エイリアンVSええ人やん!
タイトルイラスト:相内 充希さま
月を見たのは久しぶりだ。仮に、すぐに壊れるのだとしても、今は、平和って言えるのかな。あんなにも美しいのに、見ようともしなかったなんて。
絶えぬ人々の悲鳴と無慈悲な宇宙人の蠢く音に囲まれてそれどころじゃなかったからなあ……
「あっあっあっ……飯……飯……」
俺の隣の女はムカつくほど余裕そうだ。不協和音の中でも自我を強く持っている。でもせめて腹の音は抑えてほしいよな。比喩じゃなくて普通にうるせえ。
「静かに……宇宙人来る……から……」
疲れてんのかな。息も絶え絶えで上手く声が出せねえんだよな。そんでも、でかい声出してあいつら来るよりマシか? ツッコミ担当としてのアイデンティティが迷子になっちまうよ。
ああ、そういえば。
宇宙人とは。
まんまの意味。すなわち、地球外生命体のことだ。wikiにも載ってる。
宇宙人は名の通りわざわざ宇宙からやってきた。welcome to 地球! スシ、オイシイヨ! なんて言ってやれなかったのが非常に残念だ。
様々各地で暴れやがったせいで、俺たちは既に死への恐怖に気が狂っている。
なぜ宇宙人がやってきたのか。説明はまた今度にしよう。今は思い出したくもねえんだ。まだ平和に浸って、ゆっくりしていたい。恐怖とか死とか、今だけは忘れていたい。
でも、んなこと言ったって無理だろうな。恐怖も死も、もう間近にいる気がするんだよ。明後日や明日に俺はいるのかなあ……なんて、考えちまう。
光が全く灯っていないこの廃墟も煽ってきてんのか?
そんなこと全く気にしていないかのように、超新星爆発女――赤谷美香琉は、自らがここにいると証明するが如くに腹から超新星爆発を起こしている。
「むしろ来てもらった方がありがてえじゃねえか。宇宙人だって腹の足しにはなるんだよ。おまえも知ってんだろ」
明らかに雑食の枠を超えている。あれは生きるために最終手段で食べるものだ。二度と食いたくない。
「来なくて結構。せっかく誰も来ていないんだ。……ゆっくりさせてくれよ」
美香琉は青の短パンに、上は黒くて薄いパーカーだけを着ている。恐怖に包まれても、「なんでそんな胸がでかいのにこんな服装なんですか」と不思議に思えるくらいにはまだ心は壊れていない。
「平気さ。なんせ私は強いんだから。そこらの人間共と一緒にするなよ?」
断言してやる。
「してない」
美香琉は、明らかに俺より年上、少なからず20を超えているにも関わらず、女を捨てたような男くさいものの言い方をするのが少し怖えんだよな。
まあでも、美香琉がいなきゃ俺はとっくに死んでんだよな。何回死にかけたかも忘れちまったけどな。
「よくわかってんな。流石私の見込んだ男だ」
そのくらい誰でも気付くような気もするけど、もう疲れたから、それでいいよ。なんかもう、頭も回らない。
「今日色々あったから、流石に疲れてるよな。見張ってるから寝ろよ」
今までで聞いた命令形で一番優しい気がする。
怖いのにな……
「こういうときばっか大人ぶって……」
「いいんだいいんだ。私は夜型だからさ」
もう、楽になってしまえばいい。疲れた。寝よう。
「「おやすみ」」
ずっと、不思議だった。
美香琉はどうしてあの日から、俺のことを守ってくれるのだ。
頬が冷たい。声のようで声じゃない美香流の声を聞いた気がしたと思ったら、俺の意識の線は無慈悲にもプツリと切れていた。
「起きろ! 起きろ!」
ん……ここは……学校か。授業中だってのに眠っちまった。うわっ机に糸引いてるし。きったね。
起こしに来た吉田先生の様子が変だということはわかった。顔が富士山並に青ざめている。いつもの余裕そうな態度が全く見られない。
「せんせ……?」
「屋上から脱出するぞ!」
頭が覚めた。何を言っているんだ? 急にゾンビゲーの世界に潜り込んでしまったわけじゃあるまい。
「いいか?落ち着いてよo2hk」
上手く聞き取れなかったが、口の動きから「よく聞け」だろう。
落ち着いこうが落ち着かまいが周りがうるさくてよく聞こえない。指示と悲鳴の声が走り回っているようだ。
「まちが☆♪4○〒<? モアモアイアイ!」
「? ? ? 」
街が?
「だから○+☆<☆+○! みちのせibusun」
「みちのせいぶす?」
未知のせ?
「だから! 街が未知の生物に襲われているからヘリコプターで街から脱出するんだよ! 寝ぼけてんな!」
やっと聞こえた。
「あぁ……はい? えっ。はっ?」
ようやく伝わった、想定外を遥かに超えたその言葉を俺の脳は濃く刻むかすぐに捨てるか悩んでいた。
しかし「冗談ですか?」とはとても言えそうにない。これで冗談だったら先生の髪の毛にガム巻きつけてやる。
「これ以上の説明は生き残ってからだ。いいから急げ!」
はんば無理矢理引っ張られる形で俺は廊下に出され、「出席番号順に並んでください!」という学年主任の指示に従った。
廊下に並んでいるときに廊下の窓を覗いた。
思わず絶句してしまった。現実でない可能性を疑うほどに。
炎上するアパートやら崩れたコンビニやら事故りまくりの車らをみて。
混乱の中にいても、流石は我らが中学三年生と言えよう。落ち着いているとはとてもいえないが、しっかり出席番号順に並んでいて、すぐに学級委員から先生へ、先生から主任へと点呼が終わる。
一組が屋上に向かっていったのは、それから30分後のことだった。羨ましい。数字が小さいからなんていう理由でめっちゃ早くにヘリコプターに乗れるのだから、こんなわけわかんなくなった街から先に脱出できる。対して俺ら4組は、次のヘリコプターが来るまでかなりの時間を待つことになるだろう。精神的に辛い。
という考えをついさっき撤回した。
なぜならば。現状、見渡す限り、火! 悲鳴! 混乱!
何があったか。
1組が行った後、しばらくして屋上から爆発音がすざましく轟いた。屋上からこっちにまで熱風が吹いているのだから間違いない。
再び阿鼻叫喚に呑まれた。
爆発の後、混乱した下へ逃げだしたり屋上へ友人を救助に行ってしまったりした。
「止まれ! 下も上も危険だ!」
吉田先生の声が響く。それだけだ。誰も彼の声に耳を傾けようとはしない。
そう。
誰もと言ってるからには俺も例外でない。1組には友人の否九七琉がいる。爆破なんかで死なれたくないと思うと、俺の身体は屋上に向かって走り出していた。
屋上付近には既にたくさんの同級生がいたが、誰一人として屋上に行けなかった。
「……燃えている」
屋上に行くためには、階段を渡って狭い道路を通ってドアを開ける必要がある。いや、ドアは開いていた。それは階段からでも見えた。
屋上から先は既に焼けていた。入ったら火傷と呼吸困難が俺たちを苦しめるのがはっきりわかる。通れるわけがない。
みんなが「もう戻るしか選択肢がないのか……?助けられないのか……?」と唸っているとき、不意に、ふにょ、ふにょ、と変な音が屋上から近づいてきてる気がした。
「誰かいるのか?」
生徒の一人がそう呟いた。
その瞬間、階段にあった生徒のかたまりは、ドミノのように崩れた。俺も階段と顔がニーハオ。運悪く身体中を同級生に踏まれまくった。
痛かったが、それよりも。
一瞬見えた「それ」に、目を疑った。
踏み終わられて立とうとしたが、どういうわけか身体が階段から引き剥がれない。接着剤で固定されてしまったかのように。
「「「ああああー! ! ! うううー! ! !」」」
言葉になっていない声が複数聞こえて、俺以外にも逃げきれてない人がいるとわかる。
「ああっああふぐっふぐっぐああああああ!」
しばらくして同級生の悲鳴が聞こえ、止んだ。
一瞬見えた「あれ」のせいなのか……?
きっと彼は気絶しただけだ。そうだ。そうに決まっているじゃないか。
まだ十五歳だぞ?「 死ぬ」年齢なんかじゃない。
理解しがたい恐怖に襲われた。逃げたいのに俺の身体はピクリとくらいしか動かない。
周りの悲鳴が全て消え去った後、 足音が俺の元まで来てしまった。
走馬灯が流れないから死ぬわけじゃない。そう思っても、絶望が見えてしまう。
足音が止んだ。もうやつはすぐ側にいる。
後十秒もしない間に、俺は死んでしまうのだろうか。
なんで死ななきゃならないんだ?
理不尽だろ。こんなの。
カタッカタッカタという足音が近づいて。
痛みは急に来た。
「いでで! ででっいでらっきょ!!!」
身体中に激しい痛みを負いながらも、俺は久しぶりに世界を見上げた。
生きている……?
「少年。怪我はないか?」
どうやら俺は、誰かに持ち上げられているらしい。声からして女? 体格を見る限り、人間……?
「誰……?」
「後でな。今はあの気持ち悪い宇宙人ぶっ殺すから」
降ろされた俺は、辺りを見渡して非現実を生きているのだと錯覚した。
目の前の、緑のスライムのような二足歩行の生物。
傷だらけの同級生。
そして、突如現れた女が醜い獣に変身したこと。
錯覚だと思った。
しかし、全て現実だった。
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