堕ちてきた少女と無敗の古竜
タイトルイラスト:相内 充希さま
昔々、その地には古くから生きている竜が住んでおった。
彼の怒りに触れた者は、例外なく倒され。
彼の機嫌を損ねた国は、例外なく滅ぼされ。
彼を討たんとする強者は、例外なく死体となった。
しかし、ある日を境にして、その竜の噂を聞くことがなくなった。
――それは、そんな竜が生きている頃のお話。
*****
大きな崖の上、だと思う。
いや、竜神の谷と呼ばれる由緒正しい名前の付いた谷の上に、私達はいるようだ。
「ほ、本当にここでいいのか?」
「ああ、間違いない……ここに祭壇の跡がある」
「けれど、これだけ荒れているのなら、お怒りも無理もないかもしれない」
村人達の不安げな声が谷にこだましていくようだった。
私はただ、彼らの側でその言葉を静かに聞いているだけ。
なぜなら。
「じゃあ、始めよう」
「山神さま、いや、竜神さまに生け贄をお渡しする」
そう、私は生け贄。
数ヶ月前から流行りだした治すことの難しい病。
中にはその病を克服し、生きている者もいるのだが……それはごく僅かだった。
数ヶ月の間に何人もの村人達が、亡くなっている。
幸いにも私の家族は、病になることはなかったがそれも、きっと時間の問題。
それに……。
「さあ、行きなさい。行って村の役に立つのよ」
「タダでさえ忌み子なんだから」
「ここまで生きてこられたのも、竜神さまのお陰よね」
どんな表情でそんな言葉を言っているのだろうか。
私は【見えない】けれど、【感じること】はできるし【声色】で相手がどのように話しているかなんて、手に取るようにわかるというのに。
でも、これで私も、もうおしまい。
せめて、村の人達が幸せになれるよう祈るとしよう。
そうすれば、山神さま……いや、竜神さま?
も、きっと救ってくれるはず。
ずずいと、私は村人に引かれるように祭壇跡へと向かい……あれ?
祭壇はココではないの?
さっきの声の方向とは違うところに、導かれるように連れられて。
「直接、竜神さまのところに、行きな!」
どんっと押されて。
何もない空間へと投げ出された。
たぶん、きっと、竜神さまの谷へと。
ひゅうううっと、背中から私は落下している。
お陰で息はできるのだが……この分だと、きっと背骨とかを折って……いや、その前にこんなに高いところから落ちたのならば、生きてはいないだろう。
空気を感じる。
背中は何も感じない、ゆっくりと落ちていくだけ。
もうすぐ私は天へと召される。
祈るように手を組むと、私はそっと瞳を閉じた。
*****
谷の底で一匹の竜が眠っていた。
いや、目を閉じているが、寝てはいない。
「何やら上が騒々しいな」
ふと顔を上げたそのときだった。
「ん?」
なにやら小さな影が落ちてくる。
*****
もふん!! もわもわもわ。
――暖かい。
最初のそれに当たったときの印象が、ソレだった。
幸いにも私は、その暖かいもふもふ具合で、命が助かった。
こんな暖かいもふもふのある草があって、良かった。
なんだか、疲れたからここで寝ようかな……?
「寝るな」
地面が揺れた。いや、地面が揺れてお腹に響く、巨大な声が聞こえた。
「あの……どなたですか?」
顔を上げてあたりを見渡すように首を動かしてみる。
「我を知らぬのか?」
地面から聞こえた声が、少し上の方で聞こえた。
驚いている、ような気がする。
声の聞こえた方へと顔を向けて、私は口を開いた。
「知らないというか、初めて聞きました」
「……初めて、聞くだと?」
その響く声に、私はきょとんとしながらも。
「はい、あなたさまの声は、今日、初めて聞きました」
「……お前、上から落ちてきたな」
探るかのように尋ねる声色は、少し優しげな気がした。
私は正直に告げる。
「はい、こんなにふわふわの草、初めてです。このままうずくまって寝たいくらいです」
思わず触って、手触りを確認する。
ああ、このまま寝れたら、どんだけ素晴らしいことだろう。
思わず、顔を近づけて頬でもその感触を確かめてしまった。
本当にここで寝ることが出来たら……。
「寝るな。それにそこは草ではない」
ちょっとがっかりしながらも起き上がって、私は尋ねた。
「じゃあ、何ですか?」
「我の背だ」
「…………え?」
数秒、間が空いた。
なんと、これは……声の主の方の背中とな!?
言われてみれば、妙にぽかぽかするのは、声の主さんの体温ということですか。
あれ? でも、かなりというか、なんていうか、でっかくありませんか? え?
ここは、草……ではなくて、えっ!?
「娘、目が見えないのか」
「あ、はい」
そこですか。いや、別にいいんですが。
「ならそこで、しゃがめ」
「いや、座ってます」
思わずツッコミを入れてしまったが、相手は臆することもなく続ける。
「……そうだったな。そのまま、やるか」
「な、なにを……」
私が何か言う前に。
何かがおでこに当たって……熱っ!!
おでこが熱いし、次に両目が燃えるように熱くなった。
な、なにコレ!?
「熱いっ!!」
そう私が叫んだ途端に、おでこの気配が消えて。
びりっという音と共に、目元を隠していたボロ布が、落ちた。
「ほう、紫の瞳か……魔力の高い者に現れるというが、お主はその魔力を帯びていないようだな」
「あっ……あっ……」
物心つく前に、病に倒れ目が見えなくなっていた私。
なのに、今、私は……目が見えている。
それに……目の前にいる、巨大な竜は、もしや……。
「や、山神……さま? ううん、竜神さま!?」
慌てる私に、同じく巨大な深い青紫色の瞳で睨み付けるのは、巨大な竜だった。
もふもふの毛皮がとても暖かそうですが。
「……ああ。上に住む人間どもはそう、呼んでいるな」
「ならば……助けてください! 流行病が村を襲っているのです!」
「それを救ってなんとする?」
「その、病を消す魔法があるのでしたら……その、消し去って欲しいというか、その……」
竜神さまの鋭い瞳と、相手を凄ませるような強い口調に、私は思わず怯んでしまった。
「何故、救って欲しいと懇願する?」
「わ、私は……そのための、生け贄です、から……」
もし、これで役目を果たせずに戻ってくるようなことになれば、きっと。
*****
「やーい、忌み子、忌み子!!」
「生まれたときから呪いの目をして、親に嫌われてるんだろ!?」
そうやって、私はいつも虐められていた。
言葉だけなら、心が傷つくだけでよかった。
あるときは、砂利道で押されて、膝や肘、手を擦りむいた。
あるときは、丘の上から落とされて、足の骨を折ったこともある。
またあるときは、肥だめに落とされて、大いに笑われた。
それが、毎日……続いた。
幸いにも、昨日はなにもされていないが……それも、この竜神さまに生け贄として捧げられるからと、しなかっただけのこと。
それがなければ、きっとまた……。
*****
気付けば、私の頬から涙がこぼれ落ちてきていた。
「あっ……」
拭おうとしても、あとからあとから、溢れて止まらない。
「……ひっく、えっぐっ……ひくっ」
「泣くな」
いつになく、優しい竜神さまの声色。
それと、少し戸惑っているような気がするのは……気のせいだろうか。
「……ず、ずみまぜ……ん……ひっく」
「だから、泣くなと言っている」
「ひっく、だって……止まらな……うぐ、ひく……」
必死になればなるほど、涙が止まらなくって。
ふわりと、暖かい竜神さまの毛が、私を包み込んだ。
――暖かい。
「ふえ?」
「だから、泣くな」
竜神さまは、私を体で巻いて、そして。
いつの間にか私は、竜神さまのふわっふわな、しかも超絶暖かい毛の中で、思いっきり眠ってしまっていたのだった。
*****
「空から落ちてきた……忌み子か」
小さく今眠った少女を起こさぬように、竜神は呟いた。
この谷の近くにある村のことは知っていた。
そして、少女が虐められていたことも……。
空には数えきれぬ星が瞬いている。
疲れ切って眠ってしまった少女を、思わず保護してしまった竜神。
「まさか……こんなにも母上に、いや……目覚めが悪いと思い、助けてしまったが、まあいい」
竜神は知らない。
――何十年もの浮かべることのなかった、笑みを浮かべていることに。




