『勇者』と私の役割論理
タイトルイラスト:相内 充希さま
私は『勇者』が嫌いだ。
どうして、人類は魔王退治などという重大な責務を一人の人間に押し付けることが出来るのだろうか。
どうして、勇者様はそんな任務を嫌がりもせずに引き受けてしまうのか。
どうして、勇者様は私なんかを連れて行こうと思ったのだろうか。
どうして、勇者様は何のとりえもない私を選ばれたのだろうか。
「お~い、僧侶。この山を越えたところに村があるけれど、そこまで大丈夫そうか?」
「大丈夫です。私のことはお気になさらず」
少し先を歩いていた勇者様が足を止めて振り返る。私は平気を装いながらややぶっきらぼうに返事をした。
頭の上のお日様からきらきらと眩しい日差しが降り注いでいる。快晴で雲一つ無い良い天気だ。
私達がいるのが足場の悪い岩山でなければ最高のピクニック気分を味わえただろう。
流れる汗と日差しが目に染みる。体力は遠い昔に限界を迎えていた。それでも、震える足に力を込めて懸命に斜面を登る。
勇者様は『勇者』の役割を果たす為に休まずに進んでいるのだ。ここで私が弱音を吐く訳にはいかない。
朦朧とする意識の中で斜面を登っていると、景色がスローモーションで傾いた。足を踏み外したことに気が付き慌てて踏みとどまろうとするが足場は既になかった。
「僧侶!!」
慌てた声と共に、逞しい腕に抱きかかえられる。
助かったという気持ちよりも迷惑をかけたという情けなさと不甲斐なさに苛まれた。
私が腕の中で呆然としていると、勇者様は私を背中に背負うように抱え直した。
「だめです! 下ろしてください! 私のせいで勇者様が疲れてしまうじゃないですか!」
「平気だよ。俺、体力には自信あるし。それに僧侶は軽いから」
私はとても小柄な体型だ。年齢は成人済みなのに、容姿は十歳程度で止まっていた。
「勇者様のばか! 乙女のコンプレックスを刺激するなんて酷すぎます! 万死に値します!!」
「残念だけど、魔王を倒すまでは死ねないな。それに、俺は僧侶くらい小さい方が好きだぞ」
「勇者様。薄々気付いていましたけど、幼女趣味なのですね」
「いや、待って! それは誤解だから!! それに俺たち同い年だから!!!」
「それは合法幼女だから手を出してもOKだと言う意味ですか? ますます勇者様のことを軽蔑しました」
「ちょっと、僧侶さん。話を聞いて」
背中越しでもわかる勇者様の動揺がおかしくて、くすくすと笑った。
「なんて、言われなくてもわかっていますよ」
「えっ?」
「勇者様にはお姫様という婚約者がいらっしゃるではないですか。あんな綺麗な方と結婚が決まっているのに、私なんかに興味を持つはずがないじゃないですか」
勇者様は魔王を倒すことが出来たあかつきには、その褒美に姫様と結婚をすることが決まっていた。
王様としても、勇者様が跡取りになってくれるのなら、それ以上に喜ばしいことはない。
なにせ、魔王を倒せるほどの武力とカリスマを持ち、頭脳も容姿も性格も良い。どこの村に言っても、沢山の応援を頂くような方だ。
「なあ、僧侶。俺は……」
「そろそろ、下ろしてくださって大丈夫です。村が見えて来ましたし、体力も回復しましたから。それに、背負われているのを勇者様のファンに見つかったら大変なことになりますからね」
勇者様の人気は凄いものがあった。前の村では若い娘たちの追っかけが出来、私が必要以上に親しくすると、キッと睨まれたりしたものだ。そんなことで勇者様に心労を与えたくはない。
私はひょいっと勇者様の背中から降りる。心配そうに顔を覗き込む勇者様に、大丈夫と笑顔で応えた。
私はお荷物になるために一緒に居るわけではない。
ほんわりと体に残る心地よい温もりを振り払い、足を踏み出した。
この村でも勇者様は人気者だった。
通行人には温かい声援をかけられ、宿でも店主に無料で泊めて頂けそうになっていた。
「宿代くらい払わせてください。無償で泊めて頂くのは心苦しいですから」
「勇者様は魔王を討伐されるのです。それ以上のお代はありませんよ」
「その報酬は国王様から十分に頂いています」
「国としてではありません。私個人としてのお礼です。もし、勇者様が立ち上がられていなければ、今のように明るくはいられませんでしたよ。魔王の復活を今か今かと怯えて過ごす日々を送っていたでしょう」
「わかりました。お言葉に甘えさせて頂きます」
「ありがとうございます。今日はゆっくりと休まれてください。辺鄙な村ですけれど、精一杯おもてなしをさせて頂きます」
夕食の席でも、勇者様の前には豪勢な料理が並んでいた。鶏の丸焼きに、新鮮なトマトとレタスのサラダ。トウモロコシのスープに、ほかほかの柔らかそうなブレッド。それに比べ私の前にはぽつんと野菜くずの浮かんだスープが置かれていた。
この村での待遇が特別悪いわけではない。『勇者』に代わりはいないが、付き人の代わりはいくらでもいるのだ。私が『僧侶』に選ばれたのは勇者様と私が幼馴染だったからというだけだ。
だから、この格差に不満はない。勇者様とは役割も抱えている責任も違うのだから、私は宿に泊めて貰えるだけでも幸せなことだと思うのだ。
仄かに温かさが残るスープをスプーンで掬う。微かな塩と野菜の味が滲み出ていて優しい味がした。
勇者様の方を見ると複雑な気持ちを押し殺しながら、店主や村長と会話を交わしてながら食事をしていた。
あれは、私と勇者様の食事の内容に不満がある顔だ。私には不満などないと何度も説明しているのに。
どうして、勇者様は私なんかを気にかけてくれるのだろうか。
はっきりと言って、この旅で『僧侶』らしい役割を果たした覚えはない。
何故なら、魔王はまだ復活していないし魔物などが出るわけでもない。『僧侶』としての役目は、勇者様の体調管理くらいだ。それも、勇者様は私より体力もあり、病気や怪我をすることもなかった。
私はスープを飲み干すと一足先に部屋に戻ることにした。
勇者様も私が居ない方が気を揉まずに食事を楽しめるだろう。
夜も更けた頃、勇者様は部屋へと戻って来た。お酒が入っているのか顔がほんのりと赤くなっていた。
「僧侶、ごめん。待たせたかな?」
「私のことはお構いなく。薬草や干し肉など買い足しておきました」
「いつも、ありがとう。僧侶のおかげで楽をさせて貰っているよ」
「私は私に出来ることをしているまでです。本来の『僧侶』の役割はもっとあるはずなのですが、私は魔法が使えませんし」
「そんなことは気にしなくていいよ。僧侶を選んだのは、一緒に旅をするのが気楽だと思ったからさ」
「私と一緒に居て気楽ですか?」
「もちろん。他の人とだったら、もっと気疲れしていたよ」
勇者様はベッドの上にあった布団を床に下ろす。私はその布団の上に腰を下ろした。
最初の頃は私にベッドを譲り、床で寝ようとされたので、絶対にダメですとお願いをしたものだ。
頑なにベッドで寝ようとされなかったので、私が根負けをして、布団を借りることを提案したのだ。
思えば勇者様は初めから『勇者』らしくない方だった。私は思い出してくすくすと笑う。
「僧侶、何で笑っているの?」
「思い出し笑いです」
「気になるな。何を思い出したのか聞いてもいい?」
「これはだめです。勇者様には言えません」
「俺に関係あること?」
「それも内緒です」
「ヒントを出して貰えないかな?」
「私にも秘密の一つくらいはあるのです」
私はぷいっと他所を向きながら言うと、勇者様はそれ以上聞いてくることもなく、嬉しそうな笑みを浮かべられた。
「勇者様も思い出し笑いですか?」
「ああ、僧侶がこんなに笑ってくれるようになって嬉しいなってね」
「それは、勇者様のおかげですね。あの家から連れ出して貰えてなければ、今ごろは死んでいたと思いますから」
「悪い、嫌なことを思い出させたね」
「いいえ、大丈夫ですよ。死んでいたのは本当だと思いますから」
私はたまたま勇者様と同じ街に生まれ育ったというだけで、幼馴染といってもほとんど接点はなかった。
私の母は物心がつく前に他界していた。継母は私のことを奴隷以下としか思っておらず、父は私をストレスの捌け口としか見ていなかった。家の中に閉じ込められて、食べる物も満足与えられず、いつもお腹を空かして過ごしていた。
「そういえば、僧侶は魔王のことはどこまで知っているんだ?」
「不定期に蘇ること、それと、魔王は勇者様にしかわからないことくらいでしょうか」
勇者様は話題を変えたかったのだろう。私もあの家のことよりは魔王の話がしたかった。
「そうだな。魔王がわかってしまったから、任命されたとも言えるけどな」
「……なりたくなかったのですか?」
「いや、それは思ってないよ。人の役に立てることは嬉しい。ただ、怖いんだ。ここから先に進むのが」
「勇者様は迷われているのですか?」
「いつも迷っているよ。俺なんかが『勇者』になってよかったのかなって」
「私は勇者様が『勇者』になられて良かったですよ。一緒に旅をして、勇者様の優しさに沢山触れて来ましたから」
「そうか……。ありがとな。明日は早い。もう寝るぞ」
「はい。勇者様。おやすみなさい」
沈み行く意識の中で遠い昔の記憶を思い出していた。それは、私が私になる前の記憶だった。
やっぱり、私は『勇者』が嫌いだ。勇者様を悩ませる『勇者』が嫌いだ。
『勇者』でなければ苦労をせずに済んだのに。
『勇者』にならなければ私を殺さずに済んだのに。
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