猪突猛進な俺が勇者パーティに捨てられた
「お前、いつまで経っても、猪スタイルが治らないなら、俺達のPTから抜けてくれないか?」
俺に向かって格闘家が言う。
俺達が倒すべき『魔王』への折り返し地点。ようやく半分まで来たという、記念すべき場所で、唐突に俺は首を宣言されたのだった。
パーティーを抜けて欲しい?
一体、この人は何を言っているんだ? 俺達は今まで、共に協力しながら魔物たちを討伐してきたじゃないか。
現に、さっき戦ったドラゴンとの戦闘も、俺が何度も皆を助けた。
不服そうな表情に、格闘家――リョウヤが言う。
「もうさ、いつまでもお前に守って貰う必要はないんだよ。てか、前から思ってたんだけど、お前の力――はっきりいって無能なんだよ」
「なっ……!?」
「『一歩踏み出す勇気』だっけか? 人がピンチになった時に発動するんだよな? お前の力」
「ああ、そうだよ。でもその力で、お前を何度も守ってきただろ? だから、そんなこと言わないでくれよ……」
『一歩踏み出す勇気』
俺がこの世界で『魔王』を討伐するために与えられた力だった。攻撃を受けそうな人がいると、通常の何倍もの身体能力を発揮する。
「だから、それが要らないんだよ。今のドラゴンとの戦い。お前のせいで倒すのが遅れたって分かってるだろ?」
「えっ……?」
「俺はさ、カウンターを狙ってたわけ。受けたダメージを蓄積して倍にして返す。そういう技があるのよ。なのに、お前が邪魔して、ルリに回復までさせて、邪魔にしかなってないんだよ」
「でも、いつものパターンで俺は戦っただけだよ……?」
仲間が攻撃を受けそうになったとき、俺は何倍にもなった身体能力で魔物を倒す。
だが、どうやら格闘家はそれが気に入らないようだ。
自分の新しい技が使えなかったから、俺を追い出そうとしているのだろう。とんだ我儘男だ。
俺達のパーティーは、所謂、勇者パーティーである。
『魔王』を討伐するために、生まれた勇者、アマダム。
彼は今、どんな気持ちなのだろうか。俺は横目で彼を見る。
白い長髪は、まるで自ら光を発しているように眩い。整った表情はさぞ、異性にモテるだろう。いや、だろうじゃない。
モテているんだ。
一緒に冒険して、ことあるごとに、異性から告白され、その度に「今は『魔王』を倒すことしか考えられない」と断るのを目のあたりにしていた。
そんな彼は、俺とリョウヤの言い合いを、渋い顔で見つめていた。それが何を考えているのか。俺には理解できなかった。
「言っとくけどな、これ、俺だけの思いじゃないんだよ」
「え……?」
馬鹿な。
そんな強引に皆を味方に付けようだなんて、愚かしい。
大体、新しい技があるなら、事前に言ってくれれば良かったんだ。むしろ、皆を巻き込んでくれたことで、俺が追い出される心配はなくなる。
そう思っていたのだが――、
「うん。私もリョウヤに賛成だね」
「ちょっと、ルリちゃん? 何言ってるの!?」
「だって、私達が攻撃を受けそうになるたびに、コウセイが敵を倒すから、私達のレベルが上がりにくいし、技の熟練度が増えないんだもん」
「それは……」
この世界にはレベルやらステータスなどがあり、ゲームの世界にほど近い。
俺も10代の頃は、かなりの時間をゲームに費やしたが、33歳になった今、殆ど手を付けなくなっていた。
それなのに、いきなりゲームのような異世界に連れて来られて、「勇者と共に『魔王』を倒せ」だなんてな。
いや、今は異世界に来たことを恨むよりも、その勇者のパーティーを追い出されることを懸念すべきだ。
味方になってくれると思っていたルリも敵に回った今、残されたのは勇者一人。
彼ならば、俺の味方をしてくれるはずだ。
期待を込めて勇者を呼んだ。
「あのさ、アマダムは、俺が邪魔だなんて思ってないよな?」
「……申し訳ない。僕も思いは皆と同じだ」
「なっ……」
「そもそも、この話を最初に切り出したのは僕なんだ」
「はい?」
「君が殆どの敵を一人で倒すから、僕達のレベル上げが進まない。結果、『魔王』討伐までの時間がかかり、人々はその間も苦しんでいる。君の存在は有難いけど、迷惑でもあるんだ」
勇者の言葉は俺の耳をすり抜けていく。
意味が分からない。
でも、一つだけ分かったのは、俺をこのパーティーから首にする。
それは勇者が言い出したことだと。
そんな……。
俺は皆の為を思って、戦ってきただけなのに。
旅の序盤は、「助かった」「頼りになる」「君がいないと『魔王』は倒せない」なんて、言ってくれていたのに、何で急に裏切るんだよ。
「ともかく、僕たちは三人で次のダンジョンに行く。君は――、その強い力で困ってる人を助けてあげてくれ」
そう言って三人は、迷うことなく俺を置いて次のダンジョンを目指して歩き始める。
今から走ればまだ間に合う。
次からは気を付けるから、置いてかないでくれ。
そう頼めば、また一緒に冒険できたかもしれないのに、俺は足を踏み出すことは出来なかった。
なにが『一歩踏み出す勇気』だ。
あの時から――全然変われていない。
俺は『魔王』に挑む三人の背を、夜が明けるまで見つめていた。
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「はぁ……。一人でどうやって生きてけばいいんだよ。こんな異世界でさ」
俺が生まれたのは地球。
日本の田舎町。
ダラダラと仕事をしていた筈なのに、まばゆい光の中、神に出会ってここに連れて来られた。
「『魔王』の討伐に、俺達、違う世界からやってきた人間が必要じゃなかったのかよ」
そう神から聞いていたのに……。
「って、人数までは言っていなかったか」
俺を裏切った三人。
その中で勇者を除く二人――リョウヤとルリは、俺と同じ世界の人間だ。
彼らもまた、『魔王』討伐のために呼び出されたようだった。
「なら、ますます俺は要らないってわけね」
残された俺は、取り敢えずは街に戻ろうと引き返す。
ドラゴンがいたダンジョン。
洞窟だ。
俺は足場の悪い洞窟を進んでいく。ドラゴンが眠っていた広場にはもういない。
この戦いで、俺が力を使わなければ、捨てられることは無かったのだろうか。
そんなことを考えながら歩いていると、俺の前に魔物が現れた。
巨大な蜘蛛。
毒にさえ気を付ければ、対して苦戦を強いられる相手ではない。
「ま、憂さ晴らしにちょうどいいか」
弱い相手をメタメタにしてやろうと、俺は戦う準備をするが――
「あ……?」
しまった。
俺の力は誰かを守ろうとすると発動するんだ。
つまり、一人だと俺はただのおっさんでしかない。
「……えーと」
勇者のパーティーとして戦うことに慣れ過ぎた俺は、そんな簡単なことにも気付けなかった。もう、敵さんは俺を捕らえている。
「逃げる!」
俺は雑魚的に背を向けて全力で走る。
くそ。
あいつら、絶対、俺がこうなること分かって置いてきやがったな。アイテムの入った鞄も持っていかれたし、このままだと俺、こんな大きいだけの蜘蛛に殺される!
ぜぇぜぇと息を切らして走るが、蜘蛛との距離は変わらない。
俺が弱るのを待っているみたいだ。
「逃げる……ことすら……できないのかよ」
こんな所で、俺は死ぬのか。
異世界に来て、『あいつ』にあって俺に無かったものを手に入れたというのに。
もう体力の限界だ。
俺のレベルは高いが、力を発動した時に反映される。
そう言った不便があるのに、俺だけレベルを上げていたら、そりゃ、文句も溜まるか。一人になって、少しだけ気持ちは分かった。
でも、だったら言ってくれればいいじゃんか。
そうすれば、ここで死ぬこともなかったのに――、
「やぁあああー!」
洞窟内にそんな雄叫びが響いた。
うす暗い闇に紛れて、いつのまにか、俺達を追っていた人間がいたようだ。もしかして、俺を助けるために、皆が戻ってきてくれたのか?
俺を反省させるための芝居だったのか!?
だが、蜘蛛に斬りかかったのは、俺の知るメンバーじゃなかった。
女性の騎士。
金色の髪をした少女が、両手で剣を振るう。
「大丈夫ですか!?」
「あ、ええ。まあ」
「この洞窟は、『魔王』に支配されたダンジョンです。普通の人が入っていい場所ではないですよ!」
「それを言ったら君だって」
「私は特別なんです。こう見えても、昔は勇者と一緒に旅をしていましたから」
「え……?」
嘘だ。
言っておくが、勇者が初めて仲間にしたのは、この俺だ。
まだ、共にレベルが低かった俺達は、時折苦戦しながらも、次々と魔物を倒し、格闘家のリョウヤ、魔法使いのルリを仲間にした。
それなのに……!!
「ほら、魔物に怯えるのは分かるけど、ここは自分で逃げて貰わないと」
「……ああ」
かつて勇者と旅をしていたというのは嘘だろうが、しかし、決して弱い訳ではなさそうだ。
いや、巨大な蜘蛛が元々、そんな強い訳ではないので、苦戦する俺が弱いってだけの話なんだけど。
俺は隠れて少女の戦いを見る。
数回の攻防で蜘蛛は倒れた。
「よしっ!」
「……強いんだね」
「強いって、これくらい当たり前だよ。こう見えても元、勇者のパーティーなんだから」
「そうなんだ。でも、勇者が君みたいな女性の戦士と旅をしてるなんて、聞いたことが無かったけどな」
「そ、それはそうよ。だって、私は『魔王』を討伐するための秘密兵器なんだから」
「へー、そうなんだ」
なんで、この少女は「かつての勇者のパーティー」なんて嘘を付いているのだろうか。今まさに、捨てられた俺に取って、その肩書は魅力あるものには思えないんだけど。
「あ、「元」って言っても、またすぐ、戻るわよ? 今はたまたま、別行動をしていただけなんだから」
「……別行動。ですか」
「ええ、そうよ。それにしても、あなた、改めて見ると、どこかで見たことある気がするわね」
「そうですか? 俺はないですけど」
「でしょうね。ま、気のせいよね。とにっかう、私はこれから勇者と合流するために、先に進まなきゃいけないの。悪いけど、あなたに構っている余裕はないわ。一人で街にまで戻ってくれない?」
「えっと……」
どうしたものか。
この少女が、そこそこ腕が立つのは分かった。しかし、巨大蜘蛛なんて、魔物のランクで言ったら底辺だ。ハッキリ言って、ドラゴンに勝てるほどの実力はない。
俺も捨てられたとはいえ、それなりに強敵とは手合わせしているのだ。
これに間違いはない。
「ねぇ、君はなんで勇者のパーティーに?」
「え、それは、一緒に『魔王』を倒して、世界中から褒め称えられれば、一生お金に困らないじゃない」
「……はぁ」
なるほどね。
こういう奴は決していない訳ではない。
「勇者の仲間にしてくれ」
ダンジョンのボスを倒した後に、そう言ってくる人間は稀にいた。
勇者であるアマダムも、使えると思えば仲間に引き入れる。しかし、終わった後にアピールされても、こっちだって困るのだ。
実力の分からない相手を引き連れて、次のたびに向かわなければいけないのだから。
しかも、そういう奴に限って、直ぐに旅の過酷さに根を上げる。
勇者の旅っていうのは、決して楽しいばかりではないのだ。
『魔王』は勇者を殺そうと、時には魔物を放ち、強化して出迎える。それを正面から奪うのが、どれだけ怖くて恐ろしいのか。
実際に味わわなければ分からない。
「そんな理由で勇者の仲間になろうとしてるのか?」
「なろうとしてるのかって、かつて仲間だったの!」
「……嘘だというなら今の内だけどな」
「は?」
「言っておくが、俺は正真正銘、勇者の仲間だった。ついさっき捨てられたけどな」
その俺がお前を知らないというのだ。
下手な嘘を付くのは止めておけ。
だが――、
「はっ。あんたこそ嘘つくのが下手じゃないの? 仮にあんたが勇者の仲間だったとしたら、なんで、あんな蜘蛛一匹を倒せないのかしら? そっちの方が可笑しくない?」
「それは……、俺の力は一人じゃ使えないから……」
「へー。そんな力がねぇ」
「信じてないな?」
「当たり前じゃない。私の知るパーティーは、どんな状況でも、あんな雑魚に苦戦する仲間は居なかったわ」
身軽に攻撃をかわして拳をぶつける格闘家。
広範囲の魔法と回復を得意とする少女。
そして、仲間たちを守るために動き回る戦士。
「……それが俺だよ」
「嘘ね。こんな惨めなおっさんじゃなかったわ。もっと、ダンディで頼れる兄貴分だったわよ」
それは――俺だってそう思っていたさ。
最年長だからそうあろうとした。
なのに邪魔者扱い。
俺はぐっと、拳を握る。
その時だった。
グラグラと地面が揺れ、何かが近づく音が聞こえる。
「な、なんだ!?」
「私に分かる訳ないじゃない!」
振動は、洞窟にいる俺達へと近づいてくる。
「なっ……。こいつは!?」
姿を見せたのは、俺が勇者のパーティーとして、最後に倒したドラゴンだった。
だが、少しだけ姿が変わっていた。
手足の付いた、所謂西洋の龍の姿をしているのだが、両手の爪が、異様に巨大に変化していた。強くなった姿を見せつけるように、洞窟の壁を削って、俺達に岩石を飛ばす。
「な……、え……?」
唐突に現れたレベルの高い魔物に足が竦んだのか、少女は迫る岩石を避けようともしなかった。
「おい!」
だが――助けるべき相手がいるなら、俺の力は発動する。
決して、使えないから捨てられたわけじゃない。
故に魔物と戦う力は――残っている。
「え、おじさん」
「おじさんじゃない。元、勇者の仲間だ。ま、信じられないだろうがな」
「嘘……!? 本当だったの」
「だから、言っただろうが。これから俺が本物だってところを見せてやるから、お前はそこで大人しくしてろ!」
俺は守るべき相手がいるならば、決して負ける気はしない。
「うおおおお!」
洞窟という圧迫した空間を利用して、俺は地面だけでなく、天井や壁も使って加速していく。壁にぶつかるたびに加速する俺を、ドラゴンが捕えることはできなかった。
「そんな……」
一撃でドラゴンが倒れた。
見たか。
これが俺の本当の力だ。
「な、これで俺が勇者の仲間ってことが分かっただろ?」
「凄い! 凄いよ! こんな強いんだね!」
「そう言ってたじゃん」
「でも、なら、なんで勇者のパーティー辞めたの?」
「俺が一人で戦うから、邪魔になったんだってさ」
「そっか。でもさ、それなら一人で『魔王』を倒せばよくない?」
「え……?」
俺が『魔王』を倒す?
でも、それは勇者の役目なはずだ――。
「うん。そうかも知れないけど、でも『魔王』に挑んだ人間はいないじゃん。だから、倒せるかもしれないっているのは、勇者も同じだよ。だったら、挑んでみればいいじゃない」
さも当然というように『魔王』に挑めと少女は言う。
しかし、そうか。
捨てられたからと言って――旅を辞める理由にはならないのか。俺は何を引き返そうとしていたんだ。
『魔王』を倒すために戦ってたんじゃない。
人を守るために戦っていたんだ。
いつからか、俺はその思いを忘れてしまっていた。
「でも、一人じゃ、力は使えないんだよ……」
「だったら、私がいるじゃないの。一緒に旅してあげる!」
「……君こそ勇者の元パーティーじゃなかったのか?」
「嘘に決まってるじゃない。なんか、そう言うと意外に皆信じるのよ」
「酷い少女だ」
「でも、もう、その必要もなくなったわね! そう! 私が勇者になるんだから!」
勇者になりたい自分と捨てられた俺がパーティーを組んで、自分たちが新たな勇者になればいいのだという。
そんなこと――俺は考えもしていなかったのに、心が熱くなっている自分がいた。
「てなわけで、行くよ! 下僕よ!」
「なんで、俺が下僕なんだよ!」
「私が勇者なんだから、部下なのは当然でしょ!」
「はぁ……。分かったよ、勇者様!」
こうして、勇者に捨てられた俺と、名声に憧れる少女の旅が始まった。
しかし、まさか、本当に勇者よりも先に、『魔王』を討伐することになろうとは、この時、俺だって思っていなかった。