PRIDE BRAVERS
タイトルイラスト:相内 充希さま
強くはないが冷たい雨が降っている。
その雨に反射して街の光がぼんやりと宙に浮かび上がっている。
しかし、街を覆うように高く聳え立つ壁がその光を遮り、壁の外縁は暗闇に包まれていた。
そんな暗闇の中を静かにゆく者が一人、壁の真下まで素早く移動してくる。
彼の者の名はローズ。十九の女にして、研究所破壊の大犯罪者。
今年彗星のごとく現れ、既に彼女の手にかかった研究所の数は公共、民間問わずおよそ10。
この数はそもそも研究所を襲撃する者が少ないことを考えると破格であり、もはやテロですらある。
この非常事態にアーリア連邦政府は正体不明テロリストのローズを彼女の身に着ける赤フードにちなんで『赤ずきん』として指名手配をすることにした。
そのため、ローズは普通には街へ入ることはできず(と、本人は思っている。実は正体不明のため本人確認証を提示すれば難無く街には入れる)、その代わりに今から行う方法で街へ不法侵入しようとしているのだ。
その方法とは即ち――壁走り。
常人ならば成せない技ではあるが、生憎ローズは一人で研究所に侵入し、跡形もなく破壊してしまう程の力がある。
華奢な身体からは想像もつかないような力がローズの中に秘められているのだ。
であるから、ローズにとって壁走りとは朝飯前の行為であるし、実際に今までもそのようにして街に侵入してきた。
だがしかし、ローズの予想とは食い違っていたのはその高さであるっ!!
ローズが今から侵入する街、シトリアはアーリア連邦の中の巨大都市の一つであり、最大の建物は街の中心部にそびえ立つ天候発電タワーである。
それよりは幾分か低いのだが、街の中で二番目に高いのが街の周囲を囲う壁だと言えばその高さが途轍もないものだと分かるだろう。
普通ならば諦める、いや普通ならば関所を通って街に入る。
さらに言えばこの街にはローズが目の敵にしている研究を行う研究所は無い筈であった。
であるからローズがこの街に無理をして侵入する必要性は無いのだが、残念ながらローズには絶対にこの街に行かなくてはならない理由があった。
(シトリア名物の激辛カレーパンが食べたいッ!!)
そう、食欲である!!
カレーパンが食べたい、何としてもここの名物のカレーパンが食べたい。
ここのカレーパンを食べられずに死んだら、死んでも絶対に食べに来るのだ。
だからこそ、諦められない。
死んでも食べには来るが、絶対に生きている時に食べた方が何千倍も美味しいのだから、何とかしてこの街に入りたい。
だからローズは決心したのだ。たとえ彼女自身経験のない程の高い壁であろうとも登り切ってみせると。
決心のついた彼女の行動は早かった。
ローズは身体を低くし、全身の力を足に集中。
そして勢いよく跳躍し空中に身体を浮かせると、ローズは腕に装着していた射出機を壁の中腹に向け、ロープを射放した。
ロープが壁の中腹に引っかかったのを確認すると、ローズはそれを巻き取りながら壁を走っていく。
もちろん雨のせいで壁は非常に滑りやすい。
一瞬、足を滑らせて危うく落下しそうにもなるが、何とか壁の繋ぎ目に指を引っ掛ける。
そして勢いよく立ち上がりまた走り出すこと数回、漸く壁の中腹辺りに辿り着いた。
「なかなか……厳しい。雨のせいで思うように走れない……」
だがローズは諦めない。
顔をあげ、壁の上を見据えると同じようにロープをそこに向けて射放し、壁を走っていく。
何度も何度も滑りそうになる。
だが前に進む意思があるローズは強かった。
そしてついに壁の上に勢いよく躍り出た。
だがその瞬間、彼女は大量に向けられる光の雨に襲われたっ!!
「ッ!? 何だっ!?」
ローズは両手を交差させその隙間から様子を窺がうとそこには自身に向けられた大量の銃を持った兵士の姿。
そしてその奥には指揮官と思われる片腕を機械の義手にした女性がその腕を今にも振り下ろそうとしていた。
「まずッ――!?」
『撃ち方始めーッ!!』
バガガガガガガガッ!!!!!
無数の銃弾が勢いよく発射されローズの身体を襲う。
だがローズは咄嗟に空中を蹴り、壁の上に転がるように滑り降り、銃弾の第一陣を回避する。
だがしかし、それを予期した兵士達による銃撃が彼女の着地するであろう場所に放たれた。
「ふざけんなぁッ!!」
ローズは獣じみた感覚でそれを感知すると、なんとか跳躍してギリギリ避け、銃の射程から逃れられるように左に向かって走り出した。
だがなかなか振り切れない。
現状何とか刹那の差でローズの身体を銃弾が捕らえることはないが、それでもローズはいつ身体を撃ち抜かれてもおかしくない程の危機に陥っていた。
『なかなかやるではないか無登録者ッ!! だがいつまでも持つと思うなよっ!!』
ブオンッ、キュルキュルキュルキュルッ!!!!!
(なっ……バイクッ!?)
そんな口上と雨に濡れた壁の上を擦るように音を鳴らしてやって来たのは先の指揮官の女性だった。
既に銃弾は指揮官の女性がローズを追って前に出たことで発射できなくなったのか止まっていた。
が、しかし、ローズにとって脅威な敵が新たに出現したのだ。
これにはローズも驚いた。まさか指揮官自ら出張ってくるとは、実に予想外。
さらに言えばローズとバイクの距離は既に手の届く距離にまで縮まっていた。
流石に身体能力が高いとはいえ、ローズの走る速さは機械には劣る。
そして気づいたときにはローズは棍棒に変形した女性指揮官の義手で殴られていた。
「ガハッ!?」
ローズは咄嗟に急所は避けていたが、身体に直撃し勢いよく壁の上に叩きつけられた。
そしてローズのもとに女性指揮官は回り込んでくると、バイクを降りてローズを蹴り飛ばした。
ローズはなす術もなく転がり、女性指揮官に踏まれた。
「フンッ、この壁を登りきったのは貴様が初めてだ。そこは褒めてやる。だが、残念だったな……この街では無登録者が近づいていた場合この街の警備隊に伝わるような仕組みになっていて、直ぐ様駆け付けられるようになっている。貴様がこの街に目掛けて凄い勢いで接近していたのは衛星通信で見ていたからな、悠々自適に待ち伏せする事ができたよ」
グリグリとローズを踏みつけながら女性指揮官は語る。
ローズは既に意識が朦朧としていて、女性指揮官に強く踏みつけられるたびに苦悶の声を上げていた。
「さてさて……貴様は何者だ? あぁ礼儀としてはこちらから名乗らなくてはな。私はシトリア警備隊隊長エレノア=ミラーだ」
エレノアはローズの頭を掴むと被っていたフードを取り払い、その素顔を晒した。
ほう……とエレノアは感嘆の声を漏らした。
ローズの素顔は血が頭から流れ出て少し汚れていたが、金髪赤眼にしてまるで絵画の中の天使の様に美しかったのだ。
一瞬見惚れてしまいそうになるが、エレノアはすぐに犯罪者照合装置にローズの顔を照らし合わせる。
だがしかし、予想と違って犯罪者リストには載ってなかった。
「動きが手慣れていたから既に罪を犯していた者だと思ったのだが……違うのか?」
エレノアは訝しみながらもズルズルとローズを引きずっていく。
一応エレノアも『赤ずきん』の話は知っていたが、一人で研究所を跡形もなく破壊できる訳はないと考えていた為、ローズを『赤ずきん』と結びつける事はできなかった。
であるのでエレノアは取り敢えずローズの事を要注意すべき身体能力の高い犯罪者と位置づける事にした。
「まぁいい。こいつから追々聞けばいいだろう……お前等!! 撤収するぞ!!」
エレノアが声をかけると展開していた部隊は一部を残して撤退した。
エレノアはというと荷台にローズをぐるぐる巻にしてバイクで壁の中にある坂道を下っていく。
そして数分立つと先程までの捕物劇が嘘のようにシンとした世界が広がったのだった。
いや、ただ一つ雨音だけは止まないままで。
★☆★☆★
「あちゃー、捕まっちまいましたねぇー」
時を同じくしてシトリアのとあるホテルの暗い一室。
街の壁の方を向けて望遠鏡を覗く女の子がいた。
彼女は桃髪ツインテール、非常に可愛らしく、美少女と形容できる。
そんな彼女は残念そうに呟くと望遠鏡を放り投げてベッドへと身を投げた。
「あぁー、フカフカだぁー」
彼女は溶けるように脱力し微睡み始めた。
だが顔をパンッと叩くと、側にあったノートパソコンを開いた。
「いけないいけない……布団の魔力に負けそうでしたぁー。そんな事をして仕事を放り出すのは情報屋『渡り鴉』の名折れってもんですよぉー」
そう言っては彼女は何やら情報を素早く打ち込み、メールの【送信】のボタンを二回押した。
「さてさて『赤ずきん』と言えば『オオカミさん』ですよねぇー。うちのお得意様の『オオカミさん』はどう動きますかねぇー」
彼女はやることが終わったのかノートパソコンから離れ、ジュースの蓋を開けグビッと中身を飲み込む。
「まぁ……私はあくまで情報屋なので『オオカミさん』だけ贔屓にするわけないのですよぉー」
そして少女は暗がりで怪しく笑う。
「どうなるか、非常に楽しみですぅー」
そんな少女のノートパソコンに表示されるメール宛先は『オオカミさん』と『連邦政府』となっていたのだった。
辛口希望




