絶対英雄
一方その頃、帝都は激戦の最中だった。一万を超える魔蟲は、帝都の国民を恐怖の渦に叩き込んだ。
そこかしろで悲鳴が、魔蟲の鳴き声が、剣を振るう音が響く。
第四師団は総出で魔蟲退治を行っている。
その中心に位置するグラウェイン城も勿論例外ではない。白を基調とした普段は厳かな城であったが、今日は騒がしい。
立派な玉座に人は居らず、空席になっている。
地下道には少数のお供を引き連れて、一人の口髭を蓄えた壮年の男性が走っている。皇帝と呼ばれている男だった。
「賊の目的はなんだ……? どこまで知っているんだ?」
皇帝の言葉からは焦りが感じられる。
「陛下、通路へ早く!」
皇帝は素直に隠し通路へ入る。
(誰も追ってこないということは、賊の目的は私では無い? やはり知っているのか? いや、それだけでは判断できない。分からぬ……)
皇帝は疑問を持ちながらも、帝都からの脱出を図った。
皇帝がそこを去った十分後ほどした後、地下道を歩く二人組の姿があった。
魔蟲使いパピオンと、元騎士団長のネイルだった。彼等の歩いてきた道には大量の死体が転がっている。
「本当にここに遺灰があるのかえ?」
パピオンが尋ねる。
「ああ。この道の先に帝国の宝物庫がある」
「はよう回収してトンズラしたいもんじゃ。うちの子が上で第四師団長と戦っておるが、そう長くは持たんぞ」
「おかげで、全ての騎士団長を帝都から遠ざけられた。助かった」
「おー、貴様が礼とは珍しいことじゃ。それより、本当にそれで開けられるんじゃろうな?」
「どんな錠でも開けられる魔法鍵と聞いている。大丈夫なはずだ」
ネイルの手には、古びた鍵があった。
「なにかあると思ったが、お前がいるとは……ネイル。久しぶりだな」
その時、二人に声がかかる。
そこに居たのは、帝国騎士団第一師団長、通称『絶対英雄』アルドラ・ホーランドの姿があった。
年は三十を超えているが、二十ほどにしか見えないほど若々しい。輝く銀色の髪と、整った面差しはここ十年以上帝国の顔である。
「これはこれは、絶対英雄さん。なぜこんなところにあるのじゃ? 北部は君無しで大丈夫なのかえ?」
「部下は皆優秀だから何も問題はない! ネイル、元気そうだな。あの時以来じゃないか。俺は君を信じているぞ。おとなしく捕まって、話を聞かせてくれないか?」
「今更話すことなどないさ」
ネイルは素気無く返す。
「俺は君を無理やり捕えるなどしたくないが、仕事でな。久しぶりに、やろうか。そこの女性も斬らせてもらう」
アルドラが全身に魔力を纏わせる。
「ちょいちょいちょい、絶対英雄が相手なんて聞いておらぬ! 既に、一万近い蟲を召喚して疲れておるのじゃ。儂は逃げさせてもらうぞ!」
「一級戦犯の君に、手加減は必要ない」
「あ、儂のこと知ってる感じ? 英雄さんに知られているなんて、照れるのう。お主の相手は特別製じゃぞ」
そう言うと、パピオンは口から巨大な卵を吐き出した。その卵の禍々しさから危険を察したアルドラが剣を振るう。
だが、既に遅い。
卵からは一瞬で、巨大な魔蟲が生まれる。
「さよならじゃ。また来るわい」
パピオンは背中に羽を生やし、逃亡を開始する。 ネイルもそれに従い、走り始めた。
「ネイル! どこへ行くんだ!」
「まだ、時期ではない」
「阻むものは斬らせてもらう」
アルドラは巨大魔蟲を一刀で斬り伏せた。
だが、その魔蟲はそれで終わらなかった。斬られた腹から大量の蟲が生まれ、一斉にアルドラへ襲い掛かる。その数は数千を越える。
(時間稼ぎに特化した蟲か)
アルドラは察すると、魔力を噴出して魔蟲を消し飛ばす。
だが、あまりの数に消し飛ばした後、地下道にはアルドラ以外残っていなかった。
(逃がしたか……。六翼の狙いは宝物庫の何かか? うーん、考えることは嫌いだ! 陛下に事実だけお伝えしよう)
アルドラはその場を去った。
これで六章は終わりです。
物語も長くなってきましたが、ここまで読んで頂きありがとうございます。
舞台は大魔境へ。
お楽しみに。





