やるしかない
一目見ただけで死相が見えそうなくらい兵士達の顔は暗かった。机の上には安酒の瓶が無動作に置かれている。ボロボロの椅子と机には色あせたトランプが置かれている。
まだ昼頃なのに酒のせいか皆の顔は赤い。
「今日から赴任したシビルです。軍師として派遣されました。今後、よろしくお願いします」
と礼儀正しく挨拶をしてみる。
だが、それを聞いた兵士達は皆大声で笑う。
「ハッハッハッハ! このガルーラン砦に軍師だって? なんだ、自殺の手伝いをしろと本部に言われたか? てめえのような雑魚そうな奴の言うことなんて聞いてられるかよ!」
「どうせ俺達は軍のゴミだ。知ってるか? ここは軍のゴミ箱って言われてるのさ。反抗的な奴、無能な奴を殺すためのところ。だから、魔物の数に比べて兵士も少ない。 もう終わりなのさ、俺達はな」
目も心を既に死んでいた。心が折れているのだ。この環境が彼等から誇りを、やる気を、生気を奪い取った。
それにしても、完全に舐められている。司令官の通達が回れば少しは変わるだろうが、俺は短い商人生活で学んだことがある。
この世界は舐められたら終わりだ。ハッタリでもなんでもいい。彼等が命を預けてもいいと思えるような存在にならないといけないのだ。
最初の対応は失敗だったかもしれない。
俺は雰囲気を変える。俺は右足を机の上に乗せる。
「おい、お前が俺をどう思おうが関係ない。俺は軍師としてここに派遣されてきた。ヨルバの命をうけてな。明日からは指揮の全権は俺にある。俺の命に逆らうということは、上官の命に逆らうということだ。ただでさえ短い命が、さらに短くなるぞ? よく覚えておけ」
俺は兵士達を睨みながら告げると、そのまま食堂を後にした。
『あれは正解?』
『イエス』
メーティスさんがそう言ってるなら、大丈夫だろう。
「クラインさん、付近の森の魔物の情報などをまとめている書庫は無いですか? あらかじめ学んでおきたいんです」
「こっちだ。期待してるよ、天才軍師」
クラインは俺に書庫の在処を伝えると笑いながら去っていった。
書庫は誰も使っていないのか、埃まみれだった。本にかかった埃を払い、魔物についてまとめられた本を読む。
「一刻も早く覚えて、メーティスに色々聞かないと」
天才軍師と勘違いされている以上、俺は皆のためにも天才軍師になるしかない。どちらにしても軍師は人の命を預かる職業だ。彼等の命を預かる以上全力を尽くすべきだ。
「それに……俺はこんなところで死ぬわけにはいかない」
そう呟き、俺は朝までずっと書庫に籠り文字の海に溺れていった。





