちは恐竜たちと戦いの日々を過ごし始めたのだが、それはわずか一日でぴたりとやんだ。


そして獣人たちがようやく高台に戻って来て、「弱い者いじめをしてしまいそうなのでここで過ごします」と言って頭を下げたので、もちろん京馬は許した。


そして、「人数を減らして住めば?」という京馬の提案に、獣人たちは大いに戸惑ったが、とりあえずは二つに分けて高台とふもとで暮らすことにした。


やはり人数が減ったことにより、怪獣の声が常に聞こえるようになったが、やはり個人能力差がかけ離れているため、結局は弱い者いじめになるそうだ。


しかしこの生活をしばらく続けていると、獣人たちが眉を下げてやってきた。


「高台の王と戦わせろと言ってきた恐竜がいるのです」


「いや、まずは君たちに勝ってからじゃないの?」と京馬が答えると、「なかなかずるがしこいヤツでうまく逃げるのです」と真剣な眼をして言った。


「そういう動物って、この辺りにいないんじゃない?

 君たちの仲間だと思わなかった?」


「…見た目だけでごまかされていたのかもしれません…」


「なかなか賢いヤツだ…」と京馬は言ってブルーパーからコアラに変身して、体高を30メートルほどにして、『グロロロロロ…』とかなり長い時間重低音で鳴いた。


すると明らかに動物たちが高台から離れて行って、周りに生物を確認できないのような雰囲気が流れた。


「…一匹残らずいなくなりました…」と獣人たちは口々に言った。


『グル、グロロ、ガー』とコアラがうなると、「はっ 行ってまいります」と獣人たちは10人ほどで高台を降りて行った。


「…コアラちゃん、さらに怖くなってるわよぉー…」と楓が眉を下げて大いに嘆いた。


「いい子でいるから叱らないで」と甘十郎ですら泣き顔を浮かべて戸惑い始めたので、コアラは眉を下げてから京馬に戻って、甘十郎を抱き上げた。


「甘十郎はいい子だぞ」と京馬がほめると、「…よかったぁー…」と甘十郎は安堵の声を上げて、京馬に大いに甘えた。


すると獣人たちが戻って来て、「高台には近づかないことにしたそうです」と眉を下げて報告した。


獣人たちはふもとに造った家などは別荘地として使うことにしたようで、基本的には高台で過ごすことに決めた。


「だけど、骨のある動物もいるように思う。

 その権力争いに負けたヤツらがこの辺りにいたのかもしれないな…

 まあ、人間のように無謀なことはまずやってこないから、

 もし攻め込む意思があればすぐにわかるだろう」


しかし、数日が過ぎても強い動物が現れる兆候はない。


そしていつものように、10日に一度、新しい獣人の収穫がある。


「実は、この辺りに、とんでもない獣が住んでいると聞いてやってきたのです」


少し平和そうな小型犬の獣人に、京馬は眉を下げて巨大なコアラに変身した。


「なんとっ!」と獣人は叫んで、「…あなたが、この大地の王だったのですね…」とすぐさま頭を垂れた。


「…そんなつもりはなかったんだけどね…」とコアラは答えて京馬に戻った。


京馬がコアラに変身することだけでも、野生を感じるようで、獣人たちはこの高台で過ごすようになった。


「…私も、コアラちゃんのようにかわいい方がいいぃー…」と楓は大いに嘆いた。


サラマンダーの姿が余程気に入らないのだろうと京馬は思ったが、今は何も聞かなかった。



「…ふむ… 見込みがある獣人が大いに増えたなぁー…」と京馬は機嫌よく言って、原住人の獣人たちを見まわした。


京馬の狙いは野球人の開発で、もう数名は試合に出ていて、なかなかの活躍をしている。


やはり、人間に近い獣人にとっては、人間のスポーツも大いに上達する。


そしてポールを追いかけるという、まさに楽しい遊びに興味を持つ獣人も多い。


まだチームを作るには早計だと思ったが、見込みのある30名を選抜して、ゼルタウロス軍に対戦を申し込んだ。


「…ついに、この日が来たね…」と春之介は眉を下げていた。


タフさが絶品なので、得点を積み重ねるほど不利になるのはゼルタウロス軍となる。


そして的確にボールを追い、跳躍力も素晴らしく、まさに気合の入った好ゲームとなった。


手抜きではないが、春之介も優夏も浩也も魔球は使わず、剛球一本で対戦して、8対3でゼルタウロス軍が勝利した。


この戦いの中で、獣人たちは大いに成長して、チームワークも生まれていた。


そして、誰よりも楽しそうなのだ。


「…客を呼べるチームだ…」と浩也は言って笑みを浮かべた。


「ひとりだけ、人間にしか見えない女性がいることも興味が沸くだろうね」と春之介は陽気に言った。



スーパーベースボールはこの先の希望に満ちた出来事なのだが、できれば歓迎したくない出来事も宇宙にはある。


そして改心を促そうとしてもそれが通用しない者もいる。


ロストソウル軍でもこのような事例は数件上がっていて、そのすべてを当時の総司令であるデヴィラや爽太、アイリスが涙をのんで処分した。


治療を施して治ったと確信しても、一度得た快感を忘れられず、再犯を繰り返す。


しかし、逆の立場に立てば、それは胸を張るほど正しいことなのだ。


京馬たちはこの星の復興をほとんど終え、妙に広大な空き地があることを怪訝に思った。


魔王でもいるのかと思い、村人に聞くと、「…鬼がいるんでさぁー…」と言って背筋を震わせる。


詳しい話を聞こうとしたが、どうしても口を開かないので、京馬は礼を言って解放した。


「…食人鬼…」と楓が背筋を震わせて言った。


「…考えられないほどの飢餓状態に陥ったか…」と京馬は悲しそうな顔をして言った。


「…ロストソウル軍が把握した実例は35件…

 全てを処分してるよ…」


和馬が眉を下げて言った。


「顔を合わせることもはばかられるな…

 しかし、移動してきても良さそうなのだが、

 それはないようだ…」


京馬は言って、広大な草原を見入った。


「…食べているのは肉体だけじゃないと思うの…

 きっとね、心まで食べいていると思う…」


一筋縄ではいかない者が現れたと思い、現在の食料について調べ上げると、小動物の子供を好んで食べていることが判明した。


「…理性を教え込んでも本能が勝つ…

 悪いが、今回は持ち帰る」


京馬は少し悔しそうに言って、全員を宇宙船に乗せた。


そして京馬はその人物がいる近くに、組み込んだ術を放った。


音を立てないようにしたので、まだ気づいていない。


この程度のことでは改心するはずはないが、どうしても何かをやっておきたかったのだ。


「…胸を張れる父親ではなくなるかもな…」と京馬が苦笑いを浮かべて言うと、「それはそれ、これはこれよ」と楓は明るく言って、京馬を元気づけた。



京馬はわずかな休憩をとり、春之介と源一に面会して、訪れた星の件について話をした。


もちろんふたりともこの件は知っていて、記憶を挿げ替えない限り解決方法はないと、源一が自説を解いた。


「…それをしたとしても、

 今までの積み重ねの本能が勝手に体を支配するような気がするんです。

 よって本人は、さらなる苦悩に苛まれると思います。

 ですので、正当化したくはありませんが、

 ロストソウル軍の処置は妥当だったと俺は思っているのです」


春之介は眉を下げながらも正論を述べた。


「…知的生物であれば、

 しっかりと人間としての生き方を教え込む必要があるが、

 それが功を奏する可能性はないに等しいな…」


源一は言って大いに眉間にしわを寄せていた。


「もしも、愛する者を食べてしまっていたとしたら、

 もう更生は無理だとさじを投げても、

 自分自身を許せるようにも思ってしまいます…」


京馬は意気消沈して言った。


「…すべての事例は、そうなのかもしれない…」と源一は悔しそうに言った。


「ですので、接触することなく、苦痛でもなく快楽でもなく、

 うれしい、楽しいといった仕掛けを施してきました。

 どうしても何かを残しておかないと、星に戻る気にはなれなかったので」


京馬の言葉に、源一と春之介は大いに興味を持った。


京馬が何をしたのか空き地を使って実演すると、「…はは、確かに子供だましだ…」と源一は言ったが、心が軽くなっていた。


「…この優しさが功を奏すればいいと、俺は願ってやみません…」と春之介は言って、京馬に頭を下げた。


するとお子様元老院がやって来て、「遊んでいい?!」と桃花が開口一番に言った。


「ああ、いいぞ」と京馬は弱い笑みを浮かべて答えた。


まるで自然に溶け込んだような緑色の遊具が無数にあり、遊具と遊具の境目に小さな木の実が無数に生っている。


子供たちは大いに遊びながらも小さな食用の実を摘んで口に運んでから、目を見開いて満面の笑みを浮かべる。


「…効き目、あったりして…」と源一は言って天使服を着てから、子供たちの仲間入りをした。


「…心からの笑みが、今までの心を更生すればいいなぁー…」と春之介は感慨深げに言った。



もちろん、遊具を与えてそのまま放置したわけではなく、遊具の上空に小さな宇宙船を浮かべて、常に監視できる体制をとっている。


その対象は少女で、桃花とそれほど年齢は変わらないと京馬は思い、涙を必死になって堪えた。


一日目は児童公園に気付かなかったようで放置されたままだったが、二日目に甘い香りに誘われて、まずは実を摘んで食べた。


そして遊具にも興味を持ってしばらくは楽しそうに遊んでいたのだが、急に動かなくなった。


少女は泣いていたのだ。


そして実を摘んでひとつ食べては、誰かのためだろうか、実を目の前の少し離れた場所に置く。


映像を観ていた楓は声を出さずに号泣していた。


少女は常にこの広大な児童公園で遊んだ。


寝る場所もこの児童公園だ。


そして十日目についに、『…カルダくぅーんっ!』と叫んで号泣した。


少女はこの児童公園を見つけてからずっと、狩りをしなかった。


そしてついに少女は滑り台の下に座り込んで、何も食べなくなってしまった。


京馬は源一と春之介に声をかけ、少女に会いに行くことにした。


もちろんそれぞれの妻も同行した。


当然のように、楓と優夏はずっと号泣していた。


花蓮は泣けない自分を、少し恥ずかしく思っていた。


京馬たちが姿をみせると、少女は気付いたが、動く気はないようで、すぐに視線を地面に落とした。


京馬たちは近くの空き地にピクニックセットを出して、火を起こしてから調理を始めた。


そして陽気に食べ始めると、さすがに少女は大いに気になったようで、京馬たちを見た。


しかし、見るだけで行動は起こさない。


空腹で動けないわけでもない。


少女はすべてを後悔して、自ら死を選んでいたからだ。


すると、姿を現した桃花たちが遊具で遊んでから、京馬たちに駆け寄った。


少女は自然に立ち上がったことを不思議に思って立ちすくんだ。


「おいしいよ!」と桃花が陽気に言って少女に手招きをすると、少女は自然に歩を進めていた。


桃花が少女に椅子を勧めて座らせて、桃花が配膳した。


少女は満面の笑みを浮かべて、焼きそばを食べて、「…おいしい…」とつぶやいて笑みを浮かべて桃花を見た。


「…ま、ついてくるとは思っていたが、

 学校をさぼったからお仕置きだな…」


京馬の言葉に、「…特別課外授業…」と楓は号泣しながら言って、焼きそばを大いに堪能した。


「私の方が、絶対においしいよ?」と桃花が言って少女に腕を差し出すと、誰もが目を見開いた。


少女はすぐさま首を横に振って、「…もういや…」とつぶやいて、大声で泣いた。


「…桃花は過激すぎる…」と源一は苦笑いを浮かべて頭を振った。


「皮膚が硬い私が育てる!」と花蓮が悪魔に変身して堂々と言うと、「…怖がってるじゃないか…」と源一は眉を下げて言った。


桃花たちと少女は児童公園で大いに遊んで大いに語らった。


しかし、「さあ、帰るぞ!」と京馬が叫ぶと、桃花は大いに眉を下げた。


「ひとりで、ここで、生きていける?」と桃花が涙を流して聞くと、「もう、ひとりは嫌だぁー!!」と少女は駄々っ子のように泣いた。


「パパッ!! ミンティーちゃんを連れて帰っていいっ?!」と桃花は心の底から叫んだ。


「ああ、いいぞ」と京馬は笑みを浮かべて答えると、桃花はミンティーと手をつないで走ってきた。


しかしミンティーは振り返って児童公園を見た。


「誰かが見つけて遊んでくれるはずだから」と京馬が言うと、ミンティーは満面の笑みを京馬に向けた。



やはりミンティーは桃花に懐いてしまったので、右京和馬星の住人になり、お子様元老院預かりの身となった。


「今回はうまくいったようだけどな…」と京馬は苦笑い気味の笑みを浮かべた。


「…まずは修練場に走って行ったわよ…」と楓は振り返って、遠くにある修練場を見つめた。


「色々と驚くだろうな。

 半数以上は人間じゃないんだから。

 別のトラウマが沸きそうだけど、

 その時はまた治せばいいだけだ」


京馬は言って、うまい茶をすすって笑みを浮かべた。



「この依頼、どうする?」と和馬は眉を下げて言って、宙に映像を浮かべた。


京馬を名指しで言ってきたものではなく、正式なごく普通の依頼書だが、受け手がいなことがおかしい。


仕事としては機動部隊のものだが、戦いを治めてすぐに復興をするという、少々ハードなものだ。


今までの依頼にないわけではなく、地表面の荒れ具合から鑑みて、今までにも数件あったそうだ。


もちろん報酬も破格なので、こういった依頼が一週間も残っているわけがないのだ。


「今日までにどれほど受けてるんだ?」と京馬が聞くと、「5部隊」と和馬は言って、その一覧を出した。


初めはクラスAの部隊が三回続き、あとの二回はSが行ったが、依頼をキャンセルしている。


「元老院は何もしないわけか…

 それがおかしいな…」


京馬は言って、機嫌よくお菓子を食べているヨハンとミシェルを見た。


「受ければ?」とヨハンが大いに眉を下げて言って、知らん振りを決め込んだ。


京馬は大いに眉を下げてから、春之介に念話を入れた。


春之介の抱えるハイレベルな部隊が、この依頼を受けないわけがないのだ。


そして受けない理由があるのなら、源一、京馬に相談があってもなんら不思議ではない。


『俺も今調査中なんですが、

 口を割らないのです』


春之介は大いに困惑して言った。


「ひとつ考えられるのは精神的なもの。

 良心の呵責が働いて手を出せない、など…

 相手は相当に強く、口が立ちそうですね」


『…なるほどね…

 それで、元老院も特別勇者部隊も動かない。

 ロストソウル軍にはこの事実が知らされたようですね』


「そして、うわさが流れないということは、

 確実に口止めを受けています。

 ここにいるヨハンもミシェルも口を割りませんから」


京馬の言葉に、春之介は陽気に笑った。


そしてさらに源一と話し合って、三人の王が一部隊ずつ出すことに決め、依頼を受けた。


よって、ロストソウル軍に所属していた者は遠慮してもらった。


その意味が確実にあると、三人の王の統一見解だ。


よって死神は誰ひとりとしていない。


基本的には勇者と人間とロボ、わずかな能力者と春子たち竜、そして天照たち神と巫女だけだ。


純粋にそれぞれの王都直轄の部隊だけで、問題がある星のグルマの引力圏まで飛んだ。


『問題なし…

 この時点で妙だよな…』


源一の通信の言葉に、春之介も京馬も同意した。


「精神に干渉している可能性がありそうです。

 見えている映像は幻覚か幻術によるものでしょう。

 そして大気圏に突入したとたんに、

 心に対して何らかの攻撃があるようですね。

 依頼は戦闘と復興とありますが、

 調査できなかったと推測します」


『ああ、それで決まりだろう。

 じゃ、俺から通信を送るから』


みっつの宇宙船は情報を共有しているので、もし変化があればすぐさま指摘を行うことができる。


能力差によっては、見ているものが違う可能性があるからだ。


京馬と楓は、コアラとサラマンダーに変身した。


「ちょっと待て!」とサラマンダーが叫んでから、「春之介、ゼルタウロスに変身だ!」とサラマンダーがさらに叫んだ。


春之介がゼルタウロスに変身すると、ゼルタウロスが見た映像を、春夏秋冬が映像として出した。


『これは… 何の意味がある…』と源一は目を見開いて言った。


真実と思われる星は、真っ二つに割れているのだ。


しかし、まだ死は迎えておらず、不思議なことに大気圏の存在は確認できる。


『こりゃ…

 報酬を十倍ほどもらわなきゃ割に合わないな…

 だが、そろそろ限界のようだ』


源一は言って、星とコンタクトをとり、どのような処置をするのか早口で説明した。


相手側は見破られたことを大いに気にしたが、修復してもらえるのならと、源一の熱意と好意に礼を言って、星修復の作業を依頼した。


京馬の宇宙船は、星の巨大な割れ目に陣取った。


そして源一は、メテオを持つ悪魔の眷属のロッチを使い、この辺りの軌道上にある小さな星屑などを星の割れ目に向けて投げつける。


それと同時に、隕石が着弾する前にサラマンダーが溶かして、マントルの原材料とする。


よってこの作業は、まるで星を創っているように見える。


もちろん地上の状態を確認しながらの作業なので、慎重に行われ時間もかかる。


『あとは星に降りて作業をするから、

 溝だけ埋めてくれ』


源一の言葉に、ロッテはようやく笑みを浮かべて、ロッテと楓が協力して一瞬のうちにやってのけた。


星の住人たちもすべてを確認して、礼を言うと同時に、幻術を解いた。


そして三隻の宇宙船を快く迎え入れる連絡を入れてきた。


だが源一の部隊はすぐさま星の修復に飛び回った。


まだ完全ではないので、巨大な傷を確実に修復する必要があるからだ。


これ以上星の体積を上げることはそれほど良くないので、それ以外の部隊は、星の重鎮たちと話し合って、巨大な山などを削り落として溝の強化に使うことを進言した。


直してもらう方も真摯になっていて、理解できた時点で、本格的な作業が始まった。


そして星の四カ所を頑強につなぎとめてから、全員で休憩をとることになった。


ここは空き地だけを拝借して、農地を創り上げてから、大宴会が始まった。


そしてこの星の重鎮である、天使パットが頭を下げたまま現れたので、誰もが大いに目を見開いた。


「この星を、元に戻せる方がおられるとは知りませんでした」と頭を下げたまま言った。


そして側近たちもやって来て、パットに倣った。


「だけど、妙に荒っぽいヤツに仕事を頼みたくなかった。

 少しでも後ろめたさがあるヤツは追い出した。

 と、言うことでいいの?」


源一の言葉に、「贅沢過ぎて申し訳ございません」とパットは顔を上げないが、涙がこぼれ落ちたことはよくわかった。


京馬はどういうことなのかを悟って、小さな術を放つとパットは気付いて顔を上げ、そしてすぐさままた顔を伏せた。


そして自分自身の顔に触れてから、ゆっくりと顔を上げた。


春之介が笑みを浮かべて姿見を出すと、パットは号泣して、「私まで修復いただき、ありがとうございます!」と叫んだ。


「いえ、応急処置ですので、本格的に白竜様に治してもらってください」


京馬の言葉にパットは大いに戸惑った。


「こんなヤツだ」と源一は言って白竜に変身すると、パットは無条件で頭を下げた。


「治せないから顔を上げてくんない?」と白竜が気さくに言うと、「はい! 申し訳ございません!」と笑みを浮かべて叫んだ時点で、京馬は術の解除をした。


「この程度、ちょちょいのちょいさ!」と白竜は陽気に言って、一瞬にして、パットの顔の修復を終えて、土竜の若清水を顔に塗って、火竜の若清水を飲ませた。


「…おお…」と側近たちがパットが若返ったことに大いに感嘆の声を上げた。


「あとこれ」と白竜は言って、天使の三種の神器を手渡して、使い方の説明をした。


「…天使は、これほどまでに優遇されていたのですか…」とパットは大いに後悔して嘆いてから、感謝の祈りを捧げた。


「君が怒ってたことはよくわかるよ。

 だから君の行いはそれほど責められない。

 罪を憎んで人を憎まずは貫いていたようだからね」


「はい、ありがとうございます…」とパットは感情を込めて礼を言ったが、側近たちは顔を上げられないほど落ち込んでいた。


それなり以上の能力者ではあるのだが、源一たちは星の修復とパットの心まで修復してしまったからだ。


しかし、ここにいる三人それぞれが星の王だと知って、側近たちはかなり心が軽くなっていた。


大いに休息をとったあと、みっつの部隊は大いに働いて、星の修復作業を終えた。


そして所々に農地も創って、星の住人たちにも笑みをよみがえらせた。


「この先、大きな不幸がまだまだあるようだ」と源一は少し気合を入れて言った。


「ですが今回、得るものが多くありました」と京馬は言って、楓の肩を抱いて引き寄せた。


「…二人三脚…」と源一は言って眉を下げて、少し落ち込んでいる花蓮の肩を抱いた。


京馬と楓はまさに二人三脚で、星の修復ができるようになっていた。


さらには源一よりもスマートに修復をこなした。


その仲間になれない花蓮は大いに落ち込んでしまったのだ。


「大丈夫! 私だってできないわ!」と優夏はなぜだか陽気に叫んで花蓮を励ました。


優夏の機嫌がいいのは、春之介が星の修復ができるからで、さらには優夏も春之介の手伝い程度はできるからだ。


源一たちがパットに別れと告げると、パットは数名の天使たちを呼び寄せた。


「ここを、天使たちの修行の場とさせてもらうから。

 俺たちの縁は永遠に切れないから」


源一の力強い言葉に、パットは満面の笑みを浮かべて頭を下げた。


よって、パットに引き留められることなく、三つの部隊はそれぞれの星に帰還した。


丸二日ほど星を空けたのだが、どの星も平和で、星の住人たちは王たちを大いに労った。


しかし源一は休むことなく、元老院と面会して、星を破壊できる無法者などを率先して懲らしめるようにと、ほとんど命令した。


もちろん、今回の一件で、フリージア、アニマール、右京和馬の王と女王に逆らえないことはすでに理解できているので、機動部隊全隊に最優先の仕事を与えた。



「さあ! 特別勇者部隊を編成するよ!」とヨハンが陽気に言った。


「五人ほどしか集まらないぞ…

 王の取り決めで、今回の作業に携わった者は、

 強制的に三日間の休暇だから。

 目の前に敵がいるわけじゃないんだろ?」


京馬は眉を下げて言った。


「…確実に呼ばれるもぉーん…」とヨハンは今にも泣き出しそうな顔をして言った。


「まずは機動部隊の上位に任せておけばいいさ。

 まさに全宇宙の上位に君臨する猛者たちなんだから。

 だけど、今回のように精神に訴える大きな術をもっていると、

 確かに面倒だが、もうそれほど経験しないと思う。

 今回の星破壊未遂の犯人はただの荒くれ者だ。

 特別勇者軍が出張る必要などないはずだ」


「…活躍できるって思ったのにぃー…」とヨハンがつまらなさそうに言うと、「だからダメだって言ったじゃない…」とミシェルが眉を下げて言うと、「…それ、私が言ったはずだけど?」と桃花が眉を下げて言った。


京馬と楓は大いに笑い転げて、桃花を大いに褒めた。


そしてお子様元老院たちは京馬たちを囲んで、今回の作業の全てを映像で確認して知った。


それぞれの影視線なので、大いにわかりやすかった。


そしてこれからのお子様元老院の在り方を話し合うために、会議場に移動した。


「…経験を積ませてもよかったけど、

 危険があることはわかっていたからなぁー…」


京馬は子供たちの後ろ姿を見ながら言った。


「春之介さんも源一さんも何も言わなかったから、

 これでよかったと思うわ」


楓は穏やかに言って、コーヒーカップに口をつけて、笑みを浮かべて少し飲んだ。


「そういえば、四宮が喫茶店をオープンしたそうだね」と京馬が言うと、「デリバーリー」と楓は言って、コーヒーカップを軽く持ち上げた。


「…いつの間に…」と京馬が眉を下げて言うと、「毒見?」と楓は少し陽気に言った。


「人気は高いようよ。

 そういった気の利いた店は、

 もう少し落ち着いてからと思っていたし、

 アニマールに行けば、立派なショッピングモールがあるもの」


京馬は少しうなづいて、「ここはまだまだ新興住宅地でしかないからね」と言ってから、観光客受け入れエリアを見た。


土地に余裕がないわけではないが、それほど巨大な建物は必要ない。


さらにはアニマールとの行き来も重要なことだ。


コミュニケーションをとることで、様々なことに興味が沸く。


今まで知らなかった技術やものづくりなどに触れることも可能となる。


「…産業…

 できればものづくりがいいか…

 ひとり雇い入れたけど、ガフィロさんの場合、芸術品だが…」


天使ガフィロの実力の程はもう確認済みで、現在は得意な芸術品として作品を積み上げている。


しかし、民芸品のようなものも、源一の尽力によって作成は可能となったらしい。


よって師匠でもある桜良の機嫌がすこぶるいい。


「まずはガフィロさんと相談して、

 観光客受け入れエリアの博物館に展示してもらおうか…」


この先の星活性化のヒントにでもなればいいと思い、京馬はガフィロと相談して、自信をもって展示できる作品を30体ほど運び出し、湿度温度管理用の空調機などを備え付けて、早速展示をすると、観光客が大挙して作品の閲覧を始めた。


基本的には、この右京和馬星に生息する動物や獣人が全てで、ガフィロはその動物を観察することなく創り上げていた。


まさにものづくりが不得意な天使の中では特異な才能を持っていた。


しかし、この右京和馬星には二時間しか滞在できないので、初めてここにきた客たちは、急ぎ足でチューブライナーに乗り込む。


とりあえずは高台を一周してから、時間ギリギリまで作品を鑑賞しようと考えたようだ。


もちろん問い合わせが殺到することがわかっていたので、『御座成ガフィロ美術展』の催しもの名は忘れずに示してある。


そしてガフィロのプロフィールの看板も立ててあるので、誰もが落ち着いて鑑賞をしている。


もちろん、販売する意思がないことはガフィロに確認済みだ。


この件は警備員だけに伝えてあるので、問い合わせがあればそう答えるように伝えてある。


あまりカネに関することを書くと、それほどいい気がしないので、気を利かせただけだ。


もちろん、美術品のバイヤーを仕事としている者もいるので、多少だが問い合わせがあったようだ。


すると美術商から、今までの作品がどこにあるのか問い合わせがあったのだが、警備員がフリージア美術館に展示してあると話すと、どうやらまだ行っていなかったようで、美術商はバツが悪そうな顔をした。


もちろん京馬たちもこの件は知っていたので、大いに美術商を怪しんだ。


そして、作品の多くはフリージアのガフィロのアトリエにもあるそうで、全てを展示しているわけではない。


「…まさかだが、高価なものを狙う怪盗とか…」と京馬はつぶやいて老人にしか見えない美術商を見入った。


「変装してるわよ」と楓は言って、老人を見据えた。


老人は殺気を感じたようで踵を返そうとしたが、足が動かない。


しかし上半身は動くようで、体をねじったまま動かなくなっていた。


「…大いに不自然だな…」と京馬は大いに眉を下げて言うと、観光客エリアに源一と花蓮が現れて、老人の仮面をはいだ。


「…うふふ… 検挙第一号だわ…」と楓は少し喜びながら言った。


そしてフィルが姿を現して眉を下げたので、楓の縛りを解くと、すぐさま省エネの拘束術を男に放った。


「皇源次郎一派の、元盗賊のギルバートって名乗ってた人。

 源次郎さんに解雇してもらって、昔の仕事に従事してたようだね。

 逮捕歴はないから、今回初めて捕まったんじゃない?」


「…ここのロボたちも同じだから、

 それほど非難はできないか…」


京馬が苦笑いを浮かべて言うと、楓は愉快そうに笑った。


「もし、拘束が解けて自由の身になったと同時に、

 またやってきそうな気がするね。

 さすがに母さんの目はごまかせないだろうけど、

 一応伝えておこうか」


「今のところは本物よ?」と幼児の姿の天照大神が京馬を見上げて言った。


「面倒ですけど、お願いしておきますよ。

 なんなら、遊んでやっても構いませんので」


「…うふふ…」と天照大神は笑みを浮かべてから、社に向かって走って行った。


「…基本的には悪い人じゃなさそうよ。

 もうフィルちゃんの拘束は解けてるわ。

 あら、早業ね…」


楓は今度はフィルを見入っている。


「身長をどうやって小さくしたんだろ…」と京馬が言うと、源一が見破って拘束した。


「…さすがだな…

 隙はなさそうだけど、花蓮さんは少々危ういな…」


花蓮は目を見開いて、ふたりになったフィルを見ていたからだ。


「…源一さんが本気になったわ…」と楓は眉を下げて言うと、京馬も同じ顔をして、「…かなり珍しいことだね…」とつぶやいた。


「斥候にはもってこいだろう。

 そして俺たちをからかってもらって、

 娯楽代わりにでもしてもらってもいい」


「…本気で焼いちゃうかもぉー…」と楓は物騒なことを言った。


「手加減はいらないよ。

 見破られたヤツが悪いから」


京馬と楓の言葉に、この話を聞いていた仲間たちに戦慄が走っていた。


「ま、売り込み来たということでよさそうだ」


京馬が結論を話すと、誰もが大いに眉を下げていた。


源一と花蓮はギルバートを連行して、社の中に消えた。



桃花たちはいつものメンバーに加えて、人型の威厳のある者たちを連れてきた。


存在感が春子と同じなので竜だろうと察した。


初見の女の子が大いに興味を持って京馬を見上げた。


「春之介様とどっちが強いの?」と小首をかしげてかわいらしく聞いたが、「君は平和じゃないね?」と京馬は質問で切り返した。


桃花もさすがに眉を下げていたが、「…いないと思ったら…」と春子が眉を下げて言って、女の子を自分の体の後ろに隠した。


「…ああ、博物館の…」と楓は言ってその正体を見抜いた。


「…春之介さんにある意味成敗されたんだよ…」と京馬は眉を下げて言った。


少女は水竜で、名前はアリス。


京馬とは懇意になった勇者マサカリの元の主人でもある。


春之介はアリスにある意味死刑宣告を受けて、水竜城の姫から竜たちとの団体生活に環境を変えさせたのだ。


そうしないと確実にこのアリスのせいでフリージアに災いが起こると断定したのだ。


そして、引っ込み思案そうな穏やかな少年が、眉を下げてアリスを見ている。


この少年は春子と同じく緑竜で、名前をフォレストという。


アリスとは逆で、竜との団体生活をしていたのだが、今はたったひとりでフリージアの誰もいない森で過ごしている。


ふたりの生活環境を変えさせたのは、『甘え』という理由があった。


特にフォレストは成長が全く見られなかったのだが、ひとりで暮らし始めてわずか数カ月間で大いなる成長を遂げて、今は春子とそれほど差がないように見えた。


しかも春子よりも控え目で、―― できれば雇いたい… ―― と京馬は思い、笑みを浮かべてフォレストを見ている。


ひとりで暮らすと言っても、今回のようなたまの団体行動はいいものだ。


まさに活発な春子と穏やかなフォレストが、この団体の長のようにも見える。


「フォレスト君は、ここのダイゾとは仲良くなってもいいんじゃないの?

 彼はこの星の王様だし。

 ひとりで生活するのなら、別にここでも構わないんだろ?

 それに、ダイゾだけですべてを見回るのはかなり厳しいから、

 君にも協力してもらうと俺としては安心できるんだけど、

 源一様と相談して決めてくれないかな?」


京馬が語ると、「…う、うん… 聞いてみる… 源一様は許してくれると思う…」とフォレストは少し気弱に言ったが、春子に、「聞いてくるよ」と明るく言って、社に消えた。


「…ここの団体生活も魅力的だけど、フォレスト君はまだ修行中だしぃー…」と春子は大いに悔しそうに言った。


「この先数百年後には、みんなとともにここで過ごせばいいさ」と言うと京馬の陽気な言葉に、春子とベティーは満面の笑みを浮かべて礼を言った。


すると春子はカエンを見て、「出会いのお話を聞きたいんだけど…」と申し訳なさそうに言うと、和馬が出てきたが、「京馬さんに直接お聞きしたいの…」と申し訳なさそうに和馬に言った。


「…うわぁー… ハードルが上がったよ?」と和馬が大いに眉を下げて京馬に言うと、「…映像を流してもらった方が大いに楽なんだが…」と京馬は答えてから、口頭で説明する台本を書き上げて、その場の臨場感を持って読み始めた。


実際の物語はわずか30分程のものだったのだが、実際の時間は一時間に渡っていた。


その状況や環境、さらに心情などをつぶさに説明したからだ。


竜たちによってその心境は様々で、春子とベティーは大いに感動したが、アリスは京馬を恐れた。


カエンは微妙な笑みを浮かべていたが、心情的には春子寄りだった。


今のカエンと、あの時の悪竜は別物と言ってもいいほど、楓に再教育を受けていたからだ。


もちろん、お話の中では実際に楓にサラマンダーに変身させて、同じように鳴かせている。


「…さすが、特別講師様だわぁー…」と春子が大いに感心して楓を見ていた。


「…本当はね、もっともっと、パパとママを自慢したいの…」と桃花が悲しそうに言うと、「こらこら、ダメだぞ」と京馬は言って、桃花の頭をやさしくなでた。


「いえ、自慢して当然だと思います。

 ボクはフリージアに戻って来て、随分と考え方を変えました」


源拓が堂々というと、「それ、全てがいいこととは限らないから、考え直した方がいい」と京馬が少し厳しい言葉を投げかけると、「はい、ありがとうございます」と源拓は答えてから、目を見開いてから、京馬に困惑の笑みを向けた。


「…間違っていたけど、やっぱり間違っていませんでした…」と源拓が言うと、子供たちの頭の中には、『???』がたくさん浮かんでいて苦笑いを浮かべていた。


「それがわかっているのなら、まあ、仕方ないか…」と京馬が眉を下げて答えた。


「ここで、暮してもいいのですか?!」と源拓が勢い込んで聞くと、「それは却下。桃花たちが俺たちに甘えられないから」と京馬が否定すると、源拓は大いにうなだれた。


「ずっとお客さんとして、君たちを抱えているわけにはいかないから、

 自分の家に帰ってくれと言ったまでだ。

 それに、君だって言ったじゃないか…」


京馬の言葉に、源拓は大いに戸惑っていた。


「自分の言ったことに責任を持てないヤツは、ここに留まってもらっては困る!」


京馬の本気の怒りに、「…お子様元老院の存族はそれほど長くないって言ったわよ?」と楓が小声で源拓に助け舟を出した。


「…はい、そうでしたぁー…」と源拓は嘆いて大いにうなだれた。


「そのあとだったら、誰かに弟子入りしたっていい。

 子供はまず、親から色々ともらっておくべきだ。

 源一様から頂くものはすべてが高価なものばかり。

 源拓君がまだ見えてないものも持っているんだ。

 お父さんはケチだから、それをすべて知ってからでも遅くはないさ」


「…よく考えると、白竜様は本当にすごいと…

 ボクはきっと、怠けていたと思い始めました…」


「君は白竜にはなれないが、

 なれないからこそ知っておく必要は大いにあるはずだ。

 そして花蓮さんの黒竜も大いに興味が沸くよな?」


「あっ!!」と源拓が叫んで京馬を見上げると、子供たちは本気で驚いて目を見開いた。


「じゃ、それがどういうことなのかが宿題だ」と京馬は言って、源拓の頭をなでた。


「…まだ普通に、桃花ちゃんのお父さんの言葉だぁー…」と源拓はかなり悔しがって言ったが、宿題をもらったことで陽気になっていた。


「さらに厳しいのが春之介さんだ」と京馬は言って、春子たち七姉妹を見た。


「春之介さんの上を行くさらに厳しいのが優夏さん。

 誰にも真似ができないが、

 その神髄を大いに知った方がお得だぞ」


「…ああいう生物だって、諦めてましたぁー…」と春子が眉を下げて言うと、京馬と楓は大いに笑った。


「お子様元老院を解散した時、

 ここに何人集まっているのか、大いに楽しみになってきたね」


「…その時は、もう甘えられない年齢に…」と桃花は悲し気に眉を下げた。


「…私だって、その時は寂しいはずよ?」という楓のやさしい言葉に、桃花は涙が出るほどうれしかった。


そしてその喜びが、今この時を誘った。


「大きくなりたくなかったのにぃ―――っ!!!」と巨大な桃花ではない全く別の巨人が叫んだ。


「…今の種族がわからんが…

 まあ、俺の従兄には違いない…」


京馬は冷静に言ったが、大いに眉を下げていた。


そして、「でかくなっただけだ! 落ち着けプリピー!!」と京馬が叫ぶと、「…あ…」とブリピーはつぶやいて、京馬を見降ろして、「生意気なホスピー」とプリピーは冷静に言った。


「生意気で悪かったな…」と京馬が言って眉を下げると、プリピーは桃花に戻って、「うふふ…」と陽気に笑って、京馬に抱きついた。


「…この方が平和ぁー…」と桃花が言って、京馬を見上げると、「…まあな…」と答えて、桃花の頭を平手で軽く叩いた。


「…神には違いないけど、荒っぽくない魔王…」と源拓は苦笑いを浮かべてつぶやいた。


「…普通の子たちには内緒ぉー…」と桃花が言うと、お子様元老院たちは超高速で頭を下げ捲った。


「…桃花ちゃんが遠くに行っちゃったような…」と楓が寂しそうに嘆くと、桃花は眉を下げて楓に抱きついて、「…ママ、大好きぃー…」という言葉だけで、楓の母の威厳が復活していた。



「桃花も覚醒したことで、ここで早速家族会議だ。

 これはこの先の家族存続の重要な話し合いになる」


京馬の真剣な言葉に、誰もが大いに興味を持ったが、京馬の家族には誰も近づかないことにした。


「まずは歴史の話から。

 俺と楓は古い神の精神を引き継いでいる。

 もちろん桃花もそうだ。

 しかし、カエンと甘十郎はそれを引き継いでいないはずなんだ」


「…まだ、子どもなのにぃー…」と楓は嘆いたが、この説明は必要だと察していたので反対はしない。


「それは産まれ方の違いがある。

 もし甘十郎を願いの子として得た場合は、

 神の一族としてある変身ができたはずなんだ」


京馬は言ったと同時に、まばゆい光を発し始めた。


「はい、つけてつけて」と和馬が言って、みんなにサングラスを渡した。


「…竜…」とカエンはつぶやいて、満面の笑みを浮かべた。


しかしその姿は人型に近い竜だ。


『まあ… なかなかなものだったな…』と竜人と化した京馬が言った。


かなり離れている者たちは、すぐさま耳をふさいだが、京馬の家族たちには何も変化がない。


『あ、俺の杞憂は杞憂でしかなかった』と京馬は言って、遠くにいる仲間たちに指をさした。


『俺の声は不快だそうだぞ』と竜人が笑みを浮かべて言う、「…魂の家族の証明…」と楓は感激して涙を流して、三人の子供たちを抱きしめた。


「えっ デヴィラさんも…」と桃花が言うと、『俺たちとは古い神の一族では親せきのようなものだからな』と答えた。


『こういったものも修行の一環だが、

 もし俺が大声で笑った場合、

 人によっては昇天してしまう。

 だから竜の鎧をまとった状態での極端な感情の変化には要注意だ』


竜人は言って京馬に戻った。


「カエンは火竜として竜の鎧に耐性があるようだ。

 甘十郎も似たようなものだろう。

 今の竜人の姿は、古い神の一族の証明のようなものだ。

 桃花もそのうち自然に気付いて変身できるはずだ」


桃花は少し喜んだが、カエンと甘十郎が変身できないと思うと、素直に喜べなかった。


「楓はまだ見せていない姿が本来の神の姿。

 正確には昔返りという変身になるはずだ。

 ひょっとしたら、甘十郎はこの先知ることになるかもしれないな」


「…コアラかもぉー…」と楓が言うと、京馬は少し笑った。


しかし甘十郎にはまだよくわからないようで眉を下げている。


「そう簡単には沸いて出ないと思う。

 特に桃花が変身できないことで、

 子供では少々難しいのかもしれないね」


「…あはは… 頑張ってるけど、よくわかんなぁーい…」と桃花は苦笑いを浮かべて言った。


「俺たち家族はさらに分かり合えたはずだ」


京馬が堂々と言うと、家族たちは笑みを向けあった。


「家族だけの内緒話をしたい時に、

 竜の鎧に変身すれば、

 古い神の一族以外には聞かれることはないんだ」


京馬の説明に、子供たち三人は大いに理解を終えて、満面の笑みを浮かべた。


「…久しぶりに体験した…

 そして、気づいたことがあるが、

 これを言っても仕方のないことだ…」


雄大の言葉に、「姿と声の混合、ですよね?」と京馬が言うと、「はっ お師匠様」と雄大はすぐさま言って、頭を下げた。


「あら? 私も初めて知りました」とデヴィラは言って、かなり色っぽい目を雄大に向けてきた。


するとジュンがすぐさまやって来て、雄大とデヴィラの間に立って、知らん振りを決め込んだ。


「…ジュンちゃんはチノのようだわ…」とデヴィラが眉を下げて言うと、「まだまだ、チノ様には及びません」とジュンは真顔で言った。


もちろん、天使チノはデヴィラの家族の一員なので、京馬たちも面識はある。


しかし昼間はフリージアで夫のグランドラスとともに働いているので、夕食時にしか会うことはない。


グランドラスは勇者でもあるので、京馬とはそれなり以上の付き合いとなっているが、グランドラスはついに、最強のライバルを手に入れたと思い、毎日陽気に過ごしている。


「…デヴィラさんの婿候補は、本当に考えさせられるなぁー…」と京馬が言うと、「お気に止めていただいて光栄ですわ」とデヴィラは陽気に言った。


「しかし、この調子だと、

 なかなかの逸材も見つかるように思います。

 ほんの一年前と比べて、

 宇宙で出会う猛者たちの威厳がかなり跳ね上がっているそうなので。

 近いうちに手土産として連れて帰りますよ」


京馬が気さくに言うと、「はい、その日を心待ちにしておきますわ」とデヴィラは穏やかに言った。


「そういえば、勇者ゲンク・バンニュウさんも、

 星復興の戦利品だと聞いていますが…」


京馬の言葉に、デヴィラは笑みを浮かべて耳をふさいだ。


どうやら振られてしまったようだと、京馬は察した。


「夏介もそうだが、駆け出し勇者だからなぁー…」と雄大は少し残念そうに言った。


「…私の娘たちの獲物ですから…」とデヴィラは言ってから、ため息をついた。


「捕らわれの星に行かれました?」と京馬が聞くと、「…ああ、更生義務がある、刑務所の星…」とデヴィラは笑みを浮かべて言ってから、京馬に許可をとって宇宙船に乗り込んで、大気圏を離脱して行った。


「…まさに本気だなぁー…」と京馬は空を見上げて言うと、雄大は大いに眉を下げていたが、「ありがとうございました」と言って頭を下げた。


もちろんジュンも雄大に倣った。


「…ふむ… 天使修行か…」と京馬は言って考え始めてから天使服を着て、「今のままじゃ、厳しいよね?」とジュンに気さくに言うと、ジュンは泣き笑いの顔をして京馬少年を見ている、


「…頑張って守るぅー…」と天使服を着た楓が言うと、ジュンは大いに恐縮してこの幸運に感謝した。


「問題は、雄大さんの心ひとつにかかっているからね。

 もちろんふたりが強い絆で結ばれていることは、

 よく知ってるつもりだよ」


「…恩人同士っていうのもいいね…」と楓は笑みを浮かべて言った。


「ジュンちゃんが雄大さんをお父さんにしなかったことは正解だと思う」


京馬の言葉に、ジュンはホホを赤らめて雄大を見た。


「じゃあさ、ボクの白竜の研究の発表会をするから、聞かない?」


京馬少年の言葉に、ジュンは勢い勇んで頭を下げると、京馬は大勢を従えて異空間部屋に入った。


天使たちだけではなく、獣人とロボまで講習会に参加して、白竜の素晴らしさを大いに知った。


そしてやはり天使たちは落ち込んだ。


今のままでは、白竜になるなど夢のまた夢だ。


「じゃ、どうすれば白竜になれるのかを説明するよ」


京馬の言葉に、「…えっ?」と天使たちは大いに目を見開いた。


すると考えられないほどの項目が宙に浮いた。


まさに目が回るほどの果てしないほどの項目がある。


だが、それを示唆してもらったことによって、全くの夢物語ではなくなったことに、天使たちは大いに希望を持ったのだ。


「…私、目指せるよ?」と楓が言うと、「うん、今すぐにでもなれそうだね」と京馬は笑みを浮かべて言った。


そして映像を出している和馬が、これからの課題だけを残すように表示させると、まさに常識的に目指せる程度の課題が残っただけで、その数はわずか百程度だった。


「…白竜の姿の構築はできそうだよ?」と楓は言って、「えいっ!」とかわいらしく気合を入れると、手のひらサイズの白竜が現れたので、誰もが目を見開いて見入った。


「元素不足だからもっと食べよう」と京馬少年が眉を下げて言うと、白竜は楓に戻った。


「…太らないかなぁー…」と楓は陽気に言った。


「白竜の場合は、竜の中でもふくよかなイメージがあるからね。

 その抱擁感が白竜の魅力でもあるはずだよ」


「…ママ、すごいぃー…」と桃花は大いに楓を尊敬していた。


「大問題はもちろんあるよ。

 それば勉強の項目だ。

 特に医術については、

 素晴らしいお医者様になる必要があるほどの知識が必要だからね。

 さらには物理と化学の豊富な知識も必要だ。

 相当な時間、お勉強する必要があるよ」


「…がんばるぅー…」と楓はかわいらしくガッツポーズをとって気合を入れた。


もちろん天使たちも、楓に羨望の眼差しで見ていた。


本物の白竜が生まれる瞬間をその眼で見ることができるかもしれないからだ。


この高揚感も天使たちには必要なのだ。


「天使たちの特別授業も引き受けるよ!」と三宮が陽気に言って、恥ずかしそうな顔をして和馬に寄り添った。


「…そこ… ロボなのに欲を持たないように…」と京馬少年が三宮を見て言うと、「…はいぃー…」と三宮は少し悲しそうな目をして和馬から少し離れた。


「…じゃ、天使には一番重要な欲を持たない方法の講義だけするよ。

 ちょっと厳しいから、それほど考えすぎないようにすることが重要なんだ。

 守らなきゃいけない!

 などという強制は絶対にいけない。

 それが自然にできるように、日々修練だよ」


「はぁーい」という天使たちの穏やかな返事に、数名の獣人たちや死神たちが穏やかな眠りに誘われた。


京馬少年は眉を下げて、まずは眠った者たちをやさしく起こしてから、講習会を再開した。



今日のところはみっちりと五時間の講習を受けて、誰もがふらふらになりながらも風呂に入ってリフレッシュした。


特にこの天使のコロニーは、ある意味ハイレベルな逞しさだけを選抜したような天使の集まりとなっている。


京馬少年の言いつけを守って、自分自身に強制だけはしないように、穏やかに過ごすことだけに注意して、食堂に戻って穏やかに食事を始めた。


すると源一が社から出て来て、「…雰囲気が変わった…」と穏やかな笑みを浮かべて言って、天使たちを見た。


そして、天使服を着ている京馬と楓を見て眉を下げた。


「一体、何をやったらこうなるの?」と源一が聞くと、異空間部屋での講習会の説明をした。


「…はあ、さすがだよ、楓ちゃん…」と源一は眉を下げて言って、楓の頭をやさしくなでた。


「…ほめてくださってありがとう…」と楓は薄笑みを浮かべて感謝の祈りを捧げた。


「…うわ… 強烈な癒しが…」と源一は言って、大いに苦笑いを浮かべた。


そして、「うちの天使たちが確実に戸惑うだろうかなぁー…」と源一は言って椅子に座った。


源一も食事を所望したのですぐにメイドたちが料理を運んできて、「…天使だけじゃない…」と正確に判断した。


「多少は天使修行の物まねになるけど、

 常識的な精神修行になったようだよ?」


京馬少年の言葉に、「…なってるね…」と源一は言って、メイドたちに頭を下げて、食事を始めた。



源一は今日ここに来た理由を話すと、「観光旅行ですか…」と天使服を脱いだ京馬が大いに興味を持って答えた。


「確実に危ういと思う。

 気付いてしまったから、まずは視察をして、

 大きな不幸につながらないように確認だけでもしておきたいんだよ」


源一が復興の旅に出て、その近くにあった星を遠目で確認して、この事実を知った。


まさに文明文化の頂点に位置する星で、そういった星特有の自然がほとんどなくなってしまっていた。


まず異常なのは、虫がいなくなったことだ。


殺虫剤を多用することで、家につく虫どころか、わずかにある自然公園にも虫がいない。


よって、花が咲く草花もある意味進化して、ただの雑草のようになっていた。


よって植物にとっては、悪い方向に進化を始めていると、京馬も納得していた。


「星から出る人たちもいると思います」


「ああ、それも含めて、隠密裏に調査したいんだ。

 ある意味異様な世界と感じている人たちもいるはずだから。

 そして、大地の半分ほどが砂漠化を始めていることを確認した」


京馬は感慨深げに何度もうなづいた。


京馬は家族と20名ほどを選抜して宇宙の旅に出ることに決め、源一の宇宙船とともに、メタリル星に飛んだ。



「…不幸しかない…」と京馬はメタリル星を見て大いに嘆いた。


すると、小さな宇宙船船団が星から飛び出して、京馬たちがいる場所の上方に向かって飛んで行った。


「宇宙船の技術はそれほどでもなさそうですが、

 目的地があるようですね」


「ああ、先日復興に行ったマタという星だろうな。

 まさに大自然がいっぱいだけど、

 確実に駐在員に止められるから」


「宇宙の常識を知ってもらうことにしましょう」


京馬は真剣な眼をして言った。


「…精神状態が危険な人がいっぱいいるぅー…」と楓が眉を下げて大いに嘆いた。


「…やはり、よくないようだな…

 無駄に攻撃的になっているように感じる…」


「砂漠で戦闘が始まったようです」と京馬は厳しい目をして言った。


もちろん歩兵の戦いはなく、パワードスーツがメインの戦力で、ビームガンや剣、槍、盾などを両手に持ってハードな戦いが始まった。


「大雨を降らせて緑のオーラを放ちまくりたいですね」


「俺もそう思ったよ…」と源一はすぐさま同意した。


結局は有言実行で、警備の甘い広い海に向かって、大気圏に突入するのではなく、異空間航行で飛んだ。


こうすれば、レーダーにかかることなく、星に飛び込めるからだ。


よって誰にも気づかれることなく、二機の宇宙船は海上に浮いた。


そして外に飛び出して、宇宙船の上に足を下ろしてから、京馬は大量の海水を持ち上げて宙に浮かべると、天使服を嫌々脱いだ楓が巨大な炎を放って、一瞬にして蒸発させた。


まさに天候が一変し始めて、砂漠でも雨が降り始めた。


そして術者たちは次々と緑のオーラを放ち、風の術者たちは突風を起こした。


「砂漠には、サボテンのようなものが群生し始めたな…

 かなりいい兆候だ」


そのサボテンは土の原料となり、砂を覆い隠してしまうからだ。


そしてその雨には、サラマンダーの術に近い星のパワーが封じ込められている。


よってその成長は激しいものがあり、砂漠が一気に原生林に変わり、パワードスーツが身動きできなくなっている。


剣などで切り倒しても、すぐに伸びる。


「誰かの別の術が関与してる…」と源一は言って、特に砂漠を見据えた。


そして摩天楼のような町にも緑が戻り、アスファルトやコンクリートをめくり始めた。


「もう帰ってもよさそうです」と京馬は落ち着いて言うと、「そうしよう」と源一も納得して、宇宙船はまた異空間航行を使って星を飛び出した。


「緑の星に生まれ変わった」と京馬は笑みを浮かべて、全く別の星になったメタリルを見た。


「星の創造神が重い腰を上げたようだ。

 おっと、来るぞ!」


源一が叫ぶと、女性が楓から飛び出してきた。


「勝手に来てごめんなさい!」と、少女はすぐに頭を下げて謝った。


「本当に勝手だな…

 あんたにはここに来て礼を言うよりも、

 あんたの星を取り戻すことに尽力することが最優先だろ…」


京馬の厳しい言葉に、「はっ 申しわけありません、すぐに戻ります!」と少女は言って消えた。


「…落ち着いたらまた来るね…」と源一が眉を下げて言うと、楓はそそくさと天使服を着た。


「もう楓には飛べないけどね…

 俺と源一さんには飛んでこられるけど、

 ブロックはできる」


楓は怪訝そうな顔をして京馬を見て、「…どうして怒ったの?」とかわいらしく聞いた。


「知り合いだと直感したからだよ」と京馬は言って、大いに眉を下げた。


「彼女、軍人のような返事をしたな…」と源一は眉を下げて京馬を見た。


「もうかなり前の話でしょうが、

 俺の待女をしていたのです。

 当時の俺も軍人でしたので」


「…待女がいるほどの身分だったわけだ…」と源一は言って何度もうなづいた。


幼児の楓は大いに眉を下げていて、天使服を脱ごうと思ったが、ここで火柱を上げるわけにはいかないので、天使服は脱がないことにしたようだ。


みんなの安全のために、まずは右京和馬星に戻った。



京馬はごまかすことなく、魂を探り、和馬にそのダイジェストを放映させた。


「…ああ、妻になりたかったのになれなかったのね…」


楓はメロドラマを見ている主婦のように号泣して映像を観ていた。


「まあ、なれないな…

 身分の差という常識がある国だったからね。

 本人たちがよくても、周りが黙っていない。

 それが叶うのは下っ端だけだった。

 まさに俺は種馬…」


京馬は改めて映像で見て、大いに納得して眉を下げて言った。


「しかし、戦いに対してはストイックだな…

 そのことしか頭になかった、根っからの戦士だね…」


源一は大いに感心しながら映像を観終えた。


「…主の死を見て、彼女はどうしたのかしら…」と楓はさらに号泣しながら言うと、「…さあな… 興味があるのなら彼女に聞いてくれ…」と京馬は大いに眉を下げて答えた。


「…私だったら、殺されたとしてもキスしちゃうぅー…」と楓は大いに感情移入してつぶやいた。


「…主と共に逝けるんだ、それはあったかもしれないね…」と源一は静かにつぶやいた。


「だが、確実に数十億年ほど前の話だな…

 彼女は出世が遅いように感じるが…」


「人間からのたたき上げだからでしょう。

 星の創造神になれる者は、ほんの一握りでしょうから」


「…聞きたいけど、聞けない…

 …呼びたいけど、呼んじゃいけない…」


楓は大いに嘆いてうなだれた。


「もう過去のことだ。

 素晴らしいドラマだったとしか俺は思っていないから。

 俺は現在の俺の最愛の人の精神状態も守りたい」


京馬のやさしい言葉に、楓は新たな涙を流した。


京馬は落ち着いたところで考え込んだ。


「…まさか、俺はただの人間としてあの星で産まれていたとしたら…」と京馬が考えを述べると、「神が人間に恋をした、か…」と源一が感慨深げに言った。


「…まだ終わってないじゃないぃ―――っ!!!」と楓は正しく判断して、頭を抱え込んで何度も頭を縦に振った。


「…あの子にとっては終わってないな…

 だが、俺としてはもう転生してるんだ。

 面倒な当たり屋に出くわした気分だ…」


京馬の言葉に、源一は大いに笑った。


京馬と和馬が魂の記録を子細に調べたところ、約千年前の話だったことに、大いに苦笑いを浮かべた。


「…あの子、退屈だったんだなぁー…」と京馬が感慨深げに言うと、「…もう少し放っておけば、昇天していたのかもな…」と源一が言ってにやりと笑った。


「源一さんが妙な話を持ってきたからじゃない!」と楓は大いに怒って、真上に炎を噴出した。


「そうですね、源一さんが全ての責任をとってください」と京馬が真顔で言うと、「…監視は怠らないから…」と大いに苦笑いを浮かべて言ってから消えた。


「…でもね、かわいそー…」と桃花が言うと、「それは禁句だぞ」と京馬は苦笑いを浮かべて、桃花の頭をやさしく叩いた。


「ママが狂ってしまうぞ」


京馬の言葉に、桃花はすぐに気づいて、「…ママ、ごめんなさい…」と桃花は言って楓に抱きついた。


やはり最愛の娘の存在は楓を大いに元気づけた。


「…見込みのある男が少ないことが悪い…」と京馬がつぶやくと、男性たちは大いに苦笑いを浮かべた。


そういった芯から強い男性には、もうすでに相手がいるという理由もある。


やはり女性はかなり目ざとい生き物のようだ。


見込みがある者も多いのだが、今すぐに星の創造神の夫になる資格がある者はそう簡単には育たない。


これも女性の試練だろうと思い、ふと思い立って、まだ牢獄施設にいるデヴィラに念話をした。


その声は明るく、なかなかの逸材もいるようだ。


「…極力人畜無害の者を数名連れてきてもらっていいですよ。

 その方がじっくりと観察もできるでしょうから」


『…そうね、そういう理由があるのなら…』とデヴィラは快く言って、10名ほど連れて帰ると言って念話を切った。


「…男が襲ってくるぞ…」と京馬が女性たちに向けて言うと、誰もが飛び上がるようにして喜んでいた。


「…やる気が出て何より…」と京馬が言うと、「…不純だわぁー…」と楓は眉を下げてつぶやいた。


「やる気を出し過ぎて、ここから放り出されないように気を付けた方がいい」


京馬の厳しい言葉に、女性たちは心を無にして頭を下げて、クールな女性を装うことにしたようだ。


「じゃあ別口で、フリージアに探しに行こうか」と京馬は言って、楓の腕を引っ張って立たせた。


「…お見合いあっせんのおばちゃんになった気分…」と楓は言って眉を下げた。


「心に傷を持った猛者は魅力的さ」


京馬の言葉に、女性たちは大いに期待していた。



京馬はいつものように源一と爽太に挨拶をしてから、保護監視区域に行った。


三体のアーノルドはすべて女性を相手にしていたので、京馬は楓とともにそれなりの力のある使えない者を探した。


「…ふーん… わかるかい?」と京馬が楓に聞くと、「…もういたわ…」と笑みを浮かべて京馬を見上げた。


「だが急いだ方がよさそうだ。

 彼にとっては大いに迷惑だろうが、

 昇天させるにはもったいない」


京馬は楓を抱いて、小さいが深い森に向かって飛んだ。


「今消えて、後悔はありませんか?」と京馬が言うと、もう存在感が薄くなってしまっている死神が京馬と楓を見た。


「…それなりに頑張ったと思っています…」と男性は今にも消えそうな笑みを浮かべて言った。


「そうですね、心に傷を負うほどに頑張ったと言っていいでしょう。

 ですが転生した時、あなたはその心の傷を思い出して、

 また動けなくなってしまう。

 そうならないように、まずはしっかりと治してから、

 転生した方がいいと思うのです。

 それを目標にして、もう少しだけ生きてみませんか?」


「…あなたは面白い方だ…

 そして、素晴らしい方だということも理解できました…」


ここでお互い自己紹介をした。


男性は白鷺巧と言って、第一機動部隊に所属していたと言った。


そして男性は、京馬のことも楓のことも知らなかった。


もう長い間ここでこうしていたようで、その記憶としては、ここに移住した時から滞っていると言っていい。


よって二年間はほどは、ここでこうして過ごしていたようで、源一のことに関してもそれほど興味がないのか、名前と顔を知っている程度だった。


「昇天するにはいい環境の森ですね」と京馬が言うと、楓は大いに眉を下げていた。


「はい、ここは大いに気に入りました」と巧が穏やかに言うと、その存在感が戻ってきた。


誰かと話をすることで、この世界に留まることができるものなのだ。


「ここで少し戦ってみませんか?

 その気力もないと言われるのなら、

 無理にとは言いません」


「いえ、そうした方がいいと、俺が言っています」と巧は言って立ち上がった。


京馬がおもちゃのナイフを出すと、巧は少し怯えたが、それほど感情は変わっていない。


「俺が戦士として、一番自慢できる技をお見せしましょう。

 あなたに、また新たなトラウマが生まれないように祈っておきますよ」


「あなたは戦士ではないと思っていたのですが…

 俺の経験不足のようです」


巧は言って笑みを浮かべてから、型にはまった構えをとった。


「初めは手加減などと思っていましたが、

 姑息な真似はやめました。

 全力で行きますので覚悟しておいてください」


京馬は上段に構えてナイフを蛇のように操った。


すると巧は大いに脂汗を流し始めた。


京馬は察して、考えを変えないことに決め、一直線に間合いを詰めて、巧の首にナイフを突き立ててから、一気に背後をとった。


巧は声も出さずに、その場に、膝をついたが、手も足も胴もなかったことに、―― …あ、終わった… ―― と思い、そのまま倒れ込んだ。


だが冷静な巧もいて、何をされたのか大いに気になった。


そして、体はあると確信して、右手で左手に触れた。


―― 術は放っていない… これは機械的なことだ… ―― と巧は思って、そのまま立ち上がった。


「驚きました。

 そして俺はもう死にました」


頭だけの巧は薄笑みを浮かべて、見えない構えをとった。


京馬対生首の巧の対戦に、楓は大いに眉を下げた。


これだと、京馬の修行でしかなくなったからだ。


巧のいる場所しか判断できず、どういった攻撃が来るのか全く分からない。


しかし京馬は余裕の笑みを浮かべている。


「初めとは逆に右前になった。

 あなたは左利きですね」


京馬の言葉に、巧は目を見開いた。


その瞬間に、ナイフは巧の額に食い込んだ。


京馬は素早く下がった。


「…あーあ、なさけない…

 また死んだ…」


巧は大いに嘆いたが、闘志がさらに沸いていた。


京馬と巧は短い会話を繰り返しながらも、京馬が一方的に攻撃を加える。


何もできない巧はやけになることなく、京馬の攻撃の観察をする。


そしてあることに気付いて、「申し訳ありません。今は手も足も出ません」と笑みを浮かべて頭を下げた。


「そのようですね。

 同じ土俵に上がってくるのを待ちましょう。

 では、死体は俺がもらっていくことにしましょう」


京馬の言葉に、「死体は反抗できません」と巧は言って、生首のまま京馬の隣を歩いた。


「…ふたりとも悪趣味だわぁー…」と楓は言って、ふたりの後を追いかけた。


巧は王都に着くまで様々な人たちを驚かせながら、源一の前に立った。


「ついに昇天して妖怪にでもなってしまったようだ」


源一の言葉に、京馬は愉快そうに笑った。


「屍になりそうな人であっても、

 使える人を獲得することが急務ですので」


「…使えそうならそれでいいよ…

 一体、誰の相手にするの?」


「まずはデヴィラさんか、秋桜姉ちゃんですね」


京馬の言葉に、巧は大いに顔をしかめた。


「おや? 悪魔は嫌いですか?」と京馬が聞くと、「特に、あのデヴィラは気に入りません…」とうなるように言った。


「では、それを修行として会っていただきましょう」と京馬は言って源一に頭を下げて、巧と楓を連れて社をくぐった。


「あら?」と楓は言って、女性に囲まれているデヴィラを見て笑みを浮かべた。


デヴィラを囲むというよりも、連れてきた男性を囲んでいるのだ。


牢に入っているのも、女性の囲まれるのも大いに迷惑と言った感情が流れている。


そして京馬の隣にいる巧の生首を見て、誰もが目を見開いた。


「…どういうことだ…」と巧は言ってデヴィラでしかない女性を見入った。


「…好かれていたり嫌われていたり、本当にバラエティーに富んでるわ…」


「どうして悪魔じゃなくなっているんだっ?!」と巧は初めて感情をあらわにした。


「…私のお師匠様の判断よ…

 これが私の本来の姿…」


デヴィラは言って、次元解に変身すると、巧はホホを赤らめた。


この急展開に、楓は大いに興奮を始めた。


「…驚くことなく照れるなんて…」とデヴィラはぼう然として言うと、「…し… 仕方ない… ここは俺が守ってやろう…」と巧は大いに照れながら言った。


「生首に何ができるっていうのよぉー…」


「これから体が生えてくるんだっ!」と巧が叫ぶと、京馬が巧の首に張ったシールをはがして全身が現れた。


「ほら、生えた」と巧はぎこちない笑みを浮かべて言った。


巧としては、体が消えていた仕組みが全くわからなかったので、何もできなかっただけだ。


「…男性のツンデレもいいわぁー…」と楓は大いにホホを赤らめて言った。


「まずはデヴィラさんにお預けしますよ。

 もしいらなかったら、秋桜姉ちゃんに回してください」


「…どうなるのか、私にもわからないわ…」とデヴィラは眉を下げて変身を解いた。


「こら、変身するな!」と巧が怒ると、「ほかの人が嫌がるから我慢してよぉー…」とデヴィラが眉を下げて言ったが、今日この日が来ることを待っていたなどと考えているようだ。



京馬と楓は、今は遠くから見守ることにして、またフリージアに渡った。


「ひとりいれば、もうひとりくらいはいるだろう」


まさに、京馬らしい見解で、また源一に挨拶をしてから、楓を抱いて保護監視エリアに飛んだが、その途中で夏介に出会ったので、気さくにあいさつをした。


京馬がここに来た事情を聴いて、「そういった意味では確かに男性不足ですね…」と夏介は眉を下げて言った。


「事務方にいる人で、隠している人もいるんじゃない?」


京馬が聞くと、「…数人はいますね… さすがに強制ができなくなったもので…」と夏介は眉を下げて言った。


これは爽太の方針で、やりたい仕事を率先して円滑にこなしてもらうシステムを導入したからだ。


よってデヴィラが嫌われている理由もよく理解できる。


「…本人にやる気が出ればいいだけのこと…」と京馬は言って考え込んだ。


「もしよろしければ、同行してもいいですか?」と夏介が聞くと、「立会人という意味でなら構わないよ」と京馬は気さくに答えた。


「さすがにシビアな問題のようですから、

 俺が見るのは京馬さんの行動ですから」


夏介の言葉に、京馬は同行を許して、総合指令本部のビルに足を踏み入れた。


「…女性だが、もういた…」と京馬は言って、ふたりいる受付嬢を見入った。


「…はあ… あの仕事にあこがれていた人たち…」と楓は眉を下げて言うと、「まさに、大企業のエントランスですからね…」と夏介も眉を下げて言った。


その顔でもある受付嬢は、あこがれの職場のひとつに上げられるようだ。


京馬は早速受付嬢に近づいて、「あなた方のように色々と隠している男性を探しに来たのです」と言うと、受付嬢たちは大いにうなだれた。


できれば京馬にスカウトして欲しいなどと思っていたようだ。


こういった顔合わせも、受付嬢の醍醐味でもあった。


ここは非公開の情報を京馬に流して、恩を売ることに決めたようだ。


「ではお礼にこれを」と京馬は言って、宝石付きの黒いチョーカーをわらわらと出した。


「お仲間にでも配ってください」と京馬が言うと、受付嬢たちは礼を言って、チョーカーをつけあって喜んでいる。



「総務第一課出納係…

 楓の得意分野だな…」


京馬の言葉に、「そこで働いて行ってもいいわ!」と楓は男性よりも仕事に食いついた。


夏介に案内してもらって扉をくぐると、やけに暇そうにしている。


「おまえら! 仕事をなめてんのかっ?!」と楓が大いに叫んで火柱を上げると、もちろん誰もが驚いて、デスクに向かって仕事をする真似だけをした。


「現状維持がお前らの仕事か!

 出納係をなめんなよ!」


京馬は楓がこれほどに教育熱心だとは思わなかったが、この仕事が好きだからこそ、鬼のようになって怒るのだろうと察した。


「…いたわ…」と楓は小声で言って、窓際で背中を向けているカジュアルな服装の男性を見入った。


「なるほど… 暇な時には上を目指す行動に出ているわけだ」


京馬の言葉に、「…今は、遊んでるんだけどね…」と楓は眉をしかめて言った。


「…パソコンのミニゲームか…」と京馬は言って眉をしかめると、「…私も、同じようなものをよくやってたわ…」と笑みを浮かべて言った。


「…そういった種類のゲームなんだな…」と京馬は大いに興味を持って、青年の背後に回った。


今は数字の羅列の間違い探しをやっているようで、真剣そのものだ。


「三番目」と楓が言ってテンキーの3を押した。


青年は大いに驚いたが、楓が次々と正解を導くさまを見て、まるで神を見る目で楓を見たが、一業楓だと気づいてすぐさま頭を下げた。


「次は数字入力」と楓は言って立ったまま、例題の数字を見入って超高速でテンキーを打ち鳴らし始めた。


「キーボードのサーチタイミングが難しいの。

 ここは多少は工学系に強い人が優秀になれるわ」


などと言いながらも、楓はパーフェクトでゲームを終えた。


「なかなかいいキーボートを使ってるわね。

 私の指の動きについてこられるとは猪口才な…」


楓がキーボードを大いに褒めると、京馬も夏介も眉を下げていた。


「うちの星でも、出納係作んない?」と楓が懇願の目を向けて言うと、「秋桜姉ちゃんと相談すれば?」と京馬は眉を下げて言った。


精算作業の社内メールが飛んできたので、青年はすぐさまこなした。


今の時間帯に精算はほとんどないが、出納係は24時間、必ず誰かが従事している。


京馬たちのように決まった時間に帰ってくることがほとんどないからだ。


「…数日前の、京馬さんの部隊程度の稼ぎね…」と楓は瞬時に判断した。


「…しかし、作業時間が全然違う…

 ランクCだったらこれも当然だろう」


「…あ、あのぉー…」と青年は申し訳なさそうに言って、京馬、楓、夏介を見た。


「受付嬢のミーアさんの紹介でやってきました」と京馬は言って、改めて自己紹介をした。


「…気づかれてた…」とパット・マジスンは言って眉をしかめた。


「類は類を呼ぶ、でね。

 きっと俺たちが望んでいる人材を知っていると思っていたんです。

 今日の仕事はもうすぐ終わりですよね?」


京馬の言葉に、「は、はあ… 夜勤でしたので…」とパットは言って退社手続きをとって席を立った。


「もしよろしければ、右京和馬星で食事でもどうです?」


京馬の申し出を断るわけがなく、パットは大いに陽気になって上着を着た。



京馬がまた男を連れてきたのだが、今回は解放されないことで、女性たちは興味を持ちながら観察することにした。


もちろんデヴィラはパットのことは知っているし、死神でも数名は知っていた。


しかし、少し舞い上がっているパットは京馬たちに集中していたので、周りには少々無頓着になっていた。


「悪いんだけど、食事の前に、知っている顔がいれば、

 挨拶だけでもしてきて欲しいんだ。

 その必要がないと思ったら別にかまわないけどね」


「いえ、あとが怖い人が約一名いますから」とパットはごく自然に言ったようだが、かすかに怒りを醸し出していた。


その後が怖い人はやはりデヴィラで、「あなたがここで住まわせてもらっているなんてね」とパットは大いに皮肉るように言った。


「私にとっても、まさかだったわ」とデヴィラは本心を言った。


「そうか、なるほど、そういうことか…

 別にあんたでなくてもよかったわけだ。

 俺は請われてもここでは過ごさない。

 あんたかここにいる限りな」


パットはすぐさま京馬の元に戻って、「申し訳ありませんが、これにて失礼させていただきます」とパットは少し早口で言って、社に向かって歩いて行った。


「…怒ってるけど、ただただデヴィラさんが嫌いなだけ…

 …先にいたデヴィラさんを追い出すつもりもなさそう…」


楓が眉を下げて言うと、「…理由のない犬猿の仲っていうヤツがあることを初めて知ったな…」と京馬も眉を下げて答えた。


「…だけどね、そういう人たちがね、くっついたりしちゃうのぉー…」と楓はモエモードがさく裂して、頭から水蒸気が沸き始めた。


「…ないことはないね…

 だが、もったいないことをしたが、

 ま、彼だけじゃないから、食事をしてからまた行こうか」


「…次に会った時に、頭が冷えていたらいいなぁー…」と楓が言うと、京馬が術で楓の頭を冷やした。



京馬と楓は食事を済ませてから、また近代的なビルの作戦本部に出かけた。


受付嬢はふたりとも変わっていたが、チョーカーはつけていて、京馬と楓にこぼれんばかりの笑みを浮かべて礼を言った。


京馬は先ほど聞いた名前を書いたメモを見せて、まずは在籍していることではなく、デヴィラとの友好関係について聞いたが、受付嬢はいい顔をしない。


会っても無駄だろうと思ったが、会わないとわからないこともあるので、在籍している三人に面会を求めて、全員に振られてしまった。


「…ふむ… さて、どうするか…」と京馬はメモを見つめたまま言うと、「普通だらデヴィちゃんを何とかするって思うけど?」と楓は笑みを浮かべながら言った。


「今日の訪問はオマケのようなものだから。

 特に振られても問題はないんだ。

 ただただ、男女のバランスが悪いだけだから。

 男はここにいる者が全てじゃない。

 しかしこれこそ、御座成の亡霊の仕業だと、

 どうしても考えてしまう…」


京馬は最後の方はため息交じりに言った。



エントランスで偶然にも御座成和馬と出会った。


「…人材の調達?」と和馬が気さくに言うと、京馬はすべてを話した。


「…あのお姫様を怖くない者はいないさ…」と和馬は陽気に言って、京馬の肩を組んだ。


京馬は念のためにメモを見せると、「…類は類を呼ぶがな、さらに上はよくわかっていないようだ…」と小声で言った。


まずはここから一番近い、総務部第一課出納係の部屋に行った。


先ほどここに来た時とはほとんどメンバーが変わっている。


「…予備知識はいらないと思う…」と和馬は言って、廊下の出口に近い、妙に薄暗い場所にいる男性に指を差した。


「…はあ、なるほど… かなりおかしい…」と京馬が言うと、「…見えているのにいないわ…」と楓は言って笑みを浮かべた。


男性は必死になって仕事をこなしている。


今が一日のピークのようで、誰もが端末機に向かって忙しく情報入力を行っている。


目の前にいる死神ケイタ・クレバーも同じだが、やはり存在感が薄い。


「スピードアップ!」と楓が言うと、眼鏡をかけているケイタは顔を上げて、「サボってしまって申し訳ございません」と言ってから、とんでもないスピードで入力を終えた。


そして新たなメール開いて、また入力を始めた。


ケイタの担当分は、今のところ落ち着いたようで、空き時間ができた。


京馬はまずは自己紹介をして、ケイタと握手を交わした。


そして開口一番、「私の住む星にはデヴィラさんが住んでいるのですが、クレバーさんも私の星でともに過ごしませんか?」と丁寧に言った。


「…あーなるほど、そういうことでしたか…」とケイタは言ってから、「…ひとりで生きて行くことが楽でいいのです…」と答えた。


「そうですか…

 それは残念です。

 貴重なお時間を割いていただいて、

 本当にありがとうとうございました」


京馬は頭を下げて、楓と和馬とともに廊下に出た。


「…すっごく気にしてるぅー…」と楓が小声で言うと、京馬と和馬は肩を震わせて笑っている。


「種は撒いた。

 ある意味猛者の方が扱いやすいね。

 ほかの人もこうだとありがたい」


京馬の言葉に、「…ヤツは何を納得してたんだ?」と和馬が聞くと、「…このビルの雰囲気の変化…」と京馬が答えた。


和馬は何度もうなづいて、「…大屋京馬がスカウトに来た件、か…」と言った。


「エントランスに足を踏み入れて気付かなきゃおかしいほどよ」と楓が陽気に言うと、出納室の扉が開いて、ケイタが立っていた。


そしてケイタは廊下に出て扉を閉めてから、京馬に向かって腰から頭を下げた。


「どのようなことでも致します。

 どうか、配下に加えてくださいませ」


ケイタの言葉に、「種馬のようなものですよ?」と京馬が言うと、「…あ、断る権利とかは…」とさすがに眉を下げて聞いた。


「断わる権利はあります。

 そこまで横暴なことはしませんから」


「…そうですか…」とケイタはほっと胸をなでおろしてから、「デヴィラ様以外には大いに興味があます」と言うと、京馬も楓も愉快そうに笑った。


「デヴィラさんのことは俺たちよりもよく知っておられるようだ」


「様々なことがあったのですが、

 今もまだ、御座成功太様の亡霊に取り付かれていると察していますので。

 特に、現在の元老院のひとり、

 悪魔漣蓮様との婚約破棄はショッキングな出来事でした」


「…うわぁー… 俺がまだ人間の子供だったころの話…」と和馬が言って大いに眉を下げた。


「…なるほど…

 断るには十分な理由です。

 それはあるかもしれないなぁー…

 今はまだ赤ん坊の功太の成長を見守る算段なのかもなぁー…

 エッちゃんもいることで、

 右京和馬星は、まさに過ごしやすい場所になった…

 …本心を語ってくれたら、対応も簡単なんだけど…」


「…きっとね、自分でもわかっていないパターンだと思うの…」と楓が言うと、誰もが何度もうなづいた。


「あとは人間の女性で、ダイゾに変身できる人がいます」と京馬が言うと、楓が大声で笑って、すぐに口をふさいだ。


「…強烈なギャップですね…」とケイタが眉を下げて言うと、「楓の姉で、比較的良く似ています」と京馬が言うと、「…なんだか納得してしまいました…」とケイタは言って。楓に笑みを向けた。


「…化け物姉妹で悪かったわね…」と楓がケイタをにらむと、「…心情を読まないでください…」とケイタは眉を下げて言った。


「いや、下手に隠さない方が問題はないさ」と京馬が言ったが、楓はホホを膨らませて怒っている。


「それに、嫌っている感情はないと思うけど?」と京馬が言うと、「それは、そうだけどぉー…」と楓は言って困惑の目を京馬に向けた。


「ダイゾに凶暴性はないと聞いていますので、

 そのお見合い、お任せください」


「重ねて言うけど、無理にとは言っていないから。

 多分優秀だろうと思ったので声をかけただけだから」


京馬の何気ない言葉に、ケイタの表情が引き締まった。


「できれば、最高の私をお見せしたいので、

 一週間お時間をいただきたく」


ケイタの言葉に、「はい、その時に試験をします」と京馬が言うと、ケイタは真剣な顔のまま頭を下げた。


「…こりゃ、あきれるほど強敵だった…」と和馬は眉を下げて言った。


「アレックス君に先を越されてしまったもので。

 このチャンスを逃すわけには参りません」


京馬は笑みを浮かべて何度もうなづいた。


「クレバーさんを私の執事に迎えたいものです」という京馬の明るい言葉に、「はっ お任せを」とクレバーは言って、素早く頭を下げた。


「…高山一太君だけど、どう思う?」と楓が聞くと、「…さらにハードルを上げられますか…」とクレバーは言ってから少し考えた。


「執事としては理想です。

 まさに威厳があると思いますし、

 春之介様に負けない実力も備わっているように思っていたのですが…」


ケイタが困惑の笑みを向けると、「お子様元老院に何か言われたそうだよ」と京馬が眉を下げて言った。


「…その洗礼も、受けることになりそうです…」とケイタは言って苦笑いを浮かべた。


「…その話は別の場所でするわ…」と楓が言うと、数人の死神たちが近づいてきた。


「申し訳ないけど、今回は男性限定の募集なんです。

 女性の実力者が多数いるもんでね。

 なんなら、万有さんか八丁畷さんに売り込んでも構わないでしょう」


女性たちは嫌な顔ひとつすることなく踵を返した。


「…ちょっと怒ってるし、男尊女卑とかも…」と楓が言うと、女性たちの歩みが一瞬止まった。


しかし、振り返ることなく歩を進めて行った。


「…ま、かなりもったいないことをしたけどね…

 だけど、それほどの期待もできそうにありません」


京馬が男性たちに向けて言うと、「…あなたたちもいらないって…」と楓が眉を下げて言うと、男性たちは素早く頭を下げて歩いて行った。


「…ま、中間ってところだね…」と和馬が言って、メモをケイタに見せると、目を見開いた。


「…さすが、和馬様…」とケイタは言って素早く頭を下げた。


「じゃ、その人たちが来るのか試してみよう」と京馬は言って、ブルーパーからコアラに変身して、床に顔をつけて、『…ゴロロロロロロ…』と小さな声で鳴いた。


「…真っ先に駆け付けます!」とケイタは目を見開いて叫んだ。


すると、男性三名、女性15名が一斉に走ってやってきた。


そしてコアラに羨望の眼差しを向けた。


「…人型にも効果があったのね…」と楓は眉を下げて言った。


「…女性がもったいないなぁー…」とコアラを解いた京馬は大いに嘆いた。


「…雇って、俺に貸してくれ…」と和馬が小声で言うと、「…それでもいいか…」と京馬は言って、「実は、男性だけが欲しかったんですけどね…」と京馬が大いに眉を下げて言うと、女性たちは大いに苦笑いを浮かべていた。


そして不甲斐ない男性たちを見入っている。


「女性を雇う場合、少々縛りが発生するもんでね。

 できれば雇いたくないんだよ…」


京馬がはっきりとその理由を述べると、女性たちはすぐさま理解を終えていた。


「さっき来た人たちにも言ったのですが、

 ほかの星の王に売り込んでも構わないと思います。

 そして私に、大いに悔しがる顔をさせてもらいたいものです」


すると、ひとりの女性が手を上げた。


「はい、どうぞ」と京馬が発言を許可すると、「右京和馬星に住まうことしか興味はございません」と胸を張って言った。


「でしたら、申し訳ないのですが、

 男性のパートナー込みで住んでいただきたいのです。

 そうしないと、男性と女性のバランスがさらに悪くなりますので。

 そのあとに問題が発生した場合、

 星から出て行っていただくことにもなりますけどね」


すると女性三名が挙手した。


「…みんな、彼氏がいるって…」と楓が言うと、「はい採用!」と京馬は蘇って陽気に言った。


「いや! ちょっと待て待て!」と和馬が大いに慌てた。


「…なるほどね… 彼氏が和馬さんの部隊にいるわけだ…」


京馬がにやりと笑って言うと、「…うー…」と和馬はうなって京馬を見入った。


「ここにいる女性たちを雇っておつりが来ます。

 その対象者は、住人としては認めませんが、

 右京和馬星に渡る許可はします。

 私たちとともに、大いに鍛え上げることは可能です。

 そしてできれば、男性を持ち帰らないで欲しいものです。

 まあもっとも、相手はあのデヴィラさんなので、

 あなた方でも少々厳しいでしょうね」


ここに来た男性三人は、大いに眉を下げていた。


「その次は、ダイゾに変身できる女性。

 その次は私の娘で、ごく普通の人間。

 今のところ、この三人の伴侶、パートナーを探しているんですよ」


すると、男性三人がすぐさま手を上げた。


「あ、対象は桃花じゃありませんから。

 桃花は私と楓の子ですが養女です。

 実は、私の血のつながった娘がいるのです。

 年齢は、間もなく42才。

 私はこう見えても間もなく66才です」


どうやらこの件は知らなかったようで、誰もが目を見開いていたが、すぐさま頭を下げた。


「娘の桜は人間ですが、普通じゃありません。

 もう、人間のレベルを超えていると感じます。

 ですので、気功術の訓練も始めていますから。

 数年後には、何らかの手ごたえがあると思います。

 そろそろ、星の復興作業にも出そうと思っていますから、

 親の欲目ではありません」


「…平気な顔して、作業しそうだわ…」と楓は眉を下げて言った。


「防具をつけさせれば空も飛べるからね」と京馬は言って笑みを浮かべた。


「ところで、ひとり来てないぞ」と和馬が言ってリストのひとりに指をさした。


「…ふーん、なかなか面白い人のようだね…」と京馬は言って何度もうなづいた。


「…雇いたいのなら会いに来いって?」と楓が聞くと、「ま、そんなところだろうね…」と京馬は言って、「和馬さんの好きにしていいよ」と京馬は言って、全員にこれから右京和馬星に行くことを告げて、今日のところは早退してもらうことにした。


廊下を歩いて行くこの団体に、誰もが大いに目を見開いた。


ともにここで働いていた者たちは、その顔つきの違いに、大いに戸惑っていたのだ。


もちろん、声をかけるわけにもいかず、道を開けることだけを考えていた。


王都に行くと、「…今回は大漁だね…」と源一は眉を下げて言った。


「もちろん、受験生ですから」と京馬は気さくに言って、天照大神が待っている社に入って行った。


「…あんな人たち、いた?」と花蓮が目を見開いて言うと、「…なかなかうまく隠れていたもんだね…」と源一は眉を下げて答えた。



京馬があまりにも多くの死神たちを連れてきたことに、誰もが目を見開いていた。


まずは穏やかに食事会が始まった。


「もう試験は始まっているから」と京馬が言うと、誰もが本来の姿をあらわにするように、大飯を食らい始めた。


もちろん、男性だけでなく女性も同じだ。


そしてあまりのうまさに、天を仰いで笑みを浮かべる者が続出した。


食後はデザートを食べる時間を休憩時間にしてから、修練場に向かって走った。


ここは京馬は少々意地悪をして、時々トップスピードで走って、その実力を楓が見抜いて行く。


しかしここからは9つある修練場を渡り歩いただけだ。


さすがに全員が体力自慢で、根を上げる者はいなかった。


ここは一旦リフレッシュしてから、京馬はタロウを連れて射撃ブースに行った。


タロウは大いに陽気になって杖に変身しては、猛者たちを転がしていく。


そして京馬を見上げて、「全員合格だよ」と笑みを浮かべて言った。


ともに訓練を積んでいた桜は、男性4人の面倒を見始めた。


「…どうして桜だけが普通にこなしたんだ…」と京馬は大いに眉を下げて言うと、「…化け物だから?」とタロウが言って小首をかしげると、京馬は大いに苦笑いを浮かべた。


「…おまえ、少しは弱いところを見せないと、

 男を掴めないぞ…」


京馬の言葉に、桜は大いに目を見開いて、その場で死んだふりをした。


「…あ、寝た… すっごいやせ我慢…」とタロウは言って眉を下げたが、「…精神力も逸品だ…」と京馬は桜をほめた。



「…みーんな、桜さんにとられそうだわ…」と様子を見に来ていたデヴィラが言った。


京馬は少し厳しい目でデヴィラを見て、「御座成功太の亡霊に縛られていませんか?」と聞くと、デヴィラは一瞬目を見開いた。


そして悲しそうな顔をした。


「…きっと、誰が相手でも満足しないはずですわ…」と悲しそうに言った。


「…三万年も生きていればそうなって当然なのかもしれませんね…

 ここはひとり静かな場所に行って、

 何もない世界にのめり込むのも有効な手でもあるはずです。

 そこで今までにないほどの光が見えるかもしれません。

 望みはそれほどありませんけどね」


「…試しに行ってまいります…」とデヴィラは言ってふわりと宙に浮かんで北の方角に飛んで行った。


「…絶望…」と楓は言って眉を下げた。


「…一時期のエッちゃんと同じだよ…

 何もかもが刺激が薄いと感じ始めたんだろう…

 この星は未知なる世界だ。

 望みは薄いと言ったけど、

 この星は別で刺激だらけのはずだ」


「…そうね、伝えたのは一般論だわ…」と楓は言って京馬を少しにらんだ。


「だから俺に感謝することはないはずだよ。

 もしあそこで、

 ここは刺激にあふれている!

 なんて自信をもって言ったら、

 確実に面倒なことになるじゃないか…」


「…都合のいいように考えるから、行くことを勧めた人に夢中になるものなの!」と楓は言って腕組みをして怒っている。


「…天使服、着せてやろうか…」


「だから腕組みしたもん!」と楓は子供のように答えた。


すると、『ギーギー』と言って、この地のダイゾがやってきた。


「北は危険だって?」と京馬はごく普通に言った。


「…デヴィラさんの方が普通じゃないから…」と楓が眉を下げて言うと、ダイゾは一気に落ち着いて、メイドたちが持ってきたフルーツなどをうまそうにして食べ始めた。


「…危険な動物がいるわけだ…

 …動物が危険?」


京馬はふとあることに気付いた。


「…人間が住んでるの?」と楓がダイゾに聞くと、『ギ、ギギ』とダイゾが答えた。


「…そうか、先住民族がいたんだな…」と京馬は笑みを浮かべて言った。



その時デヴィラはそれほど急ぐことなく飛んでいたが、海を渡っている途中に、開けた大地を見つけた。


その奥は高い山で囲まれていて、異様に過ごしやすそうな場所だった。


そしてデヴィラは少し猫背の人間を見つけた。


すると一気に、村の様子が確認できた。


住居はここではないようで、川に水汲みに行ったり、魚を海の捕らえるのか槍を持っている者たちが、獣道を行きかっている。


よってデヴィラは少し高度を上げて、人間たちの観察をした。


逞しい者たちは男女ともに、剣や弓を腰にぶら下げている。


そして火も使っていて、言語も持っているようだ。


今のところは翻訳ができないので、感情だけでの会話内容でしかないが、一般的なあいさつ程度の会話のようだ。


デヴィラはかなり大回りをして、高い山の頂上に立つと、さらに北側に今度は木造の家を見つけた。


ここに住む者たちはまさに人間で、文明文化を持っていた。


しかし全てが幼稚なもので、それほど興味が沸くことはなかった。


すると人間たちが騒ぎ出し、東の山に向かって走って行った。


デヴィラが目を凝らして見ると、クマのような黒い物体がいる。


人間の大きさから察すれば、体高3メートルほどはありそうだ。


さすがにかなり離れた場所から矢を射られると、巨大生物であってもさすがに嫌がって、山に戻って行った。


多くの矢が辺りに散乱していることから、昨日今日始まったことではないと思い、デヴィラは高度を上げてクマを追いかけた。


クマが森に姿を隠した途端、その姿が消えたように感じた。


―― 変身した… ―― とデヴィラは思い、クマが消えた辺りを凝視していると、子供の鳴き声が聞こえる。


音をたてずに高い木の天辺から眼下を観察すると、ほとんど裸の男の子が泣いていた。


―― 怖いからクマに… ―― とデヴィラが思うと、妙に胸を締め付けられた。


―― 母性? まさか… ―― と思ったが、思い当たる節がほかにはない。


デヴィラは数人の子を産んでいたが、まさに全く同じ感情だということに気付いた。


だが今はあまり考えないようにして、音をたてずに木から降りて、少年から20メートル程離れて、短い草の上に降りた。


すると少年は泣き顔を上げて目を見開き、クマに変身した。


その顔は、まさにデヴィラを襲わんとするような厳しいものだった。


「怖いのはよくわかるわ」とデヴィラが言うと、クマの表情がすぐさま変わり、姿を少年に戻した。


「あー… あううー…」と少年は声を上げた。


言葉を教える人間との接触がないので、言葉を話すことはできないが、感情は読める。


デヴィラはこの少年に似合う服を創って着せると、デヴィラの目から涙があふれ出てきた。


少年は大いに気にして、デヴィラの体を見まわした。


どこかが痛いのだろうかと思って気にしているのだ。


「あなたが愛しいだけよ」とデヴィラは言って少年を抱きしめて涙を流した。


きっと長い時間、たったひとりでこの森で過ごしていたとデヴィラは察した。


この辺りにはクマがいる気配がまるでない。


上空から見ていたが、比較的スレンダーな鹿のような動物が多くいたのだ。


「私に必要なのは、あなたのような子供だったようだわ…」とデヴィラはまた涙を流しながら言って、ふわりと宙に浮いた。


少年は大いに驚いたが、デヴィラをしっかりと抱きしめている。


「…王様は許してくださるかしら…」とデヴィラは笑みを浮かべて言って、高台に向かって素早く飛んだ。



「あれ? 早かったなぁー…」と京馬が北の空を見上げて言うと、「…子どもがいるわ…」と楓は一瞬目を見開いたが笑みを浮かべた。


「ロン毛のなかなかの色男を見つけたね」と京馬が冗談で言うと、「おほほほほ」とデヴィラはかなり陽気に笑った。


少年はデヴィラの太ももの辺りを抱きしめてデヴィラを見上げている。


「ボク甘十郎」と甘十郎がいきなり少年の前に人型の姿を見せて自己紹介をすると、少年は目を見開いたが、「…あ、あうう…」とうなった。


「言葉なんてすぐに覚えられるさ」と甘十郎が言うと、「甘十郎君に教えてもらおうかしら…」とデヴィラが言うと、甘十郎は大いに苦笑いを浮かべて、「姉ちゃんが絶対に先生になるって言うから…」と言った。


「この甘十郎君は大丈夫よ」とデヴィラがやさしく言うと、少年は笑みを浮かべて甘十郎を見た。


「ちょっと早いけど食事でもしたら?」と京馬が言うと、「はい、ありがとうございます」とデヴィラは言って、いつもの席に座って、隣に少年を座らせた。


「…母子モエー…」と楓は言って涙を流した。


「もうそこまでか…

 その出会いにインパクトがあったんだろうね」


「…クマっ子…」と楓がつぶやくと、「…まだよくわからないが、なんとなくその物語が見えたような気がしたね…」と京馬は言った。


「…デヴィちゃん、報告書書いてぇー…」と楓が泣きながら言うと、楓の目の前に紙が現れた。


そこにはデヴィラが体験したすべてが書かれていた。


「…ああ… 文字で読むのもいいわぁー…」と楓は言って、報告書を京馬に渡した。


「ここからは見えないが、北には海があるわけか…

 ここにダイゾがいることで、

 人間はただひとりしかいなかっただけ…

 険しい山が多くて、

 平地は陸の孤島のようになっている。

 進化の過程が土地によってまちまちなようだな…

 俺たちが家を建てる技術を持つ土地に降りると神扱いだろうな…」


「…矢を射られたら悲しいわ…」と楓はすぐさま言った。


「姿がクマじゃなきゃいいだけと思うけど?

 …さて、どうするか…

 だがダイゾが危険と言ったから、

 接触はしなくてもいいだろう。

 だけど遠目からだけでも探っておくか…

 タロウ! カエン! 甘十郎!

 仕事だ!」


京馬が叫ぶと、三人はすぐさま走ってやってきて、京馬に抱きついた。


そして楓も抱きつくと、京馬は両手のひらを地面につけた。


地面の表面伝いに各地を探ると、デヴィラが見た進化した人間が一番文明文化を発達させていたが、かなりの少数派だ。


しかも、この高台がある大陸がかなり広大で、北にある大陸は島のようなものだった。


「…船はいかだのようなものだから、

 この先改良が必要だろう。

 ほかの大陸に渡るのは少々厳しいし、

 ここに来た途端に猛獣に食われる」


「…そうなったらかわいそうだけど…

 それがこの星の掟…」


「今度は人間たちが動物に攻撃される側に代わるだけだ。

 人間は愚かだから、それを受け入れられず武器に頼る。

 だからこそ、ダイゾに危険と言われて当然だろう」


「…我がふりを顧みないことは悲しいわ…」と楓は言って眉を下げた。


「…でも、現実を確認させることも危険だわ…」


「ああ、その方法を大いに考えないとな。

 特に翼をもつ動物たちが海を渡ると人間は全滅だろう。

 だが、高く険しい山に阻まれているから、

 自然の中ではそれはなかなか起こらないと思う」


京馬は言いながらも、各地の部分的な地表面の詳細な立体地図を創り始めた。


そして直径50メートルほどの巨大な天球儀が完成した。


この高台の位置は、南半球のほぼ中央にあり、まさに子供たちにとっては、地理と進化の勉強の材料となる。


そして北側に横長の広い海があり、小さな火山島が点在している。


さらに北川に、山で分断された比較的開けた土地があるが、少し北に行くともう北極圏となる。


そして基本的な生態系を模型として張り付けると、動物が9割9分を占めている、まさに動物の惑星だ。


学校から生徒たちが飛び出してきて、すぐさま興味深そうに天球儀を見上げた。


そしてこの高台がどれほど高い場所にあり、それほど大きくないこともよくわかるほどだった。


「これを造って送りつける」と楓が言うと、「なかなかの名案だ」と京馬はすぐに言って、楓の頭をなでた。


そして京馬はそのコピーを隣に作り上げると、「…学校にも寄贈してぇー…」という三宮の言葉に従って、もうひとつ創り出した。


「さあ、学校の備品を壊さないように持って行ってくれ」と京馬が言うと、子供たちは大いに困惑の笑みを浮かべたが、ここは能力者たちが手伝って、天球儀を宙に浮かべて運びやすくした。


「これがあることで、冒険の必要はなくなるが…

 逞しさが激減しそうだな…」


「…ダイゾちゃんが危険だって言ってるから、

 そこは目をつぶった方がいいと思うー…」


楓の言葉を採用して、京馬は天球儀に半円で階段付きの25メートルほどの台を設けた。


こうすることで、宙に浮かばなくても北半球の確認が容易になる。


「土地を出ることが危険だとわかっていて、

 出てきた者たちが生き残れば、逞しさも沸くだろう。

 そしてこの天球儀を見て、

 神、もしくは星の王がもういると思い知ることになる」


「親切で、ハンサムな神様だわ」と楓は穏やかに言って、京馬を抱きしめた。



「冒険に行ったのかい?」と巨大な天球儀を見上げて春之介が言った。


「…わかりやすいわぁー…」と優夏は笑みを浮かべて天球儀を見ている。


「いえ、こうなるまでには、心温まるドラマがありました」


京馬は言って、デヴィラの報告書を春之介に渡すと、優夏がすぐさま読んで号泣した。


「フォレスト君とダイゾちゃんもいるぅー…」と優夏は眉を下げて、雄々しき緑竜とダイゾを眉を下げて見入った。


「姿を現さずにこれを配達すれば、大いに興味を持つことでしょうね。

 そしてこの高台に人が住んでいることにも気づきます」


京馬が高台に手のひらをかざすと、拡大立体図が現れて、現在の国民一同の立体映像が飛び出した。


「はは、これはいい!」と春之介は大いに陽気言って、様々な場所に手のひらをかざして喜んでいる。


「…動物が喜んでるだけだわぁー…」と楓が眉を下げて小声で言うと、京馬は笑いをこらえていた。


「デヴィラさん、配達をお願いできますか?」と京馬が聞くと、「はいっ! 喜んで!」とデヴィラは叫んで、次元解に変身した。


デヴィラが保護した男子が目を見開いたが、すぐに雄々しきクマに変身して、少し飛び跳ねて喜んでいる。


別の肉体に変身できることで、親に向ける感情を大いに流していた。


次元解は天球儀と巨大なクマを宙に浮かべて、「では、行ってまいります」と言ってゆっくりと飛んで行った。


「…さて… 勇敢な者たちがどれほどこの地を目指すのか楽しみだ…」


京馬の言葉に、「…これは神からの試練…」と楓は真顔で言った。


「予想外にも、空を飛んでやってくる者もいるのかもな。

 その地の神と認められている者がいる可能性もある。

 これは望みは薄そうだけどね。

 過去の自分を思い出して、覚醒しない限り、それはなさそうだ」


「…いなかったと思うわ…

 やっぱり権力は、年功序列に感じたわ…」


「…そうか…

 だったら、ここに来るのは早くても百年ほど先になりそうだね…

 俺たちは気長に待つだけだ。

 獣人たちのように、来た者は受け入れよう。

 もちろん、矯正の必要はあると思うけどな」


京馬の言葉に、楓は感慨深げにうなづいて、天球儀を見上げた。



配達から帰ってきた母親になったデヴィラを、多くの男性の目が見入っている。


「…逆になったぁー…」と楓は身もだえしながらデヴィラたちを見ている。


「…皮肉な話だ…

 デヴィラさんの母性に、

 男性陣はメロメロになっているな…」


京馬は言って少し笑った。


よって桜はつまらなさそうな顔をして京馬に向かって歩いてきた。


「ランクダウンの男性だったら何人かいるけど、

 デヴィラさんが嫌いだからここでは暮さない。

 だけど、今のデヴィラさんを見て、

 さて、どう思うのかなぁー…」


「…焦らないでおきますぅー…」と桜は言って、大いにうなだれた。


「桜は趣味はないの?」と京馬が聞くと、「…そんな暇もなかったから…」とうなだれたまま言った。


「じゃあ、男性以外で興味を持っていたこと」


桜は少し目を見開いてから少し考えて、「…絵描きにはあこがれたかなぁー…」と何とか答えを絞り出した。


「自由時間に思いついたことをいろいろと試してみればいいさ。

 エッちゃんがいたら、話をしてみるのもいいと思う」


するとまた問題児がやって来て、デヴィラがハーレムの中心になっている姿を見て、「…どういうこと?」と目を吊り上げて秋桜が聞いた。


「うまくやって伴侶を見つければいいだけさ」と京馬が言うと、秋桜はまだ京馬をにらみながらも男性たちに近づいて行った。


そしてダイゾに変身して、誰もを驚かせて戻ってきたので、京馬も楓も大いに笑い転げた。


もちろん、秋桜としては気に入らないので、まずはアピールをしたまでだ。


するとひとりだけ男性がついてきたが、「…これはまずいことになった…」と京馬は大いに眉を下げて言った。


デヴィラは右側のホホを大いにけいれんさせている。


デヴィラが息子にして健太と名付けた男の子が秋桜についてきたのだ。


「…こっちのおばちゃんにお母さんの愛情なんてないわよ?」と楓が健太を見て言うと、「どういうことよ?!」と秋桜が大いに荒れて叫んだ。


京馬は何度もうなづいて、「産んでなきゃわからんな…」と楓に同意した。


「絶対服従の意思を示してるだけじゃない。

 そこにいる男どもと同じだわ」


秋桜が堂々と言い放つと、健太は一瞬だけ秋桜の手に触れてから、デヴィラに抱かれた。


「…微妙なスキンシップだな…」と京馬が眉を下げて言うと、「…怖いものに触れただけ… 根性試しのようなものよ…」と楓が言うと、秋桜はさらに目を吊り上げていた。


「…アニマールで過ごそうかしら…」と秋桜は言って、深いため息をついた。


「あらあらまあまあ…」とフォルテが言いながら、家守とともにやってきて、京馬に頭を下げた。


「楓ちゃん、来ちゃった…」と家守は恥ずかしそうに言って、フォルテに誘われるままにデヴィラに寄り添った。


「…せっかく仕入れてきたのに… もう、売り切れてしまいそうだ…」と京馬は言って大いに眉を下げた。


「…うー…」と秋桜は言って頭を抱え込んだ。


「…秋桜姉ちゃん専属に雇う必要があるようだな…

 …そして、秋桜姉ちゃんは、

 男性のどう接すればいいかわからないと言ったところだ…

 手下としてなら簡単に連れ去れるのに、

 恋愛だとしてしまうと構えてしまう…

 嫌な思い出でもあったのか、

 その逆に何もなかったから」


「…その唯一が、右京和馬君だったぁー…」と秋桜は今更ながらに言ったが、これはわかっていたことだ。


「大家という権限と、大屋という名前を使わなかったことは尊敬に値するよ。

 それに、楓の気持ちもわかっていたからだね。

 俺が胸を張って紹介できるのは、

 残るはアーノルド三兄弟くらいしかいないね…

 俺が懇意にしているのは、長男のマスター・アーノルド。

 だけど三人はリンクをとっているから、

 基本的には三人とも同一人物と言っていいはずだよ。

 だけど、AIの進化状況によっては、

 多少の性格の違いはあるかもしれない。

 それに、俺と友人となったことで、

 ロボなのにさらに人間らしくなったと思う。

 だけどさすがに、

 秋桜姉ちゃんも子供を生んだ方がいいと俺は思うんだよ」


「…こんな私のために、本気になって考えてくれていてありがとう…」と秋桜は穏やかに言って席を立った。


するとクロコダイルが立ち上がって、「お供します」と真剣な眼をして秋桜に言った。


秋桜はクロコダイルの気持ちをありがたく思って、「…デートして?」と眉を下げて言った。


「はい、もちろんです。

 さあ、参りましょう」


クロコダイルは笑みを浮かべて言って、秋桜の手を取ってから、京馬と楓に頭を下げて、踵を返して社に向かって歩いて行った。


「…お姉ちゃんに、本当の春が来たわぁー…」と楓は大いに身もだえしながらクロコダイルの気持ちをありがたく思っていた。


「やはり、弱い部分を見せることは重要だな…

 あのままだと、秋桜姉ちゃんはジャポンの女王になっていたようで、

 あまりいい気はしなかった。

 次の女王を生むためだけに尽力したように思えてならない…」


「…やっていた可能性は高いと思うわ…」と楓も同意して、少し心細げな笑みを京馬に向けた。


「だが、恋に情けは無用だ。

 子供がいる場合は特にだ」


「うん、わかったわ」と楓は心を入れ替えて座り直して、「京馬さんの妻として、堂々とすることに決めたわ」と真剣な眼をして京馬を見て、子供たちに母の笑みを向けた。



京馬たちの安寧の日々は大いに続くことになるのだが、京馬と楓には大いに誤算があった。


北の大陸には、想像を絶するほどの大物の人間が暮していたのだ。


だが京馬は何も変えない。


京馬としてはこの高台の平和さえ守ればいいだけなのだから。




~~~ ブルーパーヒーロー おわり ~~~




~~~ 圧倒的少数派の冒険 に つづく ~~~


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