8.異世界銭湯始まりました
「うおりゃぁぁ!」
ポイズンスパイダーの群れに、シェリルが槍を振り回して突っ込んでいく。
範囲スキルが一閃し、ポイズンスパイダーがバタバタと倒れて素材に変わる。
群れのど真ん中にいるシェリルだが、たいしたダメージは負っていない。
伸びやかな肢体は、最小限のところを隠したビキニアーマーで覆われている。
重装備は動きを鈍らせるからと、シェリルは軽装備を好んでいた。
盾を持たない代わりに、肩当てや篭手をうまく使って攻撃を防いでいる。
「いくわよ! ファイアーボール!」
アリサが赤い魔石がついた杖を振りかざし、大きな火球を放つ。
炎の魔法は、アリサが得意とするものだ。
魔法職だから、接近戦には弱い。
そのためのアウトレンジ戦法であり、軽やかなステップは敵の接近を許さない。
「はわわ! こっち来ないでぇー」
シェリルが負ったダメージは、コレットが回復魔法で癒やしている。
メイスをぶんぶん振り回し、寄ってくるポイズンスパイダーを涙目で追い払っていた。
回復魔法はモンスターに目をつけられやすい。
息を切らせながら駆け回り、近づいてくる敵はメイスで打ち払うのが基本だ。
ある程度の近接戦闘はこなせるコレットだが、ポイズンスパイダーの見た目が苦手のようだ。
冒険者としてデビューした彼女たちは、さっそく素材集めのクエストを始めた。
だが、初めてのクエストで散々な目に遭ってしまい、俺が護衛役としてついていくことになった。
彼女たちが討ち漏らしたり、後衛のアリサやコレットに向かったりする敵を、俺が片付けるというわけだ。
「ふぅ、片づいたぁ」
シェリルが汗を拭って辺りを見回した。
足元には大量の蜘蛛の糸が転がっている。
装備品や日用品を作るのに必須の素材で、冒険者が増え始めた街では需要が高い。
これだけ集めれば、結構な収入になるだろう。
「ありがとうございます! 師匠!」
満面の笑みを浮かべたシェリルが、俺に向かってお辞儀をする。
露出度の高い装備だから、目のやり場に困ってしまう。
シェリルたちの装備品は、全部俺のお手製だ。
単なる装備ではなく、魔石を使った強化品。
シェリルは槍に軽鎧、アリサは炎の魔法を強化する杖とローブ、コレットは女神の祝福つきのメイスと神官服だ。
「よし、今日はこのくらいでいいだろう。街に戻ろう」
「はーい!」
みんなで一緒にギルドへ行き、素材集めクエストを完了させる。
あとは、まどろみ亭に行って、しっかりと休息を取る。
ここ一ヶ月ほどの生活サイクルだ。
「リクさん! おかえりなさい!」
まどろみ亭に入ると、カリンが笑顔で迎えてくれる。
シェリルたちもここを拠点としており、カリンとは同年代だからすっかり仲良くなっている。
「リクー、さっそく頼むよ」
「わかりました」
カウンターで仕込みをしていたハンナさんが、俺にウインクをする。
冒険者が増えて、まどろみ亭は大忙し。
美味い酒に料理、美人のハンナさんと看板娘のカリンが迎えてくれる宿は大繁盛だ。
そして、まどろみ亭が繁盛する理由はもうひとつ。
「湧きいでよ! ”温泉”」
魔石を片手に、石の浴槽にお湯を張る。
俺のスキルで沸かした風呂が、まどろみ亭の新たな名物となっていた。
商売上手なハンナさんが俺のスキルに目をつけ、風呂を提供することを思いついたのだ。
俺としても、何か恩返しができればと思っており、願ったり叶ったりだった。
子どもの頃に行ったことがある銭湯のようなものが良いと考え、風呂場を拡張して男湯と女湯を作った。
風呂場の入り口にカウンターを作り、そこで入浴料をもらい、客を案内する。
言ってみれば、銭湯の番台みたいなもので、俺がその仕事を引き受けた。
ゆったりと風呂に浸かれるから、冒険者だけじゃなく、街の人々にも大人気。
使う魔石は小さな欠片で、モンスター狩りで大量に手に入る。
効果は最低限だが、疲れを癒やすには充分なお湯だ
口コミで人気が広まり、おかげさまで大繁盛で、日々大忙し。
準備を終えると、表に『まどろみの湯』と書かれた立て看板を置く。
すると、待ちかねていたように人々が集まってきた。
「はい、いらっしゃいませー」
入浴料は、金貨1枚。
この世界では、子どもにでも払えるくらいの安さだ。
それでも、多くの人が訪れるから、まどろみ亭にとっては馬鹿にできない副収入となる。
収入が増えた分、宿の設備や料理も贅沢にすることができ、それがさらに人を呼び寄せる。
まどろみ亭の人気はうなぎ上りで、ハンナさんもホクホク顔だ。
「お湯の補充しますねー」
番台業務のかたわら、魔石の欠片を片手に、男湯と女湯を往復する。
欠片だと、お湯の持続時間は短い。
だから、こまめにお湯を補充する必要があり、地味に大変な作業ではある。
男湯のほうはともかく、女湯に入るのは少々緊張してしまう。
だけど、この世界の女性は、俺に見られても気にしない人が多いようだ。
なので、堂々と女湯にも入れるという、素晴らしい状況である。
「あ、師匠ー! ちょうど少なくなってたんですよー」
湯船に浸かっていたシェリルが、両手を上げて俺を呼んだ。
うーん、役得だ。
シェリルは俺に見られても平気なようで、無邪気に両手を振っている。
その隣では、アリサが少し頬を染めて、それとなく体を隠していた。
惜しげもなく見せてくれるシェリルもいいし、恥じらいを見せるアリサも可愛い。
「いつ見ても、すごいスキルですねえ」
「ほんと、このお湯に浸かると、疲れがすぐに取れるのよね」
シェリルとアリサが、魔石から湧き出すお湯を興味深そうに眺めている。
うーん、素晴らしい眺めだ……。
「あっ、すみません」
「おっと、ごめんよ。もうすぐお湯が……わぷっ……」
「きゃっ! リクさん……。すみません……」
体を洗い終えたコレットが、背中にぶつかってきた。
視力の悪いコレットは、普段はコンタクトレンズのような魔法アイテムをつけている。
風呂に入るときは外すので、前がよく見えなかったみたいだ。
振り向いた拍子に、コレットの胸に顔が埋まった。
とてつもなく素晴らしい感触に、思わず意識が遠くなる。
「ご、ごめんなさい。前がよく見えなくて」
「いいんだよ。気にしないで……」
茹でダコのように顔を赤くして、コレットはシェリルの後ろに隠れてしまった。
この世界の女性としては、コレットは恥ずかしがりだ。
シェリルに聞いたところ、太っているのを気にしているということらしい。
そんなこと、まったく思わないんだけどな。
むちむちしてて、しかも年齢にそぐわぬ巨乳。
非常に目の保養になって、俺としては感謝の気持ちが浮かぶばかりだ。
「それじゃ、ごゆっくり」
「はーい」
ずっといるのも気が引けるので、お湯の補充が終わればすぐに戻るようにしている。
いくら気にしない人が多いと言っても、女湯だからな。
コレットのように、恥ずかしがる人もいるわけだし。
「リクさん、お疲れ様です」
番台に戻ると、カリンが蜂蜜酒のジョッキと、温かなシチューを持ってきてくれた。
「お、ありがとう」
「いえいえ、昼間も忙しいのに、いつもすみません」
酒場のほうは注文が落ち着き、みんなガツガツと料理を貪っている。
少し手すきになったカリンは、俺の傍で話し相手になってくれた。
「すっかり人出が戻ってきましたね」
「ああ、最初の頃は全然だったもんな」
「これも、リクさんのおかげです」
「いいんだよ。タダで泊めてもらうのも気が引けるからね」
「でも、疲れませんか?」
「なあに。お湯に浸かれば、一瞬で吹き飛ぶさ」
「ふふっ、そうですね。あとで、お背中流してあげますね」
カリンは可愛らしい上目遣いで言い、また酒場へ戻っていった。
俺のスキルが、こんな形で役に立つとは思わなかったな。
冒険者も街の人も、みんな笑顔で銭湯に来てくれる。
仕事が終われば、ハンナさんやカリンとお風呂に入るんだ。
あんな綺麗なお姉さんと美少女と、3人で入れるんだぜ。
ゲーム世界に取り残されて、一時はどうなるかと思ったけど、こんな楽しい日々が送れるとは思わなかったなぁ。
蜂蜜酒を喉に流し込み、絶品のシチューを味わいながら、しみじみと感慨に浸った。
感想、ブクマ、☆評価、執筆意欲に直結します!




