25.魔石の乙女
ドワーフたちの旅立ちの宴は三日三晩続いた。
ゴルドンの肝いりで、魔鉱石と建築のためのベテラン職人が多数動員されている。
また、彼らの妻子も内装や衣類の縫製の職人が多く、揃って旅立つこととなった。
職人たちの住居も考えなきゃいけないが、それは街に戻ってからだ。
「おーい、酒が足りないぞー。樽で持ってこーい」
「ドワーフたちも弱くなったものだ。これじゃあ飲み甲斐がないぞ」
ハンナさんとローザは、相変わらず浴びるように酒を飲んでいる。
この二人の相手をしているのは、ドワーフの中でも酒豪ばかりのようだ。
ハヅキは女子供に人気があるようで、今はみんなで露天風呂に行っている。
ドワーフは童顔の女性ばかりなので、美人のハヅキは物珍しいようだ。
「あの、リクさん……」
「どうした?」
青い顔になったカリンが、俺の袖を引っ張った。
「ちょっと、こっちへ」
カリンに腕を引かれ、裏庭へ出ていく。
曇り空で空気が湿った匂いがし、あたりは白い霧に包まれている。
「どうしたんだよ、カリン」
「聞こえるんです……」
「聞こえる?」
「あの声が……」
ブルブルと震えながら、カリンがしがみついてきた。
例の、カリンを呼ぶ声か。
里に来てから、声が聞こえるのは初めてだな。
「声は、何と言ってるんだ。どんな声だ?」
「すごく優しい声……。あなたが来るのを待っているって。だけど、どうしていいのか」
待っていると言われても、それだけじゃどうしようもないな。
いったい、どうしたものか。
『カリン、我の元へ来るのです。リク、そなたも一緒に』
今のは……女性の声!?
穏やかで心地良い、心に染み渡るような美しい声だ。
カリンだけでなく、俺のことも呼んでいる。
「リクさん! また!」
「俺にも聞こえた! いったいどこから……」
あたりを見回すが、どこにも人影はない。
ドワーフの中の誰かなんだろうか。
しかし、それならもっと早く接触してくるはずだ。
『こちらへ……』
この声、カリンを導いているのか。
里の奥から聞こえてくる。
カリンと二人、慎重に歩を進めた。
ドワーフの里に隣接した森。
しんとした静寂に包まれ、鬱蒼と茂った木々が黒い影のように沈んでいた。
奥へと続く細い道の向こうに、小さく揺らめく明かりが見える。
「カリン、傍を離れるな」
「はいっ、リクさん」
カリンを守りながら、森の奥へ進む。
里の中とはいえ、何があるかは分からない。
ゆっくりと進んでいくと、明かりが少しずつ大きくなっていった。
「これは……神殿?」
岩棚が削られ、石造りの柱がいくつも立っている。
中央には大きな門、どこか日本の神社を思い出させるような、不思議な造りだ。
門の左右には、篝火が焚かれている。
ドワーフの里にあるということは、職人の女神エトリの神殿だろうか。
門には青白い光の靄がかかり、その奥は見通すことができない。
「あれー? お兄ちゃん、カリンちゃんも。どうしたの?」
神殿の中から、司祭の服を着たルビーが出てきた。
「ルビー、ここは?」
「エトリ様の神殿だよ」
「やはりか。実は……」
声に導かれて来たことを伝えると、ルビーは驚いて目を丸くした。
「カリンちゃんが聞いた声って、エトリ様の!?」
「分からない。さっきは俺にも聞こえた」
「うーん……。ここは里の者以外は立ち入り禁止なんだけど……」
ルビーは腕組みをして考え込んでいる。
『我が愛しの小さき娘よ。二人を通しなさい』
「えっ? ええっ!? 今の声……」
「ルビーも聞こえたか」
「うんっ! これが、カリンちゃんの言ってた声なんだ……」
畏怖の表情を浮かべたルビーが、神殿とカリンを交互に見ている。
「ルビーちゃん、私を神殿に」
「分かった。こんなこと初めてだよ。エトリ様がどうしてカリンちゃんを……」
「それは、神殿に入れば分かるかもしれない」
ルビーが祈りを捧げると、門を覆っていた青い光が消えていく。
俺とルビーで、カリンの左右を守りながら、神殿の中へ入る。
内部に明かりはないが、ぼんやりとした淡い光に満ちていた。
「この神殿は魔鉱石でできているのか」
「そうだよ。ご先祖様が作った、技術の結晶」
魔鉱石というのは、鉱石と魔石を合成した、魔力を蓄えることができる特殊な鉱石だ。
元になる魔石の力が大きいほど、魔鉱石も莫大な力を持つが、精製には熟練の技術を要する。
ドワーフの秘伝の技術であり、グランドマイスターの俺でも作り出すことはできない。
街に張られる結界にも、魔鉱石が必要になる。
恒常的に魔力を供給するためには、魔鉱石で土台を作らなければならないのだ。
ドワーフたちに助力を求めたのも、魔鉱石の精製技術のためである。
神殿に使われている魔鉱石の純度は高く、ここを作った職人の熟練度は計り知れない。
鉱石に秘められた魔力が、肌を通じて感じられるほどのものだ。
「おぉ……これは……」
思わず感嘆のため息が漏れた。
神殿の奥に鎮座していたのは、漆黒の巨大な魔石。
グレードをつけられるレベルのものではない。
凄まじい力を宿していることが、ビリビリと伝わってくる。
「エトリ様の御神体。ドワーフがずっと守り続けてきたものだよ」
ルビーの厳かな声が響く。
こんなものは初めて見た。
知らぬうちに、体が震えてくる。
この世界は、もうゲームではない。
生きている世界なんだと実感した。
『よくぞ、いらっしゃいました』
神殿内に、あの声が響いた。
反響しているが、声は魔石から聞こえてくる。
やはり、これはエトリの声なのか。
『我が名はエトリ。ドワーフの崇敬を受ける職人の神』
ルビーはひざまずき、頭を垂れて祈りを捧げる。
俺とカリンは、呆然としながら魔石を見上げていた。
『魔石の乙女、カリン。我の導きに応え、よくぞ来てくれました。』
「魔石の乙女……。私が……なぜ……」
カリンの体が震えている。
冒険者でもない、ただの一般人のカリンに、どんな力があるというのか。
『これは世界の意志。貴女の力が我らの希望なのです』
「でも……エトリ様、私には何の力も……」
『恐れることはありません。貴女は我に触れるだけで良い』
エトリの声に、カリンは震えながら進み出る。
巨大な魔石の前では、カリンはちっぽけな小娘に過ぎないように見えた。
「リクさん……怖い……」
「大丈夫、俺が一緒だ。何があっても、お前を守る」
カリンの手をしっかりと握って励まし、一緒に魔石に近づく。
「いきます……」
カリンが手を伸ばし、魔石に触れる。
すると、魔石が虹色に輝きだし、あたりが眩い光に包まれた。
『魔石の乙女、カリン。そして、魔石の守護者リク。よくぞ参りました』
魔石の……守護者だって……。
「お兄ちゃん! カリンちゃん!」
光に包まれる俺たちを見て、ルビーが悲鳴を上げる。
体がふわりと浮くような感覚があり、すうっと意識が遠くなっていった。
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