20.竜人族の姫 ローザ
山岳地帯から、ドワーフの廃坑へ進む。
大昔、ドワーフの里から掘り抜かれたという伝説のある坑道だ。
内部は複雑に入り組んでおり、巨大なドーム状の空間もいくつかある。
出てくるモンスターはコウモリや爬虫類、魂を持たない岩の魔獣などだ。
コウモリは素早く、爬虫類や魔獣はとにかく硬い。
だけど、ハンナさんやハヅキは熱したナイフでバターを斬るが如く、サクサクと倒している。
俺はカリンとしっかり手をつなぎ、ハンナさんたちが切り開いた道を歩いていく。
嫉妬の心はもはや無く、頼もしい仲間に安心して前衛を任せている。
カリンは時折恥ずかしそうに俺を見つめながら、手をぎゅっと握り締めていた。
「妙な気配がある。止まって」
立ち止まったハンナさんが、俺たちに警告する。
「これは……殺気……いや、覇気というべきでしょうか。モンスターではない、もっと高位の者が発する気配です」
ハヅキも、油断なく武器を構えていた。
俺ですら、坑道の奥から、凄まじい気が感じられる。
「この先は、大きな空洞があるところだよ。私が通ったとき、こんな気配なかった」
「ルビー、何か心当たりはあるか?」
「ううん。ここは修行で何度も来たけど、こんな気配を感じたの、初めてだよ」
ハンナさんが先頭で、慎重に歩を進める。
徐々に坑道が広くなり、大きな空間が見えてきた。
どうやら、洞窟に繋がっているようだ。
「ん? こいつは、もしかして……」
ハンナさんが呟いた瞬間のことだった。
『何者か!』
突然、周囲の空気を震わせて、猛烈な叫びが叩きつけられた。
殺気……いや、これはもはや覇気。
瞬間的にカリンを抱き締めて、直撃を避ける。
「大丈夫か、カリン!」
「はっ……はいっ……うぅ……」
カリンの顔が蒼白になり、ガタガタと震えている。
これほどの覇気、まともに食らっていたら無事では済まないだろう。
「こんちくしょう。相手も確かめずに仕掛けてきやがって」
怒りで顔を朱に染め、ハンナさんが駆け出した。
「こらぁ! グレン! てめえ、私が分からねえのか!」
大音声を轟かせ、ハンナさんが仁王立ちをする。
すると、奥からざわめきが聞こえてきた。
「俺たちも行こう」
カリンを抱きかかえながら、ハンナさんのあとに続く。
「うぉっ! これは!」
洞窟内にいたのは、たくさんのドラゴンだった。
中でも一際巨大な黒い竜が、ハンナさんに向けて首を伸ばしている。
『これはこれは、ハンナではないか。異なところでお目にかかる』
「まったく! 私の存在を感知できないなんて、耄碌したか? グレン!」
『すまぬことをした』
頭を下げた黒竜が、すうっと消えていく。
あとには、黒の鎧に身を包んだ壮年の男が立っていた。
グレーの髪を後ろに撫でつけた鋭い目をしており、油断なく俺たちを見つめている。
「久しぶりだな。息災でなによりだ」
「おぅ、お前も変わらないな。みんな、こいつは私の昔なじみで、竜人族のグレンだ」
竜人族、設定上は聞いたことがあるが、出会うのは初めてだな。
スカーレット戦記のバックグラウンドとなる伝説に出てくる種族だ。
人里には近づかず、遥か高山地帯の一角に街を築いているという。
その竜人族が、なぜこんなところにいるのだろう。
「お初にお目にかかる」
グレンは丁寧にお辞儀をすると、ルビーに視線を向けた。
「そちらのお嬢さんは、ドワーフの司祭ではないか」
「うん、そうだよー」
ルビーが笑顔で答える。
カリン以外は、グレンの覇気の影響を受けていないようだ。
ほんと、とんでもない女の子たちだな。
「すまないが、姫様が大怪我をされたのだ。回復をお願いしたい」
グレンの案内で、俺たちは洞窟の奥へと進む。
そこには、神々しいほどに光り輝いた白銀色のドラゴンが、体を丸めていた。
「我らが愛する姫、ローザさまだ」
「ローザ! どうしたんだ。この怪我は」
ハンナさんが驚いて駆け寄る。
白銀のドラゴンは、弱々しく唸り、ハンナさんに頭を擦り寄せた。
「ダムニスの上空で、白い光で攻撃されたのだ。何の前触れもない、凄まじい攻撃だった。姫は我らをかばい、このような……。なんとか逃れてここに運び込んだのだが……」
グレンが、歯を食いしばるように言った。
白銀のドラゴン、ローザはかなりの怪我を負っている。
翼がズタズタに裂け、腹部に深い傷が刻まれている。
少し身動きすると血が噴き出し、あたりを朱に染めていた。
「これは……いけない……」
ルビーは急いで回復魔法を唱える。
少しずつ傷が塞がっていくが、巨体も相まって回復の進みが遅い。
「お兄ちゃん、ダメ。追いつかない」
「リク、お前のスキルで何とかならないか」
「いけると思うけど、ドラゴンのままじゃ厳しい。だけど、この状態で人型になるのは可能なのか」
すると、ローザがじっと俺を見つめてくる。
慈愛と威厳に満ちた、全てを見通すような瞳だ。
『貴方の力で、私を癒せるのか……』
「任せてください。俺はグランドマイスター。俺のスキル”温泉”を使い、そのお湯に浸かっていただければ、たちどころに傷は癒えます。ただ、その間、姫が耐えられるか……」
『いずれ、このままでは死んでしまう。貴方の言葉に偽りはない。信じて任せよう』
ローザの体がぼうっと光に包まれ、姿が小さくなっていく。
「ぐっ……うああぁ……」
人型になったローザは、ボリュームのある白銀色の髪を肩で切り揃えた、清楚な美女だった。
髪色と同じ白銀色のフルプレートが無惨に砕け、腹部から大量の出血がある。
ハンナさんが肩を貸し、ルビーが回復魔法をかけ続ける。
素早くあたりを見回し、ちょうど良い深さの窪みを見つけた。
「ローザ姫をここへ」
ダムニスの倉庫で保管していた、最高レベルのグレードSの魔石。
あまりにレアな魔石なので、これを使ってスキルを出したことはない。
これでいけるはず……いってくれ、頼む!
「湧き出よ! 温泉!」
眩いほど青白く輝く湯が湧き出し、窪みに溜まっていく。
そこへ、鎧を着たまま、ローザ姫が身を横たえた。
「う……あぁ……痛みが……引いていく」
苦痛に歪んでいた、ローザ姫の顔が和らいでいく。
ハンナさんが体を支え、ほかのみんなは傍らで息を呑んでいた。
「これは……凄い。リク殿、貴方は素晴らしい力をお持ちだ」
「ゆっくりと、身を休めてください。浸かっていれば、傷は治るはずです」
「ええ、とてもいい心地だ。感謝する……」
青白かった顔に血色が戻り、腹部の出血も治まってきている。
だが、鎧をつけたままでは、湯の効力は限定的だろう。
「ハンナさん、鎧を脱がせられますか。そのほうがお湯の力が」
「そうか。よし、やってみよう。グレン、男たちは横を向いていてくれ」
グレンは他のドラゴンに指示をして、ローザ姫から離れた。
ハンナさんはローザ姫に声をかけながら、ゆっくりと鎧を外していく。
下に身に着けていた服も脱がせ、裸にして湯に浸からせた。
魔石を構えながら、ローザ姫の体を直視しないよう、そっと目を背けた。
「先程より、さらに心地よくなった。なんという力……。傷が塞がっていく」
「良かった……。弱ってるお前なんか、見たくないわ。早く治して、いつものようにやりあいましょう」
「ふん。さっきまで涙目だったのに、よく言うものだ。でも、感謝する。あなたたちが来てくれたのは、本当に幸運だった。でなければ、早晩にも私は命を落としていた」
ハンナさんは、ローザ姫とも仲が良いみたいだ。
憎まれ口を叩きながらも、無事を喜んでいる。
姫の傷が癒えるまで、ゆっくりとお湯に浸かってもらった。
お読みいただき、ありがとうございます。
↓の☆ボタンで評価していただけると、とっても嬉しいです。
感想、レビューなども、お待ちしております。




