4.まどろみ亭のハンナ
「カリン!」
街の入口が見えてきたあたりで、叫び声が聞こえた。
金髪のお姉さんが、血相を変えて駆け寄ってくる。
「心配したのよ! 夜になっても戻らないから」
「ごめんなさい、お母さん」
お姉さんは、ぎゅっとカリンを抱き締めた。
随分と、若く見えるお母さんだ。
「あの方に助けてもらったの」
「まぁ、そうなの?」
お姉さんが俺のほうを見る。
うん、すらりとしているのに爆乳、最高に綺麗なお姉さんだ。
「ありがとうございます。冒険者の方ですか?」
「ええ、一応……。リクといいます」
「カリンの母の、ハンナです。この度は娘がお世話になりまして」
ハンナさんは深くお辞儀をしてくれた。
たゆんと胸元が揺れて、深い谷間が見えてしまう。
うぅ、こんなに美人さんだったっけ……。
ゲームでは、いつも宿屋のカウンターにいるだけだったからなあ。
「リクさん、もう夜も遅いし、うちに泊まっていってください」
「あ、助かります。ちょうど探そうと思っていたので」
ハンナさんの申し出はありがたい。
この街に宿は何軒かあるけど、どうせなら綺麗なお姉さんがいるところのほうがいいよな。
カリンも嬉しそうだし、願ったり叶ったりだ。
街を歩くと、妙に人が少ないのが気になった。
石造りの建物が多い街並みは、ゲームで馴染んだものと同じだ。
だが、街を歩いている人は少なく、冒険者らしき人の姿もない。
なんだか、ずいぶん寂れてしまっている感じだ。
「こちらです。どうぞ」
ハンナさんの案内で、まどろみ亭の扉をくぐる。
正面に宿屋のカウンター、一階は酒場を兼ねたロビーのようになっていた。
端に階段があり、二階は客室がある。
「ご飯はまだですか?」
「はい、お腹ペコペコで」
ゲーム中の世界だが、一気に現実のような空腹を感じた。
「まあ、それじゃあ、腕によりをかけて作りますね。カリン、あなたも手伝いなさい」
「はい、お母さん」
ハンナさんとカリンが奥へ消える。
座席に腰掛けてあたりを見回すと、馴染みのある風景であることはわかる。
普段はここに冒険者が集まっていて、素材集めやモンスター退治の依頼が、ボードにたくさん貼り出されてるんだ。
だけど、今はボードに何も貼られておらず、客の姿もない。
いったいどうしてしまったんだろう。
「リクさん、お待たせ。お口に合うといいですけど」
しばらく待っていると、ハンナさんが食事を持ってきてくれた。
熱々のシチューと、焼きたてのパン。
美味しそうな匂いが、ぷんぷんしている。
「ありがとうございます! これはうまそうだ」
空腹に耐えかねて、パクっと食べてみる。
ゲーム世界だから少し心配だったけど、馴染みのあるシチューの味だし、食材もおかしなものはない。
不思議なことだけど、やっぱり、現実の世界として存在しているんだな。
「うん、うまい! とってもおいしいです」
「良かった。お口に合って。いっぱい食べてくださいね」
「はい! お腹ペコペコだったんですよ」
もりもりと食べる俺を見て、ハンナさんもカリンも嬉しそうにしている。
「ふぁ……」
そのうちに、カリンがあくびをして眠そうな顔になった。
「カリン、疲れたでしょ。今日はもう休みなさい」
「でも、リクさんとお話したいもん……」
カリンは粘ろうとしていたが、眠気のほうが勝ったのだろう。
そのうちに、テーブルに伏せて寝てしまった。
「あらあら、しょうがない子」
「今日は怖い目にも遭いましたからね」
「リクさんのおかげだわ。ちょっと寝かせてくるわね」
ハンナさんは軽々とカリンを抱えて、奥の部屋へと向かった。
細腕だけど、意外と力持ちなんだな。
程なくして、ハンナさんはジョッキを片手に戻ってきた。
「リクさんはお酒いける?」
「ええ、好きですよ」
「エールと蜂蜜酒があるけど、どっちがいいかしら」
「それじゃ、蜂蜜酒をお願いできますか?」
蜂蜜酒を飲んだことがないから、試しに頼んでみた。
この世界だと、メジャーなお酒なんだ。
ゲーム中のクエストでも、配達依頼があるくらいだ。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます。おぉ……うまい……」
ジョッキになみなみと注がれた、薄く色づいた蜂蜜酒。
香りもさわやかで、口の中に蜂蜜の風味がふわりと広がる。
これ、めちゃくちゃ美味い。
「ふふ、自家製なんですよ。私もご一緒していいかしら」
「ええ、もちろん!」
ハンナさんと向かい合って、ジョッキで乾杯する。
こんな綺麗なお姉さんとお酒を飲めるなんて、ラッキーだなあ。
「それで、カリンとはいったいどういうわけで?」
「ええ、それがですね……」
事の顛末を話すと、ハンナさんはものすごく驚いた。
「ええっ! あなた、グランドマイスターなの!?」
「まあ、一応……」
「一応でなれる職業じゃないわよ! すごい……。私も昔は冒険者やってたけど、グランドマイスターは出会ったことなかったわぁ……」
まあ、ゲームでも超がつくレベルのマイナー職だもんなあ。
ちなみに、NPCの冒険者というのもそれなりにいて、ゲーム中のクエストなんかで重要な役割を任されていることもある。
ハンナさんも、若い頃はそういう役回りをしていたってことなんだろう。
いや、今でも充分若いと思うんだけどな!
ハンナさんは店を閉めて、蜂蜜酒の樽を転がしてきた。
とことん飲もうという態勢のようだ。
こちらとしても、こんな綺麗な人と飲めるなら大歓迎だ。
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