守らなければ
月明かりが森を照らす頃、森の中に咀嚼音が響き渡る。
骨ごと、肉を食いちぎる音だ。
巨大な四本腕の熊達だった。体長は六メートルを超え、四本の腕は丸太よりはるかに太い。付近の生態系でも上位に君臨するその熊はハイランドグリズリーと呼ばれていた。
どれも屈強な個体であったが、その中でも一際大きい熊が、血を垂らしながら呟く。
「足りんな……量も、質も何もかもが」
明らかに他とは違う長と思われる熊の金色の瞳からは確かな知性が感じられる。彼はキンググリズリー。他の上位個体と言える存在だった。
その周囲には百を超える地獄鶏の死体が転がっている。
肉は殆ど残っては居なかったが。
「ナニヲゴショモウデスカ?」
周囲に侍る個体が尋ねる。
「もっと、柔らかくて旨い肉だ。こんな鶏ではない。飛竜の奴等が今年は少ないから、餌も足りんな」
長は地獄鶏の骨をかみ砕きながら、忌々しそうに言う。
「ヤツラガイナイト、タリマセンネ」
周囲の一匹が、拙そうに言葉を発する。
「冬も近い。より多く、旨い肉を。亜人がいいな」
長が獰猛な笑みを浮かべる。
「南部に、亜人の村があった気がする」
ある一匹が思い出したかのように、口にした。
「……冬眠前にご馳走にありつこうか」
長がゆっくりと立ち上がる。五十を超えるハイランドグリズリーの群れが一斉に動き始める。
 
 
 
翌日昼頃、ジルは家を出る。
「じゃあ族長の所に行ってくるよ」
「はーい。」
ジルは、族長とは長い付き合いだった。まだ、聖国に居た頃からの付き合いである。共に戦い、ここまで逃げ延びた戦友とも言える存在だった。
ジルは族長の家に辿り着くと、扉をノックする。
「おーい、ルーク。居るか?」
「どうした、ジル。またメロウが家出でもしたか?」
族長ことルークは、扉を開けると気さくに笑う。
「ん? どうした? やけに顔が渋いな。メロウに何かあったのか?」
ジルの表情を見たルークは真剣な顔に変わる。
「いや、ちょっと話があってな。中に入っていいか?」
「構わないが……」
ルークはジルを中に入れる。そして奥の密室に招き入れる。誰にも聞かれないためだ。
「ここなら話も漏れないだろう。何があった?」
ルークは真面目な顔で尋ねる。
ジルは、少しの間話し出すのを躊躇した後に口を開く。
「実は……外に出たいと思っている」
それを聞いたルークは、少し呆れた顔をする。
「なんだ、メロウのことか? まだ納得させてないのか。お前もそろそろ真剣に彼女を説得した方がいいぞ。掟もそうだが、俺達が外になんて出れる訳がないんだから。彼女ももう十六だろう。デミ聖国の話をしてやればいい」
「違うんだ、ルーク。出るのはメロウだけじゃない。俺もだ。二人で出ようと思っている」
それを聞いたルークは鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる。
「なんの冗談だ? ジル。親馬鹿が過ぎるぞ。説得を放棄するな」
「冗談じゃねえ。本気で言ってるんだ」
「掟は知っているだろう? 俺達で決めた物だ。それをお前が破るのか?」
ルークは真顔で話す。平坦なトーンだった。だが、怒気を必死で押し殺しているようにも聞こえた。
「悪いと思っている。娘が心配なのもあるが……俺は最近分からなくなっちまったんだ。このまま大魔境にずっと隠れて過ごすのが正解か。もしかしたら別の道もあったんじゃねえかってな」
「今更何を言っている。尽くした相手にあれだけ忌嫌われて、石を投げられ、挙句の果てには命まで狙われたあの日々を忘れたのか!」
ルークは大きな声を上げる。
「忘れる訳がねえだろう! だが、もうあれから二十年だ。少しは変わってたっておかしくねえだろう。シビルやエスターさんみたいに良い人間も居る。信じてみてもいいんじゃねえか、って思ったんだ」
「ふう……お前までがそんな絵空事を言うとは」
「頼む、ルーク。俺達を送り出しちゃくれねえか? 俺達が住みやすい場所を探せば、きっと他の皆も救われるはずだ」
ジルは頭を下げる。ルークは、歯を食いしばり怒りを押し殺していた。
「……分かった。いいだろう」
「本当か! ルーク! ありがとうよ!」
ジルは泣きそうになりながら顔を上げる。
「ああ……。メロウが十六の時に出るのか?」
「その予定だ」
「そうか。寂しくなるな」
「なに、たまには帰って来るさ!」
ジルはルークが認めてくれたのが嬉しかったのか、その後ハイテンションで帰っていった。
ルークは笑顔で見送った後に、扉を閉める。
そして鬼のような形相に変わると、思い切り机を叩き潰した。
「ふざけるな……! 今更何を言っている! 人間を信じたいだと? あいつらが俺達に何をしたのか、忘れたのか? 皆、殺されたじゃないか。なぜここに俺達が辿り着いたのか。あいつらが、人間が……俺達を利用して、罪をかぶせたからだろうが! 外の人間に会って、浮つきやがって。私がジルを、メロウを守らなければ」
ルークは暗い笑みを浮かべて笑った。
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