閑話 グロリア領の様子
『この政策は行うべき?』
『ノー』
『この政策は行うべき?』
『イエス』
俺は神解に尋ねながら、大量に積まれている仕事を一つずつ減らしていく。
いくら神解があるとは言え、仕事が多い。
けど、俺は神解がある分、他よりだいぶん楽なんだよなあ。
他の領主凄いわ。
そんなことを考えていると、執務室の扉が開いた。
「シビル、今日はもう休んだ方がいいよ。もう一週間くらい缶詰でしょ?」
顔を出したのはイヴだ。
「う~ん、そうなんだけど、まあ仕事あるからなあ」
「駄目! 上が働き過ぎちゃうと、部下も休み辛いでしょ!」
それは確かに一理ある。
上が働くと下もやる気を出すが、度を過ぎると部下にも負担がかかってしまう。
「分かったよ。けど、なにしようかね?」
「たまには領内も見た方がいいよ。実際の領民の生活を知るのも大事だからね。私が案内してあげる」
イヴに連れられて、俺は街を見ることとなった。
辿り着いたのは、出店の建ち並ぶ大通り。
百を超える屋台がずらりと並んでおり、多くの人で混雑している。
だけど、とっても活気があった。
自分の領内に活気があることが嬉しかった。
「イヴちゃん、今日も見回りかい!」
「今日は見回りじゃなくて、遊びに来ました!」
「イヴさん、新作できたから味見していったら~?」
「ありがとう~」
通りを歩いていると、イヴがいろんな人から声をかけられる。
俺より余裕で有名だった。
領主なのに、俺……。
「この通りはよく見回りしているから、顔覚えられちゃったんだ」
と笑顔で言う。
イヴは訓練だけでなく、良く領民と交流しているようだ。
始めて会った時もそうだったな、とどこか懐かしさを感じた。
二人で回っていると、イヴの視線がクッキーに向いていた。
チョコレートが中に入っているらしく、中々お高い。
「イヴ、これ買って一緒に食べよう。一つ下さい」
「あいよ。八百Gだよ」
俺はお金をおばちゃんに手渡して、クッキーを貰う。
「見てたのばれた?」
イブは少し恥ずかしそうに言う。
「何のことかな? はい」
俺は袋からクッキーを取り出す。
すると、イブはそれを直接パクリと食べた。
「美味しいね」
笑顔で言うイヴ。
手と口が触れそうで、少しだけドキドキした。
俺は恥ずかしさを誤魔化すように、先に進む。
「イヴちゃん、今日も来てくれたんだ! これ上げるから、いい加減デートしてよ~」
すると、途中の店でイヴが声をかけられる。
三十くらいの男で、お店には魔道具が並んでいる。
「仕事中ですので」
イヴはきっぱりと断る。
「じゃあ、仕事終わりでもいいからさ~。ん、あんた誰? イヴちゃんのストーカー?」
男は俺に気付くと露骨に不機嫌になる。
「失礼なこと言わないで! ストーカーじゃなんかじゃないわ。私の守るべき大切な人です」
その言葉を聞き、男は俺の顔を凝視する。
「……領主か。一度だけ見たことある。権力があるからって、俺が退くとは思わないことだ。簡単なゲームをしようじゃないか」
男はそう言って、魔道具が雑多に入っている箱を持ってくる。
それにしても、領主にこの態度。前領主のエンデだったら死んでいたぞ。
「この箱に入っているのは殆どがたいしたことない安物だ。一個、五千Gってとこかな。だが、一つだけ百万Gを超える価値のあるものがある。当てればただでやるよ。その代わり、間違えたらそれを十倍で買え。領主様ならそれくらい分かるよなあ?」
と馬鹿にしたように言う。
「相手にしなくていいよ、シビル。もう行こう?」
「大丈夫だよ、イヴ」
神解を持つ俺に、そんな勝負を挑むなんて馬鹿な奴だ。
『この箱の中に百万Gを超えるものはある?』
『ノー』
ないじゃねえか。詐欺か?
『この店にはない?』
『ノー』
店にはあるのか。
『この机の上にある?』
『ノー』
机の上にもない。
だが、店にはある。
後ろに飾ってあるどれかか?
『店の後ろに飾ってある赤い宝石のついた剣は百万G以上の価値がある?』
『ノー』
『店の後ろに飾ってある青い宝石のついたブレスレットは百万G以上の価値がある?』
『イエス』
あれか。
「この中に百万Gを超えるものはないな。後ろに飾ってある青い宝石のついたブレスレットだろ?」
「えっ⁉」
俺の言葉を聞き、驚きの隠せない男。
「ちっ……違う。これは五千Gだから、失敗だ!」
大声で男が叫ぶ。
「じゃあ、それを五万Gで買うよ。いいだろう……?」
百万の価値があるから普通に得だしな。
「いや、これは……、う、売り物じゃないんだ! だから駄目だ!」
売り物じゃないのに、値段をつけるなよ。
「くだらない嘘は良くないな。さっき五千Gと言ってたじゃないか。それに……一つ教えてやる。俺は元々商人だ。これ以上言い訳を並べるか? 鑑定してもらうかい?」
「……ちっ。あんたの勝ちだ」
男は項垂れて、ブレスレットを渡す。
「心配しないでも、領地で働いてくれている商人から取ったりしないよ」
と俺はブレスレットを返す。
男は一度ブレスレットを受け取るも、再びこちらに投げ返してきた。
「こっちから吹っ掛けた勝負に負けて、同情までかけられちゃ恥だ。これは勉強代としとくよ。剣の切れ味を上げる魔道具だ。大事に使ってくれ」
う~ん、どうしようかな。
まあ、確かに男の言うことも分かる。
俺は素直に貰うことにした。
「はい。プレゼント」
俺はそれをイヴに渡す。
「こんな高いの受け取れないよ!」
「俺は剣を使わないからね。それに俺を守ってくれる騎士が良い装備を持っていた方が、安心でしょ?」
「う……そう言われると。ありがとう!」
俺はそのブレスレットをイヴの手に付ける。
綺麗で細い腕に、ブレスレットが良く似合う。
「さっきは驚いちゃったけど、そう言えば、一時期商人だったもんね。軍に入ったかと思えば、気付けば私より偉くなっちゃった。強くもなったけど……後悔してない?」
と心配そうに尋ねてきた。
答えは決まっている。
「勿論。大変だけど、やりがいもある。それに……軍に入ったお陰で君を守れた。それだけでおつりがくるよ」
「もう、きざだなあ。けど、ありがとう。私も領主様を精一杯守るので、よろしくお願いします!」
と笑顔で敬礼する。
こんな素晴らしい騎士が居れば、俺は安全だろう。そう思えた。





