#2 マイニングレース
「あーあ……これからどうなるんだろ。」
「何してるの、パール?」
「! あ……ジ」
「しっ! その名前で、ここで呼んじゃダメだって!」
「あ、ごめん……ラピュセル。」
フランスのとある農地で水を汲みつつ、少女パール・アブラームは物思いに耽っていた。
「なんか心配事?」
「うん……イングランドとの戦争のこと。」
「パール……それは、私たちが心配しても、仕方ないことでしょ?」
「それは、そうだけど……」
それを心配するのは、親友のラピュセルだ。
イングランド――海を隔てた隣国である。
両国はフランスの王位継承にイングランドが干渉して来たことで、長らくいがみ合い戦争状態が続いていたのだ。
「ねえラピュセル……あれ。」
と、その時。
水汲みの帰りにパールとラピュセルは、ある光景を目にする。
「ああ、汗を掻くのはええ気分じゃ……さあ、主様にお祈りを! ……我らが主様! 何卒我らに……最近日照り続きで、作物が……」
道を行けば、近所の農夫の老人が豊穣の祈りを捧げていた。
「そういうことなら……hggpに基り雷賛魔導書目録閲覧! サーチ プレッシング アス!」
パールが、腕輪をした右手と左手を組み祈ると。
彼女の脳内に情報――彼女曰く雷賛魔導書の目次――が流れ込んでくる。
「……セレクト レイニング! エグゼキュート!」
そのままラピュセルが、呪文を唱えると。
たちまち空に雨雲が立ち込め、恵みの雨が降る。
「おおお! ありがたやありがたや!」
「相変わらずラピュセルの……えっと、何だっけ」
「通神雷賛魔法よ!」
「あ……そ、そう! その通神雷賛魔法!」
パールは驚いていた。
何度か見ていたが、その度に驚かされている。
「ねえパール……そろそろ、起きた方がいいんじゃない?」
「……へ?」
しかし。
ラピュセルは唐突に、そんなことを言い出し――
◆◇
「……ん? あら……?」
青夢はそこで、ふと目を覚ました。
「えっと……私、何の夢を……?」
しかし、青夢は。
既に、何の夢を見たか忘れていた。
hggpに、パールとラピュセル。
これらの言葉は。
――hggp……あ、間違った! ……って、うん?
――あーあ……これからどうなるんだろ。
――何してるの、パール?
――! あ……ジ
――こら! そっちの名前で呼んじゃ駄目でしょ?
――あ……ご、ごめんラピュセル。
先日、幻獣機を青夢らが撃墜した時に出て来た言葉であるが。
今の彼女には、知る由もない。
と、その時。
ヴー、ヴー!
「ん……スマホ?」
青夢は慌てて、鳴る最中のスマートフォンを取る。
「青夢、時間遅れてるよ!」
「え? ……あ!? ご、ごめん……は、早くログインしないと! ……hccps://emeth.MinersRace.srow/! セレクト、レースウォッチング! エグゼキュート!」
青夢は黒日からの電話に。
急いで、スマートフォンに向けて術句を唱え――
◆◇
「あ、青夢! やっと来た!」
「ご、ごめん遅れて。」
そのまま青夢は。
先ほどのURLが示す、仮想世界におけるレース会場にやって来た。
「あー! ほら見て、もう始まってるよ!」
黒日が見る先には。
レースのスタート地点に並ぶ、(プレイヤー全員が男性なので法機マリアではなく)幻獣頭法機黙示録の仔羊二十六機が。
かつての最終決戦時に青夢が世界中に与えた強力な法機である。
これこそ、獅堂や総佐が話していた仮想通貨のマイニングレースである。
青夢もこのレースについてよくは分かっていないが。
――まあ、そんなに難しいことじゃないから! 仮想通貨の十分スパンの取引情報の入ったブロックを、個人またはチームの法機同士でゴールまで繋ぎに行くために競い合うの。
――へ、へえ……
――それで、最速の個人もしくはチームだけが勝ちになり。ゴールに辿り着いてそこにある鎖状の仮想通貨帳簿・救世主捕縛の鎖 にブロックを繋げられた方々には、賞金として新しく発行されるQUBIT SILVER30枚をプレゼントいたします! っていうルールよ!
以前、真白や黒日がマイニングレースについて説明してくれた内容である。
より詳しく説明すると。
仮想通貨は通常の通貨や電子マネーとは違い中央銀行やメインサーバを持っていないため、ネットワーク上から取引情報の管理業務を行なってくれる有志の電使計賛機を募る必要がある。
その有志たちの中で、取引情報承認のための計賛速度を競い最速の者へ取引情報の登録業務とそれに対して報酬として新規発行された仮想通貨が与えられる。
これらはマイニングと呼ばれている。
法機にこの計賛速度がそのまま速力として反映され、ビジュアルとして分かりやすい法機レースに昇華されたものがこの法機によるマイニングレースである。
QUBIT SILVERのマイニングには、チームに当たるアポストロスなる複数機(十三機)のリソース連結・共有で挑むアポストロスマイニングと。
単機で挑む、ソロマイニングとがある。
それは今や、観戦するEスポーツとして流行しつつあった。
「ハロー! 皆、マイニングレース楽しんでる? 私はDJセレネー、よろしくネ☆」
そのレースを、扇動するDJが。
「さあ、それでは……今週も、マイニングレースをラジオ中継するDJセレネーの、ウィッチオンエアクラフト〜魔女は空飛ぶ放送電波に乗る〜張り切って行くyo! さあ、here we go!」
DJセレネーは、陽気に喧伝する。
「さあて、今日のマイニングレースは……アポストロス・バイキングと、アポストロス・タッチアンドゴーによる白熱のレースを、お届けしちゃうわyo!」
本日のレースは、アポストロスマイニングのレースである。
「さあ……皆行くぞ!」
「はい!! ……hccps://emeth.MinersRace.srow/! セレクト、マイナーレーシング! エグゼキュート!!」
かくして。
幻獣頭法機黙示録の仔羊を擁するアポストロス同士のレースは、幕を開けた。
◆◇
「頑張って!」
「ああちょっと駄目! 抜かれちゃうわ!」
そうして。
マイニングレースにおいて、ギリギリのデッドヒートを繰り広げる法機たちに、真白と黒日はかなり熱狂している。
「法機のレースかあ……やっぱり、こういうのが皆好きなのかなあ。」
一方で青夢は、やや冷ややかにそんな彼女たちを見守っている。
法機同士が競り合うというシチュエーション自体、自分たちと魔男たちとのこれまでの戦いで既に経験済みだからだ。
「まあ懐かしくはあるかな……よし、頑張れ!」
が、やはりここは乗らなきゃ損と思い直し。
彼女も、応援に加わる。
◆◇
「ブラボー! 今回のマイニングレース、勝利はアポストロス・バイキングです!」
「や、やったー! ば、バイキングが勝った!」
そうしてレースは決した。
どうやら真白や黒日は、アポストロス・バイキングのファンであるらしい。
飛び上がるほどの、歓喜を覚えていた。
「……待ってください! これは……ユダマイニングです!」
「な、何!?」
「ゆ、ユダマイニングなんて!」
が、その時。
アポストロス・バイキングのメンバーの一人が、声を上げた。
「ええ、そのイスカリオテのユダは……メンバーのトモです!」
「そ、そんな! と、トモ君がユダマイニング?」
他のメンバーが名指しされ、真白と黒日の動揺は広がる。
「ご、ごめん魔導香! いや間違えた真白! ゆ、ユダマイニングって何?」
しかし、青夢はQUBIT SILVERの初心者であるため置いてけぼりである。
それでも動揺する真白たちにしつこく尋ねてみれば。
先述の通りQUBIT SILVERのマイニングには、法機複数機アポストロスマイニングと単機で挑むソロマイニングとがあるが。
それ以外にも、アポストロスマイニングをソロマイニングに見せかけて不当に新規発行の仮想通貨を得るユダマイニングなるものも存在するのである。
ちなみに新規発行されるQUBIT SILVERの枚数は30枚だが。
ソロマイニングではその全てを独占できるのに対し。
アポストロスマイニングでは、それらがアポストロスメンバー全員(十三人)に分配される。
そのために、アポストロスマイニングをソロマイニングに偽装するユダマイニングのような不当手段に走るマイナーもいるのである。
そんな情報を、教えてくれた。
「ふ、ふーん……それってつまり複数機を単機に見せかけるってことで……」
青夢がそれを聞き、頭に浮かべたのは。
複数の幻獣機の集合体にして、レーダー上単艦の母艦――いや父艦を装う魔男の兵器・幻獣機父艦である。
「ち、違う俺は!」
「トモ、残念だけどよお……俺たち、ザラストサパーマイニングもやっててもう証拠上がってんだよ!」
「!? ……な、ち、違う! ほ、本当に俺はやってない!」
「え……? ざ、ザラストサパーマイニング?」
が、またも聞き慣れない言葉に青夢の思考は止まる。
「ああ……今言った、ユダマイニングに走るイスカリオテのユダを暴くマイニング。ユダが報酬を受け取る前に密告した人がQUBIT SILVER30枚を受け取れるの!」
「へ、へえ……裏切り者を糾弾する仕組みかあ。」
真白の説明に、青夢はうんうんと頷く。
「これはこれは……残念ながらトモ選手! あなたにはアポストロス及びレース永久追放の罰が与えられます! さあ、ご退場ください!」
「お、俺じゃないんだ! 本当に俺じゃない、信じてくれえ!」
DJセレネーがそう告げるや。
トモの姿は、そのまま消えていく――
◆◇
「あーあ、ショック……まさかトモ選手が」
「うん、ショック……」
「あ……ま、まあまあ真白に黒日!」
青夢が落ち込む二人を、励まそうとしたその時。
「よおし、じゃあ皆! マイニングを完成させるぞ! hccps://emeth.MinersRace.srow/! セレクト、コネクティング ブロック トゥー 救世主捕縛の鎖!」
「ああ!! エグゼキュート!!」
アポストロス・バイキングの残ったメンバーたちはそう術句を唱える。
すると、何やら巨大な鎖が出現し。
それがアポストロス・バイキングの幻獣頭法機群から一つ放たれた鎖の一部と繋がった。
「ええ、何はともあれ……congratulations! 勝利したバイキングには、QUBIT SILVER30枚が贈られます!」
「よっしゃー! 皆応援ありがとう、仲良く分け合わせてもらうぜえ!」
「オー!」
先ほどの仲間の裏切りなど嘘のように、バイキングのメンバーも会場も沸く。
「え、えっとあの鎖は……?」
「ああ、あれは取引情報が書かれた台帳。あれこそが前に言った救世主捕縛の鎖よ。」
「え、台帳!?」
またも訳が分からず当惑する青夢だが。
真白がこれまた、またも説明してくれた。
そう、あれこそが救世主捕縛の鎖 である。
「データのブロックとして前の取引情報に鎖のように現取引情報を繋ぐ業務がマイニングの目的。で、この取引情報が過去から連綿と繋がったものが救世主捕縛の鎖――あの鎖のことだよ。」
「へ、へえ……」
「あの鎖は、電賛魔法システムネットワーク上の不特定多数のサーバーに全部同じ内容として書き込まれるんだけど。このレース見てれば分かるように、一つのブロックを承認するだけでも結構手間暇かかるじゃん?」
「うん、うん。」
「あのブロック、繋がっているには前のブロックと整合性とれてなきゃいけないの。だから鎖を繋げたまま改竄したい時は全ブロック改竄しないといけないんだけど……さっきも言った通り一つブロック改竄するだけでも大変だから。改竄された鎖は、基本的に、比較的短くなっちゃうの。」
「う、うん……」
真白の話を、青夢は今一つ理解できないが。
早い話が、その救世主捕縛の鎖とやらの長さは中身が改竄されれば大概は切れて短くなりされていなければ切れずにそのまま長くなるため。
常に電賛魔法システムネットワーク上の不特定多数のサーバーに全部同じ内容として書き込まれる際にはその全ての内容が比べられ。
一番の長さを持つ鎖のみが、全てに上書きされるらしい。
そうして鎖の長さにより、取引データの信用性を守っているという。
「まあ、どこかの鎖が切れたらその時点でネットワーク内で切った人共々情報が公表されて晒し者になるから、あんまりする人いないと思うけどね。」
「へ、へえ……」
真白の言葉に、それは吊し上げでは?と思った青夢だがその時だった。
「ん! ち、ちょっと待って。はい……魔法塔華院マリアナ。」
「魔女木さん! また幻獣機が現れてよ……早く!」
「り……了解!」
青夢は急遽、マリアナからの連絡を受けた。
「あ、青夢?」
「ごめん二人とも……これから凸凹飛行隊の仕事で」
「マジ? 頑張って、青夢!」
「うん、ありがとう! 埋め合わせはどこかでするから!」
青夢は真白・黒日にそう告げ。
ログアウトする。
◆◇
「女王陛下。……我らが計画は、刻一刻と進んでおります!」
「ええ、そのようね。……ご苦労様。」
魔男の円卓にて。
魔男の騎士団長ラインフェルトの言葉を聞き、新たな女王は満足げに微笑む。
仮想通貨QUBIT SILVERに、幻獣機の暴走。
獅堂や総佐らの悪い予感は的中するというべきか、これらは穏やかならぬ状況の幕開けを告げるものなのだが。
魔男の円卓の復活及び新たな女王の誕生に加えこれらが齎し得るこれからの展開を青夢は未だ知る由もなかった――