14.愛が重い巫女 ハヅキ
「無垢なる風の乙女シルフよ。我に風の加護を与えたもう……」
ライザが天に杖を掲げて詠唱をする。
風の精霊の加護がかかり、周囲に光り輝く空気の渦ができる。
倉庫から放たれる無数の矢が、ふわっと勢いを失って左右に逸れていった。
妙だな、さっきのも今の攻撃も、俺を狙うのではなく、ライザを狙っているようだ。
「いきなり撃ってくるなんて、どういうつもり! 姿を見せなさい!」
ライザの怒声が飛び、倉庫の中から人影が出てきた。
片手に弓を構え、矢筒を背負っている。
腰まで届く黒髪、細面の美しい女性で、白と赤のコントラストが鮮やかな巫女装束をまとっている。
「あっ……あれは……嘘だろ!?」
スカーレット戦記は、1アカウントにつき、キャラを2体作ることができる。
彼女は、俺の萌えを詰め込んだサブキャラ、ハヅキじゃないか。
装備は俺のお手製の、課金装備に匹敵する逸品。
あらゆる武器に精通した、レベル80の三次職ソードマスターだ。
「ご主人さまから離れなさい。破廉恥女」
「はっ……破廉恥って、私のこと!?」
ライザの怒りがヒートアップしていく。
まあ、その格好は確かに破廉恥だ。
かろうじて胸と股間は隠れているが、ひらひらと布地が舞い、大部分の素肌は見えてしまう。
「そうよ。破廉恥女。ご主人さまをたぶらかしたのでしょう」
「ご主人さまって……リクのこと……? どういうことよ! リク!」
「い、いや、あれは俺のサブキャラで……いったいどうなってるんだ」
ハヅキは冷たい眼差しでライザを見据えながら、ゆっくりと弓の持ち手を両手で掴む。
すると赤いオーラを発し、弓が2つに分かれて、炎の力を纏った双刀に変化した。
「ご主人さまの名を気安く呼ぶとは……アバズレ女、許しませぬ」
「ア……アバズレですってぇ!? あったまきた! ぶち殺す!」
ライザの周囲に青い渦が巻き起こり、無数の氷槍が宙に浮かんだ。
「コスプレ女! 私を怒らせたこと、後悔させてやるわ!」
「笑止。我が刀の錆にしてくれる」
ハヅキの紅に光る刀の軌跡と、ライザの青く輝く氷槍が激しく交錯する。
華麗な足捌きで攻撃を避けたハヅキは、一瞬で間合いを詰めてライザに迫った。
「やめろ! ハヅキ! ライザは味方だ!」
ライザの喉元で、ピタリと切っ先が止められる。
「ふぅ……あぶねえ……」
「もっと早く止めなさいよ……殺されるかと思ったわ。まあ、最悪道連れにはしてたけど」
ハヅキの背に刺さる寸前だった氷槍が、パキンと音を立てて砕け散った。
「ちょっと、リク。何なのよ、こいつ」
「ご主人さま、私というものがありながら、こんな破廉恥女を同行するとは何事ですか!」
なんだか、すげえめんどくさい展開になってきたぞ。
だいたい、ハヅキのいうご主人さまってのはなんなんだ。
ライザが妙に生暖かい目で見つめてくる。
いや、違うぞ。俺の趣味とかじゃないぞ。
「とりあえず、中で話そう。色々と誤解が生まれているようだ」
険悪にいがみ合う二人をなだめながら、倉庫へ入った。
「むぅ……」
「……ふんっ!」
変わらず、睨み合ったままの二人。
「まあ、二人とも座れよ。ハヅキの事情も聞きたいし」
椅子を勧めると、二人は俺をサンドイッチするようにして腰掛けた。
なんだ、こいつら。
「コスプレ女、距離が近いわよ」
「破廉恥女こそ、ご主人さまに近づきすぎです。離れなさい」
美女二人に挟まれるのは、やぶさかではない。
だが、この険悪な空気は耐え難いものがある。
「落ち着け、ハヅキ。ライザもだ」
「私は殺されかけたのよ! まったく!」
ライザが怒るのも無理はない。
「ハヅキ、いくらなんでも、いきなり攻撃は無いだろ」
「申し訳ございません……。ご主人さまの存在を感じて目覚めたのですが、この女があまりにも破廉恥で淫らなので、つい……」
ライザの頬がピクピクと震え、こめかみに青筋が浮かんでいる。
「というか、そのご主人さまってのは何だ。サブキャラのお前が、どうして自我を保っている」
「さぶきゃら……? それはよく分かりませんが、私を慈しみ、育ててくださったのはご主人さまです。私の忠誠、身も心も、全てご主人さまのものです」
ぽっと頬を染めて、ハヅキが俺を見上げる。
「なっ……身も心もって……。私だって、リクに捧げてるもん!」
横からライザが抱きついてきて、ぎゅうっと胸を押し当ててきた。
「離れなさい、破廉恥女!」
反対側からハヅキがしがみついて、ふくよかな胸を押しつけてくる。
なんだこれ、天国か地獄か。
「リク……あんた、こういうのが趣味だったんだ……ふぅん……」
「サブキャラだし……別にいいだろ……」
まさか、こんなことになるとは。
この先、いったいどうなってしまうのか。
必死に二人を落ち着かせながら、倉庫に残していた素材やお金を回収した。
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