重力
「シビル、もう敵兵の姿が見えた。始まるぞ」
シャロンが開けた平野を見ながら言う。
前方は見渡しの良い平野が広がっている。その平野を取り囲むように木々が生い茂っている。
俺達も、聖国もここを決戦の地と見据えていた。
「シャロン、シビル隊の整列を。ダイヤ、シードさんとヘルクにも陣型を敷くように伝えて。歩兵の整列が終わり次第、出る」
シビル隊を中央に、左軍にヘルク隊、右軍にシード隊が横陣を敷く。
「了解」
「分かったよー」
遠目からだが、敵も整列を始めたようだ。
左軍に聖国軍、右軍に聖騎士団が横陣を敷いているのが見える。
やはりこちらよりずいぶん多いな。こちらは七千。
相手は二万と倍以上の数。
今回は平野であるが、敵の本陣には石造りの建物が見える。
百年近く前に砦として使われていたのか、見張り台などの名残が残っている。二階建ての二階部分に聖女は隠れているらしい。
あそこからは全貌も見やすいため、良い本陣に見える。
横では少し青い顔をしたメロウが、敵を見ていた。
「こんな人数で、戦うんやな……」
「後方に下がるかい?」
「下がらん! これは、私の戦いなんやから」
メロウは力強く言った。
「なら、始めようか。綺麗な花火がもうすぐあがる」
俺は周囲を見渡すと、既にこちら側は整列完了していた。
するとヘルク隊の紋章を刻んだ兵がこちらに走ってくる。
「こちらも整列終わりました。ヘルク様が、シビル様に是非号令をかけて欲しいと」
そんな気を遣わなくて良いのに。
シード隊を見るも、旗が上がっている。既に整列は終了したようだ。
「分かった」
俺は騎乗すると、皆より一歩前に出る。それを見て察した兵士達が一斉に静かになる。
「ローデル帝国軍大隊長にして、大将であるシビル・グロリアより全帝国軍に告ぐ! この度デミ聖国軍は愚かにも最強である帝国に進軍を行った! 理由は皆も知っている通り、メリー族というだけの無実の少女を捕えるためだ」
俺の言葉は静かな戦場に大きく響く。
「だが、帝国は決して無実の少女を引き渡したりしない! 我等の刃は領民を守るためにある! 愚かな決断を下した聖国には罰を与えなければならない! その口火を切る誇り高き将は誰もが知るグラシア家の猛将、ヘルク・グラシアである!」
「「「「「オオ!」」」」」
その言葉にヘルク隊の兵士が叫ぶ。
「帝国第一騎士団大隊長ヘルク・グラシア! 大将であるシビル・グロリアの命によりこの大戦の先陣を切る! 最強と名高い帝国第一騎士団の誇りを、強さを!」
「「「「「強さを!」」」」」
「見せつけろ! 全軍ッ、突撃!」
その言葉と同時にヘルクと、その隊が一斉に突撃を開始する。
「舐めるな! あの罪人に神の鉄槌を下すのだ! 聖騎士団、全軍突撃しろーーー!」
セレンも負けずに檄を飛ばし、全軍を走らせた。それに呼応するように聖国軍も走り始める。
先頭を走るヘルクの手には細かい鎖で編まれた巨大な袋がある。その大きさは直径十メートルを優に超える。
「それじゃあ……派手な花火を揚げさせてもらう、よ」
ヘルクは思い切り振り被ると、巨大な袋を天高く敵軍の前方に投げ飛ばす。袋の中からは大量の鉄球が姿を見せる。その数は千をくだらない。
「馬鹿な……! あいつ、どこまで怪力なんだ!?」
聖国軍の兵士達が驚愕の表情を浮かべる。
「ふふ……そんな怪力なら面白いんだけど。答えは簡単、軽いだけさ。そしてそれを……重力千倍」
ヘルクが手を挙げた瞬間、流星の如く千を超える鉄球が恐るべき速度で落下し聖国軍の兵士を貫いた。
「ぎゃあああああああ!」
「腕がああああ!」
聖国軍の兵士の悲鳴が戦場にこだまする。
ヘルクのスキルは『重力』
自分の触れたものの重力を千分の一倍から千倍まで自由に変化させることができる。
先ほどは鉄球や鎖でできた袋の重力を千分の一に変え空中に投げた後、重力を千倍にしたのだ。
元から落ちてくる鉄球が危険なのは間違いない。それが千倍であったなら?
まともに受けたら間違いなく死に至る凶器の完成である。
空から降り注いだ鉄球はもはや見えないほど地面にめり込んでいる。
「どうなってんだよ……」
敵兵からは覚えが見て取れる。
そこに騎乗したヘルク隊が一斉に動揺している敵軍になだれ込んだ。
兵の練度もヘルク隊の方が高く、人数差があっても善戦している。
「お見事です、ヘルク様。今後はどうなさるおつもりですか?」
執事として付き従っていた爺は今、鎧を纏いヘルクの横で槍を持っていた。
「爺、前線は少し皆に任せるよ。少し、僕は下がろうかな。やることがある」
「承知しました」
ヘルクは馬を駆ると後方に退いていった。
俺は綺麗にヘルクの一撃が決まり安心する。
「ヘルクは帝国の武威を示した。次は我等の番だ。シビル隊、突撃だあああ!」
「「「「「応!」」」」」
俺の号令と共に、シビル隊も、シード隊も聖騎士団めがけて襲い掛かる。
遂に戦が始まった。
「罪人を匿う者もまた罪人である! 愚か者共も神の名のもとに根絶やしにするのだ!」
敵の司令官が叫ぶ。
「殺せー!」
狂気を帯びたような目でこちらに襲い掛かる聖騎士団の兵士達。
「愚か者か……その目はもはや自分の思う通りの物しか映らぬ程濁っているのだろうな」
俺は隊の最後方から静かに矢を番えると、その指揮官の頭を射抜いた。
『ハハハッ! 珍しく怒りからかブレがあったな! 俺が調整しておいてやったぜ!』
脳内に弓であるランドールの声が響く。
『確かに、苛立っているのかもな。会話もまともにできない馬鹿共に』
「指揮官が死んだ! そこを狙え!」
シャロンが指揮官が失われ混乱している小隊の元へ斬りこむ。
そのまま敵を薙ぎ払い、どんどん奥まで入っていく。
人数差は大きいが、兵の練度では勝っている。
部隊間では善戦していることが、他の部隊を見ても、見て取れた。
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