#1 魔男の影
青夢にとっては、忘れられぬあの最終決戦にて。
「人間として生きることを、"あんた"が望んでいるなら。さあ、この法機の力を使って!」
ふっ、ああいいだろう……
hccps://……なあんてな!
「ん!? な、"あんた"何を!」
「下がれ、青夢!」
ははは、驚いているな。
まあ無理もない。
"私"の器たる黒客魔マスターセリアンは、急に光に包まれたのだから。
だが安心しろ、どうということもない。
"私"が死ぬ、以外のことはな!
「な!? ち、ちょっと"あんた"!」
ははは、ああ"私"の命はくれてやる!
だが、お前たちに勝利はやらん!
"私"を含めて全てを救うことが青夢、お前の望みならば叶えさせはしない!
さらばだ、人間たち!
精々"私"の筋書きを台無しにしたことを悔やむがいい!
はーははは!
"私"はそう叫び。
黒客魔マスターセリアンは光に包まれていく――
◆◇
「はーあ……」
「大丈夫、青夢?」
「相変わらず……ていうか。今までより圧倒的に青いよ?」
「……真白、黒日あ!」
「ぷぐ! ち、ちょっと青夢う!」
「く、苦しい……って言うか! もう何回目かなあ、抱きしめられるの。」
「あ、ご、ごめん!」
聖マリアナ学園カフェテラス内にて。
青夢はいつも通りというべきか、真白や黒日と茶をしばいていた。
あの戦いから、一ヶ月後。
こうして、平和が戻っていた。
◆◇
「あ、お支払いこっちでお願いします!」
勘定になり。
そう言って真白が差し出したスマートフォンの画面には。
QUBIT SILVERの文字が。
「hccps://emeth.qubitsilver.srow/! セレクト、QSペイ エグゼキュート! それっ!」
「! ま、真白それは」
真白は術句を唱えつつ、スマートフォンを読取機に翳す。
すると支払処理が、瞬く間に為された。
「ああ、今流行ってる仮想通貨! 青夢たちはキュビットシルバーにしないの?」
「へ、へえ……いや〜、私は少なくともしないかな〜」
青夢は曖昧に返す。
あの戦いから一ヶ月経った今でも。
電賛魔法システムは健在であり、今こうして人々はその恩恵を受けているのだ。
ちなみに、このQUBIT SILVERは。
その電賛魔法システム内での取引者同士の相互監視により価値が担保される、仮想通貨である。
「ええ〜、何で? 青夢もやってみればいいじゃん?」
「う、うーん……」
青夢は言葉を濁す。
今や電賛魔法システムに否定派である彼女は、気が進まないのである。
が、その時だった。
「!? きゃっ!」
「真白、黒日伏せて!」
「きゃあ!」
窓の外に見えた数機の幻獣機に、店内は大騒ぎとなる。
そう、幻獣機――今や過去のものとなったサイバーテロリスト・魔男が擁していた機動兵器である。
まだ野良の機体を使う残党がいるのか、こうして時折現れるのである。
「くっ、何なの?」
「ち、ちょっと青夢危ないよ!」
「あんたも早く伏せなよ!」
「あ、ありがとう……でも、ちょっと待って!」
窓際に寄って外を見ようとする青夢だが、真白と黒日に制され。
ごまかしつつ、窓際に張り付く。
◆◇
「く……hccps://jehannedarc.wac/! サーチ コントローリング 空飛ぶ法機ジャンヌダルク! セレクト、ジャンヌダルク リブート エグゼキュート!」
「え? あ、青夢!?」
そのまま、幻獣機を見ていた青夢だが痺れを切らし。
法機を、召喚した。
「……事情は後で話すわ。ひとまず真白と黒日! あんたたちは早く逃げて!」
「青夢……」
「早く!」
「わ……分かった!」
青夢は真白や黒日にそう促し。
自分は店外の、待機させている法機に向かう。
◆◇
「さあて、ジャンヌダルク! またお仕事よ……よっこらせ!」
青夢は法機ジャンヌダルクに乗り込む。
この前まで黒客魔レッドドラゴンであったこの機体だが、矢魔道に頼み解体してもらったのだ。
「まったく……電賛魔法システムの誤作動か何かなのか知らないけど、ちょいちょい出て来るのよねえ幻獣機! もう頼むから……出て来ないでよ!」
青夢はそう呟きつつも。
「hccps://jehannedarc.wac/! サーチ コントローリング 空飛ぶ法機ジャンヌダルク! セレクト、デパーチャー オブ 空飛ぶ法機 エグゼキュート!」
愛機を、発進させる。
「hggp……あ、間違った! ……って、うん?」
――あーあ……これからどうなるんだろ。
――何してるの、パール?
――! あ……ジ
――こら! そっちの名前で呼んじゃ駄目でしょ?
――あ……ご、ごめんラピュセル。
そのまま呪文を唱えるも間違えてしまった青夢だが。
青夢の脳裏には、何やら二人の少女の会話シーンが浮かんで来た。
これは――
「……え? 何これ」
「あ、青夢危ない!」
「え……くっ!」
が、その時。
青夢が呆けた隙を突き、幻獣機は光線を法機ジャンヌダルクに向けて発射した。
「あ、危ない……くっ、だけど! あの幻獣機、速い!」
間一髪躱す青夢だが。
幻獣機はすばしっこく動き回り、ジャンヌダルクを翻弄する。
と、その時である。
「……hccps://camilla.wac/……セレクト サッキング ブラッド!」
「……hccps://crowley.wac/…… セレクト アトランダムデッキ! 愚者――愚かな操作!」
「……hccps://rusalka.wac/…… セレクト 儚き泡!」
「エグゼキュート!!!」
「!? こ、これは!」
しかし。
幻獣機めがけて三つの光線が、発せられる。
幻獣機は躱そうとするが、躱しきれず撃墜された。
「魔女木さん、あんな幻獣機に何を手間取っておいでであって?」
「そうよそうよ魔女木!」
「大丈夫か、魔女木?」
「ま、魔法塔華院マリアナに雷魔法使夏! と、方幻術!?」
その光線の主は。
お馴染みというべきか、凸凹飛行隊の擁する三機の法機であった。
◆◇
「青夢、あんた」
「……ごめん、真白に黒日。私ずっと隠してた。魔男と戦ってたこと。」
そのまま、法機から降り立った青夢は。
真白と黒日に、謝る。
「もう……本当にこの娘は!」
ポカリ。
真白は青夢の頭に、拳をそっとぶつける。
「真白……」
「水臭いじゃない……私たちにこんなこと内緒にしてるなんて!」
「なるほど……私たちといる時いつも青かったのって、こんな悩み抱えてたからなんだ。」
「ご、ごめん魔導香に真白……」
青夢は黒日に真白に、謝るが。
「あ、間違えた黒日に真白!」
「いや……こんな場面でも間違えるんかーい!」
「まったく、青夢ったら!」
結局、決まらない三人である。
「ちょっと、魔女木さん! お戯れの所失礼あそばせだけど……お戯れの場合ではなくってよ! わたくしたちの今日の戦果について、詳細な調査をしなくては!」
「そーよそーよ、マリアナ様のおっしゃる通りよ!」
「魔女木、少しは手伝え。」
「あ……ご、ごめん真白に黒日!」
そんな所に、マリアナらから求められ。
青夢は慌てて、彼女たちの元に行く。
◆◇
「獅堂、どうだ?」
「飯綱法、これはどうだ?」
その翌日。
旧飯綱法重工社屋の、とある研究室にて。
青夢の父・獅堂と盟次の父・総佐が互いにアイデアを見せ合っていた。
そのアイデアとは無論、電賛魔法システムに代わる新たなシステムのものである。
あの最終決戦直後以来、ずっと取り組まれて来た新システム構築であるが中々進んでいない。
彼らは電賛魔法システムを広めて"私"を生み出してしまった罪滅ぼしのため、今その新システム構築に励んでいるのだ。
「おい、魔女木獅堂!」
「こら盟次、失礼だぞ!」
と、そこへ。
同じく共同研究に勤しんでいた盟次が、声を上げた。
「獅堂、さん……こ、こんな所にいていいの、ですか? い、家に帰らなくても」
盟次はいかにも使い慣れないといった形で、獅堂に敬語を使う。
「あ、ああ……娘からは未だに許してもらっていないしなあ。」
獅堂は遠い目をする。
自宅では、青夢から"クソ親父接近禁止令"を出されてしまっているのだ。
「しかし……今巷ではこんなものが流行っているらしいぞ、獅堂。」
「これは……そうか。暗号資産――仮想通貨のマイニングレースか、懐かしいな。」
「! 懐かしい?」
そう言いつつ、総佐からスマートフォンの画面を見せられた獅堂の言葉に。
盟次は、首を傾げる。
懐かしい?
マイニングレースが、そんな古くからあったのか。
「そうか、盟次は知らないか。まだ電賛魔法システムがなかった頃、その前身に当たる脳を直接繋がれたネットワーク上のゲームとしてマイニングレースがあったのさ。」
「! そ、そんなに昔からですか?」
盟次は父の言葉に驚く。
「ああ、更にその仮想通貨はP2P――世界中のネットワークにつながっているコンピュータをリソースとして使える、いわばワールドコンピュータの基盤の役割も果たしていた。」
「世界中のネットワークにつながっているコンピュータ……っ! まさか」
「さすがだ、我が息子よ! そう……すなわち、その時既にネットワークに繋ぐことができた脳もリソースとして使えたということだ!」
盟次は獅堂の言葉にはっとしていた。
そう、世界中の脳を基盤にできるということは。
「ああ、そうだったな飯綱法……私は、そのマイニングレースに参加してくれていた人々の脳を基盤に世界初のVI――"あいつ"を作り上げた。」
「そ、そんなことができるとは……」
獅堂の言葉に盟次は、既に気づいていたとはいえ事実の重さに打ちひしがれる。
あのVIたちが、そんな技術により作られていたとは。
「ああ。まあ今話題の仮想通貨はそれとは違ってP2Pの基盤となる機能はなく、純粋に通貨としてしか使われないようなんだが。はっきり言ってマイニングレースというのは穏やかな気配はしないな……」
「そうだな、飯綱法……」
総佐の言葉に、獅堂は大きく頷く。
そう、"あいつ"を作るための基盤となった技術が今も――限定的にせよ、残っている。
それは彼らにとって、穏やかでいられるはずのない事実であった。
「穏やかな気配がしないと言えば。青夢ちゃんたちが先日撃墜したという幻獣機を調べてみたが、これは……どうやら、新型のようだ。」
「! し、新型だと?」
総佐がそこで獅堂にかけた言葉に。
彼は表情を強張らせる。
つまり、何者かが幻獣機を新造し活動しているということになる。
「獅堂、これは。」
「ああ……嫌な予感がするな。」
同じく研究室にいるアラクネも、不安げな顔をしている。
◆◇
「はあー、今日の任務やっと終わった!」
「うん、今日は特に大変だったよね!」
その頃。
自衛隊基地からの帰り、力華と術里が伸びをしている。
「何だ、お前たちも帰りか?」
「!! き、教官お疲れ様です!」
と、そこへ。
教官の巫術山もまた、帰る所であり。
後ろから力華たちに、声をかける。
「ううむ、魔男も滅びてこれで平和だと思いたいが。
しかし……私たちが前に恐れていたことが、ここで起こりそうだな。」
「……はい、教官。」
巫術山はそこで、ふと不安を口にする。
そう今や主要国に、マリア――強力な空飛ぶ法機が渡っている。
それはすなわち、そういった力による大規模な戦闘に入る可能性があるということだった。
◆◇
「……さあて。騎士団長方、揃いましたね?」
"新たな女王"が呼びかけると。
「はっ、我らが女王!」
それに対しての騎士団長たちの威勢のいい返事と共に。
その12席全てが、次々と照らし出される。
「お待たせしたわね、自分で呼んだというのに。」
「いえ、とんでもございません!! 我ら新たなる魔男の12騎士団、新たな女王をお守りする身なれば!!」
新たな女王の言葉に、12騎士団長全てが恭しく頭を下げる。
「……よくぞいらしてくれましたね、12の新たな騎士団長たち!」
「恐縮至極にございます……」
尚も恭しく、12騎士団長は頭を下げたまま新たな女王に答える。
かくして。
あらゆる不安の的中と共に、物語は再び幕を上げた――
結局何だかんだ続編、もとい完結編を書いてみました!
更新はかなり遅くなりますがご了承ください……