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穴の中の世界  作者: Boo
1/1

虚空の家の住人

いつもの道に穴が空いていた。


いつもの何も変わらない道。違うのは穴だけだった。



黒い穴。


覗いてみたけれど底はわからない。


暗くて深い。

音も光も、全部吸い込んでいるようだった。


なぜか飛び込まなくてはという意識が心の奥底から這い上がってきた。

そう、この穴を待っていたのだ、私はきっと。


なぜかはっきりとそう思った.


意を決して飛び込んだ.



その穴は意外なほどに深かった。


何秒?何分?そのくらいずっと落ちている。


「少女」は、不思議なことに、微塵も不安や恐怖や焦りがない。


おちているのに。


一体どのくらいの距離をおちたのだろう。

普通なら地面についた瞬間ぺちゃんこだ。


でも不思議と怖くない

なぜだろう?


しばらく落ちていると地面が見えた。

ほんの30センチほどの段差を降りた時のような、ふわっとした着地だった。


地面が見えても少女は慌てなかった。

ふわっと着地できる気がしていたからだ。



周りは全て真っ黒の空間。

穴を見た時と同じくらいの深い黒。


多分そこには何もなくて、でも行き止まりなんだ。


たぶん。


確かめはしないけどさ

なんとなくわかるんだ。そこが壁のようなものだってこと


でも何もない。


少女は足元を見てみた。


足元には床のような、地面のようなものがあることは分かった。


その地面には後ろから明かりが当たり、影ができている。


振り返るとそこには、古い古い街灯が一つだけあった。

そのそばに小さな石造りの一軒家。


古い古い、遠い遠い国のお家に似てる。

てかそうなのかな?


石垣に白く塗られた土壁

屋根には石の煙突がもくもくと灰色の煙を吐いていた。

木製のドアにはコンコンってする金具がついている。

コンコンってしてみた。


「はーい、どうぞ。うちはいつでも開いているよ。おはいり」


懐かしいような、聞いたことないような、不思議な声だった。


「お邪魔します」


少女はゆっくりとドアを開けた。


中には誰もいない。


えんとつに繋がっているかまどには火がくべられ、上から吊り下げられている鉄鍋にはクツクツと煮えられたスープが入っている。


スープのいい匂いが部屋にこもっていた。



その横には赤い絨毯、その上に木でできた丸テーブルに二つの椅子が向き合うようにおいてあった。


テーブルの上にはまた木でできたボウルにスープが注がれ、木のスプーンとガラスのコップが置いてあった。

スープからは湯気がゆらゆらと踊りながらでている。


まるで誰かが食べる準備をしていたようだ。


静かな室内にはパチパチと爆ぜる焚き木の音と、チクタクと時を刻む時計の音だけ。


おちつくなぁ


そう思っていると


「やあ、君か。待っていたよ。ずっと会いたかった。人間は何年ぶりだろう。いや、訪問されるのもひさしぶりだ。」


少女は声がする方へ振り向く。


でも誰もいない。


隠れているのかな?恥ずかしがり屋さん?


「ここだよここ。下を見てごらん」


少女はそのまま目を落とす。


10センチほどの小人が立っていた。


お伽話に出てくるような、茶色の木こりの服に赤い三角帽子。

帽子からはクルクルのキラキラした白髪が顔をのぞかせている。

目が合うと小人はにっこりと微笑んだ。


少女は少し驚いたが、


「なぜそんなに小さいのにテーブルや家具は普通のサイズなの?」


と、すぐに質問をした。


「この家も僕の姿も君が決めたのさ君の中の君が、無意識にね」


「私の中の私?」


小人はゆっくりと頷き、落ち着いた口調で語り出した。


「そう、だから君は存在を感じられないけれど確かにいる。その君のイメージを借りてここに存在しているのさ。僕たちは存在はあるけれど実態のないもの、だから君が来るまでは虚空であり、闇であり、空間でもあるのさ」


少女は顎に手を乗せ少し考えたが、しばらくして


「よくわからないわ。それよりもあなたはそんなに小さいけれど、どうしてスープを飲むつもりなの?」


とさらに質問をした。

小人は人差し指を上に掲げ、こう言った。


「やぁよくきいてくれた。実は僕はスープを飲む必要もないのさ、雰囲気だけで丁度いいものなんだよ。」


「じゃあ、もう一つ質問。あなたもこの家も虚空なら、スープも存在しないものなの?」


「少し難しくなるね。このスープは「存在するけれど虚空」なんだ。だからたべて満腹感も得られるし、味もある。でも虚空だから食べた事実はないってだけさ。」


「じゃあ食べてないってこと?」


「食べてないけど食べているんだよ。けれど食べていない。でもお腹はいっぱい」


小人はふふんと鼻を鳴らし得意げだ。


「君はまだこの世界のことを何も知らない。でも安心して、この世界に来る人はみんなそうだから。」


「あたし以外にもいるの?」


「いたよ、たくさん通っていった。人間も動物も竜も妖怪もカルシウムも歴史も、みんな通っていった。いい奴らだった。」


「へんなのばっか」


「ここは君の概念が通じない世界なのさ。」


「通っていったってことは、出口があるのね?」


「出口かどうかはわからない。けれど穴があるよ。君が通ってきたのと同じね」


「あ、そういえば私、穴から落ちてきたんだわ。確か私…」


「どうしたんだい」


「私、何をしていたのか覚えてないの、町の名前も、どこに住んでいたかも。けれど、ちっとも怖くないの、まるでどうでもいいことだったかのように。でもこれから忘れて行くのはこわい。わたしは、私の名前は…だめ、思い出せないわ」


少女は急に恐怖を覚えた。

本来なら最初からあるはずの恐怖、しかしここまで不思議と恐怖はなかった。何もない空間に降り立ったことも、そこに石造りの家がポツンとあることも、すんなりと受け入れていた。


そうだ、この感情が当たり前なんだ。


少女は肩を抱き、カタカタと小刻みに震え出した。

そしてその場にうずくまってしまった。


鍋を煮る音が次第に大きくなり、時計もどんどん速くなる。

家を覆っていた暗闇が家の中にまで侵食し、どんどん周りを吸収して行く。







「落ち着いて」





少女はハッとして顔を上げた。

鍋は先ほどと同じように小さくクツクツと美味しそうな音をあげ、時計は焦燥を溶かすようにチクタクと時を刻んでいる。

闇は家の中ではその形を潜め、明るく優しい家に戻っていた。


先程までの飲み込まれそうなほどの異常な恐怖は、嘘のように消え去っていった。


小人がうずくまる少女の膝に手をかけている。

手が当たっている箇所が微かに光っていた。

温かい光だった。


「その調子だ、飲み込まれてはいけない。いいかい、これを教えられるのは今回だけなんだ。しっかりと聞くんだよ」


少女は小人の手を指先で触れ目を見つめた。


「君の名前はナミ、どんな形にもなれる強い名だ」


「ナミ…」


「決してその名前を忘れてはいけないよ、それが君の武器で心で、唯一の確実な存在さ。それは虚空ではないから」


膝から手を離すと、小人は手を広げ、にっこりと笑った。


「さあスープをお食べ、冷めてしまう。大丈夫、きっと君の好みの味なはずたから」


少女はゆっくりと立ち上がりテーブルに座る。


すると小人はすくすくと体が大きくなり、ついには成人男性と変わらない大きさになった。

服装も変わり、タキシードになっていた。


「びっくりしちゃった、あなたって、案外ハンサムなのね」


「君が一緒にスープを食べたいと思ってくれたからさ。とても嬉しいね、食べてみたかった」


「一緒に食べましょう」


二人で同時にいただきますをし、一口食べてみる.

スープは温かい味だった。けれど不思議だった.

この味は何度も食べたことがある、誰かと…

あれ?その人って誰だっけ

思い出せない

思い出したい

忘れちゃダメなきがする

思い出さなきゃいけない。



「…私いってみるわ、穴の中に」


小人は気にせずスープを食べながら答えた。


「そうだね、それがいい。ここは君のいる場所じゃない」


「けれど忘れないで自分の名前を、そして僕の名前を…。自分が消えかけたら声に出すんだ、大きな声ではっきりと。いいかい、僕の名前は…〇…〇〇…」


名前のところだけがノイズが走ったように聞こえなくなった。


「よく聞こえなかったわ。もういちどいってくれないかしら?」


「大丈夫、知っているはずさ。君の中の君がね」


「よくわからないけれど貴方の言うことは正しいのでしょう。消えそうになったら呼ぶわ、貴方の名前を」


「うん、ありがとう。そしてさようなら僕の愛しい人。そろそろ僕は無くなる時間だ.楽しかった、短い時間だけれど。これで長かったぼくの役目も終わりだ」


「こちらこそ、ありがとう。素敵なスープだったわ」


少女はいつのまにか置かれていたナプキンで口を拭いた。


「ふふありがとう。久々に聞いたよその言葉、やっぱりあったかいね。それではいってらっしゃい。気をつけて行くんだよ」


「ええ、またいつか。元気でね」


少女は穴の中へ消えていった。

少女のいなくなった世界は何も無くなった


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― 新着の感想 ―
[良い点] またまた不思議な世界観をありがとうございます。 何作も同時進行とは尊敬します! 『ナミ』とは、波かなぁ?なんて勝手に想像して次話を楽しみにしています。
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