お狐様は伝えたいっ!
タイトルイラスト:相内 充希さま
とある雪が降る日の夜。俺はとある人物と出会った。
……いや、それを人物と捉えていいのかも分からない。だってその人、神なんだもん。
田舎臭い、都心から離れた所でイラストレーターとして働いていた俺は冬コミの帰り道、奇妙なものを見た。積もった雪の中から何かが聞こえ、ピクピクと動いていたのだ。
人の声が聞こえ「まさか子供か!?」と思い助けたのも束の間。雪の中から引きだしたのは、狐耳と尻尾が生えた獣人だったのだから。
そう。俺は多分、その時。……神様を拾ったんだと思う。
そんな事があって早や半年。鈴と名乗ったその神様は俺にえらく懐いていたのであった――。
「ご主人、海に行きましょう!」
「駄目だ」
活気良く発せられた言葉を一瞬で否定する。鈴は二人の間に挟んだ机をバシンと叩きながら吠えるように言う。
「なっ、何でですか!」
稲穂のような毛色をした巫女服が似合う狐の少女は、主人である青年、西原海斗に回答を求めた。
「何でも何もせっかくの夏休みだぞ? 死ぬ気で宿題を5日で終わらせたんだから、ゴロゴロしない他ないだろ」
そう言いながら寝っ転がってイラストを描く。
副業でイラストレーターをやってるものの、今の所そんなに仕事はない。ラノベの挿絵でも出来れば……。鈴は耳を垂れさせ、しょんぼりさながら続けた。
「ご主人は最近外に出てないですし、海を一度でも見てみたいんです」
「海なら画像……ん?」
今の会話に妙な所を感じて脳内再生する。一度でも海を見てみたい、とは今まで一度も海を見た事ないみたいな言い方……。
「神界に海ってないのか?」
「はい。神界はほとんど陸続きですので、大きくても湖程度しか……」
なるほど。それなら海を見たいという気持ちも分かる。魚とかはどうしているのだろうか。そして気が付けばモフモフの尻尾も垂れ下がっている。
「んだけど、このシーズンはメッチャ混むって聞くからなぁ。それに道とかも大渋滞で大変だとか……」
「うぅぅ~」
そんな事を言っているとより耳を垂れさせて涙目になっていく。その様子を見て慌てて考え直すものの、どうしても面倒くささが先頭に立ってしまう……。
しょんぼりする鈴を前にしばらく迷い、苦渋で捻り出したその結果を頭を掻きながら伝えた。
「……しょうがないな。来週辺りに行くから準備しとけよ」
その言葉を聞くと弾かれるように前を向き、目を輝かせて立ち上がる。あ、涙目だった割りには立ち直り早やいやつだこれ。
「本当ですか!?」
「本当だ。いつもお世話になってるしな」
本当にその通りだ。思い返せばいつも大学やバイトから帰ってくれば笑顔で出迎えてくれるし、作ってくれる料理もおいしいものばかりだ。
せっかくだし恩返しにはいい機会だろう。
鈴は耳を鋭く立たせて尻尾を素早く振ると嬉しさを隠し切れずに机を飛び越えて俺に飛びついてくる。
「ありがとうございます、ご主人っ!」
「わっと。……分かったから、沢庵でも食べててくれ」
「はーい!」
モフモフなのはいいが夏じゃどうにも暑苦しい。
大好物の沢庵で気を逸らせつつ溜息を吐き、これからどうするべくか考えた。
――行く手段、どうするかなぁ。
とはいっても車では行かない。というかバイクしか持ってないし。こんな田舎臭い所から行くにも距離がありすぎる。
という事なら結論は一つ。
そうだ、電車で行こう。
夏休み中盤。色々と準備を整えた二人はようやく海へ行く事が出来たのだった。しかし問題が一つ。
「わぁ~! これが海なんですね!」
「ああ。でも何で俺達、岩場にいるの?」
ハイテンションな鈴に尋ねる。
今いる場所が誰もいない岩場の近くだったからだ。いや確かに砂もあるし海も目の前にあるが左右が岩に挟まれたビーチって……。
「ここならご主人と一緒にいられますし、耳と尻尾も隠さなくて済みますし」
そう言って鈴用にカスタムした私服を着た鈴は俺に向き直った。彼女曰く、耳や尻尾は隠せるものの無理やり折り畳んでいる感覚に近い模様。
俺としても鈴に無理をさせたくはないから賛成だが、辺りに人が見当たらないのも夏の海とは言い難い。
鈴はまた海に向き直ると、水平線をじっと見つめ始めた。
「そういえば陸がないですけど、いったいどこに……」
まあそうなるのも無理はない。神界は海がないのだから。
「この先に陸があるなら遥かに遠くだ。人界は陸続きじゃないからな」
「えぇぇ~~っ!? そうなんですか!?」
仰天した表情で鈴が振り返る。彼女にとっては水平線という物を初めて見たのだからあっと驚くのも当然だ。
「それだけじゃない。地図で見たら俺達のいる所なんてこんなもんだ」
「えぇぇ~~!」
「いや違うな……。もっともーっと小さいかもしれない」
「えぇぇ~~っ!?」
指で小ささを表現しつつその事実を伝えた。
地図で確認したことはないが実際そんなものだろうし、日本地図でからでさえも相当小さいのは分かり切っている。
そんな中、好奇心全開で水平線を見つめはしゃぐ鈴を見ている様子を見ている内に突如、ある事が脳裏に浮かぶ。
それは天真爛漫のケモ耳っ子が海ではしゃぐ構図。
――海とケモ耳っ子か。……中々いいかもしれないな。
まさかここで鈴から創作アイデアを貰えるとは思わなかった。忘れない内にメモしておこうと思いスマホを探していると、急に静かになった鈴が俺に向き直って声をかける。
「――ご主人」
「ん、なんだ?」
鈴の方を見て不思議と思う。いつも笑顔でいた鈴が真面目な顔をして俺を見ていたから。今までそういう表情を見てなかったからなんと声をかけていいのか、どういう反応をすればいいのかつい迷う。
だが鈴はそんな俺を置いてけぼりにし、手を胸に持っていって語り出した。
「私は、ご主人に拾ってもらえて本当に嬉しかったです」
予想外の言葉で動揺が追い打ちされる。別れのような挨拶。そう思った瞬間、胸がきゅっと締め付けられるのを感じる。
「あの寒い冬の中で、独りぼっちだった私を、ご主人は拾ってくれた。私にとっては、それがすごーく嬉しかったんです」
「あ、ああ……。なんか、改めて言われると恥ずかしいな」
あの時俺が取った行動は本心から出た物だった。この子を一人にしちゃいけないと、何故か心からそう思ったのだ。
だがそれを今、目の前で、改めて言われるとどうしようもない恥ずかしさが沸いて来る。
気づけば辺りには近くのビーチで子供達がはしゃぐ声と波のさざめきしか聞こえなくなっていた。その二つが相殺しあい、次第にさざ波と鈴の声しか聞こえなくなっていく。
「ご主人は今まで何度も「俺は主人じゃない」って言いましたけど、やっぱり私にとってのご主人はあなたがいいんです」
「………」
俺は黙り込んだ。
俺は「人間」で鈴は「神」。本来一緒に並んでいい存在ではない。
最初に出会うまで神なんて存在は一切信じていなかった。でも実際に目の前にいるのは神だし、その神様と一緒に住んで、一緒の物を食べて、一緒に寝るなんて、身分違い過ぎる。
と、俺は今までずっとそう思っていた。
それに鈴は神界を出入りできる存在。人間がそこに踏み込む余地はないはず。なのに、鈴は――
「私はご主人が好きです。とってもとーっても大好きです。身分なんて関係ないくらいに。だって、好きになっちゃいましたから」
鈴はそう言っていつも通りの笑顔を向け、頬を薄赤く染めた。
一人の人間としてそういった感情を伝えてくれるのは嬉しい。だが、どうしてもそこに引け目を感じてしまう。それは俺だけの悩みなのだろうが。
「いきなりそんな事言われても……」
そう言って照れながら頭を掻く。
気づけば辺りには何の声もしなくなっていた。それが鈴の作り出した結界か偶然かは分からない。
「ご主人は私の事、どう思ってるんですか?」
そんな事を訪ねて来る。なんてベタな質問。とツッコミそうになるのを堪え、言い訳を口走らせようとした。
「いや、別になんと――」
だが途中で口を閉ざす。
その様子を鈴はじっと見つめた。なぜなら本心を言った方がいいのではないか、と思ったからだ。鈴が本当の事を言っているのだから俺も本当の事を言わなければ不公平なのではないか。
「――違うな。俺も好きだよ。……友情的な意味でな!」
「え~~、ご主人だけ隠すなんてひどいです」
「……察せ」
「もうっ。口で言ってくれた方が女の子は喜ぶんですよ?」
だがやっぱり言うのは恥ずかしい。その後も鈴が積極的に本音を言わせようとしてきたり、尻尾もモフモフと引き換えに取引に出たりしたが、俺は無言を突き通した。
気づけばもう正午辺り。1時間近く鈴と言い合っていた事になる。俺は手で影を作っていると気になった所があり、鈴に問いかけた。
「まさか、これ言う為に海に連れて来させたのか」
その予想は当たりだった模様。
「はい。せっかくなら初めての景色と一緒に伝えたかったので。……私の想い、伝わりましたか?」
「……ああ」
それはもうジンジンと。「なら良かったです」と元気にはしゃぐ鈴は最後にもう一度振り向き、俺に向って言う。
「これからも一緒にいてくれますか?」
「……もちろん」
そう問われたらそう答えるしかないだろう。俺の答えに満足げに笑った鈴は背中を向けて大空を見上げる。
そして、最後に嬉しそうに呟いた。
「私、とっても幸せです!」
感想を貰えるだけでも嬉しいので、辛口でも甘口でも大丈夫です




