32.エルフの森へ
エルフ族がどうなっているのか、一刻も早く確かめなければならない。
アメリエットさんを休ませて、急いでまどろみ亭に向かう。
ライザは無事だろうか。
「ライザ!」
部屋に駆け込むと、ライザがうつ伏せに倒れている。
そばには、慌てた様子のルビーがついていた。
「ああ、ライザもか! おい、大丈夫か!」
「ごめん、お兄ちゃん。私がついていたのに」
「いや、ルビーのせいじゃない。もっと早く気づいていれば……」
ライザは倒れたままピクリとも動かない。
遅かったというのか。
だが、女神のお湯に浸かれば、まだ間に合うはずだ。
「ライザ、しっかりしろ!」
「うぅ……もうダメよ……力が入らないの……」
上体を起こしてやると、ライザが目をつむったまま呻いた。
「くそっ! こんなことでお前を失うわけにはいかないんだ。ライザ、今、治療してやるからな」
「ダメ、動かさないで……もう、ダメなの……」
「何を言ってる! そんな泣き言を言うな。俺に任せろ!」
「待って! お兄ちゃん! ライザさんは……」
袖を引っ張って、ルビーが止めようとしてくる。
早くしないと、間に合わなくなってしまうかもしれない。
「ルビー、急がないとダメなんだ」
「違うの! ライザさんは……あっ!」
「オボロゥェェェ……」
ライザを抱えようとした瞬間、盛大に……キラキラが溢れ出た……。
「あの……ライザさん?」
「だから動かすなって言ったじゃない……オウゥゥェェェ……」
ヒロインとしてありえない姿をさらしながら、ライザが恨めしそうに俺を見つめる。
「お兄ちゃん……ライザさん、お酒を瓶で一気飲みしちゃって……。私は止めたんだけど、言うこと聞いてくれなかったの。本当にごめんなさい」
「うん、大丈夫だよ、ルビー。お前は悪くない」
にっこりとルビーに微笑んで、ライザを風呂場に運ぶ。
桶でお湯をすくって、頭から浴びせてやった。
「きゃあっ! 何すんのよ!」
「うるせえ、このゲロインが!」
「ゲッ……ゲロインって何よ! 失礼ね!」
「ゲロインはゲロインだよ! 心配した俺の気持ちを返せ!」
「知らないわよ! 何なのよ、もう!」
お湯の力でキラキラは綺麗に消え去り、ライザの悪酔いも治っていく。
「ちょっと! もういいわよ! もう治ったってば!」
「うるさい! 酔っぱらいゲロインめ!」
「何よ、いきなり! リクのバカ!」
「お兄ちゃんも、ライザさんもやめて!」
お湯をかけあう不毛な争いは、追いついたルビーが仲裁してくれるまで続いた。
「いま、拭くもの持ってくるから」
ルビーがテケテケと駆け出していく。
「まったく、いきなり何なのよ」
「はぁ……とりあえず、平気なようでホッとしたぞ」
お互いずぶ濡れのまま、ライザに事情を話す。
「アメリエットさんが? ふぅん、世界樹……ね。私は平気だけど……」
「本当か? エルフは影響を受けるみたいだけど」
「もしかしたら、元プレイヤーだからなのかも。この世界で生まれたエルフとは違うんじゃない?」
「そうか、あり得るな。何にしても、無事で良か……」
ライザが、ニンマリと笑みを浮かべた。
「あらぁ、私のこと、そんなに心配してくれたんだ」
「いや、そりゃ、大切な仲間だから……」
「ふぅん。ライザ! なーんて叫んじゃって。ふふっ、なんか嬉しい」
甘えるように、ライザが頬を擦り寄せてくる。
「当たり前だろ。お前は俺の大事な……」
「エッヘン、オッホン」
甘い空気になり、ライザと唇を近づけた瞬間、咳払いが聞こえた。
「もう仲直りしてるー。まったくー。そういうことは、二人っきりでやってー」
ルビーが呆れたように言い、俺とライザにタオルを放り投げてきた。
「そうだ、ルビー。急いでみんなを集めてくれ。大事な話があるんだ」
「分かった。酒場でいい?」
「ああ、頼む」
身支度を整えて酒場に戻ると、仲間たちが勢揃いしている。
「みんな、夜遅くにすまない」
「何があったの?」
ハンナさんが、簡単な食事を用意してくれている。
「アメリエットさんから、エルフの村、世界樹に異変が起きていると聞きました」
ここまでの話を整理して、みんなに伝える。
「なるほどね……。それは急ぐ必要があるわね」
「はい。急ですが、今夜にも旅立とうと思います。魔石の件もあるので、俺とカリンは行きます。エルフの森では木々の上に棲息したり、空を飛んだりするモンスターが多い。近接系の職では手こずるでしょう。弓を使えるハヅキ、氷魔法を得意とするライザを連れていきます」
ハヅキとライザが、嬉しそうに微笑んだ。
「あとは、結界と回復役はルビーに頼む」
「あの、師匠。私たちは……」
シェリルが真剣な眼差しで聞いてくる。
「すまん、今回も連れてはいけない。それに、森ではアリサの得意な炎魔法が使えない」
「炎魔法が? どうして?」
首を傾げるアリサに、理由を説明する。
「エルフは森を焼かれてきた歴史から、火を嫌っている。それに、向こうで何が起きてるか分からないから、今回は少数で行く」
「分かった。仕方ないね。修行積んで強くなるから、今度は必ず連れてってね」
「私も……! 一生懸命修行します!」
シェリルたちも、だいぶレベルを上げてきている。
連れていく機会を作ってやらないとな。
「ローザ、急ぎだから、また空から頼むよ」
「うむ、任せろ」
これでメンバーが決まった。
俺とカリン、ハヅキ、ライザ、ルビー、そしてローザ。
早速、旅支度を整えて、街の外に向かう。
『いつでもいいぞ』
既に竜の姿となったローザが、大きく翼を広げた。
夜目にも、白銀色に輝く鱗が美しい。
鞍はルビーがつけてくれていて、俺たちは順番に乗って体を固定した。
「うひゃぁ、空飛べるなんて、素敵ー」
「こら、遊びじゃないんだから」
「分かってるわよ。ドラゴンに乗るのって、ちょっとしたロマンよねえ」
俺の前にカリン、後ろにはライザがしっかりしがみついている。
一番前にルビーが乗り、最後尾にハヅキだ。
「またご主人さまにくっついて……。あなたという人は……」
「こういうのは早いもの勝ちなのよ」
「うぅ、帰りは私がご主人さまと乗りますからね!」
ハヅキとライザの争いも、毎度おなじみになってきたな。
『よし、いくぞ。飛ばしていくから、しっかり掴まっていろ』
バサッバサッと翼をはためかせ、ローザが浮いていく。
ハンナさんたちに見送られ、はるか北のエルフの森へと向かった。
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