新領地へ
俺はバーナビー公爵の手紙を、シャロンから受け取る。
要約すると、次代を担う若手と是非交流したいという内容だ。
俺の上がリズリーさんであることを知ったうえでの誘いなのだろうか。知ってるんだろうな。行きたくねえ。
だが、新人男爵である俺が帝国有数のバーナビー公爵の誘いを断れる訳がない。
「使いの者が、まだ待っていたぞ。返事を聞くまで帰るつもりはないらしい」
「迷惑だなあ」
シャロンの情報に眉を顰める。勘弁してほしい。シャロンの目線の先には、老紳士が立っていた。
「できれば即日で返事を貰いたい」
バーナビー公爵の遣いである老紳士が淡々と言う。その目が、まさか断ることはないだろうな、と語っている。
俺はしばらく沈黙した後、口を開く。
「勿論、行かせて頂きます。ですが、まだ男爵に就任したばかりで忙しく、この日でよろしいでしょうか?」
俺は二週間後の日を指定する。
「……承知しました。おそらく大丈夫でしょう。では」
老紳士は俺の返事を聞くと、馬車に乗り去っていった。
「とりあえず、グロリア領に向かうか。けど、その前にグロリア領所属の兵士が必要だな」
「ん? シビル隊がいるだろう?」
シャロンが頭をかしげる。
「いや、そうなんだけどシビル隊って正式には帝国軍所属の兵士なんだよね。俺直属じゃないだろう? 領土をこれから守っていくうえで主力となる戦力が帝国軍から借りている兵士っていうのはよくないと思うんだよ」
「有事の際、無理やりシビル隊を徴兵されたら、直属兵が居なくなるということか」
「グロリア領が雇っている領主軍を作りたいってことだ。領主は皆、独自の軍を持っているからな」
「いいんじゃないか?」
「だから、シャロン。君にグロリア領の軍のトップをお願いしたい。帝国軍と比べたら規模の小さくなるかもしれないけど、頼めないか?」
これは割と大きな頼みである。帝国軍の所属を辞めて、領主軍に鞍替えしろということだ。
だが、シャロンは笑う。
「なに、ここまで一緒に戦ってきたんだ。これからも面倒を見てやるよ」
男らしい返事である。イケメンすぎる。
「ありがとう、シャロン。頼んだよ」
俺はシャロンと握手を交わす。
その後、シビル隊の他の兵士にも正直に告げる。
皆、俺が貴族になった時直属の領主軍に誘われることを予想していたのか、二つ返事で了承してくれた。
「隊長は今、最も勢いのある貴族ですからね。こっちのほうが出世コースですよ」
俺はシビル隊を連れて、クラントン領改めグロリア領へ向かった。
と兵士の一人が笑う。
付いて来てくれる者を裏切らないようにしっかりとしなければならんな。
「ダイヤは……どうするんだ?」
シャロンが俺に尋ねる。
ああ、ダイヤ。最近ずっと顔を見ていないダイヤ。帝国騎士団で修業をしているダイヤ。
「ダイヤは……来てくれるだろう」
雑だった。
「そうだな」
シャロンも雑だった。
俺は今一度、心を引き締めると、グロリア領へ向かった。
グロリア領は広大だ。元々は伯爵領なので当たり前だが。パンクハット領より広いのだ。
位置も中央よりであり、商売を行う上で立地も良いだろう。
だが、クラントン領時代の中心となっていた都市クロノスは現在パンクハット領だ。
何と言ってもこの間の戦で、俺達が奪い取ったからな。
うーん、やってしまった。まさか俺の領になるとは。クロノスというクラントン領の中核を担っていた都市がないのは厳しい。
クロノスについてはおいおい考えよう。俺は、新しいマイホームになるであろう元クラントン家の屋敷へ向かった。
小さくも立派な屋敷だった。クラントン家の本邸は主要都市クロノスにあるため、これは別荘らしい。クロノスは俺の土地ではないため、ここが拠点となるだろう。立派ではあるがどこか活気がない。
主を失った屋敷とはかくも活気を失うものなのか。
「今、ここをまとめているのは誰ですか?」
俺は掃除をしていたメイドに声をかける。
「今は……グスタフさんが管理されています」
元々クラントン領内の内政を司っていた男が管理をしているようだ。
「会わせて欲しい。俺はシビル・グロリア。ここの新領主だ」
メイドは俺の言葉を聞いて、驚いた表情を見せる。
「貴方が……! あなたのせいで皆……!」
メイドの怒気を感じ、後ろのシビル隊の兵士が剣の柄に手を伸ばす。
「いや、いい。すまないが、頼むよ」
俺の言葉を聞き、渋々メイドは俺を案内する。分かっていたが、やはり歓迎されていないようだ。俺は執務室に辿り着く。
執務室に座っていたのは、小太りの中年男性だった。目の下には隈ができており、疲れているのが分かる。
「お前は誰だ……? 私は今忙しいんだ、後にしてくれ」
男は、手をひらひらとさせると、再び書類に目を向ける。
「忙しいのは承知だが、時間を頂けないだろうか? 俺はシビル・グロリア。ここの新領主となった男だ」
グスタフは顔を上げると、少し驚いた顔をする。
「聞いていたが……若いな。お前がシビルか。お前のせいで、こちらは散々だよ。見たまえ、この書類の量」
口が悪いな、このおっさん。
「エンデが死んだのは俺のせいではない」
「原因がないとは言えんだろう……エンデ様が居なくなった後、文官の半分は退職した。おかげで、全く仕事が回っていない」
やはり、元クラントン領の者は多くが辞めているのか。
「だが、あんたは残ったんだな」
「あんたのことはどうでもいいが、私には領民を守る義務がある。愚かな政治で苦しむのは領民だからな。そうなると、上が気に入らないからと言って、全てを放り投げる訳にもかんだろう」
グスタフは溜息を吐きながらそう言った。
「貴様、仮にも新しい領主に対して失礼ではないか?」
兵士の一人がグスタフを睨む。
「いいんだ。グスタフさん、良い人だね。俺は貴方が気に入ったよ。力を貸してほしい。俺はまだこの領のことは何も知らない。俺のためでなくていい、民のために」
「こんな無礼な態度を咎めないとはね。最初から私は民のために言われなくても動くつもりだ。あんたに引継ぎを行おう」
グスタフは感心するような顔をした後、大量の書類を持ってきた。まさにタワーとも言える書類の山だ。
「正直に言って、元クラントン領の経営はよろしくない。主要都市クロノスを失ったからだ。そして、なにより人材が足りていない。文官は半分程度まで減った。兵士に至っては、九割以上が退職した。残りは五百程だ」
五百⁉ 減りすぎだろ。一万以上居ただろ、確か。
「減りすぎでは?」
「兵を養う金がなかったのだ……。それに大将のドットさんがエンデ様が亡くなられてから退職されて、後を追うように多くの兵士が辞めていった」
金も払われない上に、尊敬するトップが消えたことによって一気に減った訳か。
俺は報奨金や、支度金を貰ったがとてもじゃないがそんな多くの兵は現状養えないだろう。
「まずは人材か。文官も、武官も足りていない」
このままじゃどんどんやせ細ってしまう。人あっての領地なのだ。
「募集でもしますか? あまり来るとは思えませんが……」
憂鬱なこと言うな、おっさん。けど、人一杯辞めたばっかりだからな。
ん? これならいけるのでは?
メーティスに尋ねるも、良い返事を貰えた。これなら人も集まりそうだ。
「グスタフ、閃いたぞ。俺に任せろ!」
これで、人が集まるはずだ!
八章開始します。新作に引っ張られてか最近こちらも読者が増えて嬉しいです(*'▽')





