17.旅立ち
「おじちゃーん!」
工房に着くと、ルビーはジェラルドに抱きついた。
「おぉ、ルビー! 大きくなったのぅ」
「えへへ、もう100歳になったよ」
「うんうん、早いのう。一人でお使いに来たか、えらいえらい」
どう見ても、お爺ちゃんと孫だな。
俺が見ているのに気づき、ジェラルドがゴホンと咳払いをした。
「おったのか、リク」
「このお兄さんが連れてきてくれたんだよ」
「なんじゃと! ルビー、何かされとらんか?」
「どういう意味だ!」
「ふん、お主、案外と油断のならぬ奴だからのぅ」
ひどい言われようだ。
まあ、心当たりはあるが、さすがにルビーには手を出さないぞ。
「お兄さん、とっても優しかったよ」
「そうかそうか。ルビー、いいか、これからは、街で知らない人に会ったら、ついていっちゃいかんぞ」
「うん、分かったー」
このやり取りに付き合ってたら、まずい方向に向かいそうだ。
「ジェラルド、紹介状を頼むよ」
「おう、そうじゃったな。すぐ、したためよう」
ジェラルドが背を向けると、ルビーが駆け寄ってくる。
「ごめんね。ああ言わないと、おじちゃん納得しないと思うから。お兄さんのこと信用してるから、大丈夫だよ」
「おぅ、なんか気を使わせて悪いね」
「えへへ。ドワーフの男って、みんなゆーずーがきかないから」
ルビーが、こっそりと耳元で囁いてくれた。
優しく頭を撫でてやると、にこっと微笑む。
子供っぽい見た目だけど、意外とちゃっかりしているところもあるな。
ううむ、ルビー、侮れない子。
「リク、長老への紹介状だ」
ジェラルドが封書を持ってきた。
「長老はな、もしかするとお前と気が合うかもしれん。そのことも書いておいたからの」
「俺と気が合う? どういうことだ?」
「行けば分かる」
もったいぶらないで、教えてくれればいいのに。
手紙をしまおうとしたら、ルビーが目を輝かせて見つめてきた。
「なになに? おじいちゃんに会うの?」
「おじいちゃん?」
「ルビーはな、長老の孫じゃよ」
「へえ! そうなんだ」
ドワーフの里へ行くことを、簡潔にルビーへ伝える。
「里へ行くんだ。それじゃあ、私も行っていい? 一人で帰るより楽しそうだもん」
「ああ、いいぞ」
すると、ジェラルドが難しい顔をした。
「行くのは構わんが……手ぇ出すなよ」
「いや……出さねえから……」
「手を出すの? さっき手はつないだよね」
「なんだって!? ルビー、すぐに手を洗いなさい」
「こら、ジェラルド、人をばい菌みたいに言うな」
「悪い虫がつくといけないからね。おててを洗おう」
「はーい、おじちゃん」
ジェラルドに連れていかれながら、ルビーがパチっとウインクしてきた。
ほんと、よく出来た子だな。
「お待たせ、お兄さん」
トテトテと駆け寄ってきたルビーが、迷うことなく手を繋いできた。
それを見たジェラルドは、天を仰いで嘆息する。
「せっかく手を洗ったというのに……。リクよ、絶対に手を出すなよ」
「分かった分かった。心配いらないって」
「ルビー、長老によろしくな」
「はーい、おじちゃん。またねー」
ルビーを連れて、まどろみ亭へ戻る。
すると、カウンターにいたライザが、拭いていたお皿を取り落した。
「あぁ、リク……。私だけじゃ飽き足らず、女の子をさらってきちゃったのね……」
「おいこら、どういう意味だ」
「どうもこうもないわ! そんな年端もいかない子を……なんてひどい……」
皿が割れた音を聞きつけ、今度はアリサやコレットが奥から顔を出す。
「……リクさん。いつか、やるんじゃないかと思ってました。ていうか、やっぱり巨乳好きなんだ……結局、男は胸なのね……」
「おい、アリサ! 何を……」
「事案です。そんな子に手を出すくらいなら、私がお相手を……」
「コレット……? お前まで!」
ライザはともかく、アリサやコレットにまで言われるとは。
ルビーは分かってるのか分かってないのか、にこにこしながら店を見回している。
「あら、おかえり、リク。まぁ! ルビーじゃない!」
「あー! ハンナお姉ちゃん!」
支度を済ませたハンナさんが、シェリル、カリンと一緒に2階から降りてきた。
それを見て、ルビーが一目散に飛び込んでいく。
「久しぶりねえ。元気だった?」
「うん! えへへ、私、一人で里から出れるようになったんだよ!」
「まあ、ほんと。えらいわぁ」
二人は知り合いみたいだな。
ドワーフの里に顔が利くと言っていたし、その当時にルビーと出会っていたんだろう。
ていうか、ハンナさんの格好……。
「リク、どうかしら? 久々に鎧をつけてみたんだけど、おかしくない?」
「おかしく……ないです。えっと、おかしくはないんですが、その、ちょっと露出が凄すぎませんかね」
シェリルも似たような格好だが、ハンナさんのはまさにビキニアーマー。
長い髪を一本三つ編みに束ねて、額には頭を守るサークレット。
赤を基調に銀の縁取りが入った、際どい水着のような胸当てからは、豊かな両胸が半分以上見えている。
腰回りも同じ赤の鎧で、左右を覆うプレート以外は、下着と変わらないくらいの面積だ。
しかも、お尻のほうはTバックというか、ほぼ紐じゃないか。
そして、両肩のアーマーに、手甲、黒のブーツに、膝当てとすね当て。
必要最小限のところだけを覆う、見た目の破壊力抜群の鎧姿だ。
「いやー、引退して太ったから、入らないんじゃないかと心配してたけど、ギリギリ大丈夫ね」
「ギリギリどころじゃないでしょ。とんでもないスタイルだわ」
「ハンナさんカッコいい……」
ライザが感心したように口笛を吹き、アリサは目をハートにして見惚れている。
いや、こんな格好のハンナさんと旅をするのか。
俺の理性が試されている。
「ハンナさん、仕上がりました」
厨房から、ハヅキがどでかい斧を抱えて出てきた。
「ありがとー。さすがハヅキちゃん。刃物の手入れは見事なものね」
「元が素晴らしい武器ですから、ちょっと磨いた程度です」
銀色に光り輝く両刃の斧。
ルビーがすっぽり隠れられるくらいのデカさだ。
ハンナさんは、それを細腕で軽々と持ち上げる。
さすがアマゾネス、両刃の大斧に軽鎧とは、似合い過ぎてぐうの音もでない。
「ところで、ルビーはどうして街に?」
「ジェラルドに届け物があったんだそうだ。それで、俺たちが里に行くなら、一緒にって」
「なるほどね。助かるわー。ルビーはドワーフの司祭だから、結界も張れるからね」
「そうか、そのことを忘れていた」
「交代で見張りに立ってもいいんだけど、どうせならゆっくり眠りたいでしょ」
「ごめんなさい。そこまで気が回っていなかったです」
ルビーと出会えたのは、相当ラッキーだったな。
「わー、可愛いー。ドワーフなのねー」
「ルビーだよー。よろしくー」
みんなの輪に溶け込み、ルビーはすっかり馴染んでいる。
「あの……リクさん……」
カリンが遠慮がちに声をかけてきた。
「どうした?」
「えっと……私もついていっちゃダメですか?」
「カリン、遊びじゃないのよ」
真面目な表情で、ハンナさんがたしなめる。
「分かってます。私がついていくと足手まといにしかならない。分かってるんです」
「それなら、どうして?」
カリンは思いつきで言っているわけではないようだ。
ぐっと口を引き結び、目に決意を宿らせている。
「声が聴こえたんです。リクさんが、ドワーフの里の話をしていたとき。私の心の奥に、カリン、待ってるって。だから、私も行かなきゃいけない気がするんです」
ハンナさんと顔を見合わせる。
カリンは正直な子だ。
ついていきたいがために、嘘をつくなんてことはしない。
「危険な旅になるよ。覚悟はできてるかい?」
「はい、お母さん」
「よし、じゃあ、これを渡しておこう」
ハンナさんは首飾りを外し、カリンにつけてやった。
赤く綺麗な宝石が輝いている。
「これ、お父さんの……」
「ああ、そうだ。父さんの形見さ。お前を守ってくれるからね」
「お母さんの大事なもの……」
「そうだよ。決して無くさないようにな」
「はい!」
力強く頷くカリンを、ハンナさんが抱き締める。
「それと、カリンのことはリクが守ってあげて」
「分かった。傷一つ負わせないよ」
「リクさん、よろしくお願いします」
「よし、それじゃ、カリンの防具を作るよ。軽くて動きやすいやつをね」
「ありがとうございます」
カリンの聴いた不思議な声。
また、何かが始まろうとしているのか。
ゲームの世界だが、もう俺の知っている物語では進まないのかもしれない。
だけど、それこそ面白いのではないか。
高揚感に包まれながら、防具作成に取り掛かった。
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