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廃神社の巫女

作者: 山田マイク


 (くら)がりというのは、どうしてこんなに胸が高鳴るんだろう。


 僕は昔から暗いところが好きだった。

 押し入れの奥、竹林の裾野、そして山奥の神社。

 こういうところにとても興味を惹かれる。


 大学で先生をやってるお爺ちゃんは、それは人間の本能なんだよと言っていた。

 人間には(おそ)れという感情があって、よく分からないもの、理解し難いもの、不安定であやふやなものを恐がるという本能がある。

 本来はそれは人間が危険を避けるために備わった防衛のための機能なんだけど、現代の人間にはほとんど"危機"というものが無くてね、ときどき脳みそが機能不全(バグ)を起こすことがあるんだ。

 ほら。

 "吊り橋効果"というものを聞いたことはないかい?

 危険な場所で異性に告白すると成功しやすいという、あれさ。

 あれも脳みそが起こすバグの一種で、"危険"のドキドキと"恋"のドキドキを混同してしまってるんだ。

 それと同じことが、ナオトの頭でも起こってるのかもしれないね。


 よく分からないけど、そういうことらしい。

 ともかくそういうわけで。

 僕は山に入って暗がりを探索するのが好きだった。

 

 特に山奥で打ち捨てられた廃屋、とりわけ神社が好きだった。

 神社というのはなんていうか、とても神聖な感じがするんだ。


 真夏のある日。

 学校が終わって、家に帰ってから。

 僕はその日も、行きつけの廃神社へと向かった。

 そこにゲームとジュースを持っていって、日が暮れるまで一人で過ごす。

 これがたまらなく楽しいんだ。


 枯れた落ち葉が散乱する獣道。

 雑木林がトンネルを象っている破れた石段。

 僕はいつものように、人間の手が届いていない朽ちかけた道なき道を進んだ。


 そうして神社の境内へと上がったとき。

 僕は鳥居の前で立ち止まった。


 心臓が止まるかと思った。


 いつもは誰もいない境内に。


 女の子がいた。


 ぼくと同い年くらいだろうか。

 その少女はテレビやゲームなんかでよく見る巫女さんの衣装を着ていて、ひどく痩せていた。

 黒い髪に生気のない瞳。


 そして。

 この世のものとは思えないくらい。


 とても美人だった。


 一目見て、この世のものではない、と感じた。

 それは妖気とか障気とか、多分そういうものだったと思う。

 とにかく異様だった。


 辺りは物音ひとつしない静けさ。

 静寂だ。

 それも、彼女を浮世離れなものにしている原因のひとつだった。

 なんの音もしない山奥の廃神社で一人。

 箒を持って、落ち葉を掃除をしている。


 僕は漫画みたいに、ほっぺをつねった。


「あ、あの」


 僕は思いきって声をかけた。

 怖かったけど。

 恐ろしかったけど。

 声をかけた。


 少女は無言でこちらを見た。

 

 僕はごくりと喉を鳴らした。

 何の意志もない瞳。

 僕には塵1つの興味もないという風だった。


 ただ、綺麗だった。


「あ、あの、こんなところで何してるの」


 僕はさらに二の句を継いだ。

 こんなに恐ろしいのに、どうしても目が離せない。


 ドキドキする。

 これは吊り橋効果なんかじゃない。


 これこそ。

 本当に僕が欲していた"もの"なんだ。


「……あなたこそ」


 少女は呟いた。


 僕は驚いた。

 自分で話しかけておいてなんだけど。

 彼女にコミュニケーションをする知能があると思ってなかった。


「ぼ、僕はここによく遊びに来てるんだ」

「……遊びに?」


 少女はこて、と首をかしげた。


「う、うん。なんかよく分かんないけど、ここが気に入っていて」

「そうなの」

「う、うん。君の方は?」

「わたしは、お掃除をしに」

「掃除?」

「うん」


 少女は箒にもたれかかるような仕草をして、こくん、と頷いた。


「この神社はわたしの家が代々護って来ている場所なの」

「へ、へえ」

「わたしは村の贄材の家系だから」

贄材(にざい)?」

「そう。わたしの村にはそういう風習があってね。なにか災いが起きないように、人を贄として神様に捧げるの」

「き、君もいつかその、贄材ってのになるの?」

「さあ」


 少女は儚げに微笑んだ。


 僕は背中に冷たい汗をかいた。

 この子は、この神社に取り憑いた霊なんだと思った。

 その証拠に、こんな真夏に、こんな暑苦しい巫女服を着ているのに、汗ひとつかいていない。


 きっと、この子の身体はもうとっくの昔に死んじゃってるんだ。

 村の生け贄になって、護り神になってるんだ。

 そのことに気がつかずに、ずっとこの神社に縛り付けられてる。

 そんなストーリーが頭に浮かんだ。

 

「ねえ。一緒に遊ばない?」


 つと、少女が言った。


「遊ぶ?」

「うん。わたし、一人で寂しくて」

「そ、そうなんだ」


 僕は額に汗をびっしりとかいた。


 いよいよ恐ろしくなってきた。

 この子、もしかしたら、僕を"向こうの世界"に連れていこうとしてるのか。


 そんな風に思った。


「……いいけど」


 だっていうのに。

 僕は少女の提案を承諾した。


 だってしょうがない。

 それくらい、この女の子は綺麗だったから。


「ありがと」


 少女は、とても可愛く笑った。


 そうして。

 僕らはそれから日が暮れるまで遊んだ。

 持っていた携帯ゲーム機はなぜか動かなかったから、鬼ごっことかかくれんぼとか、たまつきとか、そういう古風な遊びをした。

 とても楽しかった。

 僕らは時間を忘れて遊んだ。


「僕、そろそろ帰らないと」


 僕は言った。

 境内がオレンジに染まっていた。

 もうじきに日が暮れる。


「そう」


 少女は言った。


「それじゃあ、さようなら」

「あのさ」

 と、僕は言った。

「また、会えるかな」


 僕は。

 彼女のことが好きになっていた。


 少女は無言で首を振った。


「もう、会わないほうが良い」

「ど、どうして?」

「わたしとあなたは、住む"世界"が違うから」


 やはりそうか、と思った。


 この子はやっぱり、『人間』ではないのだ。


「い、いいじゃんか!」


 僕は少し大きな声を出した。


「君がどんな世界に生きてようと、僕がどんな世界に生きてようと、そんなことはどうでもいいんだ! 僕は、君とまた遊びたいんだ!」


 叫びながら気付いた。

 僕は、どうしようなく彼女に惹かれていた。


 いや――多分、そのときにはもう。


 僕は、取り憑かれていたんだ。


「ねえ! ずっとここで遊ぼうよ! 僕は君が好きなんだ!」


 もう止まらなかった。

 少女とずっと一緒にいたかった。

 僕は、少女の巫女装束に掴みかかった。


 そして、力の限りに引っ張った。

 しかしどういうわけか、少女はまるで岩のようにびくともしなかった。

 こんなに細いのに――どうして動かないんだろう。


「駄目よ」


 少女は言った。

 そして、懐から一枚の紙切れのようなものを取り出した。


 僕は怯んだ。

 本能的に悟った。


 "あれ"は、とても不吉だ。

 僕にとって、禍々しいものだ。


「あなたはもう、この世の存在じゃないの。ナオト君。()()()はもう、死んでるのよ」


 少女は言った。

 手にしている札を、僕のほうに向ける。


「な、なにを」


 僕はたじろいだ。

 

 この子はなにを言っているんだ?

 僕が――死んでる?


「な、なにを言っているんだ! 死んでいるのはそっちだろ! こんな真夏に、そんな格好で遊び回って、よく平気な顔していられるな! この妖怪め!」

「真夏?」


 少女は微かに眉根を寄せた。


「……ああ、そうか。ナオト君は夏休みに亡くなったのね」

「な、なにを」

「ナオト君。今は夏じゃないわ。辺りを見て。枯れた落ち葉だらけじゃない。それにほら、とても静か。真夏に蝉の声がしないのはおかしいでしょ? それからあなたが持っているそのゲーム機。もうすっかり電池が切れて朽ちてしまってる」 


 僕は目を見開いた。

 頭が混乱した。

 どういうことだと思った。


「ナオト君。あなたはもう十年以上も前に亡くなっているの。この神社の裏手にある竹林で遊んでいて、崖から滑落して。あなたはそのことに気付かず地縛霊となって、ずっとこの神社に居座っているの」

「う、嘘だ」

「嘘じゃないわ。わたしの家は代々この神社の管理人だから、特別な力があるの。あなたのようなモノたちを供養する力が」


 少女はそう言いながら、僕に近づいた。


「あなたが悪い霊じゃなきゃ、放っておくつもりだった。でも、あなたはいつか、ここに迷い混んだ人間を、"向こうの世界"に連れて行ってしまう」


 少女は悲しげに目を伏せた。


 冷たい風が吹いた。

 落ち葉が風に舞い、僕たちを包むように踊った。


 それから彼女は「さよなら」と呟き。


 僕のおでこに、お札を貼った。



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[一言] そしてキョンシーとして使役する!! (クソリプすみません)
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