Changeling in the Earth
タイトルイラスト:相内 充希さま
「リャーシャ、どうだ?」
「彼女は違う。
違うというか、もしかしたら失敗したケースかも。
娘は確実」
「しかし、娘はすでにユルヴァンテスの庇護下か」
「あの領域では、全ての偽装は看過されるわ」
「しかし、リャーシャ、お前なら……」
「……」
フィンランド北部、水と森に囲まれた小さな町。
町の中心から少し離れた三角屋根の家の前から、黒い小型バスがちょうど出発したところだった。
「エルヤ、ありがとう。
一人だったら、何を話せば良いか、わからなかったわ」
「なによレベッカ水臭い。
それにしても嫌な連中だったわねぇ。
変な質問ばかりして!
あの子の事、何も知らない癖に!」
戸口でバスを見送る二人の女性。
一人は背の高い金髪の美女。
もう一人は黒髪のまるまると太った背の低い初老の婦人。
彼女達の見送りは、礼儀作法と云うよりもバスが引き返してはこないかと警戒しているためのようだった。
「まあ、あの子が普通じゃないってのは本当だけど、だからって宇宙人とか、そんなホラ話誰が信じるかね!」
エルヤは遠ざかるバスを睨みつけながら悪態をつく。
「でも、あの人たちのお話を色々聞くとね、そうかも知れないと思い当たる事もあるのよ」
「何言ってんの?!」
驚いたエルヤはレベッカを見上げて、彼女の背中を叩く。
しかしレベッカは微笑みながら自分の両手をほっそりとした自身の腹に添える。
「どんな子供だって天使で、天国から神様に導かれて親の元に来るのなら、ほかの星の天国から、私の元まで、はるばるやって来てくれた、旅好きの天使がいたっておかしくないでしょう?」
「レベッカ……」
「あの子がここに居た事は紛れのない本当。それに比べたら……」
すでに何年も前にそこから去っていった娘に語りかけるように、レベッカは自分の腹をさする。
「まあ、顔はあんたソックリだしね。
……、
それにしても旅好きの天使ねぇ。
あの子、向こうで元気でやっているのかしら。
この前、変なクッションを贈ってくれたけど」
「エルヤ。
あれ、『ハティフナット』の縫いぐるみよ」
「あっちで売ってるの?」
「あちらで人気なのかしらねぇ」
バスが戻って来ないのを確かめて、二人は、遅めの昼食を取るため家に戻った。
「でもレベッカ。
ロシアの白熊みたいな男達に混じって女の子がいたわね」
「あの娘さんの耳。
ビルギッタと同じだったわ」
◇□◇□◇□◇□
『チャラッチャ、チャラララ』
「ウッ!!」
レトロを通り越し、今ではかえって新鮮味のあるオープニングの電子音に、部長が合いの手を入れております。
あ、はじめまして。
ワタクシ、折口樹乃と申します。
「ああ!
頑張って赤い髭オジサン!
キノコやカメを避けるのです!
あっ、そこの四角い床を壊して小判を拾うのです!
えい!
えい!」
「まあ、頑張るのも避けるのも部長なんですけどね。
そして、その黄色のは小判ではなくてコインです」
部長はド派手なアクションでコントローラーを操作し、ゲーム画面のオジサンがジャンプするのに合わせて、跳ねております。
「ジュノ君。
このゲーム、みんな右の方にゴールがあるけど、コレって何か意味があるのですか?」
広くない部室の中には机と棚が所狭しと置かれ、その机の上も棚も、モニターやらパソコンやら、ゲーム機だらけでございます。
更に、なけなしの寸土である机上の空きスペースには、部長が持ち込んだ駄菓子の類が山積みされており『汚部屋』と云う他ありません。
「確かにこの時期に作られたゲームは、右方向へ進むのが多いですね。
当時、ゲームの背景を動かすのは、技術的に大変だったのでしょう。
このゲームも、負担軽減の為か右にしか画面が進みません」
「え?
あれ?
戻れない?
左には進めないの?!」
ゲーム内の髭オジサンは、左に数歩進むと、画面の左端に引っ掛かって足をパタパタするばかりでした。
「このゲーム、左へは戻れないんです。
ちなみに三作目以降は左にも行けます。
今頃お気付きで?」
現在、『レトロゲーム部』の部室には、ワタクシとビルギッタ部長二人きりでございます。
さて、右方向への旅を再開した髭は、最後の大ジャンプで三角旗はためくポールに飛び付き、その横にちんまりと建つ砦に侵入しました。
ステージクリアでございます。
「なんて事……。
今まで気付かなかったですわ」
茫然自失な部長の横顔を、ワタクシは隣の席で、読むフリだけの文庫本を手にしながら見つめております。
今日も部長は尊いです。
金髪ロングヘアに、スカイブルーの瞳。
透き通るような白い肌。
すらりと通った鼻筋から、開花を夢見るつぼみのようなピンクの唇等々、部長の造形は何もかもが尊いのであります。
北欧系美少女の部長は、長身スレンダーボディ。
しかし、金髪碧眼セーラー服は、なんだかコスプレみたいで、見ていると心がザワつきます。
そして、何故か耳が長くて尖っています。
緑のワンピースを着て弓を背負っていたのなら、さぞかしシックリきたでしょう。
……、
……、
くっ! それだとリアルにエルフ姫だろ!!
二次元というエデンを逐われ、三次元の荒野を彷徨うワタクシに、神が与えたもうた福音。
ワタクシごとき不相応とは思いつつ、それでもなお、彼女の発する親しみのある言葉の一つ一つに、妙な期待をしてしまうのでございます。
この溢るる想いを口の端に乗せれば、それはたちまち愛の賛歌となりましょう。
しかし、クールな参謀的眼鏡キャラで通しているワタクシは、情念の発露を隠し、黙して、読んでない文庫本のページをめくります。
「一緒にプレイしませんか?」
多分、発情眼鏡の煩悶なんぞ、全く関知していない部長は、ワタクシを可憐な笑顔で電子遊技に誘います。
可愛いなぁコンチクショウ!
「や・ら・な・い・か?」
どういう筋肉の働きか、耳をピコピコさせながら部長はさらに誘惑します。
逆に聞くよ。
やって良いのかよ!
ワタクシの愛の視線を、ゲームがやりたいアピールと勘違いしたらしい部長は、ゲーム機本体の横に刺さっていたコントローラーをワタクシに差し出します。
「そのゲーム、二人同時プレイは出来ません」
平常心を装い答えます。
部長の思わせぶりなセリフに、夢(妄想)が広がりますが、それをグッとこらえての返答であります。
「ゲーム部員なんだからゲームしましょうよう。
……あっ!
じゃあテニスのゲームは?
あれなら、仲良く二人で出来るでしょう?」
部長は席を立ち、ワタクシの向こう側にあるゲームソフトの棚からテニスゲームのカセットを取ろうと手を伸ばします。
しかし、結構な長身の部長でも、ワタクシ越しにカセットを取るには無理があるようです。
「あれ?
どこかしら」
それでも部長はカセットを探しております。
「ウンショ、ウンショ」
代わりに取って差し上げれば良いだけである事は、承知しております。
ですがワタクシは、この尊くも可愛らしい存在が、目の前でウンショする様をもう少し、魂に焼き付けておきたいのです。
さて、座っているワタクシの目の前に、部長のちょうど胸の辺りが迫って参りました。
至近でございます。
いささか慎ましやかな胸部と言わざるを得ませんが、そんな事は些事でございます。
地球生命46億年の旅路の果て、ワタクシはここにたどり着きました。
そう、部長の胸部の前にです。
「チョットゴメンね」
嗚呼、神よ!
部長はさらに手を伸ばし上半身を寄せてきたのです。
良い香りがするのです。
そして頭部に何か慎ましやかな感触が!
「部長、ワタクシが取ります。
過度の接触は避けてください。
ワタクシはまだ『ユルヴァンテス条約』違反で、逮捕されたくはないです」
内面の動揺を封じ込め、部長を元の席に自然な感じで押し戻し、立ち上がったワタクシは棚を探しました。
しかし、テニスゲームのカートリッジは、棚の何処にもありませんでした。
「無い?
……あ、そうでした!
寮に持って帰ったのを、忘れていたのです」
部長はポンと手を叩く。
「まあ、部長の私物ですから、どうしようと構いませんが。
では、出来ませんね」
「そう……、ですね」
部長の耳がペタンと下がる。
クソ、それだけで少し死にたくなりました。
ワタクシは、机に置かれたコントローラーを手にし、それを部長に持たせます。
「まだまだ髭の冒険は続きます。
これから第二ステージ。
髭は地下世界に赴くのです。
髭には部長の助けが必要です」
「そうよね。私がしっかりしないとね」
「ワタクシも応援します」
「ありがとうジュノ君。
私、頑張るね!」
こうして部長の冒険は再開されたのです。
「このゲーム、ステイ先で初めてプレイした時は瞬殺だったわ」
「左様ですか」
「ねえジュノ君」
「何でしょう、部長」
「もし私みたいに、当時、初めてゲーム機に触るような人がね、初見でゲームをプレイして、クリア出来る確率ってどのくらいなのかしら」
「は?」
「点数、コイン、亀、キノコ。
色々あるけど、このゲームの目標って、時間内に右に行くことでしょ。
それに気づいてゴールできる人っているのかしら?」
この感じ。
部長の不思議語りの始まりの予兆です。




