37.プレイヤーキラー
その夜、エルフの村は穏やかな静寂に包まれていた。
世界樹の実を持ち帰ったことで、イーリスもついに決断をしてくれた。
村の住民を率いて、始まりの街への移住を始めるのだ。
村の中央にある女神ルロナの聖堂で、エルフたちは祈りを捧げながら、別れの儀式をしている。
夜更け、村の郊外の窪地に、ライザを呼び出した。
他のみんなは、与えられた小屋で休んでいる。
ダークエルフのナターシャは、精神的な消耗が激しく、ルビーがつきっきりで看護していた。
僅かな時間で話を聞いたが、ナターシャが覚えていたのは、黒ずくめの男の姿だけだった。
長い耳と同じ肌を持っていたそうなので、おそらくダークエルフと思われるが確証はない。
「すまないな、夜中に」
「いいわよ。ナターシャの、いえ、ネクロマンサーのことよね」
「ああ、そうだ」
暗がりの中、草むらに座って話している。
聞こえてくるのは木々のざわめき、夜空には明るい月が浮かんでいた。
「もう一人いるのね」
「そうとしか考えられない。ネクロマンサーはプレイヤー専用の職業だからな」
「それも、ダークエルフの専用職ね」
ゲーム中では、対人戦にとてつもない力を発揮し、恐れられていた職業だ。
倒した相手をアンデッドとして蘇らせ、一定時間操るスキルが強力だった。
自らの魔法力も半端なく、生半可なプレイヤーでは歯が立たない。
力が大きい分、ネクロマンサーに転職する道は険しく、ゲーム中では数人しか心当たりがいない。
「俺たちと同じように、この世界に転生していたということだろう」
「どうやら、味方になるような相手ではなさそうね。ナターシャを殺したのも、ネクロマンサーだとすると納得はいくわ」
「それにしても、ダークエルフを、それも相当な人数を殺すだなんて、まともな思考じゃない」
「ほんとね。まさか全員というわけじゃないと思うけど……」
「いくらなんでも、生き残っているダークエルフがいるはずだ。彼らの力を借りる必要がある」
「ねえ、ネクロマンサーをしていたプレイヤーに心当たりはある?」
顎に指を添えて考えてながら、ライザが尋ねてくる。
「うーん、俺はあまりパーティー組まなかったし、対人戦もやってないからなあ……」
「そっか。私は対人戦目的の同盟に入ってたけど、交流のあったプレイヤーで、そんな酷いことをする人は……」
ハッと顔を上げたライザが、声を潜めた。
「ねえ、血染めのレン、っていうプレイヤー、知ってる?」
「あっ、いたな! 迷惑プレイヤーでアカウント消されたやつだろ」
スカーレット戦記がサービス開始して間もない頃、迷惑行為が横行したことがあった。
PKという、プレイヤーが他のプレイヤーを攻撃する行為が多発したのだ。
ゲームの仕様上、PK行為は容認されていて、一種のロールプレイであるという見方もできる。
だが、普通に遊んでいる人にとっては、迷惑極まりない行為だった。
PKは一定のペナルティがあり、衛兵に攻撃されるようになり、街の施設やギルドを利用することができなくなる。
また、通常は白文字で表示されるプレイヤー名が、通称赤ネームと呼ばれる赤い文字になり、PKプレイヤーであることがひと目で分かるようになる。
PKプレイヤーが他のプレイヤーに攻撃されて倒されると、装備している武器防具やアイテムをドロップしてしまうため、代償のある行為なのだ。
そして、PKを繰り返していると、赤ネームが直ることがなくなり、徐々にプレイヤーの姿が返り血を浴びたように真っ赤に染まっていく。
PK自体はゲームの仕様上可能な行為なので、厳正な対処は行われない。
ただ、度が過ぎると話は別だ。
サービス開始から一年ほど経った頃、厄介な同盟が誕生する。
PKすることだけを目的にしたプレイヤーが、数多く集っていた。
その同盟を率いていたのが、血染めのレンと呼ばれるネクロマンサーだった。
超絶廃人プレイで一気にレベルを上げ、赤ネームのペナルティも構わずに、初心者、上級者問わずに、執拗なPKプレイを繰り返していた。
累積ペナルティで、消えることのない返り血を浴びたプレイヤーのため、血染めのレンと呼ばれて忌み嫌われたのだ。
大規模で執拗に粘着するPKプレイに辟易し、ゲームを離れるプレイヤーが続出したため、運営会社も決断をせざるを得なくなる。
血染めのレンを始めとした、PK同盟プレイヤーのアカウントを永久凍結したのである。
その後、スカーレット戦記では、PK行為のペナルティが大幅に強化された。
また、プレイヤー同士の同盟戦が実装され、対プレイヤー戦を安全に楽しめるようになったことで、PKをする者は激減していった。
「しかし、あいつが活動していたのは相当前の話だぞ」
「でも、そんなことするプレイヤーなんて、他にいないと思う」
「うーん。十年近く前のプレイヤーだからなあ。だけど、ライザの言うことにも一理あるか」
「そんなやり方するような人、あの人以外に考えられないわ」
ダークエルフを操っているのがレンだとすると、その実力は侮れない。
物事を慎重に進めていく必要があるだろう。
万が一、こちら側の種族に犠牲者が出たら大変だ。
「どうにか手がかりが欲しいな。俺のスキルが効果的なのも分かったし、一気に救うことができれば……」
「そうね。でも、急いては事を何とやらって言うじゃない。まずはできることからやっていきましょ」
ライザが、スッと俺に寄り添ってくる。
月明かりの下で、二人のシルエットがそっと重なって……。
「おっ、すまん。取り込み中だったか」
木陰からティルダが姿をあらわし、俺たちは慌てて体を離した。
「どうしたんだ? 儀式はもう終わったのか?」
「朝まで続く。あんなことがあった後だ。見回りを欠かすわけにはいかないからな」
「そうか、大変だな」
「いや、それが私の役目だからな。ところで……」
俺をチラチラと見ながら、ティルダが口籠る。
割とズケズケ言うタイプなのに、どうしたんだろう。
密会してたとでも思われて、変な誤解されてしまったか。
ライザと顔を見合わせながら、いったい何を言われるのかと身構えた。
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