私の頭の中の⋯⋯幻影
忘れられた姫君は今日も独り考える。
「今日はご飯食べられるかなぁ」
何時も後回しにされている内に、忘れられることが多い。
その存在が薄く、誰かがやってくれただろうと思い込んでしまう人の悪い癖だ。
厨房に何か残っていると良いが、無ければ庭園の隅でこっそり育てている貴重な芋を食べねばならぬ。
いっそこの城に住み着くネズミの方が良い物を食べているのじゃないかと思える位、人々はこの姫に無関心だった。
⋯⋯と言うのも、父である王が側室+妾をどんどんどんどん……見境なく増やすから。
今は何人いるんだっけ、考えても分からない。
えーと、二十人位迄は覚えているが、それからは数える事すらやっていない。
まだ貴族子女はいい。
お付きの者達と入城し、良い離宮。良い部屋を与えられるから。
こんな苦労とも無縁だろう。
出入り商人の娘も親がしっかりしているからこれまた苦労無し。
そして側室と妾の差は子供の有無。
貴族子女の場合はこの範疇ではないが。
でも悲惨なのはメイドだとか、平民の娘の場合だ。
出先で拾われてきたり、滞在先でお手付きになったり。
平民で花屋の売り子だった母も拾われた内の一人。
問答無用で連れてこられて泣き暮らし、私を産んで天に召された。
それからは乳母が育ててくれたのだが、体を壊して泣く泣く田舎に引っ込んだ。
引き継いだ筈のメイドは何処へやら、いつの間にか顔さえも出さなくなった。
それでは父である王様が何故こんなに、それこそネズミ算式の如く増やすのか。
王子が滅多に産まれないのである。
産まれても夭逝してしまい、金の掛かる姫君ばかりがわらわらわらわら……産まれるのである。
次こそはと増えに増えた姫君……何人だっけ?
斯く言う私は第16姫、中途半端な16番目。
まだ17姫とか20姫とかなら覚え易い。
1、5、7、10、15、17、20……あっ、また考えてもどうしようもない事を、数えてしまった。
其れよりまずご飯、早くしないと厨房は戦争だ!
あまりに大所帯の為、忘れられる者も出てくる。
メイドがしっかりしてないと、忘れられる可能性大。
私は慌てて厨房へ走る。
「今日もダメだったか」
申し訳なさそうな厨房の下働きから、ハムの切れ端とカラッカラに干からびたチーズを貰った。
多分、下働きかなんかだと思われてるよね。
ハムの切れ端とチーズは捨てられた外葉に包んで、急いで芋の所に走る。
庭園の隅っこ、私の秘密の食料庫。
そこで土の中から大事な芋を一個取り出して、枯れ葉や雑草に火を付ける。
芋はそのまま放り込んで、ハムとチーズは枝に刺す。火で炙って食べるから。
外葉もむしゃむしゃ食べながら、ハムの切れ端とチーズを頬張る。
熱々が美味い。芋はしばらく掛かるから、枯葉を集めながら夕陽を見つめる。
この城壁の向こう側に行ったなら、何か楽しい事が有るのかな?
熱々の焼き芋を頬張りながら、そんな事をボンヤリ思う。
いつか誰かがお迎えに来てくれるのかな……。
そして私は眠くなる⋯⋯瞼が落ちてとてもとても目を開けていられない……。
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「姫は眠ったか」
「はい、今日もぐっすりと」
「何か変わった事は?」
「いえ、いつもとお変わりありません」
王はそれを聞いて深い溜息を吐いた。
宰相も他の騎士達も、気不味げに目を伏せる。
この国唯一の姫君が、心の病になられてお労しい。
最初は誰もおかしい事に気がつかず、侍医に見せた時は心の病と診断が下った。
姫の中にもうお一人、別人格がいらっしゃる。
普段の姫はお淑やかで姫君らしい方。
しかしその姫が突然野生児の様になられるのだ。
何故か自分を16姫と呼び、芋を食べ厨房へ食べ物をねだりに行く。
そして沢山の食べ物から切れ端やらをわざわざ選んで持って行く。
その奇行の事を、普段の姫は何も知らない、覚えていない。
王は頭を抱えた。
王子ばかりにやっと生まれた末娘、掌中の珠。
愛する王妃が命を賭けて産んだ娘。
王妃は植物状態で、今もなお離宮に眠り続ける。
大事に大事に育てたのに、心の病を患った。
今日も姫は自分の世界で、山猿の様に走る。
姫がいない隙を狙って、メイドが芋を埋める。
枯葉や雑草、枝も用意する。
そして今日も、姫の一人芝居が始まる。
いつもと同じ、ブツブツ架空の話を口走りながら⋯⋯。
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