永遠《とわ》の旅路の刹那の逗留
タイトルイラスト:相内 充希さま
挿絵イラスト:那々月さま
遠い、あまりにも遠い星の彼方から、『彼』はやってきた。
かつて人類が『グリーゼ445』と呼んだ星を通過したのは偶然だった。
『彼』は、所属する生命群の中でも『旅人』と呼ばれるモノであり、星々を漂いながら、故郷と交信する存在だった。
居住可能かどうか、生命体の有無、そして現在位置など。それらを数千年に1回ほど報告する。
その情報は異星侵略に用いるわけでもなく、彼らの文明が進歩する為に使われるわけでもなかった。
ただ、その観察と報告は遥か昔から繰り返されてきた形式上のものとして、漫然とデータとして積み上げられて続けていた。
『彼』の長い長い旅路の中で星々は生まれ、死に、消えていく。
故郷もまた何度めかの再誕を行っているらしいが、『彼』にとっては大したことではなかった。
『彼』が旅に出るまでにも幾度も行われてきたものであるし、そういうものである、と理解していた。
そんな永劫にも思える時間の中で、『彼』が『グリーゼ445』近傍に漂うガラクタの中で『黄金の円盤』を発見したのは偶然であり必然だったのかもしれない。
――――――――
『彼』はレコードを分析する。
知的生命体が遺したと思われる物体。宇宙探査が行える程度には発達していた。しかし、ガラクタの構成要素からして、自分たちとは余りにもかけ離れた文明的、生命体的進化をしたのであろう、と『彼』は推測した。
収録されているのは音波を発生するメッセージであり、『彼』にとってはあまり馴染みのないものであった。何かしらの意味があるのだろうが、その音波が可聴域でない『彼』にとっては理解し難かったのだ。
『彼』の永い旅の数百年程度の余暇として、『彼』は移動しながらレコードの分析を続行した。
ああ、そういえば。
逆位相を旅する仲間が、メッセージが刻まれた金属板を発見したという報告を受けたのはいつ頃だったろうか、『彼』はふと思い出した。
アレの発見報告も同じくこの宇宙領域でのことだった、と思い至る。
金属板には発信者であろう知的生命体と思しき存在の図があった。
それはこのレコードに刻まれたデータとも類似する。
『彼』は宙域全体へ向けて大規模の超光速粒子によるスキャニングを行った。
様々な情報が『彼』の精神ネットワーク上にフィードバックされていく。
莫大な量の演算を行い、それらをふるいにかけていく。
……発見。
『彼』は『旅人』の中でも少しだけ好奇心の強い個体だった。
――――――――
『彼』の起源はかつて物質的に肉体を持った存在であった。定まった命があり、思考し、感情があり、欲望があった。
だが、遥かに長い文明の進歩と、生命体としての進化と改造及び改変の果てに、精神生命体へと昇華した。
それらは種としての寿命を取り払い、あらゆる感情や争い、苦痛から解放し、そして更なる進化や進歩など、そういったものを不要なものとし省略された存在に成り果ててしまった。
けれど、それは生命体としては不適格であると判断したが故に、必要であれば肉体を再構築できるようなフェイルセーフも後付けであるが用意された。
その結果、完成され完結した『彼』の母体である生命群は、それぞれが僅かばかりの揺らぎとも言えるような少しばかりの個性を持つに至った。
約18光年ほどの旅路を経て、『彼』はある惑星の衛星軌道に乗った。
そこから100年ほど『彼』は観察をする。
大気及び海洋を確認。
炭素生物の存在を確認。
知的生命体及び文明の探査。
……類似する生命体を確認、だが。
『彼』に感情があるとすれば、『がっかり』が最も近い感覚であっただろう。
『グリーゼ445』で見つけたガラクタに似た構造物を地表で見つけることができなかったのだ。
見つかるのは木製や土や石製の集落。それらを囲うように、繁栄する緑の生物資源たち。
そしておそらくかつての文明が作り上げたであろう、石製の巨大構造物の遺物群。
ガラクタのように金属で造られた建造物はおそらく腐食し荒廃したのだろう、と判断できた。
文明の後退。『彼』はそう結論付け、どうするか思考する。
おそらく、金属板を見つけた仲間はこの結果を見て興味を失ったのだろう、と。
もしくは興味を持つことも無く旅を続けたのかもしれない。
『彼』はレコードから発せられる音波の群れを聞く。
惑星へ辿りつき、知的生命体の肉体を模倣して初めて『彼』は理解したのだ。
このようなものがある、と。精神構造のインストールはまだだが、『彼』の好奇心は強く刺激されていた。
もしこの時の彼の精神が人と近いものであったのならば、こう感じただろう。
このような素晴らしいものがあるのか、と。
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それからさらに300年ほど『彼』は軌道上からの観察を続行した。
肉体を炭素生命体へと再構築し、精神構造も地表に住む知的生命体に近しいものへと造り替えた。
観察対象である生命体は雌雄異体であったが、『彼』は元来、雌雄同体であった。
雄型の方が肉体的強度が高いと判断した為、『彼』は成熟した雄の姿を採用する。
もちろん、地上生命と繁殖するつもりはなく飲食なども不要であった為、消化器官や排せつ器官、そして生殖器官などの不要なものはオミットしている。
また、時間的感覚なども精神生命体基準から、彼の観察対象と近しいものへと変更した。
「aA、RaraRa……」
レコードの音の羅列を『彼』は真似をする。
発声器官を作りはしたが、音楽というものを未だに『彼』は理解できていなかった。
模倣はすれど創造することはできない。『彼』は未だにレコードが鳴らす音以上のものを得られていない。
『彼』の故郷のネットワークへとアクセスすればそういったデータも得られたかもしれないが、『彼』はそれを良しとしなかった。
そうして観察を続けたある日、『彼』は平原で1組の若いつがいを見つける。
遥か昔、宇宙へと旅立った文明の後継とは思えない粗末な皮の衣類を身に纏い、懸命に走っている。
その後方からは四足歩行の巨大な生命体が追いかけていた。
「ドウスルカ」
未だに慣れない発声器官を鳴らしながら『彼』は考える。
何百回も何千回も観察してきた光景だ。このままでは、このつがいは四足の生命体に喰われるだろう。
それが自然の摂理であり、この惑星での日常であった。けれど、『彼』は人類と似た姿となり、精神構造も近づけた。
その結果、それではつまらない、そういう感想を持つに至りつつあった。
『彼』はレコードを見る。もう何万回再生しただろうか。あの音の連続のバリエーションをもっと聞きたい、そう思っている。
今、地上にある文明ではその多様性は認められない。ならば、その可能性を生むのはどうか。
そのきっかけにはちょうどいいかもしれない。
どうせ、長い旅だ。1万年程度の寄り道など大したことはあるまい。
『彼』は決断した。
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それは空から降り注ぐ流星のようだった。
大気圏外から白い光の残影を残しながら、地表へと『彼』は降り立つ。
四足の猛獣を片腕で押し留め、つがいの2人へ目を向ける。
均整の取れた肉体、最適化された骨格。
男性の姿ではあるが、性別を感じさせない独特の気配。
圧倒的な力と感情の混じらない瞳。
『彼』は姿こそ人であるが超常的な存在感を周囲へまき散らしていた。
「神様?」
つがいの片割れ、少女がそう訊ねる。
宇宙の果てから来た『旅人』は、文明を失った人類への嚆矢でもあった。