7.新人冒険者
「おはようございまーす」
カリンが元気良くギルドに入っていく。
いつもは冒険者で賑わっているはずだが、今は閑散としている。
受付に座っていた綺麗なお姉さんが、パタパタと足音を立てて駆け寄ってきた。
「カリンさん、おはようございます」
「コーデリアさん、冒険者登録をしたい方を連れてきましたよ」
カリンが言うと、コーデリアさんは目を輝かせた。
「まあ、本当ですか! こちらの方?」
「どうも、リクといいます」
冒険者ギルド受付のコーデリアさん。
初対面っぽい反応だけど、俺はよく知っている。
ゲームを彩る様々なクエストは、冒険者ギルドを通じて受注する。
この街では、コーデリアさんが受付担当というわけだ。
金髪ゆるふわロングヘアで、眼鏡をかけた綺麗な女性だ。
いつもにこにこと冒険者を迎えるので、ゲーム内でも密かに人気が高い。
プレイヤーの頃は何度か出会ってるはずだけど、やっぱり覚えられてはいないようだ。
「初めまして。受付のコーデリアです。よろしくお願いします」
丁寧に、コーデリアさんがお辞儀をする。
ゆったりとした衣装から、素晴らしい谷間が覗いてドキドキしてしまう。
「ご登録ですね。早速こちらに」
コーデリアさんと受付に行き、緑色の平たい魔石に手を載せる。
懐かしい、冒険者登録の魔法だ。
ブオンと魔石が振動して、鮮やかに光り輝く。
そして、一枚の輝くカードが生み出される。
「えっと、リクさん……男性……職業……グランド……えっ!?」
カードをチェックしたコーデリアさんが、目を真ん丸に見開いた。
まあ、そうなるよな。
初心者の街に、突如三次職が現れたんだから。
カードを受け取り、大事に懐にしまう。
冒険者カードは、登録した本人しか使えない魔法アイテムだ。
クエストで稼いだお金が自動的にチャージされて、電子マネーのように金銭のやり取りができる。
また、クエストで手に入れた素材や、ある程度の大きさの装備も収納できるので、非常に便利なのだ。
「えっと、一応そういうことで……」
「あっ、すみません。驚いてしまって。こちらとしては大歓迎です。今、とっても大変な状況なので……」
コーデリアさんの話では、一年前のある日、冒険者がすっかりいなくなってしまったんだそうだ。
そのため、日々の素材集めすらままなくなり、街もギルドも大変になっているらしい。
これは、サービス終了が関係しているんだろうな。
PvPがメインになっていたとはいえ、武器や防具を作るには素材集めが不可欠だ。
メインキャラやサブキャラで、それらのクエストをこなしていたプレイヤーは多かった。
サービス終了で、プレイヤーが一斉にいなくなってしまった影響か。
「それは大変ですね……。ん? 一年前?」
「はい、そうなんです。なにがなにやら、私どももサッパリでして」
サービス終了から、一年も経っていたのか。
いや、ゲーム内時間だから、完全に現実世界とリンクしているわけじゃない。
プレイしてるときは、だいたい一時間くらいで一日が過ぎる。
ということは、それでも俺は二週間ほど倒れていたことになるのか。
現実世界の俺は、いったいどういうことになっているのか心配になってきた。
「実は俺、その頃の記憶が曖昧で……」
プレイヤーであったことは伏せて、適当に誤魔化しながら伝える。
カリンを助けて、スキル”温泉”で治療したと聞き、コーデリアさんは目を丸くしていた。
NPCでグランドマイスターを見かけたことはないから、相当レアな職という認識なのだろう。
「噂には聞いてましたが、本当に存在するんですね……」
「あんまり目立ちたくないんで、職のことは伏せていてください」
「分かりました。でもパーティーを組むと分かってしまうかもしれませんが」
「それは仕方がないです。まあ、基本は一人でやれるんで、大丈夫だと思いますよ」
「そうですね。この辺りのモンスターは、リクさんであれば問題ないでしょう」
コーデリアさんから、改めて様々なクエストを提案された。
ほとんどが、周辺のモンスターを狩って素材を集めるクエストだ。
ついでに昨日集めた蜘蛛の糸を渡すと、ちょうど不足していたようで大変に喜ばれた。
なかなかなお金も手に入り、当面の生活は心配いらなくなる。
いくつかのクエストを受注して、カリンと一緒にギルドを出た。
「ふえぇ、リクさんって、もしかしてすごい人なんです?」
目を輝かせて俺を見上げるカリンに、ついつい頬が緩んでしまう。
まあ、対人戦では役に立たないけど、この辺のモンスターなら無双できるからな。
今度、カッコいいところを見せてやりたいな。
商店街を見て回り、街の外れに差し掛かる。
ここには、冒険者が最初に訪れる、冒険者道場がある。
手練のNPCがいて、初心者を鍛えるチュートリアルクエストを受けるところだ。
プレイヤーがいなくなった今は、NPCの冒険者を鍛えている様子だ。
道場では、冒険者を志す者が、剣や魔法を習う場所だ。
外では剣や槍で戦う前衛職が、建物の中では魔法職が修練をしている。
「おお、カリンではないか。入門しに来たのかね」
声をかけてきたのは、道場の主、アーヴィスだ。
”剣神”の二つ名を持つソードマスターであり、一流の冒険者でもある。
ガッチリとした鎧を身に纏い、肩に大剣を担いでいる。
「アーヴィス様、おはようございます。私に剣は無理ですよー」
「そうかな。ハンナの血を引いているのだから、素質はあると思うが」
穏やかな笑みを浮かべたアーヴィスが、俺を見て怪訝そうな顔をした。
「こちらはリクさん。私を助けてくれた冒険者さんです」
「ほう……。私はアーヴィス、この街で武術を教えておる」
「お名前はかねがね。俺はリクです」
アーヴィスが鋭い眼差しを向けてくる。
彼ほどの手練なら、俺の技量はひと目で見抜くはずだ。
「なるほど……。これは頼もしい。ぜひとも、私と共に、冒険者の育成に当たってもらえないだろうか」
「それほど足りていないのですか」
「うむ。送り出すだけなら、いくらでもできようが、送った側から死んでしまっては本末転倒。ギルドからは矢の催促をされておるが、一人前の冒険者を育てるには時間がかかるからな」
「確かに……。分かりました。俺ができることは何でも。こう見えてもグランドマイスターですからね。戦闘を教えるのには向きませんから、私が素材を集めて、新人冒険者のための装備を揃えましょう」
「只者ではないと思っていたが、グランドマイスターとは。ふむ、それならば、私から一つ頼みがある」
アーヴィスは道場に向けて、凄まじい大声を張り上げた。
「シェリル! アリサ! コレット! 来なさい!」
鼓膜が破れるかと思った。
耳の奥がキーンと鳴っている。
隣にいたカリンは、両手で耳を塞いでいた。
「はい! 先生!」
元気な声が聞こえ、修行着姿の女の子が三人駆け寄ってきた。
「リク殿。彼女たちは、今いる新人の中で一番の有望株だ。皆、自己紹介をしなさい」
「はい。シェリルです。ウォーリアーを目指して修行しています」
「アリサです。」
「えっと、コレットです。クレリックとして、みんなを助けたいと思っています」
シェリルは銀髪ショートで、活発そうな子だ。
前衛を目指すだけあって、腕や足は引き締まっている。
アリサは赤髪ポニテの勝ち気そうな女の子だった。
自分の能力に自信を持ってそうな感じだな。
コレットはちょっとぽっちゃりした黒髪の子で、他の二人の陰に隠れている。
「彼女たちは近くの村の出身でな。修行を始めて三ヶ月になる。そろそろ初級クエストに向けて装備を整えてやりたいのだ。よければ、頼まれてくれるかな」
「なるほど。お安い御用です」
初級冒険者の装備なら、街の周辺で素材を集めれば簡単にできる。
それぞれの希望を聞いて、早速取り掛かることにした。
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