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顔の無い役者は仮面を作る

タイトルイラスト:相内 充希さま

挿絵(By みてみん)


 顔から仮面が剥がれ落ち、私はまた『劇場』へと戻ってきた。

 舞台を振り返ると、まだ出番の終わっていない共演者たちが懸命に演技を続けている。


 激しい戦いの場面。誰もが死力を尽くして戦い、演じる側も全霊を注がなければならない。

 演じていた役も、演じる私も、一足先に楽になったという訳だ。


「お疲れさまでした」


 声の方に目をやると布で全身を覆い隠したものが立っている。かろうじて人型に見える、というほど念入りに黒い布を巻きつけた、この『劇場』の住人である『職員』の姿。


「熱演でしたね。観客席から見ずとも、惹きつけられるような感覚を覚えました」


 心にも無いことを。


 持てる力の限りを尽くして演じはしたが、彼らにそれが伝わるとは思えない。

 そういうものを感じられるなら、彼らだけで『観客』たちを満足させることができただろう。それができないから私たちはここに呼ばれ、彼らに代わり舞台に立っている。


「舞台に立つ素養が無いのは残念です。それがあれば、よりはっきりとあの感覚を捉えられたでしょう」


 私もここに来て長いが、未だに彼らのことはよく分からない。


 何も無いとまでは言わないが、『劇場』の中に興味や関心を惹くものは極端に少ない。あるのは無数の扉、通路、僅かな明かり。そんなものばかりだ。

 執着が希薄、シンプルな価値観といった彼らの性質は、そんなこの場所で生まれ育ったからか。


「幕が下りるまで、まだ時間はあります。楽屋で休まれますか?」

「いや、一足先に帰らせて欲しい」

「……理由を、聞かせていただいてもよろしいですか」


 出番が終わったとはいえ、まだ上演中だ。当然いい顔はされないだろう。


「まだ舞台に立っている共演者たちに申し訳ないが、役に入り込み過ぎて予想以上に体力を消耗した」


 ここに来て間もない気力に満ち溢れていた頃ならともかく、今この演目は辛い。長く『役者』であり続けて様々なことを学んできたが、そういった蓄積と引き換えに熱量は減り続けている。


「閉幕までは楽屋に残って頂きたいところですが、そういった理由でしたらお引止めする訳にはまいりません」

「他の『職員』にも連絡を頼めるか?」

「かしこまりました」




 裏方として走り回る『職員』の間を抜けて、『劇場』の通路へと繋がる扉を開く。

 楽屋よりは明るい、ランプの幽かな光に照らされた劇場の廊下。往来する者の数は少ない。


 私と同じ『役者』身分の者が少ないところから察するに、近くに上演中の舞台が多いのだろう。

 『職員』『観客』の身分とは違い、『役者』は演じなければ存在することを許されない。出演によって得られる報酬が無ければ、消えることになる。


「○!※□◇#△」


 道を行く私に声をかける者がいた。長身で、輪郭すらぼやけた影のような姿。『観客』の一人だ。

 私のような『役者』には彼らの言葉が理解できないというのに、何故話しかけようとするのか。


「そちらのお客様は、以前のお仕事を称賛されていますね」


 近くを通った『職員』が翻訳をしてくれた。居るとは聞いていたが、まさか自分のファンに出会うとは。

 『仮面』を被るために顔が無い『役者』を、彼らはどうやって見分けているんだろうか?


「◎△$♪×¥○&%#?○×%$☆♭#▲!※」

「『長く活動を続ける役者は少なくないが、あなたのように若さを保つ人はとても稀だ』と」


 意外な言葉だ。つい先ほど、衰えを感じたばかりだというのに。


「若さとはどういうことか、と質問してもらえるか」


 『職員』に翻訳を頼むと、『観客』の使う言葉でやり取りを始めた。

 機械で高速再生した言葉、というよりも音にしか聞こえない彼らの言語。身振りと状況から想像できる内容を高速で話しているだけだとしたら、言葉が長すぎる。

 我々の言葉より情報を伝える効率が悪いのか。あるいははるかに多くのことをやり取りしていて、それを私たちの言葉に翻訳すると細かい情報を省かざるを得ないのか。


「『ここに来て日の浅い者のような舞台に立つ意欲』と言い換えられるそうです」


 初心を忘れていない、ということだろうか。


 ここに招かれた『役者』は、例外なく別の人生を望んでいたはずだ。私もその一人。

 遠い昔のことだから、はっきりとは覚えていない。だが、私を誘いに来た『住人』の「別の人生を歩むことができる」という誘い文句はとても魅力的だった。

 引き換えに、生まれ持った顔と人生を放棄しても構わない。そう思うくらいには。


 今もその選択を、後悔はしていない。


 舞台に立ち、無数の人生を生きるということは決して楽な道ではなかった。先ほど演じ終えた役も、悔いが無い代わりに苦痛に満ちた死を迎えている。

 だが終わってしまえば、そういった苦痛すらもかけがえの無い宝となった。引き換えにしたものと、価値が釣り合わないと思うほどにすばらしい。


「感謝の意を、伝えておいてもらえないだろうか。あなたの言葉を聞けて良かったと。私は行かねばならないところがある」

「どちらへ?」

「鍵の天幕へ」




 『劇場』において無数に存在する舞台の扉。それらがどのような舞台なのか、使用中か否かをここの住人は鍵で管理している。

 鍵といっても扉を施錠する機能はない。扉の区別と、使用状況の管理のためだけのものだ。


 それらの鍵がまとめて置かれているのが、鍵の天幕。

 張られたワイヤーや立てられた板に、この近辺にある扉と同じ数の、つまりは数え切れないほどの鍵が吊るされている。


「舞台を一つ貸して欲しい」

「どのようなところをご希望でしょうか」

「多様な表情を見られるところを」

「少々お待ちを」


 我々『役者』からは、『観客』も『職員』も外見で個々の区別はできないが、個性は存在している。

 彼らにこういったリクエストは何度もしているが、結果の良し悪しは様々だった。さて、今日の彼は良いところを紹介してくれるだろうか。


「お待たせしました」


 頼みをした『職員』は、迷い無く一本の鍵を持ってきた。


「今ならここをおすすめします。ほどよく混沌とした、喜びも苦しみも入り混じった舞台。ここならご希望の通り、様々な顔を見られるでしょう」


 聞いた感じは悪くない。

 良いと思える顔に出会えるかは運もあるが、この紹介通りならうまくいきそうだ。


「一応聞くが、他に候補は?」

「挙げることは可能ですが、第一の候補と言われればこれになります」

「なら、そこにする」


 財布からいくらかのコインを取り出し、鍵と引き換えに渡す。


「『仮面』作り、成果が出ると良いですね」

「ああ、ありがとう。行ってくる」




 『観客』も『職員』もいない、私ただ一人だけが立つ舞台。

 今は何者の気配も無いが、目を閉じてこの場に己を馴染ませるよう意識を集中させれば、たちまち多くの声が聞こえてくる。


 再度目を開けばこの舞台が、この世界の風景が私の目に映った。


「これは、先ほどの舞台に近い感じだな」


 個人の武勇で戦争ができる世界。英雄譚のある世界。


 システムで争う世界も悪くは無いが、活き活きとした顔が見たいならこういった場所が良い。

 活き活きどころか死に物狂いで戦っていた先の上演とは違い、今の私はこの世界を眺めるだけの存在に過ぎない。見ている分には気楽だ。


 風景を眺めるのもほどほどに、「良い表情」を探し始める。

 『役者』にとって幸せな終わりをもたらす、最適な『仮面』を作るために。


 生まれ持った顔と引き換えに『役者』となった者は、『仮面』を被り別の人間を演じる。そこに死という終わりは無い。

 代わりにあるのは二つの道。舞台に立てなくなり消滅するか。当たり役を見つけてその役を全うするか。

 私は絶対に、私だけの役を見つけ出す。


 そんな事を考えていると、早速見つけた。


 両親を失ったばかりの兄弟。

 泣いている弟の方はともかく、兄の方がとても良い。これからどうすれば良いかを必死に考えている。


 一枚のコインから仮面の原型を作り出し、兄の顔を見て形を整えていく。

 一人の人間を演じるために必要な、あらゆるものが詰まったものが『仮面』だ。今この時の彼を写し取り、それを被ればその心情を追体験することもできる。


 自分のためだけの『仮面』を作るという目的はあるが、写し取った仮面を被るというのも楽しいものだ。演技とはまた違った形で、人生を楽しむ事ができる。


 すぐに出来上がった一枚目の仮面。それを被ろうとして、ふとこんな事を考えた。

 今まで、考えもつかなかったこと。


「これ、この子に被せる事はできないだろうか」


 普通はできない。顔のある者が『仮面』を被ろうとしても、自分自身の顔が弾いてしまう。


 全く同じ顔の仮面を作り、被せたら。

 知らないはずの知識や技術をそこに埋め込めば、それを与えられるのでは。


 この、ただ一人残った家族と共に生きたいと思う一人の人間を、生かすことができるのではないか。


 写しの仮面を作り変え始める。

 無数の人生で得たものの中から、彼が必要とするであろうものを選び、書き込んでいく。


 無茶な思いつきではあるが、なぜかうまくいくのではという確信があった。

 彼は生きるために必要なものを求めていて、それを与えられる私がこの場に居合わせた。


 出来上がった『仮面』を、ゆっくりと兄の顔へと重ねていく。


「私もお前も、この先が見たいはずだ。弟と共にそうありたいなら、受け入れろ」


 『仮面』が弾かれることは、無かった。


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