EPILOGUE【Ⅰ】
ーーー2年後ーーー
コンコンコン
軽快なノックの音が室内に木霊する
その室内の主はその音に顔を上げる
「ルーシャ、ちょっと良いですか?」
「えぇ、大丈夫ですよ。」
ルーシャと呼ばれた美少女・・・いや、今は美麗な女性と呼ぶべきだろうか?
彼女は扉の向こうから聞こえる声にあっさりと許可をだした
ーーガチャーー
許可を出されたと同時に扉は開かれ、1人の妖精霊族の女性が顔を出した
彼女もルーシャに比肩する程の美貌を醸し出しており、見るものが見れば思わず生唾を飲み込んでしまうであろう容姿を携えていた
ただ、ルーシャが朗らかな笑顔を浮かべているのに対し、彼女は何処か疲労感漂うかの様な表情を浮かべており、それが若干ではあるが彼女の美貌を損なっている事は否定できない要素ではあったが・・・
「ファーニャさん、お疲れ様です。」
「ルーシャさんこそ。それにしても・・・相変わらずの量ですね・・・」
ファーニャはそう言って朗らかな笑顔を浮かべるルーシャの脇にこれでもかと主張している書類の束を見てゲンナリとした表情を浮かべた
「えぇ・・・魔族領の統一と唯一国家に向けた法律の選定、それに伴うリスクと対策、各国の爵位の選定、生産物や特産物、融資関係・・・考え出すとキリがありません。」
「・・・想像するだけで頭が痛くなりますね。」
何でもないとでも言いそうな彼女を笑顔を見てもファーニャは決して楽な仕事ではない事を重々承知している
これも【豪商】という称号を持つ彼女だからこそこなせる業務であり、自分では決して出来ないだろうと確信している
「ファーニャさんこそ、人族との国交交渉は大変でしたでしょう?」
「そうです、ね。ただアチラさんの交渉相手は自分たちは敗戦領だと自認してますから多少はやりやすいですよ。」
ルーシャに対しては心配させまいとそう言ってはいるが、その実、人族との交渉は中々に苛烈だった
強さが全てである魔族に対し、知識を有している人族は交渉の場では中々に精細を欠く
こちらの譲れない部分は決して譲らないが、それ以外は相手にしてやられている感が拭えないのだ
「2年・・・ですか。」
不意にルーシャはそう言って後ろの窓へ視線を向ける
其処には青空が広がり、雲が流れ、陽が差し込んでくるのが見える
耳を澄ませば何処からともなく子供の笑い声が聞こえてきた
「2年ですね・・・」
その歳月は勿論、彼女たちの主にして愛する人であるクロノ=エンドロールが忽然と消えた期間を指す
【魔神】であるクロノ=エンドロールが消えたという事実はクロノス、いや魔族領・・・いや人族領も含めた全世界に衝撃を与えた
そこからは混沌とした世界・・・になるかと思われたが、そうはならなかった
先ず魔族領はルーシャやファーニャを含めた生き残りの【魔王】や重臣達が文字通り力づくで押さえつけた
強さを見せつけられた【魔王】無き国の魔族達は忠誠を誓っていく
その為に大規模な戦争等は起こる事なく粛々と魔族領を統一する事が出来たのだ
・・・まぁそれはそれとして面倒な事案は文字通り山ほどあるのだがそれはそれ、無差別に命が消えていくよりは余程良い
人族領も【勇者】を含めた各国の王たちにより迅速人族領をまとめ上げられていた
元々人族領の王たちは【魔神】と直接的な面識などは無く、数か国が滅亡しただけに抑えられていた
その為に混沌とした世界になった訳では無いが、亡くなった国の土地をどうするか等の魑魅魍魎な化かし合いを人族間で続いている
そして【魔神】は消えた丁度1年後、人族と魔族による国交樹立に動き出す事となる
魔族領側は彼らの知識を、人族領側は彼らの強さを決して侮れないという互いに牽制する歪な形ではあるが互いを求めたが故の結果であると言える
ただ・・・簡単にいくわけでは当然なく、今でも魔族領側と人族領側で慎重に協議が続けられている様な状態ではあるが・・・
「2年という月日は決して長い訳では無い・・・なのにあの方が居ない2年は非常に永く感じます
。」
そう言ったルーシャの寂しそうな瞳を見ながらファーニャも頷いた