覚醒者
別動隊を食い止めていた爆虎隊大隊長ウィルタイガーは突如現れたアンジュに苦い顔をしていた。
「隊長、どうしますか? こちらも混乱していますが、敵もまだ混乱しています。後少しで壊滅できそうですが……」
部下がウィルタイガーに尋ねる。
「いや、止めておく。ある程度攻めた所で、上から落雷が降って来るだけだ。奴が来たということは、帝国騎士団本隊も時期に到着するだろう。こちらも本隊を待とう。それに……覚醒者の相手なんて冗談じゃねえ」
「了解です」
「退くぞ」
爆虎隊は引き際も早かった。素早く隊をまとめ撤退を行った。
別動隊も連戦で疲れていたため、追うこともなく初日は痛み分けで終わった。
パンクハット軍も、バルデン軍もボロボロである。かなり厳しい戦いだったことが分かる。
全身を血塗れになったフレイが、石に腰かけながらタバコを吸っている。ぴんぴんしていることから殆ど返り血なのだろう。
「おう、シビルだったか。お前、死んでなかったのか。突っ込んでたから死んだと思ったぜ」
「アンジュ様が来なかったら死んでましたね。間違いなく」
「運が良かったな。今日はまだ小競り合いだ。敵も明日には大将と副将が来る。お前も死にたくねえのなら、敵の大将『剣帝』と、副将『不死鳥』には絶対に近づかねえほうがいいぞ。奴等は、覚醒者だ。普通の人間だと思ってるなら大きな間違いだ」
覚醒者? なんだそれ。聞いたことがない。
「覚醒者?」
「おいおい、お前そんなことも知らねえのか。冒険者ギルドってのはランク制なのは知ってるな。Aランクまでは割といる。だが、Sランクは殆ど居ねえ。帝国のギルドにも七人しか居ねえ。Sランクってのは人間を辞めた化物につく称号なんだ。そいつらは一般的に覚醒者と呼ばれる。化物の柔らかい言い方ってとこだ」
覚醒者と言われる人物に一人心当たりがあった。
「もしかしてアンジュさんも……」
「ああ。覚醒者だ。こちらで覚醒者と戦えるのはアンジュさんと、副将のポスカさんくらいだ」
「フレイさんでもですか?」
彼は俺が今まで見た人間の中でも特別強い。
フレイさんは黙って俺に煙を吹きかけると、立ち上がりどこかに去っていった。
あんな怪物が、敵に二人も居るのかよ……。俺は憂鬱な思いで暗くなり始めた空を見上げる。
「何呆けているんだお前は……」
「シャロンか。今後を思うと憂鬱でなあ」
「騎士団も明日の朝には到着するらしいが……勝てるだろうか?」
今日のボロボロの結果を見ての言葉だろう。
「このままだと、まだ勝てないだろうねえ」
「おいおい、冗談だろう? 未来を読めるお前が言うとシャレにならんぞ」
「いっそ逃げるか? 俺の祖国アルテミア王国に行ってもいい。のんびり傭兵団として生きるか」
「……お前は味方を見捨てて逃げられるような男じゃないだろう」
と呆れるシャロン。
「俺はお前たちの命の方が大事だ。皆が死ぬくらいなら……」
大きな力に比べて俺達はあまりにもちっぽけだ。
「あんまり思いつめるな。私がお前だけは守ってやる。だから安心しろ」
なんてイケメン。これ本当は俺が言わないといけない奴だよな。うちの副長はイケメン過ぎる。
「ありがとう。だけど、俺は自分より、シャロンが死ぬ方がつらいよ」
「知ってるさ。そんなお前だからこそ、私は剣を握るのだ」
「それじゃ、どちらも死ねないな」
「ああそうだ。だから……明日も勝つぞ。不敗なんだろう?」
「勿論」
俺はシャロンを見てにやりと笑う。また負けてはいけない理由が出来てしまった。
そろそろ軍議が始まる頃だろう、俺はシャロンと別れ本陣の天幕へ向かう。





