第四話「空の落ちる日」
サイレンの音が鳴りやまない。
地上解放連盟の総攻撃が始まったのだ。天空界ラ・ピュータのインドラ基地は慌ただしくなる。
次々と白い十式バンダルが出撃していく。
格納庫には他のバンダルより3メートルは高い大型バンダルがパイロットの姿を待っていた。
ヤマギが走ってくる。彼は自分の愛機を見て言った。
「やはり青が落ち着く……」
「塗り直し、ギリギリ終わったぜ。全くコイツはスーパーマシンだよ」
髭もじゃの整備兵は青いバンダルをコツコツと叩く。ヤマギも笑顔になった。
「ありがとう」
「で、コイツの名前は何にする?」
「“オニビ”だ」
ヤマギは名付ける。“キツネビ”の後継らしい。彼は“オニビ”に乗り込み、ハッチを閉じる。
「通信系も十式のにしてあるから安心しろよ」
装甲越しに整備兵の声が聞こえた。ヤマギは回線を開く。
「敵のバンダルは何機?」
「100を超える模様です!」
オペレーターの緊張が伝わってくる。だがヤマギは動じない。彼はエースの貫禄を見せつけ、カタパルトにバンダルの足を乗せる。
「ヤマギ、行きます!」
そうして青いバンダルは青い空へと飛翔した。背後に巨大な島が浮かんでいる。ラ・ピュータ。守るべき、帰る場所。今だけは離れてアクセルを踏むヤマギ。
「調子良さそうだな」
銀髪のマックスが通信を送ってきた。彼のルームメイトもゴリア隊に編入されたのである。
「総力戦だ。お前ら気を抜くなよ」
「はい、ゴリア隊長!」
隊員達は一斉に返事をする。すれば敵の編隊が見えてきた。
大群である。
黒いバンダル達の中央に一際目立つ赤いバンダルがいた。ホダカの“ベニトカゲ”だ。
「諸君。諸君らの力を結集し、ラ・ピュータに引導を渡す時が来た。諸君らの健闘に期待する。かかれ」
ホダカの鶴の一声で、黒いバンダルは白いバンダルへと襲い掛かる。ラ・ピュータ防衛隊も応戦を始めた。
レーザーが戦場に飛び交う。一機の黒いバンダルが爆散した。青いバンダルの手から放ったメガ粒子砲によって。
「一つ!」
続いて二機、三機と黒いバンダルを落とすヤマギ。撃墜数を数えながら。その射撃は正確で狂いがない。
「四つ、五つ」
「やらせるものか!」
黒いバンダルは一斉に青いバンダルを狙う。だがこの集中砲火を“オニビ”は易々と避けた。「最強の騎士」ヤマギは伊達じゃない。
「見ていられんな。私があれの相手をする」
「“ベニトカゲ”、覚悟!」
青いバンダルへと向かおうとする赤いバンダルを、アザミの白いバンダルの射撃が邪魔をした。
「アザミ、前に出過ぎだ!」
ヤマギもまたホダカをプレッシャーに感じアザミを制しようとした。しかし次の瞬間、アザミ機は撃ち抜かれていた。
「ロバート……私」
爆炎に乙女は飲み込まれる。
「アザミ! ホダカ、貴様……!」
“オニビ”は赤いバンダルを狙い撃つ。だが流石の“ベニトカゲ”、機動性は抜群でヤマギの視界から消える。慌ててヤマギはホダカを追った。
ホダカのバンダルはハルバードを手に持っていた。得意の接近戦を仕掛けようという魂胆だ。ヤマギもオリハルコンソードを抜く。
二機のバンダルがぶつかり合い、切り結んだ。
「俺がお前を討つ! ホダカ!」
「貴様に私を倒せるものか!」
お互いの声は聞こえないが通じ合う。切り合い、離れ、また近づいては剣と斧を振るい、互いにかわしては射撃戦に移行する。
実力は伯仲していた。ヤマギが九式バンダルに乗っていた時はこうはいかなかった。それに気持ちとしても、因縁あるホダカを倒したいヤマギは迫力を身につけていた。
奴を倒さねば自分の人生は一歩も先へと進めない――
ヤマギの一撃が“ベニトカゲ”の右腕を破壊した。
「ふん、ならば」
ホダカは接近戦ならばメガ粒子砲の数は問題ではないと“ベニトカゲ”の左手にハルバードを持ち、“オニビ”へと近づく。それをヤマギはオリハルコンソードで迎え撃つ。
斬。切り飛ばした。青いバンダルが赤いバンダルの左腕を。そして蹴り飛ばす、“ベニトカゲ”を。
「馬鹿なぁ!」
ホダカは初めて呻いた。これで武装はなくなった。勝負はついた……かと思いきや、背中の隠し腕を展開する。彼は“オニビ”の腹部を狙い隠し腕のレーザーを発射した。
しかし僅かに逸れた。腹部ではなく、青いバンダルの頭部を掠めた。それでもやったとホダカは思った。だが同じ手は二度は食わないとヤマギはサブカメラに切り替える間もなく赤いバンダルへ向かって突撃する。
そして貫いた。“ベニトカゲ”の腹部をオリハルコンソードが。
「最強の騎士になるには、これぐらい」
その時だ。ラ・ピュータの方で巨大な爆発が起こったのは。
「大変です、敵に入られました! ラ・ピュータの高度が下がっています!」
オペレーターの悲鳴が割り込んできた。クククと笑い声もする。接触回線でホダカの声が聞こえてきた。
「何をした、ホダカ!」
「大半は目くらましだったのだよ……伏兵がラ・ピュータの大エリクシルを破壊するまでの、時間稼ぎなのだよ……」
「そんなことを! お前達の目的はラ・ピュータの資源じゃなかったのか」
「私には独立だの資源だの関係ない……異世界を思いのままに出来ればな……そしてそうなっている……」
「貴様の思い通りにさせるか!」
「ふっ、勝ったな、ははは」
高笑いながら、ホダカの“ベニトカゲ”は爆散した。ヤマギは因縁に決着をつけた。だがまだ、終わっていない。
急いでラ・ピュータへと戻る。
戦線は突破されて、白いバンダルは散り散りになっていた。そして混迷の極みにあった。
ラ・ピュータが落ちているのである。
マックスはどうすることもできずに立ち往生していた。そこにヤマギが駆けつける。
「ヤマギ、俺達の街が、落ちてる!」
「見てわかるだろう!」
「待て、どこへ行く気だよおい!」
「決まってる、押し戻すんだよ!」
ラ・ピュータの方へ方へとヤマギは青いバンダルを機動させる。その後を白いバンダルもついていく。
「正気かお前!」
「やってみなければわからないだろう」
ヤマギの“オニビ”はラ・ピュータの下手に回り、両手をついて、その巨大な島を押し始めた。
「馬鹿な奴め……」
マックスは呆れながらもそれに倣う。するとギャバも来た。
「お前らだけにいい格好させるかよ」
三機のバンダルがラ・ピュータを支える。けれどそんなことで落下が止まることは到底なかった。
しかしそれでも、何かしないよりはマシだった。少しでも落下が緩やかになればいいとヤマギは押した。
次第に白いバンダルが集まってきては島を押す。中には黒いバンダルもいた。
「地上に落ちちまったら、俺達も帰る場所がなくなっちまう」
彼らはこう口々に言った。
それでもラ・ピュータの落下は止まらない。おそらく全員潰れて死ぬだろう。それでも離れる者はいなかった。ヤマギも含めて。
ヤマギは自分が生きてきたのはこの時の為だと悟った。そして自分に「最強の騎士」なんて力があるのなら、島一つ押し返せるものだと願った。
“オニビ”が青白く発光を始めた。エリクシルの発光は赤だから、それとは違う何かだ。青い光はバンダルの騎士達を包み込み、やがてラ・ピュータ全体を包み込んだ。まるで希望の光がごとく。
すると奇跡的にラ・ピュータの落下速度が緩やかになっていった。それは舞い散る葉のようにひらひらと、ゆったりと落ちる。
そして光る島が砂漠に軟着陸するのを、ゴリア隊長らは目にしたのであった。




