#32 楽園の内と外より
「こ、これは……?」
「な、何これ!」
青夢が法機ジャンヌダルクの力により見せるその光景に、トバラ族の皆は唖然としている。
それは。
「hccp://baptism.tarantism/、セレクト 虎爪砲 エグゼキュート!」
「hccp://baptism.tarantism/、セレクト 狼牙砲 エグゼキュート!」
「我日你!」
人狼艦・人虎艦艦隊からは、艦砲斉射の嵐が吹き荒れ。
「……hccps://baptism.tarantism/、サーチ クリティカル アサルト オブ 幻獣機! セレクト ファイアリング 火炎誘爆砲! エグゼキュート!!」
空中要塞の回転している外周部側面に開かれた火炎誘爆砲の砲口より、高エネルギー弾が周囲に放たれ。
「我日你!」
「싫어!」
「ぐっ!?」
日中韓共同戦線の艦隊へと、襲いかかり。
それは空中にて炸裂し広範囲に火の雨となって降り注ぎ、艦隊のいくらかを誘爆により壊滅させていく光景だった。
「さあ見て、トバラ族の皆さん! 皆さんが助かろうとして向かっている楽園への道中で、人がたくさん傷ついているの!」
「ふ……ふふふ、はははは! 何だ魔女木青夢! 何を見せるのかと思えば!」
アベルはしかし、青夢が見せるその光景を嘲笑う。
「……トバラ族の皆よ、どうだ!? さぞかし気分がいいだろう? 君たちを虐げていた漢民族や見て見ぬふりをしていた周辺国の忌まわしき者たちが逆に虐げられているのだからなあ!」
そのまま彼は、トバラ族の皆にも呼びかける。
そうだ、さぞかし気分がいいだろう――
しかし。
「……うっ!」
「はあ、はあ……」
「!? な……ど、どうしたのだ!?」
アベルの予想に反し、トバラ族の皆は。
過呼吸のような状態になったり、その場で倒れ込む者が続出する。
「……ごめんなさい皆さん。皆さんを苦しめることはしたくなかった、でも! あなたたちが現実的に楽園を追い求めるなら、現実を見なきゃいけないと思うの! だから……目を見開いて、目の前の現実を見て!」
「はあ、はあ……」
「く……魔女木青夢、ふざけるな! これが、貴様の言う救済だとでも言うのかあ!」
アベルは怒り狂い、より高く自機フルフルを飛び上がらせる。
が。
「hccps://hel.wac/、セレクト 地獄誘い! エグゼキュート!」
「ぐっ……マージン・アルカナ!」
アベルに盟次の法機ヘルより、攻撃が加えられる。
本来ならば攻撃できないはずのこの仮想空間で戦えるのは、法機ジャンヌダルクの力があってのことである。
「アベル……君のことは兄として止める!hccps://redserpent.mna/edrn/fs/samael.fs?demon_freezing=true――セレクト、魔王の氷獄 エグゼキュート!」
「む!? カイン……返す返すも忌々しい!」
そこへ矢魔道も法機レッドサーペントから攻撃を加え、アベルは歯軋りする。
「何をしているのだ、我が自治区の皆よ! 外にいるのは私たちを迫害して来た者と奴らに与する者共だ! 早く」
「! あなたは?」
と、その時。
どこからともなく響いたのは、カンツォの声であった。
「ああ、名乗り遅れて申し訳ない……トバラ族自治区主席、カンツォ・ドマだ!」
「カンツォさんと言うんですね……はじめまして! 私たちは」
「いや結構……あなたたち凸凹飛行隊のことは既に知っている!」
名乗ってきたカンツォに対し青夢も名乗ろうとするが。
カンツォはそれを拒む。
「はい……では、カンツォさん! 単刀直入に言いますが、今すぐ戦争を止めてください!」
「……ふん!」
青夢はならばとそう言うが、カンツォからは冷ややかな反応が返って来る。
「我々トバラ族が、どれだけ漢民族に見下され迫害されて来たことか!」
「なら、この戦争はあなたたちトバラ族の総意という訳ね? だけど……今のこの、トバラ族の皆さんを見てまだそれが言えるかしら?」
「くっ……」
カンツォは青夢に啖呵を切るが、逆に言い返され次には言葉に詰まってしまう。
「まったく、情けなくってよねミズ・カンツォとやら! そんなことでよくもまあ、自治区主席になれたものであってよ!」
「ええ、まったくですマリアナ様! 民族の総意を謳いながら、独りよがりとは!」
「ああ、そんなことでトバラの人々を導こうなどと甘いぞ!」
「うん、トバラの人々がかわいそう!」
「そうよ!」
凸凹飛行隊の面々もまた、声を上げる。
「く……私の気持ちは、独りよがりだったと言うのか!」
「違うぞ、カンツォ殿! あなたたちは正当な怒りを抱えていたはずだ! ほら、トバラの皆も惑わされるな! そいつらは」
「よそ見をするな!」
「ああ、君の相手は僕たちだよ!」
カンツォに呼びかけるアベルだが、やはり盟次と矢魔道に阻まれる。
「さあ、カンツォさん……後は、あなた次第よ! どうするのこの戦争、止めるか続けるか?」
「くっ……」
カンツォは青夢からそう言われ。
考えた末に――
◆◇
「見て、小鬼! 護衛艦隊周りの雷雲が晴れているわ!」
「是! さあ……女夭、金東、呪華! 中国代表アポストロス法機群、あの隙間目がけて突撃!」
「是!!」
「よし、私たちも行くよ!」
「네!!!」
一方、空中要塞外部では。
要塞や護衛艦隊を守っていた雷雲が、日本代表アポストロスにより隙間をこじ開けられた様を見逃さず。
中韓代表アポストロスは、自機たる法機群を突撃させていく。
「hccps://xiwangmu.wac/、セレクト! 死鎌爪 エグゼキュート!」
「hccps://wuzetian.wac/、セレクト 武周建国 エグゼキュート!」
「hccps://yangguifei.wac/、セレクト 甘美な茘枝 エグゼキュート!」
鬼苺の法機西王母による斬撃。
女夭の法機武則天による護衛艦隊爆破。
金東の法機楊貴妃が放つ蔦型のエネルギー体よりライチ型のエネルギー弾多数落下による護衛艦隊爆撃と、続々と中国代表アポストロスによる攻撃が高空より炸裂する。
「hccps://kumiho.wac/、セレクト! 九尾――殺生石 エグゼキュート!」
「hccps://seondeokyeowang.wac/、セレクト 毗曇鎮圧 エグゼキュート!」
「hccps://soseono.wac/、セレクト 始祖誕生 エグゼキュート!」
「hccps://yuhwa.wac/、セレクト 日光感応 エグゼキュート!」
韓国代表アポストロスの陽玄専用法機九尾狐より、腐食性のガスが放たれ。
昭賢専用機善徳女王からは、衝撃波が放たれ。
艮麻専用法機召西奴からは、熱波が放たれ。
相錬専用法機柳花からは、光波が放たれ。
「ぐああ!!」
それらにより人狼艦・人虎艦両護衛艦隊は壊滅する。
「ぐっ……おのれ!」
「おや……あれは!」
「!? 什么?」
「뭣?」
「な、何だあれは!?」
と、その時である。
空中要塞中央部が何やら蠢いたと思えば、一つの巨大な象型幻獣機に牽引された幻獣機飛行艦が躍り出た。
「く、空中要塞から出て来たあれは何だ!?」
それは魔象戦車――空中要塞こと幻獣機飛甲城シャンバラの中枢部となっていた飛行艦である。
それが出て来たということは。
「おお……さあ、レッドラム殿、カンツォ殿! 共にこの魔女さんたちを打ちまかしましょう!」
「ああ……今回ばかりは、クローに同意だ!」
未だそのことに釈然としない魔女側とは引き換えに、魔男たちはカンツォやアベルが最終決戦を自ら魔女たちに挑むものと察した。
しかし。
「日中韓共同戦線の皆さん! この飛行艦の出現は、トバラ族の皆さんの降伏の意思の現れそのものです! さあ、空中要塞を思う存分破壊してください!」
「な!?」
そこから青夢の声が響いたことにより、魔男たちはそれが誤りであったと気づく。
「くっ、レッドラム殿はどうした!?」
「いや、カンツォ殿もどうなっているのですか!」
「私を呼んだか?」
「! カンツォ殿……!」
納得がいかず魔象戦車にクローやファングが返事を期待せぬ呼びかけをすると。
果たして、カンツォの声が返って来る。
「何をしているのか!? 早く」
「もうよい! 私は今のトバラ族を背負う者だ……民たちが苦しむならば、もはや私たちが目指すものは楽園ではない地獄だ!」
「な……くっ! あの魔女たちに毒されたか!」
カンツォの言葉にクロー・ファングは。
もはやこの戦争における大義名分がなくなったことを察した。
「是! さあ行こう、小鬼!」
「是! 行くよ!」
「是!!」
「私たちも行くよ!」
「네!!!」
「行くぞ、私たちも!」
「はい!!!」
それを受けて日中韓代表アポストロスたちは、自身の法機群を空中要塞に突撃させ。
そして。
「hccps://yangguifei.wac/、セレクト 安史の乱 エグゼキュート!」
「hccps://jiangqing.wac/、セレクト 文化大革命 エグゼキュート!」
「hccps://xiwangmu.wac/、セレクト! 死鎌爪 エグゼキュート!」
「hccps://wuzetian.wac/、セレクト 武周建国 エグゼキュート!」
法機西王母・武則天の攻撃が、法機楊貴妃・江青により倍化されて空中要塞に襲いかかり。
「hccps://kumiho.wac/、セレクト! 九尾――殺生石 エグゼキュート!」
「hccps://seondeokyeowang.wac/、セレクト 毗曇鎮圧 エグゼキュート!」
「hccps://soseono.wac/、セレクト 始祖誕生 エグゼキュート!」
「hccps://yuhwa.wac/、セレクト 日光感応 エグゼキュート!」
韓国代表アポストロスの攻撃も、空中要塞を破壊していき。
「hccps://amaterasu.wac/、セレクト 天岩戸 エグゼキュート!」
「hccps://takiyasya.wac/、セレクト! 髑髏剣 エグゼキュート!」
「hccps://izanami.wac/、セレクト 黄泉行軍 エグゼキュート!」
「hccps://uesoyomat.wac/、セレクト 寵姫監禁 エグゼキュート!」
日本代表アポストロスの攻撃も、空中要塞を破壊していく。
更に。
「hccps://jehannedarc.wac/GrimoreMark/、セレクト 火刑による怨念業火! エグゼキュート!」
内部からも、凸凹飛行隊による擬似火炎誘爆砲が飛び出し。
空中要塞は一斉攻撃により回復が追いつかず、その超巨大な艦体はついに陥落して行く。
「さらばだ……私たちの、楽園よ!」
カンツォは魔象戦車よりその様を見て、そう呟く。
◆◇
「ふふ……この作戦、まあひとまずは成功ですよ!」
この様子を高空の法機マケダに搭乗し見ていたパールはしかし、何故か面白げに笑っていた。
「これで残るは九機。儀式の日には、確実に近づいていますわ……!」
◆◇
「堕ちた……落ちた、陥ちた! ああ、おちた……トバラ族め! 最後の最後で!」
日中韓代表アポストロスの法機群及び、凸凹飛行隊の一斉攻撃を受け空中要塞が焼け落ちていく様を見て。
ファングは狂ったように言う。
「まったく……納得はいかないですねえ! ファング殿、我々だけでも」
「待て、クロー! あれは」
人狼艦・人虎艦よりこの有様を見ていたニックとクローだが。
先ほど空中要塞から出て来た魔象戦車より、幻獣機フルフル騎乗のアベルが出て来たことを見咎める。
「クロー、ファング! ……撤退だ。」
「!? な……」
「おやおや……レッドラム殿! 忌まわしき兄を何とやらと嘯いておいてこの体たらくとは!」
しかし、アベルは。
クロー・ファングが拍子抜けしたことに、撤退を宣言している。
「ええ、レッドラム卿のおっしゃる通りです……直ちに撤退を!」
「!? くっ、アブラーム殿!」
そんなアベルに助け舟を出さんとばかり。
高空の法機マケダより、パールが告げる。
「hccps://emeth.makeda.wac/! セレクト 、 神移し エグゼキュート!」
「む!? く……これは!?」
「什么!?」
「뭣!?」
パールはすかさず、自機マケダの技を発動し。
その場にいる法機群を国も勢力も関係なく、動けなくする。
「何度も言わせないでほしいですわ……私の言葉は、新たな女王陛下のお言葉そのものであると!」
「くっ……結局こうなるのか!」
「ああ……どちらにせよ、我らにはもはや大義名分がない!」
「これも、新たな女王陛下のご命令とあらば……仕方ないかもしれませんね。」
パールの呼びかけにクロー・ファングは、応じるより他なし。
「……全艦隊、撤退!」
かくして、魔男は撤退し。
トバラ族自治区独立戦争は、終焉した――
◆◇
「今回の騒動を受け、トバラ族自治区主席カンツォ・ドマ氏は解任。しかし国際社会からは、トバラ族に対する中国当局の接し方に問題がなかったのかと批判があり――」
「……以上が、今回の騒動に対する決着だそうであってよ!」
「……そうね。」
それから、数ヶ月後。
縦浜の魔法塔華院別邸にて、テレビを見ていた凸凹飛行隊面々はため息を吐く。
「……で、でも! トバラ族の人たちの内情が世界に知れたし、そんなに重い処分が下った訳じゃなさそうですし、よかったですよねマリアナ様!」
「ええ、そうであってよね……」
「ああ……よかったというべきか……」
「そ、そうだよね! よ、よかったんだよね黒日に青夢!」
「そ、そうね!」
「ええ、そうね……」
しかし一応は、それぞれに喜びを露にする他の面々に対し。
青夢とマリアナは、何か引っかかった様子である。
二人が考えていたことは、実は同じこと。
「(本当に、それっぽっちの処分で済んだの? もし、そうだとしたら……何か、取引があったとか?)」
そんな、ことであった。
◆◇
「お前のおかげで、我らトバラ族はこの程度の処分で済んだ……感謝しているぞ!」
「はっ……カンツォ元首席。」
その頃、トバラ族自治区首府では。
カンツォと誰かが、話をしていた。
「やはり日中韓共同戦線にお前がいたことは間違いではなかった……おかげでトバラ族を止めた者の中にトバラ族がいたということにより、中国当局と取引ができた。」
「はい……光栄でございます!」
カンツォの呼びかけに、その誰かは跪き返事をする。
◆◇
「今回の件は……まあ、残念でしたね牛男・狼男・虎男の各騎士団長。」
「はっ!!! 面目もございません……」
その頃、魔男の円卓では。
新たな女王の言葉に、アベル・クロー・ファングは本当にしおらしくしていた。
「まあまあ新たな女王陛下、その位にして差し上げればよろしいかと……これは実験としては成功であった訳ですから。」
「あら……ええ、そうねパール。」
「!!! アブラーム卿……」
しかし、助け舟のつもりかパールはそう言う。
「おまけに……更なる手は、既に打たれています故に。」
「ええ、その通りね……」
「!? な、何!!!」
アベルらはパールのその言葉に、驚く。
更なる手、とは?
◆◇
「まず……この度はご苦労様でしたね、マリアナさん。」
「はい、お母様!」
そうして、魔法塔華院コンツェルンでは。
社長室に呼ばれてマリアナは、母と向かい合っていた。
「さて……では、早速本題に入りましょう。これをご覧なさい。」
「はい、ありがとうございます……っ!? お、お母様これは……どういうことですか!? これは」
マリアナは渡された資料表紙の文言を見て、驚愕する。
"空宙都市エルドラド"
「ええ、それこそ……アメリカが密かに建造していた空宙都市。私たちが失敗した計画です!」
「アメリカが……?」
母の言葉に。
マリアナは、ただただ困惑するばかりであった――