失踪
ローデル帝国の南西に位置するデミ聖国。
デミ聖国の首都である聖都アランデルの中心には荘厳な教会が観光名所となっている。
だが、中には決して信徒以外入ることはできず、その最上階では会議が行われていた。
デミ聖国は現在聖女と五人の大司教で運営されているが、その六人が円卓を囲んでいる。
「なんということだ……あの可哀想な一族のためにまた血が流れるのか」
そう頭を抱えて項垂れる大司教が一人。
「ランダル大司教、滅多なことは言わない方が良いですぞ。罪人を庇う行いその行為も罪なのですから」
「クレイ大司教、そのためにどれだけの血を流すおつもりか!」
ランダルの言葉を聞き、クレイは笑う。
「何。帝国と言えどすぐに首を差し出すでしょう。多少暗殺の役にたつとは言え、帝国が庇うほどの価値はない」
その言葉を聞き、ランダルはため息を吐くと、微笑む聖女の方を向く。
「ロズウェル様、いったいどういうおつもりですか?」
ランダルに睨まれた聖女ロズウェルは手を口元にあて、困ったような顔をする。
美しい絹でできた純白の修道服を纏ったまだ十代の少女。
綺麗な銀髪に、まるで宝石を閉じ込めたような赤い瞳は大人すら惑わせる妖艶さがあった。
「皆様の意見を聞かずに勝手に動いてすみません。ですが、メリー族が行ったことは決して許されることではありません。一時的とは言え我々の元に居た彼等が他国で誰かを傷つけると思うと、私は動かずにいられなかったのです」
ロズウェルは拳を胸に当て、まるで民のために魔物に立ち向かう騎士のように言い放つ。
「ロズウェル様、素晴らしい! その気高い志、聖騎士団もきっと賛成してくれるでしょう! 聖騎士団と聖国軍全軍をもって帝国と戦いましょう! 正義は勝ちますぞ!」
クレイは拍手をして、すっかり浮かれている。
ロゼ聖国は聖女の直下部隊である聖騎士団と、大司教が管理している聖国軍の二種類の軍隊がある。
「馬鹿な!? その規模の兵士を出したら全面戦争になります! 決してお認めできません」
「ランダル大司教はすっかり及び腰のようで。最近帝国は各国と交戦しており弱っておるだろう?」
「なんとでも言うがよろしい。ですが聖国軍は聖都を守るために残してもらいます!」
「たった一万で向かえというのか! 聖女を殺すつもりおつもりですか? 聖国軍も一万は出さなければなるまい」
「……五千です。メリー族一人のために一万五千人もの兵を動員するなどばかげています」
ランダルはそう言ってため息を吐く。
「分かりました。ランダル様、我が儘を言ってすみません。今回の戦は私も出ます。罪人を裁くこともまた、私達の使命ですので。それでは戦の準備もありますので、失礼します」
ロズウェルはぺこりと頭を下げるとそのまま円卓の間を出て行った。
「ランダル大司教、博愛は結構ですがあまり亜人に入れこまない方が良い。貴方まで消える必要はありますまい。そう頻繁に大司教が変わられても困る」
他の大司教の一人がランダルの肩を軽く叩き、去って行く。
(今代の聖女は一体何を考えているのかは分からないが、彼女は合理的な性格だ。感情だけで軍を動かすようなことをするだろうか? アルフレッド様が居らっしゃれば……)
ランダルは少しずつ歪み始めた上層部を思い、肩を落とした。
聖女ロズウェルは自室に戻ると周囲に誰も居ないことを確認後、鏡に話しかける。
「デリンジャー様、ご命令通り帝国との戦争を開始致します」
ロズウェルの言葉と共に鏡に老人デリンジャーの顔が浮かび上がる。
長く真っ白い髭を三本に括り、仙人のような姿である。深く刻まれたほうれい線からは七十は優に超えているように見えるが、その目は鋭く衰えは感じさせない。
「よろしい。今回の目的は分かっているな。メリー族などはどうでもよいがしくじるなよ」
「承知しました。必ず始末致します」
「敵は七千程しか出さないらしいから、手こずるなよ」
「お任せ下さい」
ロズウェルの言葉を聞き、デリンジャーの顔が鏡から消える。
ロズウェルは静かに準備を再開した。
◇◇◇
シビルが帝都に向かった後すぐ、メロウは不安に襲われていた。
「メロウ、大丈夫だ。シビルなら絶対なんとかしてくれる。それに、私は仲間を見捨てたりしない。だから、安心しろ」
シャロンが、メロウを見ながら言う。
「おおきにな。シビルなら、そうやんな……」
シャロンの言葉を聞いてもメロウは辛かった。
自分の存在のせいで他人に迷惑をかけているという状態が嫌だった。
周囲の者は、自分のせいではないと言ってくれているが、結局メリー族である自分がここにいるせいで、シビルに迷惑をかけているのが辛い。
気を使わせているのが分かったメロウは深々とした帽子をかぶり町へ出る。
だが、そこで話されていたのはメロウにとってきつい内容であった。
「メリー族がうちの領地にいるせいで、領主様が呼び出されたらしいな」
「あの殺人鬼の一族だろう? なんでそんなの庇ってんだろ。捕まえりゃ一千万Gだってよ」
「おそらく近くに居るんじゃねえか? 見つけられねえかな」
「探してみるか? 全くそんな奴のせいで戦争になっちゃたまんねえよ。いい迷惑だ」
その言葉を聞いて、メロウは胸が辛くなった。
やっぱりメリー族の居場所などどこにもなかったのだと。
大魔境でひっそりと暮らしていく。それしかなかったのだと。
足早に通り過ぎようとしたメロウに、聞き捨てならない言葉が耳に入る。
「新領主の奴、暗殺に使おうとメリー族を呼んだんじゃねえか?」
「ありえるよな。急に領主だもん。クラントン様もメリー族に殺されたんだよ。殺して領主の座に居座るなんて、卑怯な奴だよ」
自分のせいで、シビルのことまで侮辱されたメロウは話している男の胸倉を掴む。
「シビルがそんなことさせる訳ないやろ! 何も知らん癖に!」
「なんだこいつ……! メリー族か!? ひ、ひい! 殺される!」
突然胸倉を掴まされた男は動揺しながらも、帽子の奥にあった角に気付く。
その言葉を聞き、周囲がざわめいた。誰もがメロウに怯えた顔を向ける。
「あの子が噂の……」
「人殺しの……」
「誰も殺してへんわ……何も、何も知らん癖に!」
メロウはその場から走って逃げた。
しばらく走った後、立ち止まる。
(私の居場所なんてあるんやろうか? シビルはきっと私のために戦ってくれる。けど、シビルの優しさに甘えてええんかな? 私が消えた方がシビルにとっては……)
そう考えたメロウはその足で、クロノスを去る。
だが、クロノスを去れば大丈夫だと思っていたメロウは現実を突きつけられる。
「あっちいったぞ! 追え!」
「一千万Gだ! 俺達で戦争を止めて、金まで貰える! 最高だな!」
メロウがメリー族だと気付いた男達がメロウを捕まえようと武器を持って追って来たのだ。
メロウは路地裏に震えるように隠れていた。
「もう、嫌や……」
クロノスを離れても、メロウを待っていたのは賞金狙いの奴等だった。
「私は勘違い……してたんやなあ。シビルと居たから、私でも受け入れてもらえると勘違いしてしまった。私って、ほんまあほやなあ」
メロウの目から大粒の涙が溢れ出す。
やはり一族の呪いからは逃れられないのだと、メロウは悟った。
「やっぱりお父さんは正しかったんやなあ。私達の居場所なんて、どこにもなかった。私は幸せなんて望んだらあかんかったんや……。普通の生活がしたかった。したいこと、いっぱいあったんやけどなぁ」
メロウの目が絶望に染まる。その目は虚空だけを見つめている。
「おい、居たぞ! メリー族の女だ!」
そんなメロウに追い打ちをかけるように、男が叫ぶ。その言葉に呼応してどんどん仲間が集まって来た。
「なんだお前、泣いてんのか? 人殺しの一族でも涙を流すんだな?」
「私は、誰も殺してへん……」
「知るかよ。お前の存在自体が罪なんだよ! だが、そんなお前でも一つだけ役に立てることがある。教えてやろうか?」
男は下卑た笑いを浮かべた。
「死体になって、金になることだ! とっとと死ね!」
男はメロウの頭めがけて剣を振り下ろす。
メロウはその剣を見て、静かに思った。
(ここで死んだ方がええんやろな。そしたら、シビルの迷惑にならんし……さよなら)
メロウは目を瞑り、諦めた。
剣がメロウに触れる直前、一本の矢が剣を弾き飛ばす。
「屑が……」
そこには、ランドールを引くシビルの姿があった。
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