表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

第二話「無敗の将軍」

 バンダルから見た天空界ラ・ピュータは、空に浮かぶ巨大な島、というより要塞であった。

 戦いを終えたラ・ピュータ防衛隊は次々と島の中に帰投する。その内にはヤマギの青いバンダルの姿もあった。

 九式バンダルから降りたヤマギは、同僚達に迎え入れられた。


「こいつが例の新人か。スーパールーキーじゃないか」

「ようスーパールーキー、よく帰ってきたな」

「初陣で七機撃墜なんてすごいわ」


 彼らは口々に持て囃す。


「ヤマギとかいったな、新人。これから戦勝祝賀会をやる。お前も来るよな」


 こう言ったのには見覚えのある。すらっと背の高い優男でロバートだ。彼はグイっとヤマギの腕を引っ張る。


「さっさと制服に着替えろよ」


 そうしてヤマギはロッカールームへと連れていかれた。なにがなんだかわからないままに。そもそもなんでこんなところにいるんだ?

 彼は市役所に行って異世界転生課の女神とかいう怪しい女に異世界に連れてこられて、気が付いたらバンダルというロボットに乗って戦っていたのだと経緯を頭の中でまとめていた。こんなことが世の中あるものか。まるで夢でも見ているみたいだ。

 だから何事にも実感がわかなかった。鏡に映る自身にもひどく違和感があった。十歳は若返っているし目は青くなっているし。ロバートに導かれるままにラ・ピュータ防衛隊の制服に袖を通しても、その一員だという自覚がまるでなかった。

 戦勝祝賀会。ようは仕事の飲み会。出たくないな、と思うヤマギであった。内向的な彼の性分には合わない。けれどロバートから離れたなら未知の世界に取り残されるため、どうしようもない。

 インドラ基地のブリーフィングルームに集まった戦士達は、シャンパンを勢いよく開けた。

 とても軍人とは思えない軽いノリだ。そもそも異世界なのでヤマギの想像する軍隊とは違うのも無理もない。皆往々にして若者で、はしゃぎたいようだった。

 一人の青年がシャンパンをヤマギに近づけた。飲めと言っている。ヤマギは遠慮がちに口を付けた。美味いものではない。


「俺はギャバだスーパールーキー。よろしくな」


 青年はリーゼントの頭を振りかざして言った。続けて隣のロバートを紹介する。生憎ヤマギは知っているのだが。

 するともう一人、近づいてきた。今度は若い、物腰の柔らかそうな女だ。


「私はアザミ。同じゴリア隊よね新人君。よろしくね」

「おうロバート、お前もうかうかしていられないな」

「やめろギャバ、そんなんじゃない」


 ギャバはロバートをからかったらしい。ロバートは少し顔を赤くしている。アザミという同僚に気があるのがヤマギにもわかった。


「おーい、肉が来たぞ!」


 周囲が騒めく。こうしていると年相応の若者達ばかりだ。無駄に年を食ったヤマギには何が楽しいかわからなかった。ただ、彼はそこにいる。

 そんなヤマギをじっと見つめている眼差しがあった。

 見られている感覚が不快に思えて、ヤマギも相手を探す。すると隅に一際若い、まだ少年とも言うべき背の低い者と目が合った。銀髪の少年。彼がずっと見ていたのだ。

 だがヤマギの注意はすぐに逸れた。その場に巨漢のゴリア隊長が現れたからだ。


「お前達、何をやっているんだ?」

「その、スーパールーキーを祝おうと……」

「解散だ解散!」


 鶴の一声だった。隊長の出現によって浮かれたパーティーは即座に終了した。


「おいマックス」


 ゴリア隊長はあの銀髪の少年に声を掛ける。少年はきびきびと敬礼した。


「ヤマギのルームメイトだったな? こいつをちゃんと部屋まで送れ。初陣ボケしてしまっている」

「了解であります!」


 マックス少年は声を張り上げた。ゴリア隊長は満足してその場を去る。途端、彼は態度を変えた。


「おい貴様、ヤマギとかいったな。俺が面倒見てやるの、有難く思えよ」

「はぁ」


 どうにもこの少年は当たりが強いらしい。ヤマギの苦手なタイプだった。


「ったく、本当なら俺がスーパールーキーと呼ばれるはずだったんだ。調子に乗るなよ」

「そういう君は何機撃墜したんだ?」


 不用意にヤマギは訊いてしまった。すぐに話すべきでなかったと心の中で後悔する。マックスは怒鳴る。


「煩い、さっさと歩け!」


 少年はキレてしまっていた。こうして相手を怒らせる失敗を以前の職場でやってしまったのを思い出し、ヤマギは項垂れた。

 自分達の部屋に着くなり、マックスは不貞寝を始めた。ヤマギも他にやることがないのでベッドに入る。そして一日を反芻した。

 まさかこんなことになろうとは。

 しかし考えようによっては一年ぶりに就職したのである。バンダルに乗って戦うことは彼にとっては簡単だった。前の職場では無能となじられたが今回は褒められる始末。これならやっていけるかもしれない――

 彼は命のやり取りをしたという自覚のないまま、眠った。

 翌朝、部屋にはマックスの代わりにロバートが入ってきていた。


「ようお目覚めか、ヤマギ。どうしたんだ、って顔してるな。今日は非番だろ。だからお前をドライブに誘いに来たんだよ」

「そういうのは他を当たってくれ、アザミさんとか」

「言うな。そうならなかったんだからお前を当たってるんだよ。久々に街を見に行きたくないか? なぁ」


 そう言われると興味がわくヤマギだった。インドラ基地の外を見てみたい、もし一生この部屋と戦場を往復するのなら流石に嫌だと思っていたところだった。

 二人は部屋を出て、長い廊下を歩いた。そしてこれまた長い階段を上り、地上に出る。

 空が青々としていた。

 雲一つない。それも雲の上にラ・ピュータがある証左だ。ヤマギの知っている景色ではなかった。

 ロバートの車はヤマギの想像より小さい二人乗りの、クラシカルな見た目をしていた。バンダルのようなロボットがあるのに随分古めかしいんだなとヤマギは訝しんだ。しかし基地を出て街の方へ向かえばすぐに納得する。

 ラ・ピュータの街並みは中世ヨーロッパの要塞都市のような、とにかく古く感じられる景色だった。まるでお伽噺の世界に迷い込んだかのよう。ロバートの車がかぼちゃの馬車に見えてくる。

 もっともヤマギのいた世界にも古い町並みを残す都市はいくらでもあろう。そういうことであった。ラ・ピュータでは最新の技術で時を止めているのだ。

 まずは美味しい朝飯をとロバートはパン屋に車を止める。そうしてパン屋のおかみさんと何やら楽しげなやり取りを交わしていた。それをヤマギは車内からじっと見つめた。

 ロバートは焼き立てのパンを二つ取って戻ってきた。一つを渡され、ヤマギは頬張ってみた。成程美味い。異世界だからと不安に感じていたが食の面は問題ないようであった。


「なぁロバート、ラ・ピュータっていつからあるんだ?」


 ヤマギは初歩的な質問をした。


「そんなの、俺の爺さんの爺さんのまた爺さんの頃から大エリクシルの力で浮いてるんじゃないか。学校の勉強サボってたタイプか?」

「いや……まぁ」


 ヤマギは言葉を濁す。異世界に来たばかりだというのに前からここでいることになっているらしい捻じれを、あまり考えないことに決めた。頭が混乱して仕方がなくなるから。

 それよりも流れていく景色を目に焼き付けておこう、とにかく慣れようとヤマギは車窓を覗く。


「あらロバートじゃないか、元気にやってるかい」


 信号待ちをしている時、道端の老女がロバートに声を掛けた。ロバートも陽気に手を振る。彼は町の住民にも知られているようだった。当たり前か、とヤマギは思う。自分だけが異邦人なのだと。


「俺達はあの人達の笑顔を守っているんだぜ」


 だからロバートがそんなことを言ってもヤマギには全く実感がなかった。彼はただ、今を生きるために戦ったに過ぎない。そしてこれからもおそらく――

 その時だ。けたたましいサイレンの音が鳴った。


「敵襲だ!」


 ロバートは顔色を変え、車の方向を変える。来た道へと。途中で彼は車を乗り捨て、ヤマギにもついてくるよう言った。

 二人は階段から地下に降りる。すると列車が目の間に現れた。


「基地までの直行便だ。こういう時すぐ行けるのは助かるぜ」


 ヤマギとロバートが乗り込むと、列車は自動で動き始める。


「それにしてもなんで襲ってくるんだ敵は」


 ヤマギはまたしても初歩的な質問をした。しかし大事なことだ。ロバートは呆れつつも答える。


「だって、地べたの連中はラ・ピュータで取れるエリクシルが欲しいんだろ。強欲な奴らだ」


 そして五分も経たないうちにバンダルの格納庫に着いた。

 パイロットスーツに着替える暇もなく、ヤマギは青いバンダルに乗り込む。


「“キツネビ”はいつでもいけるぜ」


 この前と同じ髭もじゃの整備兵が言う。


「“キツネビ”?」

「こいつのあだ名だよ」

「気に入った」


 ヤマギは九式バンダル“キツネビ”の足を動かし、カタパルトに乗る。


「ヤマギ、行きます!」


 そして空に投げ出された。


「ベガ級3、デネブ級は8、バンダル部隊には……赤いバンダルがいます!」


 オペレーターが驚愕の声を上げる。何も知らないヤマギにはその意図がよくわからなかった。しかしモニターに表示されたゴリア隊長の顔に昨日とは違う緊張感が伝わってくる。


「“ベニトカゲ”……無敗のホダカだ……各員気を引き締めろ!」

「ホダカ?」


 その名前にどこか引っかかるものがヤマギにはあった。しかしすぐに考える余裕がなくなる。その赤いバンダルとやらがもう目視できる位置にいたからだ。


「黒いバンダルより早い!」


 ヤマギも驚く。その赤いバンダルはどのバンダルよりも大きい18メートル級で、異様なまでにプレッシャーを放っていた。そして機動性が九式はおろか防衛軍主力の十式を遥かに上回っている。

 そして、射撃も恐ろしく正確。味方の白いバンダルが一機、赤いバンダルの放ったレーザーに焼かれた。


「突破口を開く。私に続きたまえ」


 “ベニトカゲ”のコックピットの中で、金髪の男が笑った。彼はパイロットスーツではなく軍服を着ていた。機体の色と同じ赤の。

 その戦績は華々しく、戦場においていまだ無敗。そして天空界攻略を担う司令となった男、ホダカである。

 赤いバンダルは青いバンダルを見つけると狙いを定めた。ヤマギは慌てて回避行動をとる。そのついでにホダカが連れてきた黒いバンダルを一機撃ち落とした。


「ダレンがやられたか、少しは出来るようだな。がしかし!」

「何、消えた!?」


 ヤマギは“ベニトカゲ”を見失う。次の瞬間、“キツネビ”に衝撃が走って、そして何も見えなくなった。

 “ベニトカゲ”が“キツネビ”の頭部を掴み、レーザーで破壊したのだ。


「こいつ、よくも! メインカメラを」


 ヤマギの青いバンダルは無我夢中で赤いバンダルを蹴る。だが目を奪ったホダカは動じない。急ぎヤマギはカメラをサブに切り替えた。しかしまたしても、敵の姿を見失う。

 “ベニトカゲ”は背後からハルバードを振り下ろさんとしていた。

 “キツネビ”はオリハルコンソードを抜き、これを受け止めようとする。しかし赤いバンダルの凄まじい力に押される。


「よくやる、がいかんともしがたいものだな性能差は」

「パワー負けしている? こなくそ!」


 ヤマギはバンダルを飛翔させて逃れようとした。そのところを赤いバンダルの足が伸びる。蹴り飛ばす。


「ぐわああああああ」


 衝撃を受けてヤマギは呻いた。一方でホダカは余裕を崩さない。冷酷にメガ粒子法の照準を合わせる。


「ヤマギ、あぶねぇ!」


 白いバンダルが青いバンダルを拾い上げた。間一髪、一撃をかわす。ロバートの十式だ。


「ロバート、助かった」

「ならば先に落としてやろう」


 ヤマギの九式バンダルを庇おうとするロバートの十式を狙い、再びホダカは引き金を引いた。撃ち抜く。白いバンダルの胴体を。


「ロバート?」

「きゃああああああああああ」


 彼は爆死した。絶叫するアザミの声が聞こえて、ヤマギは何も考えられなくなる。ただ仇に向かうこと以外は。


「やってくれたなぁ!」


 青いバンダルは機動する。オリハルコンソードで赤いバンダルへと切りかかる。しかし動きに精彩を欠いていた。容易く避けられ、バランスを崩す。


「煩いハエだ」


 逆にホダカの“ベニトカゲ”が“キツネビ”の羽根を一枚切り取った。上手く飛べなくなり、青いバンダルは落下する。


「馬鹿な、高度が上がらない、クソ!」


 もがくも哀しいかな、“キツネビ”はただ落ちていく。

 先に落ちていった黒いバンダルが燃え尽きる。ヤマギは恐怖に駆られた。その様子を“ベニトカゲ”は満足げに眺めていた。


「マクレーンの残党は情けないが噂の青い奴は落とした……潮時だな」


 ホダカは撤退命令を出した。自分は良くても部隊の損害が激しければ引く他ない。その辺りを彼は弁えていた。

 ラ・ピュータ防衛隊はひとまず自分達の城を守り切ったが、半壊してもいた。到底勝利とは言えない。

 失ったバンダルは十機。その中に“キツネビ”も入っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ