40.惨劇の記憶
「きっかけは、族長の家から火が出たことです。たちまち大騒ぎになりました。森で火は厳禁。みんな、そのことは痛いほど分かっているはずなのに……」
「原因はなんだったんだ?」
「分かりません……。とにかく私たちも、祈りを中断して戻りました。今思えば、あのまま祈りを続けていれば、と悔やんでいます。ベナル様のお力を借りることこそ、ダークエルフの危機を回避できる、唯一の方法だったかもと……」
ナターシャは悲しそうに俯き、涙を一雫こぼした。
「火の手は族長の家を飲み込み、周囲に燃え広がっていました。多くの仲間たちは、水や氷魔法を使ったり、川から水をすくい上げたりと、協力して消火に努めていたのです。ですがその中に……」
ナターシャの肩が小刻みに震える。
「仲間たちに混ざって、奇妙な動きをする者がおりました。目が爛々と輝き、何かに取り憑かれたように、ふらふらと歩いているのです。必死に消火をする仲間たちに、彼らは短剣を構え、魔法を唱え、背後から容赦の無い攻撃を加えたのです……」
「その時点で、攻撃に優れる者を操っていたんだろうな」
「おそらくは……。私は何が起きているのか理解できず、混乱の渦に巻き込まれていく仲間たちを見ていることしかできませんでした。そのとき、後ろにいた巫女の一人が、他の巫女に短剣を突き立てたのです。何かおかしいと思っていても、同族相手に攻撃ができるものではありません。たちまち私一人だけが残り、必死に逃げ出したのです」
そのときのナターシャが感じていた恐怖、いかほどだろうか。
俺には想像することすらできなかった。
「逃げている間にも、仲間たちは倒れていきました。そして、信じられないことに、その倒れた仲間たちが立ち上がり、武器を振るってくるのです。もう訳が分からず、森の外れに向かってひた走りました。そこで、私は兄さんに助けられたんです」
「兄さん?」
「はい。私の兄、キールは最高の暗殺職、デッドリーシーカーです。兄は私を守って必死に戦ってくれました。でも、衆寡敵せず、多くの仲間たち……いえ、仲間だった者たちに囲まれてしまいました」
皆、ナターシャの話を、固唾を呑んで聞いている。
「私に『逃げろ』と叫んで、兄は斬り込んでいきました。せめて足止めになればと思い、精霊の力を最大で解き放ち、周囲の者たちを拘束したのです」
精霊魔法で拘束の力を持つのは、バインドという魔法だ。
複数人にかけることができるなら、ナターシャは相当高レベルだということになる。
それに、お兄さんは最強レベルの近接アタッカー職、つまり恐ろしいほどの力を持った兄妹だったはずだ。
だが、やはり同族相手では、力を発揮し切れなかったのだろう。
「兄は悲しみの叫びをあげながら、仲間たちを斬り捨てていきました。ですが、斬られた傍から、仲間たちは立ち上がって兄にまとわりつくのです。私は恐怖と悲しみで動けなくなってしまいました。そこを弓で狙われ……。最後に見たのは、満身創痍になりながら、私の名を必死に呼ぶ兄の姿で……うぅっ……」
「すまなかった、ナターシャ。辛い話をさせてしまった」
「いえ……。リクさん、私はどうすればいいでしょうか」
ナターシャは縋るような目で見つめてきた。
「俺のスキルで、ナターシャを助けることができた。他のダークエルフも同じようにできると思う。ただ、今の時点では相手が多すぎる。でも、必ずダークエルフは救わなければいけない。だから、それまでの間、俺たちと行動を共にしないか? ナターシャの力を貸してほしい」
「はい、ありがとうございます。私で良ければ、いくらでも……」
涙を拭いながら話すナターシャと、しっかりと握手をした。
「よーし! それなら早速、歓迎会しましょ!」
「それなら、エルフ秘蔵のワインがあるぞ」
「いいわね!」
ライザとティルダが、ことさら明るい声で言う。
「では、お手伝いいたしましょう」
「ルビーもやるー! お酒大好きー」
ハヅキとルビーも手を挙げて、準備を手伝いに行った。
ローザはナターシャに寄り添い、ハンカチで涙を拭いてあげている。
「リクさんはすごいです。どんどん仲間を増やしていきますね。きっと、うまくいくんだと思います。私、信じています」
うっすらと目に涙を浮かべたカリンが、口元をほころばせる。
「ありがとう、カリン。できるかどうか分からないけど、やるしかないからな。俺一人では無理なことだ。みんながいてくれるから、きっとできるんだと思う」
「はい! 私も、精一杯頑張ります!」
そこへ、ライザとティルダが、お皿いっぱいの木の実を持ってきた。
ハヅキとルビーは、大きな樽を抱えている。
ナターシャを囲んで、ささやかではあるが、とても温かな歓迎会が開かれた。
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