#49 その名はセクメト/アル・ウッザー/デーヴィー
「くっ……空宙都市が!」
座乗する三段法騎戦艦よりこの様子を見ていた剣人は、歯軋りする。
鰐型の空宙都市下部が、これまで以上に蠢いているからである。
「Allez, Allez! 初花様に言われた通り、空宙都市下部を狙うわよ!」
「Oui!!」
その空宙都市エルドラドでは。
飛び回る法機群を煩わしげに睨む鰐型下部であるが、そんなこともお構いなしに欧代表アポストロスの法機マリア群は次々と攻撃を仕掛けていく。
一見すれば、頼もしい味方の登場であるが。
三段法騎戦艦といい豪代表法機群といい、これら新しい戦力の現れはこと人質を取られている局面においては必ずしも歓迎される状況ではない。
それだけ相手を挑発することになり、人質を危険に晒す行為になってしまうからである。
だからこそ。
「く……奇妙な鳥共の加勢か! 戦士たちよ進め、我らが大願たる地母神をお守りせよ!」
「了解!」
「く……今のうちに! 凸凹飛行隊、全機ザ ゴールドストリートビルへ全速前進!」
「り、了解!!!」
青夢はこれでエルドラディアンの戦士たちが欧代表法機群に気を取られている内に。
凸凹飛行隊に命じ、再び避難用ビルへと向かう。
「エルドラディアンの人たち、ごめんなさい! 必ず、後で!」
青夢は忸怩たる思いを抱えつつ、法機の足を早める。
◆◇
「かかれえ!」
「これ以上の手出しはさせぬぞ!」
「hccps://sekhmet.wac/、セレクト 病の火息!」
「hccps://AlUzza.wac/、セレクト 神の権力!」
「hccps://devi.wac/、セレクト 多面の相!」
「エグゼキュート!!!」
「ぐああ!!」
そんな中。
尚も空宙都市下部に執拗な攻撃を加え続ける欧代表法機群に立ちはだかるエルドラディアンたちだが。
法機群はひるまずにエルドラディアンたちを葬っていく。
「行こう、皆! 初花様を、お守りしなくては!」
「Oui、ターニャ!」
「Allez!」
ターニャ・ヘーゼル・ラベンダーは、弛まず闘志を燃やし続ける。
全ては、尚も仮想大陸で戦い続ける初花を助け出すため――
◆◇
「Oh non……か、仮想大陸が!」
「Oui……」
時は少し遡り、エルドラディアンたちが現実世界に転送された頃。
暴れ出した仮想大陸は、その鰐の尾で自らの背部文明を破壊していく。
「Oui……ターニャ・ヘーゼル・ラベンダー! 欧代表アポストロスリーダーとして命じます、あなたたちは直ちにログアウトし現実世界で法機にて戦いなさい!」
「Quel!? う、初花様!!!」
機体外にしがみつくターニャたちに。
初花は、そう告げる。
「Oui……先ほど米代表アポストロスの皆さんに聞いたわ。現実の空宙都市エルドラドも、こんな鰐型に変形したと! なら……これは、私の責任よ!」
「初花様……」
初花は悔んでいた。
自分が、空宙都市エルドラドシステム中枢であると睨んでいたあの神殿内部。
あそこにあった、シパクトリ像。
あの時は、空宙都市エルドラドを掌握しようということだけで頭がいっぱいだったのだが。
そのせいで、こんな事態になってしまったのではあるまいかと。
「だから……ここは、私に任せて!」
「……Oui、初花様!!!」
が、そうは言ったものの。
「(初花様一人残していくなんて……私たちにはできない!!! でも……何とか初花様の重荷にはなりたくない!!! どうすれば……)」
ターニャたちは、悩む。
と、その時。
――ならば、あなたたちの願いを叶えましょう……さあ! hccps://baptism.tarantism/!
「(だ、誰!? まあいいわ……叶えてもらおうじゃないの!!! サーチ、the power to guard 初花様!!!)」
突如脳内に聞こえて来た声に導かれるがまま、ターニャたちは術句を唱え――
◆◇
「……Quel!?」
「な、何ここは……?」
「Oui! ここは……」
ターニャ・ヘーゼル・ラベンダーは大いに混乱している。
何やら、突如として飛ばされて来た闇の空間。
光の線で繋がれた網のようなものが下に見える。
しかし三人には、見覚えはないが聞き覚えはあった。
それは――
「ようこそ……ダークウェブへ。」
「!? ……あ、あなたは?」
ふと声をかけられ、彼女たちは面食らう。
そう、やはりそこにいたのは。
「……私はアラクネ、あなたたちの望みをもう一度。」
「……え???」
アラクネは優しく微笑む。
「ダークウェブ……そうだわ! 初花様が法機アンドロメダを手に入れたって!」
「じ、じゃあ私たちを呼んだのはあなた!?」
「な、なら私たちにも法機を!」
ターニャたちは初花の言葉を思い出し、前のめりにもアラクネにそう頼み込む。
「……ゴチャゴチャ、ウルサイゾ!」
「!? ひ、ひいい!!!」
「こら私の王! いつもの悪い癖が!」
「……オオ、アリアタン♡」
が、やはりそこでダークウェブの王タランチュラが三人を咎めようとし。
逆にアラクネに窘められる。
「は、はあ……???」
「あら、ごめんなさい……さて。あなたたちは、何故それほどまでに初花さんを?」
「!!! それは……初花様は、私たちの命の恩人だからです!!!」
「あら……」
ターニャ・ヘーゼル・ラベンダーは話し始める。
自分たちは少数民族や、難民の出身であり。
居場所がなかったところを、初花の家に助けられたという。
「私が最初に初花様の家に入って来たの……だから私が! 一番初花様を愛しているわ!」
「な! 何よその言い草、私の方が!」
「な……わ、私! 私よお!」
「Quel!!!」
いつの間にかターニャたちは、喧嘩になってしまっていた。
「こらこら、ダメでしょう! あなたたちは初花さんを守るために結束しなきゃいけないというのに、ここで仲間割れしちゃ。」
「!? o、Oui……p、Pardon……」
そんな彼女たちだが、アラクネに窘められる。
「ふふふ、でも分かったわ! あなたたちの初花さんへの気持ちが本物だとね。さあて……あなたたちの願いを改めて唱えて! hccps://baptism.tarantism/!」
「o、Oui!!! サーチ、the power to guard 初花様!!!」
そうして彼女たちは、術句を唱える。
the power to guard 初花様――より強い力を得る、という検索ワードを。
すると。
「これは……!!!」
hccps://sekhmet.wac/
hccps://AlUzza.wac/
hccps://devi.wac/
三人の前に、URLが浮かび上がる。
「これがあなたたちの力よ……さあ、お行きなさい!」
「は、はい!!!」
戸惑う三人だが、すぐに。
「セレクト、hccps://sekhmet.wac/!」
「hccps://AlUzza.wac/!」
「hccps://devi.wac/!」
「ダウンロード!!!」
「hccps://maria.wac/、セレクト 仔羊の誕生セイヴァーズバース!!! hccps://maria.wac/GrimoreMark、セレクト 受胎告知アヌンシエーション エグゼキュート!!!」
そのまま彼女たちは、術句を唱え――
◆◇
「hccps://sekhmet.wac/、セレクト 病の火息!」
「hccps://AlUzza.wac/、セレクト 神の権力!」
「hccps://devi.wac/、セレクト 多面の相!」
「エグゼキュート!!!」
そうして、ターニャたちは欧代表専用の空宙列車電磁砲に乗り。
そこから新たな法機を宿らせた法機マリア群を発進させ今に至る。
ターニャたちは、尚も空宙都市エルドラド鰐型下部への攻撃を集中させていた。
「さあ……hccps://sekhmet.wac/、セレクト 赤き麦酒 エグゼキュート!」
そうして、ターニャは。
法機セクメトの力の力により、噛み砕かんと構えるその牙を避けながら下部の頭部へと光線を浴びせる。
たちまち鰐型頭部は、酩酊したかのように目を白黒させる。
「hccps://AlUzza.wac/、セレクト 眩き明星! エグゼキュート!」
ヘーゼルは、法機アル・ウッザーの力を利用し。
眩い流星のごときエネルギー弾を、鰐の尾へと打ち込む。
「く……おのれえ奇妙な鳥共! 我らを、地母神を愚弄しおって!」
「hccps://devi.wac/、セレクト 宇宙原理! エグゼキュート!」
「ぐ……ぐああ!」
そうしてラベンダーは、法機デーヴィの力を使い。
無数の光弾を撃ち込み、尚も立ちはだかるエルドラディアン戦士たちを退ける。
「初花様……さあ!!! 見ていただけましたか!!!」
三人はそうして。
尚も仮想大陸で奮闘する初花へと、思いを馳せる。
◆◇
「よし! 見えて来たわ! ……っ!? あ、あれは!」
青夢たちはそうして、避難用となっているザ ゴールドストリートビル屋上へとたどり着くが。
そこには、既に法機ギガンティックマンドレイクの姿が。
「もしもし、デイヴさん! 聞こえますか?」
「Well、Ms.Mameki! 僕は既にビル内にいる。もうすぐ、コンソールにたどり着くところさ!」
「そうですか……とりあえずよかった。」
デイヴは一足早く、ビルについていたのだった。
「(むう……結局、最後はアメリカ自ら解決したという形であって? ここはわたくしたちが解決して、アメリカに恩を売っておきたかったところであってよ……!)」
マリアナはそんな状況を、やや苦々しく思ったがさておき。
そうして。
「!? デイヴさん!」
デイヴは、屋上に出て来て法機ギガンティックマンドレイクに乗った。
「Well……部下はまだ監視台にいるようだが、このビルは間もなく地上に行く!」
「了解! 凸凹飛行隊、周囲を警戒!」
「了解!!!!」
デイヴのその言葉に、凸凹飛行隊法機群は散開し周囲を警戒する。
そうしてデイヴが、ヘリ型法機ギガンティックマンドレイクのプロペラ部が変化した噴射口よりエネルギー噴射で飛び立った刹那。
避難用ビルは、空宙都市エルドラド下部をも貫き。
そのまま、降下していく。
「やった……! まだ、軍の人たちは残ってるみたいだけど!」
青夢は、ひとまずほっとする。
が、その時。
「!? 待って、あの空宙列車砲砲身が角度変更……な!? あれは、避難用ビルを狙っている!?」
空宙都市エルドラドを今尚覆う、雷雨神砲防御幕越しに見えた向こう側。
その衛星軌道上にて地上を焼かんと待機していた空宙列車砲が、砲身の角度を変えた先には先ほど離脱し降下中のザ ゴールドストリートビルが。
「くっ、止めなきゃ……って、ええ!?」
青夢が体勢を取ろうとした、その時だった。
何と、どこからともなく誘導柘榴弾が飛来し。
それもまた、ザ ゴールドストリートビルを狙い――
「くっ、踏んだり蹴ったりって……な!?」
かと思いきや。
柘榴弾が分裂し破壊したのはザ ゴールドストリートビルではなく。
それを狙う、空宙列車砲たちだった。
「ま、マリアナ様! 鰐型の下部が動きを止めています!」
「な……ほ、本当であってね!」
「What!? な、何が……?」
見れば、空宙都市下部も動きを止めている。
それは。
「こちら監視台! ソー軍曹、シンドラー一等兵ら我が国代表アポストロスと欧代表アポストロスが、システムを奪還してくれたのです!」
「!? か、監視台か!」
そこへ入電した知らせに、デイヴは驚いた。
そう。
先ほど発射された誘導柘榴弾も、この奪還された空宙都市より放たれたものだったのだ。
◆◇
「ひ、ひいい! 奇妙な鳥の乗り手共め、覚えていろ!」
「あら……何を?」
「ひいい!」
その頃、仮想大陸では。
無惨にも崩れ去った黄金の都神殿の瓦礫の中に。
怯えるエルドラディアン王と、初花や米代表アポストロス面々の姿があった――




