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第三話「地上の星」

 流れ星とならずに着陸できたのは、奇跡と言えた。

 青いバンダルはボロボロになって砂漠の砂に埋もれる。そこから一人の影がはい出してくるのが見えた。

 ヤマギである。

 彼は空の戦いを生き延びた。しかし天空界ラ・ピュータに戻ることが出来ず、地上を彷徨う羽目となった。

 砂塵が目を覆う。砂漠の夜は凍えるほど寒かった。ヤマギはともかく街を目指す。

 すると砂煙の合間に小さな集落が彼の前に現れた。

 助かった、のか? ヤマギは村へ足早と入る。だがそこは随分と荒廃していた。人気もなく、蜃気楼のようであった。ラ・ピュータの街並みとはえらい違いだ。

 その中で僅かな灯りを見つける。どうやら酒場らしい。こんな世界でも人は酒場に集まるものか、とヤマギは思った。喉も乾いていたので彼も躊躇しなかった。

 酒場は満員というほどではなかったが、それなりに賑わっていた。中年男性が多い。異世界だからといって人の形をしていないなんてことはなかった。地上も天空界も、同じ人間の世界である。

 ヤマギはカウンターに座り、水はないかといった。バーのマスターは怪訝な顔をしたがすぐに水を入れて出した。


「マクレーンの奴は何にも出来ずに逃げ帰ったがホダカに代わった途端十機バンダルを撃墜したらしいぜ。流石だなホダカは」

「ああ、あの忌々しい空の石ころを蹴飛ばして地上の解放も近いな。前祝いだ、もっと飲めよ」


 客の会話が聞こえてくる。彼らはラ・ピュータの侵略を喜んでいるようで、自ずとヤマギは顔をしかめる。思い出されるのはロバートの姿だ。


「人が……死んだんだぞ……」


 水をグイって飲んで呟く。珍しく酒を頼みたい気分にもなるヤマギだった。

 その時、軍服を着た集団が酒場に突入してきた。手には銃を携えて。


「おい、この辺りでラ・ピュータのバンダルが落ちていた。パイロットを見ていないか!」


 地上解放連盟の兵士達は明らかにヤマギを探していた。ヤマギは幸いパイロットスーツを着ていなかったものだから、このまま客に扮してやり過ごそうとする。しかし客の一人が絡んできた。


「兄ちゃん、ここらで見かけない顔だな。どっから来た」

「何? おいお前、こちらを向け」


 兵士達も命令する。恐る恐るヤマギは従った。


「怪しいもんじゃない……」

「怪しい奴は皆そう言う! こいつを連れていけ、取り調べる」


 兵士が取り囲もうとした瞬間、ヤマギは椅子を蹴って逃げ出そうとした。しかしあえなく数の暴力に取り押さえられた。身動きできず、縄で両手を縛られる。

 兵士の一人は通信機を取り出し、連絡を入れた。


「目標を確保しました。はい、このままニュートーキョーに護送します」

「東京だって? んぐ」


 喋ろうとするヤマギの口が塞がれる。彼は屈強な兵士達に連れられ、トラックへと詰め込まれる。

 彼は己の不運を呪った。何が最強の騎士だ、異世界転生しても結局こうなるのか。このまま拷問されて殺されるなんて恐ろしい想像を何度もした。頭が恐怖でいっぱいになった。

 次第に窓の外の景色が都会じみていく。それは元居た世界とあまり変わらない文明レベルを持っているかのようだった。夜の闇をネオンが照らし出す眠らない町が待っている。そう、まるで東京のような――

 ニュートーキョー市内にトラックは入った。華やかなビル街を抜けて郊外へと進む。そして厳めしい基地の中で止まった。

 地上解放連盟の総本山である。

 銃を突き付けられ、ヤマギは歩かされる。そして彼が辿り着いたのは、仰々しい部屋だった。


「入りたまえ」


 中から声がする。護送する若い兵士が扉を開けた。すると赤い軍服を羽織った金髪の男がヤマギの前に現れた。

 この男のことを知っている――第一印象でヤマギは思った。それが何故かはわからないが、とにかく馴染みがあるような気がした。


「ホダカ司令殿、青い奴のパイロットと思しき奴を連れてまいりました」

「ご苦労。名前は」

「おい貴様、名を名乗れ」

「……ヤマギだ」

「ラ・ピュータの者ではないな」


 日本人的な名前を聞いてホダカは直感を言った。彼は突如ラ・ピュータに現れたエースに対し不審に思っていた。


「まさかとは思うが、異世界転生者か?」


 顔色を変えるヤマギを見て、ホダカは笑った。


「はっはっは。当たりだろう」

「何故わかる!」

「諸君らは下がれ。二人だけにしてもらいたい」

「しかし司令」

「下がれと言っている」


 ヤマギを囲っていた兵士達が退室してから、ホダカは拳銃をちらつかせながら言った。


「私も異世界転生者だからだよ。だからすぐにピンときた」

「そんな……カレンとかいう女神はそんなこと一言も!」

「何の話かね」


 少なくともホダカはヤマギとは違う事情で転生していることがわかるのだった。ヤマギはまさか、と一つ頭に浮かんだことを口にする。


「ホダカって、日本人か」

「前世のことなどどうでもいいだろう」

「暁美商事のホダカか?」

「何故暁美商事を」


 今度はホダカの方が図星だった。いつも余裕のポーカーフェイスが少し崩れる。それでヤマギは確信する。

 そうだ、見覚えがあるのも当然だ。夢にまで見た、嫌な上司の顔にそっくりなのだから。仕事を辞めたのはこき使うこの上司のせいでもあったのだから。


「暁美商事に勤めていたことがある。覚えていないか? ホダカ課長」

「生憎使えない部下など覚えていられないのでね」


 そう言うホダカがヤマギのことを知っているのは確かだった。


「何故あんたが異世界に転生など、あんたも人生が駄目になったのか?」


 ヤマギはチャンスとばかりに弱みをつこうとする。だがホダカはせせら笑うだけであった。


「栄転だよ。ある日社長から異世界一つ任されてみないかと言われてね、地上解放連盟の指令だ。やりがいがあるだろう?」

「それでラ・ピュータを侵略か!」

「天空界からの自由と独立の為の闘争と言いたまえ。貴様は知らんだろう。天空界に支配された地上の苦渋の歴史を。地上の富を吸い尽くして繁栄を謳歌するラ・ピュータの忌々しさを」

「あんたにも関係ないだろう、異世界人の癖に!」


 この理論は跳ね返るだけだが何か反論せずにはいられないヤマギであった。それをホダカは見下している。暁美商事時代と何ら変わりなく。


「無敗とか言ったな、けどラ・ピュータは無事だ。全然勝てていないじゃないか」


 とにかく噛みつかずにはいられずヤマギは口にする。するとこれにはホダカの自尊心が傷つけられたか、反論する。


「物事には順序があるのだよ。じきにラ・ピュータは堕ちる。それに私はいつだって負けていないがね。貴様にもな」

「旧式のバンダル相手じゃなければ勝てないのにか!」


 同条件なら自分が勝ってたとはヤマギの自惚れだ。しかしこの挑発はホダカに効いた。


「では同じ条件で勝負してみるかね? ついてきたまえ」


 ホダカはヤマギに銃を向けながら部屋を出た。その後にヤマギも続く。

 彼らはバンダルの格納庫に来た。赤いバンダル“ベニトカゲ”もある。その隣もまた“ベニトカゲ”とほぼ同じ18メートルのバンダルがあった。


「“ベニトカゲ”の同型機だよ。あれを貴様にくれてやろう。そして次の戦いで雌雄を決しようではないか」

「なんだと……」


 心の中でそんなことをしていいのかと思うヤマギであったが、ホダカは本気のようだった。部下に指示し、ヤマギの縄を解く。ならば申し出を受け入れるだけであった。

 損ばかりの人生だと思っていたが、運が向いてきた。ホダカの慈悲だと思う時に食わないのでヤマギは彼の慢心のおかげだと捉えた。


「後悔するなよホダカ。目に物を見せてやる」

「せいぜい頑張りたまえ。まぁ私は負けんがね」


 ヤマギは“ベニトカゲ”の兄弟機に乗り込む。操縦系は九式バンダルとはやや違ったが、「最強の騎士」のスキルを持つ彼には瞬時に理解できた。問題なく動かせる。

 天井の扉が開く。ヤマギは紅のバンダルを飛翔させた。

 その出力に驚く。九式バンダルの三倍のスピードは出る。溢れるパワーに思わず彼は笑みを見せる。これならホダカの“ベニトカゲ”にだって負けない。

 だがここは敵の本拠地真っ只中。急いでヤマギは離脱する。まずはラ・ピュータ防衛隊と合流しようという考えが働いた。流石に彼も一人で敵軍を相手にしようとまで慢心はしていなかった。なにしろホダカに落とされて泥を味わったばかりである。

 ヤマギはニュートーキョーを見下ろした。美しい街だがラ・ピュータと比べると何もかもギラギラしている。星々の燈の方が好きだとヤマギは空を見上げた。

 ホダカもまた、赤いバンダルの打ち上げられた空を見ていた。


「よろしいのですか?」


 若い将兵が不安げに訊く。ホダカは余裕たっぷりの表情で言い返した。


「あれには発信機がついている。これでラ・ピュータへの侵入経路がわかるだろう」

「そこまでお考えでしたか」


 ホダカはにやりと笑う。

 そうとも知らず、ヤマギはラ・ピュータを目指して飛行していた。

 やがて一機の赤いバンダルが真っ直ぐ向かっていることをラ・ピュータ防衛隊も察知した。


「あれは……“ベニトカゲ”! 隊長、出撃許可をください!」


 アザミがゴリア隊長に言いすがる。その目には復讐の炎が灯っていた。


「待て、一機でなんて妙だ。何か裏がある」

「それだけ自信があるんでしょうよ無敗のホダカは。隊長!」


 ギャバも言った。隊員達は皆先の戦いでの仇を討ちたがっていた。ゴリア隊長も彼らの思いを無碍には出来ず、出撃命令を下す。

 次々と白い十式バンダルがラ・ピュータから飛び出していった。


「まずい……敵だと思われてるのか?」


 ヤマギは焦った。なにしろ地上軍の機体だからラ・ピュータと通信できない。異様な雰囲気を肌で感じ取るが、だからといって何か出来るわけではない。せめて身振りで伝わらないかと、バンダルの手を挙げさせる。戦う意思はない、と。


「こいつ、白々と。よくもロバートを!」


 アザミの白いバンダルが赤いバンダルを撃たんとする。すると視界にゴリア隊長のバンダルが割って入った。


「撃つな! 様子が変だ。俺が接触する」


 ゴリア隊長の指揮官機は赤いバンダルに近づいていく。そしてついには捕まえた。隊長はバンダルのハッチを開き身を乗り出す。


「何者だ! 動くと撃つ」

「ゴリア隊長? 俺です、ヤマギです!」

「ヤマギ、だと?」


 ヤマギもまたハッチを開けた。ゴリア隊長は困惑するも間違いなく例の新人だと確認し、安堵した。


「お前、生きてたのか!」

「帰ったら説明します! とにかく撃たないでください!」

「ヤマギ、ヤマギなの?」


 アザミはメガ粒子法を秘めたバンダルの手を下ろす。他のバンダルも同様に警戒を解いた。

 赤いバンダルも含め、インドラ基地内に戻ってくる。ヤマギは大勢に出迎えられた。


「よくも無事でいてくれたな」


 ゴリア隊長が握手を求めた。大きい手はヤマギをしっかりと握る。その存在を確かめるかのように。

 ヤマギも帰ってきたという気持ちでいっぱいになっていた。ここが自分の帰る場所なのだと。

 そしてその中にロバートがいない事実が、心に突き刺さった。


「ロバートは……本当に死んだんだな……」

「おい!」


 突然銀髪の少年がヤマギに抱き着いた。マックスだ。彼はぶっきらぼうに言う。


「泣きたきゃ泣けよ、馬鹿」


 その言葉を聞いて、ヤマギの目に涙が込み上げてきた。彼は泣いた。自分より小さなマックスの体にすがって泣いた。

 ヤマギは自分が生きていることに感謝した。それから友の為に戦うという決意を胸にした。

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