#36 黄金の都
「早く、コンピエーニュ城へ!」
「で、でも……城まで逃げても、あの使い魔たちが!」
「くっ、そうね……」
殿を務め、イギリス軍の部隊を引き受けるパールとラピュセルだが。
このまま入城しても、あの敵軍に城ごとやられてしまうとラピュセルは思い悩む。
そうして。
「ごめんね、パール……」
「!? え、ラピュセルいきなり何? ……ま、まさか!?」
急に謝って来たラピュセルに、パールは違和感を覚えるが。
すぐに彼女のとり得る行動に、思い至る。
「あなただけは生き延びて! ……全軍! 私が敵陣に飛び込んで時間稼ぎをする間に、コンピエーニュ城からも出て撤退しなさい!」
「あ、ラピュセル殿!! ……はっ、やむを得ませぬ!」
「ラピュセル!」
「……hggpに基り雷賛魔導書目録閲覧! セレクト フレイムストーム、エグゼキュート!」
「ラピュセルうう!」
そうしてラピュセルは、最後の指示を軍に託し。
自身はイギリス軍の部隊の中央へと飛んで行き、パールを高空域へと飛ばした。
「や、やめなさい! ら、ラピュセルうう!」
パールは泣き叫ぶが。
地上に見える、敵部隊の中央に降り立ったラピュセルはどんどん小さくなって行く。
「そ、そんな……嘘、よ……ら、ラピュセル……」
◆◇
「うーん……何、これ……」
「起きて、起きて青夢!」
「うん……ん!?」
青夢は真白・黒日に起こされて飛び起きる。
時刻は、朝を告げていた。
「あれ、今のは……」
青夢は首を傾げる。
つい今しがたまで、見ていた夢が思い出せない。
「起きてって、青夢!」
「起きてるって!」
ここは空宙都市エルドラド一角の、ホテルである。
窓の外には、朝の光景が広がっている。
しかし――
「さあて……バーチャルの朝を楽しんだ後は、本物の宇宙の景色で!」
「ん……夜空、ってか宇宙の景色、ね……綺麗なんだけどなあ……」
真白と黒日は、小窓際のスイッチを押し。
青夢は外の景色の変わり様に、やや気を落とす。
やはり人間、朝には陽の光を浴びたいものである。
「ほら、そんなこと言ってないで早く! 魔法塔華院さんお冠だよ!」
「あー、はいはい!」
真白・黒日は更に急かし。
青夢は急いで、寝巻きからの着替えを始める。
◆◇
「おはよ」
「おはよ、ではなくってよ魔女木さん!」
「そうよそうよ! まったく、マリアナ様を待たせて!」
ホテル食堂に降りるや、青夢は。
マリアナや法使夏から叱責を受けてしまった。
「ああおはよう、魔女木。」
「うん……今となってはあんたのその優しさが沁みるわ方幻術……」
青夢はそこで、事も無げに挨拶してくれた剣人に礼を返す。
「Good morning、レディーたち! さあ、どんどん食べて下さい!」
「あ、デイヴさんおはようございます!」
「ま、マリアナ様! 大丈夫ですかこの量は……?」
と、そこへ。
デイヴが豪快にも、多くの朝食を載せたトレイを複数両手に持ってやって来た。
「な……舐めないでほしくってよ雷魔さん! こ、こんな量!」
法使夏に言われ、マリアナもその実デイヴが持って来てくれた朝食の量に驚くが。
ここで引いては魔法塔華院の名折れであると、怖気付かず朝食と向き合う。
「(それにしても……今朝のあれは何だったのかしら……?)」
青夢は朝食のベーグルを口にしつつ、やはり考え込んでしまうのは今朝の夢のこと。
パール・アブラーム。
昨日見た人影は、その名を持つ新たな女王の側近だった。
そして、今朝。
青夢は、同じくその名を持つ者の夢を見た。
これは、偶然かと――
◆◇
「うーん……」
「ほら、青夢見て! また法機が空飛んでるよ!」
「あ、そうね……」
そうして、ここは仮想大陸エルドラド。
デイヴの築いた拠点ログハウスにて青夢たちは、寛いでいた。
「もう、魔導香さんに井使魔さん! ここ辺りは例の仮想通貨のマイニング地帯であってよ! そんな普通のこと」
「あー!? な、何あれ!」
「て……い、言っているそばからまた騒いで何事で……な!?」
「ま、マリアナ様?」
「え? ……な!?」
が、その時だった。
凸凹飛行隊は窓の外で、信じられない光景を目撃する。
それは。
「hccps://sevenspirits.mna/、select 聖母の悲哀 execute!」
「ぐっ! ……You Damn!」
マリアナの弁にあった通り、法機を使いQUBIT GOLDのマイニングレースをいつもの如く繰り広げていた者たちだが。
「w、What!?」
「y、You Damn!」
それらの法機に突如、多数の影が迫り。
その影たちに法機は食いつかれ墜落する。
電使言獣テペヨロトル。
それは。
「さあ戦士たちよ! 我らが地を予ねてより荒らし……あまつさえ黄金の都にまで土足で踏み入って来た不届き者共ぞ! じっくりと八つ裂きにしてくれる!」
「はっ!」
今しがた高らかに声を上げた、ジャガーの戦士団なるエルドラディアン戦士たちが各々騎乗するジャガー型の怪物である。
「な、何あれは!?」
青夢たちは拠点から見えるその光景に、ただただ混乱するばかりだった。
◆◇
「ソー軍曹、これは」
「Yes……そうだ、ここが!」
仮想大陸エルドラドにコンバートされた、幻獣頭法機ギガンティックマンドレイクに乗るデイヴと。
幻獣頭法機黙示録の仔羊に乗る彼の部下は、上空から地上を見下ろしている。
時は、少し前に遡る。
彼らが法機により至った場所は仮想大陸にある大都市エルドラド・シティ。
「黄金の、都だ!」
予ねてより、彼らの話にあった場所である。
そこには、黄金の建物が立ち並び、多数のエルドラディアンが行き来している。
市場では、所狭しと商品が並んでいる。
が、彼らの興味はそんな街の賑わいにはなかった。
「Yes、ここはやはりすごい……マイニングにより得られるQUBIT GOLDは、この比ではない!」
「Yes、ソー軍曹!」
デイヴたちの目は、手元の画面に向けられている。
それは地域によって違うQUBIT GOLDの発行数が映し出されるのだが、今のデイヴの弁の如く発行数は他地域の比ではないのだ。
「……君。試しに、マイニングレースと洒落込まないか?」
「w、What!? い、いいんですかソー軍曹!」
「d、Don't mistake it! 勘違いするな、あくまで調査の一環だぞ?」
邪心がなかったと言えば嘘になる。
しかしデイヴは、この時まだ予想していなかった。
「!? そ、ソー軍曹あれを!」
「? What、何だ一体?」
黄金の都の、その先に見える。
「奇妙な鳥を操る者共……我が民たちを虐げたのみならず、あまつさえこの黄金の都にすら土足にて踏み入らんとする腐りきりし輩! もはや生かしてはおけぬ、行くぞ我らがジャガーの戦士たち!」
「エイエイオー!!」
電使言獣テペヨロトルに騎乗するエルドラディアンの戦士たち、ジャガーの戦士。
その怒りの、強さを。
◆◇
「d、Damn! な、何をする! ここは俺のテリトリーだぞ!」
「何? ……ふん、どこまで我らを愚弄すれば気が済むのか! 奇妙な鳥の乗り手共!」
「ぐ、ぐああ!」
再び、現在。
電使言獣テペヨロトルに食いつかれた法機黙示録の仔羊の一機が、また墜落した。
「オオオオ! さあ、また奇妙な鳥を狩ったぞ者共! さあ、狩り尽くせ」
「魔法塔華院マリアナ!」
「ふん、わたくしに指図するのでなくってよ魔女木さん! hccps://camilla.wac/……セレクト サッキング ブラッド! エグゼキュート!」
「!? な、何だ!」
そうしてそのテペヨロトル騎乗の戦士が、雄叫びを上げた時。
マリアナの唱えた術句と共にそのテペヨロトルは突如として、力を失い。
そのまま、戦士ごと落ちる。
「あれは……」
「奇妙な鳥共……あまつさえまだ加勢してくるというか、忌々しい!」
他のテペヨロトルと戦士たちが睨む先には。
「さあて……エルドラディアンの皆さん! 今すぐこんなことはやめてください!」
「……何?」
先ほどの攻撃を放った法機カーミラ、法機ジャンヌダルクを始めとする凸凹飛行隊法機群の姿があった。
エルドラディアンの戦士出陣を見て仮想大陸エルドラドにコンバートし、こうして参戦して来たのである。
しかし。
「(これはあらかじめプログラミングされた訳じゃなく……やっぱり、VIだから?)」
法機ジャンヌダルクから周囲を見渡し、青夢は疑問というよりも既に確信を得ていたのだった。
◆◇
「Well、状況はどうした!」
「ソー軍曹! はい……敵艦隊接近中です!」
「y……Yes! 迎撃体制に入れ!」
その頃、空宙都市エルドラド監視台では。
元凶ともいえるデイヴは、見ようによっては無責任ながらも仮想大陸での騒動対処を放り出し。
「見えて来たぞ……空宙都市エルドラドだ!」
「はっ、グランド騎士団長!」
迫り来る雪男の騎士団艦隊に睨みを効かせるべく、駆けつけていたところだった。
「ふふふ……オオオオ! さあ者共、生意気な空宙都市を落とすぞ!」
「はい!!」
偶然か、必然か。
仮想大陸エルドラドのジャガーの戦士と同じく、雪男の騎士団長グランドは雄叫びを上げた。




