希望ある未来の道を歩みましょう
ま、まあ… 今回でマジ最終笑 すべてを守るために精進しましょう
京馬たちが帰ってから、コッコの様子がおかしい。
ゴズに何かを隠してしているように感じるし、そう見える。
しかし、悪いことでもなさそうだったので、ゴズは気にしないことにした。
だが夕飯時に、「なんだ、これ?」とゴズは妙にかわいらしい絵の入った、少し厚みのある封筒を手にすると、「あっ!」とコッコが叫んで封筒を見入った。
「もらったの?」とゴズは全く何も疑わずにコッコに渡すと、ほかの兄弟たちの目がコッコに集中した。
もちろん、ひとりだけ知らないものをもらったという嫉妬のよう眼だ。
「何か理由があってコッコに渡したんだろうね」とゴズはこう言っただけで、テーブルに料理を配膳をした。
兄弟たちは自分たちの嫉妬を恥ずかしいと思った。
そして、これを知らしめるための道具なのではないかと思って、京馬たちに頭を下げると同時に、自分たちの考えを戒めた。
「…あ、あのね…」とコッコは何か言いたげにしたが、困惑の眼をゴズに向けるばかりだ。
しかし、「…ゴズ兄ちゃんが困った時に渡してほしいって、桃花ちゃんがくれたの…」とコッコはうなだれながらも何とか告白した。
「え? ボクが困った時に?」とゴズが大いに驚いて言った。
コッコは封筒をゴズに渡してから、「…その袋は欲しいなぁー…」とコッコが言うと、ゴズは少し笑って、封筒から中身を出して、封筒をコッコに返した。
中身は冊子で表紙には、『痛み止めの作り方』などと、30ほどの項目が書いてある。
ゴズはこの本がどういう意味があるのかよくわからなかったが、読んでいるうちにようやく気付いた。
―― 町に出入り禁止になった時のため… ―― とゴズが考えたと同時に涙があふれて止まらなくなった。
ここまでゴズたちのために親身になってくれる人はどこにもいないと思い、「京馬さん、ありがとうございます」とゴズは言って、外に向かって頭を下げた。
食事は言いつけ通りしっかりと摂り、ゴズは早速農地に行って、必要なものを全て集めた。
中には乾燥させる必要があるものもあるからだ。
今のうちに、薬づくりの下ごしらえをしておく必要があり、兄弟たちも大いに手伝った。
擦り傷用の軟膏など数種類はすぐにできたので、全員で試して、「あー… すーっとするぅー…」と一斉に幸せそうに言って、大声で笑いあった。
「まさか、薬を作れるなんて思いもよらなかったよ!」と最年長のダグが陽気に言った。
経口薬はなく、全てが塗り薬だ。
特に体の不自由なふたりは、気圧の変化で神経痛が起きやすく、痛み止めが必要だ。
「傷薬でも少し効くそうだよ」とゴズが冊子を読みながら言うと、「もう塗っちゃった」と長女のサリが答えて少し舌を出しておどけた。
「今日なんて痛くなるはずなのにならないの。
食べ物のおかげかもしれないわ…」
次女のレリの言葉に、「…怒りっぽくなるもんなぁー…」と次男のダルがからかうように言った。
兄弟全員が本当に久しぶりに、笑みあふれる一日となっていた。
その翌日、昼食が終わってから、「…どうしようか…」とゴズはつぶやいた。
薬が必要なくなると、町に行って働く必要はない。
家の仕事もそれほど楽とは言えない。
特に暴れ盛りが多いので、頻繁に家の修理をしているほどだ。
そして今日からしばらく休むことを伝えるために町に出かけると、京馬の予感が的中していて、ゴズは町に入れてもらえなくなっていた。
この騒ぎを聞きつけたロストソウル軍の軍人がやってきた。
「ゴズ、どうした?」といきなり名前を言ってきた。
「え?」とゴズは少し驚いて軍人を見ると、「確実に騒ぎがあると、京馬のヤツ… いや、京馬さんに言われていたんだ」と答えると、「…あー… 京馬さんのお知り合いですか」とゴズは笑みを浮かべて答えた。
「ま、こうなることはヤツ…
京馬さんが予測していたようだからな。
入れてもらえないのなら入らなきゃいい。
俺が面倒を見てもいいから、なんでも言いな」
「あ、あなたのお名前を教えてください」とゴズが言うと、「御座成和馬という」と言って、これ見よがしに笑みを浮かべた。
「あれ? 和馬って子が来てました…」
「たまたま同じ名前なんだよ。
あの京馬のヤツ…
いや、京馬さんの元の名前が和馬だったんだ。
ヤツは少々訳ありで、誰よりもすげえ体験をしてるんだ。
必要だったら話してもいいって言ってたぜ」
「はい! お願いします!」とゴズは和馬に陽気に言ってから、「長い間、お世話になりました」と町の衛兵に頭を下げて言ってから、和馬とふたりして村に続く道を歩いて行った。
「…この町、本当にこれでいいのか…」と町人のひとりが言うと、「…もし、また襲われたら、誰が救ってくれるんだ…」という声が多く上がり始めた。
ついには、「村長はクビだ!」という結論に達し、町役場が大騒ぎとなった。
ゴズと和馬は家までの帰り道、様々な話をした。
「それは、本格的に鍛え始めてからだ」と和馬が言うと、「…はあ…」とゴズはため息交じりに言ってうなだれた。
「急ぐことはねえ。
今は、特に小さい子を守ってやんなきゃな。
俺たちも遠巻きから気にかけているんだ。
バカなヤツがこの宇宙には多いからな」
「はい、本当にお世話になります」とゴズは明るい笑みを浮かべて頭を下げた。
「…俺も、京馬の弟子になりてぇー…」と和馬がつぶやくと、ゴズは誇らしげに胸を張ってさっそうと歩を進めた。
家に帰りつき、ゴズは兄弟たちに御座成和馬を紹介した。
兄弟たちは初めは怪訝そうに和馬を見ていたが、話しを聞くにつれ、真剣な顔に変わって行った。
「…京馬さんは誰よりもつらかったはずだ…」とゴズは涙ながらに言った。
「だからな、ヤツは人の痛みがよくわかるヤツなんだ。
きっとな、だからこそ、ヤツはそういう者に対しては特に優しくなるんだ。
そしてヤツは冷静だ。
まず感情的にはならねえ。
そして先読みの鋭さ。
これはもうみんな知ったよな?」
ゴズたちは薬の作り方の本を見て涙を流した。
「俺は様々な強ええヤツを見てきたが、
あいつに勝てるヤツはまずいねえと思う。
弟子になったら、いろんな意味でかわいがってもらえるだろうな」
和馬は言って、ゴズの頭を乱暴になでた。
「桃花ちゃんが、遊びに来てって言ったよ?」とコッコが言うと、「ああ、連れて行ってもいいぜ」と和馬は言って胸を張った。
「何なら兄弟全員、あいつの星に居座ってもいいんじゃねえの?」
「えっ?」とゴズが目を見開いて言うと、「あいつは右京和馬という星の王様だ」と和馬が告げると、誰もが目を見開いた。
「…だから何度も名前を言い換えたんですか…」とゴズがようやく納得して聞くと、「もうめんどくせえからやめた!」と和馬は豪快に陽気に叫んで大いに笑った。
「ヤツの子になったら、いろんな意味で特典がある」と和馬は言って、サリとレリを見た。
「…まさか、体を治せる…」とゴズは笑みを浮かべて涙を流した。
「…俺がやってもいいが、この星でやるわけにはいかねえからな…
…王様におねだりして治してもらった方がいいぜ…
もちろん、サリとレリがきちんと言うんだぞ。
何でもかんでもゴズに頼ってちゃ叱られるぞ」
「…はい、そうしますぅー…」とサリは言ってレリに笑みを向けた。
「…治してもらわずに、王様に甘えるぅー…」とレリが言うと、和馬は大声で笑った。
「そんなずるいヤツは叱られるぞ」と和馬が胸を張って言うと、レリは少し舌を出しておどけた。
「もしくは、
不自由なことも経験だ。
とか言いそうだけどな」
和馬は似ていない京馬の口真似をすると、誰もが笑い転げた。
「…ボクは素晴らしい経験を積んでいるはずだ…」とゴズは心に刻むように言った。
「それからな、これは預言だ」と和馬が神妙な顔をして言うと、ゴズたちは姿勢を正して和馬を見た。
「町の出入りの許可が下りると思う。
今すぐにでもだ」
和馬の言葉には衝撃があり、ゴズは大いに悩んで、サリとレリを見た。
「みんなで過ごせるのなら私はここで暮らしてもいいの」とサリは言ってレリを見た。
「…自由に走り回って、結婚して、赤ちゃん生んで…」とレリはこれからの夢を語り始めた。
「…何とかして、ボクが体を治す方法を伝授してもらって…」とゴズは心の底から絞り出すように声にした。
この地の人々もゴズは守っていきたいと思っているからだ。
「これも俺の予想でしかないが、
できれば一日でも早く、
ゴズを迎え入れたいと京馬は思っているはずだ。
ヤツなりの考えで、
ゴズを使えるようにしてやりたいと思っているはずだからな。
今のままじゃあ、ゴズは戦士としては使えねえ。
これはゴズが一番に願っていることでもあるはずだ」
「…はい… その願いは大きいです…
ですが、このわずか数日で、
ボクは少し変わった気もしています…
ボクは弱くなって行っているような気がしてならないんです…」
ゴズの言葉に、和馬は何度もうなづいた。
「それが強さだ」と和馬が断言すると、「えっ?」とゴズは言って大いに混乱した。
「弱くなったと感じるのは、
自然に手加減をするということ。
真の強さを見せねえんだから、
ほんとは強いということさ」
「…あ、ああ、手加減…
それを弱いと、ボクは思ったんだ…」
「じゃ、また別の話だ」と和馬は言って、鬼という種族の説明をした。
ゴズにはこの話は、心に染み入るように入ってきた。
「…さらに強くなって、王様のお手伝いをします…」とゴズは言って、和馬に頭を下げた。
「ゴズの決意はよくわかった。
あとは兄弟たちの意思と、俺たちの都合についてだ。
まずは俺たちの都合の話…」
和馬の話に、ゴズはまさかそんなことになっていたとは知らなかった。
「でしたら、ボクさえここから消えれば、この星は平和になります!」
「と、油断していると、また襲ってくるわけだ、別件でな。
もちろん、この近隣のそんな星は文明文化を無に帰して、
この星と同じ状態にした。
だから大きな諍いはなく、
生まれた星の中だけで大人しく生活していくことになるわけだ。
それが自然で間違いのない道だ。
…おっと、話を戻すと、
ゴズが強いから、討伐し名を上げようというバカ者を出さないために、
ゴズは手の届かない右京和馬星に行ったとしておけば、
それほどバカなヤツは訪れなくなる。
そうすれば、警備にも余裕ができるからな。
初めは信じちゃいないだろうが、
文明文化をはく奪した情報を流せば、
まずは星の政治家がそいつらを止めるはずだ。
一番初めにここに来たヤツらは海賊だから、
この条件には当てはまらんけどな。
おっと、文明文化をはく奪した星は、
ここのように警備がつくから安心してくれ」
ゴズは笑みを浮かべて、「ボクも一人前になって、和馬さんと同じ仕事につきたいです」と決意のほどを言った。
「さて、あとはお前ら兄弟がどうするかだ。
今までの話を聞いて、全員がここに残るか、
全員が右京和馬星に移住するか、
答えはふたつにひとつだ」
するとダグは真剣な眼を和馬に向けて、「全員で、右京和馬星にお世話になります」と言った。
「わかった。
京馬に結果を伝える」
和馬は言って京馬に念話を送ると、京馬は和馬から飛び出してきた。
「さあ、行こうかみんな」と京馬は満面の笑みを浮かべて、全員の頭をなでた。
「弟子にしろよ」と和馬が言うと、「もう免許皆伝でも構いません」と京馬は笑みを浮かべて言った。
「…源一のように甘いヤツだ…」と和馬は悪態をついたが、笑みを浮かべていた。
「ここまでになった、ことの発端は、
桃花が気さくに遊びに来いと言ったことが全てだから。
特に、和馬さんの話に乗る必要はなかったんですよ」
「…さすがに、お姫ちゃんの威厳は大きいよな…」と和馬は眉を下げて言った。
「だけど、和馬さんのおかげで、色々と勉強になったはずだ」
「はい! 和馬さん、ありがとうございました!」とまずはゴズが礼を言うと、兄弟たちもそれに倣った。
「俺も帰るから連れて行け」と和馬が言うと、「特別任務、お疲れさまでした」と京馬は笑みを浮かべて頭を下げた。
「…うわぁー、すげぇー…」と子供たちが和馬を見て言い始めると、和馬はこれ見よがしに胸を張った。
一瞬にして右京和馬星に飛ぶと、子供たちは大いに目を見開いていた。
そして楓、桃花、カエンに気さくに出迎えられて喜んでいる。
「だけど、ここはそれほど甘くはないぞ。
学校に行ってもらうからな」
子供たちは様々な感情を流していたが、比較的好意的に受け取ったようだ。
そして子供たちは今までに会う機会がなかった獣人たちに大いに興味を持った。
しかしゴズだけは違い、見た目だけではわからないロボットたちに大いに興味を持っている。
その感情が読めないことに不安になったのだ。
「さて、ゴズ」と京馬が言うと、ゴズは少し体を震わせて、「はい、京馬さん」と、いつものようにまさに優等生のように答えた。
「君が一番良くない部分はどこだと思う?」
「…それは説明してなかったぁー…」と和馬は大いに悔しがっていた。
「…は、はい…」とゴズは言ってかなり考えて、「…乱暴すぎるところだと…」と自信なさげに言った。
「ゴズから見ればそう思うだろう。
では、ゴズが客観的にゴズという鬼という種族を見て、
感じることはなんだ?」
すると、ゴズの長兄たち三人が手を上げた。
「さすが兄ちゃんと姉ちゃんだな」と京馬が兄たちをほめると、ゴズは大いにうれしくなっていた。
そしてゴズは固まった。
ゴズの一番いけないことは、まさにこの逆のような感情だった。
「…理性を失ってしまうことです…」とゴズは目を見開いたまま言った。
「…あーあ、英雄になり損ねた…」と和馬が投げやりに言うと、京馬は大いに笑った。
しかし子供たちは和馬も好きになっていたので、すぐに寄り添って慰めた。
「まずは心のコントロールから始める。
幸い、この星にはゴズを怒らせる者はいないからな。
しかし、偶然にもゴズが怒ってしまうことがあるかもしれない。
それはここには猛獣が住んでいるからだ。
もしもこの高台に猛獣が攻め込んできたとしても、
ゴズは理性を失って鬼に変身するだろう。
だがそれは間違いに近い」
「…間違いに近いという表現が憎いねぇー…」と和馬はつぶやいた。
「俺たちはここに住まわせてもらっている。
動物たちは先住種族だから、
やんわりとおかえりいただくだけだ」
「…あ、ああ…」とゴズは言って頭を抱え込んだ。
ゴズにはその自信がないからだ。
しかし、京馬の話をよく理解できていたからこそ悩むのだ。
「だけど、幸いにもそうならない動物の神もここに住んでいる。
そして俺たちの友人でもある。
だけど、冒険旅行と称して下に降りた時、
猛獣たちは容赦なく襲ってくるぞ。
猛獣たちのテリトリーを犯したんだ。
それは当然のことだ。
動物の世界は弱肉強食。
動物ではない俺たちが気を使う必要があるんだ」
「…はい… よくわかりましたが、ボクには自信がありません…」
「コッコが騒ぎを起こしそうで嫌だわ…」とレリが嘆くと、「いい子にしてるもん!」とコッコはすぐさま反論した。
「コッコはずっと、ここのお客さんなのかい?」
京馬のやさしい言葉に、コッコはよく意味がわからなかったのだが何かを感じたことで、眼を見開いた。
「コッコには優しく説明するわ」と楓は言って、コッコを抱きしめた。
「ゴズは俺の弟子として生活してもらうから。
今日の修行はこれで終わりだ」
京馬の言葉に、大いに考えることができたゴズは、「はい! ありがとうございました!」と胸を張って言った。
「あとは俺たちの子供になるほかの子たちの件」と京馬は言って、サリとレリを見た。
「…あ、あのぉー…
治してもらえると、
和馬さんにお聞きしましたぁー…」
レリがしおらしく聞くと、「…態度が全然違うな…」とダグがからかうように言うと、「だって、お医者様がずっとこのままだっていったんだもん!」と叫んですぐに、悲しそうな顔をした。
「じゃあ聞こう。
痛い治し方と痛くない治し方のどちらがいい?」
京馬の言葉に、「…痛くない方がいいですぅー…」とレリが眉を下げて言うと、「それ、実はな、最悪の結果を生むかもしれないんだ」と京馬が神妙な顔をして言うと、「…えー…」とレリは大いに嘆いた。
「調べてみないとはっきりとは言えないけど、
遺伝子の異常があるはずなんだ。
鬼に変身できるのは、
ゴズだけではないという可能性もあるんだ」
「…私も、鬼になってしまうかもしれない…」
レリは大いに体を震わせた。
無痛の治療方法の説明をすると、子供たちは大いに目を見開いた。
異常なものは正常に戻して、成長するはずの肉体に一気に変化させるとんでもない治療方法に、驚いて当然だった。
しかし、遺伝子が特殊ではなければ、健康体に戻るだけだ。
「ここで聞きたいのは、ご両親は戦闘で亡くなったのかい?」
京馬が聞くとダグが、「いえ、ボクたちを守って…」と悲しそうに言って、その詳細を小声で語った。
「…何も残らなかった…
ご両親も鬼の遺伝子を持っていたようだね。
だけど、ご両親の場合は適正力が弱かったことで、
体が消失してしまった。
となると、無痛の治療方法は施さない方がいいが、
兄弟全員が鬼となる道もある。
この件は全員で考えて欲しい。
だがまずは検査をしよう。
もう終わりだ」
京馬の言葉に、誰もが大いに目を見開いた。
そして影の和馬が、宙に映像を浮かべて、正常化の棺に入れた時の予測を出した。
「…鬼七兄弟…」と和馬は言って大いに眉を下げた。
「問題は、体を二つ持てるかどうかにかかっている。
それがどういうことかというと…」
京馬がブルーパーに変身すると、子供たちは誰もが目を見開いた。
「俺は人間からブルーパーという勇者という種族に変わった。
だけど…」
京馬は元に戻ってから、「人間に戻ることも可能だ」と言うと、「…ゴズと同じ…」とダグがつぶやいた。
「君たちもふたつの体を得ることになると思う。
ゴズは兄弟の中でも適正力が高かったわけだ。
それは心の質だと言ってもいいのかもしれない。
冷静でいられなくなった時という条件付きで、
ゴズは鬼に変身できるわけだ。
よって今の不完全なゴズが正常化の棺に入った場合、
感情には関係なく自分の意思で変身することができる。
また修行になるが、ゴズは正常化の棺に入ることを望むかい?」
「望みません。
今のボクを鍛え上げたいのです」
ゴズがすぐに答えると、「強いな」と京馬は言って、ゴズの頭をなでた。
「…いえ、ボクはどんどん弱くなっているような気がしているのです…」
ゴズがうなだれて言うと、「ゴズの場合ふたつある」と京馬が言うと、和馬は笑みを浮かべてうなづいた。
「様々な話を聞いて、
何とかして自分を抑え込もうとする気持ちが弱く感じさせている。
手加減というヤツだ。
もうひとつは、誰かに頼ることを知ったから弱く感じているんだよ。
いや、実際弱くなっているのかもしれないね」
「…そうだ…
ボクは京馬さんに頼りたいと何度も思った…」
「それがいいのか悪いのかは、ゴズ自身が知っていくことになるだろう。
しかし体力的に弱いと感じたら、鍛え上げればいいだけだ。
俺はゴズの鍛え方として、
ゴズの考える通りで構わないと思っている。
そして兄弟たちはゴズの手伝いができるはずだ。
ゴズが暴れそうになったら、
力づくで抑え込むことができる。
ここは兄弟全員で、ゴズの修行の手伝いをしてもらいたいな」
「京馬さん、お願いします」とダグは言って頭を下げた。
京馬は何も言わずに、正常化の棺を出した。
ダグは表情も感情も変えずに、棺に入った。
出てきたダグは何も変わっていなかった。
「…俺は、怠けていたと思う…」とダグは言って、身の丈5メートルほどの鬼に変身した。
「ゴズ、俺は先に戦場に行くぞ。
さらには星の復興も手伝う。
おまえはのんびりと、俺の後についてこい」
まさにダグには兄の威厳があった。
ダグは両親を失ったショックが誰よりも大きく、そして兄弟を守るというプレッシャーが大いにあった。
しかし解放された今、ダグはゴズよりも強く雄々しくなっていた。
そしてダグは変身を解いて、「今まで本当にありがとう」とゴズに笑みを浮かべて言った。
「さすが兄ちゃんだ、素晴らしい」と京馬は絶賛して拍手をした。
「さて、ここで一番の問題だが…」と京馬はコッコを見た。
「コッコには難しいかもしれませんが…」とダグは眉を下げて言った。
「それにな、笑いながら誰かに突進すると、
止められないし昇天する可能性もあるからな。
幼児の鬼が一番強いんだよ。
まさに手加減を知らないと、とんでもないことになる。
だけど、コッコは鬼になりたいようだ」
「…はは、すっごく頑張るぅー…」と桃花は大いに苦笑いを浮かべながら言った。
するとすべてを観ていたようで、フリージアの鬼たちを源一が先導して連れてきた。
そのひとりで、まだ幼児の美奈が、すぐさま桃花に挨拶して機嫌よくコッコに寄り添った。
「たぶん、コッコは中途半端に覚醒する。
今の美奈のようにね。
これが幼児の鬼の特徴なんだ」
源一の言葉に、「鬼なのにかわいい…」とレリが笑みを浮かべて言うと、美奈は満面の笑みを浮かべてレリを見た。
「そして、勉強が嫌いだから、
率先して星の復興に行っている、
ちょっとダメなヤツだ。
だからコッコが、美奈を教育してやってもらいたいね…」
源一の言葉に、「お勉強、好きだよ!」とコッコが言うと、美奈は大いに苦笑いを浮かべていた。
「それは何より。
助かったぁー…」
源一は感慨深く言ってから大いに笑った。
ゴズの兄弟たちは全員正常化の棺に入り、正常なDNAを得て、誰もが自分の意思で鬼に変身できるようになった。
中でもサリとレリは大いに感動して、自分の足で歩ける喜びをかみしめていた。
コッコは比較的大人しく、やはり美奈と同じように頭に三本の角が生えているが人間だ。
変身しても、角の場所と大きさが変わらない。
コッコが大人しいことには理由があって、実はゴズの鬼の姿を見ていて、暴れないことを誓っていたからだ。
よって、兄弟の中でコッコがゴズを一番理解していたと言っていい。
多くの鬼の仲間ができたことで美奈がはしゃごうとするが、ずっとコッコが止めていたことに、源一が頭を下げて回っていた。
「…京馬さん、実は…」とゴズが言うと、京馬は正常化の棺を出した。
「変身できないと、修行を積めないからね。
こうなった以上、ゴズが鬼に変身する機会はほとんどないはずだから。
今までのことは君の貴重な経験として、
決して忘れないように」
「はい、お約束します」とゴズは頭を下げて棺に入り、扉が閉まると棺が10メートルほどに変化した。
「これが、みんなとゴズの差だ」と京馬は言うと、棺の扉が開いて鬼が目を見開いて立っていた。
そしてすぐさまゴズに戻ってほっとしている。
「…俺たちとは逆…」とガズが大いに苦笑いを浮かべて言った。
「ゴズは本体が鬼で、人間は変身。
パンタさんと同じだね」
ゴズは笑みを浮かべていて、「暴れなくてよかったです」とほっと胸をなでおろしていた。
「やはり戦争という不幸が、ゴズを強制的に覚醒させていたようだ。
ゴズの心からの願いがストレートに鬼の変身に現れていたんだろう。
外来種から仲間たちを守りたい強い意志の表れだったと思う。
よってもし誰かが倒れると、さらに力を上げていたはずだ。
その積み重ねが鬼を巨大に成長させた。
もし戦場に出た時は、極力冷静でいることが重要だ。
明日からはその修行をするからな」
「はい! 京馬さん!」とゴズは満面の笑みを浮かべて返事をした。
「分けてもらおうと思っていたが、逆にとられる気が…」と源一は言って、仲が良くなってしまった鬼たちを見て嘆いた。
「だが、過去には接点がない…」とパンタは寂しそうに言った。
「実はね、鬼には二種類あって、
魂のつながりと血のつながりがあるんだよ。
パンタさんの鬼仲間は魂のつながり。
ゴズ君たちは血のつながり。
多分ね、アニマールの八丁畷春拓さんと夏樹さんと同じ系列だと思う。
そして、血のつながりに巻き込まれた人が勇者の才神小恋子さん。
骨髄移植を受けて鬼になったただひとりなんだ。
普通だったら生きていないと思うよ」
和馬は眉を下げて報告すると、鬼たちは全員が目を見開いていた。
「…む… 春之介も鬼に変身できるわけだ…」と源一は気に入らないようで少し怒っていた。
「できるはずですけど、変身しないと思います。
春之介様も慎重でお優しいので。
大勢抱えた子供たちに怯えられたくないはずですから。
それに、変身する必要がないほどお強いです。
さらに、死や生の魂を味方にできる術者はいないと思います」
「…やはり、俺たちとは雲泥の差があったか…」と源一は言ってから、京馬に頭を下げて消えた。
京馬は大いに眉を下げていた。
しかし、はっきりさせておくことも重要だ。
「じゃあ、俺たちがお世話になったアニマールに行くから。
春之介さんはちょっと怖いお方だから
大人しくしておいた方がいいかもしれないぞ」
京馬は言って一番に美奈を見た。
「…行きたくないぃー…」と美奈が言ったが、コッコがしっかりと腕をつかんでいたので逃げられなかった。
どれほど怖い人かと思っていたが、全くそのようなことはなく、明るくスマートな好青年だったことに、ゴズたちはほっと胸をなでおろしたが、京馬の言葉を信じているのでかなり大人しい。
「…ああ、いたわぁー…」と夏樹が言ってふらふらとやって来て、ゴズの兄弟たちを抱きしめて回った。
そして夏樹が鬼に変身して、大きなペンダントロケットを開いて、写真の説明を始めた。
「…ゴズ君とコッコちゃんが別だったことが悲しいわ…」と人型に戻った夏樹は眉を下げて言った。
「全員見つかったんだから、贅沢なことを言うんじゃない…」と春拓が諫めると、「ふたりも私たちの子供にしちゃうぅー…」と夏樹は陽気に言った。
「母さん、放り出すよ」という春之介の言葉に、誰もが心が凍った想いになった。
京馬の言った通り、春之介はやはり怖い存在だった。
「…春君に、本気で言われたぁー…」と夏樹が嘆くと、「そんなもの当然だ」と春拓は言って少し笑った。
「父母が欲しい子もいるかもしれません」と京馬が言うと、ゴズたちは一斉に京馬を見た。
「若そうに見えるけど、
俺たちの仲間の中では一番のお年寄りだから、
その感情に間違いはない。
京馬さんを父とすることは、君たちの正しい道だと俺は思うんだ」
春之介の言葉に、「…そうだ… あいまいな生の中で40年も…」とゴズは言って尊敬のまなざしを京馬に向けた。
「今があるのは、君たちの父と母のおかげだ。
まずはご両親に感謝するべきだ」
京馬の言葉に、「…ママ、ありがと…」とコッコが美奈に言った。
もちろん誰もが大いに驚いて、美奈を見入った。
「…間違いないわ…」と優夏が言うと、春之介は笑みを浮かべてうなづいた。
「小さいけどママ…」とコッコは言って、美奈を抱きしめると、「…えー…」と美奈は大いに嘆いた。
「当然、魂と血のつながりが交あう部分もあるからね。
こうなっていても問題はないよ」
春之介の気さくな言葉に、京馬たちは笑みを浮かべていた。
「…ママはお勉強が嫌いだったの?」とコッコがダグに聞くと、「…父さんがぼやいてたことを覚えてる…」とダグは涙ながらに言った。
「…勉強に関しては、お父さんの意見を大いに取り入れたの…」とサリも泣きながら話した。
「ママに似なくてよかった!」とコッコが子供の残酷さを出して言うと、誰もが大いに笑った。
「…私、ママ似かなぁー…」とレリが嘆くように言うと、兄弟は誰もが黙り込んでいた。
「何とか言って!」とレリが怒ると、「…答えても答えなくても怒る…」とゴズが言うと、兄弟たちは大いに笑った。
「…いいなぁー、兄弟の絆…」と春之介は笑みを浮かべて言うと、「産んでやらなくて悪かった」と春拓が言って頭を下げた。
「…人間としては、ちょーっと、厳しいわぁー…」
などと言いながらも、夏樹は熱い視線を春拓に送っていた。
結局美奈は、居心地のいい鬼7兄弟の仲間になることになると、源一は大いに落ち込んでいた。
さすがに今の段階で、兄弟を切り離すわけにもいかない。
かといって、貴重な作業員であり戦力はさらに必要だ。
春之介が現れてからは、全てが春之介に吸い取られていく。
もちろん、源一も過去をしっかりと思い出し、宇宙の創造神で創造神修行は打ち切られていることは確認済みだ。
よって優夏のように、どんなことでも経験してみるという精神が足りなかったと反省しきりだ。
結局は、松崎の批判などもうできないと思い、今を精いっぱい生きることに決め、転生の機会があれば、創造神修行も積むことに決めた。
右京和馬星で、京馬は大いに考え込んでいる。
一般住人はまだ受け入れられるのだが、星の外での作業員としてはもう必要ないのではないかと考え始め、しばらくの間は誰も雇わないことに決めた。
特に源一に譲るなどという考えはなく、フリージアかアニマールを推薦しようと考えている。
特に死後の世界の住人であれば、まずはロストソウル軍に入隊してもらうことが一番いい。
そこである程度経験を積んでもらって、自分自身の王を決めてもらえばいい。
しかし、こういった多少の謙虚さを持っている者を王としたいと思う者は大勢いるのだ。
この早めの打ち切りには理由があり、この右京和馬星の先住人を優先的に雇い入れるからだ。
現在のところ、獣人を50名雇った。
この調子だと、この先1年でさらに50人ほど雇うことになりそうだと感じていたからだ。
「…欲張ることはないと思うわ…」と楓は穏やかに言った。
「もちろん、この台地を広げようなとと考えたんだが、
やはりあまり変える必要はないだろうという考えに至ったんだ。
この台地だけで、何とかやりくりした方がいいと思ったからね。
さらに増やすのなら、一般公開エリアを閉鎖しようとも考えているんだ」
「…お土産は、フリージアで売ってもらってもいいからね…
でも、おいしいからお客さんたちは買っていってくれるのよ。
お土産じゃなくて、一般販売でもいいほどよ」
「…輸出すればいいだけか…」と京馬は言って、一応話は通しておこうと思い、秋桜を呼んだ。
そして土産物についてだけ話をすると、いつでも実現可能という返事をもらった。
今のところは右京和馬星に来ないと買えないので、来星者希望が千倍という競争率になっている。
1日わずか千人の受け入れなので、こうなっても仕方のないことだった。
「これは余計なことかもしれないけどね…」と今度は秋桜から切り出して、興味深い話をした。
「…二回に一回は当選?」と京馬は怪訝そうな顔をして楓と顔を見合わせた。
「それにね、何かいかさまをして当選したんじゃないと思うの。
ここ十日間監視していたんだけどね、
外れたらすごく悔しがっていたのよ」
「いや、ちょっと待て」と右京が言うと、秋桜はにやりと笑った。
「ロストソウルの死神よ」
さすがに毎日フリージアに来ている観光客はいない。
よって、フリージアかアニマール、さらにはブラックマルタ、ホワイトマルタの関係者に絞れたからだ。
「毎日ということは非戦闘員。
しかも更生対象者とか…」
「厚生対象指導官」と秋桜が言うと、「それ、ある意味更生する必要があるんじゃないの?」と京馬が眉を下げて言うと、楓と秋桜が愉快そうに笑った。
「詳しい話はデヴィラさんもよく知ってるわ。
家族に更生指導官がふたりいるから」
秋桜は言って、なごり惜しそうなクロコダイルを引っ張って社に入って行った。
「…クロコダイルの席はあるからな…」と京馬は小声で言った。
「…聞こえなくても、声に出すことは重要だわ…」と楓は言って、こちらを見ている悪魔たちと獣人たちに視線を合わせた。
もちろん、その対象者は、ここは知らんぷりを決め込んだ。
「クロコダイルも狙われているようだな…」と京馬が言うと、「穏やかで強いもの…」と楓は笑みを浮かべて言って、笑みを浮かべて京馬を見入った
「話を戻すが、その人は目立つように仕組んでいたんじゃない?」
「焼いて白状させるぅー…」と楓は言って愉快そうに笑った。
「…この事実をできれば知らせたかったけど、
いい手がなかった。
だからその事実は隠して興味を持たせた。
…なんだか策士ばかりの世界だよなぁー…
無視してやろうか…」
「だけど、高確率の当選率は興味があるわ。
何かからくりがあるのかしら…
くやしがっていることがポーズじゃないとしたら、
不確実ながらも当選の条件を知っていて、
ずっと試していた、とか…」
「…ランダムだと思うが…
抽選の順番や応募の時間、とか…
和馬、何か知ってる?」
京馬が聞くと、「ランダムっていうけど、機械の計算するランダムっていうのはありえないんだ」と和馬は言って、その短い講義をした。
「…まずは、一番初めに使う変数を知る…」
「ここの入場の抽選は、
コンピューターのクロックパルスのカウンター数を使ってるんだよ。
これだと毎日変わるから、
比較的ランダムな数字が選ばれるんだ。
だからね、考えを変えて当選パターンの統計を取るとね、
一番と二番はどちらがか必ず選ばれるんだよね…
その確率は95パーセント。
これは今統計を取って今知ったんだ」
「抽選受付開始と同時に応募したってわけか…
比較的簡単だが、日によっては漏れてしまう場合もあった…」
「みんな競うように応募するからね。
だから理工学系にそれなりに強い人なんだろうけど、
どうして今の職業が更生指導官なんだろ…」
「…誰もが興味を持ってきたわ…」と楓が言うと、京馬と和馬は大いに苦笑いを浮かべた。
面倒なことにもなるかもしれないが、まずはデヴィラに話しをしてから、更生指導官の死神田島映奈と死神クリス・サッチに話を聞いた。
ふたりはどちらも見た目は十二才程度の少女で、死神になった三百年前からずっと友人だ。
更生指導官自体の功績は普通だが、斥候能力が高いため、察する力が相当に高く、追跡術などにも長けている。
ふたりはアーノルドが頼りにしている死神でもあった。
「ナタリー・マクベリーちゃんね。
彼女に興味を持ってる子はみんな知ってるわ」
京馬と楓は、現在仕事中の映奈とクリスの職場にお邪魔している。
そして指導対象者を目の前にして、全く関係のない話をしている。
これは計算高い映奈の考えで、超有名人が目の前にいることで、何かが変わるかもしれないという希望的見解もある。
よって、指導を受けているケイト・タレルは、この話に大いに興味を持って笑みを浮かべて聞き入っていた。
「…興味を持たせることが、ナタリーちゃんの任務のようなものだと思う…」とクリスが小声で言うと、楓は大声で笑って、京馬は大いに苦笑いを浮かべていた。
「ここだけの話、右京和馬星ではもう人を雇わないことに決めたんだよ。
もちろん一般住人は、宇宙を旅して連れてくることにしてるから、
まだまだ余裕はあるけどね。
だから雇うとなると、
かなりの高能力者になると思うんだ。
計算高くて運が高いだけのナタリーさんを雇うことはまずないと思う。
足りないのは、アイデアマンかなぁー…
できれば科学技術に精通している人がいいね。
便利道具はアニマールに頼りっきりだから、
面白装備を開発してくれる人がいい。
もちろんひとりでやれなんて言わないから、
できれば三人ほどは欲しいところだね」
この話はまさに京馬の本音だ。
よって楓も大いにうなづいている。
「…実はね、ナタリーちゃんは、科学者の細田仁左衛門さんのお弟子さんだったの…
でもね、ちょっと、不幸なことがあって…」
この話は京馬はもちろん知っていた。
細田は自分勝手に科学技術を使い始め、春之介と源一の怒りに触れて、今は松崎拓生が監視しているというありさまだ。
よって現在は、ロストソウル軍のメイン科学技術者の御座成創造が一手に担っている。
「御座成創造さんを師事しなかった理由でもあるの?」
「…御座成姓嫌い…」と映奈は言って、少女らしからぬ苦笑いを浮かべた。
「毛嫌いしてるわけか…
イヤな目にあった…
もしくは、逆恨み…」
「…もう、五百年ほど死神をやってってね、
御座成功太さんを好きになったんだって…」
クリスの言葉に、「…逆恨み、か…」と京馬は眉を下げて言った。
「…全く相手にもしてもらえなかったそうなの…
御座成功太っていう人は、
基本的には悪魔が好きだったようだから…
私はそれほど好きじゃなかったなぁー…」
映奈の言葉に、「…近寄ったことなかった… すっごくいやらしいから…」とクリスが言うと、京馬と楓は顔を合わせて大いに苦笑いを浮かべた。
「今は、赤ん坊として生活してるけど?」
もちろん映奈もクリスもそうなった経緯はすべて知っている。
「…別人に生まれ変わったって思う…」というクリスの言葉に、映奈も賛同した。
「ナタリーは実力次第では雇ってもいいな。
作り上げる実力がなくても、回路図さえあれば俺が実現できるから。
面白アイデアが泉のように噴き出てくる人は欲しい。
ケイトさんはそういったことは嫌い?」
いきなり話話しかけられたケイトは大いに戸惑ったが、「…人間当時の子供の時は、常に夢見る少女でしたぁー…」と何とか答えて、魔法少女ものや超能力者もののアニメーションが大好きだったそうだ。
今は趣味で小説を書いているそうで、京馬が頼み込むと、恥ずかしそうにしてノートを差し出した。
「ナンバー339…
すごいね…」
339冊目のノートということで、京馬は番号を見て察した。
そしてノートの初めから読んでいくと、便利道具のオンパレードだった。
小人族が創る魔法道具は、ひとつでひとつの固定した魔法しか発動できない。
まさにこれに似た基本コンセプトで、魔法道具を指輪にして、指にはめて敵と戦う。
天使たちが白竜に配布してもらっている、白の防御傘もこの一種と言える。
そして曲がるレーザービームや飛ばして操るグローブなどもなかなか面白い。
捕縛道具として、土と植物を魔法合成して敵にぶつけてから、植物を成長させて捉えるというアイデアもなかなか面白く読んだ。
「いくつか創ってみようか」と京馬が言うと、ケイトは目を見開いた。
そして、「泥団子爆弾!」と京馬が叫んで楓にぶつけると、楓の腕と足は一気に緑で包まれたが、「なんの!」と楓は叫んで、炎を噴出して逃れた。
「ふふふ… 甘いわ、ブルーパー…」と楓がうなるように言って立ち上がると、ケイトは涙を流して拍手をしていた。
「普通、体中から炎を噴出する人はいないから、
捕縛道具としては使えそうだね。
一瞬でも動きを止めたい時も大いに有効だろう。
その時に広範囲に結界を張れば、面倒な敵でも捕らえることが可能になる。
術として持っていないものをこうやって創り出すことはありだ」
するとケイトは、書き上げたノートをすべて持ってきた。
京馬はブルーパーに変身して、超速読術ですべてを読んで、「ケイトちゃん採用」と言った。
「俺の部隊の参謀補佐に。
確実に面白アイデアが飛び出すと思うから、
俺が現実化する。
そして、ますます精進してほしいんだ」
ケイトは涙を流し、何も言えなくなったが、何度も頭を下げて、京馬の依頼に答えた。
もちろん楓ももらい泣きしている。
「それから星の復興で、使える道具のアイデアも出して欲しい。
まずは復興作業をしっかりと見てもらって、
あればいい道具や、変えた方がいい工程もあると思うんだ。
そういった指摘をできる人が欲しかったんだよ」
「…精一杯、頑張りますぅー…」とケイトは言って、何度も頭を下げた。
「じゃ、映奈ちゃん、クリスちゃん、後は頼んだよ」と京馬は上機嫌で言って、楓とケイトとともに消えた。
「…任務完了… だけど、なんだか叱られる気が…」と映奈が嘆くと、「…発見して更生して雇ったのは京馬さんだからいいと思う…」とクリスは笑みを浮かべて言った。
「…帰ったら、お母さんにお礼言わなきゃ…
右京和馬星に引っ越してくれてありがとう、って…」
映奈の言葉に、クリスはすぐさま賛同して笑みを浮かべた。
右京和馬星でケイトとともにティータイムをしていると、眉を下げてマスター・アーノルドがやってきた。
京馬は席を勧めて、自慢のお茶と茶菓子を出した。
「食って飲んで、大丈夫なんだよな…」とアーノルドは言って、大勢いる同類のロボ仲間たちを見まわした。
「大丈夫だから出したに決まってる」と京馬は胸を張って言った。
「俺だってロボ経験者だ。
うっかり忘れてた、
なんてことはたぶんない」
京馬が言ってにやりと笑うと、「いただきます」とアーノルドは苦笑いを浮かべて茶をすすって眼を見開いた。
「…飲んだもの、どこに行った…
…ああ、うまい…」
アーノルドの言動に、京馬も楓も大いに笑った。
「アーノルドさんも京馬さんにはたじたじなのね」とケイトが笑みを浮かべてうと、「源一様が落ち込むほどだからな」とアーノルドはここだけの話をした。
「…ふーん… まあ、今頃になって色々と経験不足を思い知られているようだね…」
「おまえや春之介様がおかしいだけ」とアーノルドは言ってお茶うけを口にして、幸せそうな顔をした。
「俺はお前扱いか…
まあ、元とは言えば俺はロボだし、
気さくだからそれがいい」
京馬は機嫌よく言って、笑みを浮かべた。
京馬の話に、ケイトは大いに混乱した。
「俺はロボだったけど、
人間の体の一部を持っていたからね。
そして人間の部分を正常化の棺に入れて、
人間の体の再生をしてもらったんだ」
「…そんな、ひどい…
そんな人、物語の中でしか聞いたことがない…」
ケイトは言って、涙を流した。
「悲しんでくれてありがとう。
雇えて本当によかったよ」
京馬のやさしい言葉に、ケイトは何度も首を横に振って、何度も頭を下げた。
「詳しい報告は受けたが、
爽太様が直接確認してこいというご命令なんだ」
「ああいいぞ。
じゃあ、寸劇に付き合ってもらおうか」
京馬は言って、子供たちを手招きして呼んで、楓との二人芝居を始めた。
お互いの術の出し合いが面白く、子供たちは終始笑っていた。
「今日は痛み分けだ!
これで勘弁してくれ!」
ブルーパーは懇願して叫んで、これ見よがしに大きな金貨を出した。
「負けを認めるとはな」とサラマンダーは鼻で笑って、金貨を受け取ったと同時に、体が金色に染まった。
「…認めるわけないじゃないか…」とブルーパーが不敵に笑うと、サラマンダーが全身から炎を噴き出して、金の拘束帯を解いた。
「…ちょこざいな…
何でもかんでも燃やしやがってぇー…」
子供たちは大いに笑い転げた。
ブルーパーが悔しそうに言ったあと、「ふん! もっと気の利いた道具を出してみやがれ!」とサラマンダーが悪態をつくと、ブルーパーはウェディングドレスを出した。
サラマンダーは目を見開いて、ドレスにそでを通してブルーパーにうっとりした目を向けた。
「…負けて、あげるわ…」とサラマンダーが言うと、『終演』という文字が宙に浮いて、子供たちは必死になって拍手をした。
そしてロボたちも大いに陽気になって声援と拍手を送っていた。
「…劇はかなり面白かったが…」とアーノルドが眉を下げて言った。
「術は放ってないぞ」とブルーパーが言うと、アーノルドは眼を見開いた。
「サラマンダーは炎系とサイコキネッシスは得意だが、
水芸、成長系、
さらに遅延発動の術は持っていない」
京馬の自信満々の言葉に、アーノルドは大いに戸惑った。
「正確に言えば、術を道具に練り込んで創った。
小人族の便利道具の廉価版のようなものだ。
最後のウェディングドレス以外の小道具は、
すべてケイトのアイデアで俺が現実化したものなんだよ」
「…まさか、あの趣味のノートか…」とアーノルドは悔しそうに言った。
「必要かそうではないのかは、
出会った人との運命と価値観に左右される。
俺はケイトが必要だと感じたから雇ったんだよ」
「…色々と、修正する必要があるようだ…」とアーノルドは言って京馬に頭を下げて、社に向かって歩いて行った。
「ところで、ナタリーの話はどうなったの?」と楓が素朴な質問をすると、「あ、本気で忘れてたね」と京馬はそれほど気にしていないようで笑みを浮かべた。
するとケイトの顔色が変わった。
京馬はすぐに察して、「それほどいい印象は持っていないようだね」とケイトの顔を少し覗き込んだ。
「…こんな幼稚なことばかり書いてるからダメなんだって…」と言ったが、怒ることも悔しがることも泣くこともなかった。
京馬はこの感情を怪訝に思って、「憐れんでるわけでもない… 一体、ナタリーとはどんな関係なの?」と聞くと、「映奈ちゃんとクリスちゃんと同じで、死神になる前からのお友達…」と今度は悲しそうに言った。
「だったらこのノートには、ナタリーが考えたこともあるんじゃないのかい?
やけに詳細な情報が書かれている魔法道具がいくつかあった。
もっとも、その通りには創れない、
まさに子供の空想のような考えだったけど…
裏返せば、短いが科学者の論文にも感じられたんだ」
「…初めの頃は、一緒になって考えていたんです…」と今度はついに涙を流した。
しかしこの涙は悲しみではなく、ほとんどが昔を懐かしんでのものだった。
残りの感情は、死んでしまった不幸についてだろうと、京馬は察した。
すると、社から血相を変えて秋桜がやって来たが、今のこの食卓の雰囲気に立ちすくんだ。
京馬が気を利かせて、「何かあったの?」と聞くと、「…フリージアが大騒ぎ…」と秋桜は苦笑いを浮かべて言って、京馬と楓を見た。
「さっきの寸劇をどうして知ったんだろ…」と京馬が大いに考え込むと、「結果的には、イカロス・キッド君が放映して、天使たちと子供たちが騒ぎ始めたんだ」と和馬が大いに苦笑いを浮かべた。
「…あんた、知ってるんだったらきちんと伝えるべきよ」と秋桜が少しまくし立てて和馬に言うと、「報告できる雰囲気じゃなかったから伝えなかっただけだ」と京馬は和馬を弁護して頭をなでた。
「そんなもの欲でしかない。
和馬、そう伝えろ」
「うん、伝えた。
…すっごく落ち込んだよ…
絶対に嫌われたって思ってるね…
それにね、一部の観光客も見ていたようだったんだ。
きっとどこかで開演するんじゃないかって、
その練習をしていたんだって…」
京馬は大いに苦笑いを浮かべて、「…しまった…」と少し後悔して言った。
もちろんプライベートを重視して、この食卓は観光客のたまり場からは見えないようになっている。
しかし、チューブライナーからは一瞬だが確認できる場所があるのだ。
このチラリズムが騒ぎのもとになってしまったと察した。
「…サラマンダーの炎は目立つからなぁー…」と京馬が感慨深げに言うと、「…私のせいのように言わないでほしいぃー…」と楓が嘆いたので、京馬はすぐに謝った。
「騒いだら、右京和馬星出入り禁止」と京馬がぶっきら棒に言うと、「…イカロス・キッド君、すっごく困ってたよ…」と和馬は大いに苦笑いを浮かべて言った。
「諸事情により、観光客を受け入れない話があることも流してくれ。
知っての通り、住める場所は大海原の枯葉ほどしかないから、
居住区を増やすことを検討している事実がある。
土産物は一般の商品として販売することを検討している件も」
「うん、そうだね。
それだったら多少は平和だよ」
和馬がイカロス・キッドに伝えると、大いに眉を下げて源一と花蓮がやってきた。
「話し合うことは特にないと思いますが」と京馬が切り出すと、源一はさらに眉を下げたが、花蓮はこれ見よがしに怒りをあらわにした。
「小道具は提供しますから、
おふたりが演劇を披露してくださいよ。
何事も修行です」
まさか、こう切り返されるとは思わなかったようで、源一と花蓮は大いに目を見開いて顔を見合わせた。
結局は、源一が迷惑をかけてしまったことを謝っただけで帰って行った。
「演者は、別に俺たちじゃなくてもいいからね。
もっとも、花蓮さんが術から抜け出すことはちょっと厳しいけど、
何かにつけて黒竜に変身するのも面白いと思う。
サラマンダーの炎という決め手が黒竜に変身することに変わるだけだ」
「きっと、もっと面白いって思う!!」と楓は大いに笑い転げると、ケイトも大いに笑っていた。
仕事が終わったのか、映奈とクリスが社から出て来て、駆け足で京馬に向かってやってきた。
「ナタリーがついに騒ぎ始めた?」と京馬が察して聞くと、「…取り押さえるのに苦労したから、ご褒美頂戴?」と映奈がかわいらしく言うと、京馬は小さな籠に入った、宝石の詰め合わせを差し出した。
「…うわぁー… ありがとー…
言ってみるもんだわぁー…」
映奈は言って籠を受け取って、宝石に触れた瞬間に籠ごと消えた。
「欲依存判定機」と京馬がにやりと笑って言うと、「…あんな豪華なものをもらえるわけないじゃない…」とクリスが冷静に言って映奈を諫めた。
「…使えるとは思わなかったぁー…」とケイトはつぶやいて、京馬に満面の笑みを向けた。
もちろん今の籠のアイデアは、ケイトのノートにあったものだ。
「しかも、クリスに分けようともしなかったから消えたんだよ。
時にはクリスも怒っていいぞ」
「…もう慣れてるから大丈夫…」とクリスが言うと、京馬は少し笑ってから、小さな宝石をあしらったチョーカーをふたりに渡した。
「仲良く付け合え」と京馬が言うと、ふたりは大いに礼を言って、早速チョーカーをつけあった。
「…仲直りするには絶対にいい方法だわ…
同じものだから相手のものを見れば、
自分のものを見ているのと同じだし…」
楓は笑みを浮かべて言った。
「ケイトはナタリーと仲直りする意思はあるかい?」
京馬の申し出は、ケイトには難しい質問だった。
もちろんそれは、ケイトの心情を大いに慮っていたからだ。
「俺はケイトの意思だけを聞いたんだ。
仲直りのそのシーンまで想像するんじゃない…
それも、一種の欲だぞ」
「…あ、はい、そうだって思ってしまいました…
私だけの感情としては…」
ケイトはこの先の言葉を発したくなかった。
その言葉通りになることが嫌だったからだ。
「言霊は重要だ。
その言霊が、今の気持ちにさらに拍車をかける場合もある。
許してもいいはずだったのに、嫌いとひと言言ったことによって、
さらに嫌いになってしまって、
もう元に戻れないくなることだってあるはずなんだ。
だから、楽しかった思い出だけを思い出して答えてみて欲しい」
「あの頃に戻って、一緒にお話を考えたい!」
ケイトは涙を流して叫んだ。
「今の言霊を現実化できるように努力しよう」
「私は京馬さんがずっと大好き!」と楓が大いに叫び、天高く火柱を上げた。
まるで火山が噴火したようだった。
「…ずっと、想いは続いて行くはずだ…」と京馬は言って、燃えてしまった上着の焦げカスを払って、創り出した上着を着た。
「…耐熱仕様にして?」と楓がかわいらしく言うと、「炎に魔力を帯びているから、そんなものを創ったら周りに迷惑なんだよ…」と京馬は眉を下げて言った。
「燃やす意味はあると、俺は思っているんだけどな」と京馬が言うと、楓は食卓から離れて、とんでもない大きさの火柱を上げ倒れそうになっていたが、すぐさまブルーパーに変身して、術を使って楓の体を支えた。
「…いつにしようかなぁー…」とブルーパーは言って、立ち上がって、楓を抱いて席に座らせて、非常食を出して食べさせた。
「…欲を出してごめんなさい…」と楓が謝ると、「…それは欲とは言わないさ… 必ず時間を作るから…」と京馬が答えると、楓は恥ずかしがることなく、小さくうなづいた。
「…ドキドキするぅー…」と楓は言ったが、食欲は旺盛だった。
ようやくどういうことなのかケイトは察して、ホホを赤らめた。
「毎日毎日忙し過ぎてね。
妻をねぎらうことを怠っているんだ。
これが俺の一番悪いところだ」
「そんなことないの…」と楓は今度は少し恥ずかしがっていた。
「彼氏も、欲しくなっちゃったかなぁー…」とケイトは明るく言って席を立ち、改めて大勢できた仲間たちにあいさつに回った。
するとケイトは、一枚の小さな紙を桃花にもらった。
しかしそこに書かれている内容を見て、すぐさま京馬に渡した。
「…一日デート券…」と京馬が紙面を読むと、楓がまた炎を噴出したが、今度は何も燃やさなかった。
チケットまで燃やすわけにはいかなかったようで、かなり手加減をしたようだ。
「…桃花にまで気を使わせてしまった…」と京馬は大いに苦笑いを浮かべた。
「…桃花も連れて行くぅー…」と楓が言ったが、「…あのな…」と京馬は大いに呆れて言ってから、「ふたりっきりであうこと、と書いてある」というと、「…ふ… ふたりっきり…」と楓は言って、顔を真っ赤にした。
「ロボだったころは、何度もあったじゃないか」
京馬の言葉に、「…ああ、今ほど過激じゃない私に会えた気が…」と楓は笑みを浮かべて言った。
「楓自身とサラマンダーを区別する方がいいかもね」
「…うん、極力そうするわ…」と楓は穏やかに答えた。
「さて…
色々と話をしているうちに面白いことに気付いた。
まずはナタリーが更生指導官になった理由。
それは、ケイトを立ち直らせるためじゃないのかと考えたんだ」
京馬の言葉に、「えっ」とケイトはつぶやいて少し考えた。
「細田仁左衛門が問題を起こす前に、
ナタリーは更生指導官になってたよ。
ケイトが大けがをして命からがら帰ってきた時だ」
京馬はうなづいて、「…ケイトがもう戦場に出られないと感じたからだろうね…」と言うと、ケイトは目に涙をいっぱい貯めていてうなずくと、きれいな雫が地面に落ちた。
「そして、フリージアで客が騒いだ件も、
ほぼ確実にナタリーの仕業だろう。
犯罪というわけではないから確認しなかったが、
監視カメラの映像」
京馬の言葉に、和馬がすぐさま見つけ出し、数台分の監視カメラの映像の同じ場所を何度もリピート再生して、確認が取れた。
「ナタリーは何度もここに来て、
わずかな隙間を見つけ出した。
そしてむやみに騒ぐのではなく、
確実に普通ではないことが起こるのを待った。
今日がその日だったわけだ」
「…そこまでする理由って何なのかしら…」と楓が大いに考えながら言った。
「色々あると思うぞ。
まずはこの事実に俺が気付くかどうかという点。
もし俺が気付いていなければ、
確実にマウントをとってくるだろうからな。
大屋京馬は大したことがないと」
「…今のナタリーだったらいいそうでイヤですぅー…」とケイトが言うと、京馬は少し笑った。
「さらに、この事実を確認するために、
俺はナタリーに会いに行くだろうという点。
これが本題だな」
「…用意周到だわぁー…」と楓が嘆くように言った。
「だけどだ、ナタリーに唯一の誤算を今確認したはずだ。
もうすでに、ここにケイトがいること」
「えっ?!」とケイトは大いに驚いて目を見開いた。
「俺がケイトと出会わずに、この事態となった時、
ナタリーはケイトを治せと言ってきたはずなんだよ」
「…回りくどい不器用な子だわ…」と楓はナタリーに好感を抱き始めていた。
「だけどそんなもの、仲間や上司に頼めばいいことだ。
だがナタリーはそれをしたくなかった。
それをすると、全てがナタリーの手柄にならないからだ。
全てをナタリーひとりで遂行することが第一目標だったはずだ。
そして、マウントという言葉は適切ではないが、
強制的にケイトと仲直りをする」
「…もう、許したわ…」と楓はつぶやいて涙を流し始めた。
「…きっとそうだと、思ってしまいましたぁー…」とケイトは涙ながらに言った。
「だから今頃は、源一さんがこの映像をナタリーに見せているはずだ。
よってナタリーは、俺と顔を合わせることはないはずだ」
「それは許さない!!」と楓が叫んで、サラマンダーに変身して、『シャー! シャーッ!!』と京馬を激しく威嚇した。
「ナタリーが会おうとしないはずなんだ。
恥ずかしくて会えるはずもない…
さらには自分を売り込まなきゃいけない。
できれば、ここ最近に、ケイトと一緒に物語を考えていたら、
採用もあったかもしれない。
それがナタリーの唯一の失敗だ」
サラマンダーは楓に戻って、「…詰めの甘い子だわ…」と言ってうなだれた。
「物語を幼稚だなんだと言って、奮起させることを狙ったんだろうけど、
昔に戻って、物語を一緒に考えていれば、
案外ケイトは社会復帰できたと俺は思うんだけどな」
京馬の言葉に、ケイトは何も言わずに何度もうなづいていた。
「強制的に源一様が連れてくるよ」と和馬は言って社を見た。
京馬はすぐに、「ほら」と言ってケイトにあるものを渡すと、ケイトは涙をぬぐうことなく、満面の笑みを浮かべて京馬に頭を下げた。
源一がナタリーを引きずってやってくると、ケイトはナタリーに走り寄って、「泥団子爆弾!」と叫んでナタリーにぶつけた。
ナタリーは一瞬にしてツタに絡まれて動けなくなった。
「…はは、おもしれえなぁー…」と源一は陽気に言って、がんじがらめになっているナタリーを見た。
「ナタリーの知識をすべて京馬さんに話して!
そうすれば、ここで雇ってもらえるかもしれないから!」
ケイトの心からの叫びに、「…手も足も出ないわ…」とナタリーは言って、涙を流しながら大いに笑っていた。
ケイトが弱い緑のオーラを流すと、ツタは枯れてナタリーは自由の身になった。
そしてケイトは座り込んで、京馬にもらったチョーカーをナタリーに渡して、もうひとつあるチョーカーをナタリーにつけた。
ケイトは首をこれ見よがしに突き出して、「私にもつけて!」と叫ぶと、ナタリーはどういうなのかようやく気付いて、ケイトにチョーカーをつけた。
「私、いきなり偉くなっちゃったから、
ナタリーを顎で使うから!」
ケイトが泣きながら言うと、「ケイトはそんなことしないもん…」とナタリーは涙を流しながら言った。
そしてケイトとともに立ち上がって、ナタリーは京馬に頭を下げた。
そして、「合格です!」とナタリーが叫ぶと、京馬は大いに笑ったが、ケイトが許さず大いにナタリーを懲らしめた。
「…また縛り付けるわよ…」とケイトがうなると、「…ごめんなさい…」とナタリーはケイトと京馬に謝った。
「…試験をしてください…
よろしくお願いします…」
ナタリーが素直に願い出ると、京馬は何度もうなづいてから席を勧めた。
軽くお茶などを飲みながら、ナタリーは京馬に自分の知る全ての科学技術を披露した。
この確認は和馬が行い、ナタリーが描いた設計図や電子回路は京馬が再現した。
「太陽光発電はこっちに切り替えよう。
まさか人口太陽まであるとはね…
これで24時間、発電することが可能だけど、
まあ、ここでは必要ないだろう。
だけど自家発電装置として使う分には問題なさそうだ」
飛行艇や宇宙船、さらにはヒューマノイドの技術まで、ほぼ完ぺきに知識として持っていた。
よってロボたちのメンテナンスを任せることもできる。
ナタリーが唯一細田から学ばなかったのは武器に関してだけだった。
しかしビームシールド技術としては、詳しく理解できている。
「ナタリーは情に関係なく、
即戦力で採用だ」
京馬の言葉に、ケイトは自分のことのように感じ、ナタリーに抱きついて大いに喜んだ。
「…御座成嫌い、ねえー…」と源一はこの点だけを大いに残念に思っていた。
創造には弟子が多いが、できれば細田直伝の科学者を創造にあてがいたかったようだ。
「たぶん、時々御座成和馬さんが来るぞ」と京馬が少し笑いながら言うと、「和馬さんは本当は御座成じゃありません」とナタリーは答えた。
「御座成功太のお姉さんの三井悦子さんのお子様ですから。
関係者ですけど、悦子お姉さまは好きですぅー…」
「本名は三井和馬か…
やはり後継者候補ということで御座成姓を名乗ったか…
元老院のひとりでもあるようだし…
それに、勇者か…」
京馬は言って何度もうなづいた。
「奥様も素敵ですぅー…」とケイトが言うと、「…結婚してたわけだ…」と京馬は大いに苦笑いを浮かべて言った。
「エッちゃんの工芸のお弟子さんの、天使ガフィロ様ですぅー…」
「ああ、聞いたことがある。
天使たちの指輪をすべて創ったという…
総数十億は信じられんほどだね…」
「天使は分け隔てなくを信条としている」と源一は言って、これ見よがしに笑みを浮かべた。
「源一さんはずっと白竜でいいと思うのですけど?
修行として」
京馬の言葉に、「…ヤブヘビ…」と源一は言ってすぐさま消えた。
「…それでいいのかも…」と楓が言うと、「創造神修行の代わりになるように思う」と京馬は言った。
「フォーサ様の方が少々威厳があるように思ったのは、
俺の気のせいだと思う?」
京馬が楓に聞くと、「…どっちもどっちかなぁー…」と楓は辛らつに答えた。
「だけど、あの治療技術は恐れ入ったわ…
さすが天使の長だって思い知ったもの…」
京馬は何度もうなづいて、「命を救わなきゃ、守ったことにはならない」と京馬は言って、医療技術も何とかしたいと考え始めた。
勇者の術には応急処置の術はあるが、基本的には延命になるので、最低でも輸血が必要になってくる。
白竜はそれを体内で創り出してしまうので、混沌の球を使って何とかならないかと思ったが、生体の生に関わる部分なので創ることは不可能だ。
だが生きている限り血液を作り出すことは可能なので、肝臓などの器官を一時的に大いに働かせれば、輸血は必要なくなる。
もちろんそのアフターフォローも必要になるし、適度なところで打ち切れるように仕組む必要がある。
さらにはそのエネルギーも体内に入れ込む必要があるので、胃や腸での分解能力を上げる必要があるが、これは危険を伴う。
「…あ、もうあった…」と京馬は思って、和馬と相談しながら、その治療方法の確認をすることにして、ジャポンに戻った。
「…医者にでもなるの?」と蓮華は久しぶりに会った京馬に抱きついて、楓に引きはがされながら聞いた。
「ちなみに、実験台になってくれない?
蓮華は低血圧だろ?」
京馬がにやりと笑って言うと、「…お兄ちゃんのためにひと肌脱ぐわ…」と言って服を脱ぎ始めたが、楓がすぐに止めた。
「普通の医療じゃないもんでね」と京馬がにやりと笑って言うと、蓮華はかなり残念そうな顔をした。
しかし治療はすぐに終わり、和馬の検査にもパスした。
「…体が軽いような…」と蓮華は言って椅子から立ち上がって、京馬に飛びついたが、楓がインターセプトして、「娘で我慢して」と言った。
「何も問題ないから、病院に行こうよ」と和馬が言うと、京馬は病院の紹介を蓮華に頼んだ。
いくら前の王といえども、医師たちは大いに怪訝そうにしていたが、「もう施術は終了しています」と京馬は言って、医師たちに簡素な健康診断を受けるように言った。
血液さえ分析すれば、ほとんどの疾病の確認はできる。
その結果がすぐに出て、「…何もかもが正常になった…」と医師たちは大いに苦笑いを浮かべていた。
京馬はこの病院で重病人の治療をすぐさま施し、体力回復が早くなるようにもし向けた。
よってこの病院のICUは空になった。
さらに難病と言われるものもすべて直し、どこが問題があったのかもすべて説明した。
しかし、現在の医療技術ではやはり不治の病でしかなかった。
よって京馬は、その症状が軽くなっていく食べ物を置いて行った。
もちろん詳しい解説書もあり、調理方法を細かく書いてある。
すべて水戸右京城下で収穫した作物なので、この先も材料に困ることはない。
さらには交通事故の急患が入ってきたので、ここは京馬が執刀して、一瞬のうちに治療を終えた。
「骨折が治ったら退院」と京馬が言うと、医師たちは京馬を神のようにして崇めて頭を下げた。
透視とサイコキネッシスは使ったが、特殊な術は使っていないので、医師でも執刀は可能だ。
その神業を確認したからこそ、医師の神と崇めたのだ。
しかも薬は一切使わずに治してしまうことも、医師たちは大いに感動したが、困るのは製薬会社だろう。
よってほかの病院には訪問することなく、今回の臨床実験を終えた。
「…少しでも白竜に追いついていればいいか…」と京馬は右京和馬星の食卓で寛ぎながら言った。
「…施術はそれほど変わんなかったと思う…」と楓が眉を下げて言うと、京馬は納得の笑みを浮かべた。
「ロボ用の飲み物が役に立った」と京馬は笑みを浮かべて言った。
「…薬でも何でもないなんてね…」と楓は大いに呆れていた。
「吸収率が異様にいいんだよ。
だからロボの体内に残ることはない。
全ては、冷却用の水に変換されるだけだから。
大量に飲まない限り、あふれることはないんだ。
それにロボは自分の体は自分がよく知っているから。
ここにいるヤツら以外のロボは問題ない」
京馬が少し笑って言うと、楓は大いに笑い転げた。
京馬は自分ができることを多く修練を積み、資格のあるものを弟子にする。
よって様々な分野の弟子ができた時、宇宙の旅に出なくなった。
そして第一に、楓にデートに誘った。
「…どこに、連れて行ってくれるのかしらぁー…」と楓が大いに期待すると、「俺たちが初めて出会った場所」と京馬が胸を張って言うと、楓は何も言わずに満面の笑みを浮かべた。
楓の部屋も、京馬の部屋も解約をしていないので、懐かしい我が家でもある。
まずは楓の部屋に入って、ふたり仲良く食事をした。
さすがに京馬がとぼけたことは言わないが、楓にとって、京馬がいるだけで幸せだった。
そしてここで初めてふたりは体を合わせた。
しかし、ふたりは何も変わらない。
ふたりは部屋を出て、今度は京馬の部屋に入った。
さすがロボだったこともあって、部屋には何もない。
「…今初めて、俺がロボだったって実感できたよ…」と京馬は言って苦笑い気味の笑みを浮かべた。
クローゼットに入っているのは服とカバンだけ。
ほかには本の一冊もなかった。
もちろん郵便物は来るので、何もないわけでもない。
もちろん玄関に入った時に、いくつかの郵便物があった。
しかし、ダイレクトメールがほとんどで、変わったものはただ一通の封書だった。
裏面には差出人の住所と名前が達筆で書いてある。
『松本洋子』
住所はこのマンションからほんの五分の場所にある。
楓のホホがかなり引く付いていたが、「…ああ、金持ちのお婆ちゃん」と京馬は思い出して言った。
「ここの路地を出た大通りで、縁石に座っていたんだよ。
自転車に引っ掛けられたらしくてね。
怪我はなかったようだけど、
驚いてしまって休んでいたんだよ。
出かけるようだったんだけど、
屋敷に連れて帰ったんだ。
屋敷には家族はいなくて、執事とメイドがふたりいただけだった。
特に愚痴を気かされることなく、屋敷を出たんだ」
封筒を開けると、また封筒が入っていた。
その封筒には、『遺書』と書かれていて、京馬と楓は顔を見合わせた。
そして、遺書とは別に便箋も発見した。
開いて読むと、書いた者は執事だった。
「…遺書が絶対に見つからない場所…」と京馬は言って大いに苦笑いを浮かべた。
「…懇意にしてたらまだしも、
一度だけのお付き合いだったら、
ここは想像もできないわね…
それに京馬さんは有名人だったから、
住所はすぐにわかっただろうし…」
この便箋を書いた時は洋子はまだ生きていて、手が少し不自由な洋子の代わりに、執事の佐伯が代筆したものだった。
そして遺書を開封して、善意の第三者として署名して欲しいとも書いてある。
よって遺書を開封して、内容を確認した。
「…ふむ… もうあるからいらないんだけどな…」と京馬は言ってまずは署名をしてから、楓に読ませた。
「…高畠雪之丞のダイキン100キロ…
こっち方が軽い…」
楓の言葉に、京馬は少し笑って、「だけど、国家が転覆するほどのかなりの大金には違いない」と言った。
「だけど問題は、俺はもう右京和馬ではないし、顔も変わった」
「…うう、大問題発生…」と楓は眉を下げて言った。
よって遺書を持って、京馬は楓とともに、松本邸に足を運ぶことにした。
屋敷にはすぐについて、巨大な玄関には怪訝そうな表情の佐伯が京馬と楓を出迎えて見ている。
「今まで右京和馬と名乗っていた、現在は大屋京馬というものです」
するともちろん、佐伯は大いに驚いて、「我が王よ!」と叫んだが、京馬は佐伯の王ではない。
「元女王の、一業楓ですぅー…」と気弱そうに挨拶すると、執事は立ち眩みがしたようで京馬が支えた。
「…まさか、王家の方をお迎えできるようになるとは…
お嬢様もさぞやお喜びになることでしょう…」
執事は大いに涙を流した。
―― お嬢様… あ… ―― と京馬はすぐさま閃いて、「病の進行の程は?」と京馬が聞くと、執事も楓も大いに目を見開いた。
「…まだお元気ですが、さすがに歩けなくなってしまわれました…」と執事は涙ながらに言った。
「治しますので、お嬢様に面会をお願いします」
京馬の言葉を執事は疑うことなく、洋子の寝室に案内した。
洋子は目もよく見えないようで、「だあれ?」と聞いた。
京馬はブルーパーに変身して、「初めまして、ブルーパーといいます」と自己紹介すると、洋子は愉快そうに笑って、「…ここにも来てくださったんだぁー…」と笑みを浮かべて、そして涙を流した。
「常に過剰な代謝をする脳の病気です。
それほど面倒な病ではありませんので、
簡単に治ります」
ブルーパーは堂々と言って洋子を元気づけた。
透視とサイコキネッシスで脳の異常を正常化して、火竜の若清水を飲ませた。
「なんと!!」と執事は叫んで、18才程度の少女になってしまった洋子を見入った。
「魔法でも何でもありません。
脳の手術をして、
若返るような効果のある水を飲んでもらっただけです。
この水の効果は一週間ほど。
もし、老人化しないのであれば、完治したはずですから。
問題は栄養不足にありますから、
食材と調理方法の本を置いて行きます。
一週間食べ続ければ、ベッドから出てもいいと思います。
ですので、一週間後にまた来ますので」
「…おお、おお…」と佐伯はうなって涙を流してばかりだ。
「それから遺書はお返しします。
俺はそれなりに金持ちですから、
あなたの遺産は必要ありません」
体を起こした洋子は鏡を見て涙を流しながら、「…右京和馬さんですよね?」と洋子は戸惑いながら言った。
遺書を持っていることがその証拠のようなものだ。
京馬は順を追ってすべてを話すと、洋子も佐伯も号泣を始めた。
「王様が治してくださったぁ―――っ!!!」と洋子が堰を切ったように泣いて、大いに感動していた。
そして、「お嫁さんに行きたかったのに―――っ!!!」と洋子は今度は違う意味で大いに泣いた。
「元気になられたようだ。
では今日はこれくらいで。
申し訳ありませんが、
今日は妻とふたりっきりのデートの日なので」
「…素敵な人を紹介してくれないと帰しませぇーん…」と洋子は言ったが、ここは佐伯がすぐさま諫めた。
京馬たちは佐伯に丁重に見送られて屋敷を後にした。
「…松本、洋子…」と楓は怪訝そうに言った。
「偽名っぽいよな?」と京馬が言うと、「…王室関係者かもぉー…」と楓は眉を下げて言った。
「そのうち正体はわかるだろうし、
王室関係者と出会えば、嫌でも耳にすることになると思う。
松本洋子さんは、確実に女王にはなれなかったはずだから」
「…でも、今となってはその資格を得たと思う…
それで執事さんは我が王って叫んだのね…」
楓が眉をひそめて言うと、「たぶんそうだろうね」と京馬は言って、楓と手をつないだ。
ふたりのデートは、懐かしくなってしまったこの街を歩いて散策するだけだった。
そして、例の大人気の揚げ物屋に行って、抱えるほど買ってから公園に向かった。
「絶対に忘れないデートだわ!」と楓は陽気に言って、揚げ物にぱくついた。
「体に悪いものはやっぱりうまい!」と京馬が叫ぶと、楓は大いに眉間に皺を寄せた。
よってここは代謝を安定させるために、火竜の若清水を飲むことで、見事に中和された。
「ヘルシーなおやつ…」と楓がおねだりすると、京馬は土産物の乾物を出して、大いに陽気に味わった。
「…あ、ブルーパー…」と遊んでいた子供たちが言って、じりじりと京馬たちに近づいてくるが、親たちがすぐに手を引いて散って行ったが、木陰からふたりの様子を見ている。
「場所を代えてもいいよ」と京馬が言うと、「じゃ、人があまりいないところ」と楓は言って京馬にしがみついた。
京馬はすべてを異空間ポケットに片づけてから、ふわりと宙に浮いた。
そしてここからほど近い、山に向かって飛んだ。
そこは、登山道も何もない山の頂上だが、草刈りをしてテーブル付きのベンチを出した。
「…確かに誰もいないし、誰も来ないわ…」と楓は眉を下げて言った。
「まあ季節柄、クマは来るかもな」と京馬は言って少し笑った。
ふたりだけの時間を大いに堪能して、日が暮れる前に水戸右京城に戻った。
するとやはり王室関係者が、まずは京馬に抱きつこうとしたが、今回も楓にインターセプトされた。
「誰の子なの?」と楓が抱きついてきた蓮華に聞くと、「私の姉の子よ」と答えた。
「次期女王様は、更生しつつある菖蒲ちゃんか、
正体不明の松本洋子さんのどちらかだね」
「もしくは、お兄ちゃんの子」とここは蓮華は譲らなかった。
「ま、修行としては大いに勉強になる土地でもあるな」
「本名は?」と楓が聞くと、「大屋向日葵」と蓮華が嬉しそうに言うと、「…大成する名前だ…」と京馬は眉を下げて言った。
「萩はほとんどしゃべらなかったからな…
相手を見つけていたとは驚きだ」
「…あ、すっかり忘れてたわ…」と楓は言って笑みを浮かべた。
大屋向日葵と大屋京馬は姪と叔父の関係になる。
「…親子ともども、本当に不幸だわ…」と蓮華は大いに嘆いた。
「萩はもういないんだよな?」と京馬が聞くと、「…向日葵を生んですぐにね…」と蓮華は悲しそうに言って眉を下げた。
「父親は、佐伯と名乗っていた執事でいいの?」
京馬の言葉に、楓は大いに目を見開いた。
「…そういうこと…
本名は松本洋さん…」
蓮華は悲しそうに言って、少しため息をついた。
「これから幸せになるんだから問題はないさ」
「えっ?! 一時的なものじゃないの?!」と蓮華が聞くと、京馬は実際に行った施術の説明をした。
「そりゃ、火竜の若清水を飲んだだけじゃ、
治るわけないからね…」
楓の言葉に、「…ああ、よかったぁー…」と蓮華は言って、長年の支えがとれた気がした。
「だけど、結婚して生んだ子がまた不幸を背うことは否めないぞ。
かなりの体質改善をするか、
正常化の棺に入れないと、
また不幸がやってくるはずだ。
手術で治したが、
根本が治ったわけじゃないから。
楓のような能力者じゃなさそうだから、
正常化の棺に入れても問題ないと思う」
「あ、だけどね…
洋さんに聞いたのよ…」
蓮華が大いに眉を下げて執事に聞いた話をすると、京馬は何度もうなづいた。
「あの屋敷に、萩がまだいるとすれば?」
「…幽霊…」と楓が言って眼を見開いた。
「…心配で心配で、成仏できないのね…」と蓮華が言うと、「もしも、手術をしたことで安心できたとしたら成仏したと思う」と京馬は答えた。
「だけど、時間が経たないと安心できないはず…
だから一週間後に京馬さんがまた来るって言ったから…
まだいるって思う」
楓は真剣な眼をして言った。
「だろうね…
一週間、親子三人で過ごしてもらうよ」
蓮華と楓はほっと胸をなでおろした。
「だけど、娘が偽名を使うのはわかるけど、
どうして」
京馬はここまで言ってすぐに思い当たることがあった。
「いや、自己解決した」と京馬がクールな顔をして言うと、「あの高畠家の末裔だって聞いたことがあるの」と蓮華が目を輝かせて言った。
「人の家の財産の期待をする必要はないだろ…」と京馬は大いに眉を下げて言った。
高畠家はその昔、大屋家が女王を輩出するまでの王家だった。
この地から出たダイキンも、本来は高畠家のものだった可能性もあるのだ。
「お母さんはもう持ってるんだから、欲張ると生きたまま火葬にするわよ」
楓の本気の言葉に、蓮華は大いに怯えたが、ダイキンを持っていることを暴露したことになる。
「余計なことやにおわすようなを話しても炭になるから」と楓が重ねて言うと、蓮華は両手のひらで口を押さえつけて何度もうなづいた。
「ま、知らせて黙らせることが家族だろうな。
黙っていれば確実におかしくなる。
量としては、ここから出たものの十分の一もない。
ダイキン自体がそれほどないことは、
マテリアルから聞いて知ってるだろ?」
「おカネはあればあるほど安心するぅー…」と蓮迦は京馬に甘えるように言った。
「秋桜姉ちゃんに分けてもらえばいい。
その方が気が楽だし、秋桜姉ちゃんは優しいから、
何も聞かないで差し出すさ。
下手に持ってたら、だまし取られるのが落ちだ」
「…ほんと、他人が信用できなくなってきたわ…」と蓮華は言って大いに眉を下げた。
「信用できるものを送り込むから。
あ、いいのかい?」
京馬は社を見て、夏之介が立っていたことに気付いた。
「桃花様が落ち着いたので、暇になりましたから。
秋之介様と交代で、蓮華様の監視をします」
夏之介の言葉に、京馬と楓が大いに笑った。
もちろん蓮華な唇を尖らせて怒っている。
しかし、知らない仲でもないし、頼りになることはわかっている。
さらには大いに頼りないが、蓮華の肩の上にいるマテリアルもいる。
「…何でもかんでも心配するから、ほんと困ってるんだ…」とマテリアルが言うと、「余計なことは言わなくていいの!」と蓮華は怒ったが、「…その通りじゃないか…」と京馬が言うと、蓮華は大いに落ち込んだ。
「それに、秋桜姉ちゃんは頻繁に来るんだろ?」
「旦那様とずっと一緒がいい…」と蓮華は言ってホホを赤らめると、楓もホホを赤らめた。
「…しっかりしてくれよ、女王様…」と京馬は皮肉のように言ってから、蓮華に別れを告げて、楓とともに社に入って行った。
「ああ見えて案外、しっかりしてると思うわ…
今だって鉄の女って言われてるほどだもの…」
楓が眉を下げて言うと、「まあ、家族だから甘えてるだけなのはわかってるさ…」と京馬は苦笑いを浮かべて、新開発の乾物を口にして、「…これはいい…」と笑みを浮かべてうなづいた。
「源一さんのお気に入りなの。
もちろん、春之介さんもよ!」
その開発者のひとりの繭果は自慢げに言った。
「春之介さんは基本猫だからね…
本能が欲すると思うね…」
まさに潮の香りがする少し柔らかいスルメのような食感に、京馬も大いに好きになっていた。
「…ついてきたよ?」とパメラが京馬に言うと、京馬は目を見開いた。
「…萩がいるんだな…」と京馬が大いに苦笑いを浮かべると、「…悲しいって… どうやっても誰にも気づかれないから…」とパメラが悲しそうに言った。
「修行不足だからだ。
パメラだって、見える者と見えない者がいるし、
パメラは萩が見えているんだから、
贅沢なことを言うな。
そしてさっさと昇天しろ」
「…なんだか、嫌な予感がするんだけど…」と楓が無意識に腹をさすった。
「問題ないさ。
もうそれなりのお方が定着してくださったから、
萩は駄々をこねに来たようにも思う」
京馬の言葉に、楓は大いに驚いたのだが、ここは騒がないように決めたようで、炎を噴出しなかった。
しかし、顔は真っ赤になっていた。
「なんなら、かなり厳しいお方を紹介してもいいんだ。
早く昇天したいと思うほど厳しいと思う」
「お呼びですね」と秋之介が逞しい人型の姿で京馬の前に立った。
「ほら萩、また見える方がいたぞ」と京馬は言って秋之介に頭を下げた。
「一週間後に、マテリアルにお連れしましょう」と秋之介は言って、強制的に萩の魂を連れ去った。
「…泣いてたわ…」とパメラが振り返って悲しそうに言うと、「本当ならもう生まれ変わっていてもいいほどなんだから…」と京馬は眉を下げて言った。
「幽霊の人は源一さんが何人か採用したし、
納得できてないんだから、
昇天はしないわ」
繭果の言葉に、「…困った親族たちだ…」と京馬は眉を下げて言った。
「だけど、京馬さんから見てどんな子だったの?」
楓は興味津々で聞いた。
「…今と同じさ…
まさにつかみどころがない子だったよ…」
京馬がため息交じりに言うと、例えがかなり面白かったようで、楓は大声で笑った。
「あのね、蓮華っていう人と扱いが違うって…」とパメラが言うと、「甘えてくる妹の方がかわいいからね。萩は損をしていたことを気づいていたはずだ」と京馬が言うと、パメラは眉を下げていたが、納得はしていた。
「もちろん、無碍な態度には出なかったさ。
ふたりともかわいい俺の妹だからな。
萩が今のままでも役に立つのなら使わないこともない。
萩だって、今の記憶そのままに生きて行きたいと思っているはずだからね。
夏之介様と秋之介様に押し付けてしまったようなものだけど、
魂の存在があることしか見えなかったからね」
京馬が少し悲しそうに言うと、「…京馬さんも悲しかったんだ…」とパメラは言って、京馬に頭を下げた。
「生きているからこそ、
話もできるし、触れ合えるし、からかうこともできるから。
さすがに姿が見えなくて触れ合えないと、悲しくもなるだろ?」
「…うん… 家族だったら特に…」とパメラは言って少しうなだれた。
「パメラちゃん、今までと違うわね…」と繭果が怪訝そうに聞くと、パメラは目を見開いて固まった。
「…ふむ…」と京馬は言って少し考えてから、「言いたいことを言わないと損するぞ」と言った途端に、パメラは言いたいことをすべてまくしたてた。
「…なかなかの駄々っ子だが、気持ちはわかる。
今の萩の存在に、パメラ自身を重ねたんだね。
全てを実現することは難しいが、
自分らしく生きればいいさ。
もちろん、相手の気持ちも考えるように」
「…甘いのに、やっぱり厳しかったぁー…」とパメラは言って、京馬に抱きついた。
「こら! 存在を消すな!」と楓は言ってパメラを引き放そうとするが、体をすり抜けるので引きはがせない。
「源一さんには甘えないの?」と京馬が真由夏に聞くと、「主従だから…」と答えて眉を下げた。
「それは悲しいね…」と京馬は言って、パメラを見た。
「…抱きつかれてる感覚があるのはどういうことだ?」と京馬は思って、透明なパメラの頭をなでると触れられていた。
そして強制的に引きはがしてかかげると、「…どーして…」とパメラは目を見入らいていた。
「さあ、よくわからんけどな。
俺自身に薄い結界を張ったんだよ」
京馬は笑みを浮かべてパメラを床におろして頭をなでた。
「…やさしい結界…」とパメラは満面の笑みを浮かべてから、その存在に肉付けをした。
「…結界、教えなさいぃー…」と楓が眼を血走らせて京馬に言った。
「教えてできるものじゃないけど、
サラマンダーなら、軽い気合だけで同じようなものが出るんじゃないの?
肉体をはがすというよりも、魂を弾き飛ばす」
「…そうだったぁー…」と楓は言って、パメラに不敵な笑みを向けたが、実際にはそれを試さなかった。
「だから、こういったことも可能だ」と京馬は言って、テーブルに手を置いたと思いきや、手はテーブルの下にある。
「うわー… 見えてるのに透明人間!」と楓は面白がって抱きしめるが、腕がすり抜けている。
「完璧な防御。
だけど、少々エネルギーを使うから、これがデメリットだね」
京馬は結界を解いてから、うまい試供品を食べまくった。
「…体ごと、精神空間に飛ばしてるんだぁー…
妖精と同じ状態を作り出したんだぁ…」
繭果が嘆くように言うと、「そういうことになるね」と京馬はなんでもないことのように言った。
「多用しなければ、どれほど強い敵でも翻弄して逃げることは可能だ」
「いいの、焼き尽くすから」と楓は大いにひどいことを言った。
「俺の結界も溶かされそうだから、
夫婦喧嘩はできないね」
「怒らせなきゃいいだけよ」
「そう、怒らせる原因がなけりゃいいんだけど、
楓は時々勘違いするからそれが怖いね」
京馬の言葉に、「…もっと冷静になりますぅー…」とここは楓が謝った。
すると、「お兄ちゃん!」と叫んで少女が走って、京馬をめがけて走ってきたが、巨大なサラマンダーが現れて、『シャ―――――ッ!!!』と叫んで、右腕を振った。
すると少女は妙な形で見えない速度で飛んで行って消えた。
「…ひどいな…」と京馬が眉を下げて言うと、『…キスする気満々だったからだぁー…』とサラマンダーはうなってから、楓に姿を変えたがまだ怒っている。
「…今になって大いに愛情を出されてもね…
まあもっとも、萩は体が弱いことで、
それどころじゃなかったんだろう…」
京馬の言葉は、楓には大いに精神的ダメージがあった。
すると秋之介が大声で笑いながら、少女の萩を抱えで戻ってきた。
「悪いんですけど、ジャポンの松本の屋敷に届けてきてくれませんか?」
京馬の言葉に、「仰せつかった!」と秋之介は上機嫌で言って、社に向かって走って行った。
「…もう、こっちには来られないわね…」と楓は眉を下げて言った。
「一週間は親子水入らずさ」と京馬は言って、楓の腰を抱いた。
京馬と楓はアニマールに移動して、春之介に礼を言った。
「残念なほど普通の幽霊でしたよ…」と春之介は大いに眉を下げて言った。
「もし、肉体があれば、何かを持っていたかもしれませんけどね」と京馬は言って苦笑いを浮かべた。
「散骨してなければ、骨が残っているはずだから、
同じDNAで、肉付けはできます。
だけど死の魂になっているから、死神と同じです。
死神も、妖怪や幽霊と似たようなもので、
違いは肉体を魂に定着させることだけに尽きるから。
だから、それほど低俗な魂じゃないことも確かなんです」
「…そうか…
魂の強さを判断して、選別して死神の力を与える…
死神になれる魂はそれほど多くない…
だから、死神として力をつけて働くことは可能…
ですが、萩はジャポンに追い返しました。
一週間後にまた行く約束をしているので、
その時に見極めます」
京馬の言葉に、春之介は好意的な笑みを浮かべてうなづいた。
秋之介が戻ってきたので、京馬と楓は丁寧に礼を言った。
「疑いもせず幽霊と認めて、再会を喜んでいました」
秋之介の報告に、「本当によかったです。ありがとうございました」と京馬は言って、秋之介に頭を下げた。
その一週間目となる前日に、京馬は宇宙へ復興の旅に出た。
最近は忙しいと思われる星だけ手伝いをしているが、基本現場監督のようなものだ。
そしてここ数日でケイトのおかげで、復興の方法が丁寧に、かつ効率的になり、三部隊ともにAランクに格上げとなった。
そしてAランクの依頼は、比較的穏やかではない宇宙が多いので、戦闘に巻き込まれることもある。
基本的には機動部隊が察知して出張ってくるのだが、復興作業中に来てしまった場合は、逃げるなり迎撃するなりして身を守る必要がある。
京馬がいる部隊の場合は、安全確認の上、結界を張ることが多い。
そうしているうちに、機動部隊が駆けつけるパターンが多い。
よってもし、罠を張っていた場合、うまく逃げられないことも考えられる。
よって、不穏な空気を感じた場合は、即座に結界を張る。
今がその時で、楓が空を見上げた途端、京馬が結界を張ったのだ。
「作業中止だ!」と京馬が叫ぶと、作業員たちは一斉に宇宙船に駆け込んだ。
「どこかの衛星の陰にでも隠れていたか…
確実に俺たちが狙いだな…」
京馬はうなるように言うと、「機動部隊は伏兵に捕まったけど、ただの足止めのようだ」と和馬が報告した。
「その短時間で、俺たちを捕らえるようだな…
ま、方法は色々とあるけどな。
しかし、見た目以上に楽じゃないはずだ」
京馬と楓は10人乗りほどの宇宙船を5機確認した。
その5機がアンカービームを放って、結界ごと持ち上げようと画策していた。
だが、結界はびくともしない。
そして二機ほどはオーバーヒートしたようで、ビームが消えていた。
すると宇宙船は大気圏を脱出しようとしたが、駆け付けた機動部隊に捕縛された。
「さあ、問題はここからだろう」と京馬が言うと、「危機は去ったわよ?」と楓が真顔で言った。
「ああ、現在の危機は去ったが、
捕らえた者たち取り調べると、
とんでもないことが発覚するということだよ」
「…そうね、それは大いに考えられるわ…」と楓は言って、何度もうなづいた。
第二機動部隊の宇宙船はアンカービームを放ったまま、誰かが外に飛びだしていて、京馬たちに手を振った。
駆けつけてきたのは、御座成和馬の機動部隊だった。
そして旗艦と思しき宇宙船の前に浮いて、和馬は情報収集を始めた。
取り調べはわずか一分ほどで終了して、和馬を残して5機の宇宙船は大気圏を離脱した。
影の和馬は宇宙船経由で安全確認を完了すると、京馬が結界を解いた。
「やあ、人気者!
軽く見られたもんだな!」
和馬は宙で叫んでから、地面に降りた。
「狙いはお前さんだ」という和馬の言葉に、「俺はそれほど有名人ではないと思うのですが…」と京馬は眉を下げて言った。
「星の王だったら誰でもいいらしい。
星の王で宇宙の旅に出てるのは、
今はお前さんだけなんだよ。
ほかの3名…
いや、4名は定期的には出ていないからな。
大屋京馬は二日に一度は宇宙に出ることを知ったようだ。
それなりに優秀な探知者がいるようだ」
「しかし、具体的な狙いがよくわかりませんね…
まあ、それなりに金持ちということはありますが…」
「配下に加えたいそうだ」と和馬は言って、少し笑った。
「…配下に… 何のために…」
「わかったのはここまで。
王の命令には絶対だとよ。
そしてその王が、少々厄介で、
星ごと移動してやがるそうだ。
ま、ひとつの大宇宙から出ることはできんから、
捕らえられんことはない。
まずは、その大宇宙を探す必要はあるから、
これが少々苦労しそうだ。
捕らえた者たちはただの便利屋で、
王の部下ではない」
「…なるほど… 理解はできました。
では、尻尾を撒いて宇宙の旅に出なくなると、
人質として誰かが捕らえられそうですね。
もちろん、俺の部隊だけが対象というわけではないでしょう」
「それはある。
少々二度手間だが、
王の誰かを人質を盾に呼び出す。
だがこれは最終手段だと思う。
それに、王が出向くとは限らない。
ま、あんたら4人で、そんな薄情者はまずいないだろう。
敵は姿を見せたがっていないことは変わらんと思う」
京馬は少し考えて、「出向けないから」と言うと、「…おいおい…」と和馬は言って眉を下げた。
「お友達が欲しいの?」と楓が少し笑って言うと、「大いにあるな…」と京馬は呆れた顔をして言った。
「犯人は星自身。
森羅万象の術者の可能性も捨てられません。
星に取り付いていた方が安心できるでしょうから」
「…最悪のヤツに目をつけられたもんだ…
情報源は宇宙の妖精と言ったところか…」
和馬が嘆くように言うと、「源一様から伝言だよ。会議をするから帰って来てって」と影の和馬が眉を下げて言った。
「…対策会議は必要でしょう…
復興の方も、
団体でこなしていくべきかもしれませんね」
「…機動部隊は大忙しだ…」と和馬は言って、苦笑いを浮かべて消えた。
京馬はすべての部隊の無事を確認して、すぐさま右京和馬星に帰還するように命令した。
命令は絶対で、全ての部隊がすぐさま右京和馬星に戻ってきた。
ロストソウル軍もこれに倣って、フリージアでは遠巻きから王都を見つめていた。
「…とんだ邪魔が入ったものだ…」と源一はこめかみに力を入れて言った。
「優夏さん、どうなの?」と春之介が聞くと、「…候補が多すぎるわ…」と優夏は苦笑いを浮かべて答えた。
優夏にもわからないことを知って、花蓮は妙に喜んでいた。
「そんなヤツら、全員脅せばいいじゃん」とヨハンはかなり過激だ。
「穏便にことを済ませるのも重要だぞ」と京馬が穏やかに言うと、「…はーい、パパ…」とヨハンが答えると、「ヨハンのパパになった覚えはないぞ」と京馬は明るく言って、ヨハンの頭をなでた。
「多いけど、探って回るわ…」とここは優夏が一肌脱ぐことになった。
そして実際の星の復興だが、京馬が言ったように、効率は下がるが、複数の部隊で宇宙を飛び回ることになった。
右京和馬星、アニマール星、フリージア星は、全部隊を集結して星を回ることに決まった。
そしてしばらくは、王も女王も同行する。
「…ふむ…
まさか、これも狙いのひとつ、とか…
その事実の確認が終わったら、
その星自体が、部隊を襲う。
敵は逃がさない自信があるのかもしれません…」
京馬の発言に、「慎重すぎて悪いことは何もない」と源一は自信をもって、京馬の意見に賛成した。
「…おまえ、どういうつもりだぁー…」と優夏がいきなりうなり声を上げた。
すると春夏秋冬が、相手側の言葉を宙に浮かべた。
『ボクが宇宙の英雄なんだ!』
誰もが宙に浮いた文字を見て眉を下げた。
「だったら俺たちを巻き込まずにひとりでやれ!
大いに迷惑だ!
今日来るか明日来るかと待っている者たちも多いんだ!
お前の魂、吹き飛ばずぞ!!」
優夏はさらにエスカレートして叫んだ。
「…おい、逃げても無駄だ…
どこに行こうが追えるぞ。
…くっそ! 消えやがったっ!!」
優夏は大いに悔しがって叫んでから、「…春之介さん、ごめんなさいぃー…」と優夏は手のひらを反すように穏やかになって謝った。
「姿を消すには、異空間か精神空間に飛び込むしかないね。
妖精じゃないはずだから、異空間か…
ま、自殺行為だね…」
「…星ごと消えたからね…
星ごと出てくるかもしれないの…」
優夏が大いに眉を下げて言うと、「計算、できました!」と春夏秋冬が言って、異空間マップを出した。
そして宇宙空間マップと重ねると、「…一番早くて150年後に、右京和馬星のある大宇宙に到着…」と源一が眉を下げて言った。
「しかも、出られるとは限らないし、
思わぬ場所に出ることも考えられる…」
京馬の言葉に、影たちが協力して計算して、「第521大宇宙にホワイトホールが産まれそうです! ですが、出るとしてもどれほど早くても一年後です!」とイカロス・キッドが報告した。
どの大宇宙からも相当遠くにあって、元いた大宇宙よりもさらに離れることになる。
「…忘れないようにしておこう…
申し訳ないけど、影に24時間監視してもらうよ…」
源一は大いに眉を下げて言った。
「ですが、今のような野望を持った者がまだいるわけなんですよね?」と京馬が優夏に聞くと、「計画を立ててないだけでいるわ…」と眉を下げて答えた。
「それは、誰かに対して胸を張りたいのでしょうか?
誰かに何かを言われたから…
誰かの願いだから…
誰かに自慢したいから…
誰かのためになることだから…」
「京馬さんに意見に賛成…
きっと対象は、ただひとりのために、だろうね…」
源一は大いに眉を下げて言った。
「卑怯とは言えますが、
それほど乱暴には扱いたくなかったことは理解できました。
できれば穏便に部下になってもらいたかった。
…あ…」
京馬はあることに気付いて、御座成爽太を見た。
「…ボクのせいとか言わないでね…」と爽太は大いに眉を下げて言った。
「今回の敵は、ある意味勘違いをしているのではないかと…
ロストソウル軍が全ての星を掌握していて、
その頂点に御座成爽太という英雄がいる」
「…うわぁー… うれしいけど、絶対に言えないぃー…」と爽太が嘆くと、誰もが笑ったが、納得していた。
「ロストソウル軍がフリージアを占拠しているように見えるからな」と源一が言った。
「さらには、作業指示はロストソウル軍から出ています。
ですが支払いはフリージアから。
こんな細かいことまで知っているのは、
仲間でもそれほどいません。
指示を出しているところが支払って当然と誰もが思っているはずです。
そして、御座成爽太が、御座成帝国の英雄だったことを知っている人物。
敵は御座成爽太に嫉妬して、
そして自分自身も英雄になると心に決めたんでしょう」
京馬の言葉に、誰もが大いにうなづいた。
「さらに見た目ですが、
フリージア王都よりもロストソウル軍のビル群の方が立派に見えます。
誰もが、
ロストソウル大帝国が星々の王を顎で使っているように感じると思います。
そして、星々の王とコンタクトをとって、できれば仲間に引き入れたい。
捕らえられなければそれでもよかったはずです。
実力を見極める材料にもなりますから。
よって、観光客などから、
このフリージアの見た目を報告していたように思いますね。
ですので、報告義務をもって
この会議に集中している人をすべて探って欲しいのです」
「うん、捕まえた」と春之介はすぐさま言って、王都を囲んでいたロストソウル軍の数名と、観光客の数名を宙に浮かべた。
「もう解決したに等しいね。
さあ、詳しい事情を聞こうか」
源一は大いに陽気に言ってから、「さすが名参謀」と源一は言って、春之介と京馬と肩を組んだ。
まずは観光客から取り調べを始めると、誰もが星の王や国の王に、変わったことがあればなんでもいいので報告するようにと言われていたようで、何か大きな戦いでもあるのだろうかと思って、興味を持って見ていたようだ。
よってその先の調査も早速初めて、選抜された諜報部隊が宇宙に散って行った。
そしてロストソウル軍の死神たちだが、『フリージアライフ』という個人作成の機関紙のネタを探して興味を持って見ていたそうで、フリージア内部で配布されている。
よって報告義務がある者たちとしては、ほぼ冤罪として捕らえられたことになる。
だが、全員がそれに当てはまるものでもない。
「君もメンバーなのは確認できたけど、
機関誌を外に出してるよね?」
春之介の言葉には強制力があり、女性の死神は大いに震えていた。
「…相手方も大いに理解を深められるな…」と源一は眉を下げて言った。
「機関誌を読むことで、自分がその頂点にいると、
容易に錯覚もできると思いますね…」
その機関誌をめくりながら、京馬が言った。
「…ここに御座成爽太が英雄だという証拠がある…」と京馬は言って、素早く記事を呼んだ。
「それは有名な話だ。
敵艦一万艇を一気に沈めて、
全ての罪を爽太が背負って死にかけた。
御座成功太も半分背負って、
何とか死だけは逃れることができた。
まさに千年前の、伝説級の話だよ」
源一が解説した。
「…自分がこの英雄になりたいと思っても当然だけど、
天使たちの悲壮感を全部背負える人ってそれほどいないはずだわ…
できる自信があるのかしら…」
楓の素朴な疑問に、「できた気でいるだけだと思います」と春之介が苦笑いを浮かべて言った。
「物語を読んで、なり切っていたと言っていいようですね…」と京馬は言って眉を下げた。
「君は誰にこの機関誌を渡していたの?」と爽太が真剣な眼をして、死神を見ると、「ココロ・マルテル様…」と涙を流しながら言った。
爽太は目を見開いて、「…懐かしい名前を久しぶりに耳にしたよ…」と爽太は言って笑みを浮かべた。
「この記事の中にある天使のひとりで、数年前に昇天しました。
天使はどの種族の中でも、それほど昇天しません。
ココロは天使の掟を破って、相手を巻き込んで消えました」
誰もが全てを理解してうなづいた。
天使は男性と体を合わせることはほぼ不可能。
しかし御座成功太はこれができた。
ココロは恋に落ちて、男性と抱き合ったとたんに白い焔とともに消えた。
「…さすがに天使に転生はしていないだろう。
よくて死神か…
それに、魂としては古い神の一族かもしれないが、
軽い罰を受けていて、最近転生したような気がするね…
京馬さんが言っていた誰かが、
このココロ・マルテルかもしれないね」
「ココロはボクを恨んでいるのかもしれません…」と爽太は言ってうなだれた。
「ま、逆恨みなんだろうけどな」と源一は言って、爽太の頭をなでた。
「どうして無理にでも止めてくれなかったの?!」と優夏が芝居っぽく叫ぶと、「そういうことだろうね…」と春之介が眉を下げて同意した。
「…そんなわがままな人も多いのね…」と楓は眉を下げて言った。
すると、まさに女性の死神が、優夏の目の前に現れた。
そしてフィルによって、輪廻の拘束が施された。
「ちょいと反省をしてもらっておこう」と源一は言って、ココロの頭をむんずとつかんだ。
ココロが知っている、今回の件で必要な事項が、箇条書きのように宙に浮かんだ。
「マイト・ラッセルが今回の標的の名前」と源一が少し呆れるように言った。
「さすがに聞き覚えはありません…
森羅万象の術者は、
確実に、ボクたちよりも長生きのはずですから。
5千年程度ではきっとなれないと思います」
「だからこそ、なんでもできると勘違いしてるんだよ」と源一がさも当然のように言った。
「もちろん、今世で長生きしていることが、
大きな自信になるのでしょうが、
魂が持っている積み重ねも大いにものを言いますからね。
このようななりきり英雄には、それほどの力はないでしょう」
すると、動けないはずのココロの目だけが春之介をにらんだ。
「フィルと同等にハイレベルか…
やっかいなヤツだ…」
源一は大いに苦笑いを浮かべてココロを見た。
「君の罰は軽すぎた。
もっとも、宇宙壁や虫だったころの記憶はそれほどないはずだ。
さっき死んでさっき生まれ変わったという感覚しか君にはないと思う。
さらに魂に刻み込むような罰が、君には必要だと思う」
京馬の言葉が、さらにココロを縛り付けたようで、今度は目が動くことはなかった。
「…サポート、ありがとうございますぅー…」とフィルが礼を言うと、楓がサラマンダーに変身して、『シャーッ! シャーッ!』とフィルを威嚇した。
フィルの感情から察して、サラマンダーの対応は正しいので、誰も何も言わなかった。
「…あまり興奮するな…」と京馬は穏やかに言ってサラマンダーを抱き上げた。
「…あ…」とサラマンダーは言って、すぐさま楓に戻って、腹をさすった。
「う!」「あ!」「まあ!」「どうしてだっ?!」と重鎮の反応は人それぞれだった。
楓に魂がふたつ見えるので、子どもを宿していることは確実だったからだ。
「俺の星の、真の王になれるはずです」と京馬はさも当然のように言って、楓に笑みを向けた。
「…欲を出しちゃいけなんだけど、
まずはゼルダと仲良くしてもらいたいなぁー…」
春之介の言葉に、「もちろんです」と京馬は胸を張って言った。
「ゼルダ様から得ることは多いはずですから。
いい先生になってくださるでしょう」
「…とんでもねえ、子なんだろうなぁー…」と源一は大いに眉を下げて言った。
「…今度は、さらにとんでもない子を産むぅー…」と花蓮は言ったが、源一が苦笑いを浮かべて諫めた。
「ですがまずは、親離れをしたら、
春子様にカエンをお預けしたいのです。
竜の神髄を教え込んでいただきたいのです」
「ええ、大歓迎ですよ。
春子も大いに勉強になるはずですから」
春之介は快く答えた。
「…もう、竜の子もいるぅー…」と花蓮が大いに嘆くと、また源一が眉を下げながら諫めた。
数日後、最近は穏やかな日が続いて、問題はほとんど起こっていない。
いつものように仕事から帰ってくると、『…ミーミー…』という小さな猫が鳴いているような声がすることに京馬は気付いた。
テーブルの下から聞こえるので、小動物でもこの高台に上がって来たのかと思って覗き込んだがいない。
しかし泣き声は確実に大きく聞こえるようになって、楓の足が見えると、「こら、何を隠してる」と京馬が言うと、楓は怯えるように体を震わせた。
京馬は座り直して楓を見ると、「…産まれちゃった…」と涙を浮かべて言った。
京馬はようやく気付いて、「俺たちの子だろ?」と穏やかに言うと、楓は笑みを浮かべて、手のひらに隠れてしまうほどの小さなトカゲを京馬に見せた。
京馬は楓の腹を見て、「無痛分娩がいいのか悪いのか…」と言って、楓の肩を抱き寄せた。
するとトカゲは京馬の太い腕にしがみついた。
そしてまた、『ミーミー』と泣きだし始めた。
「小さいのにサラマンダーにそっくりだ。
産まれてくれてありがとう」
京馬の言葉に、小さなトカゲは少し頭を下げたように見えた。
「…すっごく立派な弟が生まれたぁー…」と桃花は言って、トカゲを手に取って、「お姉ちゃんよ」と言って挨拶をした。
「…さすがに常識外れ過ぎて驚いちゃったわ…
まだ10日ほどしか経ってないから…」
楓が大いに苦笑いを浮かべた。
「だが、成長が足りない感じは全くないぞ。
体が小さい分、安定して成長できていたんだと思う」
するといつの間にかトカゲがいなくなったのか、桃花がきょろきょろと辺りを見回して大いに眉を下げて京馬を見上げた。
トカゲはまた京馬の腕にしがみついていたからだ。
「さすが忍者だ」と京馬は機嫌よくほめた。
そして名前だが、ここは桃花が考えていて、甘十郎と名付けた。
桃花は、『十郎』という響き好きなようで、桃のように甘いという意味も繋げて考えたようだ。
「甘十郎、いい名前だ」と京馬が言うと、甘十郎は、『ミー』と返事をするように泣いた。
甘十郎はまさに忍者で神出鬼没で、誰もが、―― 踏みつぶさないだろうか… ―― などと思って大いに気を使った。
しかし、基本的には京馬にしがみついていて、訓練などもしがみついたまま一緒にいた。
そしてその日の夕食、「甘十郎ちゃん、大きくなったわぁー…」と楓は言って、まさに大きくなっていた甘十郎を抱き上げた。
「えっ?」とここで一番驚いたのは京馬だった。
甘十郎が人間の赤ん坊ほどに大きくなっていたことに気付いていなかったのだ。
「生まれたのは間違いないけど、本当の誕生はまだなのかもしれないわ」
楓は言って、満面の笑みを京馬に向けた。
「今度は俺にしがみついて、養分を吸っていたのか…」
「…うふふ…」と楓は陽気に笑って、我が子三人を穏やかに抱きしめた。
もう固形物も食べるようで、甘十郎はテーブルの上に乗ってもりもりと食べていると、「えっ」と今度は誰もが目を見開いて、いきなり現れた首が座った赤ん坊を見入った。
「今が、甘十郎ちゃんの誕生よ!!」と楓は陽気に叫んで、人間の赤ん坊の姿の甘十郎を抱きしめた。
「…ま、その通りではあるな…」と京馬は言って、トカゲの着ぐるみのようなベビー服を創り出して桃花に渡した。
ここからはお姉さんの出番で、桃花は楓から甘十郎を奪って、ベビー服を着せた。
「…うふふ、かわい!」と桃花は満面の笑みを浮かべて甘十郎を抱きしめた。
そして甘十郎とカエンが頭を下げあって挨拶をしていたことに、楓は眉を下げ、京馬は大いに笑っていた。
京馬たち家族は早速アニマールに渡って、春之介と優夏に誕生の報告をした。
「…また、一段と変わった産まれ方だね…」と春之介は大いに眉を下げて言った。
「…かわいいから、こんな子もいいぃー…」と優夏は陽気に言って、甘十郎を抱き締めた。
甘十郎は愛想よく、誰を見ても笑う。
よって誰もが甘いものを食べたようにホホが緩む。
フリージアでは天使たちが大興奮して、甘十郎を奪い合ったが、甘十郎はずっと笑みを浮かべている。
ここからはそれほど成長しないが、よく食べる。
今は人間の成長に合わせた代謝を始めたと、和馬が分析して報告した。
時々トカゲにも変身するのだが、赤ん坊の姿よりも大きく、サラマンダーの本来の姿と大きさも姿もそれほど変わらなくなっていた。
そして人間に戻ると、京馬によく似ていた。
まさに親に対して大いに気を使った赤ん坊だった。
よってその姿により、寄り添う親を代える。
トカゲの姿の時は、サラマンダーが簡単なことから教え込む。
そして京馬がトレーニングに出る時は、京馬の背中にしがみつく。
まさにふたりの師匠を独占するような生活を始めていた。
さらには京馬がコアラに変身して闘気を纏うと、甘十郎はトカゲに変身してその練習をする。
しかし人間の赤ん坊では全く何もできないことに、甘十郎は初めて泣いた。
「急ぐことはないさ」と京馬が察して甘十郎の頭をなでると、まずはほっとした顔をしてから、「キャッキャ」と笑い始めた。
「…叱られるって思ったようなの…」と楓は少し涙を浮かべて甘十郎を抱きしめた。
まさにいじらしく健やかでいい子に育っていることを、楓も京馬も喜んだ。
特に女性たちは何かにつけて甘十郎を抱きしめに来てから、目当ての男性に大いにアピールする。
まさに甘十郎を恋愛の武器として使い始めた。
しかし穏やかでしかないので、誰も何も言わずに、微笑ましく見ているだけだ。
そしていつの間にか、甘十郎に親衛隊が完成していた。
この星の先住人の獣人たちが、何かにつけて甘十郎を囲むのだ。
まさにこの星の王子の威厳が甘十郎にはあった。
しかし、甘十郎の一番の好みは、まだまだ忙しいクロコダイルで、たまに会えばその腕の中で眠ってしまう。
よって誰もが、クロコダイルを羨望の眼差しで見るようになった。
「秋桜姉ちゃん、そろそろクロコダイルを返してくれ」
ついに京馬が言い始めると、獣人たちが一斉に並んだ。
「ほら、より取り見取りだぞ」と京馬が調子よく言うと、「…ママになるのに…」と秋桜は腹をさすって言った。
するとクロコダイルが大いに首を横に振って拒絶したので、「嘘ついてんじゃない…」と京馬が眉を下げて言うと、サラマンダー、カエン、そしてサラマンダーの姿の甘十郎が、『シャーシャー!』と三重奏で秋桜を威嚇した。
「…キス、したのよ?」
「無理やりしてきたんじゃないですか…」とクロコダイルはホホを朱に染めて言った。
「大屋秋桜は強制わいせつ罪により死刑」と京馬が少し笑いながら言うと、秋桜は大いに目を見開いて、クロコダイルに謝った。
「ところで、クロコダイルは気に入った人っていないの?」
京馬が気さくに聞くと、「インスピレーションは感じています」と言ったが、それが誰なのかは言葉にも態度にも現さなかった。
「その幸運な人を、おいおい知っていくことになるんだろうね」と京馬が言うと、クロコダイルは笑みを浮かべて頭を下げた。
「…えー… 好きな人いるんだぁー…」と話を聞いていた桃花が眉を下げて言うと、クロコダイルは大いに慌て始めた。
「…もう、わかってしまった…」と京馬がつぶやいて苦笑いを浮かべると、「…ロリコンだったんだわ…」と楓は少し笑ってからかった。
「そんなもの、俺と楓は43才差だぞ。
俺の方がさらにロリコンだ」
「…うう… いつものようにすっかりと忘れてたわ…」と楓は眉を下げて言った。
星でのんびりと過ごしている時でも、仕事なのかよくわからない話が舞い込んできたりもする。
源一と花蓮が大いに眉を下げてやってきて、ごく一般的な万引きの話を始めた。
「指紋とか網膜とか体液などの確たる証拠はないわけですよね?」
京馬の細かい指摘に、「…ないね…」と源一はため息まじりに言った。
もちろん源一は能力を使って、万引きをしたと思われる少女が嘘を言っていないことは確認済みだが、店主が納得しないのだ。
確実に拘束した少女が盗んだと言い張っている。
ちなみに店主は人間だが、観光客が多いフリージアで商売をしているほどなので、様々な見る目は豊富だ。
さらに、今までに発覚した数十件の万引き事件があったが、店主がいる時はすべて検挙していて、容疑者は盗んだことを認めている。
今回検挙された少女は、肝心の盗んだものを持っていなかった。
よって店主は、「仲間がいるんだ!」とさも当然のように言う。
もちろん、これも経験によるもので、グループの犯行ももちろんあった。
しかし少女には、仲間らしき者の存在がまるでない。
フリージアに観光に来るほどなので、それなり以上に金持ちでもあるので、ほとんどの万引き犯はスリルを楽しんで犯行に及んでいるのだ。
「捕まったということは、その少女は万引き事件があった時、
近くにいたんですよね?」
「…ああ、まさに捕まえてくれと言わんばかりに店に向かって歩いてきたんだ。
一般的なグループ万引き犯の使う手だよ。
捕まっても商品を持っていないから、
頼りになるのは監視カメラの映像だけ。
しかし、よく似た人はいくらでもいるからな。
変身能力を持っている者が変身して罪を擦り付けることは可能だ。
しかし、それほどの能力者が万引きをすること自体が信じられんのだけどな…」
「その店での直近で捕り物があったのはいつです?」と京馬が聞くと、「あ…」と源一と花蓮が同時に言って、「ありがとう、助かった」と源一は早口で言ってから、花蓮とともに消えた。
「…そう… 店主が仕組んだのね…」と今の話から察して楓が言った。
「もちろん理由があってそう仕向けたはずだ。
万引きをしても捕まるぞという見せしめという行為。
発覚したのは数十件らしいが、
本当はもっとあるんじゃないの?
その予防のために店主が誰かと一芝居打ったと考える方が自然だよ」
「…ああ、すごいわ、京馬さん…」と楓は恍惚とした表情をして京馬を見上げた。
「そして話はここで終わらない」と京馬が言うと、「どういうことだ?!」と興味津々で聞いていた雄大が立ち上がって叫んだ。
「店主と組んだのは誰だ?」と京馬が言うと、「…万引き容疑の少女だわ…」と楓は言った。
「何か理由があって、源一さんを引っ張り出したかった。
そしてもし成り行きで、アニマールかここに来ることも考えられる。
罪が晴れて礼を言いたいなどと理由はつけられるからね。
そしてまだある」
「…うー… 今度は何だぁー…」と雄大は少しいらいらして聞いてきた。
「まずは、推理探偵としての有名な源一さんの実力を測ること。
今回はいきなり能力を使って、少女は盗っていないと確信を得ている。
この時点で少女の勝ち」
「…実力を試す…
なにか、難事件でもあるのかしら…
探偵として雇い入れたい、とか…」
「今回のように、能力者でも解けない謎があるんだと思うよ。
そして源一さんはフリージアから消えて戻ってきた。
どこかでアドバイスをしてもらった事実を少女は知った。
ここからは仮説だけどな、俺が源一さんの参謀役として知っていて、
その実力を見極めたかったとか、さらに考えていたような気がするから、
主犯は別にいて、俺たちの関係者だろうね」
「…手の込んだことを…」と雄大は言って、ようやく席に座った。
『礼を言いたいそうなんだが、連れて行っていいか?』と源一から念話が来ると、和馬がそのテロップを京馬の頭の上に出すと、誰もが大いに笑っていた。
「源一さんが帰ってからのこちらの映像を確認してください」と京馬は言って念話を切った。
「…見事に罠にはまったのね…」と楓は言って眉を下げた。
「軽犯罪だからこそ、きちんと真相を知っておく必要はあると思う。
相手の目的が全くわからないからね。
構える必要はないが、常に冷静に、だ」
「…こんな探偵のようなことができるのは、冷静だから、か…」と雄大は言って、眉を下げて頭をかきまわしていた。
「同じことはありませんでしたが、
戦場でも詐欺師まがいのことは大いにありますから。
その罠にはまれば、抜け出すことは難しいです」
「…そういった戦場も経験するべきだ…」と雄大は自分自身に言い聞かせていた。
「…店主は圧力でもかけられたのかしら…」と楓が言うと、「それはないだろうね」と京馬が即答すると、「どうしてだっ?!」と雄大が大いに興奮して叫んだ。
「…あ… 申し訳ない…」と雄大は大いに反省して、また頭をかき回した。
「店主が堂々としていたからですよ。
もし、そういった圧力があった場合、
自然体ではいられないはずだから確実に疑われる。
だから、万引き防止訓練という意味合いでの後ろめたさはあっただろうが、
心を乱されるものではなかったと思うんだ」
「…詳しい話までは聞かされていなかったから…」と楓が言うと、「その通りだろうね」と京馬は笑みを浮かべて答えた。
『映像を連続して観せた。
主犯は麒麟だ』
源一からの念話に、「少女は麒麟さんのお知り合いですか?」と京馬が答えると誰もが目見開いた。
『万引き容疑者はワドスという星の女王。
その存在をきれいに消すために、
虚偽の申請をしてフリージアに来ていた。
麒麟が全ての黒幕だから、
難しいことは何もなかった』
源一が大いに憤慨して言うと、「そちらに行きますよ」と京馬は言って念話を切って、楓を立たせた。
「…依頼を受けるのね…」と楓は笑みを浮かべて言うと、「護衛として有馬さんも来てください」と京馬が言うと、有馬は微妙な笑みを浮かべて立ち上がった。
「…お父さんは名探偵… 行ってらっしゃい!」と桃花は笑みを浮かべて三人を見送った。
京馬、楓、雄大の三人は、すました顔をしたごく一般的な身なりの少女とあいさつを交わした。
「実は、フリージア王にお願いしようと思っていたのですが、
麒麟様が大屋京馬様を推薦してくださったのです。
どうか、王と女王が崩御した謎を解いていただきたいのです」
王と王女はこの少女、レジー・ワドズ・リューの父母のはずだが、悲しみを見せなかった。
「ちょっと待ってください。
その前に謝っておく必要があります」
京馬は源一に頭を下げたのだ。
源一は何がなんやらわからなくなっていた。
「桃花も関係者のひとりだと確信しました。
本当に、申し訳ありませんでした」
京馬の言葉に、楓はぼう然としていたが、すぐさま京馬に倣った。
すると源一の怒りは、京馬ではなく、麒麟に向いていた。
「今のように、源一さんの怒りを買わないために、
桃花も協力者になったはずなのです。
麒麟さんだけが主犯だと、
確実にフリージアから追い出されていたと思いますので、
桃花が協力を申し出たのでしょう」
「…おまえ… どこまで冷静なんだ…」と雄大は少し憤慨した雰囲気で言った。
「冷静じゃありませんでしたよ。
途中から大いに桃花も疑っていましたから。
あの好奇心旺盛な桃花が、何も言わないことがまずおかしい」
「…今になって納得だわ…」と楓は眉を下げて言った。
「そして確信したのは俺たちを送り出したこと。
本来の桃花なら、確実に俺たちと一緒にここに来ているはずです」
「…陽気に手を振って見送ったことが、確かに違和感…」と雄大が眉を下げて言った。
「…怒るに怒れなくなっちまった…
これが桃花の作戦か…
なるほどな…」
源一は言って矛を収めた。
「もし桃花が係わっていなければ、
何とか麒麟さんを弁護して、依頼は受けないつもりでした。
ですが桃花が係わっていた以上、
協力する必要があると感じました。
これが本来の、桃花の狙いでしょう」
「…今、姫が話とところまで桃花には話した…」と麒麟は言って、京馬に頭を下げた。
「…よくも桃花を巻き込んで
…いえ、違うわ…」
楓はかなり怒っていたがすぐに考え直した。
「桃花が必要ないことに首は突っ込まないからな。
必要だからこそ首を突っ込んだ。
それは麒麟さんの雰囲気から察したんでしょうね。
そして桃花の投げかけた謎を俺が解けるか試した。
心の中ではあいつは拍手をしていたでしょうね」
「…万引きの件は、ほとんどすべてを桃花が考えた…」と麒麟はうなだれたまま言った。
「…なかなかのお転婆姫だが、
なかなかの人情派だ…」
源一の言葉に、京馬と楓は笑みを浮かべて源一に頭を下げた。
「星の事情はよくわかりませんが、
レジー姫は死刑にでもなるのですか?」
京馬のいきなり確信を突いた言葉に、誰もが何も言えなかった。
「麒麟さんの悲壮感を桃花が察した。
誰かの命がかかっていると思っただけです。
言葉を発するたびに固まらないでください…」
京馬が眉を下げて言うと、「…それほどに重大なことがあるのなら、誰だって事情は聴くだろう…」と雄大が何とか言葉にした。
「…王と女王の崩御事件には直接関係はなく、
王位を継げなければ、正当王位家系以外は死刑なんだよ…
レジーの見立てでは、ふたりを殺したのは、
王位継承権第一位の王子の仕業らしい」
京馬は何度もうなづいて、「なかなかひどい掟のある星ですね…」と言った。
しかし、「レジー姫が継いだ場合は、それ以外の家系が死刑」と京馬が言うと、麒麟は何か言いたげだったが、何も言えなかった。
「もちろんこんなことは改めて言わなくてもわかっていたことです。
しかしレジー姫としては、確実に王になれるのになれない不条理を恨んで、
麒麟さんに話を持ち掛けたということでいいのですか?」
「…いや、テレパシーで俺が勝手に感じたんだ…」と麒麟が言うと、京馬は何度もうなづいた。
「では、今回の騒ぎは麒麟さんのひとり相撲ですよね?
レジー姫としては覚悟はしていないが、
麒麟さんに願い出たわけではない。
麒麟さんのシナリオの芝居に付き合っているだけです」
レジーの目は踊っていたが、「…連絡をいただいた時は驚いてしまいました…」と穏やかに言った。
京馬はレジーの次の言葉を待った。
「…もちろん、亡き女王は私の母ではありませんでしたが、
本当にお優しい方でした…
ですので、王以外の家系の死刑制度を失くそうと尽力してくださっていたのです。
私はその意思を汲むために、
殺害した犯人を捕まえたいのです。
私が王となったと同時に、
この悪しき法律の改正をいたします」
京馬は話はきちんと飲み込んだが、出てきた言葉は違った。
「その悪しき法律は、理由があって制定されたはずです。
新たな不幸が起こらないように、
その可能性のある者たちを消ししまうというような
実例と理由があって決められたことのはずです。
尽力して叶えられなかったことは、
それがネックになっていたと思うのですが?」
「…そ… それは…」とレジーは言い淀んだ。
「では約束していただきたいことがあります。
あなたが王になった場合、
必ず法改正をしてください。
俺はたぶんしないと思っているのです」
京馬の言葉にレジーは血走った眼を京馬に向けた。
「…見破られた…」と楓が冷静に言うと、麒麟は目を見開いた。
「ここからは俺の予測でしかありません。
レジー姫は、王と女王殺害の犯人だと思っています」
すると、レジーが固まった。
「…催眠術か…」と源一は言ってフィルを見た。
「一気に悪意が噴出したの…」とフィルは言った。
「誰も見抜けないと思っていたようですね。
だから催眠術が解けるキーワードを、
レジー姫が犯人という言葉にしていたのでしょう。
そして法改正の尽力の件は本当だと思います。
殺害する切欠が、やはり法改正はしないという事実に激怒したのでしょう。
もちろん、そんなことは計算の上だったので、
第一王子が疑われるような殺害方法を施した。
そしてこのフリージアという大きな善を利用しようと画策した。
ここから出張れば、どの星も信用するでしょうから。
レジー姫は大手を振って王になれるという筋書きでしょうね」
「…レジー… 変わってしまったんだなぁー…」と麒麟は大いに悲しんだ。
「子供の当時は無邪気でしょうが、
死を直面すると誰もが変わるのでしょうね…
俺は知らないうちに人ではなくなっていたので、
その気持ちはわかりません。
ですが地獄の戦場で生き残った事実はありますが、
運と実力があれば生きて行ける可能性はあった。
しかしレジー姫は、抗うことができない法に阻まれた。
王家に生まれた不幸を恨むしかないのでしょうね…」
「…桃花は、どこまで知っていたのかしら?」と楓が言うと、「さあな… まあ、これも予想でしかないけど、最悪のパターンまで読んでいたような気がするね…」と京馬は桃花を弁護した。
「戻れば、わかるさ」と雄大は自信なさげに言った。
「ええ、わかるでしょうね。
しかしどちらにしても、喜ぶことはないでしょう」
京馬は固まっているレジーを見た。
「しかし、よく星を出られたもんだ」
「…最悪、亡命も考えたのだろう…」と麒麟が言った。
「それは無理だと思いますよ。
そういった者を逃さないための死刑という法律なんですから。
それが通るのなら、フリージアが困った立場に立たされます。
非情ですが、レジー姫には星に帰ってもらった方がいいでしょうね。
縛りが解けないということは、改心もしていないわけですから、
受け入れる理由が何もありません」
「…安全策をとる…」と源一は厳しい表情で言って、花蓮とレジーを連れて消えた。
「…さて… 今のってひょっとして何かの芝居だったと思わない?」
京馬が笑みを浮かべて言うと、「…今度は、源一かぁー…」と楓はうなって炎を吹き上げた。
「王と女王が崩御したタイミングで、
死刑になるはずの姫がここにいることが確実におかしいよ。
王族は全員、監禁状態になっていて普通だと思う。
そして星を出た時点で追手がかかるはずだ。
その兆候がまるでなく、ここは平和そのもの…」
「…源一ぃー… いや、花蓮かぁー…」と麒麟が大いにうなった。
京馬はにやりと笑ってフィルを見て、「行かなくてよかったの?」と聞くと、「…撮影は終了しましたからぁー…」とフィルが暴露したので、京馬は大いに笑った。
「…フィルちゃぁーん… ちゃんと、話してぇー…」と楓はサラマンダーに変身して、口から炎を漏らしながらうなった。
「ま、平和だからいっかぁー…」と京馬はあきれ返りながら言った。
「今回の真犯人、主犯は誰か」
京馬が秋桜を目の前にして言うと、「解決が早すぎるわよぉー…」と秋桜はクレームがあるように言った。
「別にいいんだ。
今のこのシーンもフィルムに含めてもらうから。
さらには、強制わいせつ罪に騒動罪も上乗せして、
それなりの罰も受けてもらおうか…」
楓と桃花は何も言わないが、大いに秋桜をにらんでいる。
「…推理探偵の番組が大ブレイク中なのよ…」などと秋桜はもっともな様々な理由をつけて今回の計画について話し始めた。
「…王たちの素顔が見たい、ねぇー…」と京馬は大いに眉を下げて言った。
「もちろん、源一様は嫌がったけどね、
花蓮様が乗り気で…
推理がうまく進まなくてもよかったんだって…」
「…その手に引っかかった俺がバカみたじゃないか…」と京馬は眉を下げてクレームを知った。
「ある意味、源一様と花蓮様に勝ったのよ?」
「だから何?」と京馬が言うと、秋桜は二の句を告げられなくなっていた。
「今のひと言は、源一など軽いと言ったようにも聞こえるぞ」という雄大のひと言に、「あ、それは言えますね…」と京馬は言って、「競っている事実などまるでない」と言い換えた。
「特に花蓮様が気に入らないようなの。
宇宙一の探偵は源一様だって決めつけているから」
「俺も源一さんも、面倒ごとに巻き込まれたわけか…」と京馬はあきれたように言った。
「さあ、最後のお題だ」と京馬が言うと、「…ほんと、何でもわかっちゃうのね…」と秋桜が大いに眉を下げて言った。
「源一様が協力した理由がここにある。
どこかの星の実情を撮影に盛り込んで問題作とするためだと思う。
ストーリーはある程度あったが、
本来の目的は、王家の直系以外の死刑制度についてだ。
きっと源一様はこれを杞憂に思ったはずなんだ。
それを何とかしたいと思って、隠された本題にしたと思う。
そういった星があるという事実の問題定義。
クライマックスは、まさにその件がお題だったからね」
「作品名は、王たちの素顔、よ…」
「素顔だったのは俺たちだけじゃないか…」と京馬は大いにクレームを言った。
「副題は、無碍な法と葛藤…」
秋桜の言葉に、京馬は納得してゆっくりとうなづいた。
「しかし、なかなかの下調べをして、麒麟さんまで巻き込んだ。
本来なら神の鉄槌を落としてもおかしくなかったのにそれはしなかった。
麒麟さんには、何か後ろめたいことでもあるの?」
「…知ってて聞いてるんじゃないんでしょうね…」と秋桜が言うと、「知らないから聞いている。知っていたらわざわざ聞く必要なんてないじゃないか…」と京馬は眉を下げて言った。
「…そろそろ怒ってもいいと思う…」と雄大が怒りながらつぶやくと、京馬は陽気に笑った。
「ちょっと前に、ここに住んでいる人とペアを組んでいたことがあったの…
その時にかなり迷惑をかけていたそうだけど、
京馬さんと同じで頭が切れるから、源一様は笑って許してるの」
「まあ、元老院のひとりだからね。
使えなきゃ放り出しているだろう」
京馬は言って、麒麟のパートナーが気になったが、「アイリスさんだね」と言い切った。
「はいはい、正解」と秋桜はめんどくさそうに答えた。
「何度もあった」と雄大は腕組みをしてうなづきながら言った。
「王家の法の件は今回初めて知ったということか…
まあ、嘘だったんだけど…」
「…む…」と秋桜は少し悔しがってうなった。
「レジー姫はまさに王女様だと思ってたよ。
それなりの雰囲気っていうものがあったから。
きっと、暗殺の対象などにもなったことがあるんじゃないのかなぁー…
法がなくても、常にこういった恐怖が付きまとうのが王家でもあるはずだ」
「…はあ、なんだか、何でも知ってて詰まんない…」と秋桜は今度は大いに呆れて言った。
「知ってはいない。
考察した結果を言っただけで、
自信をもって言葉にしているわけではない。
それに秋桜姉ちゃんは嘘を答えていない。
楓と桃花が反応を示さないからね。
ここは能力的部分で、推論の確認をしているようなものだよ」
京馬の言葉に、楓も桃花も大いに苦笑いを浮かべた。
「ここも、そんな争いになるのかなぁー…」と楓が悲しそうに言った。
「甘十郎の次の王は甘十郎がきちんと育てる。
もちろん、俺たちも爺やばあやとして、手も口も出すだろう。
そして甘十郎はパートナーも自分で育て上げると思うから、
ほとんど問題ないと思う。
だけど、月日が流れるたびに、
そういった俗世界の仲間入りを果たすことは否めないね。
その時は、王制度を廃止することが重要だ。
暗殺など、よからぬ企みがあった場合、
国家を国民に譲渡するという法律を作っておけば、
そういった不幸は起きないと思う」
「ほかにない?」と秋桜が聞いた途端に、サラマンダーたちが秋桜を大いに威嚇した。
「理不尽な法の回避方法?
そしてスパイ?
さらに罪が増えたよ?」
京馬は鼻で笑って言った。
「…クロコダイルと結婚できないのなら、別にどうなってもいいわ…」と秋桜はついに本音を言ってきた。
「がっつき過ぎなんだよ…」と京馬が言うと、秋桜は大いにうなだれた。
「結婚するななんて言った覚えはないぞ。
それはお互いの気持ちだろ?
クロコダイルは、本来したい仕事があるだけなんだ。
それを縛り付けていたら、反抗されても仕方ないだろ…
ここは一旦解放して、時にはデートにでも誘えばいいだけだ」
「…誰かにとられちゃうぅー…」と秋桜は頭を抱え込んで言った。
「それはクロコダイルの自由だ。
秋桜姉ちゃんの口出しするべきことではない。
そんな強制的な結婚なんて、うまくいくはずがない。
それにクロコダイルは俺に泣きついてきたことはない。
もし泣きついて来たらすぐにでもクロコダイルを取り上げたはずだ。
だから、希望を持たせるわけじゃないけど、
クロコダイルとしても秋桜姉ちゃんを悪からずと
爪の先ほどは思っていて当然だと思う」
「…爪の先でも、希望は希望…」と秋桜は少し復活して言った。
「…もしくは、ダイゾが怖い…」と楓が真剣そのものの顔をして言うと、「それもあるだろうね」と京馬は楓に同意した。
「どうなんだ、クロコダイル。
別に強制じゃないから、答えなくてもいいぞ」
ずっと黙って話を聞いていたクロコダイルは、少し眉を下げて京馬を見ている。
「…黙秘を行使しようと思いましたが…
悪からずとは思っています。
それに今のところは、決めないことにしているのです。
ですが、ここに住む人たちの一部を除いて、
婚姻しても幸せに過ごせると感じています」
「その一部は多少大人しくなったけどな」と京馬は言って少し笑った。
「…ふーん、あんな態度も取るんだぁー…」と楓はアイリスを見て言った。
席は離れているが地獄耳を発動して聞き耳を立ててるので会話は筒抜けだ。
そして、自分のことを言われていると察して、京馬に向けて舌を出したのだ。
「あと三年。
桃花が大人になりかけたら決めてやって欲しい。
もっとも、今ここにいな人が、ベストパートナーになるかもしれないから、
よく考えた方がいい」
「はっきり申しまして、
桃花様は手の届かぬお方と思っている私もいるのです。
もちろん、秋桜様も同じです。
それに今はまだ、決めかねていることが本音です」
クロコダイルは顔を真っ赤にして言った。
「もう聞かないから。
これからはクロコダイルは自由にして構わないぞ」
「はっ ありがとうございます」とクロコダイルは心の底から喜んで言った。
「春之介さんも源一さんも同じだったんだよ?」などと桃花は仕入れた情報を積極的に話し始めた。
「…なかなか押しが強い…」と京馬は眉を下げて言った。
「…ここは、大人も子供もないわぁー…」と秋桜は言って、普段とは違う秋桜を大いに醸しだし始めた。
わずか30分後に、随分と低姿勢の源一が右京和馬星にやって来て、編集を終えた架空ドラマの放映を始めた。
「…うわぁー… 映画みたいぃー…」と楓が大いに喜ぶと、京馬はすべてを許していた。
強制的ではあるが、これも星との共同作業でもあり、普段の源一からの恩義を返したことにもなる。
かといって京馬の何かが変わったことはなく、今までと同じように源一とは接する。
放映が終わって、星中の者たちが大いに感動して万雷の拍手を送った。
まだ少ないと言っても、住人は千人を超えているので、その陽気な感情は大いに受けて取れる。
そして源一から放映する場所などの説明があり、つつがなく契約も終えた。
すると見知らぬ女性二人が、社の扉から悔しそうな顔をして町の様子をうかがっていた。
実はすでにニアミスはあったのだが、まだお互い紹介はしていなかった。
「あのご婦人たちは?」と京馬が源一に聞くと、「今回の話は秋桜さんが監修した。本来なら、あのふたりが担当するはずだったんだ」と答えてから、簡単に説明をした。
「…特に紹介の必要はありません」
京馬にしてはやけにバッサリと切り捨てた。
「…ふーん… あんなヤツらだからこそ興味が沸くと思ったんだが…」
「詐欺師とはできるだけ接点は持ちたくないのですよ」
京馬の言葉に、「…反論の言葉もないよ…」と源一は大いに眉を下げて言った。
「特にアニマールは毒がまるでない純粋培養の星として、
まさに計算をして環境を作り上げています。
あのふたつの毒が、全てを台無しにするように思ってしまうのです」
すると、その女性二人が強制的に消えたように見えた。
「母さんが連れてきたようですね。
ここの様子だけを確認させた」
「ひとりは、知り合いの奥さんだ…
アニマール元老院のメンバー、
松崎拓斗さんの奥さん…」
源一の言葉に、「さらに尊敬を深めました」と京馬が言うと、源一は大いに笑って、「そっちになったかっ!」と叫んで源一は陽気に京馬の肩を叩いた。
一端的な回答であれば、妻と夫を一蓮托生とするはずだ。
しかし個人的なコミュニケーションもあることで、京馬は妻だけを切り捨てたのだ。
「婚姻は人それぞれです。
ですが、その婚姻自体に問題があったと思います」
源一は眉を下げて、「その通り… ふたりは家と結婚した。さらには拓斗さんは種馬と呼ばれているんだ…」という言葉に、「…コメントの言葉もありません…」と京馬はうなだれて首を横に振った。
「…お母さんもそんな婚姻だけど、なんだか嫌だなぁー…」と楓が眉を下げて言った。
「だからその息子の拓生さんも気に入らないのかもしれないね。
ご夫婦の性格の悪いところばかりを引き継いでいるように感じると思う」
「…控え目な詐欺師…」と京馬が言うと、今度は源一は眉を下げただけだ。
「…実は、芸能関係には好感を持っていないことが
唯一の理由と言ってもいいほどなのです」
京馬の言葉に、「…私もニュース以外でテレビは見なかったわ…」と楓は眉を下げて言った。
「そのニュースキャスター自身も色々とあるじゃないか…
だから俺はネットニュース派だ」
「…それって、京馬さんの唯一の弱点なんじゃないの?」と源一が言うと、誰もが大いに目を見開いた。
「…ありがとうございます…」と京馬は源一に大いに感謝して頭を下げた。
「改めて考え直すことに決めました。
しかし、どう考えても大きな目で見て、
メディア関係者は詐欺師集団です。
ですが、仕事に関すること以外で、
普通に付き合うことにしましょう」
「それが最善だよ。
俺のもそうすること決めたんだよ。
だから今回は秋桜さんに依頼した。
寺嶋皐月よりもかなり善人だからね。
本人がテレビに出る側でもあるから、
かなり軽薄に思うはずだ」
「…芸名という制度にも、それほど好感を持っていないのです…」
京馬の言葉に、「確かに本名は松崎皐月だが、寺嶋は旧性だ」と源一が言うと、「極端な言い方をすれば二重人格ですね」と京馬は言った。
「そうした理由もあって、
それを勧めたのは拓斗さんでもあったそうだぞ」
源一は前置きをして、寺島皐月の半生を語った。
「…そうですか…
彼女は家の犠牲者でしたか…」
「俺の母は芸能関係者ではないけど、
妹を亡くした件で、皐月さんと同じような気苦労を背負った。
だから、京馬さんほど毛嫌いはしないんだ。
苦笑いを浮かべてでも付き合ってやりたいと思ってしまうんだよ…」
「…近親者への理解…
個人的に付き合うことに問題はないと思います」
京馬が胸を張って答えると、源一は笑みを浮かべただけで何も言わなかった。
「…妹さんを亡くしたの?」と楓が涙ながらに源一に聞くと全く落ち込むことなく、すべてを話した。
「…そうね… 魂は妹さんのものだけど、
転生しちゃったから帰ってきたとは言えないわ…」
「だけどうれしかった…
それに、やはり美奈に似ているんですよ。
今でも心から通じ合った妹に変わりはありません。
それにかわいいだけではなく、仕事もできますから」
「源一さんが、仕事ができると言い切るほどだから、
かなりの実力者のようですね?」
京馬が聞くと、「重力を操る術を持ってるんだよ」と源一は自慢げに言った。
「…敵はいない…
自慢してもおつりが来ます」
京馬の誉め言葉に、源一は頭をかいて大いに照れていた。
「重力魔法は相手からの術除けにもなるんだよ。
経験してみる?」
「はっ 喜んで!」と京馬は大いに陽気に叫んで立ち上がった。
「これは見ものだけど、
京馬は何とかするような気がするな…」
雄大も立ち上がって言うと、「その通りになりそうだから、手加減してやって?」と源一はまさに妹の肩を持って言った。
京馬たちはフリージアに渡り、万有このみとあいさつをした。
まだ少女になり切っていない幼児で、もちろん桃花とは友人だ。
「…パパと戦うの?」と桃花は眉を下げてこのみに聞くと、「イジメないよ?」とこのみは陽気に答えた。
ルールは組み手そのもので、術もありのものだ。
このみは悪魔でもあるので、ほぼ手加減無用で戦うことも許可された。
京馬とこのみは広い組み手場に立って、相手を敬いながら礼をした。
そして京馬はすぐさま素早く動いたが、「ぐっ!!!」とうなってその場で固まった。
―― 術の発動スピードが異様に早い! これは、本物だ! ―― と京馬は思い、宇宙最強の実力者と初めて出会ってうれしくなった。
右京は何とかブルーパーに変身したが、体を押さえつけるその圧力は何も変わらない。
そして意識を断たれる前に渾身の力を使ってコアラに変身すると、「あっ!」とこのみが叫んだ瞬間に術が解けた。
そしてこのみはコアラをかわいがり始めて、組み手は終了した。
「…予想通りになった…」と源一は眉を下げて言った。
「…このみちゃん、大丈夫かしら…」と楓が眉を下げて言うと、「だから、戦場にはひとりでは出さないから…」と源一は大いに眉を下げて言った。
「…えっ?! 耐えられるの?!」とこのみはコアラを抱きしめたまま言ったが、「…できないぃー…」と言ってうなだれた。
しかし、コアラが説得したようで、このみは困惑しながらも、距離を開けてからコアラに重力の術を放った。
すると、コアラは少し体を重そうにして歩いたのだ。
このみは術の出力を上げたが歩みは止まらない。
辛い時は止まると言ったので、このみは心を鬼にして、さらに重力濃度を上げた。
するとコアラは闘気を纏って、すたすたと歩いてこのみを見上げた。
「…宇宙一強いコアラちゃんっ!!!」とこのみは叫んで、コアラを抱きしめた。
「…なんてこった…」と源一が大いに苦笑いを浮かべて言うと、「…やはり克服できたか…」と雄大は自分のことのように喜んでいた。
コアラはこのみを説得して京馬に戻った。
「…少々ショックです…」と京馬は言ってうなだれた。
「…いや… 一体、何?」と源一が眉を下げて聞くと、「…人間でもブルーパーでの代わりがありませんでした…」とつぶやいた。
「…人間の方もすごいということだよ!」と源一は陽気に叫んで、京馬の背中を平手で叩いて、大声で笑った。
しかしこのみのリクエストに応えて、ここから一時間ほど、京馬はコアラで過ごすことになった。
防御だけだが、まさに宇宙一強いコアラとして、天使たちにもみくちゃにされた。
「…あれも修行だ…」と京馬は星に戻って、食卓で寛いて食事を摂りながら言った。
「…さすがに、天使ちゃんたちに嫉妬はできなかったわ…
本当にうれしそうだったから…」
楓は機嫌よく言って、もりもりと料理を食べ始めた。
戦ったこのみも、桃花と肩を並べて食事を摂っている。
「あの後、寺島皐月が言い寄ってきたわ。
全部断ったけど、内容聞く?」
秋桜の言葉に、「一応聞いておくよ」と京馬が答えると、和馬が詳細な情報とその考察を一気に書きならべた。
「…まさに、ザ・芸能界…」と京馬は眉を下げて言った。
「だけどね、唯一感心できるのは、
寺嶋皐月は汚い武器を使わない。
女優としてのスキルだけを使ってのし上がったの。
そして実業家でもあって、大きな会社の会長でもあるわ。
そのあだ名が、鬼教官皐月。
優秀な社員を中心に、
経営のノウハウの伝授も怠ってないの。
これが本当の、寺島皐月の姿のようよ。
芸能関係は趣味のようなものだわ」
「その趣味の方が砕けすぎてるだろ…」と京馬は常識的に判断していった。
「京馬さんを動物扱いにするのは賛成できないわ」と楓は大いに憤慨して言った。
「…お堅い半面の柔軟さ、かなぁー…」と秋桜は眉を下げて言った。
「問題は、寺島皐月の取り巻きだ。
そこには必ず芸能界の汚さが発生する」
「…はい、正解ですぅー…」と秋桜はあきれ返って言った。
「だけどそれを失くすって言ったら?
アニマールに事務所を構えてるから、
手作りの番組をアニマールで撮影するとか言ってくるかもしれないわよ?」
楓の言葉に、「…仲間意識が強いから、皐月さんは芸能人仲間を使いたがるの…」と秋桜が答えた。
「そこに、醜い争いがあるわけだ。
だから、こちらから依頼して雇うことはありだ」
京馬の言葉に、「…ちょっと、京馬さん…」と楓は眉を下げて言った。
「相手の逃げ道を知っておく必要がある。
多少は譲歩して言ってくる可能性も考えられるからな。
こっちから依頼して出演してもらうんだ。
そこには芸能界の汚さは皆無だ。
それが汚いというのなら、俺も汚いということになる」
「…出たいの?」
「そういう意味で言ったわけじゃない…
理解できてないの?」
楓は少し考えて、「…芸能人との情事…」と言うと京馬は大いに笑った。
「仕事としてだ。
今まで通り、ずっとそばにいればいいだけじゃないか…」
「あんた、まだずっとくっついてんの?!」と秋桜が目を見開いて楓に聞くと、「…好きだから…」と楓は恥ずかしそうに言って、火柱を上げた。
「普通の男性だったら、もうとっくに離婚してるわよ…」と秋桜はさも当然のように言った。
「普通の人と結婚してないもぉーん!」と楓はかわいらしく反論した。
「そばにいてもらった方が、何かと心強いからね」
「…もう… 京馬さんったらぁー…」
ふたりはまだまだ新婚さんだった。
「尻に敷かれていることに近いわね…」と秋桜は頭を振って嘆いた。
「…世間一般から見ればそうなるか…
だが、俺にその意識はないから、別に今のままでいい」
「…うれしいわ、京馬さん…」と楓は笑みを浮かべて穏やかに言った。
「だけどそれって、お互い弱くならない?」と秋桜が言うと、京馬も楓も大いに考え込んだ。
実力者だからこそ、今の先を考え込むのだ。
「だが、無理に距離を取る必要はない。
俺たちはパートナーだ。
だからできれば頼る心を出さない方がいい、か…」
「できることは勝手にやっちゃう。
でも、できないことは困るなあー…」
京馬は何度もうなづいで、食事を済ませてから、「お互い、できないことの克服だ!」と京馬は叫んで、楓と肩を並べて修練場に向かって走って行った。
「…最強のパートナー誕生…」と雄大は眉を下げて言って、立ち上がってから修練場に向かって走って行った。
「…結局、そばにいることは変えないわけね…」と秋桜はあきれたように言ったが、うらやましくもあった。