12.星空の下で
「準備は大丈夫か?」
「はい!」
シェリルが元気良く返事をする。
アリサとコレットは、慎重に荷物の再確認をしていた。
ゲームのときは、昼も夜も関係なく移動できた。
しかし、今は違う。
腹も減れば、眠気もある。
ダムニスへは、順調に行って5日ほどの旅程だ。
途中に大きな街は無いから、夜は野営しなければいけない。
冒険者カードに収納できるアイテム量は、所持者の腕力に比例するため、俺が一番多くの荷物を持ち、シェリルが食料を持つ。
身の回りの品や食器などはライザとアリサ、コレットが分担する。
戦闘については、シェリルたちも充分強くなっているし、俺とライザがいるから心配無用。
揃いも揃って美少女な、4人を連れての長旅となる。
口では大丈夫か、なんて言ってるけど、一番浮かれているのは俺なのは間違いない。
「いってらっしゃ~い」
「リクさん、気をつけてくださいね」
ハンナさんとカリンに見送られ、街を出発する。
街道沿いに行くだけなので、大きな危険はない。
途中で出てくるモンスターも、問題なく対処できた。
前衛でシェリルが引きつけ、範囲攻撃とアリサの魔法で倒す。
ライザは補助魔法を使いつつ、残敵の掃討。
後衛のアリサとコレットは、俺がしっかりとガードする形だ。
初めて出会った頃に比べると、みんなの動きは格段に良くなっている。
流れるような動きでモンスターをかわし、槍の範囲攻撃を叩き込むシェリル。
アリサは最大効率でモンスターを巻き込めるよう、常に位置取りを変えて放っている。
うっかり傷を負っても、コレットの回復魔法が即座に飛び、大きく崩されることはない。
「やるわね、あの子たち」
歴戦の廃人プレイヤーであるライザも、素直に感心している。
俺はというと、ライザのチラチラ見える肌を堪能しながら、ビキニアーマーで駆け回るシェリルに見惚れていた。
いや、コレットやアリサを守る役目はちゃんとやりつつだ。
「よし、今日はこのへんで野営しよう」
日が傾き始めたので、街道から少し外れた川原で野営することを決めた。
まずは、コレットが結界を張る。
回復職が持つ、貴重なスキルだ。
半径10mほどの光の輪が、地面に浮かびあがる。
夜になると、アクティブモンスターの出現率が上がるから、結界を張らないと面倒なことになるのだ。
「私たちが食事を作るわ。ライザさんは休んでいてください」
「あら、ありがとう」
アリサが魔法で焚き火を起こし、シェリルとコレットが食材を準備する。
手近な岩に悠々と腰掛けて、ライザは早速お酒を飲み始めた。
「お前……もうちょっと働けよ」
「だって、休んでていいって言われたも~ん。それより、汗かいちゃったから、お風呂入りたい~。ご飯食べたら準備して~」
「はいはい、分かりましたよ」
まあ、一日の疲れを取るには、やっぱり風呂だよな。
ライザに言われるまでもなく、あらかじめ手頃な場所を選んでいる。
アリサたちが作ってくれた食事を堪能し、早速準備を始めた。
川原の窪地を囲むように、適当な岩を並べていく。
この日のために用意してきた防水の布を敷けば、即席の湯船が出来上がる。
「よーし。湧き出よ! ”温泉”」
魔石を握り締めてスキルを使えば、ダバダバとお湯が湯船にたまっていく。
「リクさん、持ってきましたよ」
「おう、ありがとう」
ちょうどお湯がいっぱいになった頃合いで、コレットが天幕を持ってきてくれた。
木の棒とロープを使い、湯船をぐるりと囲むように天幕で覆う。
即席の露天風呂が完成というわけだ。
「準備できたよ……うわぁっ!」
「ひゃっほ~い、待ってました~」
「いっちば~ん!」
声をかけた瞬間、待ち構えていたライザとシェリルが駆け込んできた。
ざっぱーんと音を立てて、そのまま湯船に飛び込んでいる。
「お前ら! 子どもか!」
跳ねたお湯を頭から浴び、全身ずぶ濡れになってしまった。
ライザはジョッキでお酒を飲み、シェリルはバチャバチャと飛沫をあげて泳いでいる。
こいつらには、もう少し恥じらいというものを教えないといけないな。
「もう、はしゃぎすぎよ!」
「リクさん、大丈夫ですか?」
しっかりとバスタオルで体を覆ったアリサとコレットが、心配そうに声をかけてくる。
「ああ。ゆっくり入って疲れを取りなよ」
「リクさんは入らないんですか?」
頬を染めたアリサが、上目遣いで尋ねてくる。
コレットは、もじもじと恥ずかしそうに身をくねらせていた。
「俺はあとから入るよ。ありがとな」
本当は一緒に入りたいし、そうしても誰も文句は言わないだろう。
ライザとシェリルはともかく、アリサとコレットは恥ずかしさが大きいみたいだから、ここはぐっと我慢だ。
「寝床の準備をしてくるから、ゆっくり入りな」
「はい。ありがとうございます」
二人に背を向けて、天幕の外に出る。
「ライザさん、おおき~い」
「ふわふわ~」
「ちょっとやめなさいってば! コレットのほうが大きいわよ」
「やぁん、ブクブク……」
ふぅ……。楽しそうで何よりだ。
やっぱり、一緒に入っちゃえば良かったかな。
悶々としながら、みんなの寝る場所を整えた。
風呂から上がると、四人は毛布にくるまってグッスリ眠ってしまった。
シェリルたちは初めての長旅ということもあり、相当疲れていたみたいだ。
みんなを起こさないように気をつけながら、一人のんびりと風呂に浸かる。
「あぁ……染みるなあ……」
満天の星を見上げながらの露天風呂。
我ながら最高のシチュエーションだ。
「ねぇ、リク……」
「ん? ライザか。どうした?」
「ちょっと眠れなくて。一緒に入ってもいい?」
ライザの表情は暗く、いつもの大胆さが無い。
月明かりの下で憂いを帯びた顔が、不思議と色っぽく感じられてしまった。
「ああ、いいけど……」
「じゃ、ちょっとあっち向いてて」
やっぱり雰囲気が違う。
さっきは真っ裸で飛び込んできた癖に、なんか戸惑ってしまう。
視線をそらしていると、後ろから衣擦れの音が聞こえてきた。
「お邪魔するわね」
「お、おぅ……」
ちゃぷんと水音が立ち、ライザがお湯に身を沈めてきた。
そのまま、しばらく無言の時が流れていく。
くそ、見た目が綺麗なだけに、妙にドキドキしてしまうぞ。
「ねぇ、リク」
「ん?」
「私たち、生きてるのよね」
「急にどうしたんだ?」
ライザがすっと身を寄せてくる。
「この世界に取り残されてから、毎日不思議な気分なの。飲んだり食べたり、みんなと一緒に過ごしたり……。ゲームの世界のはずなのに、たしかに生きてるっていう実感はあるわ」
「ああ、そうだな……」
「だけどさ、私たち……本当の私たちって、今どうなってるのかしら」
ライザの問いかけは、俺が意図的に目を逸していた問題でもあった。
現実世界の俺は、生きているのだろうか。
おそらく、俺とライザにしか分からない悩みだろう。
「さてな……どうなんだろう。現実か、戻りたくねえな……」
「リクは、何をしてた人? 名前は何ていうの?」
「俺か? しがないサラリーマンだよ。毎日毎日、朝早くに出勤して、終電ギリギリまで残業。寝る時間を削って、現実逃避でゲームに熱中してた。本名が小坂陸だから、リク。なんのひねりもない名前だな」
「そっか……。私は……」
ライザは口ごもり、夜空を見上げた。
「話したくなければ、無理に話さなくていいぞ」
「ううん、リクには知っていてもらいたいな。現実の私は新藤理沙っていうの。Lisaの読み方を変えて、ライザにしたのよ。ふふっ、似たようなものね」
ライザは自然と腕を絡ませてくる。
柔らかな感触が伝わり、心臓の鼓動が跳ね上がった。
「ゲームではこんなだけどね。現実の私は、地味ぃぃぃな大学生よ」
「そうかぁ。それじゃ、友達とか、か……彼氏とか心配してるかもな」
「あはは、彼氏なんているわけないじゃん。友達だって、全然いないもん。ぼっち大学生よ。小学校の頃からやってたスカーレット戦記が、私の全世界だったのかも……」
「俺も似たようなもんさ」
「サービス終了が、本当に寂しかったな。でも、まさかこんなことになるなんて思わなかったけど……」
ものすごい親近感に、思わず思い出話が盛り上がる。
「ねえ、リク……あっ、年上だから、リクさんのほうがいっか」
「今さら気にしないよ。リクでいい」
「そう? じゃあ、リク。私たちさ、今こうしてゲームの世界で生きてるわけでしょ? もし……もし、この世界で死んじゃったら、どうなるのかな……」
返答に詰まってしまう。
たしかに、そうなったら、いったい何が起きるんだろう。
「現実世界に帰れるのかな。それとも……そのまま死んじゃうのかな……」
「分からない。もしかしたら、ここでの生活を続けていくうちに、何か分かるかもしれないよ。ほら、よくある異世界転生物って、だいたいそうだろ?」
何の確証も無いけど、ライザを励ますつもりで空元気を出した。
「そうかな……。ときどき、すっごく不安になるの。胸が押しつぶされそうになるくらい……」
「なんとかなるって。いつもみたいに、わがまま放題でいこうぜ。なんか調子狂っちゃうよ」
「だって……怖いんだもん……。リクはいいよね。ハンナさんやカリンと仲良しさんだし、シェリルたちにも慕われて、この世界に順応して生きてる感じが羨ましい」
「なるようにしかならないからな。わからないことを心配しても、しょうがない」
「私も、仲間でいいの? リクと一緒にいていい?」
目に涙を浮かべて、ライザが見つめてきた。
「ああ、もちろんさ。一緒に生きていこう」
「ありがと……。リク……寂しいの……慰めて……」
俺の首に両手を回し、ライザが熱い吐息を漏らした。
月明かりの下、二人の影が静かに重なっていった。
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