39.闇の巫女 ナターシャ
「ああ、いい湯だったぁ」
「素晴らしかった。ありがとう、リク」
ライザとティルダが、最高の笑顔を向けてくれる。
二人とも、ほんのりと肌が火照って、なんとも色っぽい。
夜もだいぶ遅いから、そろそろ戻って休むことにしよう。
「あの……」
お湯から上がろうとしたら、木陰から顔を覗かせたナターシャと目が合った。
ナターシャの目が真ん丸くなり、視線が徐々に下がっていく。
そこには湯上がりでホカホカに温まった、丸出しの愚息が……。
「きゃあああぁっ!」
「うわあああぁっ!」
同時に悲鳴があがり、ナターシャは後ろを向き、俺は股間を隠して湯に逆戻り。
「あんたが悲鳴上げることないでしょうに」
「いや、すまん。つい……」
「ぷっ……ふふふっ、リクと一緒にいると、面白いことばかりになりそうだな」
俺の情けない姿を見て、ライザとティルダが大笑いする。
ティルダはともかく、ライザにはあとで仕返ししてやる。
「もう大丈夫だよ、ナターシャ」
衣服を整え、ナターシャに声をかける。
ライザとティルダは、まだお湯に浸かったままだ。
恥ずかしがっていたのが嘘のように、ティルダはすっかりリラックスして手足を伸ばしている。
お湯に揺らめくエルフ美女から、強引に視線を引き剥がした。
「ごめん、変なもの見せちゃって」
「いえ……大丈夫です……」
真っ赤な顔で俯き、ナターシャは小さな声で言った。
見た目は派手な感じなんだけど、かなり純情な乙女のようだ。
なんとも恥ずかしいところを見せてしまったな。
「ナターシャ、もう動いて平気?」
「はい。おかげさまで快復しました。ありがとうございます」
精神的にも身体的にも、かなり消耗していたからな。
顔色も良くなっているし、とりあえずは一安心か。
「それで、どうしたの? もしかして、何か思い出した?」
「はい、そうなんです。早く伝えたほうがいいと思って……わわっ!」
後ろで水音が聞こえ、ナターシャがまた顔を赤くする。
振り向くと、ライザとティルダがお湯から上がったところだった。
堂々と立った二人の肌が、月明かりの下、幻想的に浮かび上がっている。
「ふう、いいお湯だった」
「ありがとう、リク。また頼むよ」
「うん、分かった。分かったから」
慌てて視線を逸らした俺を見て、二人はクスクスと笑っていた。
「だから、二人とも早く服を着てくれ!」
「はーい」
まったく、どこに目を向けていいか分からない。
「立ち話ですることじゃない。宿舎に戻ろう」
ナターシャと宿舎に向かうと、後ろからライザとティルダが追いかけてきた。
「ちょっとー、置いてかないでよー」
「少しからかっただけじゃないか。そんなに怒るなよー」
ライザは元からだけど、ティルダも意外とお茶目というか、そういう一面があるんだな。
別に怒っているわけではないので、二人を待って一緒に歩いていく。
本当なら、もっとじっくり眺めたかったが、ナターシャの手前、そういうわけにはいかない。
ここは、涙を飲んで、そういう気持ちを堪えるのだ。
「さてと、それじゃ、ナターシャの話を聞こう」
宿舎の広間に、ナターシャと向かい合って座った。
ナターシャの隣にはライザとティルダ、ルビーが腰掛け、俺の隣にはカリンとハヅキ。
少し離れて、ローザが壁にもたれかかっている。
「思い出したと言っても、断片的なものです」
「大丈夫。今は少しでも情報が欲しい」
「はい。まず私のことから話しますね。森では、ダークルーラーとして、ベナル様の巫女を務めていました。攻撃よりは、補助魔法が得意です」
ダークルーラーは、ダークエルフの専用職業で、魔法使い系の上位職だ。
ナターシャが言う通り、攻撃魔法は得手ではなく、その代わり味方の能力をアップさせる補助魔法が主体となる。
さらに、敵の能力をダウンさせる魔法も多彩なので、パーティーに一人いるだけで戦力が爆上がりする、重要な役どころだ。
「ここ何年かはエルフとの諍いも無く、平和に暮らしていたんです。ただ、少し前に、同族の仲間たちが急に姿を消してしまったんです。それで、森は大混乱に陥りました」
サービス終了に伴う冒険者消失事件、やはりダークエルフにも影響を及ぼしていたか。
「やっと混乱が落ち着いてきた頃、村に見知らぬ男がやってきたんです。例の黒ずくめの男です」
「そいつはダークエルフだったんだよな」
「はい。同族でしたが、誰も知らない男でした。でも、魔法の腕は相当なもので、強い仲間を失った森では頼りにされていました」
血染めのレンだと思われるが、どのように取り入ったのだろう。
「そいつの名前は?」
「シノビ……と名乗っていました」
その瞬間、ライザがハッとしたように俺の顔を見た。
俺も、ゾワッと肌が粟立つのを感じる。
シノビとは、血染めのレンが結成したPK同盟の名だ。
その名の通り、忍者を意識してつけた名前なんだろう。
これで、ほぼ確信する。
ダークエルフを操っているのは、血染めのレンで間違いない。
「それからしばらくして、仲間たちの雰囲気が変わってきました。とくに、前衛で戦う職の者や、攻撃魔法を得意とする者たちが、妙に好戦的になっていったんです」
おそらく、ネクロマンサーの使う付与魔術だろう。
理性を失わせ、攻撃力を増大させるスキルがあるんだ。
「エルフ族を滅ぼすことを、みなが口々に主張するようになったのです。長い歴史の中で、たしかに不和な時期もありました。でも、今は友好的に接していたんです。私はおかしいと思い、族長に話をして、ベナル様に祈りを捧げ、お伺いを立てることにしたんです」
「ナターシャは、女神と話すことができるのかい?」
「話すというよりは、祈りを捧げ、問いかけを送るのです。そうすれば、ベナル様の声をいただくことができます。果たしてエルフ族に攻め入ることが是か非か、ベナル様の判断を仰ごうとしたんです。私は仲間の巫女たちと、ベナル様の祭壇で祈りを捧げようとしました。そこへ……」
ナターシャは肩を震わせ、声を詰まらせる。
両隣にいるライザとティルダが、彼女を気遣うように手を握った。
「すみません。あのときの恐怖が……」
「ナターシャ。無理に話さなくてもいい」
しかし、ナターシャは首を横に振った。
「いえ、話しておかないといけないことです。私たち、ダークエルフに何が起きたのか……」
ナターシャは涙を拭い、真っ直ぐに俺を見つめた。
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