34.エルフの族長 イーリス
「ここが族長の屋敷だ」
村の中央にある巨木。
はるか上に、木で作られた家が見える。
下は広場のようになっていて、噴水やベンチが置いてあった。
普段は、エルフが集う憩いの場となっているところだ。
「村の者たちは、各自の家で祈りを捧げている。そうすることで、かろうじて世界樹を維持しているんだ。これまでいただいていた力を世界樹にお返しすることで……」
苦渋に満ちた表情で、ティルダが話してくれた。
それでは、エルフの生命力そのものを犠牲にしているということじゃないか。
「族長様にお伺いを立ててくる。ここで待っていてほしい」
ティルダが巨木の陰に消えた。
俺たちは広場のベンチに腰掛け、しばし休息をとる。
「久しぶりの故郷……って言いたいところだけど、なんだか寂しい風景ね」
エルフでプレイを始めたライザは、序盤の拠点がエルフの村だ。
本来であれば、エルフが美しい歌声を奏でている、神秘的な風景だったはずだ。
「ライザお姉ちゃんは、ここで育ったの?」
「んー、まあ、そんなところね」
ルビーの質問に、ライザは苦笑いをして答える。
仲間に隠し事をするのは微妙な気分だが、なんとも説明のしようがない。
ハヅキとカリンは、辺りの景色を眺めて話をしていた。
ローザはじっと腕組みをして、目を閉じている。
「お許しが出た。リク殿、私と一緒に来て欲しい。他の方々は、ここで待っていてくれ」
ティルダに案内され、巨木の裏側に回る。
そこには、真っ直ぐ樹上に伸びるハシゴが取り付けられていた。
「ここを登る。ついてきてくれ」
「えっ!? ティルダのあとに登るのか?」
「ん? 何か問題があるのか?」
「いや……うん、ティルダがそれでいいなら……」
「変なことを言うんだな」
ティルダは俺を一瞥し、さっさとハシゴを登り始めてしまう。
慌てて後に続くが、このまま上を見たら……。
「神様……ありがとうございます……」
ティルダは、はいていない。
ゆえに、絶景が目の前に広がっていた。
「なんだ、リク殿。高いところは苦手か? 腰が引けているぞ」
俺を見下ろしたティルダが、バカにしたように笑っている。
なんと思われても構うものか。
この光景は、しっかりと目に焼き付けておきたい。
「族長様、お連れしました」
登り切ると、木の扉がある。
軽くノックをして、ティルダが中へ入った。
先程の絶景を反芻しながら、少し腰を引き気味で後に続く。
「ようこそ、エルフの村へ」
輝くような笑顔の女性が出迎えてくれた。
「エルフの族長、イーリスと申します。お見知りおきを」
「初めまして、リクです。よろしくお願いいたします」
薄緑色のローブを身にまとった、とても美しい女性だ。
おっとりした顔立ちで、落ち着いた声色、輝く金髪はゆるいウェーブを描いている。
アメリエットさんと似た雰囲気の、素敵な女性だな。
差し出された椅子に腰掛けると、イーリスがお茶を淹れてくれた。
ハーブの香りが漂う、温かなお茶だ。
一口すすると、ふわりと爽快感が広がる。
「これは美味しいですね」
「ふふっ。妖精が育てた薬草を調合したものです。疲れがとれますよ」
「すうっと体にしみるような……素晴らしい味です」
「ありがとうございます」
ティルダは、無言でイーリスのそばに控えている。
「さて、こちらにはアメリエットの使いでいらしたとか」
「はい。実は……」
始まりの街で起きた出来事を、かいつまんで説明した。
この世界がゲーム世界であることは伏せ、仲間たちに話した内容と同じである。
「なるほど……。アメリエットは大丈夫なのですか?」
「はい、俺のスキルで、なんとか命をつなぐことができました」
「そうですか。我々も力をかなり失っております。人間の街で起きたように、我々の村から旅立ったエルフたちも、存在を感知できなくなってしまったのです」
人間族と同等、いやそれ以上に、エルフを選ぶプレイヤーは多かった。
ここでも、その影響が出ていたか。
「あらかたのお話は分かりました。ですが、私たちは世界樹を離れて生きていくことはできないのです。いま、ここを離れれば世界樹は滅び、同時に私たちも命を失ってしまう」
イーリスの顔が暗く沈む。
「リクさんは、女神ルロナ様の魔石をお探しとか。ルロナ様は世界樹と一心同体。世界樹が無事であれば、力にもなれたでしょうが……」
「世界樹に、いったい何が起きているのですか? 森がすっかり変わってしまって」
「ダークエルフの仕業です」
世界樹はエルフの結界が張られていて、他種族が近づくことはできない。
ダークエルフであれば、結界を破壊や無効化する方法があってもおかしくない。
「エルフとダークエルフは、不仲だと聞きましたが、そこまで……」
「不仲……そうですね。一時期は、過去の対立を忘れ、共闘していた日々もありました。しかし、また元のように……」
そうか、ゲームの中では、エルフもダークエルフも、プレイヤーが選ぶことができる種族だ。
設定上では不仲であっても、プレイヤー同士は関係なく交流をしていた。
それが、サービス終了と同時に、元の関係性に戻ってしまったということか。
「彼らが世界樹を狙うのは、以前から変わっていません。我らも変わらず、世界樹を守っていくのみ。しかし、ここ最近、彼らの力が異様に強くなってしまったのです」
「奴らは……死なぬのだ!」
悔しげに拳を握り締め、ティルダが声を荒げた。
「死なない? それは……」
「文字通りの意味だ。我らとて、無益な殺生はしない。世界樹から追い払えれば良いのだからな。しかし、やむを得ないときは、命を奪うときもある。それが……」
ティルダの肩が、ぶるっと震えた。
「矢を撃ち込んでも、魔法で吹き飛ばそうとも、奴らは変わらずに押し寄せてくる。何をやっても、決して死なないのだ」
青ざめた顔で、ティルダが話す。
相当の恐怖だったのだろう。
「森の番人たちが無事だったのは幸いでしたが、世界樹に取りつかれてしまったのです」
イーリスはティルダを気遣いながら話してくれた。
死なない、とはどういうことだろう。
なにか、召喚や幻影の類だろうか。
「我々も、相当の戦力になると思います。一度、世界樹まで案内していただけませんか」
「しかし、危険ですよ」
「承知の上です。それに、世界樹を救わなければ、エルフは滅んでしまい、女神様の魔石も見つからない」
「そのとおりですね。我々では力不足でしたが、あなた方の力を借りれば、なにか突破口が開けるかもしれません」
イーリスは一つ頷き、すっと立ち上がった。
「ティルダ、彼らを世界樹に案内してさしあげなさい」
「かしこまりました」
ティルダは膝をつき、深く一礼する。
「森の番人で、まともに動けるのはティルダのみです。残りの者は重傷を負って伏せております」
「ティルダがきてくれるのであれば、こちらとしても心強い。ティルダの実力は分かっておりますので」
「エルフ最強の戦士です。きっとお役に立つでしょう」
イーリスと俺に褒められ、ティルダの頬が少し赤らんでいる。
普段がクールだから、少し新鮮だ。
「では、早速お願いしたい。事は急を要します」
こうして、俺たちは世界樹へと向かうこととなった。
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