仮称1話 戦士達
・・・昔、ヒーローがいた
何十人、何百人と一気に助けちゃう、すごいヒーロー
僕自身にも、本当にたくさんのことを教えてくれた
僕の、憧れだった
そのヒーローが、時々泣きながら帰って来るんだ
ある日気になってどうしてか尋ねたら、ヒーローは答えた
「3人助けられなかった。」って
いつも何十人何百人と助けてくるのに、たった三人ぽっちいいじゃないか
あの時僕は、心の隅でそう思った
どうしてヒーローが泣いていたのか、あの時の僕にはわからなかった
「悪い奴らをやっつけろ。」
ヒーローは、泣きながら僕にそう言った
そのヒーローがいなくなって、ちょっと後になってしまったけれど
あの時の言葉、涙の意味、ヒーローの気持ち
“奴ら”と正面から向き合ってみて、わかった気がした
守るためだけにしか無い盾は、擦り減っていくだけだ
僕がやるべきことは・・・できることは・・・
ギェアアアアアアアアアアアアアア!!
暗雲と硝煙で、灰と黒に染まった空の下。
炎上する市街地。
崩れ落ちる建造物。
ひび割れる交通道路。
降り注ぐ瓦礫。
その大災害の中心にいる・・・巨大にして、強大な怪物。
全長にして30メートルを超える巨大怪獣。
それが、街に火を放ち、建物をなぎ倒し、人々を踏みつぶして暴れまわっていた。
阿鼻叫喚の地獄絵図。
日常を破壊された人々は、文字通り世界が終わるかのような、そんな恐怖を抱えた表情と叫びで、逃げ惑っていた。
そんなこの世の地獄の中で、8歳か9歳程の少女が一人、逃げることも隠れることも忘れて、前のめりに手をついて座り込んでいた。
少女の目の前にあるのは、“一つの瓦礫の山”。
その瓦礫の山からは、一本の腕が、少女に向けて伸ばされていた。
その腕と、その周囲に広がる血だまりを、少女は瞳から光を無くして表情を固めたまま、涙だけを流して静かに見つめていた。
ただ、ほとんど聞こえない小さな声で、呟き続けていた。
「・・・・パパ・・・ママ・・・・・」
たまたま少女を見つけていない怪物が、その少女を見つけるまで、或いは見つからないままに踏みつぶすまで、時間の問題だった。
「・・・何やってるの?」
「・・・?」
後ろから声をかけられた少女は、表情を固めたまま振りむいた。
すると後ろにいたのは、“少年”だった。
同い年位の、幼い少年。
彼は“落ち着いた足取りと口調で”、こちらに歩いて近寄ってきた。
「早く逃げようよ?あの怪獣、こっち来ちゃうよ?」
「・・・」
近くで暴れている怪物を指さしながら少年はそう言ったが、少女は表情を変えずに瓦礫に向き直ってしまった。
小さく少女は彼に答えた。
「・・・ダメだよ・・・」
「え?・・・どうして?」
彼は座り込む少女のすぐ隣に立った。
少女は、感情の起伏が無くなった様な口調で語った。
「パパとママが・・・この下に・・・」
「・・・」
彼は黙って、少女の話を聞いた。
「・・・遊園地行きたいって・・・パパに言ったの・・・そしたら、連れて行ってくれるって約束してくれて・・・」
「うん・・・それで?」
少女の声は掠れていた。
「・・・パパ、約束破って・・・約束した日に連れてってくれなかった・・・『おしごとだったんだ』って・・・っ・・・」
「・・・」
・・・少しずつ。
少しずつ少女の声に感情が乗り始めた。
言葉が嗚咽に遮られ、ぶつ切りになっていく。
「パパにうそつきって言ったらっ・・・ママに怒られた・・・っ・・・でもパパっ・・・!『ごめんね』ってッ!・・・!!・・・」
段々と少女の呼吸が荒れる。
引っ切り無しに混ざる嗚咽、息継ぎ、鼻を啜る音。
分かりやすく悲痛さが、少女の表情にようやく見え出す。
「パパッ!・・・ヒッㇰ・・・今日お休みッ・・・してくれて!っ・・・ふぅっ・・・!・・・っ“『みんなで一緒に』ッ!!『行こう』ってえッ”!!」
「・・・」
少女は表情が完全に崩れ、顔を両手で覆った。
少年は黙ったまま、少女の隣に屈みこんだ。
「なんでえぇぇ・・・なんでよパパぁぁああああッ!!ママぁぁああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「・・・」
とうとう滅茶苦茶に大きな声をあげて、少女は泣き出した。
少女が逃げられなかった理由は、つまりそういうことだった。
一番家族の温かさを感じたその日に、降って湧いた怪物によってその家族が、こんなにも理不尽に奪われたから。
かと言って、一緒に死にたいとまで考えていた訳では無いだろう。
ただ少女は、〝もっと家族と一緒にいたがった〟。
破壊された自分たちの平穏を、ただひたすらに惜しんでいた。
失ったと認めたくない、それだけだった。
もはや罰が当たったのだとさえ、少女には思えてしまった。
「私がワガママ言ったからぁああ!!ッあぁぁあああああああああああああ・・・―――」
「・・・辛かったね。」
「・・・っ!!」
泣き出す少女を、彼は優しく抱き寄せた。
幼い自分と同い年位な筈の彼の抱擁に、少女は何故か、大きなものに包み込まれるような温かさを感じた。
「君は、君を大好きでいてくれた人も、大事にしてくれた人も、その人たちと一緒に過ごせたかもしれない明日も、みんな盗られた。・・・奪われてしまった。」
「・・・っ・・・」
「今まで君を育ててくれたお父さんお母さん、これからも君を育ててくれる筈だったお父さんお母さんは、もういない。・・・辛いね。苦しいね。悲しいね・・・」
「!!っ・・・ああぁぁああああああぁぁぁ・・・」
目いっぱいの温かさ、包み込むような優しさを持った声で彼は言った。
優しいながらも、自分が置かれた現実というものを改めて読み上げられた少女は、彼の腕の中で再び泣き出した。
そんな少女の背中を、トントンッと、二回ほど優しく叩いた彼は、明るい声でこう言った。
「・・・でも、君がそんなに辛くて悲しいのは、“今日までだ”。」
「・・・え?」
優しい笑顔で彼は言う。
「ここからでも君自身が、ちゃんと前を向いて歩きだせば、きっとすぐにでも、誰かが君を好きになってくれる。大事にしてくれる人とも、大切にしてくれる人とも、君はきっとすぐに出会える。大丈夫だよ、大丈夫。」
「・・・ホント?」
「うん!」
この状況でも元気さえ湧いてくるような、肯定の一言。
少女は目の前の彼が、同い年位であるということを完全に忘れた。
少年はその温かさで、少女に〝今の状況さえ一瞬忘れさせてしまうほど”、“安心をさせてしまった〟。
すっかり少女は彼に身を任せ、ゆっくりと泣き出した。
「うっ・・・うぅ・・・っ・・・」
「そう。だからこうやって、目いっぱい、今は、気が済むまでずっと泣いていればいい。明日からでも、今日の辛かったことを全部忘れて、前を向いて歩きだせるように。“ずぅっとここで泣いてていいよ”。“どんな奴にも、その邪魔なんてさせないから”。」
「・・・っ!?あぁっ!!」
〝『どんな奴にも邪魔はさせない』〟。
その言葉を言う少年の声に、何故か力が入った様な気がして感じた違和感から、少女はようやく“それ”を思い出して跳び退いた。
すぐ近くで、巨大な怪物はまだ暴れていた。
ギェアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!
「ひぅっ!?」
「・・・」
先ほど少女が放った大きな泣き声が、怪物の耳にも入ったのだろう。
既にこちらを察知し、ゆっくりと歩いて来ていた。
ドシン・・・ドシン・・・ドシン・・・
巨大で静かな地響きが、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
少女は怯えていた。
「あっ・・・あぁ!!」
「大丈夫。言っただろう?〝あんな奴〟に、君が前を向く邪魔はさせない。」
彼はゆっくりと立ち上がりながら、優しく力強い声で、少女に言い聞かせた。
「手始めに、今この瞬間だけは、〝僕が君を大切にしてあげる〟。あんな奴に邪魔はさせないから、君は今ここで、お父さんお母さんの為にうんっっっと泣き続けて、明日にでも前を向いて欲しい。今日の涙は、今日ここで出し切るんだ。」
「え・・・えぇ・・・?」
目の前の少年が言っていることの意味が、恐怖からかあまり理解できない少女。
彼は少女に「逃げよう」とも言わなければ「隠れよう」とも言わず、「逃げて」とさえも言わなかった
先ほどからの彼の言動はただ優しいだけでなく、年齢相応のそれとはかけ離れている。
この歳の少年にはあるはずの無い、力、貫禄の様なものが、彼にはあった。
この場にいる彼の存在、その歪さや不自然さを、少女は肌で感じ取っていた。
しかし、そんな戸惑う少女の心情などお構いなしに、彼は〝怒りで震える程強く握りしめていた右手の拳を開く〟と、何かを掴もうとするかの様に、前に翳した。
「君のこれから生きる道を、今は僕があけてあげる。」
「・・・?」
今度は不自然な頼もしさまで感じるこの少年が、流石に何者なのか少女は知りたくなった。
「あ・・・あなた―――」
「『我は《死神》!!』」
「!?」
突然叫ぶ少年。
驚いて少女は再び跳び退いた。
何がどうしたのかと、少女は少年に問いかけようとするが・・・
「・・・っ!?」
・・・見ると、少年の手には、〝銀色の光〟が集まってきていた。
叫び続けられる、少年の〝詠唱〟。
「『斯の身体は 虚の如く出では消え
故に見ること 触れること叶わず
万人の傍に在り続け 銀の戦士は悪を摘む
さりとて我は正義に在らず 終止の鎌にて雑悪を刈る』!!」
「・・・!」
彼の詠唱が終わったと感じた頃には、一枚のカードが、彼の翳した手に精製されていた。
銀の光が集まってできた、“黒いカード”。
それを握った右手を斜めに突き出し、少年は、“誰もがどこかで見たことがあるような、変身ヒーローのポーズをとった”。
目の前の邪悪な化け物をまっすぐと睨みつけ、小さな戦士は静かに、力強くこう唱えた。
「・・〝変身〟。」
これは、ヒーローになろうとした少年の物語。
愛と正義が勝利して、悪が滅びる物語。
~・~・~・~・~・
『アルマゲドン現象』。
正歴1999年7月13日、それは起こった。
神話上、宗教上にしか存在しない筈の、巨大な怪物が上空より突如飛来した。
最初のそれは、三本の頭と二枚の翼をもち、尾にも牙のある口の付いた、4足歩行の化物だった。
高層ビルに相当する巨大なその怪物は、その歩行で大地を激震させ、行く道々の建造物を、生物を、人を踏み倒し、甚大な被害を出した。
人類に対して最初から強い敵意を持っており、周囲で認知した人間は、容赦なく踏みつぶしていった。
まるでそれが行動目的と思えるほど、大量に、そして執拗に人間を虐殺した。
巨体であるにも関わらず物理法則は無視され、その身体にできる最大限の動きができ、歩行や走行、翼があったため、飛翔も可能だった。
殆どの通常兵器が、特殊なバリア状の何かで無力化された。
最終的にその怪獣は翌日の7月14日、ある一つの都市を犠牲に核の炎で焼き払うことで、ようやく撃退に成功した。
数千人規模の犠牲者を出したこの〝現象〟、それは始まりに過ぎなかった。
その日を境に、夕方、早朝、深夜に、上空、地上、地下、海底から、ありとあらゆる場所、時間、手段を選ばず突如として、数々の神話生物が姿を現すようになった。
一階建ての家より少し大きめの個体から、現状での最大の大きさで山を越えるものまで存在し、通常兵器を無効化し、物理法則を無視して動き、人類に対して明確な殺意を向ける。
世界各地、あらゆる状況下で突然現れては、人類を虐殺し、人工物を破壊していく。
しかも一番恐ろしいことに、一度撃退した怪物も、“何度でも現れる”のだ。
つまりそれは、全て倒し切って現象を終わらせることが現状不可能なことを意味していた。
出現時に起こる発光現象、神聖さがそのまま獣の形を成したような特徴から、この怪物たちは『神獣』と呼ばれた。
そして、信仰の世界と現実の世界、その境界があやふやになっているかの様なこの現象を、世界が終わる予兆と考えた人々は、『アルマゲドン現象』と名付けた。
事実、本当に世界はこの現象で終わりかけた。
この神獣たちの出現頻度は確かに場所含め全くの不確定であったが、それでも一週間、少なくとも二週間程に一匹は、かならず世界のどこかに出現するといった頻度だった。
核攻撃しか効果が確認されていない敵性存在のこの出現頻度は、人類にとってあまりに多過ぎた。
人類だけの力では、週に1度はどこかに核を落とさなければならないことになる。
土地一つ犠牲にしてのその場しのぎをそんな頻度で行っていけば、人類はすぐに地上をつぶしてしまう。
人の住めない星の完成だ。
かと言って人類に対して本能的に殺意しか持ち合わせていないあの災厄の塊を放置することもできない。
当初、神獣の進行が先か、核による汚染が先かで、人が地上で生息できる時代が終わると、誰もがそう感じていた。
しかし、正歴2018年現在、未だ多くの国が健在、不毛の土地が増えることも無く、当初予想されていたほどの惨劇は十分すぎるほど回避されていた。
その理由として、外せないのがこの単語である。
『魔法戦士』。
魔法の様な力で変身し、魔法の様な力で武器を作り出し、魔法の様な力で戦う“人間の戦士”。
厳密な話をすると、世界各地で占いによく使われる『タロットカード』。
その中でもよく知られる『大アルカナ』にあたるものは、信仰宗教上に存在する、「普通は存在しないもの」ではなく、「選んだ人物が何者であるかとその後たどる運命」を指し示すもの。
タロットに記された力をその身に宿す人間が、各地に現れ始めた。
神獣の出現の如く完全にランダムな人物の選定、神獣の動作の如く法則を無視した様々な能力、神獣最大の脅威の如く殆どの通常兵器を無効化するバリア・・・
何より・・・神獣に通用しうる武器と、不可思議な力。
現象が確認され始めた時期と殆ど同時期から存在を確認され始めた彼らが、自国に発見されてから神獣への対抗戦力として投入されるまで、さして時間はかからなかった。
結果は圧勝。
魔法戦士たちのその力は、人間の知性と合わさり神獣たちを見事圧倒し、屠り倒していった。
ある日突然降って来た絶望によって陥った滅亡の危機は、こうして突然沸いて出た希望によって存外容易く回避された。
魔法戦士を自国の戦力として手に入れた各国は早急に彼らの力を有効に扱い、管理するための組織を設立。
タロットカードの力と人類最後の救済の切り札ということで、国家の下で動く魔法戦士の名を『JOKER』、またはその組織そのものを『JOKERS』とし、各国家は自国の魔法戦士たちを、特別国家公務員として招き入れた。
そうして19年の時を経た現在、JOKERSは国交、貿易の材料とされていた。
神獣に出現され、魔法戦士を自国に持たない国は、他国から魔法戦士を代金を支払い借り受ける。
さらに神獣の案件だけでなく、国家間での抗争、戦争、紛争にまで、JOKERは投入されることも多々あった。
国家間での諍いが原因で、JOKER同士が殺し合うなどということも珍しいことではなかった。
世界を救済しうる人類の切り札たちの意味合いを持ったJOKERSの名は、各国の手持ち切り札の意味合いに変わった。
~・~・~・~・~・
大和 関東京都 平輝区(やまと かんとうきょうと ひらきく)
一軒家
午前6時
「・・・・んっ。」
~・~・~・~・~・
八つに分かれた長い首を擡げるドラゴン。
肉迫する凶大な目、牙。
―――くっ首が!?増えt―――
―――運命!!逃げr―――
肉の裂け千切れる音。
悲鳴も無く途切れる声。
飛び散る鮮血を目前に、膝をつく。
ドラゴンの牙が迫る。
全滅。
~・~・~・~・~・
「うぅ・・・うぅう・・・」
ベッドの上、大汗をかきながら、枕を握りしめる少女。
少し癖立った紫の長髪が枕に散乱する。
うなされている様だ。
「・・・くん・・・うく・・・・ユウくんっ!!」
勢いよくベッドから跳ね起き、目を覚ました。
「あれ?・・・私の部屋。」
彼女は寝ぼけながらも状況をなんとか整理するように、自分の頭を手で掴み、抑えた。
「夢・・・“予知”?」
自分が今まで見ていたものが“いつも見る”“予知夢”だったと理解する少女。
そうとわかると、一気にため息をつく。
「あぁ~・・・今までの全部?・・・もっサイアク。全然寝た気がしない。」
うんざりした表情で部屋の時計を確認し、“待ち合わせ”に間に合うための支度を始めなければならない時間だという事を確認した。
「6時。・・・寝よ。」
ドンドンドンドンドン!!
「ぉぉぉおおおい!!ぉきろおらぁぁあああああ!!」
「・・・」
部屋の戸が叩かれる音と、外側から響く“青年の”怒鳴り声。
苛立ちが籠って荒れたその口調で、少女に起きるように言う。
(・・・無理。眠い。)
「もういい入るぞ。」
ガチャッ
少女が聞こえないフリをして二度寝に入ろうとしたことを察知し、女子の部屋にづかづかと問答無用で入って来る青年。
(あーもーかったるいなぁ~。)
「・・・オイ。」
「・・・」
布団の外からイラついたような声がしてきた気がしたが、彼女は聞こえないフリをする。
「剥ぐぞ。」
「~っ。」
布団の外、彼女が眠るベッドの横に立っていた彼は、駄々をこねる様に布団を掴む手を強くする彼女を見て、面倒くさそうに舌打ちをした後、容赦なく掛け布団を剥ぎ取った。
崩れた寝間着姿の彼女は体勢を変えずに、片手だけをヒラヒラさせ、寝ぼけた声色で唸る。
「寒い。もー1時間。」
「ぁぁあああめんどくせえ!!」
彼は少し長めの紫紺色の髪をがしがしと掻き毟ると、寝ぼけた彼女の胸倉を掴み、引き寄せる。
鋭く切れた目を、彼女の整った顔に肉薄させる。
「ん~まだ眠い~!」
「てめぇおい運命!!待ち合わせがあるから早起きしたいっつったのはてめえだろうが!!俺はお前の面倒見役じゃねえんだぞ!!」
「ん~?」
彼はかなり不機嫌そうに威圧的な態度をとっている筈なのだが、彼女こと、『運命』は、これといって気にする様子もない。
挙句の果て、寝ぼけたテンションのまま両手で彼の顔を弄り始める始末だ。
「あ~。ユウくんの顔だ~。こんなに近~い。へへへ~♪」
「ああぁぁああ!!やめろ気色悪りぃ!!らしくもなくねっとりすんじゃねぇ!!」
イラつきながら彼は、自分の顔に絡みつく運命の腕を外す。
「ひどぉい~今日だって“世の為人の為に夢見た”のにぃ~!ユウ君の悪魔ぁ~!」
「その悪魔に起こすよう頼んだのはお前だ。おら、早く支度しろ!」
~・~・~・~・~・
神代 運命
年齢:16歳
職業:高校生、“魔法戦士JOKER タロットNo.10《運命の輪》”
所属:神奈木高校1年B組、“大和国JOKERS”
天無 幽鬼
年齢:18歳
職業:高校生、“魔法戦士JOKERタロットNo.15《悪魔》”
所属:神奈木高校3年A組、“大和国JOKERS”
大和国のJOKERSに所属する『タロットNo.10 運命の輪』のJOKER、神代 運命と、『タロットNo.15 悪魔』のJOKER、天無 幽鬼は、同国のJOKER同士ということで、日ごろからバディを組んで行動している。
“JOKER同士の共闘による戦闘は高いチームワークを必要とする”ということで、日ごろの息合わせのためにわざわざ専用の一軒家まで用意され、私生活からなるべく共有するようにと、管理部から下された命令だった。
~・~・~・~・~・
運命が魔法戦士の力を発現させて以来二人はこの生活を続け、1年が経過した。
が・・・
「ったく毎度毎度月間での神獣が沸く並みの頻度で溢してる愚痴な気がするが、炊事洗濯その他諸々当番5日間分、毎日の目覚まし時計、なんで全部俺が請け負ってんだよ!?炊事洗濯の部分なんか普通逆だろ逆!!」
「あっれぇ?ユウ君今時男尊女卑?古~い。」
ドンッ!ドンッ!と強めの音を立てながらテーブルに朝食の皿を置いていく幽鬼。
苛立っている幽鬼の神経をさらに逆なでしていく運命のグダグダした言動。
寝ぼけ眼で椅子に座り、ボーッと自分の朝食が置かれるであろう場所をただ眺めているだけだった。
「てめえが男女平等をほざくなら尚更この割り振りはねえだろ!?平日全部だぞ!?むしろ女尊男卑もいいとこだろ!!やってることが完全に主婦のそれじゃねえか!!」
「だからぁ今時女尊男卑こそが主流だって言ってるんだよぉ~?平等だなんて私一言も言ってないしぃ~。」
「てめぇ・・・」
ああ言えばこう言う運命の態度に眉間にしわが寄る幽鬼。
対してからかい口調で喋り続ける運命の表情は更に腹が立ってくる程にほっこり笑顔だった。
この様に、生活に問題はやはりある様だった。
それでも、始めたての頃は若い男女同じ屋根の下で共同生活ということもあって、それこそ問題は山のようにあった。
その時期に比べたら、随分と打ち解けた方なのである。
やりとりに苛立ちと共に不毛さまで感じた幽鬼は、いい加減黙って自分も椅子に座り、食事をとることにした。
そんな拗ねた様子の幽鬼を見て、ふと本音をこぼす運命。
「だってぇ、しょうがないじゃない?“予知夢を途中で切るわけにはいかない”し、だとしたら、寝坊できる土日くらいにしか家事当番なんて引き受けられないからさぁ~。」
「・・・チッ。」
笑って言う運命の表情には苦いものが混ざっていた。
何かを堪えているかのような、辛さの混じった笑顔だった。
舌打ちをする幽鬼。
面倒くさそうに苛ついたように表情を作っている。
彼なりに不器用に運命を心配していた。
「そんなことはわかってんだよ。・・・ただの愚痴だ。聞き流しときゃいいんだよ。」
「そんなつもりで漏らした程度の割りには随分とおっきな声で訴えてたねぇ~♪」
「う る せ ぇ ぞ ?」
気を使わせた事を気にしてか機嫌を無理やりにでも吊り上げようと調子に乗って見せる運命と、こっちが下手に出れば調子に乗りやがってとこめかみにしわを寄せて引きつった笑みを浮かべる幽鬼。
空回りした会話の中でそれとなく二人は食事を始めた。
「ユウ君の目玉焼きおいしいなぁ。フライパンて得意?」
「面倒くせぇ手作業がないからな。適当に材料あけて強火か中火でぶっ飛ばして終わりだろ?平日の自炊なんざこんなもんで十分だ。」
「なるほどねぇ。」
トーストを齧りながら納得した運命は、テレビのリモコンに手をかける。
「あ、今日の天気予報ってもう見た?」
「いや、まだだな。つけろよ。」
「うん。」
ニュース番組でやっているであろう天気予報目当てに、運命はそのままテレビをつけた。
硝煙を上げる破壊された建物の映像とともに、ニュースキャスターの声が流れ出す。
『――― 一昨日より、ユーズ合衆国、オーライズ市街で発生していた、ナーガ出現事件は、昨日未明、ユーズのJOKERSによって無事、鎮静化された模様です。』
「あーこれ前に“予知して情報出した”やつだね。ビルの内側からめりこんで現れて大変そうだったなぁ。ユーズさん相手だったし場所も場所だったから、結構お金にはなったんでしょ?」
「知るか。デカいだけの、“殴れる奴”ならどいつでも対処できるようなランクC程度の雑魚蛇のことなんざ興味ねえな。上の奴らが儲かったとかなんざ尚更どうでもいい。」
「あ~またそんなこと言ってる~。愛国心が無いJOKERさんがここにいますよ~って管理部長の十神さんに言っちゃうよ~?」
「うるせえ。勝手にしろ。」
いかにも無関心そうな表情で流される運命の反応。
そんな中、ニュースキャスターは画面越しにこれを見ている者たちに“その事実”告げる。
『我が国が所有するJOKER、“運命の輪”の予知情報により、ユーズでは住民の避難を既に完了させていたため、この事件による死者は市街での事件にも関わらず、“0”でした。―――』
~・~・~・~・~・
能力:予知
起こる未来をその目でヴィジョンとして見る。見知った未来は見た自分の行動で変更が可能。使用時、瞳が紫色に発光。運命の輪のJOKERの固有能力。
自分で見ようと思った未来のみを見ることができる。見える未来の先は一週間まで。それ以上先は力もまだ弱いため見ることはできない。任意発動とはまた別に、神獣出現の案件は、眠っている間に予知夢として強制発動する。
~・~・~・~・~・
「天気予報、これ終わったらやるみたいだね。」
「・・・」
つぶやく運命を無視して幽鬼はブラックコーヒーを大きなコップ一杯に注いで味わう間もなく一気飲みしている。
それを見て、見ているだけでも苦い顔をする運命。
「うえっ、それブラックだよね?しかも安物のインスタント・・・よくやるねぇ。」
「目覚ましだ。味なんざどうでもいい。」
「あぁ・・・そう。」
頬を引きつらせながら運命はそれとなく視線をテレビに戻す。
『―――次のニュースです。先日佐藤 Aちゃん7歳を誘拐したとされる、無職、島田 B人容疑者、31歳が、昨夜未明、死体で発見されました。遺体は・・・―――』
「神獣がうるせぇこのご時世に、イカれた誘拐犯がさらに殺られるのか。こりゃ世も末だな。」
「・・・誘拐・・・ね。」
「・・・?」
誘拐という単語に何故か、あまり芳しくない反応を見せた運命。
声のトーンが極端に下がって真剣なものになり、幽鬼が見直したその目は、ひどく遠い目をしていた。
「なんだその思わせぶりな面は?どうした?」
「別に。」
この態度を運命がとるのは幽鬼も初めて見たため、戸惑ってしまう。
しかし、本人が話したがらないようなことを、深追いするべきでは無いと考えた幽鬼は、詮索を止めた。
~・~・~・~・~・
「・・・で?何見たんだよ?」
「・・・」
制服にも着替え、ある程度もう支度が終わった運命に幽鬼は聞いた。
運命は憂鬱な顔をする。
「何が出た?俺たちは・・・どうなった?」
「・・・どうって?」
「わかってんだよ。ロクでもねえモン見たんだろうが?見てて胸糞悪くなるような蒼白な寝起き面見せやがって・・・」
「・・・」
『予知』の自動作動による神獣関連の予知夢を今朝見たことは伝えてはいた。
そろそろ内容を聞かれることは運命もわかっていたが、恐ろしい悪夢だったところまで見抜かれていたとは気づかなかった様だ。
俯いてしまう運命。
神獣関連の自動作動による予知夢で見る予知は、その予知夢を見なかったことで起こる未来となる。
この予知夢は、自分が実際に戦う場合のビジョンであれ、或いはそうでなくとも、その事件の結末まで、“どんなものであろうと見えてしまう”。
普通に勝利する未来であっても、“このままでは力不足で敗北する未来であっても”、関係なくそれは“詳細に”見えてしまう。
JOKERにとって、神獣との戦いでの敗北は、殆どそのまま死に直結する。
その敗北を予知夢で見る運命は、自分が化け物に牙で食いつぶされ、その爪で引き裂かれ、仲間がいれば仲間を失うところまで、全て鮮明に見えてしまうのだ。
増してJOKERとしてまだまだ未熟で、予知無しに神獣に対して勝利することが難しい運命は、見る予知夢のほとんどが、敗北のビジョンだった。
自分が戦う夢を見るたび、その中で殺される自分。
勝利の為に必要な情報と割り切るには、運命にはあまりにも恐ろしく辛いものだった。
手も足も出ずに、全てを失って殺される、突然襲い来る夜。
少女はこの恐怖を、明るく振舞うことで自分自身をごまかしている節があった。
基本の生活スタンスが自由奔放な分、自分自身の苦しみや責任を、彼女は一人で抱え込もうとしてしまう。
1年間同じ屋根の下で暮らしたことで、幽鬼は運命の仕草や癖で大体の心境が把握できてしまうようになっていた。
「おら、上の奴らも住民の避難やら対策立てるんだろうから、報告しなけりゃならねえんだよ。その未来を変えて勝つために、弱点も調べなきゃならねえんだから、さっさと吐いちまえ。」
「・・・っ・・・」
幽鬼が運命の精神状態を読み取れるように、それは逆もまたあった。
不愛想にこうして仕事や使命を理由にごまかしてはいるが、本音は一番最後の「さっさと吐いちまえ」というのがそうであるということが、運命の方もわかっていた。
(あぁ・・・敵わないなぁ・・・ユウ君には・・・・)
それをわかっている上で運命は、降参した、と、一瞬苦笑いを見せたかと思うと、辛そうに表情を崩して頭から幽鬼の胸に寄り掛かった。
今まで我慢していたものをまさに吐き出すように、悲痛そうな声を漏らす。
「どうしようユウ君・・・みんな・・・みんな死んじゃうよぉっ。」
「・・・」
「何度も何度も噛みつかれた・・・あんなっ・・・あんな大きな歯に・・・お腹の方を・・・何度も何度もっ・・・!」
「・・・」
制服を掴み、震えた声でそう言ってくる運命の頭に、黙って幽鬼は片手を乗せ、優しく撫でた。
残った片手で幽鬼は、拳を握りしめる。
目つきは、戦意と決意で鋭く研ぎ澄まされていた。
「〝噛まれた場所から・・・毒で身体が腐っていく〟のっ・・・どんどん真っ黒く肉が死んでいって・・・身体の感覚なんて・・・あっという間に無くなってっ!」
「・・・」
「助け出そうとしてくれたユウ君が・・・半分・・・食べられてっ・・・」
「っ。」
被害の話が幽鬼へ移った辺りで、運命が涙を流し始めたことに少し驚く幽鬼だったが、すぐさま状況を察して調子をもとに戻す。
「私・・・動けなくて・・・何もできなくて・・・私っ・・・うぅっ・・・!」
「・・・そうならねえ為に、こうやって対策立てんだろうが。おら、そろそろ離れろ。」
離れろと言いつつ、幽鬼は頭の上を撫でていた片手を後頭部へと回した。
後頭部をトン・・・トン・・・とゆっくりと優しく叩く指の感触が、「早く元気出せ」と伝えてきた。
感じ取った運命は、一気に涙を絞り出すように息を殺した。
数分そうした後、落ち着いた運命は幽鬼から離れ、涙を手で拭きながら呼吸を整え始めた。
すると、幽鬼が舌打ちをしながらポケットからハンカチを取り出し、運命の顔に押し付けて涙を拭き取った。
ある程度スッキリしたところで、深呼吸を挟んだ後、運命は言った。
「拭き方乱暴じゃない?」
「うるせえ。さっさと調べるぞ。“待ち合わせ”あるんだろ?」
リビングにあるデスクトップパソコンを起動しながら幽鬼は言う。
アルマゲドン現象関連の情報のやりとりをするため、国から支給されたPCである。
幽鬼がそれを立ち上げてる間に運命が思い出したと返す。
「あぁ、そうだった!まぁ真矢だったら大丈夫でしょ、多少遅れても。」
「あぁ?」
今名前の挙がった人物に対するこの運命のぞんざいっぷりに違和感を覚える幽鬼。
「なんだそりゃ?その名前・・・野郎だよな?」
「何ヤキモチ?」
「・・・よくこんなお前に引っかかるもの好きがいるなと思っただけだ。」
「あ!酷くなーい?」
こんな自由奔放に振舞う性格をしている運命に、好意を向けた以外の異性が近寄ってくるとは、実際幽鬼には思えなかった。
こう見えてこの運命は、学校では成績も優秀なのだ。
自由奔放で成績優秀、容姿も中々に美人、同年代の異性からの彼女に対する印象は、まさに高根の花そのものだろう。
そこに近づいてくるのだから、相応の好意を持った者と幽鬼は察した。
そして、若干この振り回され具合を気の毒にさえ思った。
「・・・扱いそんな適当でいいのか?彼氏とか、そんな感じじゃねえのかよ?えっと、なんだっけか名前?」
「彼氏?真矢が?」
キョトンとした表情で運命は首を傾げる。
しばらく何を言っているのかわからないといった表情をした後、何か察した素振りを見せ、説明した。
「あ~。いや、ちがうんだよ~。私と真矢は・・・どっちかっていうと、真矢の片思いってだけかな。」
「片思い?どういうことだよ?」
「う~ん。」
少し複雑な表情になる運命。
「まぁ、それに関してはまた長い話になっちゃうから、続きは学校でしよ。ちょっと・・・ワケありでね。真矢とは・・・」
「?」
「後で学校で話すよ。今時間ないでしょ?」
「・・・あぁ、そうだな。」
気のせいだろうか。
ワケありと語った運命の遠い目は、幽鬼には何故だか、“先ほどの誘拐犯のニュースを見ていた時のものと似ている”様に見えた。
そうこうしているうちにパソコンは既に起動を終え、検索を待っていた。
「よし、まずは神獣の判別からだ。“牙で噛みつかれたら肉が腐った”とか言ってたな。壊死っていうことか?」
「そう・・・だね。」
改めて聞き直されるとフラッシュバックがなかなか辛い運命。
「・・・少し我慢しろ。で、噛まれて壊死ってなると・・・毒か。」
「そうだね。・・・身体が動かなくなったし。」
検索ワードに『牙、毒』と文字を入力する幽鬼
「他に特徴は?確か・・・“噛まれて襲われてるお前を助けに入った俺が喰われた”って言ってたな?奴はお前を口で噛んでたんだろ?そいつは口が二つ以上あるのか?」
「口・・・ていうよりも首だね。二つなんてものじゃない・・・7本も8本も分かれてた。」
「・・・そうか。」
怯えを抑えようと声を平常に保とうとしている運命に表情を曇らせながら、幽鬼は検索ワードに『首 多数 分岐』と付け足した。
「で、具体的にそいつはなんなんだ?蛇か何かか?」
「そんなのじゃない。あれ・・・ドラゴンだったよ。・・・大きい手も爪も、鱗なんてガチガチで鎧みたいだった。」
「・・・わかった。」
最後に『ドラゴン』とワードを付け足し、検索を行った。
「・・・ランクA・・・『ヒュドラ』だな。」
「ヒュドラ?」
「こいつだ。」
映し出された画面の中に現れる、首の長い一匹のドラゴン。
Aランクと記載されているその神獣は、全長にしてまさにビルクラスだった。
~・~・~・~・~・
ヒュドラ
ランク:A
出典:グリシャ神話
備考:有名なグリシャから伝わる神話のドラゴン。その首には不死の力があり、切り落とされれば、分裂、増殖して生え変わり回復する。最大の武器はその牙であり、不死殺しの猛毒を持っている。剣での攻撃はこのドラゴンを強化してしまうだけと理解した神話上の英雄ヘラクレスは、頭一本一本の切り口を一度開いた後、その傷を再生する前に炎で焼くことで封じ、首の再生、増殖ができずに無防備になったところに大岩を落として潰し倒したという。
先ほどニュースの話題でも出たが、神獣にはランクが存在する。
弱い順に、E、D、C、B、A、Sと格がつく。
E:特殊すぎて弱いを通り越して無害
D:援護系、発現したばかりのJOKERでも単独で対処可能
C:戦闘系JOKERであれば単独での対処可能
B:戦闘系JOKERによる単独での戦闘は注意が必要、できるならば2人以上での共闘を推奨
A:並の戦闘系JOKERであれば単独での対処はほぼ不可能、3人以上での共闘を強く推奨
S:規格外、並のJOKERではどれだけ来ても対処不可能
~・~・~・~・~・
「ランクAって・・・こんな、どうやって・・・」
3人以上は必ず欲しいとされるランクAとの戦闘に、運命は怯えた。
JOKERになってまだ1年の運命では、まだまだ荷が重いのだ。
並のJOKERを1とするなら、まだ運命は戦闘面において1人前には満たない。
「ユウくんは一回、戦ったことあるんでしょ?ランクA、どんな感じだった?」
「あ?あん時は俺が新入りだったし、“『死神』と共闘”だったしな・・・」
「死神・・・“《消失した13番目》”ねぇ。」
~・~・~・~・~・
《消失した13番目》。
ロスト・サーティーンと呼ばれているが、これはある一人のJOKERを指す。
タロットNo.13 《死神》のJOKER。
詳しくは現状では省略するが、それは強力なJOKERだった。
大和で所有していたJOKERだったのだが、まさに、“畏怖と敬意の狭間で戦った英雄”という言葉そのものを体現したJOKERだった。
今の大和をこのようなJOKER大国たらしめたのは、このJOKERであると言っても過言ではない。
その死神のJOKERだが、1年前を境に、大和政府が突如として貸し出しを停止、この人物に関する一切の情報開示を停止してしまう。
どういう訳か行方をくらましてしまい、大和国内でも発見ができなくなってしまったからである。
大和の制御を外れ、行方知れずのJOKER、消えてしまったタロットの13、死神の固有能力の『消失』になぞらえて、各国はこれを《消失した13番目》と銘打った。
~・~・~・~・~・
当時の死神を思い返す幽鬼の声は、何やら苛立ちを抱えた様子だった。
あまり芳しい戦闘ではなかったのだろう。
「《消失した13番目》・・・ユウ君が入ったばっかりの時は“まだいた”んだよね?顔とか見たことないの?」
「いや、奴は殆ど“何かの任務で”出ちまってて俺との交流は無かった。その時の戦闘だって、共闘と記録されちゃいるが、実際目の前で起こったことといや、俺が一人で戦って苦戦してるところで、“いきなり神獣よりデカい鎌が神獣の後ろに現れ”て、そいつがそのままその神獣をバラバラにぶった切って行った。ただそれだけだ。・・・“大鎌”なんて武器は死神としちゃあ、一番良く知られたベタな武器だからな。一目であの巨体の裏側にいるのが、奴だとは分かった。・・・が、ありゃあ討伐なんてもんじゃねえ。解体作業みてえだったな。」
「え?ランクAを?」
「あぁ。こっちがそのツラ見る間もなくさっさと終わらせて、死神サマはそのままどっかに行っちまった。」
その話を聞いて固まる運命。
この話が本当であれば、元自国のJOKER、現在で言う所の《失われた13番目》は、ほぼ単独でランクAを葬ったことになる。
何もできなかったあの時のことを悔しがっている幽鬼の心情とは裏腹に、運命の方はこの死神の規格外っぷりにただただ驚いていた。
並のJOKER3人分以上の戦闘能力があるという話になってくる。
「ユウ君が時間稼ぎに使われて、本命の死神が全部やっちゃったってことなんだ・・・あのランクAを。」
「あぁ。だから、ランクAの件でお前に俺からやれる助言はねえ。・・・悪い。」
「気にしないで。それじゃ仕方ないよ。・・・ホントにすごいんだね、死神。」
次元の違いのようなものを感じて、ため息気味に運命は言った。
「参考にもなりゃしねえ“元”ウチの死神サマの戦闘データは今はいい。そんなもんよりも、最近のヒュドラのデータだ。ルーシャ連邦のマスクバ辺りに去年沸いてやがった筈だ。」
「?そうなんだ。」
ギリギリまだ運命がタロットの選定を発現させていなかった頃の話であるため、運命は把握していなかった。
動画情報を画面に見つける幽鬼。
「こいつだな。・・・ほぅ、ブリタランドに頼んであの『クルセイド姉妹』呼んだか。『魔術師』の複数属性魔法で戦うってスタイルだったら、結構参考になるんじゃねえか?」
「魔術師の戦闘?見る見る。」
去年の記録、『ブリタランド王国』が公開していたヒュドラ討伐の動画を開く。
読み込み中、運命が言う。
「それにしてもブリタランドとかって、自国のJOKERの情報をよくこんなに開けっ広げにできるよね。他国のJOKERに討伐のヒント出しちゃうようなことしたらさ・・・より安い他国のJOKERに仕事持ってかれちゃうんじゃない?ていうかそれ以前に、本人たちの弱点とかも研究されちゃうだろうし・・・」
「自国のJOKERがどれだけ強えかってのを見せつけて、宣伝と、ついでに敵対意思を少しでも持ってる他国をけん制してんだよ。そりゃ確かに対策が少しばかり面倒なだけの雑魚を処理する仕事は持ってかれやすくなるかもしれねえが、もっと強え敵が出た時、その強さを公開情報で出していた自国のJOKERには、真っ先に一番高え仕事が回ってくるって寸法だ。実際かなり強えからな、あの姉妹。」
会話の間に動画の読み込みが終了、映像が流れ出した。
―――――――――
ガァァアアアアアアアア!!
市街を暴れまわる巨大な、黒紫のドラゴン。
毒々しい黒紫の麟を被った、高さ10メートル程の胴体に不釣り合いに付いた、長さにして40メートルを超えるかといった様な首。
既にその長い首は5本に分かれており、小さな民家を薙ぎ払い、背の高い建造物は首を叩きつけてへし折っていった。
阿鼻叫喚に陥り、町の中を逃げていく市民たち。
ドラゴン型の神獣、ヒュドラは、そんな人間たちを片端から見つけては尾で薙ぎ払い、首で薙ぎ払った。
その薙ぎ払いの通り道に、生存者などいないことは一目瞭然だった。
肉の破片と血の海しかそこにはなかった。
自分の周囲にいる人類はたった一人だって生かしておかない、その神獣ヒュドラの確実な一足一踏百殺からは、そんな殺気がにじみ出ていた。
理不尽に向けられる本能的殺意から、パニックに陥りながら逃げ惑う街の人々。
画面はその光景を上空から映していた。
と思えば、次に画面は住民が退避する人混みの中からの視点に変わる。
その画面をよく見ると、必死に逃げる住民の中を、二人の少女が逆走していく。
クルセイド姉妹、シオン=クルセイドとスピカ=クルセイド。
彼女らは、ゆっくりと歩きながら“変身の詠唱を唱える”。
何も持ってない片方の手を、“カードを持つように形を作り”、正面にかざした。
かざした手の中、姉のシオンの下には水色の光の粒、妹のスピカの下には純白の光の粒が集まっていき、それぞれカードの形を成した。
詠唱が続くにつれカードはその光を強めていき、その光がこれ以上ないほどの光を放った時、『魔術師』の少女と『正義』の少女、二人は変身詠唱の最後を唱える。
「―――・・・いずれ世界へと至るため、あらゆる魔術は我が手に集え!!」
「―――・・・全ては我が正義のため、善意の剣にて巨悪を斬る!!」
最後のフレーズが唱えられると共に、カードの光が彼女たちの身体を包み込んだ。
光の中で着ていた服は消え、足先から順番に、魔法のような力で服が生成される。
そうしてそれから数秒、包んでいた光が消え、その中から、『神装』に変身した魔法戦士の二人が姿を現した。
シオンの方は、袖のない薄い水色のワイシャツの上に、シアンに金ラインが装飾された、これもまたノースリーブのブレザー、それと同じ配色の腰マントをつけ、その下に丈の短い水色のスカートといった、水色と金をイメージカラーにした機能性を重視した軽装という印象。
シオンの神装、『ソーサラーロード』である。
その方手には、シアンに金ラインの入った、先端の宝石が少し兵器的に装飾された短杖型の神聖器、『マジシャンズステッキ』を装備している。
対してスピカの方は、まずツインテールを作っていた装飾が軽い白と銀の鋼に変わり、服装は銀の鋼で肩から固定された純白のマントに、身体の曲がる関節などの部分を白、必要最低限守らなければならない部分を銀というカラーリングになっている、軽装の鎧を上半身に、そして下には白に銀ラインの入ったスカートを身に着けていた。
スピカの神装、『アストレアアーマー』である。
その右手には持ち手が銀、刃が純白の剣の神聖器『エクスカリバー』、左手に銀の外枠に純白が彩られ、中心に銀十字の装飾が施された、裏側の持ち手の奥に鞘が仕込まれた盾の神聖器、『シールドアイギス』を握っていた。
魔法のような力、『神力』によって、神獣にも対抗しうる強力な武器、『神聖器』を生み出し、神獣が生み出すバリア、『神性防御』を生み出す服、『神装』を編みあげる。
これが、魔法戦士の変身だった。
変身が終わったシオンは、同じく終わった様子のスピカの下へ近寄っていき、何やら打ち合わせをするように密着して話し始めた。
スピカはしっかり内容を頭に叩き込もうとするかのように、話すシオンの顔に耳をよく近づけ、その話を聞く。
シオンは明後日の方向に指を指して話をする。
その指が指す先には、かなり大きめの横幅になっている河川が存在した。
二言、三言ほどシオンが話したと思えば、瞬時にスピカは理解したと頷いて見せ、すぐさま神獣ヒュドラに向かって行った。
変身終了からここまで、わずか8秒強。
恐らく、最大限伝えることは省略したのだろう。
それでも、スピカにはしっかり伝わった様子だった。
住民の避難さえ完全ではないこの状況、被害を広げないためにもより迅速な対応が求められる訳なのだが、これはかなり見事なものだった。
これだけの短いコミュニケーションで、それなりの息合わせをとることがこの姉妹には可能なのだ。
9本程になった首を全て使って巨大な咆哮をあげるヒュドラ。
その爆音量は街中に響き、大地を揺らす。
逃げていた住民たちは、パニックの度合いをさらに増し、耳を塞いでその場にうずくまる者たちが多数出た。
足を止めた人々をヒュドラは見つけ、身体ごとそちらに向いていく。
一斉に無数のドラゴンの頭から覗く、毒蛇のような金色の眼。
今にもそれらが一斉に怯える人々に降り注がれようとしたその時だった。
「『ファイエルブラスト』!!」
ドオオオオォォォ・・・
!?ガェアァァアアアアアアアアア?!
ヒュドラの遥か後方から鳴り響いた、重々しい、噴煙、噴火のような轟音。
同時に、見た目だけでも恐ろしい熱量を持っていそうな、何重にも重なり収束した炎が、ヒュドラの首の比較的上に伸びていた一本を焼いた。
一瞬にして炭化した一本はそのまま静かに崩れ落ちていき、残った首たちが一斉に苦しみと怒りの咆哮を上げた。
その『火炎魔法』を放った張本人、シオンは、なるべく上を狙って焼くことによって、自分の火炎が街に与える被害を避けた。
グルルルルル・・・ガァァアアアアアアアアアアア!!
怒り狂ったヒュドラは火炎が来た方向に全身を、街の建造物を荒々しく破壊しながら一気に向け、マジシャンズステッキを片手で軽々とこちらに向けて構えるシオンを見つける。
彼女の表情は、不敵に笑っていた。
それを知ってか、それとも知らずただ、標的を見つけたからというだけかヒュドラは、大口を開けて舌を思い切り出して叫ぶもの、歯茎をむき出しに唾飛沫を飛ばしながらうなり散らすもの、首を大きく滅茶苦茶に振るい周囲をなぎ倒すものなど、それぞれの頭を思い思いに発狂させながら、その足でこちらへ突撃して来た。
ズドオズドオズドオズドオズダァアアアアン!!
一歩一歩で地面が揺れ、地盤が捲れ上がる。
圧倒的な巨大さ、強力さ、凶悪さ、正に“化け物”という文字を体現していた。
その景色に対しシオンは、不敵な笑みの表情を全く崩すことなく冷静に、立膝でその場に屈みながらマジシャンズステッキを片手で一回転させた。
マジシャンズステッキを振り上げ、シオンは唱える。
「『サイコフロート』!!」
パキィイイイン!
魔法を唱える掛け声と共に、短杖の先端を地面に打ち付けたシオン。
何やらガラスと金属を足して二で割った様な音が鳴り響いたかと思うと、シオンが立っていた場所に一瞬魔法陣の様な物が現界し消え、岩塊が砕けるような音と共に足場の様に地面がくり貫かれ、シオンを乗せて浮き上がった。
『念動魔法』である。
屈んだままでいることによって動く足場の上で体制を保ちつつ、前を向きながら後ろに飛んで、突っ込んでくるヒュドラから逃げた。
シオンが建物をスイスイと避けるのを、あとからヒュドラが建物を破壊しながら突き進んでくる、追いかけっこの構図になった。
お互いの速さ自体は五分程、故に逃げる側で建物を避けて飛んでいるシオンは、徐々に距離を詰められていった。
そもそも前向きに後ろに飛んでいる、つまりバック体勢移動の時点で、敵の動きに殆どの注意を割いている状態で障害物を避けているのだから、速度など出せる筈も無い。
ォォオオオガァアアアアア!!
「・・・・ッ・・・」
すぐに追いつかれ、首のうち一本の頭の牙が、飛んでいるシオンに迫ってきた。
その時・・・
「たぁぁああああああああああ!!」
トットットットットットッ・・・
ドォォオオオン!!
小さいが確実に地を踏んで走って来る音から、尋常じゃない程大きな、爆発音に等しい跳躍音。
襲い掛かってきた首の一本の横から、剣を居合の構えで持ち、高速で飛び掛かってくる白い影があった。
高速で突っ込んできた白い影、スピカは仕込み鞘から剣、『エクスカリバー』を、叫びながら抜刀する。
シャァァァァアアアアアア・・・・
スピカの抜き放たれて行く剣は、露出し始めた刃の部分から、純白の光りを放った。
「でやぁあッ!!」
ジャキィィイン!!
ガァァアアアアッ?!
力強い縦の居合切りが炸裂し、シオンに迫っていたヒュドラの鱗に包まれた首を強引に切り飛ばす。
敢えて鈍い切り方をされたヒュドラの首は、根本から吹っ飛ばされた。
唐突な意識外からの痛みと驚きで思わず唸り声をあげるヒュドラ。
一斉に目標を切り替え、睨みつけてくる無数の首たちを、臆することなくスピカは正面から睨み返す。
大きさこそ違えど、あくまで魔法戦士、JOKERの持つ力というのは、一体の神獣と同等以上の強力さを誇る。
その力は、本人の意思の持ち方次第でいくらでも理や法則を無視し、現実の追従を殆ど許さない。
40メートル級の巨大な首を少女の姿をした魔法戦士が力で吹き飛ばすことなど、珍しい事でもないのだ。
シオンの不敵さ、スピカの勇猛さ、並以上のJOKERであれば神獣に対しての態度としては当然の部類だった。
だがヒュドラも、ランクAと判定された神獣というのは決して伊達というわけでは無かった。
ブチュ・・・ブチュブチュッ
ジュクジュク・・・
ガアアアアァァァ・・・
当然のごとく切り落とされた根本の方の首はすぐさま分裂、増殖して生え変わり回復、何事もなかったかのようにその凶悪な強面を向けてくる。
グァァアアアアアアアアアア!!
そのまま目標をスピカに変更した神獣ヒュドラは、一斉にすべての首を突きだしてきた。
飢えた猛獣の群れのごとく、前方あらゆる方向、軌道で襲い掛かる。
しかし・・・
ドォオン!!
ガチィィイイイン!!
その全てはことごとく空振り、空を噛む。
スピカは爆風が起こるほどの力で地面を蹴り、見ているだけで風圧を感じるほどの速度で後ろに飛びのいたのだ。
人間的な動作の力と速さを数十倍以上にまで跳ね上がらせるスキル、『敏捷』を持ち得ているからこその動きだった。
一歩一歩を時速百数十キロという速度で建物の隙間をバックステップで通り抜けていく。
だがその凄まじい挙動にヒュドラは全く驚く様子もなく、ただただ怒り狂いがむしゃらに追いすがった。
40メートル級の超長大なその首を重力を無視して自由自在に動かす巨大怪獣の身体なのだ。
ヒュドラにとってそのスピカの挙動はさほど問題ではなかった。
動きがただ早いだけでは、まだ虫が足元を這っているようなものだ。
大地を大きく揺らしながらスピカを追いかけるヒュドラ。
超速のバックステップに駆け足で容易く追いついて見せる。
二本の首が牙を剥き、同時に左右双方向からスピカに迫る。
スピカは再び剣を鞘に戻し、後ろに跳びながら居合の構えをとった。
迫る牙の脅威・・・
ガゴアァァアアアアアアアア!!
「たあぁっ!!」
シャスパァァアアアン!!
双方向からの攻撃などこのスピカにとっては対して問題ではない。
起こる二回の切断音。
それらはほぼ、“同時に”起こった。
縦に真二つに割れて吹き飛ぶ二本の首。
逆手持ちの居合切りをまず右方向から来る一本に一閃、すぐさま抜き放った剣を逆手から順手に片手で持ち替え、左方向の首を思い切り下から切り上げた。
この動作を零コンマ零数秒程度でやってのけたのだ。
敏捷というのは移動力だけに留まらず、肉体を使った攻撃にまで強化が適応される。
腕の動きも数十倍速。
その腕から放たれる斬撃は、二本の首を同時に切り裂く速さだけでなく、概念的な飛ぶ斬撃を作り出して、深々と根元まで首を切り裂く威力も持っていた。
直後、間髪入れず再びバックステップを踏んだスピカだったが・・・
アァァアアアアア!!
「ッ!!」
あちらはあちらで手数が売りということもあって、ヒュドラの方でも間髪入れず、三本目の首を、牙を既に突き出してきていた。
咄嗟にガーディアンズイージスを、突き出されてくるその顔面に叩きつけるように構えるスピカ。
盾はスピカの込めた神力の光を受け取り巨大化する。
ガァアン!!
殴りつけるように巨大化した盾を突き出てきた牙にぶつけ、跳ね飛ばす。
重量感のある金属の衝突音が鈍く鳴り響き、重量感のあるはずの敵の首の方はしなり散らしながら跳ね返る。
が、いくらなんでもバックステップ直後でこんなことをしてはスピカも当然体勢が崩れ、隙が生まれた。
そこをすかさず首の四撃目。
次こそはスピカの方が吹っ飛ばされる一撃が迫る。
「『フリーゼポインタ』!!」
「・・・ッ!!」
キィィイイイイイイン!!
そのタイミングでスピカの頭上に起こる、シオンの『冷凍魔法』の詠唱。
スピカが注意を引いている間にシオンは援護の体勢を整えていたのだ。
座標指定が為されるように、スピカ視点から上下左右、四方向から水色の円形魔法陣が伸びて来る首を拘束する様に収束、それを数枚と連なるそれらを起点に、急激に凍結される。
迫ってきていた首はスピカに当たる直前で見事に瞬間冷凍された。
一瞬驚愕したヒュドラが停止し、自分の上空に念動魔法で浮遊しているシオンに注意を向けたその間に、体勢を戻して浮いていた足を地につけるスピカ。
ガァァアアアアア!!
凍り付いた首を最早放置し、他の首の二、三本で上空のシオンに襲い掛かるヒュドラ。
それを見たスピカは周囲の建物の壁を使い、二段、三段とジャンプしてシオンの浮く高さまで跳び上がった。
「させないッッ!!」
ヒュンヒュンヒュッ・・・
ズパァァアアアアアン!!
アアアアァァァアアアアアアアアアアッ!!
何やらスピカが高速で腕を三回振るったかと思うと、次の瞬間にはシオンに接近していた三本の首が鮮やかな切り口で跳ねられていた。
怒りをさらに浸透させていくヒュドラの首たち。
「足場出るよ!」
「オッケイ!」
攻撃を迎撃して地上に落下していくスピカの下に数個の瓦礫を念動魔法で呼び寄せるシオン。
宙に浮く瓦礫を軽やかに三段に分けて蹴り、地上に降りたスピカ。
高さ数十メートルから自由落下したところで、スピカ程の近接型JOKERの『神聖防御』ともなれば、戦車の徹甲弾すら無傷で弾く強度があるためどうということはないのだが、落下で体勢を崩す一瞬さえ危険なこの状況で、宙に浮く足場は隙を無くして見せた。
それとほぼ同時に、狙う方向を上と下の二手に分けた無数のヒュドラの首たちが、全身ごと一気に突撃して来た。
二人は離れ過ぎず密着したまま、前衛をスピカ、後衛をシオンと分け、今までの様な息合わせで互いを防衛、補助、支援しながら、同じ方向に退がって行き、ヒュドラを“誘導”していった。
数分その状況を続け、ついに二人の背後に迫る、“先ほどの河川”。
丁度川の幅はヒュドラの身体位は浸かれる広さだった。
「っ!!」
「ついた・・・」
地上を疾走していたスピカは河川一歩手前で一瞬立ち止まり、くり貫いた地盤に乗って空中を移動していたシオンはそのタイミングで即座に足場の高度を下げる。
グアアァアアアアアアアア!!
水を背にした姉妹達に無数に増殖したヒュドラの首達が“身体ごと”突撃する。
シオンが叫ぶ。
「今よ!!」
「ッ!!」
掛け声の下、スピカは後ろに跳躍。
とんぼ返りを空中でうっているスピカをシオンは自分の乗っている地盤で拾い上げ、一気に後退する。
間一髪。
一番速かった一本を、噛みつかれる擦れ擦れで回避、上昇していくシオン達。
半テンポ遅れて無数の首が突き出てきたが、どれも浮遊するシオン達の下に逸れて行った。
ドオオオオォォォ・・・
ガァアアア!?ガァァアアアアアア!!
巨大質量の物が大量の水に飛び込む、重々しい水音が鳴る
ヒュドラの身体が河川に落ちたのだ。
見る見るうちに神獣の入水によって起きた波紋は大波となり、あっという間に周辺は水で浸された。
しかし、大量の水とは言ったものの、首だけで40メートルの巨体、河川に落ちた程度では胴体部分が浸かる程度、一瞬驚きはしたものの、歩行が多少遅くなる程度でどうという事もないと、ヒュドラはそのまま突撃を続行した。
スピカにシオンは素早く頼む。
「“足任せる”よ!」
「わかった。」
返事をしたスピカはすぐさま、河川の向こう岸まで跳躍。
“配置についたスピカを確認”すると、そのまま上昇しながら短杖を持っていない方の腕を横に伸ばし、手を開くシオン。
開かれた手に水色の光が集まり、形を成す。
そうして形作られたのは、“銃剣”。
持ち手から装飾まで黒に金ライン、水色の銃身を持った長銃、その先端に金の刃。
神聖器『ウィザードストライカー』である。
現出させたシオンはそれを片手に取ると、そのまま片手でリロードするように、回転させながら縦に揺さぶった。
ガシャコ・・・
何かが装填された音。
その間にもう片方の手、つまり短杖を持った方の手を下にいるヒュドラに向け、構えた。
「『ハイドロソート』!!」
ザァァアアアアアアア・・・
唱えられる『水流魔法』。
短杖が輝いた次の瞬間、ヒュドラが浸かっていた河川の水が、急激に壁を形作るようにひいた。
“ヒュドラの立っている地面が露出し”、ヒュドラ自身の足は自由になってしまう。
オオオオォォォァアアアアアアア!!
足が軽くなってしまったヒュドラは、前方上空に浮遊し何かをしているシオンに狙いを定め、“一度川の向こう岸に上がろうと前進し、縁に足をかけようとした”。
「ふんっ!!」
ジャキィィイイイン!!
向こう岸にいたスピカが飛び込み、ヒュドラが前進のために上げた前足を居合切りで切り裂く。
切り落とされてはいなくとも、深々と裂けた足で踏み込むことなどできないヒュドラは、バランスを崩し動きを止める。
その隙を見たシオンはヒュドラの真上に行き、足場を傾けて真下に銃剣を構えた。
「そろそろ仕上げよ!!『ファイエルシード』!!」
ダァンダァンダァンダァンダァンダァアン!!
放たれる“六発の炎を帯びた弾丸”。
それらは“ヒュドラの周囲に、六角形を描くように打ち込まれた”。
弾丸の打ち込まれた地面は、赤い炎の色をした光を放ち輝く。
その事にヒュドラは気づいていないため、そのまま足元のスピカを攻撃するが、スピカの方は当然気づいているため、“離脱のために攻撃を受け流し気味に逸らす”。
と、次の瞬間、六つの着弾点の光は、“六芒星を円で囲んだ魔法陣”で結ばれた。
弾丸は魔法陣、“結界”の起点の役割もする様だった。
巨大な魔法陣が下から光始め、流石に異変に気付いてふと下を見るヒュドラ。
その一瞬を、姉妹は見逃さなかった。
魔法陣起動の合間に範囲内から出ていたシオンはその瞬間に、短杖マジシャンズステッキを向ける。
マジシャンズスティッキが赤い光を発するのと同時に、スピカは一気に後ろに飛び退いた。
「『ファイエルピラー』!!」
ズドォォオオオオオオオオオオオオ!!
!?ヴギャァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?
『火炎柱』。
その意味合いを冠するシオンの大魔法はその意味のまま、巨大魔法陣を起点に恐ろしい熱量、例えば太陽の炎の熱を収束させたかのような、赤 橙 黄を通り越して、白さ、までがある火柱が、巨大火山の大噴火のごとき轟音を立てて発生し、ヒュドラの全身を包み込んだ。
先ほどの凶悪さはどこへやら、神獣ヒュドラの断末魔が鳴り響く。
その悲鳴さえ数十秒と保たず、即座に蒸発、焼却されていく神獣の肉体。
シルエットが見えなくなるまで焼き続けた所で、シオンは火炎を止めた。
粉状の灰が残っていたが、アルマゲドン現象で生成された神獣の身体であるため、灰からでもその遺体は“光に還る”。
魔法陣が発生していた地面は、魔法による炎が消えた後も、地面そのものが溶岩の様になった上で燃えていた。
しかし、そこでシオンが短杖を一振り。
シャアアアアアアァァァァ・・・
ゴボゴボゴボゴボゴボ・・・
『水流魔法』を解除した様だ。
火炎魔法発動のために退けておいた川の水が急激に流れ出したことによって、上がっていた炎は即座に鎮火され、ものの数分で水の蒸発音も消えた。
そこで動画は終了した。
―――――――――
~・~・~・~・~・
能力:属性魔法
火炎や水流、風力などといった、この世の万象を操る事ができる魔法型能力。属性魔法の能力を持つ全てのタロットが全属性を扱える訳ではなく、タロットによって扱える属性が違う。そのJOKERが複数の属性を使用することができるタロットであれば、例えば[水流+冷凍=氷結]や[火炎+風力=爆熱]といった、『複合型属性魔法』として扱う事も可能。
能力:念動魔法
自分以外のものに念力による移動力をかけ、操ることのできる魔法型スキル。動かせるものは、重量とそれを動かすJOKERの神力によって決まる。
能力:敏捷
人間的な動作の力と速さを数十倍以上にまで跳ね上がらせる、近接型JOKERのスキルとしては『怪力』の次にオーソドックスなスキル。
JOKERの中では魔術師のみ、全ての種類の属性魔法を扱う事ができる。
~・~・~・~・~・
「やっぱりすごいね、あの姉妹。」
運命は目を大きく見開き、ただただ圧倒されていた。
「あぁ。まず、僅かな掛け合いだけで誘導までの計画を完璧に立てて実行して見せたな。8秒弱での打ち合わせのやり取りっつったら精々、『誘導にあの川使おう』『わかった』位の事しか、恐らく言ってねえ筈だ。」
「・・・もっと事前に何やるか一通り決めてないと、あんなに手際よく動けないよね普通。最初から最後まで息もピッタリだったし。」
幽鬼に挙げられた具体例を思い返して、さらに改めて運命は感心する。
「あれだけ大きくて強い斬撃や魔法の攻撃を、あんなに早く回してて“お互いを巻き込まないなんてすごい”よ、やっぱり。」
「・・・まあ、そこがたかだかチームワークの為だけに、俺たちが国から膳立て受けてまで、こんな同棲まがいの生活しなけりゃならねえ所以だがな。」
うんざりすると言った幽鬼の口調。
「神獣に向けるようなデカい一撃に万が一相方が巻き込まれでもすりゃ、相当運でも良くねえ限りは大体消し炭だ。かと言って、下手に慎重になり過ぎて手数が減っても、一人分以下の攻撃力にしかならねえ。被害を増やすだけだ。」
「だから、そんなことが起きないためにも、私たちには完璧な連携が必要・・・てことなんだよね。」
「そうだ。」
「・・・」
プレッシャーを感じる運命。
クルセイド姉妹の姉、シオン=クルセイドのあの手際の良い全体焼却を思い出し、考え込む。
「私にできるかな・・・あれ・・・」
「・・・まぁ、俺もなるたけカバーには入るが、目指す努力位はしろよ?いつまでも新米のままって訳には、流石に行かねえんだからな。」
「そりゃあ・・・そうだね。」
不安気に運命はそう呟いた。
幽鬼は、屈んで画面をのぞき込んでいたそんな運命の頭にぽんと手を乗せた。
ぶっきらぼうな幽鬼の心遣いに嬉しそうに薄く笑いながら運命が目を軽く泳がせる間、もう一周流し見していた幽鬼。
「しかし・・・その、なんだ・・・“色々とすごかった”な。」
「うん?どしたのユウ君?微妙な顔して・・・」
ふと気が付くと、幽鬼は何やら目頭を片手でつまんで抑え、何とも言えないどこか辛そうな態度をとっていた。
とても見ていられないと言ったような、そんな目の伏せ方だった。
流れているのは、姉妹の“変身のシーン”。
「いや・・・未だにこの程度のことで茶化している様じゃ、俺もまだまだガキなんだなと・・・そう思っただけだ。」
「え?茶化す?」
訳がわからないと言った感じで運命は幽鬼の顔をよく覗き込んだ。
・・・少し赤み掛かっていた。
「あっ、恥ずかしいんだ・・・」
「・・・うるせぇ。発現させたばっかの時はまだ、色々と手一杯で気が回らなかったが、こうやって2、3年でも続けて、少しでも慣れてくるとどうだ?JOKERの中でもああいった同年代以下の女子がやる変身てのはこうして映像として見てみりゃ、幼稚園位のガキのころテレビで見てた、ヒーロータイムだか何だかの時間帯にCMでチラチラ見えた・・・えっと・・・」
「あぁ、変身魔法少女モノ?私見てたな・・・」
懐かしそうに思い出して見せる運命。
そんな運命を横目に幽鬼はうんざりした表情で語る。
「それだ・・・それそっくりじゃねえか。来年大学、再来年は成人て歳まで来て、あれと自分が同じような存在だってのをこうやって見せられるとな・・・どうも見てられねえ。」
「あぁ・・・まあそれ以前にユウ君男の子だしね。そっか・・・魔法少女の先入観か・・・」
にやける運命。
「別にいいじゃない?私は女だからともかくとしても、ユウ君の変身とかそもそも男の人のJOKERの変身で、こう・・・キュピーン!みたいな感じしてるのって寧ろ早々ないでしょ?特にユウ君のなんか悪魔っぽくてこう、厳つい感じでかっこいいしさ。」
「まあ・・・その辺JOKERってのはホントになるようにはなるモンだよな。・・・初めて詠唱変身した時なんかキラキラしたやつとか出なくてホッとした位だ。」
「キラキラしたやつ・・・プッ!」
「チッ・・・笑ってんじゃねえよ。」
想像して笑いを堪えられなかった。
笑う運命を見て尚更ため息をつく幽鬼。
「・・・まあ、いいじゃない?むしろ、そんな意識持ってるのって、変身魔法少女モノの文化がある大和位な物でしょ?」
「そいつはその通りだがな・・・」
乾いた笑いを溢す幽鬼に、運命は言う。
「・・・それに、ほら・・・いいじゃん胸位張っても。私達、“命がけでひとの命を守ってる”んだからさ。もし仮にユウ君の姿が今みたいのじゃなくて、もっとカッコ悪い変な恰好だったとしても、それかホントの悪魔みたいにもっと怖そうな恰好してたとしてもさ。立派なことやってるってことが何も変わらない以上、何も恥ずかしい事なんてないと思うな。」
「・・・そうかよ。」
乾いた笑いが少し本当に嬉しそうな感情が少しなりとも混じった幽鬼だった。
~・~・~・~・~・
午前7時45分
「準備できたな。じゃ、先に出ろ。」
「はいはい、ごめんね待たせちゃって。」
玄関にて靴を履く運命に後ろから幽鬼が言った。
チームワークを徹底させるために政府から出た指示とは言え、表立って堂々と未成年の男女二人を同じ屋根の下で監視者も無しに住まわせるのは、近隣住民に与える印象として問題があった。
これでも、この国の誰がJOKERをやっているかは、本人達の人権の保護、そして何よりも、他国への過度なJOKER情報の漏洩を防止するためにも、国家で秘匿されているものなのである。
そんな中でこの一軒家にこの二人が、国家支援を受けてまで住んでいるというのは、どう考えても怪しいのだ。
よって近隣住民に不信感を与えないため、自宅を出るタイミングと使うルートを極力別にして毎朝の登校をするようにしていた。
トントンッとつま先を下に軽く打ち付けて、踵までしっかりと足を靴に入れた運命は、バッグを肩に下げて振り返る。
「今日だよね?ブリタランドのコが転入して来るの。さっきの動画で映ってた妹さん・・・」
「あぁ。情報によると、お前のクラスに入るらしいな。お前とは同い年らしいぜ?」
「え!?そうなの!?」
そこまで細かいことを知らなかった運命は驚いた。
「まあ、交流するにしたって協力するにしたって、ある程度打ち解けてなけりゃ話にもならねえんだからな。いいんじゃねえか?」
「それもそっか・・・」
浮かない表情の運命。
「・・・?不満でもあんのか?」
「いや・・・あの有名なクルセイド姉妹だからね。正直緊張する・・・」
「あぁ、お前会ったことねえからな。そりゃあそうか。」
幽鬼は片手で頭を掻く。
「?その言い方だと、ユウ君は会ったことあるんだ。」
「妹の方は何回かこっち来てるからな。共闘も一回やった。」
「どんな娘かわかる?」
これから嫌でもコミュニケーションをとらねばならない相手の性格を、この際前もって聞いておこうと運命は聞いた。
「基本は大人しくしてるやつだが、うるせえのが嫌いって訳でもねえから喋るときは普通に喋る。ビッグネームのJOKERとして最低限の意識は多少持っちゃいるが、それ以外はなんてこたぁねえ普通の女子って感じだったな。立ち振る舞いにちっとばかし器用貧乏さがあるから苦労人気質も持ち合わせてんだろうが、そんな程度のやつならちょっと探すだけでいくらでもいるだろ。まあ実際JOKERってのは、必ずしも特別な人間がなるモンじゃあねえ。あくまでクジを引き当てるってだけの事なんだ。至って普通の性格したJOKERが偶々デカい力を持ってるってのも、稀によくある話ではある。・・・要するにだ。特に変わってるわけでもねえから、気楽に話しかけて問題ねえ奴だ。心配すんな。」
「そうなんだ・・・ちょっと安心したな。」
「まあともかくだ。今回のヒュドラ対策、そいつ交えて昼休みにでも組む必要があるな。」
「そうだね!伝えとく。」
ほっとした様子の運命は、さっさとドアノブに手をかけた。
「いけないいけない真矢待たせちゃう。後でねユウ君!」
「っ・・・チッ・・・はぁ。」
「・・・?ユウ君?」
唐突に舌打ちしため息をついた幽鬼に運命は首を傾げる。
うんざりした様に幽鬼が言う。
「・・・呼び方。」
「え?」
「〝学校で位ぇ先輩つけて呼べよ年下〟。」
「プッ!あぁ~♪」
放たれた小言の運命の表情は一変、からかいモードに移行した。
「な・る・ほ・ど・ね・♪え~?じゃあ、幽鬼先輩〝君〟?」
「てめぇって女は・・・」
邪気たっぷりに笑う無邪気な運命。
目の前の後輩のこういう所がひたすらに自由すぎる事に先輩は呆れ果て、ため息をついて頭を抱えた。
面白がった運命は更に火に油を注ぎに行く。
「だってぇ~。なんかユウくんってなんとなくだけど、先輩ってカンジあんまりしないんだもん。こう、なんていうか、オールフリーでも大丈夫そう、みたいな?」
「それただ単にてめぇが俺のこと先輩として舐め腐ってるだけだろ?『みたいな?』じゃねえよ。」
「アッハッハッハッハッ!!」
睨みつけて来る先輩を見てこの後輩は笑っている。
「まぁ~とにかく時間ないからさ!その話はまた今度ね!じゃ、行ってきま~す♪」
「あ、おいっ!!」
ガチャッ!
こちらが小言をさらに告げるのを分かった上で、それを中断する様にさっさと行ってしまった運命。
「チッ!あああああぁぁあああああ!!・・・あんにゃろ・・・」
~・~・~・~・~・
世ノ木区
とある路地
午前7時45分
タッタッタッタッタッ・・・
「・・・やっぱり、ちょっと話し込みすぎたかな。」
朝の住宅街を走っていく、銀髪をツインテールに上げて結んだ、学生服の少女。
「統夜も大概心配性だよね。全く・・・」
~・~・~・~・~・
回想
世ノ木区
アパート『水瓶』 210号室
午前7時15分
「ちょっと、時間そろそろギリギリかな。」
≪え!?あ、もう学校か!ごめんスピカ!そろそろ切るか?≫
「あぁ、まだ大丈夫。話、あるんでしょ?統夜。」
テーブルと机以外何もない、まだ新しさを感じるリビング。
その中で、ノートパソコンに話している少女。
開いているのは世界通話アプリ『SKIP』。
画面に映し出されている茶髪に、顔に斜めの傷が入った少年と会話している様だ。
「姉さんは今どんな様子?」
≪シオン義姉さん?それはもう泡食ってるよ。家事やってくれるスピカがいないんじゃ、『どうやってこれから1カ月半も生きていけばっ!?』とか言ってる。俺もいるっていうのにさぁ。一人で何かやりださないか目え光らせてる。≫
「はぁ。姉さん生活力皆無なのに自分でやろうとするからね。」
少年、統夜の話をため息をつきながら聞く少女、スピカ。
そうしてスピカが憂鬱そうにしていると、統夜は肝心なことを思い出したと告げる。
≪あ、そうだスピカ!≫
「?」
≪今日から学校だろ?いろいろと気をつけろよ!?特に男とか!!≫
「うーん、大丈夫でしょ?大和は選りすぐりで治安いいって聞くし。」
≪わかってないなぁスピカ。抑制された中だからこそ育つ、邪な精神だってあるんだぞ。≫
「?」
思わせぶりにオーバーアクションをとって語る統夜の話を、訳が分からずただただ、首を傾げて聞くスピカだった。
~・~・~・~・~・
統夜=クルセイド
年齢:16歳
職業:魔法戦士JOKERタロット17《星》
所属:ブリタランド王国 JOKERS
シオン=クルセイド
年齢:19歳
職業:魔法戦士JOKER タロット1《魔術師》
所属:ブリタランド王国 JOKERS
スピカ=クルセイド
年齢:15歳
職業:魔法戦士JOKER タロット11《正義》
所属:ブリタランド王国JOKERS
スピカは、アルマゲドン現象対策関連の関係者では名の知れたJOKER、『クルセイド姉妹』の末っ子である。
不規則的に選定されるJOKERで、姉妹で選定されるという異例の事態にまず世界は注目し、さらに彼女ら姉妹は、チームワークをとるJOKERの有用性を世界に知らしめた雛形であった。
3人という複数のJOKERを所持している大和とブリタランドは、定期的に互いの所持するJOKERを貸し出し合うという政策を行っている。
JOKERS大国同士でぶつかり合いになることを避けるための交流、そしてそれを口実にしたJOKERSの内部事情の調査などで、スピカは今回、任務で大和に来ていた。
表向きは留学生ということで、神奈木高校、つまり、運命達と連携をとりやすくするため、同じ学校に今日、編入することになっていた。
現在彼女がSKIPを通じて会話している青年、統夜もJOKERなのだが、彼は2年程前にタロットに選定されたばかりのため名前は対して売れてはいない。
~・~・~・~・~・
《わかるかスピカ!?十歳や二十歳位年下の女の子しか可愛いと思えない奴だったり、絵に書いてある女の子しか愛せないやつだったり、そういう本性を、抑制された環境の中で何食わぬ顔で隠してる奴らがわんさかいるんだぞ!?》
「えぇ・・・なにそれ?」
もはや面白半分でやっているんじゃないかと思うほどオーバーな統夜の語りの内容に、スピカは怖がるなどそういったこともなく、ただ静かに退いていた。
ただただ呆れかえった冷めた声。
しかし、こういったスピカの変化の乏し気な表情も次の統夜の一言で一変する。
《とにかく気を付けるんだぞ!?スピカ“かわいい”んだから!!》
「っ!!・・・」
《・・・?》
その赤い瞳を持つ目を一瞬見開いたかと思うと、何やら画面から顔を逸らしたスピカ。
不審に思う統夜。
《どうしたスピカ?》
「かわいい?私・・・ホントに?」
小さく独り言のように呟くスピカの顔は、頬が少し赤く染まり、少し嬉しそうな小さな笑顔になっていた。
こんなだらしない顔はとても見せられたものではないと、恥ずかしがったのだ。
声も殆ど出せていなかった。
そのせいかもっと別の何かのせいか、統夜の反応はこんなものだった。
《?なんて言ったか聞こえなかったぞ?なんで顔ずっと逸らしたまんまなんだ?おーいスピカ~?》
「・・・はぁ。」
この鈍感な統夜に今のスピカのため息の意味を理解することはできなかった。
しつこく聞かれる前にスピカは話題を終わらせようとする。
「・・・まぁ、隠していようが抑制していようが、“この目”があるから大丈夫。」
《〝邪眼〟か・・・それならいいけど。》
顔を画面向きにもどし、赤い瞳を“銀色に変化させて光らせた”。
銀に光るその瞳を見て統夜は、“その一瞬で納得”した。
「話はそれだけ?それだったら私、もう行こうかな。」
《あぁ、それと、どっちかっていうとこっちが本題なんだけどさ。ホントに、気をつけてくれよ?“今回の任務”。》
「《消失した13番目》捜索”の話?」
~・~・~・~・~・
邪眼:自分にとってのあらゆる『悪』を、阻む障害すべてを無視して識別できる目。使用時瞳が銀色に発光。
例の行方をくらました大和のJOKER、《消失した13番目》のことを大和政府は、各国にはあくまで、“貸し出し停止”と発表していた。
行方不明故に大和の管轄を離れ、欠番となったことは各国政府には言わずともほぼ推察されていたのだが、実際に知られるよりかは憶測の域を出ない方がまだ良いという、大和政府の腹積もりだった訳ではあるが、ともかくJOKER事情に特に過敏になっている諸外国は、現在消息を絶っているこの《消失した13番目》の所在を、何としても掴むことに躍起になっていた。
JOKERを所有する国にしろ求める国にしろ、それだけの国家群を躍起にさせるほど、《消失した13番目》は強力で脅威だったのだ。
亡命先として受け入れるにせよ、私欲に暴走した所を迎え撃つ準備をするにせよ、存在が存在なために、この情報を手に入れることはその諸外国にとって急務だった。
JOKERを複数所持している数少ない国、ブリタランド王国もその中の一つだった。
~・~・~・~・~・
姿が消えている者を魂、または自我のある場所に存在する悪意の反応で識別、発見することができる能力、『邪眼』を持っているタロットの11、《正義》の能力を持ったスピカは、今回交流任務の他に、『消失』を使用しているJOKERを視認できるという理由で、この《消失した13番目》の捜索も任務として受け持っていた。
統夜が本当に心配そうに言う。
《どんな奴なんだろう・・・JOKERを、10年・・・だっけか?も、続けて生き残ってきた歴戦のベテランだろ?そんなとんでもない猛者を一人で捜索しろだなんて・・・大分無茶じゃないか?》
「でも・・・二人以上送り込んでも怪しまれるだけだし、実際私が一番適任だとは思うしね・・・」
《・・・》
そう返すスピカの目は、斜め下に逸らされる。
そうしてスピカが薄く笑うときは、大体何かに我慢して強がっている。
それを統夜は知っていた。
実際、この捜索においてもしまかり、本当に《消失した13番目》と接触してしまった場合、そのまま戦闘になる可能性が極めて高い。
見つかって問題ない者であればそもそも姿を隠したりも隠されたりもしない。
上手く発見するだけでなく接触までしてしまった時、口封じの戦闘は避けられないだろう。
その場合スピカは、本当に数多くの神獣だけにとどまらず、このご時世、恐らくはJOKERまでも、戦い生き残ってきた年数分だけ多く葬ってきているであろう、敵に回せば現状のどんな神獣よりも脅威とされているまさに死神そのものと、1対1で戦わなければならないことになる。
そもそも見つからなければそれでもいい任務ではあるが、言い渡された以上は、尽力はしなければならないのがJOKERである。
恐ろしくない筈はなかった。
《何か危なかったり、怖くなったら、いつでもこうやってかけてきてくれよ?“ありったけのスピードでそっちまで飛んでいく”から!》
「・・・フフッ。」
不意に自分の口をついて出た言葉に、スピカは本当に嬉しそうに笑って返してきたことに一瞬固まる統夜。
素直に心から、スピカはここまで言ってもらえて嬉しかった。
「・・・そんなダメでしょ?JOKERが私情のために独断で力使ったりしちゃ・・・」
《・・・っ・・・》
言葉と表情が一致していない。
満面の微笑みを見せるスピカの表情に、不覚にも一瞬心拍数が上がる統夜。
頬を赤らめ、わかりやすい表情をしている統夜に対して、そのままスピカは首を傾げて見せた。
いつもあまり表情の変化がないスピカの表情は、たまに満面の笑みをこぼすと中々に綺麗なものだった。
《とっ・・・とにかく!そのっ・・・だな!!》
「・・・?」
ぎこちない統夜の態度に笑みをまだ顔に残しながらスピカが首を傾げた・・・その時だった。
ドォオオン!!
「!?」
画面越しに響いてくる“爆発音”。
画面に走る“ノイズ”と“揺れ”。
「何!?」
《なっ、なんだっ!?》
画面越しでお互い血相を変えるスピカと統夜。
統夜は慌てて周囲を見回している。
少し視線が下に寄っているところを見ると、爆発は下の階で起こったようだ。
《!!まさかシオン義姉さん・・・》
ダッダッダッダッダ!!
「あぁ・・・」
画面越しでも大きく聞こえてくる足音。
身を乗り出していたスピカはその足音を聞いて事情を大体察したのか、一気に脱力して椅子にもたれ、うんざりした表情で片手を額に当てた。
思い切り溜まったため息を吐き出す
「はぁ~・・・」
《統夜ぁあああああああああああああ!!》
バンッ!!
パニックになった甲高い声と共に、画面の後ろに映る扉を開け放ったのは長い金髪に青い瞳の若い女性。
大人びた雰囲気が大分混じっているもうすぐ成人を迎えそうなその姿は、煤にまみれて全く頼りなかった。
《統夜ぁ!!“夜食に何か作ろうとしたらなんか爆発した”ぁあ!!》
《だからぁ!!そういうのは俺がやるって言ってるだろシオン義姉さん!?今何時だと思ってるんだもう!!ご近所に迷惑だろぉ!?》
「あーあ・・・」
悲痛さを混ぜて怒号を飛ばす統夜を見て苦笑いするしかないスピカ。
涙目になっている自分の姉の顔を確認しながら、統夜に言った。
「ほら、片付けの手伝いするんでしょ?もう切るわね。おやすみ統夜・・・」
《・・・多分台所の掃除で今日はこのままオールだけどなぁ・・・スピカ、学校がんばれよ!》
~・~・~・~・~・
スピカは走って最寄り駅まで向かっていた。
留学生ということもあって、学校のクラスへの編入には、ちょっとした手続きのための早めの登校が必要なのだが、少し悠長に話過ぎた様だ。
「・・・て言っても、まっすぐ走って行けばあと5分後の電車には間に合う・・・まあ、どうにかはなるわね・・・」
そんなことを考えながら走り、曲がり角に差し掛かったその時だった。
「あやb———」
横から“黒い塊”が飛び出してきていた。
自分の走っている速度も速度だったため、当然回避は無理だった。
「っ!?」
ガツンッ!!
〝向こう側が〟こちらを向いたこともあって、見事に脳天同士でぶつかり合った。
お互い詰まったうめき声をあげると、そのままその場に尻もちをついた。
「いったぁ・・・」
「いっt・・・あ、悪い!!」
「・・・?」
すぐさま立ち上がったあちら側が手を差し出して来た。
差し出された手を取り、見てみると、黒い塊に見えたのは少年だった。
自分と同い年位の、立てた黒髪の少年。
ごまかし笑いをして後頭部をかきながら自分の身体を引き起こしてくれた。
「ごめんな!大丈夫だったか?」
「こっちこそ・・・その・・・」
「あヤバい急いでたんだった!!」
「?」
素直に謝ってくれたことに対し、こちらもちゃんと謝ろうとしたのだが、それは遮られる。
黒い瞳をもった子供じみた大きな目を目いっぱい開いて思い出したと叫ぶ少年。
スピカが首を傾げていると、少年はおどおどと何か考え込み、ふとスピカの姿を見て思いついたように言った。
「あ、その制服!君、うちの高校だよね!?」
「え?・・・そ、そうなn「俺、1年B組の黒羽 真矢!昼休みにでもうちのクラス来て!お詫びにジュースおごるから!じゃ!」
「あ、ちょっと・・・」
一方的に言うだけ言って走り出してしまう真矢と名乗った少年。
呼び止めようとしたところまたそれを遮るように振り返りもせず真矢は言ってきた。
「俺待ち合わせあるんだ!ごめん!」
「・・・」
呆然とするスピカ。
走り去っていく後ろ姿を見ながら色々考え込む。
「(謝るって時に都合優先、物を速攻で出すのか?なんか好きじゃないな・・・ああいうの・・・)・・・ていうか、あいつが謝りたいのに私からあいつのクラスに行くの?うーん・・・」
所々でイマイチ礼儀がなっていない大雑把な彼の対応に、若干苛立ちを感じたスピカだった。
「・・・あれ?ていうかあいつ・・・」
~・~・~・~・~・
神奈木市
旧神奈木第二公園付近
午前8時10分
「う~ん・・・待ち合わせ十分位遅刻かなぁ~・・・ま、いっか。学校には間に合うでしょ。」
道をのんびりと歩きながら、腕時計を見やって運命はそう言った。
のんびりと待ち合わせ場所の≪廃公園≫へと向かう。
「・・・」
運命は思い返す。
今向かっている廃公園は、一年前、神獣との戦闘で破壊された場所。
そして、運命がJOKERSとしての幽鬼と、最初に出会った場所でもある。
―――勘違いすんな。俺の意志としててめぇを守ったんじゃねえ。JOKERとして一般市民を守っただけだ。変な感謝なんかすんな。めんどくせぇだけだ。―――
(あは!悪ぶっちゃって!)
思い出し笑いでニヤニヤしているうちに、廃公園が見えてきた。
見ると、一人の少年が公園の柵の前にいるのだが、何故か息があがっていて、両手を膝に突いていた。
しかし、運命がそれを気にする様子はない。
「真矢おはよー。」
「あぁ運命っはぁ、はぁ、はぁ・・・っおはよう・・・」
相当本気でダッシュしてきたのだろう。
真矢はもう秋の中旬だというのに大汗をかいて疲労困憊していた。
鞄からタオルを出して顔を拭く真矢。
しかし・・・
「じゃいこっか~。」
「ふぅえ!?えっと・・・あぁ・・・うん・・・はぁ・・・そうだなっ・・・行こう・・・」
運命は無慈悲にもそんな真矢を気にする事もなくさっさと出発を促した。
スタスタと歩き出す運命の後ろを、疲労と鞄を肩に下げて重い腕と、走り過ぎて重くなった足を引きずりながら真矢はついていく。
「今日はありがとな、俺の“お願い”聞いてくれて!」
疲労困憊していながらも、笑顔を崩さずに明るく、真矢はそう言った。
息はかなり荒く、無理をしているのは一目瞭然。
だがしかし運命は気にする様子も無く、適当な喋り口調でこう言った。
「いや、いいよ~別に~。これ位だったらいつでも。」
「ま、マジで!?よし!!」
「・・・・・・・」
本当に嬉しそうにガッツポーズをする真矢を見て、半分呆れ気味の様な笑みを浮かべる運命。
それでも、もう半分はちゃんと笑っていた。
(ホント分かりやすいんだから・・・)
「それより運命。今日なんか、元気無くないか?」
「・・・え?」
唐突に指摘され、ふと気づく運命。
息切れする呼吸を整えながらも、いつの間にか、真矢は子供のように大きな瞳をパチッと見開き、まっすぐこちらの顔、表情を見ていた。
瞬き、呼吸、血液の流れ、顔の全てを覗き、分析するかのように、じっと見つめてくる。
真剣そのものと言っていい、運命を気遣う真矢の目・・・
「・・・さっきからゼエゼエと今にも死にそうな呼吸してる奴に、『元気無い』なんて言われてもねぇ?」
「なっ!いっいや、それは関係ないだろぉ!?」
「プッ・・・フフッ・・・」
自分がひとのことを言っていられる状況にいないことをあたふたしながら取り繕おうとする真矢に思わず笑ってしまう運命。
やってしまった・・・と真矢は後頭部を片手でポリポリと掻いている。
そうしてある程度笑い終え、運命はそれとなく聞く。
「・・・で?・・・なんで?」
「いや・・・いつもより要求がキツくないなと・・・」
「うわ、何ソレ?あんたMっ気でもあんの?」
「はっはっは!」
「何笑ってんだか・・・イミわかんないし。」
ツッコんだところ褒めてもいないのに笑って返されたことに対し、うんざりする運命。
・・・本当に否定もせずに、真矢は笑っている。
まんざらでもないのか・・・
「うわ~キモキモッ!近寄らないでくれるかな~?。」
「まっ、まあそう言うなよ・・・」
わざとらしく引いて見せると、真矢は半ば真に受け気味に運命を引き留めた。
悪戯っぽく運命は笑っていたが、ふと目に元気が無くなる。
「・・・でも。」
「?どうした?」
「・・・」
気になった真矢が聞いてきた。
でも・・・
真矢の指摘は当たっていた。
確かに今の運命はあまり本調子とは冗談にも言えたものではなかった。
昨日から寝不足で、どうしようもなく眠い。
(わかってる・・・あんたにMの気はあっても鈍感の気は欠片もない。いつだって私の表情の変化を見て、本気で心配してくれる。要求がキツくないなんてのも誤魔化し。顔色や表情に多分出てるんだよね・・・私。・・・やだなぁ・・・全部バレてる・・・)
「・・・?運命?」
「当たりだよ真矢。最近寝不足でさ。」
「寝不足?勉強か?」
真矢は首を傾げる。
結構心配そうな表情をしている。
「いや、う~ん・・・バイト・・・かな。」
「・・・ふーん。」
「?」
どういう言い回しをしようか考えていて、真矢の表情の変化を見ていなかった運命は、気がつくと何やら今度は意味深に、探る様な目つきになっている真矢の表情を見て少し驚いた。
「真矢?」
「運命、まだ高校生だろ?高校生が眠れないようなバイトなんて・・・そこホントに大丈夫なのか?さっさと辞めちゃった方がいいんじゃないか?」
「・・・真矢。」
「?」
制止されるように運命から話しかけられた真矢は、どうしたのかと怒り気味だった表情を直して首を傾げる。
「心配してくれてありがとう。・・・でも、真矢が今思ってる程、そこまで悪いところじゃないから。」
「・・・大丈夫か?無理とかしてないか?」
「大丈夫。」
「・・・・」
笑顔を向けてくる運命だが、真矢はそれでもまだ納得のいかない様子だった。
(・・・そんな顔されてもさ、やらない訳にはいかないんだよ。・・・私が見る夢で、何人の人の命が助けられるか・・・それってつまりさ、私が伝えなきゃ、その夢をちゃんと見なきゃ、そのせいで死んじゃう人たちは、死ななくてもよかったのに死んじゃったってことになるんだよ・・・私のせいでさ。・・・そういうの辛いからさ。私・・・)
「・・・運命?」
納得いかず、まだ何か話そうとしている真矢。
そこで運命は遮るように、“例の話題”を出す。
「ハァ・・・そんなことより、真矢こそ大丈夫なの?せ・い・せ・き!!」
「うっ・・・」
真矢は表情を苦しく歪めた。
かなり痛いところを突かれた様だ。
「いっつも赤評価ギリギリ、留年ギリギリ・・・というか、ほとんど赤評価ってレベルの赤点取ってるのを、“授業態度の一生懸命さ”でなんとかお情けで見逃してもらってるって感じで、他人を心配してられる状況なのかな~?今度のテストもどうする気なのかなぁ~?ねえねえ、シ・ン・ヤ・く~ん?」
「それは・・・運命?」
「案の定私をあてにする気満々てわけかぁ~。どうしようもないねぇ~?」
「うぅ・・・」
冷めた視線、見透かした様な罵倒。
一言一言の全てが、真矢の胸をザックザックと串刺しにする。
「えっと・・・あ、そうだ!運命!」
「?」
たまらず話を逸らす様に、ふと、思い出したと話しを持ちかけてくる真矢。
「今朝のニュース見たか!?」
「露骨に話を逸らしたわね・・・で?ニュースって?」
「え?いや・・・」
「?」
『何のニュースだ?』とまさか聞き返されるとは思わなかったといった真矢の表情に、首を傾げる運命。
話す真矢の様子は、誰でも今朝のニュースは見た、それほど重大なことが報道されていた、といった態度だった。
「あれだよ!誘拐犯がバラバラ死体で発見されたって話!!」
「え?あぁ。」
そういえばそんな感じのニュース、テレビで今朝やってたっけ・・・
この国、大和の首都、関東京都、つまりこの街では、実は前からある事件が時々起る。
神獣の問題でごちゃごちゃしていて、誰がいつどこで命を落としてしまうかわからないこのご時世に、余程世間に関わって無いのか、それとも、こんなご時世だからこそ、それにかこつけて宗教がらみな何かが動いているのか・・・
この関東京では、時々同一犯の殺人事件が起こる。
今朝チラっと見たニュースでやっていたのも、その案件だった。
内容は、殺人事件を起こした犯人、窃盗を行った犯人、児童を誘拐した犯人、様々な犯罪者が、警察に逮捕される前に、時々殺される、というもの。
被害者の共通点は、類に関係なく、犯罪を犯した大人ということだけ。
手口は決まって、首を落とされ即殺、その後に、四肢に胴と分解されるというものだった。
犯人に至る証拠は見つからず、何度おきても解決しないその事件は、なまじ何年も収まらないために迷宮入りさえもせず、もはや市民からはある種の現象としてとらえ始められていた。
・・・というか、確かにこの事件は問題ではある。
がしかし、この事件に関しては対象が犯罪者の上に大人、悪い言い方にはなるが事実、少なくともこの運命は対象外、平たく言って、関係無いのだ。
本来普通に考えれば、この二人の会話の中で出てくる余地の無い話題。
しかし・・・
「大丈夫だよ~。だってあれ大人の犯罪者が狙われるんでしょ?全然圏外じゃん?」
「そういうことじゃないんだよ!ああいうおかしいやつとか今いっぱいいるんだから、ホントに気をつけろって話!」
「あんたは私の親か何かか・・・」
彼に限っては、こういう話は日常的に出てきてもおかしくはない。
“とある事情で”、真矢はこういった事件そのものが報道された日は、運命にこうして警告して注意をはらうようにしている。
要は運命に対して真矢は、少し過剰に心配性で、お節介焼きなのだ。
だが、だからといって運命もこう文面的には面倒くさそうに応答してはいても、本当は、こうしつこく心配されること自体は、実際まんざらでもないのだ。
「気をつけてくれって!もしまた“あんなこと”あったr――――
「・・・大丈夫。」
「・・・」
注意に熱が入る真矢の言葉を遮り、運命は先程までとは考えられない程に優しく笑いかけて、一言、『大丈夫』と言った。
本当に、色々と事情があるのだ。
「大丈夫?」
「うん・・・大丈夫だから。」
「・・・」
気がつけば、二人は立ち止まっていた。
・・・ふと我に返り、腕時計を見る運命。
「あ、これは・・・」
「ん?運命?」
運命は一瞬真矢に自分の顔が見えないようにそっぽを向き、瞳を紫色に光らせ、スキル、『予知』を発動した。
―――生徒指導室いってこーい。―――
―――遅刻理由は?・・・普通に遅刻?何それ?遅刻に普通とかあんの?反省とかしてる?・・・じゃ、寝坊と変わんないね。全く・・・―――
「まずいかな~?走るよ真矢。」
「うぇ?ぇえ!?」
先程のダッシュで疲労困憊している真矢は、表情を露骨に歪める。
「あんたが心配性なのが悪いんだから!ほら急ぐ!」
「くっ!!・・・うあああああああぁぁぁ!!」
片や隣のバテた馬鹿になど構わずシャカシャカ、片や絞り出すような雄たけびを上げながら、二人は学校へダッシュしていった。
~・~・~・~・~・
神奈木高校
午前8時35分
関東京都立 神奈木高等学校(かんとうきょうとりつ かんなぎこうとうがっこう)。
何の変哲も無い普通の公立校として一般的に知られてはいるが、首都立の公立校、つまり政府の管轄下にある高校であるが故に、東大和を通常守備範囲に置く学生JOKERは、主にここに集められる。
かなりギリギリの時間で1年B組の教室へ辿りつき、運命は教室の引き扉を開けた。
「あ!運命ちゃんおはよー!」
「おはよ~愛理~。」
「“サダコ”また男連れ~?」
「そのあだ名やめろって言ってるでしょ~魔奈~?それと、真矢は違うって~。」
女子生徒の友達が数人、先に教室に入った運命を適当に出迎えた。
返答する運命の声は、先程まで走っていた為少し上がった感じになっていた。
そんな運命は、出口付近最後列の自分の席についた。
・・・続いて、体力切れで息切れを起こし、汗だくになってフラフラしながら入って来る馬鹿が一人。
「はぁ・・・はぁ・・・っみんなおはよう!っはぁ!はぁ・・・」
「・・・」
・・・教室が一瞬、静まり返った。
真矢の大声で放った一言は、注目を集めた。
色々な生徒が、色々な視線で真矢を見た。
苦笑い、蔑み、純粋な苛立ち・・・
好意的な視線を向けるものはいない。
その空気の中、真矢は窓際最前列の自分の机に向かっていく。
数十秒か経ってから、お調子者の男子生徒の一人が軽蔑の意味を込めて茶化した。
「おるぇ~?学年最下位のシンヤくぅ~ん?進級ギリギリの癖に登校時間もギリギリですかぁ~?イイご身分ですねぇ~?」
「嫌味言わないでくれよ星太・・・エホッ!ゴホッ!・・・ごめんってっ!・・・はあっ!・・・」
息が上がってしまっている真矢はまともに受け答えもできていない。
かなりの愚蔑の籠った台詞だったが、あくまで真矢は明るめに受け答えした。
その後もお調子者な男子たちの“からかい”は続く。
「しかもしかもぉ!学年でも一ケタに入る成績持ってる神代 運命さんとご一緒に登校とはぁ~?ホンットギリギリの“火遊び”好きだよなぁ~?」
「え!?いや遊びなんてそんなんじゃないからな!?ただ運命に“今日一緒に学校行ってほしい”って“頼んだ”だけだって!」
「サダメニキョウイッショニガッコウイッテホシイッテタノンダダケダッテ―。」
「力也それ全然似てないぞ?」
「『“運命”』だって、呼び捨てかぁ~・・・全く身の程知らずだよねぇ~?」
「しかも“頼む”とかマジかよぉ?プライドとかないの~?」
「勘弁してくれよ帝・・・」
真矢の笑顔は苦笑いに変わっていく。
ねちっこくからみつくように、“からかい”による発言はエスカレートしていく。
簡単に言って、彼はクラスで一人や二人はよくいる、いじめの対象者だった。
理由はもちろん“馬鹿”だから。
成績は学年で最下位、授業にもついてこれず、授業中の個人質問も多い。
理由は、小学校、中学校と、今まで何をやって来たのだと思うほど、基礎が全く成っていないのだ。
この公立の高校に入学出来たこと自体不可思議極まりない程。
受験勉強を本気でがんばってきた辛さを知っている彼らにとって、真矢の存在はやはり腹に据えかねるものがあった。
“小中の真矢”を知らぬ者たちの間では、悪い噂も絶えなかった。
「お前そんなミソでどうやってこの学校入ったんだよ~?」
「あれだろ~?どうせ親が学校にカネ渡したとかで優遇されたとかなんじゃねえの~?」
「ワイロは犯罪ですよ~?シンヤク~ン?」
「公立高に賄賂とかあるのか星太!?初めて聞いたぞ!?」
あくまでバカっぽい反応をしてくる真矢に男子たちはさらにヒートアップする。
「ウチノオヤガココノガッコウニイレテホシイッテタノンダダケダッテー。」
「おい力也!そんなことまでは俺言ってないし、さっきからそのモノマネ全然似てないぞ!!」
「へらへらしやがってほ~んと生意気だわ~こいつ・・・」
公立で賄賂など実際あり得ない話なのだが、真矢に関してはそれでもと言える位学力が伴っていない。
賄賂でないにしろ、何かしらの不正を働いたと思われてもおかしくない成績なのだ。
昔の真矢を知らない人間からしてみれば、そんな真矢がクラスにいることがたまったものではないのだ。
「・・・男子ってサイテ―だよね運命ちゃん。」
「流石に毎朝胸糞悪いわ・・・黒羽は『馬鹿でいいやつ』ってとこがいいのに・・・」
「はぁ・・・」
遠目から見ていた運命とその取り巻き二人は見ていて呆れていた。
二人に関しては運命と親しいため、真矢がどういった人間なのかというのは運命から聞いていた。
先述した、“色々とある事情”というのも、もちろん知っている。
「将来性は確かに弱いけど、だからって憎む様な子じゃないと思うんだけどなぁ・・・黒羽くん。」
「・・・」
優鬱なまなざしで運命は、弄られる真矢を見つめていた。
キ―ンコーンカーンコーン・・・
ガラッ。
「静かにしろ~。HR始めるぞ~。」
そんなお世辞にも良いとは言えない空気のなか、HRの時間となり、担任の男性教師が教室に入って来た。
~・~・~・~・~・
職員室
午前8時30分
(はぁ・・・ここまで来ると流石に緊張するな・・・)
潜入先の高校に着き、職員室まで来たスピカは、既に決まっている担任の教師に案内を受けに来ていた。
学校まで入ってしまうと、やはり自国の学校とは色々と違いすぎて戸惑う所は多い。
「はいはい~。君が特別留学生の・・・クルセイドさんだね?」
「・・・よろしくお願いします。」
「うん?元気無いな・・・緊張してる?」
「正直ちょっとだけ・・・でもまあ、大丈夫です。」
「それなら・・・まあよし!」
本人が大丈夫と言ったことに納得した教師は、改めて案内を始める。
「それじゃあ改めて、君は“JOKERSの契約によって派遣され、我が国のJOKERと同じ学校の同じ教室に編入”、ということでいいね?」
この教師は、JOKERS管理局の構成員である。
JOKERたちは一人一人が神獣、化け物の力を有し、人々は恐怖したり崇拝したりとしているため、大和国の政府は、監視の意味も込めて、極力自国のJOKERの基本的な人権が保護されるよう、JOKERの行く先々にサポートがついている。
この教師もその類だった。
「間違いないです。それで、私のクラスは?」
「1年のB組だね。」
「!」
スピカは今朝の出来事を思い出す。
――――俺、1年B組の黒羽 真矢!昼休みにでもうちのクラス来て!――――
「・・・あいつのクラスね。へぇ・・・」
「・・・?クルセイドさん?」
満面の黒い笑みを浮かべたスピカに、教師は少し不審がる。
「緊張はもうほぐれました。何も心配いりませんよ先生。クラス挨拶はもうばっちりです。えぇ・・・ばっちりですとも・・・フフ・・・フフフフフフ・・・」
~・~・~・~・~・
1年B組教室
午前8時45分
「今朝もニュースでやっていたが、最近・・・―――」
「おい、真矢!」
「ん?」
担任がHRの話をしている中、真矢は後ろから小声で背中を突かれた。
振り向くと、後ろの席に座る中学からの友人が話しかけてきていた。
「正義、どうした?」
「お前ホント、程々にしとけよ?」
「?」
友人が注意しているのは当然、あからさま過ぎる運命へのアタックについてなのだが、どうやら真矢はわかっていない様だった。
「何が?」
「っ!持ち前の女運でリア充まがいの事することだよ!」
「・・・?リアルに充実・・・してるのか?俺・・・」
あくまで自覚は無い様だ。
その態度に友人は焦りと苛立ちさえ混じった表情で小声のボリュームというか、フキを少しだけ強くした。
「いいから聞いとけ!さっき帝なんか、お前が神代さんと入って来た瞬間からお前に絡む直前までの間、マジにヤバい目つきで睨みつけて舌打ちしてたからな?」
「え、マジか・・・」
それを聞いた真矢は、恐る恐る後ろの方の席にいる本人に見返ると、等の本人は今もまだ睨み続けていた様で、目が合ってしまった。
「何見てんだよ?」と帝から目で言われた真矢は、「ごめんごめん!」と苦笑いして見せ、余計に機嫌を損ねた。
「悪化させてどうすんだ馬鹿!」
「俺・・・どうしたらいいんだろ・・・」
「とにかく!あからさまに神代さんとイチャつきに行くの止めろってことだ!つーか無暗やたら女子と喋りに行くな!いいな!?」
「・・・まぁ、正義がそう言うなら考えておくよ・・・」
表情に?マークは残ったが、真矢は了解した。
「おーい、そこうるせーぞ。話聞け。」
「あ。」
「すいません。」
「わざわざ一番前の席に座らせてやってんのに、俺に背中向けて喋るたぁいい度胸だなぁ?成績最下位?」
担任から注意が飛び、教室に軽い笑いが起こる。
真矢は苦笑いしながら頭を掻いた。
笑いの波が軽く途絶えるのを見計らって担任は例の話題に移った。
「さて、今日はウチのクラスに入って来た転校生を紹介する。ブリタランドからの留学生だ。」
「げっ外人かよ~・・・」
「だる~・・・」
「どんな娘かな~?」
「私話しかけてみる~。」
一部男子たちがざわめき、一部女子たちのテンションが上がる。
転校生への反応などこんなものだろう。
(さて・・・と・・・)
運命は他国のJOKERとの交流はほとんど初めてなので軽く心の準備を決めた。
(他の国のJOKERのコって、どんな感じなんだろ・・・)
「ほれ静かにしろー。あと『外人かよ』と『だるい』言ったやつ、誰が言ったのかもうわかってるから後で自分から職員室来いな?」
「げ・・・」
「う・・・」
「ま、自分達から来ねえなら校内放送にお前らの名前と罪状が流れて、転校生のお前らに対する印象が最悪に失墜するだけなんだがな。」
といった具合に教室の空気を軽く落ち着かせて、担任は教室の外に待たせている転校生に呼びかけた。
「よし!入ってきていいぞー。」
≪はい。≫
ガラガラガラ・・・
ドアの外から返事が聞こえた後、ドアが開かれ、転校生、スピカは入って来た。
「おっ。」
「ちょっとかわいいかもな・・・」
「すげぇ、なんか漫画みてえにレベル高くね?」
このような男子の手のひら返しなざわめきが少々起こる中、スピカは教卓の隣に立った。
落ち着いてその少女を運命は見た。
(クルセイド姉妹の妹さんの方か。・・・確かにこうやって見てみると、ちょっとオーラとか出てるかもしれないな~。)
(神代 運命さんって言うんだっけ、このクラスにいるJOKER・・・女子生徒って聞いたけどどの娘だろう・・・まぁ後でいいや。それより・・・)
早速発見した人物にジロリと視線を向け、目を合わせるスピカ。
「あっ・・・」
「ん?どうした真矢?」
当然のことながら、今朝“あんなこと”があった真矢は一層曇った苦笑いを見せた。
後ろの友人が気にしている。
「あぁいや!見たこと無い娘だな~とか思ってたけど、転校生で留学生だったのか・・・あの娘・・・」
「?どういうことだよそr―――」
「それじゃ、自己紹介よろしく。」
「スピカ=クルセイドです。3ヵ月間の短期留学だけど、みんなよろしく。」
こういった留学や転校などは、いい加減スピカも仕事柄、場数をこなしている。
緊張などはしていても全く表情には出ず、持ち前の大人しさは崩さずに、自然と口元に笑みを浮かべて見せた。
その表情にはまさに、清々しさがあった。
「おぉ。」
「なんか、クールだなぁ。」
「頭良さそうだよねぇ。」
「・・・ちょっとかっこいいかも。」
生徒達のテンションは上がる。
落ち着きを保ちつつ、最低限の愛想笑顔を崩すようなことはしない。
人付き合いというものを理解しているような大人びた立ち振る舞いに、誰もが早速スピカに対して好印象を抱いた。
そんな矢先、次のスピカの行動で教室の空気は一変した。
「さてと・・・」
「ん?どうした?クルセイドさん。」
スピカの表情が豹変した。
フレンドリーな態度はどこぞへと消え、軽い怒気と威圧感を含んだ真顔に変わる。
(あれ?どうしたんだろ・・・)
後ろの方で運命はどうしたのかと首を傾げる。
スピカは、窓際最前列の方を向き、指を指した。
「名前、ちゃんと覚えてるよ? 黒 羽 、 真 矢 君 。」
「うっ・・・」
「え?真矢?」
あえて強調しつつ発音された名字と名前、それと威圧感の籠った真顔を真矢は突き付けられる。
教室に入ってからずっと崩れなかった真矢のにやけ顔にも、流石に引きつったものが混じった。
どういうことなのかと一瞬身を乗り出しかける運命。
「え?」
「・・・は?」
「なになに?」
「あいつ・・・」
「チッ・・・クソが・・・」
教室内がまたざわめき始めた。
レベルの高そうな転校生が最初に目を止めたのがまた学年最下位のこの馬鹿では、特に先程絡んでいた連中などが納得するわけもなく、嫌な空気が戻ってくる。
「言ってる傍からお前ってやつは・・・わかった。もう何も言わねえよ・・・」
「ちょっ、正義!?」
後ろに座る友人さえもこんな冷めた台詞を吐いて呆れかえっていた。
流石にやってしまったと焦りを見せる真矢へ向けて、スピカは指していた指を上に立てて見せた。
「〝一本〟・・・よろしくね?」
「・・・」
一本とはもちろん、先程約束したジュースのことに間違いないのだが、スピカの表情は事をジュース一本で済ませる気など毛頭ないことを知らせていた。
(えっ・・・と?)
自分の業界でのビッグネームがいきなりとったこの奇妙な行動と、幼馴染の焦り具合に疑惑や不信感を持たざるを得ない運命だった。
(・・・へぇ?)
~・~・~・~・~・
「じゃあクルセイドさん。君の席はあの後ろの方の、神代さんの一個前の席だから。よろしく。」
「はい。」
「SHR終わり。移動始めろー。」
「起立。気を付け、礼。」
終始不穏極まりなかったホームルームが終わり、1限までの移動時間となった。
カバンなどの荷物を一旦机に置きに行った所で、こう言った転校生には恒例の質問攻めに会うスピカ。
「クルセイドさんてブリタランドのどの辺りから来たの!?」
「短期留学3カ月か・・・お父さんの仕事か何か?」
「ブリタランドってどんな所?王様とかどんな感じなの?」
「関東京来てみてどう?建物とか多いでしょ?」
「ねえねえ!『クルセイドさん』だと女の子じゃちょっとカッコ良過ぎちゃうから、『スピカちゃん』って呼んでもいい?」
「やべえ既に女子で壁が出来てるぞ!このままじゃ男嫌い転校生があの群れの中で形成されちまう!!」
「お前行け!突っ込め!!」
「え!?俺!?ど、どうすんだよ初っ端でやらかして嫌われでもしたら!!」
「じゃ、チキったてめえが行かねえなら俺行くわ。」
「あっ!お前抜け駆けかこの野郎!!」
「お前らどっちなんだよ・・・」
「あっ・・・はは・・・できれば、一人か二人ずつで話聞きたいかな・・・」
多少慣れてはいるスピカもこのクラスメイトの密集し具合いは何度味わっても、その大変さは拭えないのであった。
少し小さめの身長と少々童顔じみたものも混じる、いわゆる『可愛い系』の容姿とは裏腹に、うるさ過ぎない大人びたフレンドリーさを持ち合わせるギャップ。
そんなアイドル気質を持つ彼女に人が寄らない筈が無かった。
そろそろ時間も余裕が無くなってきた辺りで、スピカはクラスメイト達に問う。
「えっと、次、移動教室だったよね?みんな大丈夫?」
「あ、そうだった。」
「チクショーだりぃ。」
周囲を囲んでいた者たちは流石にざわざわとぼやきながらも移動を開始し、散って行く。
しかし、そんなクラスメイト達をスピカは次の発言で硬直させた。
「じゃ、黒羽君。次の教室まで案内してくれるかな?」
数秒の沈黙の後、既に次の教室へ向かい始め、教室から出ようとドアに手をかけていた真矢にクラス全員の視線が刺さった。
「・・・え?」
真矢自身も、ドアに手をかけた所でそのまま固まり、首だけがスピカを向いた。
男子からの視線がひたすらに痛い真矢は思わず苦笑いしてしまう。
「あはっ、えぇっと・・・俺?」
「このクラスって、君以外に黒羽君って子、いるの?」
「あっ・・・あはは・・・えっと・・・」
スピカの明らかに威圧感の入った明るいトーンの声とその表情。
真矢の苦笑いは段々青ざめたものになっていく。
男子からの嫉妬と女子からの疑心が真矢を包み込んでいく。
「スピカちゃんて黒羽君と何かあったの?なんか妙にこだわってるけど・・・」
「なんであんな奴に?俺たちが案内するって!あんな奴ほっとけよ!」
最初の挨拶といい、気になっていた全員がスピカに問いただし始めた。
「いやまあ、ちょっと色々あってね。話さなきゃいけないことがあるの。いいよね黒羽君?」
「えぇ・・・参ったな。」
全員の視線の中やり辛そうに頭をポリポリと掻く真矢。
クラスメイトの全員が、この真矢がスピカによからぬことをしたとスピカ自身の態度から感じていた。
馬鹿というものはこういう時、信用されることが無い。
意思がなくとも、間違いを起こすことはよくあるからだ。
嫌な空気にこの教室が戻りかけたその時だった。
「いやぁ~クルセイドさん!私が案内するよ!これでも学級委員だし。」
スピカのすぐ後ろからかかる、この状況に似合わない明るい声。
全員そちらを向いて静かになる。
彼女は立ち上がって、スピカに手を差し出す。
「私、学級委員の“神代 運命”!私もスピカちゃんて呼ばせてもらうね!」
「!」
そういえば、自分の真後ろの席に座る女子が『神代』という苗字だったと思い出すスピカ。
向こうから名乗ってきた以上、流石に反応しなければならないと、差し出された手に握手した。
「あぁ・・・よろしく、神代さん。」
「運命でいいよ。じゃ、行こっか。」
「うん。」
暗にいい加減互いに身を明かそうと呼びかけてきていると察したスピカは素直に了解した。
気さくにスピカを連れ出す運命を見て、周囲のクラスメイトたちも“無難な落としどころと判断した”のか、何事も無かったかのように移動を始めた。
「・・・ふぅ。」
ほっと胸を撫でおろしている真矢。
「『ふぅ。』じゃねえよ馬鹿!!また神代さんに助けてもらってお前ってやつは!!ほらもう時間ねえぞ!!」
「・・・わかったよ正義。」
~・~・~・~・~・
「〝私の情報はもうそちらには行ってるよね?〟」
敢えて他のクラスメイトが通らないルートの廊下を選択し、スピカを連れて移動していた運命は尋ねた。
万が一にも無い話ではあるが、念のため本人確認をとる目的で、この言い回しとなった。
「えぇ、もちろん。」
唐突な運命の発言に何の引っかかりもなく返すことで、スピカの方でもそれを返した。
少しだけ緊張のとれない運命は、固めの物言いで自己紹介する。
「ふぅ・・・それでは改めて、大和国JOKERS所属、タロットナンバーは10。『運命の輪』、神代 運命です。お会いできて光栄です。『クルセイド姉妹』のスピカさん。」
「ブリタランドJOKERS所属、タロット11。『正義』、スピカ=クルセイドよ。敬語はいいわ。改めてよろしく、神代 運命さん。」
「じゃお、言葉に甘えて。」
お互い自己紹介を交わす二人。
国家公務員同士の挨拶と言っても、JOKER同士というのは元は一般人であるケースが多い上に、国籍も文化も混在しやすい為に、特に敬礼などと言った作法は存在しない。
強いて形式を挙げるなら、所属とタロットナンバーを言い合う位である。
払う礼儀などの感覚も、あくまで一般人同士のそれとさほど大差無かった。
「本当はこっちから話しかけなきゃだったんだろうけど、ちょっと遅れてごめん。色々あって・・・」
「え?あぁ、そのことはいいの!それより早速なんだけど・・・」
「?」
申し訳なさそうに謝るスピカを最早受け流す勢いで話を持ち出す運命。
早速神獣関連の何か重要な案件でもあるのかと、スピカは首を傾げる。
やけに真剣さの強い表情で運命は聞いた。
「・・・真矢と何かあったの?」
「・・・え?」
・・・
しばし流れた沈黙。
二人とも足を止めていた。
唐突に聞かれたそれに困惑している様子のスピカ。
「真矢って、黒羽君のこと・・・よね?」
「そう。」
「・・・」
半ば食い気味に肯定する運命。
この運命の反応に違和感を感じたスピカだが、確かに自分自身、わざとらしく真矢を追い詰めていた節はもちろんあったので、とりあえずそれは理解した上で、訳を話すことにした。
「えっとね・・・」
今朝あったことを歩き出しながら、簡潔にスピカは運命に説明した。
~・~・~・~・~・
「あぁ~、それは真矢が悪いや。」
「そうでしょう?」
妙に興味津々に聞いていた運命は訳を聞き終わると、今度は付き物が落ちたかの様に納得し、スピカに同意した。
「礼儀っていうか常識っていうかさ・・・真矢ってすごく子供っぽいから、そういうとこよく抜けてたりするんだよね。」
「だから、そういったことをちょっと、彼とはゆっくり話したいと思ったんだけど。」
「なるほど。」
運命は苦みを籠った笑みを浮かべながら言う。
「まぁ、本人良かれと思ってやってることだからぁ、その・・・お手柔らかにね?」
「だからこそ言うんだけどね。今後の彼の為にも。だって気になるでしょ?相手のこと考えてるなら、尚更それが伝わらないのって勿体ない。」
「お説教だね。あはは・・・」
笑いながらスピカに運命は言う。
「スピカさんて、お節介焼きさんなんだね。」
「え?」
「真矢も確かに真矢だったけど、初対面の男子にぶつかられただけでそこまでしてあげる人って早々いないと思うな。ユウ君にあなたのこと、苦労人気質って前もって教えてもらってたけど、よくわかる気がするよ。」
「?ユウ君?・・・それって、天無 幽鬼のこと?」
やはり幽鬼とは面識がある様で、それ相応の反応を見せたスピカ。
「そうだよ。ユウ君もこの学校にいるのは知ってるよね?」
「あぁ、うん。・・・あぁ。」
苦労人気質。
そう言われて自分に思い当たる節がいくつもあるスピカは、確かにと苦笑いした。
「あいつも結構よく見てるのね。うん。うちって姉さんが、仕事以外が全然だめでね。その・・・家事とか?」
「え?そうなの?あの、お姉さん?」
話を聞いて驚く運命。
スピカは照れ臭そうに続けた。
「うん。それなのに行動力がすごいから、仕事以外のことも、何でも自分でやろうとするの。それで、私が代わりにやったり、後始末したりってしてたら、いつの間にかこうなっちゃった。恥ずかしい話だけどね。ごめんね?ちょっと面倒かな私?」
「え?いや全然!えそれって二人分の家事とか全部一人でやっちゃうってことでしょ?すごいじゃん。・・・あのクルセイド姉妹のお姉さんにそんな弱点があるっていうのは意外だけどね・・・」
「あはは・・・」
冗談ぽく二人は笑った。
大分お互いに打ち解けてきた二人。
自分の話をしたところで、スピカは運命にも話を聞こうとする。
「お節介焼きって言っても、運命さんの方こそ、やけに黒羽君の心配するね。」
「心配?」
首を傾げる運命。
「ほら、さっきやけに、私が黒羽君に拘る事情を気にしてたでしょう?あれは心配してたってことじゃないの?」
「あぁ、えっとね・・・」
何故か考え込む運命にスピカは続けて問いかける。
「黒羽君とは親しいの?」
「うん、幼馴染み。」
「!」
目を見開くスピカ。
「小学校からずっと一緒。仲もいいよ?」
「そう・・・なんだ。」
「うん?スピカさんどうかした?」
「いや、別に。」
それを聞いたスピカの様子が、少し何かを考え込んだ様に感じた運命。
しかし、まずは誤解を解いておこうと、一瞬だけ考え込んだスピカの反応は置いておいた。
「・・・だからさ。真剣過ぎて心配してるように見えたのは、スピカちゃんみたいな大物が私より先に私の幼馴染みで一般人の真矢に話しかけたっていうのが、なんていうかな・・・私のタロットナンバーっぽく言うなら、運命的にすごいって感じたっていうかさ。単純にびっくりして気になっちゃったからだと思うんだよね。」
「あぁ・・・確かにすごい確率かもね。偶然にしては。」
事情を聞いて納得したスピカ。
スピカ自身、単純に世界の狭さの様な物を感じたのか、驚いた様子だった。
そんな話をしているうちに、教室が近づく。
「あ、そうそう!大事な話があったんだった!」
「え?」
単純に動揺していたが故に忘れていた運命は、急いでそれを伝える。
「ちょうど今朝神獣が出る予知が出たから、昼休みにでも作戦立てるために集まろうって話をするはずだったんだ。ユウ君がもう本部には連絡入れてるはずだから、段取りはついてると思う。」
「あ、そうなの?」
唐突に聞かされて驚くスピカ。
流石に真剣な表情になる。
そんなスピカを見て流石に運命は謝る。
「あぁ、言うの遅くなってごめんね?」
「いや、予定外の行動をとって困らせたのは私の方だから。・・・そうね。段取り組みが大丈夫なら、私は大丈夫。」
「そう言ってくれると助かるよ。」
教室の戸に手をかける運命。
「じゃあ、詳しい話はまた後でってことで!」
「わかった。」
~・~・~・~・~・
午後0時50分
購買前
午前の授業が終了し、昼休みとなった運命とスピカは、集合場所としてあらかじめ打ち合わせておいたこの場所で、幽鬼の合流を待っていた。
「ここでユウ君と待ち合わせってことになってるから、もうすぐ来ると思うよ。」
「わかった。」
向かってくる幽鬼を早く見つけようと廊下を見回す二人。
ふと思い出したと運命はスピカに話しかける。
「あ、そういえば、スピカちゃんて、昼休み真矢と話すとか言ってなかったっけ?」
「それはさっき授業終わった時に話しかけて、『用事があるから』って言って後にしてもらったから、大丈夫。」
「あ、そう?ならいいや。」
そうしてスピカと話している間に、向こうから歩いてくる幽鬼を見つける運命。
「あ、いた!ユウ君~。」
「・・・」
手を振る運命が見る先を見てスピカも、気だるげに片腕を軽く上げながらこちらに向かって歩いてくる幽鬼を見つけた。
周囲を通過する生徒に聞かれても違和感のない言葉で声をかける運命。
「〝連絡はもう入れたんだよね?〟」
「あぁ、家出てくる前にさっさとやった。」
そう返しながら幽鬼はこちらまでたどり着き、上げていた手をポケットにしまう。
運命の隣にいるスピカを見つけて幽鬼は挨拶代わりに言った。
「〝よし、揃ってるな。〟」
「〝よろしく〟。」
お互いに周囲へ聞かれる会話の内容としては、初対面なのか顔見知りなのかはあやふやな言葉を選びとった幽鬼とスピカ。
続いて幽鬼は、運命に本部へ送った連絡の内容を最終確認する。
「〝時間に場所もアレで間違いねえんだよな?〟」
「うん、大丈夫。」
「よし。」
確認も済んだところで幽鬼は話し合いをする場所を、人気の無い場所に変えることを顎で示して言う。
「じゃあここじゃ難だからな。場所変えるぞ。屋上でいいな?」
「ほいほーい。」
「わかったわ。行きましょう。」
~・~・~・~・~・
「お久しぶりね、“未熟な悪魔さん”。どう?最近の景気は。」
「・・・」
階段を上っている途中、スピカから話しかけられる幽鬼。
足を止めて振りむいた幽鬼の表情は、まさに舌打ちしそうな苛立った顔そのものだった。
しかし、〝何か返答を返すには、スピカからもう一言欲しい〟様だった。
「・・・大丈夫よ。尾行や盗聴を目的にしてる生徒が周囲にいないことは、私の『邪眼』で確認済み。普通の声量で普通に話してれば、すれ違った時にたまたま聞いたのを覚えた、なんて生徒も出ないでしょう?」
「・・・ならいいが。」
そう言って足を再び進めだす幽鬼。
『邪眼』は、持ち主にとっての〝悪いもの全般〟を識別する。
それは悪意から尾行者の疑心まで、自分が害としているものなら必要なだけ見ることができるのだ。
見え方としては、発動時に視界が白黒のモノトーンとなり、悪いものが黒い靄の様に見えるといったものだった。
そんな“スピカの口から情報漏れの心配が無いという確認がとれた”所で、ようやく幽鬼も口を開いた。
「チッ・・・何が未熟だ、余計な世話だな。大体てめぇもJOKER歴だけの話をすりゃ、俺と1年位ぇしか変わらねえだろうが。」
「私が言ったのは“《同調率》”の話なんだけどね。それで?どうなのよ最近?」
「・・・」
《同調率》。
その単語を聞いて幽鬼は、痛いところを突かれたと苦い顔をしたが、ともかく聞かれた現状を、答えていいことになっている範囲で話すことにし、運命を見た。
「こいつとの連携、こいつの教育、自分の成長に、・・・てめえが言った《同調率》。山積みの課題に四苦八苦だ。毎日毎日キツいぜ全く・・・」
「あ、ひどくない!?それ私だけのせい?」
「うっせえ。だからこそ手に余るって話なんだろうが。」
「まあまあ・・・」
JOKER歴的にも2年先輩である幽鬼に対してでさえ、決して自分だけに非がある可能性を考慮に入れて発言しない。
そんな運命の言動から感じる遠慮の無さと、それさえ理解しながら敢えてそこには触れていない幽鬼の面倒そうな態度を見かねて、流石に衝突の原因を振ったスピカは止めに入った。
とはいえ運命も冗談じみた調子で発言していた節があったので、単なる衝突ではなくこれが、この二人なりのコミュニケーションなのだとも、スピカは理解した。
「あ、それでさスピカちゃん。気になったんだけど・・・」
「?」
さり気ない流れのままに運命はスピカに聞いた。
「《同調率》って、高ければ高いほどJOKERとしての力が強くなるんだよね?」
「そうね、JOKERの神力は《同調率》に比例する。どうして?」
「ユウ君の《同調率》って、低い方なの?」
「・・・まあな。」
スピカの代わりに、不機嫌そうに幽鬼が返事をした。
この件に関しては本当に運命は聞かされていなかった様で、真面目に運命は首を傾げていた。
それ以上自分から話そうとしない幽鬼を見て、スピカが説明を入れる。
「・・・まぁ、実際『悪魔』っていうタロット自体が、“国や世界の為に働くJOKERが同調するには、なかなか難しい方って言うのはあるんだけどね。運命さん、《同調率》ってどんな風に教わったの?」
「えっと、“魔法戦士の人格や精神が、自身が持ってるタロットの内容にどれだけ同調、シンクロしているかで、単純な変身後の強さから、戦闘継続可能時間、使用可能な能力数、神聖器の数まで全て決まる”、って教わったけど?」
「そう。そこまで知ってたらわかるんじゃない?この天無 幽鬼っていうJOKERの《同調率》が、どうしても低くなってしまう理由。」
「え?・・・うーん。」
スピカにさも答えを言っているのと同じな程のヒントを出したような調子で問われた運命は、しかし首を傾げた。
「いや・・・要は悪魔っぽくないって話なんだろうけど、でもそんな感じは全然無いよ?むしろユウ君ていっつも面倒くさがりだし、鬼みたいにひどい事言うし、『惰性』とか『嗜虐的』って話なら、むしろ結構ピッタリじゃない?」
「・・・いやはや、後輩のガキにこうまで言われていっそ清々しいぜ。ったくよ・・・」
「正直なこと正直に言うと心がスッキリするよね!」
「うっせえ。」
「まあまあ・・・」
口を開けばまた言い合いを始める二人を苦笑いしながら宥めるスピカ。
宥めながらスピカは、満面の笑みで楽しそうにしている運命に、先ほどの返答について言及する。
「でも運命さん。」
「うん?何?」
「そうは言っても実際この中途半端な悪魔は、面倒がりながらも大抵のことはやってくれるし、なんだかんだと口は悪くても、優しく気遣ってくれることはいっぱいあるんじゃない?」
「あっ、確かに。」
「・・・」
軽く合点がいった様子の運命。
一方二人の会話を黙って聞いている幽鬼は、悩まし気な表情だった。
そんな幽鬼の様子には気づかず、次に沸いた疑問をスピカに投げる運命。
「あれ?でも、ユウ君がそういう人間だって、どうしてスピカちゃんは知ってるの?ちょっと共闘とかしたり、顔合わせたりしただけなんだよね?二人のやり取りだと、少し話したこともあるみたいだけど。」
「え?う~んと・・・あはは・・・」
「・・・?」
何故か苦笑いしたスピカに首を傾げる運命。
「わかりやすくて・・・戦い方が。」
「え?」
「味方の私になるべく迷惑や不安をかけないようにって、一生懸命になって立ち回るんだもの。『邪眼』で持ってる悪意の度合いとかも見える私には、尚更わかっちゃうのよね。『あぁ、この人やさしくて頑張り屋さんなんだ』って。」
「あぁ~。結構無茶やるもんねユウ君。やっぱり他の人が見てもユウ君てわかりやすいんだ。」
「・・・うるせえよ。」
不機嫌そうにしている幽鬼の事情を大体理解して、本人の顔を覗き込む運命。
「なるほどね。じゃあ・・・」
「そう。いくら立ち振る舞いが悪い奴、嫌な奴みたいに見えても、根っこが“紳士的で努力家”な〝ユウ君〟じゃ、まだまだ上手く悪魔とは同調できないっていうこと。能力の数自体は“四つもう揃ってる”みたいだけれど、どれも大した力はまだ出てないんじゃないかしら?」
「まあ確かに、『怪力』持ちなのに神獣にパワー負けしてたりとか偶に見たけど・・・あれそういうことだったんだ・・・」
「・・・おい。」
「うん?」
なるほど・・・と納得している運命の横で、いつの間にやら不機嫌そうな表情から単純に苛ついた表情へと変貌していた幽鬼が、スピカに威圧的に話しかけた。
苛立っている理由に関してスピカの方でも自覚があるらしく、確信犯的ないたずらっぽい真顔と笑みが混じった様な変な表情でそれに反応した。
「てめえまで〝その名前〟で呼びやがるか・・・」
「あぁ、“ユウ君”?」
「てめえこの野郎・・・」
スピカもスピカで、幽鬼をからかうことを楽しみだした。
「あ、でも君をつけるのは親近感がありすぎるかも・・・まあいいでしょう?あんたのことを天無と呼ぶのも、幽鬼と呼ぶのも、何か違う気がしていたから、フルネームで呼んで いたけれどね。いいじゃない“ユウ”って。呼びやすい呼びやすい。」
「ほらユウ君!やっぱりこの呼び方いいんだって!」
「てめえら年下の癖に揃いも揃って・・・はぁ・・・調子に乗んのも大概にしろ。」
「「あははははははは!!」」
苛立って見せた所でさらに高笑いした二人を見て、幽鬼はさらにため息をついた。
女子二人の高笑いが収まるまで待って、スピカに嫌味を飛ばす幽鬼。
「しかしてめえはいいよな。『正義』なんてタロット、JOKERやるんなら最高にマッチしやすいだろ?」
「まあね。人の為に良い事しようとすればするだけ強くなれるから、私。」
「クソが・・・羨ましい限りだぜ。ったくよ・・・」
わざとらしく得意がって見せて来るスピカを幽鬼は僻む。
するとスピカの表情には、少し苦笑いが混じった。
「・・・でも、そんなにいいものでもないよ。特にこの眼とか・・・」
「・・・『邪眼』か。」
『正義』が正義を行うために、誰が悪人かを見極める『邪眼』。
しかし、純粋に悪意の無い人間など、子供を探しても珍しい。
精度を上げれば上げる程、人を疑えば疑う程、色々な人間が持っている悪いものが鮮明に見えて来る。
スピカは邪眼を光らせて見せ、少し辛そうに呟いた。
「人の嫌なところとか、いっぱい見えるからさ・・・この眼。」
「・・・みんな大変なんだね。やっぱり。」
自分の能力以外にも苦労する能力はいくらでもあることを運命は実感し、しんみりとした表情になる。
空気が重苦しくなっていくのを察知した幽鬼。
少し強引に話題を逸らす。
「まあともかくだ。たった3年目でここまで課題が山積みになっちまっててな。正直キツくなってた所だ。この礼儀知らずの教育の手伝いついでに、俺にも助言の一つや二つ飛ばせるような奴が一人や二人、欲しくなってた所だ。」
「まあどこまで力になれるかは解からないけれど、こうやって交流で来てる以上は、私もできる範囲で協力はするから。」
「あぁ、頼む。」
幽鬼に気を使わせたのは取り合えずさて置き、幽鬼自身に現状かかっている負担をスピカは再認識した。
そこから階段を数段上った後、スピカは確認をとらなければならなかった話題を一度振った。
「・・・それで、《同調率》に『邪眼』と言えばなんだけれど。」
「『死神』の話か?」
早速全てを察していた幽鬼は階段を先行くまま、振り返りもせずスピカの発言を先回りした。
半ば驚き気味に答えるスピカ。
「そう。国から軽い調査頼まれててね。よくわかったわね?」
「《同調率》で話題になった経歴があって『邪眼』持ちといやぁ、ウチの死神しか俺に心当たりはねえよ。流石にわかりやすいんだよ。」
「まぁ、それもそうよね。」
するとスピカは、問答無用で瞳を銀色に光らせた。
「じゃ、単刀直入に聞くわね。《消失した13番目》の所在は知ってる?」
『邪眼』を嘘発見器として使おうとしている様だ。
先ほどこの能力をあまりいいものでは無いと話したばかりのスピカが次にとった行動がこれとは、幽鬼もやれやれといった様子である。
「・・・言ってもやっぱりてめえの眼は、こういう時ホント便利能力だよな。」
「はいはいそういうのいいから。どうなの?隠し事とか故意に言わなかった事があるとか、悪いけどそういうのも全部わかるわよ。」
「ねえよそんなもん・・・」
さっさと答えるように促される幽鬼は気だるげに答えた。
「ウチの最大戦力だった《消失した13番目》がどこほっつき歩いてんのかなんざ、俺たちは何一つ知らねえよ。俺たちだって“捜索、発見次第確保、出来なければ排除”とまで、本部からは命令貰ってんだ。むしろこっちが情報欲しい位ぇだ。」
「・・・え?」
「あ?」
「スピカちゃん?」
「あ、あぁいや。」
想像以上に驚いている様子のスピカに違和感を感じる幽鬼たち。
気にかけているとスピカは、我を忘れてまで驚いていた自分に気が付いたらしく、慌て気味に取り繕った。
「ごめんごめん、ホントに驚いちゃって。いや、自国のJOKER同士なのにこんなに情報がないなんて本当にあるのね。まさか今の言葉に私の眼がピクリとも来ないなんて、正直思っても見なかった。」
「何だてめえ、俺たちが何も把握できてねえからって馬鹿にしてんのか?」
失礼なやつだとさり気なく言葉でスピカを小突く幽鬼。
「いや、まあ実際自分にとっての危険人物も探知できる『邪眼』と、自分の姿を消せる『消失』とを、本気で駆使して隠れられたら、流石に見つけようが無いわよね。しょうがないとは思ってる。」
「けっ・・・どうだか。」
上から目線の物言いをするスピカに苛立つ幽鬼。
そんな幽鬼にからかい抜きで、スピカは気になった点を問いかける。
「それにしても排除?あんたたちがあの死神を?」
「できるわけねえってか?そんなもんは本部が一番良くわかってるだろうよ。まぁ要は、見つけた以上敵対行動位えはとっとけって話だろ。そんだけでも、奴に『裏切者に居場所はねえ』って認識させてやるだけの効果はある。ありきたりな話ではあるがな。」
『情報を持っていない』ことを指摘されたことに対しては少々過敏気味に反応した幽鬼が、『勝てるわけがない』という指摘にはは当たり前に返答した。
この反応を見ていた二人も、何も違和感を持っていない。
並大抵のJOKERが《消失した13番目》に勝つことは絶対にできない。
それは、JOKERS関係者の中では最早常識だった。
それだけ《消失した13番目》というのは規格外だった。
幽鬼の話に納得した様子のスピカ。
「・・・なるほどね。まあわかったわ。上にはそう報告する。」
「・・・いや、まあしかし・・・」
「うん?」
ため息気味にこちらを見て来る幽鬼に気づくスピカ。
その視線は明らかに同情していた。
「てめえも苦労してんな?わざわざ単独でこんな場所まで来て〝あの『死神』の〟調査とは、ご苦労なこった。」
「まあ・・・ね。」
他国のJOKERからでさえも同情されるようなことをやらされている自分の現状に苦笑いするスピカ。
「死神か・・・私も探すの手伝おっか?」
「!」
「あ?」
話を聞いていた運命が提案して来た。
幽鬼もスピカもそれを聞いて驚く。
「止めとけ。今のてめえじゃ出くわしたところで何もできねえよ。危ねえだけだ。」
「いやでもほら、JOKERやってれば絶対戦場で変身後の姿で顔を合わせるとかいつかはあるんだし、その未来を『予知』使って見れればさ。本人の顔とか特定できると思うんだけど。」
「あぁ・・・確かにそうね・・・」
反対する幽鬼とは裏腹に、その手があったかと感心しているのか、何やら考えている様子のスピカ。
「ほらスピカちゃんもこう言ってるし、私まだ一週間先しか見れないけど、変身後の特徴とかでも教えてくれれば、『予知』で適当に探しておくよ。」
「・・・」
協力的に話す運命を見る幽鬼の表情は不満気だった。
関わること自体危険なこの案件に、進んで関わりに行く運命を心配していた。
それを察した運命は言う。
「大丈夫だよ。私だって自分から戦いに行こうとまでは思ってないし、ホントに未来覗くだけだから。」
「・・・さっきこいつの『邪眼』見てわかってるだろうが、『邪眼』持ちのJOKERは諜報関係で特に厄介だ。お前が死神の情報出してるってのを死神自身に知られれば、何をしてくるかわかったもんじゃねえ。ホントに探すんならそこんところはマジに注意しろよ?」
「わかった。」
幽鬼の念入りな忠告に運命は了解した。
「・・・」
運命が協力してくれることに決まったのだが、スピカはそれにも反応せず考え事をしているのを、二人は気づかなかった。
「じゃ、変身後の特徴教えてよユウ君。」
「イメージカラーは黒と銀、喪服をモチーフにした灰色のYシャツに黒ネクタイとスーツ、上から黒地に、ボタンの類や淵の装飾が銀のチェスターコート。このコートには黒い哺乳類系の翼、要は蝙蝠のやつだな。それの人間大にデケえやつの展開が確認されてる。」
管理部にあった情報を思い出しながら幽鬼は伝える。
「『すごく大きい蝙蝠の翼が生える機能がある黒いコート』が見えればそれが死神ってことだね。」
「そうだな。」
自分にわかりやすく適当に纏めていく運命。
「神聖器は“大鎌”だっけ?」
「あぁ。黒に銀装飾なのは言わずもがなだが、ともかく通常サイズでもかなりデカいらしい。それともう一つ、手で添えて使う“銀髑髏の仮面”の神聖器を持ってるそうだ。」
「銀の髑髏仮面?そこまで覚えなくても神装と鎌で見分けつくと思うけど・・・」
無駄な情報を取り合えず省略して覚えようとする運命だが、幽鬼は言う。
「いや、この神聖器は被ると『消失』の能力を使う起点になるらしい。顔を覚えるためによく見てえって話しなら、消える直前の予備動作位え知ってて損はねえだろ。」
「あ、髑髏を被ると消えちゃうんだ!それ大事だね。」
顔を見なければ意味のない相手が見る前に消えてしまっては元も子もない。
どの動作をリミットとして顔を見ようとすればいいのか、運命は重要なこととして髑髏仮面の神聖器の話を頭に叩き込んだ。
そうして話しているうちに、屋上へ出る扉が近づいてきた。
「・・・屋上には他の子はあまり来ないのかしら?あんまり人がいても話し合いし辛いけれど。」
「そもそも屋上なんざ隠れて話してえ奴らが溜まる場所だからな。お互いの秘密は聞かねえように、用事がねえなら頻繁に使わねえようにってのが暗黙の了解だ。」
「なるほどね。」
スピカの不安を解く幽鬼。
ついでに運命にも聞く。
「つーわけで運命。《消失した13番目》のやつの変身後の特徴ってのはこんなもんだが、他に聞きてえことはあるか?」
「他?えっと・・・」
ほんのついでの気持ちで、運命はそれを聞いた。
「そうだね・・・どんな顔してるかとかの記録は“抹消されてた”んだよね?」
「名前以外の個人情報は全部消されていやがったな。経歴も何もかも・・・恐らくは死神本人にか、或いは政府側にとって都合の悪いモンでも記録されてたんだろ。だからどちらかに消されたと考えるのが自然だな。」
「えっとじゃあ、本人の名前だけでも聞いておこうかな?どの未来で聞くかもわからないし。」
「ほう・・・名前か・・・」
少し考える幽鬼はそのまま屋上へ出るドアの前に立ち、運命に振り返って言った。
「こんだけ『正義』が探しているにも関わらず見つからねえってことは、恐らく身分や名前も偽造してんぞ?JOKER時代の名前なんざ知っても意味あんのか?。」
「どこで聞くかわからないでしょ?似たような名前使ってるかもだし。」
「あぁ、まあ本人の扱いやすさ重視で、似たような名前を使うってのは確かにある話だな。」
幽鬼はまあいいかと、ドアに手をかけながら、“その名前を口に出した”。
「奴の名前は・・・黒羽 死夜だ。」
「・・・え?」
「っ!!」
その時、衝撃の余り時間が止まって感じた運命。
その名前を聞いて、言葉を失った。
スピカも目を見開いた。
「あ?」
いくら何でもこの戸惑いようを見せる二人に幽鬼は不信感を持つ。
「どうしたお前ら?」
「黒羽・・・死夜?」
「あん?」
恐る恐る聞き返す運命。
そんな運命の様子に幽鬼は首を傾げた。
「・・・どうした?」
「くろはね しやで・・・ホントに間違いないの?」
「あぁ。そうだよ。」
何やら様子がおかしい運命の問いに、まずは冷静に受け答えながら、幽鬼は屋上のドアを開いた。
ガチャッ・・・
「!!」
「なっ!?」
「・・・」
開いたドアの向こう側、屋上を見て、運命とスピカの二人は驚いた。
人の少ない筈のこの屋上に、先客がいたのだ。
その人物は、屋上に設けられた柵の外をじっと見つめていた。
その人物の名前を、運命は呼びかけた。
「真・・・矢・・・?」
「・・・?」
呼ばれた人物、例の『死神』の名前と酷似した名前を持つ人物、〝真矢〟は、ゆっくり振り返って運命に笑いかけた。
何の違和感も感じないような、優しい声で話しかけてきた。
「あれ、運命?どうしたんだ?」
「・・・黒羽・・・真矢・・・」
疑心を込めた瞳で睨み、その名前を小さく、独り言のように呟くスピカだった。
--続く--
現時点開示可能情報
神代 運命
年齢:16歳
職業:高校生、魔法戦士JOKER
所属:神奈木高校1年B組、大和国JOKERS
タロットNo:10 運命の輪
イメージカラー:紫、黒
能力:予知
属性魔法
以下未公開
神聖器:未公開
神装:未公開
概要:JOKER歴1年の新米JOKER。未熟ながらも、神獣の出現を事前に予知できるという屈指の優秀な能力によって、自他国共に重宝されている。現在は同国のJOKER、天無 幽鬼とバディを組んで行動している。
天無 幽鬼
年齢:18歳
職業:年齢:18歳
職業:高校生、魔法戦士JOKE
所属:神奈木高校3年A組、大和国JOKERS
タロットNo:15 悪魔
イメージカラー:紺、紅
能力:怪力
以下未公開
神聖器:未公開
神装:未公開
概要:JOKER歴3年の発展途上なJOKER。前衛を主体として攻守支援をそつなくこなす戦闘スタイルをしている。未だ未完成な実力ながらも同国の後輩JOKER、神代 運命の教育係としてバディを組んでいる。
スピカ=クルセイド
年齢:15歳
職業:魔法戦士JOKER
所属:ブリタランド王国JOKERS
タロットNo:11 正義
イメージカラー:白、銀
能力:剣技
敏捷
邪眼
未公開
神聖器:エクスカリバー
シールドアイギス
神装:アストレアアーマー
概要:ブリタランドが誇る強力なJOKERペア、『クルセイド姉妹』の次女。JOKER歴4年、個の戦闘力は並程度だが、経験豊富で優秀なJOKERの姉のシオン=クルセイドと共に活動していたことで、陽動と防衛に特化し、姉妹でのチームワークを主体とした共闘では並々ならぬ戦闘力を有する。伝達情報の真偽を見極める事にも有効な能力『邪眼』を所有しているため、諜報活動の任務を言い渡されることも多々ある。
シオン=クルセイド
年齢:19歳
職業:魔法戦士JOKER
所属:ブリタランド王国 JOKERS
タロットNo:1 魔術師
イメージカラー:水、金
能力:属性魔法
念動魔法
以下未公開
神聖器:マジシャンズステッキ
ウィザードストライカー
神装:ソーサラ-ロード
概要:ブリタランドが誇る最高戦力のJOKERにして、『クルセイド姉妹』の長女。JOKER歴も8年とJOKERとしては十分ベテランの部類であり、全属性使用可能な魔法能力も相まって、正に万能性があると言える力を持ったJOKER。高額の依頼料が発生するために、現在余程のことが無ければ依頼が入ることは少ない。
統夜=クルセイド
年齢:16歳
職業:魔法戦士JOKER
所属:ブリタランド王国 JOKERS
タロットNo:17 星
イメージカラー:未公開
能力:未公開
神聖器:未公開
神装:未公開
概要:未公開
黒羽 死夜
年齢:未公開
職業:魔法戦士 元JOKER
所属:《消失した13番目》
タロットNo:13 死神
イメージカラー:黒、銀
能力:消失
邪眼
以下未公開
神聖器:名称未公開
神装:名称未公開
概要:かつての大和が誇った最強のJOKER。現在に至って尚本人が健在であるなら、魔法戦士歴は10年にも及ぶ正に歴戦の戦士。現在は何故か行方を晦まし、大和国JOKERSの管理から離れてしまっていることにより、本人の有する消失の能力になぞらえて各国から《消失した13番目》と呼称されている。多くの神獣だけに留まらずJOKERまでも葬ってきており、現在世界のどのJOKERでも、打倒、対応は不可能とされている。
黒羽 真矢
年齢:15歳
概要:神代 運命の幼馴染であるとされる。




