反撃のプロローグ
あくまで、設定を物語調に書き上げたものです。
この作品で完結、また本編等が存在するものではありません。
申し訳ありません。
人が空を見上げ、空を飛ぶことを夢見たと同時に逆も存在した。
地上に対して干渉する事を禁じられた翼を持つ人種。地上の人間が勝手に想像し夢見た、翼を持つ人間──『天使』。
彼ら彼女らを『人』の括りにして良いのかは分からないが、姿形は正に『翼の付いた人間』であった。
なぜ想像の存在なのに確信を持ってそんな事が言えるのか。それは──
「初めまして、地上の子よ」
村外れにある森の奥。月明りが射す小さな湖の水面に立つ彼女。水面に立つという異様な光景にも関わらず、彼女の背にある物を見て驚きより先に興奮を感じた。
「空は……天空に人はいるのですか!」
声を荒げ、湖の淵に膝を付き、頭を下げ彼女に問う。問というより、懇願に近い気持ちを込めて。
ずっと探していた。夢見た空の向こう。その為に努力をし続けた。学問に魔法に富み。それでも馬鹿にされ続けた──街の人間にも、魔法協会にも、貴族の連中にも。
その答えが目の前にある。地面に付いた手は土を力強く握り、少しでも彼女に近づこうとした足は、湖の淵どころか水の中に入っていた。
下げた頭。眼だけで彼女の足元を、様子を伺う。水面に立つ彼女は、幾つもの波紋を立たせこちらに歩いてきている。
「えぇ、あります。人が永く望み、そして神が叶えた地上とは異なる生活圏が」
何の事はない、とでもいうかの様に彼女は言った。彼女にとっては当たり前のことなのだろう。だが私には違った。その答えこそが、私の人生を肯定してくれる物だったから。
「あ、あのっ──」
さらに多くの事を聞きたかった。顔を上げると同時に口を開けたが、鼻と鼻がぶつかるかと思われる距離にいた彼女に驚き、開いた口は声を発することが出来なかった。
「貴方は空を夢見ているのですか」
次は私の番だ、とでも言うかの様に顔をグッと近づけてくる。
月の光のせいなのか、彼女の肌はとても白く透き通っている。街で見たエルフもとても綺麗だったが、同じ金髪で長髪だというのに彼女の前では霞んでしまう。きっとその美しさは視界の隅に映る神々しい真っ白な翼のせいだろう。
夢見た存在が目の前にいる。その事実が嬉しくて、つい癖が出てしまった──彼女の翼に手を伸ばしてしまった。
「何をしているのですか──人間」
その声を耳が受け取ったと同時に右手に走る痛み。白く透き通っていた彼女の頬に赤い液体が付いている。
──アレはなんだろう……彼女に付いている物を取らなくては。
そう思い伸ばす右手。そして気が付く。手首より先がないことに。そしてやってくる痛み。真夜中の森に響く私の叫び声。
「耳障りですよ。邪魔な右手の次は……首より上が邪魔ですか?」
美しくて、神々しくて、夢見た存在で……そんな彼女の背から伸びる綺麗な白い翼──がいつの間にか『黒』へと変色していた。
右手に走る痛み以上に、目の前の現実が信じられなかった。『黒い翼』とは魔族の象徴。魔物を使役し、人を苦しめる古からの存在。人が空の向こうを夢見る前から存在する人類の敵。
「私を騙したのか……魔族」
人間が魔族に勝つことは不可能とされている。時折生まれる『勇者』という神から与えられた特別な力を持つ者以外は。そんな存在が目の前にいる。
右の手首より先を、自分の火属性魔法で焼き出血を止める。想像以上の痛みが襲うが、先ほどの様に情けない声は上げない。目の前に『敵』がいるのだから。
「騙すとは人聞きの悪い。いますよ、空に人は。人と言っていいのかは分かりませんが」
牛などを焼いた時とは異なる、吐き気を誘う臭いがあたりに充満している。その臭いに反応したのか、彼女──奴は舌なめずりをしながら私に答える。
先ほどまでは綺麗な金髪をしていたのに、今は白髪になっている。金色が白色になったというより、色が抜けたかの様だ。耳も人と変わらない形をしていたのに、今では魔族の特徴である異様に長い形をしている。
「お前たちは……魔族とは何なんだ」
「聞かなくても分かっているのでしょう? それとも、本当に分からないとでも言うつもり? 貴方、そんなにつまらない人なの?」
先ほどまでの、夢の存在に対する好奇心は既に消え去り、人類の敵の情報を少しでも手に入れようと頭を働かせる。
顔を極限までに近づけていた奴は、今度は背を向け湖の中心へと戻っていく。背の中心から生える黒い翼。お伽噺で出てくる『天使』の白い翼と真逆の存在。そんな奴が言っていた『いますよ、空に人は』という言葉。その言葉を信じるならば答えは一つなのだろう。
「魔族とは天使なのか」
「大当たり。正解した貴方に特別にオマケ。貴方達──人間が魔族と呼ぶ私達は、空を追放された者──墜ちた存在のこと。まぁ、追放される理由も色々あるけど黒い翼は『獰悪』の証拠。あとは翼そのものを剥奪される奴もいるわね。翼剥奪は何だったかしら……あぁ、思い出した。貴方みたいに身の程を知らずに地上に恋焦がれた罪だったかしら。地上に行きたいなら二度と帰ってくるな、ってね」
奴の話を聞きハッとする。翼はないが奴と酷似した耳をしている種族のことを。魔法に長け、金髪で容姿に優れた彼ら。だというのに耳が酷似しているというだけで迫害にあっている存在。
「翼を剥奪された存在……エルフなのか」
「正確に言うと、人間との間に出来た子供の子孫、かしらね。人間との血が混ざって弱者に成り下がった奴らよ」
「そうか……私の様に、空にも変わり者はいるんだな」
残った左手に魔力を集める。奴はもちろん気が付いているだろうが、気にした様子すら見せない。これが魔族という圧倒的強者という存在。
奴は私との会話に飽きて来たのか欠伸を始めた。
「地上の人間と話すと何か楽しいかと思ったけれど……ルキフェル様は何故こんな奴らを生かしているのかしら」
最早、奴の眼中には私の存在はないのだろう。私に背を向け、一人考え事をしている。正に隙だらけの背中。
そんな隙だらけの人類の敵を前に、左手に集めた魔力を具現化させる。月の光が射すとは言え、真夜中の森の中。暗闇の中に突然現れた光輝く剣。奴は背後から圧さえ感じる光力に振り向くが遅い。
「そのルキフェルってのが魔王を指しているなら、その答えは一つだな。あいつは『勇者』を恐れているから、だ」
奴が振り返るより早く接敵し、振り向き終わる前に奴を袈裟切りにする。バターを熱したナイフで切るかのように簡単に切れる魔族の身体。左手に持つ剣が聖剣と言われる所以だろう。
「足の裏に魔力を纏っているのか。天使だから水の上に立てているのかと思ったら……手品と一緒だな。ネタが分かればなんとやら」
「謀ったな……お前、ただの人間ではないな」
月の光に照らされた湖が、奴が倒れ浮かんでいる場所を中心に黒くなっていく。人間とは異なる黒い魔族の血。魔族の血は、媒介の材料として貴重な為とても勿体ない気がするが仕方がない。
「騙したとは人聞きの悪い。私は、飛ぶことを、空の向こうを夢見た一人の青年です。ただ……少し力を授けられた、だけですよ」
そう、今でも夢見る。幼き頃、私を庇ってくれた白い翼を持つ女性の事を。最弱に分類されるコボルト相手にすら勝てない彼女が、一生懸命私を庇ってくれた。怖くないよ、怖くないよ──と痛みに声を上げたいだろうに、無理に笑った顔を今でも覚えている。今でも逃げたいだろうに、震える手で私を抱きしめてくれた彼女の温もりを今でも感じる。
彼女が持っていたブレスレット。彼女にいたであろうご両親に返す為に私は空の向こうを夢見る。
「魔族が天使の出来損ないだってのは……少し残念ですが、天の存在を確信させてくれたことには感謝します」
「だれが出来損ない、だ。我々は『獰悪』の象徴──」
「黙れよ。あの人は確かに弱かった。でも誰よりも強かった。私の中であの人が最強の『天使』だ」
「誰を言っているのか知らんが……地上にいたってことは、所詮そいつも追放しゃ──」
奴の言葉が、ただただ耳障りで言葉の途中で胸を貫く。何が面白いのか、奴は最後の力で高笑いをし腕を空へと上げる。次の瞬間には、その挙げた腕を水しぶきを上げ力なく落とす。
息絶えたことを確認し、奴の足を持ち岸まで上がる。魔族の身体は全てが何かしらの媒介になる。髪の毛から足の先まで全てが。だから魔法をかける。保存の魔法を。
「ご無事ですかっ!」
魔法を掛けていると、茂みから武装をした面々が現れる。見知った武装をした面々。
「ま、魔族っ! 一人で戦われたのですか!? どうして我々を呼んで──」
「呼んだところで、魔族単体なら足手まといでしょうに」
部隊とも言える集団の中から特に古くからの知り合いの女性が一歩前に出て私に詰め寄る。
「そ、そうですけど! 盾にはなれます! 貴方様の──勇者様の盾になれるなら、ここにいる皆が本望です!」
覚悟をした顔。何度も見た顔。そして、彼女以外の背後のメンバーの殆どを私は知らない。
勇者が魔族を打ち倒せる唯一の存在だから。勇者が死ななければ、人類は負けないから。だから彼らは命を消耗品の様に扱う。本人たちも承知で。
「……狂ってる」
「はい、分かってます」
はにかむ彼女。幾ら覚悟をしようが、恐怖で震えている手足。彼女は──彼らは皆私より何倍も強いと思う。幼少の頃に助けてくれたあの人の様に。
「私は……僕は皆を守る存在だから」
あの人に胸を張れるように。この力を手に入れた時から決めたこと。
「今日は……とりあえずキャンプ地に戻ろう。疲れたよ」
「はい、お供します。総員、周囲を警戒! 第1班は──」
足元に転がっている魔族だった奴は、私を勇者だと知らず油断していたから隙を付けた。本来ならば魔族一人倒すのに人類200~300人が犠牲になる。きっと、次魔族戦う時はここにいるメンバーの殆どが死ぬだろう。そういう世界。
人類の反撃はまだ先の話。そう、まだまだ先の話。私の代で成しえるか分からない人類の反撃。
それでも──
「勇者様、行ききますよ!」
あの世で胸を張って自慢できるように、手の届くところの人──幼馴染ぐらいは守っていきたい。私の隣を歩く弱虫で強がりな彼女を。長く生きているという理由だけで私直下の部隊のリーダーを任せられてしまった彼女を。
モンド歴3005年。後に人類の反撃と言われる時代の始まりである。
その戦いの火蓋を切る役目を担ったのが、空を愛する一人の勇者であった──。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
基本的に現実世界での恋愛物を書いているので、ファンタジー作品を愛読してる方から見たらとても稚拙な文章かと思います。
それでも最後までお付き合いして下さって方々に感謝で一杯です。
改めまして、ありがとうございました。