ゴランさんご乱心
ボピンファミリーとの激闘ですっかり疲れた俺は、よろよろと体を引き摺って屋敷へ帰った。
そのまま大きなベッドにダイブして倒れ込む。
もう無理、動けん。
「旦那様、お客様です」
控え目なノックと共に、使用人の声が聞こえる。
「明日にしてもらえ」
「ですが、デミ聖国の大使の方で。無下に扱う訳にもいかず……」
デミ聖国、何の用だ?
「メロウ様を探していらっしゃるそうです」
使用人の言葉で全てを理解する。
デミ聖国はメロウの種族、メリー族を指名手配した国である。
メロウの噂を聞き、わざわざここまでやってきたのか。しつこい奴だ。
「メロウには何も言ってないな?」
「勿論です」
「分かった。出る。絶対メロウの耳には入らないようにしておいてくれ。」
俺は血塗れの服を着替えると、大使を待たせてある部屋に急いだ。
部屋にはフルメイルで身を固めた金髪の女性が座っていた。
その佇まいだけで、彼女は戦闘用スキルを持つ騎士であることが推察される。その後ろにも数人の騎士が立っているがどれも凄腕だ。
「初めまして、グロリア男爵。私はデミ聖国聖騎士団の団長をしているセレンだ。お忙しいところすまないが、お邪魔させて頂いた」
「いえいえ、セレンさん。大したおもてなしもできずに申し訳ない」
「それは構わない。早速だが本題に入りたい。貴殿の領でメリー族を見かけた。早急の引渡しを依頼したい」
やはりそれが目的か……。
「知りませんな。見つけたらご連絡しますので、今回はお引き取りを」
俺の言葉に効いたセレンは、にたりと笑う。
「これは失礼した。引き渡しに応じて頂ければ、賞金である一千万Gもお支払いいたします。いかがですか?」
金を渡せば、メロウを引き渡すとでも思ったのか。思ったより下種な奴だ。
「いくら積まれても、居ない者を引き渡すことなどできかねます」
俺の言葉に、セレンは不快そうに顔を歪めた。
「あくまでしらを切るか。お前とメリー族が一緒に居た所を目撃した者が複数人居るのだ! それ以上の庇い立てはデミ聖国への宣戦布告と取るぞ!」
「言いがかりは止めて頂きたい。そちらこそメリー族をだしに、こちらへ攻め入るのが目的では?」
「この……! あの薄汚い殺人鬼集団のメリー族を庇い立てするとは! あのゴミ共を使い、出世でもするつもりか知らんが、後悔するぞ! 奴等は必ず私が皆殺しにする」
「お帰りはあちらですよ」
俺は扉を指さす。それを見たセレンは顔を大きく歪める。
「覚えておけよ。必ず後悔させてやる!」
今にも溢れんばかりの殺気を放ちながら、セレンは席を立った。
それにしても団長自ら探しに来るとはよっぽど消したいらしいな。
本当に次から次へと、休む暇もない。
俺は一つ一つ問題を片付けるために動き始めた。
「なあっ!? あれ本気で言ってたのか。冗談じゃねえ!」
半壊したスラムの部屋に野太い大声が響く。その声の主はゴリラ、ではなくゴリラ顔の男ゴリである。
「ゴリ、大声を上げるな。これは決定事項だ」
「俺の名はゴランだって言ってんだろうが! それに何が決定事項だ。俺が三大ファミリーになんてなれる訳がねえだろう!」
「大丈夫だ。ここにボピンの首がある。これを持って、直接交渉して来い。敵も三大ファミリーの一角が空いて困っている。そのためにお前がボピンを殺した、って嘘を広めたんだ」
「ふざけんな。あんな化物だらけの三大ファミリーに入ったら、怖くて夜も眠れねえよ!」
「スパイ役が必要なんだ。バーナビーを殺すために」
「知るか! お前のとこのあの糸目にやらせりゃいいだろうが!」
「俺の部下であることは、もうばれているから却下だ。お前が三大ファミリーになればクロノスの治安も良くなる。馬鹿が暴れないからな。俺も手伝うから、な?」
散々ごねていたが、最後にはため息を吐きながら諦めた。
俺が退く気がないことを察したらしい。
「ばれたら、祟るからなてめえ」
「成功したら大出世だな、ゴリ」
「五月蠅え!」
こうしてゴリは、俺が調べた三大ファミリーの窓口へ向かうこととなった。
裏組織の話はゴリに任せよう。俺もやることがある。俺もこれからのため動き始める。
◇◇◇
ゴランはオズワルド領のスラムのとある小屋に、部下数人と足を運んでいた。
(おいおい、本当にこんなことに窓口あんのかよ。俺はあの馬鹿領主に騙されたんじゃ?)
ゴランは不安を顔に出さずに、小屋をノックする。
「どちら様ですか?」
「ゴランファミリーだ。届物があって来た」
ゴランは精一杯、ドスの効いた声で対応する。
「知りませんな。お帰り下さい」
「うちのシマで暴れた野良犬の首だ。ここが飼い主の家だと聞いたが?」
しばらくの間沈黙が流れた後、相手から返答があった。
「どこでこの場所を聞いた?」
「うちの情報網を甘く見るんじゃねえよ」
(そうは言っても俺の情報網じゃねえが。あの馬鹿領主なんで三大ファミリーの窓口なんて知っているんだ?)
「何の用だ?」
「なに、売り込みさ。入れてくれねえか?」
再び沈黙の後、扉が開いた。
扉を開けたのは、顔中傷だらけの大男である。明らかに堅気ではない。
「入れ。上の者を呼んでくる」
「応」
ゴランは堂々と中へ入っていく。
(やべえ……。俺が弱いのばれたら絶対殺されるぞ! 帰りてえよおおおおおおお! あのくそ領主が! いつかあいつも殺してやる!)
ゴランはシビルへの恨み言を考えながら小屋の中に入っていった。
小屋は思いのほか綺麗で、地下には大きな空間が広がっているようだった。
地下の一室に入れられたゴラン達は椅子に座り、相手を待つ。
「ゴラン様、やっぱり無理なのでは? 私達田舎ファミリーが三大ファミリーなんて。さっきと受付の人でも私達全員殺せそうでしたよ!?」
部下は少しだけ震えていた。
「お前等、絶対奴等の前で震えるんじゃねえぞ! ビビっていることがばれたら、俺もお前も魚の餌にされちまう!」
そういいながらも、ゴランの心臓は大きく脈を打っていた。
しばらくすると、扉が開く。
すらりとした痩身の男が二人の男を連れて入って来た。一目では裏の者というより、商人のような穏やかな顔をしている。
だが、それが逆にゴランを不安にさせた。
「どうも、コックチャックと申します。この度を届物を持って来て頂いたということで。見せて頂いてもよろしいですか?」
「構わねえよ」
そう言って布をほどくとそこにはボピンの生首が机に転がる。
「これは……ボピン様……」
背後の男が僅かに息を呑む。
「これは、どういう意味合いで持っていていただいたのか伺いたいですね?」
コックチャックが鋭い眼光で、ゴランを睨む。
「うちの縄張りに入って来たから、殺したまでだ。何の連絡もなく、縄張りに入るのは御法度なのはあんたらも知っているだろう? 田舎のファミリーだからって甘く見るんじゃねえよ」
「言いたいことはそれだけですか?」
「違う。本題はここからだ。ボピンファミリーが消えたことで三大ファミリーに空きができたはずだ。俺がその穴を埋めてやろうと思ってな」
とゴランは笑いながら言う。
「何様のつもりだ! お前等如き田舎のファミリーが!」
後ろの男達が剣を握り、ゴランを睨む。
(怒らないでくれーーー! 俺だって言わされているんだよおおおお! こう言え、ってあの馬鹿領主に言われたんだ! 俺だって入りたくねえよおおお!)
ゴランは泣きそうになるのを必死にこらえて、後ろの男達を睨み返す。
「ああ? 実際に俺達はボピンを殺してここに来てんだ。今回は行き違いによって抗争になっちまったが、俺達は手を取れると思っている。あんたの目的はシビル・グロリアじゃねえのか? 俺達田舎ファミリーのシマなんて奪い取るメリットは薄いからな。俺達は昔からグロリア領に居る。怪しまれずにあいつらの情報を提供することもできるぜ」
ゴランの言葉を聞いたコックチャックは考えるそぶりを見せた後に、口を開く。
「良いでしょう。今ボピンの代わりとなるようなファミリーは居ませんから」
「良い返事で結構だ。また暴れなくてすんでなによりだ」
(おい! 本当にそんな簡単になれちまうのか!?)
「だが」
(まだ、なにかあんのかよ! 早く帰らせてくれええええ!)
「実力を示してもらう必要がある。ボピンのシマが今空白になっている。迅速にそこを全て支配しろ。ボピン並の実力があれば三ヶ月あればできるだろう。その後、千人程常駐させておけ」
(千人も居る訳ねえだろ! うちは百人も居ねえぞ!? だが、もう今更できませんなんて言えねえよおおお!)
「分かった。ボピンのシマはうちが貰うぜ。シマを平定したら正式に三大ファミリーにしてもらうからな」
そう言って、ゴランは席を立つ。
ゴラン達は小屋を出ると速足でスラムを去る。
追手が来ていないことを確認して、ゴランは大きくため息を吐く。
「ゴラン様、どうなさるんですか? とてもじゃないですが、ボピンファミリーのシマを奪うほどの人員も力もないですよ?」
「分かってらあ! だが、できねえなんて言えるかよ。そんなこと言ったらあの場で殺されてた。どうするかは……帰ってから考えるぞ!」
ゴランは逃げるようにグロリア領に戻った。
投稿再開します!
9章は完成しているため、最後まで更新します!土曜と水曜の週二回を予定してます。





