31.アメリエットの異変
まどろみの湯を開業して、しばらくの月日が経った。
市街地の建設ラッシュはまだ続いていて、人間族とドワーフが住むようになった始まりの街は、新たな賑わいに包まれていた。
俺は毎日のように番台に座り、次々と来るお客さんの相手をしている。
大規模な銭湯となったので、ダムニスから移住してきた人や、ドワーフの女性たちを雇って、建物内の清掃や洗濯を頼んでいた。
中でも頼りになるのは、ゴルドンの奥さん、シルヴァさんだ。
ルビーのお婆ちゃんなわけだが、見た目はほぼ変わらない。
反則的な童顔と見事なお胸をお持ちの、素晴らしい働き手だ。
亀の甲より年の功とはよく言ったもので、掃除に洗濯、炊事と何でもこなす。
長年ドワーフを束ねてきた経験もあり、働き手の勤怠管理や経理的な仕事まで安心して任せられる。
今では誰よりも頼りになる、まどろみの湯には欠かせない人物となっていた。
「いらっしゃいませー」
「こんばんは、リクさん」
「おっ、珍しいですね。こんばんはー」
だいたいのお客さんが帰り、もうすぐ閉店という頃合いに、冒険者ギルドのコーデリアさんと、魔法学院のアメリエットさんが訪れた。
心なしか、アメリエットさんの顔色が良くない。
コーデリアさんに肩を支えられている。
「遅い時間ですけど、大丈夫ですか?」
「はい、もちろん。どうされました?」
「会議中に、アメリエットさんの様子が……。こちらのお湯で、回復をと思いまして」
「それは大変だ」
「すみません……ご迷惑を……」
アメリエットさんの額に汗が浮かんでいる。
相当、具合が悪い様子だ。
コーデリアさんが支えていないと、今にも倒れてしまいそうだ。
「シルヴァさん! 番台頼みます!」
「あいよ、早く連れてっておあげ」
阿吽の呼吸でシルヴァさんと持ち場を代わり、アメリエットさんを脱衣所の奥に連れて行く。
男女ともに、脱衣所の横に傷病者用の個室を作っている。
クエストで怪我をした冒険者や、病気になった人を癒やすためのお湯だ。
コーデリアさんと協力して、アメリエットさんに浴槽へ入ってもらう。
「はぁ……少し楽になりました……」
ゆったりと体を伸ばしてもらい、頭は俺が支える。
流れるような金髪が湯の中に広がり、白い肌と相まって神秘的な美しさだ。
蒼白だった肌に血色が戻り、頬にも赤みがさしてくる。
「アメリエットさん、いったいどうしたんですか?」
「急に力を奪われたような……。もしかすると、世界樹に何かが起きているのかもしれません」
「世界樹!? あの、エルフの村にあるという、世界樹ですか」
「はい。我々エルフの力の源でもあります。これほどになるとは、何か良くないことが……」
いずれ、エルフに協力は求めに行かないといけない。
これは、急いで旅立つ必要がありそうだ。
「アメリエットさんには、しばらくの間、冒険者ギルドの医務室で休んでもらいましょう。あそこなら、まどろみの湯にも通いやすい」
「そうですね。早速手配をしてきます」
コーデリアさんが、ギルドに向かう。
目を閉じていたアメリエットさんが、湯の中で身を起こした。
「すみません、ご迷惑を……」
「いえ、こんなときのために、俺はこの銭湯を作ったんです」
「女神様のお湯、素晴らしいですね。動けるようになりました」
アメリエットさんの手を取り、浴槽から上がるのを手伝う。
芸術品のようなスタイルに、目が釘付けになった。
「あの、じっと見られると恥ずかしいのですが……」
「すみません! あまりにお綺麗なので、つい」
「まあ、ふふふ。お上手ですこと」
アメリエットさんにタオルを手渡すと、背筋がゾクッとなるほど色っぽい流し目を送られた。
真っ赤になった顔を見られるのが恥ずかしく、慌てて後ろを向く。
そんな俺を見て、アメリエットさんはクスクス笑いながら身支度をした。
「エルフは部外者を嫌います。リクさん、これを……」
銀色に輝く指輪を、アメリエットさんが俺の手に握らせた。
その動作一つ一つが美しく、艶かしくて見惚れてしまった。
「指輪を見せれば、私の仲間だと分かってくれるでしょう。お願いしますね、リクさん」
「は、はい! 任せてください! すぐに戻ってきますから、それまで養生していてくださいね」
「ええ、ありがたく。ただ、村の者たちは、私より深刻な状況にあるかもしれません。リクさんの力が必要になるはずです」
「分かりました。急いで出立することにします」
こうして、束の間の休息は終わり、エルフの村へと旅立つこととなった。
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