雷神
振り下ろされる直前、俺は空を飛ぶ人間を見た。体中に稲妻を纏った鍛え抜かれた姿だった。だが、俺はその姿を初めて見た瞬間に謎の違和感を感じた。まるで自分の命を握られているような、怪物に遭遇したような違和感だ。
「あら、ぎりぎり間に合ったみたいね。落雷!」
彼? はそう言うと、巨大な稲妻を纏った槌を振り下ろす。
すると凄まじい落雷が、シャロンを狙っていた敵兵達に降り注いだ。
たった一撃で、数百人の敵兵が黒焦げになった。
誰だ? 奴は? 敵?
『奴は敵?』
『ノー』
敵では無いらしい。ハルカ共和国の兵を狙ったので違うとは思ったが。
だが、その答えはすぐに分かった。
「帝国騎士団の雷神だあああああああああああ!」
敵兵が恐怖の言葉を上げる。その姿を見ただけで多くの敵が狂乱に陥った。
「出たぞおおおお!」
敵兵の勢いが途端に減ったことを感じる。
帝国騎士団の雷神と聞いて俺も彼の正体にようやく気付く。
「彼が帝国騎士団第三師団大将軍、アンジュ・トリスタンか……」
俺は呆けたように呟いた。
身長二メートルを超え、全身が鍛え抜かれた巨体。髪を全て編み込み、オールバッグのように後ろに流している。そしてなぜか顔は化粧で真っ白になっており、紅に輝く唇と、長い睫毛がインパクト絶大である。
というか、どう見てもオネエである。
「人を見て悲鳴を上げるなんて、失礼しちゃうわねえ。雷槍」
彼は巨大槌を構えると大きく下から掬うように大振りで振るう。それと同時に巨大な雷が槍のように敵陣に放たれた。
たった一撃で、敵数百人が消し飛んだ。
敵は完全に恐怖に怯え、逃亡する者が出る始末だ。
「これが……大将軍」
俺は息を呑んだ。
帝国を支える五つの大剣、そう例えられる各騎士団の大将軍。その強さを垣間見た。
目の前で戦っていた敵兵もすっかり逃げまどい始めた。だが、こちらも既に傷だらけで追い立てる気力もない。
「団長、速すぎですよ!」
俺は聞き覚えのある声を聞き振り返る。そこには風を纏いやってきたイヴの姿があった。
イヴも俺の存在に気付いたのか、こちらを見る。
「助けにきたよ、シビル」
初めて俺を助けてくれた時のように、強い意志を感じさせる顔で彼女は言った。
「イヴ……」
第三師団はイヴの居る騎士団であることは知っていた。俺はこみあげる言葉にできない感情で胸が詰まった。
「団長、私は彼等の撤退をサポートします」
「そうね、お願い。あなたは奴を探しに行く、と言い出すかと思ったけど……良い判断よ」
「奴のことは諦めていません。明日、必ず……!」
アンジュさんはそのまま隣の戦場であるバルデン軍の援軍に向かったようだ。
「シビル、団長が来たからもう大丈夫よ。撤退しましょう」
俺達は先陣を切るイヴに連れられ戦場から脱出する。敵兵も、アンジュさんのいう突然の登場に混乱が隠せないのか、簡単に逃げることができた。
イブは俺達以外に、まだ逃げていない部隊を助けに再度戦場へ向かった。どうやら移動の速いスキルを持つ者だけ急いできたのか、他にも騎士団の者が数人確認できた。
「どうやら、死に損なったな」
肩を押さえながらシャロンが笑う。
「無理をするな、馬鹿」
「あれくらいしないと、逆転の目はなかっただろうに」
「そうかもしれんが。今日はこれで仕舞だろうな」
そのおかげでなんとか俺達は命拾いできた。





