42.影の襲撃
ナターシャの補助魔法のおかげで、旅路はとてもスムーズだった。
一週間後の夜半には、ダムニスの街並みを見渡せる高台まで到着した。
復興は道半ばのようだが、以前に比べると街の灯は増えている。
高台の林でキャンプを張り、明朝に街へ入ることと決めた。
ルビーが結界を張り、調理当番のライザとティルダが飯の支度をする。
俺とナターシャは、天幕を張って野営の準備だ。
ライザとティルダの料理はとても美味く、がっつりと腹を満たした。
食事を食べ終えると、俺は風呂の用意をする。
あらかじめ、湯を張るのにちょうどいい窪地を見つけておいた。
「こんなもんか」
薄緑色に輝く湯が、ふわりと湯気を漂わせる。
脱衣をする場所に敷布と籠を置けば、露天風呂の出来上がりだ。
ナターシャはまだ恥ずかしいみたいだけど、他の三人は普通に混浴をしてくれる。
一日の疲れを癒やし、素晴らしい眺めを堪能できるお楽しみタイムなのだ。
みんなを呼ぼうとしたら、凄まじい殺気を感じて身構えた。
同時に甲高い金属音が響き、細い棒が体に当たった。
それは細長く鋭い針のようなもので、黒い粘ついた液体が絡みついていた。
お湯に落ちた針が、白い煙を上げている。
毒かなにかが塗られていたのが、分解されているんだろう。
よく体に刺さらなかったものだと不思議に思っていると、体中に鱗のような紋様が浮かんでいた。
見覚えのある、ローザの鱗の形。
竜の加護、離れていても、俺を守ってくれたわけだ。
「みんな、襲撃だ! 気をつけろ!」
大声で叫び、岩陰に身を隠す。
間髪入れずに、二度目の針が飛来し、岩に突き刺さった。
モンスターの襲撃ではなく、こちらを殺す意思を持った攻撃だ。
針のようなものとは言え、岩に刺さるほどであれば、並大抵の腕ではない。
俺たちを狙うのであれば、おそらく操られたダークエルフの仕業だろう。
「リク! 大丈夫?」
ライザとティルダ、ナターシャ、ルビーが俺の傍に駆け寄ってくる。
「大丈夫だ。相手は飛び道具を使ってくるぞ」
「分かった。風の守りを使うわ」
「頼む。ルビーは結界の強化を。おそらく敵はダークエルフ。結界内では動きが鈍るはずだ」
「了解!」
ライザとルビーが詠唱を始める。
ティルダは周囲を警戒し、ナターシャは俺の槍を持ってきてくれた。
「リクさん、ダークエルフというのは間違いないですか」
「ああ、それ以外に襲われる理由がない。山賊の類というのも考えられないし。あの針に見覚えはないか? 毒が塗られているようなんだ」
湯の底に沈んでいる針を指差す。
「あれは……!」
ナターシャは青ざめて絶句する。
「知っているのか」
「はい……。あれは、族長の護衛隊が使っている武器です」
「護衛隊か、厄介だな。たしか、ナターシャのお兄さんがいたところか」
「はい。ダークエルフの中でも、手練ばかりが集まっています」
厄介な相手のようだ。
暗闇の中というのが、これまた面倒極まりない。
相手のフィールドで戦うのは、少々しんどい話だな。
姿は見えないが、結界の周りで気配が感じられる。
「このままじゃ、ジリ貧だ。相手の姿が見えないことには……」
「光の精霊で照らしてみる?」
「リク、私は夜目が効く。ライザと息を合わせて飛び出せば、相手を見極められる」
「ティルダさんの合図で、足止めの魔法を使います!」
瞬く間に作戦が決まった。
心強い仲間たちで助かるぜ。
「よし、それでいこう。ルビーは結界を強化してくれ。万が一飛び込まれたら、俺が守る」
「わかったよ、お兄ちゃん!」
ルビーが祈りを捧げると、結界の円が青白く輝く。
これで、結界内の光源も確保できた。
「じゃあ、ティルダ、行くわよ!」
ライザの詠唱と同時に、ティルダが音もなく気配を消す。
木々や草むらに身を潜める、フェアリーレンジャーの真骨頂だ。
「光の精霊よ、闇に隠れし者を照らし出せ!」
ライザの号令と共に、5つの光球が放たれる。
キャンプをぐるりと一周し、サァッと放射状に広がった。
「いたわ!」
ライザの声が響き、光球が一点を目指して飛んでいく。
闇に潜む何者かの攻撃で、光球が次々と撃ち落とされた。
そこへ、ティルダの放つ無数の矢が、広範囲に渡って降り注ぐ。
さしもの敵も、数本の矢を体に受け、動きが鈍っている。
「大地の巨人トロル! 我が命に従い、仇なす者を引き裂け!」
ズゥンと爆音が轟き、ナターシャが召喚したトロルが出現した。
異様に長い両腕を持つ、筋骨隆々で毛むくじゃらの巨人だ。
一般的なイメージと違い、この世界のトロルは尋常じゃない速度を誇る。
『グオォォォォ……』
雄叫びをあげたトロルが、敵の気配を察して突撃していく。
俺に放たれたのと同じ毒針が飛ぶが、トロルの剛毛には通じない。
身をかわした敵を、トロルの長い腕が捕らえ、高々と持ち上げた。
「リク! 敵は一人よ!」
「ナターシャ! あいつを温泉につけるんだ!」
「分かりました!」
ナターシャの命令で、トロルは一飛びでキャンプに戻り、両腕で捕らえた敵を温泉に突っ込んだ。
『ギャアァァァァァ!』
この世の者とは思えない、凄まじい悲鳴が上がる。
もうもうと白煙が立ち、敵もトロルも姿が見えなくなった。
「ナターシャ、もういいだろう」
白煙が薄くなったタイミングで、トロルを元の世界に返す。
一つだけ生き残っていた光の精霊を、ライザがキャンプに呼び戻すと、敵の姿がよく見えるようになった。
「ああ、そんな!」
「待て! ナターシャ!」
衝動的に駆け出したナターシャを、体を張って止める。
その瞬間、背中に強烈な一撃を食らった。
「うぉっ! いってぇ……」
『ガッ……ゴボッ……グヌゥ……』
振り向くと、ナターシャのときと同じ、あの禍々しい赤の石が、湯の中で崩れ落ちていくところだった。
おそらくあの石が最後の力を振り絞って攻撃してきたのだろう。
背中は強烈に痛いが、どうやらローザの力が俺を守ってくれたようだ。
「あっぶねえ……竜の加護が無かったらどうなっていたか。大丈夫か、ナターシャ」
「はっ……はい……。すみません……。でも、あの!」
「どうした! 落ち着け、ナターシャ!」
激しく取り乱すナターシャは、俺の手を振り解いて駆け出す。
「兄さん! 兄さん!」
温泉の中で身を起こした男に、ナターシャが飛びついていく。
なんと、襲ってきた敵は、ナターシャの兄、キールだった。
気に入っていただけましたら、感想、ブクマ、評価をお願いいたします。




